算数「かけ算の順序」を中心に数学教育を考える

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zoom RSS (1あたり)と(いくつ分)は、常に逆転できるのか?(8)

<<   作成日時 : 2011/03/05 01:36   >>

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A=B、C≠D とすると、  A≠C または B≠D  である。

背理法で証明できる。 「A≠C または B≠D」の否定命題は、「A=C かつ B=D」であるが、これを仮定すると、A=B A=C B=D となり、 C=Dが成り立ち矛盾。

遠山啓は

■ 分離量の等分除 と 分離量の包含除 は、本質的には同じ
■ 連続量の等分除 と 連続量の包含除 は、本質的に異なる

という。そうすると、

■ 等分除の意味が、分離量と連続量とで本質的に異なる
■ 包含除の意味が、分離量と連続量とで本質的に異なる

のすくなくとも1つが成り立たないと整合性がない。実際の所どうなのか?


A 【分離量の等分除】 12個の蜜柑を4人で分ける   1人あたり3個
B 【分離量の包含除】 12個の蜜柑を4個ずつ配る   3人に配る
C 【連続量の等分除】 12Lの水を4人で分ける     1人あたり3L
D 【連続量の包含除】 12Lの水を4Lずつ配る      3人に配る



包含除に関して

B 【分離量の包含除】 12個の蜜柑を4個ずつ配る   3人に配る
D 【連続量の包含除】 12Lの水を4Lずつ配る      3人に配る

この2つはさほどイメージは変わらないだろう。割り切れない場合の「あまり」の扱いも分離量と連続量でさほど違いがあるとは思えない。

「包含除の意味が、分離量と連続量とで本質的に異なる」は成り立たないであろう。



では、等分除についてはどうか?

A 【分離量の等分除】 12個の蜜柑を4人で分ける   1人あたり3個
C 【連続量の等分除】 12Lの水を4人で分ける     1人あたり3L


この2つも、さほど違うようには思えないが、詳しく見てみる。

Aに関しては、4人に1個ずつ配るという操作を繰り返すことで包含除にも解釈できる。

 Dに関しても、4人に1Lずつ配ると考えてできないことはないが、イメージしにくいかも知れない。「12Lの水」をひとつながりに考えてしまい、1Lごとに区切れているというイメージがないからかもしれない。


 どちらかというと、「非常に小刻みな区切れがあって、その区切れが細かすぎて認識できない」というイメージに近い。ここでは仮に、非常に細かい分割単位として、水分子を考えよう。

 4人に水分子を1個ずつ配る。という作業を繰り返すと考えたら、水分子の全体の個数は、水分子4個のセットがいくつあるのか?、という包含除の問題になる。得られた値をLに換算する。

 これも確かにイメージしにくい。

 ここで少し、簡単な割り算を考える。

100÷2 

「100の中に2がいくつあるだろうか?」
「100を2等分したらいくつ?」

どちらを発想するだろうか?


  
100÷50

「100の中に50がいくつあるだろうか?」
「100を50等分したらいくつ?」

どちらを発想するだろうか?


人によって違うかも知れないが、私の場合

100÷2は、100を2等分した等分除的イメージ
100÷50は、50のカタマリが100の中にいくつあるか?という包含除的イメージ

である。

Aが比較的大きい値のときに、A÷B を暗算で概数を計算するような場合、
Bが小さいと等分除的に考え、逆にBが大きいと包含除的に考える傾向があるのではないだろうか?


刻みの間隔が小さいというのは、値が大きいというのと同様の事態になる。

12Lの水を4人で分ける     

これは、(とてつもなく大きい数)÷4 というイメージに近いのではないか。だから包含除として考えにくい。

実際にカード配りで分配するわけではないとはいえ、とてつもなく大きい数を4刻みでちまちま減らしていくイメージよりも、ざっくりと4等分する方がイメージしやすい。

A 【分離量の等分除】 12個の蜜柑を4人で分ける   1人あたり3個
C 【連続量の等分除】 12Lの水を4人で分ける     1人あたり3L

AとCに根本的な断絶があるわけではない。

Aの蜜柑を0.1個ずつの120の小片にする。
Aの蜜柑を0.01個ずつの1200の小片にする。

 こういう具合にして、蜜柑を細かく分割していけば連続量に近づいてくる。細かくすればするほど、カード式分配で等分除を包含除に読み替えることに、抵抗を感じるようになる。

 実際にカード式で配るわけではないが、頭の中でシュミレーションするにも、何となくやりにくくなる気がする。

 連続量の等分除が、蜜柑の場合と異なり、包含除的に解釈しずらいのは、これらが原因ではないだろうかと、私は推測する。

 米粒のように、分離量と連続量の中間的な物を考えたら、このことに納得いくように思うのだが、どうであろうか?


そうすると、「イメージしにくい」のは事実だが、やはり、連続量の等分除を包含除と捉えられないことはないであろう。


■ 「等分除の意味が、分離量と連続量とで本質的に異なる」は、成り立たない。
■ 「連続量の等分除 と 連続量の包含除 は、本質的に異なる」は、成り立たない。


C 【連続量の等分除】 14Lの水を4人で分ける     1人あたり3.5L
D 【連続量の包含除】 14Lの水を4Lずつ配る      3人に配る 2Lあまる

このように出てくる答えが違ってしまう場合があるが、これは等分除と包含除の違いと言うよりも、求める物が違う結果だといえる。人を連続量とみなして、「3.5人」とする事も可能であるし、「14Lは4Lの3.5倍」とも言える。

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