算数「かけ算の順序」を中心に数学教育を考える

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zoom RSS コメント欄 5代目

<<   作成日時 : 2012/03/19 07:15   >>

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4代目から転載

端的に問えば、 (問い)4つの皿にみかんが4つずつ。全部でいくつ?(答B)8+8=16、16個 が正解ならば、 (答C)16個 は正解にしないのですか?
220.41.0.54 クロッキーG
積分定数
2012/03/19 07:24
 ネット上のやりとりであれば、「あなたがいったののはこういう意味ですか?」とか、「私の言ったのはこう言うことですが、ちゃんと伝わっていますか?」ということをやりながら進めないと、双方が藁人形たたきをすることになりがち。

 ところが、技術開発者氏の場合、訳の分からない高尚な(?)レトリックや文字通りの“無駄話”を書いて、「俺の話が理解できないのはお前の問題である」というように、最初から高いところから人を見下ろしす態度で、議論するつもりは毛頭ない様子。言っていることをよくよく見てみると実は大したこと言っていないというか、明確におかしいのだけど、そこを指摘してもはぐらかす。

 ネトウヨやアラシとは異なる、ネット上の困った人の1つのタイプではあると思う。その手の人は、他人に説教することはあっても人の意見を聞く耳は持っていないようだから、相手にしない方が無難だと悟った。

 私自身は、

なるべく他人に理解してもらえるような文を書き、相手の書いた分の意味が不明なら、「ここはどういう意味ですか?」と質問すべきで、「こうに違いない」と思い込んで反応すべきではない。

というのを心がけているつもり。ちゃんと守れているかどうかは分からないが、努力していきたい。
積分定数
2012/03/19 08:27
 技術開発者氏や瀬戸智子氏の詭弁(のつもりは当人はないのだろうが)の1つとして、相対的により大きな話題を出して、ちゃぶ台をひっくり返すというのがある。

 かけ算の順序の話をしているときに、「教師の教えたいのは順序ではなく・・・」と言っても、現実に順序を教えることに腐心している。

 マスプロ授業がどうこうという話を出すのは構わないが、ピントはずれ。

 でも、「かけ算の順序」というそれ自体は、くだらないことで、議論をしている当事者も実際本当にくだらないと思っているのだが、相対的に大きな話題を持ってくることで、くだらないことについて議論すること自体がくだらないという印象を与えることは出来る。

晩飯どうしようか? 
シリア情勢が大変なときに何くだらないこと考えているんだ!

とすると滑稽だし、

どんな話題・議論であっても、「太陽が数十億年後には大きくなって地球もなくなってしまう。それにくらべたら・・・」とすることで「どうでもいい些末な問題」に出来るが、これもあまりにぶっ飛んでいる。

 「相対的に一回り大きい話題」程度に納めておくのが詭弁を効果的にするポイント。

 木について議論しているときに、「お前ら、森を見ていない」と言う人は、木が集まって森になっていることを忘れている可能性があるが、何となく説得力がある。これが「森」ではなく、「日本列島」「地球」「太陽系」となってしまうと、滑稽。

 数学でも、あまりに抽象化しすぎると、何をしているんだかわかんなくなってしまう。
積分定数
2012/03/19 08:43
>くろきげんさん
>掛算の順序を子どもたちに徹底することが実は非常に大変だということはこの議論では結構大事なポイントですよね

「順序」が手段ではなく目的になってしまっている傍証ですよね。

 反順序派への批判に、「教師は忙しいのだから負担を増やすべきではない」とうのがあるが、むしろ「順序」が負担になっているように思える。

 だから、子どももどっちがどっちか分からなくなってしまっているのだろう。そもそもwell-definedではないし、覚えたところで何の利益もないのだが・・・

 必然性もなければ必要性もないものを覚えるのは、人間難しいと思う。

 東京に住んでいないから山手線の新宿駅の次が何か知らない。五〇音順に並んでいるとかの法則でもあれば覚えられるかも。

 lieとlay、横たわると横たえる、どっちがどっちか分からなくて一旦あきらめたことがある。

 英語の動詞のほとんどは自動詞と他動詞が同じ形だが、日本語と同様に一部を変えて自動詞他動詞を区別するもの少数ある。sitとset、riseとraise、lieとlayがそれ。で、覚えにくい変化の方が自動詞、という共通の性質がわかって、覚えられた。

 ツイッターで話題の行列は、ずーとどっちがどっちか覚えられなかったがさほど支障はなかった。

 線型代数の授業で「行」「列」の漢字を各方法を教わり感動した。この件は、mixiの日記に「行列の出来る学習塾」というタイトルで

 英語は、colmunとrow、だがcolmunは縦長の柱だから迷うことがない。英語の新聞には、縦長の論評記事があって、それがコラム。だから「天声人語」はコラムではなくロウ、

というネタとともに書いたことがある。
積分定数
2012/03/19 09:10
 行列がどっちがどっちだか迷ってもどうでもいいし、それを知っているかどうかと線型代数を理解しているかどうかはあまり関係がないと思うが、

必要条件・十分条件 連続・一様連続 あたりだと、言葉の意味を知っていることと理解の相関関係は強いと思う。

A→B Aには品物が十分ある。Bには不足しているから必要。だから、Aが十分条件、Bが必要条件

などという教え方があるそうで、「みはじ」に負けず劣らずあきれてしまった。

「必要」「十分」という言葉の意味さえちゃんと分かれば覚えられる。

余計な言葉が頭についた方が条件が厳しくなるのが普通。もちろん、「準」「反」「非」などは例外。「連続」と「一様連続」では、当然後者の方が条件が厳しい。

∀x∀ε∃δ∀y;|x-y|<ε
∀ε∃δ∀x∀y;|x-y|<ε

どちらが条件として厳しいのか、これは用語の暗記の話ではなく、数学の理解の話。
積分定数
2012/03/19 09:22
数学用語それ自体を問う問題があって驚いたことがある。某私学の例。何の意味があるのかと思った。

名古屋大学では以下のような問題が出た。細かいところは異なる。

Aの袋には赤玉5個と白玉x個
Bの袋には赤玉2個と白玉4個

サイコロを振って、1が出たらAから玉を1個とる。
1以外の目が出たらBから玉を1個取る。

サイコロの目が1であるかそうでないかという事象と、取り出す玉が白か赤かという事象が独立事象であるためのxを求めよ。

概ねこのような問題。「独立事象」の正確な定義は覚えていないが、コインとサイコロを投げるようなイメージでとらえていた。コインの裏表とサイコロの目に出方は無関係、そういう感じ。

 この問題の場合、目の出方でAかBかが左右されるが、それでも白や赤を取り出す確率が変わらないと言うことだろうと言うことで、x=10と出せる。

 数学用語も入試に出るからといって、定義を逐語的に覚えるのはアホらしい。
積分定数
2012/03/19 09:34

 あと、微分、微分係数、導関数、などの言葉の正確な使い分けもよく知らないが、さほど支障はない。

自分で考えるときは自然数に0が入るが、教えるときには0を入れないようにしないとならない。

数列の初項も私はa0と考えるが、教えるときはa1にしないとならない。

初項a 公差dの等差数列 
私流だとa+dn と簡潔だが、
教えるときはa+(n-1)としなくてはならない。

そのあたりはいいのだが、センター試験を受けていて「階差数列を求めよ」という問題を見て、迷ったことがある。

Sn−Sn-1=an

こう言うのを頻繁にやっていたので、

an+1−an なのか、 an−an-1なのか、迷ってしまった。正しいのは前者。
積分定数
2012/03/19 09:49

∀x∀ε∃δ∀y;|x-y|<ε
∀ε∃δ∀x∀y;|x-y|<ε

書き間違いだった。

∀x∀ε∃δ∀y;|x-y|<δ→|f(x)-f(y)|<ε
∀ε∃δ∀x∀y;|x-y|<δ→|f(x)-f(y)|<ε
積分定数
2012/03/19 09:51
「体」はややこしいな。私は可換・非可換含めて「体」だと思っていたら「可換体」のみを言う流儀もあるらしくて・・・

群や環は、可換・非可換含めてで、可換だけをいうなら可換群とか可換環とかいうのに、なぜ体だけこうなってしまったのか?非可換体はあまり扱わないから、逐一「可換環」というのが面倒だったのだろうか?

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BD%93_(%E6%95%B0%E5%AD%A6)
積分定数
2012/03/19 10:27
 行列で思ったが、順序派が交換法則が成り立たない例として行列を出すが、そもそも任意の2つの行列は一般には積が定義できない。n行m列×m行r列という具合に左の列数と右の行数(でいいんだよね?)が一致していないとならない。

 「行列は可換ではないから、自然数でも」というなら、任意の2つの数がかけ算可能かどうかも疑うべきではないのか?

 この手のカワハギ肝合え食べてはいけない論法(河豚には毒があるから、同じフグ目のカワハギの肝も食べるべきではない、という論法)というのもよくありがち。

 某物理学者の、8人乗って3人降りた は−3+8はおかしいのだから、3人乗って7人乗った も 7+3ではない

という論法もそう。

「8人乗って3人降りた は−3+8はおかしい」がそもそも疑問だが、仮にそうだとしても、だからといって正の数でも成り立たないと言うのは牽強付会、というか数学が分かっていないのではないだろうか?

 一般的には成り立たない、からといって、特殊で成り立たない とは限らない。

 √a×√b=√(ab)は、a,bが負で、複素数ま考えたら成り立たない。

 だからといって、a,bが正でもなりたたない

などという数学教師がいたら辞表を出すべきだ。

 こういう明白な詭弁が跳梁跋扈するのが、かけ算の順序議論。
積分定数
2012/03/19 16:13
端的に問えば、

(問い)4つの皿にみかんが4つずつ。全部でいくつ?
(答B)8+8=16、16個

が正解ならば、

(答C)16個

は正解にしないのですか?
bakachan
2012/03/19 17:04
> 「掛け算の順序」なんて言うローカル・ルールにあまり興味はない
> (マークシートの解答の様式のようなものに過ぎないのでね。)が

一時的に「順序」というルールを採用し、それに順じていないものを減点することの一体、どこが問題なのか?
一時的というのが、「小学校を通じて」というのでは長すぎるという意見は分かるが
bakachan
2012/03/19 17:05
いま現れている人って、自分が言い返す余地の無い事を相手が言うと、
 「なんだか苦しいなあ」
で済ます人ですよね?
ゴルゴ・サーディーン
2012/03/19 17:40
ウザイ発言は無視で行きましょう。
積分定数
2012/03/19 22:26
現場では順序は思っているほど律儀には教えられていないのではないのか?という意見もあるが、下の文章を見ると、そうとも言えないようである。

 どの程度熱心に教えられているのか、まだまだ不明。


http://slashdot.jp/journal/544468/%E3%81%94%E3%82%81%E3%82%93%E3%81%AA%E3%81%95%E3%81%84

例のかけ算の話を昔教師をしていた母に聞いてみたら
その場合はバツにしてたとのこと。
理由は単位を教えるためと主張してる人たちと一緒。
こんな所に書いても無意味だが、申し訳ありません。

キロワット・時と時・キロワットは異なる単位だと教えるためということですか?
そうでないならちょっと意味がわかりません。単位を教える上でむしろ害にしかならないと思うのですが。

単位XX当たりという考え方を教えるためらしい(理由としては当然納得できないけど)。
母が辞めたのは7,8年前だと思うが、現場ではかなり広まってる模様。
文科省あたりからきつめのお達しを出さないとダメなんではなかろうか。
積分定数
2012/03/19 23:05
掛け算の正しい順序は、文科省が公式に否定しないと終わらないでしょう。
天皇制なので玉音放送が必要かもしれない。
おおくぼ
2012/03/19 23:32
> 「4枚の皿にみかんが3つずつあるとき、みかんは全部で何個?」に仮に子どもが式の欄に「6×2=12」と書いたとしましょう。その式は「具体的場面を忠実に表現していない」というルールのもとでは確実にバツを付けられます。しかしぼくなんかは偶然に「6×2」という式が出て来ることはないので、この例では「ほぼ間違いなく何か正しい考え方をしている」と思います。たとえば2皿でみかん6個が2つ分と考えれば「一つ分×幾つ分」の流儀では「6×2」となる。

http://twitter.com/#!/genkuroki/status/180463768566890497
http://twitter.com/#!/genkuroki/status/180490550624002049
クロッキーG
2012/03/19 23:55
> 「4枚の皿にみかんが3つずつあるとき、みかんは全部で何個?」
> 2皿でみかん6個が2つ分と考えれば「一つ分×幾つ分」の流儀では「6×2」となる】

【4皿でみかん12個が1つ分と考えれば「一つ分×幾つ分」の流儀では「12×1」となる】
クロッキーG
2012/03/19 23:56
問い:4枚の皿にみかんが3つずつあるとき、みかんは全部で何個?

答A:6×2=12、12個
答B:12×1=12、12個
答C:1×12=12、12個
答D:12個
クロッキーG
2012/03/19 23:58
問い:4枚の皿にみかんが3つずつあるとき、みかんは全部で何個?

答A:6×2=12、12個

を正解とするのなら、

そもそも、このような出題(余りにも簡単な問題)では「答えのみ」を問うべきだ

という立場まで行かないと到底、整合的であるとは言えないねえ。そういう立場は充分にありえるとは思うが。
クロッキーG
2012/03/20 00:04
黒木玄 Gen Kuroki ‏ @genkuroki
http://twitter.com/#!/genkuroki/status/180463768566890497
http://twitter.com/#!/genkuroki/status/180490550624002049

>「4枚の皿にみかんが3つずつあるとき、みかんは全部で何個?」
>2皿でみかん6個が2つ分と考えれば「一つ分×幾つ分」の流儀では「6×2」となる

4皿でみかん12個が1つ分と考えれば「一つ分×幾つ分」の流儀では「12×1」となる

答B:12×1=12、12個
クロッキーG
2012/03/20 00:10
>「4枚の皿にみかんが3つずつあるとき、みかんは全部で何個?」
>2皿でみかん6個が2つ分と考えれば「一つ分×幾つ分」の流儀では「6×2」となる

0.5皿でみかん1.5個が8つ分と考えれば「一つ分×幾つ分」の流儀では「1.5×8」となる

答E:1.5×8=12、12個
わっはははは
2012/03/20 02:27
> 「数学的に正しい式なら何を書いてもいい」などというナンセンスな話はしていません
http://www.cp.cmc.osaka-u.ac.jp/~kikuchi/weblog/index.php?UID=1311344507

ふ〜ん。

問い:4枚の皿にみかんが3つずつあるとき、みかんは全部で何個?
答A:6×2=12、12個
答B:12×1=12、12個
答C:1×12=12、12個
答D:12個
答E:1.5×8=12、12個
答F:12=12、12個
答G:11+1=12、12個
答H:0=0、12個
キクッチーM
2012/03/20 02:36
掲示板はデタラメでした。
クロッキーG
2012/03/20 02:39
>トークライブ「算数・数学、勉強してどーなるの?」のお知らせ

>twitter で質問も募集!
>#mextlive

ここに直訴したらどうなるだろう?
イベントの趣旨とはちょっと違うが…
ゴルゴ・サーディーン
2012/03/20 12:33
田中博史氏 「田中博史の 算数授業のつくり方」 東洋館出版

(問) 0.5m が 200円のリボンがあります。このリボン 1m の値段はいくらでしょう。

 これは小数のわり算の単元での学習です。これを「200÷0.5」と式を書くということは、大人でも説明できる人はそんなにいないのです。 〜(中略)〜 「小数のわり算」という単元名がついているんです。それなのに、だれも小数のわり算で解こうとしない。「200×2」です。これが彼らのイメージに一番ぴったりした解き方なのです。

(引用終)


 これはそもそも 「小数のわり算の単元だから」 という考え自体がまずいと思います。
 まずは、暗黙の前提としてリボンの長さと値段が比例の関係にあるということになっていることをつかませないとどうしようもないでしょう。

 最終的には 「200÷0.5 というのは比例定数を求めているものであること。」「200×2 としても当然正解であること。(この問題の場合は、むしろこちらのほうが素直ではないかと思われる。)」「もし比例定数を知っているならば、長さを与えられれば値段が定まること。」などを理解する必要がある。

 田中氏は 200÷0.5 と書かせる為にたいへんな苦労をしているようで、 「200×1÷0.5 だから」なんて苦しい説明をこころみています。

 苦しいですね。 200×1÷2 って、正しい順序になってるんでしょうか?
 (1あたり)×(いくつ分) が正しい順序らしいですが、 200 は 「0.5あたり」 ですからねぇ…。

 なぜ素直にグラフを描いて比例定数についての説明をしないのでしょうか?
 トランプ配りなんかより、「小数のわり算の単元だから小数でわり算しなさい。」のほうがよほど「素直でない」と思うんですが…
鰹節猫吉
2012/03/21 01:08
(補足) 田中博史氏は、トランプ配りについては屁理屈だからケシカランというふうには考えていないようです。
 しかし、包含除と等分除を理解させる必要があるから、かけ算の順序にこだわるということらしい。
鰹節猫吉
2012/03/21 01:15
「トランプ配り」は(自然数の範囲での)交換法則の証明(の一つ)ですよ。
bakachan
2012/03/21 01:32
小説?
http://oachian.cocolog-nifty.com/moon/
積分定数
2012/03/21 01:57
>「200×2」です。これが彼らのイメージに一番ぴったりした解き方なのです。

私もそのイメージだな。
だから、少数の割り算を知らなくても解ける。これが重要。


3mで600円、という類のを色々やって、○mで□円だと、1mでは、□÷○ 

これを、○が小数の場合にも流用しよう

ってことでいいと思う。値は、かけ算で求めても構わない。そうしれば、÷0.5よ×2が同じ事だと分かるはずだが、順序拘り派は「意味を大事にする」から、「両者は違う」とか言い出しそうだな。
積分定数
2012/03/21 02:01
上に書いたのは、÷0.5の解釈の話。だから、200÷0.5を計算しろという問題ではではて50pで200円の・・・、と考えればいいということであって、

(問) 0.5m が 200円のリボンがあります。このリボン 1m の値段はいくらでしょう。

を、200×2 と式を立てても全く問題ない。

15分で30q進む。時速は?

30×4 とやる子は、かなり理解していると見ていい。
積分定数
2012/03/21 08:10
0.5 で 200 だから 1 のときは 200÷0.5=400 です。いまは小数のわり算なんです。

↑ これはいかにも不自然です。2倍すればいいのは明白なのにわざわざ小数でわり算しようとは思わないでしょう。

まだこっちのほうがいいと思います。 ↓


0.3 で 210 です。 1 では?

大多数は「÷0.3でいいんです。」という結論が出ることを予想するでしょう。しかし、1学級に数十人いるのですから、別解で÷0.3と同じ答が出るか確認しようとする者が何人も出現するはずです。

(1) 3 で 2100 になるから 700
(2) 0.1 で 70 だから 700
(3) 0.9 で 630 だから 70+630=700


(1) はわり算の筆算の原理そのもの。小数のわり算をやりたい教師の側からしたらむしろ協力者出現と捉えるくらいの余裕が欲しい。

(1)〜(3)のようなのは、比の概念に向かって前進しているということ。

まともに比例を理解していれば 1 のときにどうなる? という問題は比例定数の概念獲得のための布石だと分かるはず。「とにかく小数の単元だから小数でわり算」とはならないはず。

2100÷3=210÷0.3=630÷0.9=… で気がつく者が出てくるはず。そういう人には先に進んでもらったほうがいいわけで、下手に治療学習をやるべきではないと思います。
鰹節猫吉
2012/03/21 12:38
>いまは小数のわり算なんです。

等差数列の和の公式をやっているときには、1+2+3は、3×(1+3)/2 と計算しないとならないのだろうか?

積分定数
2012/03/21 15:12
「指定があれば」ね

特に指定がなければ「答えのみ」を問うている
そりゃあ
2012/03/21 20:16
「いまはこの単元だから、この解法だけ」というのが駄目なんですね。

むしろ「模範解答は正しい解法のひとつであると理解していればいい」と考えないと、本当は密接に関係していることがらが個別の解法パターンとして捉えられてしまいます。

(1) 3 で 2100 になるから 700
(2) 0.1 で 70 だから 700
(3) 0.9 で 630 だから 70+630=700

などの模範解答と異なる解答が出てきたら、

「2100÷3は? 210÷0.3は? 630÷0.9 は?…」と質問してみればいいわけで…

比を理解している者にしてみれば「全部700になった、自分は正しかった。」ということで、下手な治療学習をやらされて算数嫌いになったりということもないでしょうし、遅れ気味の人も最低限小数のわり算の練習はできると思うわけです。


数列の公式の件は、勉強している人が自分で公式を使うかどうか考えればいいことだと思います。公式が間違っていないか簡単な具体例でチェックするというのも考えられます。数列の和の公式を作れという問題を出題されるのを想定してこういう計算練習をしておこうとか、数学が苦手な人でも本気で考えればそういうことは思い付くはずなんですが… いったん数学嫌いになって解法パターン暗記でテストをのりきろうとかいう思考回路ができてしまうと難しいかもしれません。

鰹節猫吉
2012/03/21 21:35
ああ、語弊があったね。計算は好きにしたら、いいよ。解答は指定があるなら、

1+2+3=3×(1+3)/2

と書くことになる。「書けばいいだけ」で、計算は別に何でもいいんだよ。
微分変数
2012/03/22 02:50
1+2+3の計算をさせるのが目的なのか?(というか、そんな目的って…)

それとも、公式の使い方を確認するのが目的なのか?
微分変数
2012/03/22 02:56
(32452452×6875)÷32452452=?

という問題が出たら、出題の意図は、恐らく計算をさせることではないよね。別に意図通りに解こうが解くまいが、答えがあってれば、どっちでも正解なんだけどね。

1+2+3+…+9+10=?

もそうだね。ところが、マークシートで

1+2+3+…+9+10=(1+○◇)×○◇/△

と解答様式が指定されたら、どうなの?
微分変数
2012/03/22 03:07
>「いまはこの単元だから、この解法だけ」というのが駄目なんですね。

そうなんですよね。数学って、“全体で数学”だと思います。単元などという教える側の都合などとは無関係に、“全体としての数学”が存在している。


y=f(x)で、x=αでの、接線の傾きを求めるのに、微分を使わないとならないということはなくて、
f(x)が2次式なら重解を持つ場合ということで高校の最初の方でやるし、f(x)が3次以上の整式の場合も、あれこれやっていけば、
f(x)−f(α)−m(x−α)が、(x−α)^2を因数として持つようなmを求めればいいと分かる。
指数関数や三角関数は難しいが、√(整式)、整式/整式、などの形でも何とかなる。微分が満たすべき性質もこの定義から出てくる。

 であらためて極限による微分の定義と比較すると、実はほぼ同じ事をしていると気づく。

f(x)−f(α)−m(x−α)は、x=αを代入すれば0になるから、(x−α)を因数として持つ
つまり、
[f(x)−f(α)−m(x−α)]/(x−α)が整式。

[f(x)−f(α)]/(x−α)=g(α)とおく。

g(x)−m がさらにx−αを因数に持たないとならない。つまり、g(α)=mとならないとならない。

だから傾きmは、

[f(x)−f(α)]/(x−α)

にx=αを代入したものといえるが、ストレートに代入すると0/0になるので、一旦 x−αを約分してから代入している。
積分定数
2012/03/22 09:30
f(x)を整式とする。

[f(x)−f(α)]/(x−α) の x→αの極限値を求める場合、x−αで約分してからx=αを代入することになるので、極限値を求める微分の方法も、実はほぼ同じことをしている。

 「接線の傾きを求めるのに全く異なった2つの方法がある」のではなくて、「本質的には同じ事がちょっと趣が違った形に見える」ということ。
積分定数
2012/03/22 09:31
どこの本屋に置いてある『月刊 Voice』に掲載されている鼎談<「「消費増税で財政再建」はまやかしだ 鈴木亘/安達誠司/飯田泰之>は、小学生レベルの算数で民主党の政策(自民党も同じ)の間違いを明快に指摘していて素晴らしい。

http://www.php.co.jp/magazine/voice/

国会議員が算数が理解できるかどうか?の踏み絵になると思う。

小島寛之さんのブログを読むと、小野善康:著『成熟社会の経済学』(岩波新書)を肯定的に紹介しているけど、どうしようもなく駄目な本だということがわかってしまった。
経済学以前に「経済の常識」が欠落していることがわかる。

http://d.hatena.ne.jp/hiroyukikojima/
おおくぼ
2012/03/22 15:48
例えば、「AとBが(両方とも)OK」ということを理解するのに「両方ともやる必要」がある訳で。そうしたら、「Aでという制限」を付けることもあれば、「Bでという制限」を付けることもあるだろう。
微分変数
2012/03/22 16:42
日能研も順序派
https://www.nichinoken.co.jp/np5/portal/discovery/joho/kosodate/21/03.html

もう驚きませんね。
釈迦に説法
2012/03/22 17:56
https://www.nichinoken.co.jp/np5/portal/discovery/joho/kosodate/21/04.html
Q3 の答え ○
たし算の式を立てる際は、どの数を「たされる数」とし、どの数を「たす数」にするかという明確な基準はありません。ですから、どの数を先に書いてもよいといえます。ただ、文章題などで時間の流れがある場合、式の中での前後を問題文の時間の前後と対応させておいたほうがあとで見やすいでしょう。

Q4 の答え ×
かけ算の式は一般に、「1あたりの量×いくつ分=全体の量」となるように立てます。Q4では、花たば1つあたりのバラの本数は3本、それが2たば分あるのですから、3×2=6と立式します。これは、かけ算は交換法則が成り立つということとは無関係に、「意味を考えた立式」をする際に必要なことです。なお、長方形の面積を求める際のかけ算は、「たて×横」としても「横×たて」としてもかまいません。

>どの数を「たす数」にするかという明確な基準はありません。

かけ算だって明確な基準がないと思うが。
積分定数
2012/03/23 01:14
http://ja.favstar.fm/t/102995283645960192
ファミレスにきた家族連れの妹が算数の宿題を持ってきてて「ねーねー。この掛け算の計算式、解答とは前後逆だけどいいのー?」兄「別にいいよ。答えもあってるし。」って言った瞬間に姉が「掛け算の前後関係はちゃんと意味があるんだからそれは不正解よ!」って叫んでてもうこの国駄目だと思った。
積分定数
2012/03/23 09:38
日能研のかけ算の順序はメチャクチャですが、教務コラムはけっこう面白いのがありますね。

お受験算数の問題なんかは、問題じたいは面白いのがけっこうある。お受験算数などというのが世の中にあるということじたい知らなかったので、新鮮に見えます。やり方を教わって試験対策するなんてのはどうしようもなくつまらないですが…

こういうのをやるときに、かけ算の正しい順序なんてのは邪魔者にならないのか、とても不思議です。

鰹節猫吉
2012/03/23 12:45
 中学受験指導に目的をしぼったサイトでは、
順序主義に反した解説がおこなわれている例が
多々あります。

●鶴亀算の解き方で、
 「ぜんぶ鶴と仮定して、鶴の数×2=足の数」
 と書いている例が多々あります。

●数年前にある有名私立中学の入試で、円とド
 ルの換算の問題が出たことがあります。
 この問題の解き方で、
  (ドルでの金額) × 90 = (円での金額)
 (その問題では、1ドルが90円でした。)
 …としている所が複数あります。
 順序主義なら通貨の両替は
  「単価90円の“ドル”という品物をx個買
   うには何円必要か?」
 ということなので逆順にしなければならない
 筈です。

 中学受験をメインに考えている人は、次のど
れかに該当するのでしょうね。
 ・低学年の題材を研究していないので、順序
  論争があることを知らない
 ・「高学年になったら順序をうるさく言わない」
  という流儀
 ・ガチで非順序派
ゴルゴ・サーディーン
2012/03/23 22:13
これは既出かな?

我々界隈以外で内包量外延量を批判している意見は、北海道教育大学の順序派の先生ぐらいしか見つからないが、下のは珍しい例。

http://m-you.f-o-r.net/diary/0410.html
昨日見たページに触発されて、『割り算』の考え方について考えてみた。
 正しく単位を理解すれば、2種類に分ける必要はないように思える。


(1) 全部で12このキャラメルを、3人で同じように分けました。
1人分は何こになりますか?

(2) 全部で12このキャラメルを、1人あたり3こずつ分けました。
何人に分けられますか?

 この2つを、1あたり量を求める割り算と、1あたり量でいくつ分にあたるかを求める割り算にわけて教えているわけだけども、それははっきり言って無意味だ。
 1の問題は 12個÷3人  = 4 個/人。
 2の問題は 12個÷3個/人 = 4 人  。
 そう書くと、区別することに意味がある「かのように見える」。
 しかし、考えようによっては、1の問題は「1人あたりX個をY人が得る分」÷Y人 なので、単位系としては 「個・人 ÷ 人 = 個」 とも書けてしまう。2の問題も同様に、「個・人 ÷ 個 = 人」だ。
 この二つの単位系には何の差異もない。
積分定数
2012/03/23 23:48
引用続き

 遠山先生の方式では、数は「単純に足せる外延量」と「単純には足せない内包量」にわけて扱われていたと記憶している。
 この考え方自体が欺瞞だったのかもしれない。
 どういう文脈で出てくるかで、単純に足せるかどうかなんて変わってしまう。


 典型的な例が、速さだろう。
 時間は外延量、距離は外延量、その比率である速さは内包量。
 ……なんだけども、時速50キロで走る電車の中を時速4キロで同じ向きに歩けば、その人の移動速度は時速54キロ。
 これは、距離/時間の時間の項が共通していることによるんだけども。
 あるいは、溶液の濃度なんかも内包量であって、これも単純に足せない値とされているわけだけれども、その「足す」のが「溶液Bに入っている溶質を溶液Aに入れる」という動作だと定義した場合には、当然ながら足すことができる。
 要は、外延量と外延量の比率が内包量である、という定義が間違っているのだろう。
 ……ムズカシイネ。
積分定数
2012/03/23 23:49
>鰹節猫吉さん

>教務コラムはけっこう面白いのがありますね。

見つけられなかったのですがどの当たりですか?

>お受験算数の問題なんかは、問題じたいは面白いのがけっこうある。

そういえば遠山啓が鶴亀算を批判していたが、受験批判と出題への批判が混乱していているようだった。「手順を覚えて解くだけのことで思考力を高めることになっていない」というが、それは取り組み方の問題であって鶴亀算だからということでもないと思う。数学的には面白くても、やり方を叩き込んで再現するならそれは面白くない。高校までの数学がほとんどそうなってしまっているのは残念なことだが、だからといって内容が面白くないわけではない。面白くないように勉強しているのである。「鶴と亀の総数と脚の数だけが分かっているなんて状況はあり得ない」なんていうのは、いちゃもんだと思う。

 内包量だの外延量だのという訳のわからん概念を教え込んだり、掛割図とかいうのをやらせるのも、「やり方を覚えて再現するだけ」になりかねないと思うのだが。


 「やり方を覚えて当てはめるだけ」というのは、まさに水道方式や遠山啓信奉者の教え方そのものだと思う。

「数には内包量と外延量がある」だとか、「換え残は累加ではない。累加だと子どもが躓く」と、みんな同じ事を言う。

 この傾向は、TOSSや他の潮流も似たり寄ったりかもしれない。算数の教え方について様々な考えがあっても、様々な団体があっても結局中心になるカリスマ的な人がいて、それをみんなが讃えているとしたら、「なんだかな〜」と思ってしまう。
積分定数
2012/03/24 00:11
 方程式を習っていない小学生に鶴亀算の問題を出したら、ノートに図を描いて散々考えて正解を出した。計算方法も分かったようだ。

 全部が鶴なら脚が○本のはず。鶴を1羽減らし亀を1匹増やすと脚が2本増える、

 こうやって試行錯誤することは、後々の勉強で大切。

 私も、数学を考えるときは、具体的数を入れたり、ひっくり返したり遠くから眺めたりしばらく放置したり、「出来た!」と思ったら勘違いだったり、そうやって行きつ戻りつしながら試行錯誤して取り組んでいる。

 なんとかできて、それをもう一度やり直すともっとエレガントな方法に気づいたり、すごくあっけなく出来たりして、「何でこんな事に気づかなかったのか!?」と愕然としたり、そんなことの連続。そうやって自分の数学の理解が深まっていくのを実感している。
積分定数
2012/03/24 00:11
>ゴルゴ・サーディーンさん

 私が80年代後半から90年代に,塾で小学4年生以上に教えていたときは,かけ算の順序論争があることを知らなかったし,交換法則があるから順序なんてどっちでもいいと思っていた。
 そんなことを気にしていたら,中学入試の受験算数は解けない。1つ分といくつ分に注意する習慣を付けると問題が解けるようになるというのは,塾業界では聞いたことがない。今も逆だとしか思えない。
メタメタ
2012/03/24 00:36
「全部が鶴なら脚が○本のはず。鶴を1羽減らし亀を1匹増やすと脚が2本増える」てなことを絵を書いたり、数表を書いたりして、色々やってみることはとても大事です。数学の勉強のかなりの部分がその手の作業に費されるべきだと思う。

一直線に出された問題の答だけを出すのではなく、全部鶴の場合から全部亀の場合まですべての場合の答を出して、そこに規則性があることを見出すようにした方が数学の世界に関する理解が深まります。

目的地に一直線に行くのではなく、あちこちうろうろして風景をよく観察してそこがどういう世界になっているかを理解する方が楽しいと思う。知らない街を散歩するのはとても楽しいですよね。
くろきげん
2012/03/24 03:49
>目的地に一直線に行くのではなく、あちこちうろうろして風景をよく観察してそこがどういう世界になっているかを理解する方が楽しいと思う。知らない街を散歩するのはとても楽しいですよね。

その重要性というのはここ最近気づきました。参考書も教科書も学校の授業も一直線の道を行かせるようになっている。生徒は結論部分だけ覚えようとして、一見効率がよさそうだけど、あまり身についていないようである。自分自身が数学をやる場合でも、試行錯誤して、「ああなるほど、こう言うことか」と腑に落ちる。

 本当は行きつ迷いつ、という部分が大切なんだと思う。数学の参考書や専門書には一直線の方法しか書いていないが、それは、試行錯誤の過程を書いたら冗長になってしまうし、試行錯誤の上にすごくあっさりした方法に気づいたときに、その前のエレガントではない考えの部分は恥ずかしいからあまり表に出したくない、というのもあるかもしれない。
積分定数
2012/03/24 08:40
2次方程式、1次不等式が出来る段階の子に
x^2−5x+6<0 を解かせてみる。

一直線にやり方だけを覚えた場合、「これも何か解き方があるはず」と思い、2次方程式と1次不等式のやり方の折衷をやってしまう。

(x−2)(x−3)<0
x<2,3

解答として正しい間違っている以前に、そもそも意味不明なんだけど、「この解答はどういう意味?」と質問しても、「だってこれをこうしてこうしたらこうなるでしょ?」と、説明する。式変形の手順でそうなったからそうだという。


試行錯誤で来た子(滅多にいない)は、とりあえずxに色んな値を入れてみて、成り立つxをピックアップして目星をつける。

 2x+5=17

これを、5を移行して2で割って、という手順を教わる前に、xに片っ端から数を代入して求める、とう経験があれば、こう言うことも抵抗なくできると思う。

 話は算数とはそれるが、昨年の震災以後、避難訓練のあり方が再検討されているようだ。

 私自身は教わった手順通りに動くとかいうのが苦手で、事務作業が苦手で、避難訓練も事前に教師が説明するのだけど、「非常ベルが鳴ったらこうしてこうやって」などと聞いているうちに、結局どうしていいのか分からなくなって、周りを見て真似していた。

 教師の指示通りに動いた経験よりも、遊びの中での様々な経験の方が実践で役立つような気がする。
積分定数
2012/03/24 09:04
私自身が最近経験した、一直線に行かないおかげで理解が深まった例。

例の双六問題、未だに分からない。サイコロの出た目だけ駒を進めるのだが、ある場所に駒が止まる確率は?
直感的には目の平均値が3.5だから、スタート地点からすごく遠いと、ほぼ、3.5の逆数になるはず。ところがこれがなかなか証明できない。漸化式もできたし、極限値を持つことまでは分かったがそこから先がうまくいかない。

 直感的には分かるのに証明できない

という状態は非常に居心地が悪いので何とかしたいが、にっちもさっちもいかない。

 腹をくくって確率についてもう一度考え直すことにした。
積分定数
2012/03/24 09:09
当たり前だと思っている大数の法則も、敢えて証明しようとしたら苦労したことがある。これももう一度やり直した。その過程で、期待値・平均値とともに分散・偏差が重要な概念であることを再認識した。

 コインを何回も投げれば、表の相対度数はどんどん0.5に近づくが、平均値からのズレもずれるはず。

4回投げて、表がちょうど2回というのはあり得るが、100億回投げて、表がちょうどピッタリ50億回とはなかなかならない。

相対値でみたら平均にどんどん近づくが、絶対値(いわゆる絶対値ではなくて、相対値ではなくて絶対値ということ)でみると平均からどんどんずれる。

 色々考えると、ズレの度合いはほぼ、√(投げた回数)のオーダーになる。

 このズレの具合を表すのが分散・偏差。
積分定数
2012/03/24 09:18
二十数年前、物理科に在籍していた頃、正規分布に悩んだ。二項分布の極限であることは薄々分かったがどうやって極限にするのか分からなかった。nを単純に∞にすると、全体が平らに潰れてしまう。両端を固定すると、平均値の所だけが異様に尖ってしまう。

 結局そのときは、よく分からないまま、ずっと放置してきた。

 数年前に、縦軸方向と横軸方向にをうまい具合に倍率を掛けていけばいいと気づいた。平均値の部分での値を固定する。全体の面積が1になるように横方向も補正する。こうすれば、全体が潰れてしまったり平均値の部分で尖ったりしないで、何らかの滑らかな関数が得られるはず。それが正規分布に違いない。

 ところがかなりややこしい事になり、スターリングの公式などを使って何とか導いた。

 二十数年前の課題は一応解けたが、自分自身が証明していないスターリングの公式を使ったことに引っかかりを覚えた。

 これを再度考え直したときに、√nが重要だと気づき、そうしたらあっさり出来た。
積分定数
2012/03/24 10:01
 コインを投げて表が出る確率はp、裏が出る確率はqとする。p+q=1。

n回投げて表がm回出る確率は

nCm・p^m・q^(n-m)

これをxy平面のグラフに載せるために、mをxに置き換える。nCxとなってしまうが、xが自然数でない場合は、ガウス記号[x]で考えて、nC[x]という具合に考えるが、表記が煩雑になるので、nCxはnC[x]を表すとする。例えば、nC2.7=nC2

nCx・p^x・q^(n-x)

次に、平均値が常にx=0のところにあるように補正する。表の出る回数の平均値はnpだから、全体をnp左方向に平行移動させる。

nC(x+np)・p^(x+np)・q^(n-x-np)

これをf(n,x)と置く。

単純にn→∞とするとf(n,x)→0

グラフの範囲は-np〜n-npだが、これを-p〜1-pの範囲の抑えるためにxをnxで置き換える。全体のグラフの面積が1を保つように、y方向をn倍することで補正する。

nf(n,nx)

これでn→∞とすると、x=0だと∞、それ以外のxでは0になってしまいうまくいかない。

 さてどうするか? 続く。
積分定数
2012/03/24 10:01
まずは手始めに、p=q=1/2の場合について考えてみた。

考えやすいようにnを偶数だけにしてみる。

2mC(x+m)・(1/2)^2m=2mC(x+m)/4^m

ここで、x=0のときの値は2mCm/4^mとなる。mの値で動かないように一定値を取るようにするには

全体を2mCm/4^mで割ればいいがそれだとグラフの面積が1にならないので、xをx/(2mCm/4^m)で置き換える。

こうした上で、m→∞としたらきっと正規分布が得られるに違いないと思って取り組んだ。

結論からするとその通りだったがかなり苦労したし、未証明のスターリングの公式のお世話になった。

 p=q=1/2ではない場合へ一般化はかなり煩雑になってしまいそうなので、面倒くさそうなので投げ出した。

これが数年前。
積分定数
2012/03/24 12:37
> 積分定数 さん

日能研はこちらです ↓

http://www. nichinoken.co.jp/column/essay/sansu/
鰹節猫吉
2012/03/24 12:39
今回改めて考えてみた。平均からのズレが√nのオーダーになることは感覚的に分かっていたから、nを大きくすることで拡がって平らになってしまうグラフを、横方向を1/√n倍して、それに応じて縦方向を√n倍すればいいと気づいた。

平らになるのを平均値の所にぐっと寄せて山を高くする。

ここだけ読むとエロネタだが、まあそういう感じ。

nC(x+np)・p^(x+np)・q^(n-x-np)
=f(n,x)とおいた場合、

√nf(n,√n・x)

これがn→∞で正規分布になるに違いない。
積分定数
2012/03/24 12:44
>鰹節猫吉さん

有り難うございます。でも、「表示できません」と出てしまいます・・・
積分定数
2012/03/24 12:47
√nf(n,√n・x)
=nC(√n・x+np)・p^(√n・x+np)
・q^(n−√n・x−np)
=√n・p^(np+√n・x)・p^(np+√n・y)・n!/(np+√n・x)!・(nq+√n・y)!
=g(x)

p+q=1 x+y=0

nは非常に大きいとして、g(x)をとりあえず微分してみる。hは非常に小さい。以下、直感的な丼計算

g(x+h)−g(x)
=g(x)[{p^√n・xh・q^√n・yh/
(np+√n・x)^(√n・xh)
(nq+√n・y)^(√n・yh)}−1}

でこれをあれこれ変形してx→∞とすると、

g(x+h)−g(x)
=g(x){exp(-xh/pq) − 1} となる。

{exp(-xh/pq) − 1}/h はh→0で、

−x/pqとなる。ロピタルで処理するのが楽。

つまり、g’(x)=−g(x)・x/pq

g’(x)/g(x)=−x/pq

(logg(x))’=−x/pq

logg(x)=−x^2/2pq+C 

g(x)=Aexp(−x^2/2pq)

あとはこれを−∞から∞の範囲で積分したときに1になるようにAを調整する。

exp(−x^2)の−∞<x<∞での定積分は、ヤコビ行列を利用する典型的な練習問題。

厳密性は欠くが、直感的にはこれで正規分布が求められた。

でも、これで終わりではなかった。 続く。
積分定数
2012/03/24 13:21
占い師は、銀林浩の本を読んでいるようですね。

http://www.facebook.com/note.php?note_id=293763984009204
じゃあ掛け算とは何か。少し引用します。

「(a)同数累加:同じ数を足すことの簡略化が掛け算だとする:2+2+2=2×3

(b)倍:「2の3つ分を2の3倍といい、2×3と書く」

(c)1あたり量×いくつ分=全体量(内包量×土台量=全体量)

同数累加は数の事しか視野になく、掛け算という新しい演算を学ぶ意義が認められません。日本の教科書もかつてはこの方針をとっていましたが、(中略)間違いがたえませんでした。それにこれでは、「×小数」や「×分数」になると通用しなくなり、定義し直さなくてはなりません。

そこで次は「倍」による定義を採用しましたが、やはり小数倍/分数倍がネックとなってうまく行きませんでした。

最後の(c)だけが、ただ1つ連続量まで一貫して通用する定義です」(「算数の本質がわかる授業 2 掛け算と割り算」(日本標準) p8) 」
積分定数
2012/03/24 13:43
引用されている「算数の本質がわかる授業」を検索したら銀林浩らの本だった。

>同数累加は数の事しか視野になく、掛け算という新しい演算を学ぶ意義が認められません。

随分、牽強付会な言い方だと思う。

1mが6sのロープ8mの質量

6+6+6+6+6+6+6+6

ロールの長さと式の長さが対応しているイメージが浮かび、「2.5mだと、6+6 と 6+6+6 の間だな」、とかならないのかな?

指数も同数累乗で定義すべきでないとならないのはなぜ?

1あたり量×いくつ分=全体量 と教えたところで、九九をやっていない段階では、足し算で計算せざるを得ないわけで子どもは同数累加ととらえるだろう。それを「同数累加ではない」などと指導したら混乱すると思う。

 では、教える方は、1あたり量×いくつ分と教えて、子どもがそれを同数累加ととらえてもそれは構わないのだろうか?

 でもそれだと、「×小数」や「×分数」になると通用しなくなるのでは?

 私は先に行ったときに通用しなくなったり、躓いたりしてもいいと思うが、「先で躓かないため」ということで「同数累加ではなくて、1あたり量×いくつ分で教える」ということであるなら、子どもが同数累加と受け取ることは避けなくてはならないはず。

そうすると、2×3を 2+2+2と計算しつつも、「足し算の繰り返しではありません」と教えなくてはならなくて、やっぱり混乱しそうだが。

 私は躓くのは構わないと思うが、教える側の恣意的な概念の押しつけや禅問答的言葉で子どもが混乱するのはまずいと思う。
積分定数
2012/03/24 13:45
既出だと思うけど、笑える。例の物理学者。

http://twin.blog.ocn.ne.jp/physicomath/2008/05/post_2d0e.html
>ウイキペディアでは外延量と内包量とは日本だけで使われる独特の用語だとのことであるが、それは日本の数学教育協議会のとり扱う教育内容が世界を遥かに越えた高い水準にあるということでもある。
>一般に日本では日本で考え出された思想とかアイディアを無視したり、軽視したりする傾向が強いが、これは間違っている。やはり独創的なものはいいと素直に認めてその普及に努力すべきであろう。優れた発見とかアイディアとかは外国,特にアメリカとか西欧のみから生じるという劣等感というか考えは払拭すべきであろう。


 内包量・外延量は世界を遙かに越えた高い水準らしいから、凡人の我々に理解できる代物ではないようですね。
積分定数
2012/03/24 21:34
くろきげん 2012/03/24 03:49
> 数学の勉強のかなりの部分がその手の作業に費されるべきだと思う。

それは、まあ、いいんだけどね〜。でもね〜、それは個人的な下書きであって、それを採点対象にするのは違うよね、って話。お分かりかな?
クロッキーG
2012/03/24 23:12
>それを採点対象にするのは違うよね、って話

実質「下書き」にしかなっていない答案を見てさ、何か、正しい考えをしているみたいだから、正解ってのは駄目でしょ?
クロッキーG
2012/03/24 23:16
> 積分定数さん
> 「表示できません」と出てしまいます・・・

 すいません、 index.html が抜けてたせいでしょうか?

 ↓ これでどうでしょう。

http://www.nichinoken.co.jp/column/essay/sansu/index.html
鰹節猫吉
2012/03/25 00:44
>鰹節猫吉さん

今度は見れます。有り難うございます。
 
 中学受験の数学ってあまりよくしらないのですが、難しい問題が出るのですね。これをじっくり考えるなら面白そうだけど、解法を覚え込んでとなれば、面白みも半減どころか苦痛になりかねないように思えます。

 「カタラン数」が出てきて驚いた。

 一昨年にmixの数学コミュで、ある人から、nチームでのトーナメント戦の方法は何通りか?という質問が出てきた。

ABC の 3つなら、
AとBが対戦して勝者がCと決勝戦
BとCが対戦して勝者がAと決勝戦

ABCの並べ替えは考えない。

一般的なnについて、漸化式はすぐに出来たが、そこから先はとても出来ないと思っていたら、別に人が「カタラン数」というと回答があり、検索したら、階段状の路地の道順問題と同じだと書いてあったので、そちらを考えてみた。試行錯誤で解答に行き着き、ではそれが漸化式を満たすか確かめると、成り立ちそうだが証明が出来なくて苦しんだことがある。

 あるとき、友人らと飯食って雑談している最中にはっとひらめいて、あとは一気に解けた。
積分定数
2012/03/25 08:15
数直線上の原点に点がある。1秒ごとにpの確率で右に1進む。1−pの確率でその場所にとどまる。

x=1の地点に達するまでの時間の期待値は?

pの確率で+1だから、1秒ごとにp進むと言える。だから、所要時間の平均は1/p

と直感的に考えてしまうが、ちゃんと計算するとその通り。

Σkp^k kを0から∞まで走らせて総和を取ると1/pになる。
積分定数
2012/03/25 08:20
1秒ごとにpの確率で右に1、qの確率で左に1進む。
p+q=1 q<p とする。

この場合、x=1に行くまでの所要時間の平均は、上と同様に、p−qの逆数となるのか?

これを考え出して、一旦左に進んでから原点に戻る場合、何通りのケースが考えられるのか?とかやっているうちに「カタラン数」の事を思い出し

結局それを利用してp−qの逆数となることが分かった。と書くとあっさりしているが、そこに至るまでは試行錯誤と勘違いと苦しみの連続。
積分定数
2012/03/25 08:25
1秒ごとに、pの確率で右に1、qの確率で左に1、rの確率で動かない。p+q+r=1 q<p

この場合も、x=1に達するまでの時間の期待値は

1秒ごとの移動の平均値(p−q)の逆数

となるのか?現在考え中。

これらは、双六問題からの流れで考えている。
積分定数
2012/03/25 08:29
>Σkp^k kを0から∞まで走らせて総和を取ると1/pになる。

kp(1−p)^(k-1) をk=1〜∞ でした。
積分定数
2012/03/25 18:03
ツイッターからのコピペ

>今日聞いた話。小学校の父母懇談会で「面積を求めるのに縦×横でも横×縦でも構わないでしょう」と担任に言ったら担任はそれを認めた。ところが脇にいた体育の先生が「『公式』には面積=縦×横となっている。おおやけの決まりなんだから守らせるべきだ」と強硬に主張して大変だったそうな。


「国歌斉唱はおおやけのきまりなんだから守らせるべきだ」という意見に対して、私は異論があるがまだ理屈が通っている。

 くろきげんさんが、算数での「きまり」という用語に対して懸念を表明していたが、上記の話が事実なら、まさに誤解している教師がいるということ。

「廊下を走ってはいけません」とはいうが、「光より速く走ってはいけません」とはいわない。

違いぐらい分かるが!!!

と思うのだが、「きまり」という言葉で混同してしまうのだね。
積分定数
2012/03/26 09:06
 創価学会の知り合いに、「公明党はイラク戦争に賛成してろくでもない」と言ったら、「戦争ではなくて復興だ」と言っていた。

 公明党本部にも直接電話して文句を言ったが、「あれは戦争ではなくて、イラクが国連決議を無視したことに対するうんたらかんたらで、・・・」

俺は「戦争」に反対だ。
「戦争」だからけしからん。
「戦争でない」なら構わない。

という話をしているのではなく、戦争なのか、国連決議履行のためのナントカカントカなのか、そんな言葉の定義の話をしているのではなくて、

ミサイルで子どもが殺されたという事実を問題にしているのだが、

言葉を置き換えれば問題が解決すると思っているアホや、それに騙されるアホは多い。
積分定数
2012/03/26 09:12
>違いぐらい分かるが!!!

>違いぐらい分かるだろうが!!!

「光より速く走ってはいけません」という「きまり」があるなら、やるべきは実験ではなくて要望。

「ニュートリノさん、光より速く走っちゃ駄目ですよ」
積分定数
2012/03/26 09:19
>創価学会の知り合いに

私が学会員でその方面の知り合い、という意味ではなくて、知り合いで学会員がいて、というはなし。

言葉は難しい。

「きまり」も多義的。
英語でも、例えば分配法則は、distributive lawというが、配給制に関する法律と思う人はいるだろうか?

子どもの頃はともかく、大人になったら、コンテクストから適切な意味に理解するのが普通。

上の私の「学会」が数学会や物理学会でないのはあきらか。

「きまり」を子どもが混同するというならまだ理解できる。だからこういう言葉は使うべきでないと思うが、教師が誤解しているとなると、なんだかな〜

 「君が代」歌っているかどうかチェックする暇があったら、こう言うことを是正することに労力を費やせばいいと思うのだが。
積分定数
2012/03/26 09:29
 アホな事例を知って気分が悪いので、口直しにカタラン数の続き。

「田」の左下から右上に行く道順は4C2=6。
左下から右上までの対角線の上側を取り去ったら、道順は? 横横縦縦 横縦横縦 の2通り。

横と縦がnの正方形で同様のことを考えた場合に道順は何通りか?というのがカタラン数

f(1)=1 
f(2)=2
f(3)=5

手作業で出来るのはこのくらいまで。一般的なf(n)はどうすべきか?
積分定数
2012/03/26 09:37
 問題に取り組むときに、一般よりも特殊、抽象よりも具象から始めた方がいい、

とは限らない。一般化抽象化した方がかえって構造が見える場合がある。

 こういうことは自分自身が数学を格闘する中で身につけた事であって、教えたり教わったりというものではない。自分であれこれやってみる、というのが重要。

 で、この問題も一般化してみる。

xy平面で、x座標またはy座標が整数という部分に線を引くと格子が出来る。xとyが0以上の整数とするときに、原点から(x、y)への道順の数は、x+yCx

 y=xの直線よりも上部の格子は通れないとした場合に、原点から(n,n)への道順の数がカタラン数だが、そこだけ見ても分からない。

x、yを0以上の整数値とするときに原点から(x、y)への道順をg(x,y)と置く。f(n)は、x=y=nという特殊な場合。
積分定数
2012/03/26 09:47
g(x,y)は、2変数の数列を考えることが出来る。

g(x−1,y)+g(x,y−1)=g(x,y)という漸化式が成り立つ。

ここで、Z×Z→Rという関数Φで、
(※)
Φ(x−1,y)+Φ(x,y−1)=Φ(x,y)
を満たす物全体を考えてみる。ここでまた一般化している。

Z×Z→Rという関数全体はある種の無限次元ベクトル空間を形成する。

(※)は線型だから、これを満たす物全体は部分ベクトル空間を形成する。

だからこの部分ベクトル空間の基底が分かれば、
g(x,y)はそれらの線型和になっているはず。

といっても、基底がすぐに分かるかどうか分からない。とりあえず、(※)がなりたつ関数を考える。

すぐに出てくるのは x+yCx ここでxが負だったり、x+y<xとなる場合は0と定義しておく。

それからこれを平行移動したもの。
積分定数
2012/03/26 09:58
g(x,y)は、 x+yCx およびこれを平行移動したものの線型和で必ず表せる、という保証はないが、期待は出来る。

あらためて、g(x,y)を考えてみると、y=0なら常に1、y=x+1だと、0となっているはず。

x+yCx は、y=0なら常に1となっている。
y=x+1では、2x+1Cx だが、これは 2x+1Cx+1と同じである。だから、

x+yCx−x+yCx+1 こうすると、y=x+1だと、0となる。

これは、g(x,y)が持つべき性質を全て備えているし、この様なものは1つしかないので、

g(x,y)=x+yCx−x+yCx+1である。

x=y=nとすると、

f(n)=2nCn−2nCn+1=2nCn/(n+1)

これがトーナメント問題とどう関係してくるのか?
相当苦しんだがあるとき光明が見えた。
積分定数
2012/03/26 10:10
f(0)=1
f(1)=1
f(2)=2
f(3)=5

n+1チームのトーナメントの方法の数と一致するという。少ない数に関しては、確かにそうなりそうである。

トーナメントの方法の数に関しては少し考えれば、

f(0)f(n)+f(1)f(n−1)+
f(2)f(n−2)+・・・f(n)f(0)
=f(n+1)

となるはず。

で実際そうなりそうだが、どう証明すべきか?
積分定数
2012/03/26 10:16
漸化式を見ていて、

片方を1増やして片方を1引いて、両者を掛けて、それらをどんどん足していく、

そんな作業をした覚えがあるな・・・
(ax+by)^nの展開とか・・・

そこで思いついた。

Φ(x)=f(0)+f(1)x+f(2)x^2+・・・

とすると、

1+x[Φ(x)]^2=Φ(x) となっているはず。

Φ(x)=tとおいて、1+xt^2=t をtについて解く。

t={1±√(1−4x)}/2x

±のところは、実際には−だけだとわかる。根号部分をテイラー展開する。

t={1−Σ(1/2)Ck(−4x)^k}/2x

そうすると、

−(1/2)Cn+1(−4)^(n+1)}/2
が2nCn/(n-1)と一致しているはず。
で実際にそうなることはすぐに確認できる。
積分定数
2012/03/26 10:51
証明する場合は、

2nCn/(n-1)=−(1/2)Cn+1(−4)^(n+1)}/2と変形して、

f(0)f(n)+f(1)f(n−1)+
f(2)f(n−2)+・・・f(n)f(0)
=f(n+1)

と確認すればいい。この変形によって容易に確認できる。

なぜその変形を思いついたのかは、上記のように無限多項式やテイラー展開をあれこれ考えたのだが、証明として表に出す場合は、そこは伏せることになる。
積分定数
2012/03/26 10:56
tCnは、tは非負整数である必要はない。
tC3=t(t-1)(t-2)/6 ということだから、tには色々代入できる。

(1+x)^t=ΣtCk・x^k

2項定理も拡張できる。t=−1とおいて、x=-rとおくと、

1/(1−r)=1+r+・・・・+r^2

となる。rの値によって収束しない場合があるなどという話はおいておく。

Cを組み合わせとだけとらえていたら、こうは出来ない。

「意味が大切です。5C2は、5個から2個選ぶのが何通りかという意味です。-1Ckだと−1個からk個選ぶ方法となってしまいます。」

などという主張はナンセンス。

かといって、水道方式でかけ算を累加で導入すべきではないという論法を敷延すると

「nCmを、n個からm個選ぶ方法という形で導入すると、nが自然数以外になったときに躓く。だから最初から、n(n−1)・・・(n−m+1)として導入すべきだ」

となる。

でもこれだと単なる式の簡約表記となってしまう。

「拡張にも耐えられて、なおかつ意味として理解する」

となると、

「nCmは、(1+x)^nを展開したときのm次の項の係数」と定義するのだろうか?

ではそうすると、「ABCDEから2つ取り出す方法は?」が困ってしまう。

 その場その場で必要な概念を導入して、必要に応じて修正していく

でいいと思うのだが。
積分定数
2012/03/26 11:09
例の瀬戸智子氏のブログ
http://ts.way-nifty.com/makura/2009/07/post-4df6.html

水道方式については、何回も勉強会に出席したり、自分でも遠山啓は何冊も読み、
さらに数教協の方々とも勉強を行いました。
その中で得たことは「論語読みの論語しらず」にならないために柔軟な発想をもつことでした。
なにしろ相手は豊かな発想で思いもせぬ疑問を発する子どもたち。
この想像溢れる発想を保障するために指導者は如何にあるか、、、何回も討論と実践を重ねました。
前に書いたようにタイルや折り紙を使ったり、あるいは実験算数をさせたりと。
銀林さんの著書も大いに参考にしました。
また、自分自身が壁にぶち当たったとき、何回も遠山啓の入門書を読みました。遠山さんから学ぶこと大だったのですよ。
おかあさんのための教室も、量に対しての捉え方を中心に「数え主義」からの脱却を図ろうとしました。
実は、あの時お教えした方々は母親であると同時に現役の学校の教師だったのです。
積分定数
2012/03/26 11:50
 遠山啓や銀林浩を一生懸命読んだ、あのような訳の分からない考え(内包量と外延量、足し算にも順序がある、等分除と包含除は全く違う・・・)を持った人が、現役の学校の教師の教えていた・・・・

 水道方式や数教協は、算数教育を良くすることに寄与したのだろうか?疑問が出てくる。 
積分定数
2012/03/26 11:53
「こうしましょう」という約束事と、「こうなる」という法則の混同は、銀林浩にもあるように思う。

http://ameblo.jp/metameta7/day-20101229.html
>ただ、(c)の乗法は、かけられる2つの数量の性格が違いますから、それらの数量を入れ替えることはできません。つまり交換法則は成り立たないのです。そこが単なる数の計算とは異なるところです「数の交換は出来ても、量の交換は出来ません」って何?

「量の交換はしてはいけないことにします」というなら、「あなたが勝手に算数のルールを作る権限があるのですか?」と突っ込みたくはなるが、まあいいとしよう。

「成り立たない」って・・・

「こうする」という約束事と、「こうなっている」という法則が一致する世界って、宗教じみている。

 神が決めた約束事が自然法則
積分定数
2012/03/26 12:37
1あたり × いくつ分
もとにする量 × 割合


消費税5%というのは1円あたりの税金が5/100円ということだから 1あたり量は 5/100 のはずなんですが、これは割合だから2番目の公式にあてはめて × の右側に書かないといくなくなりますね。

正しい順序でないと分数小数のかけ算で困るはずですが、正しい順序の人のほうが新しく公式を暗記しなくてはならなくなっちゃいますね。

鰹節猫吉
2012/03/26 12:46
内包量は、密度の計算を子供たちに教えるための苦肉の策だったんだと思う。
等分除と包含除は、分数同士の割り算を教えるための苦肉の策だったんだと思う。
おおくぼ
2012/03/26 12:55
>そんな作業をした覚えがあるな・・・
(ax+by)^nの展開とか・・・

(a+bx+cx^2+・・・)^2とかの間違い。

無限に続く多項式、なんていうのかなちゃんとした名前があったはずだが名前はどうでもイイや、が体になるというのが面白いところ。

 割合はまさに1あたりといくつ分が容易に逆転し、なおかつ長方形と違って容易に逆転することがすぐに分からないので厄介ですよね。

教師Aは700円の3割は、1円当たり0.3円で700個分と考え、

教師Bは、1あたりが700円で0.3個分と考える。

両者とも自分の考えが自然だと思う。

などとなったら子どもは教師がどっちのタイプかを見ないとならない。

>内包量は、密度の計算を子供たちに教えるための苦肉の策だったんだと思う。

蜜柑を配る問題でも、1人あたり3個が内包量だか外延量的内包量だとか書いてあるサイトがありますね。

「密度を蜜柑の問題で考えれば簡単になる」ではなくて、
「蜜柑の問題を密度と関連づけてややこしくしてしまう」という感じ。

単純で美しいはずの算数・数学が訳の分からない概念で見えにくくなってしまっている。

密度が内包量か外延寮歌なんて知ったことではない。3立方センチで6gなら、1立方センチで2g

当たり前のこと。ややこしい屁理屈を持ち出す必要は全くない。
積分定数
2012/03/26 15:30
 しかしどんなに当たり前の主張でも“信者”を納得させるのは無理。「大人には当たり前でも子どもにはそうではない」の一言で終わり。

大人にもややこしいわけのわからん内包量だの外延量だのが子どもに理解できるのか疑問だが、それは論証不可能。「内包量・外延量という言葉を教えるわけではない」などとお茶を濁らされるのが落ち。別に言葉を問題にしているわけではないのだが。
積分定数
2012/03/26 15:34
>体になるというのが面白いところ。

体にならないや。xが凡例になっている。

Σakx^k

という形で、kが負から始まるものを認めると、体になる。

そうするとこれは、多項式環を包む体。
多項式環から商体をつくると、これは多幸指揮官を包む最小の体。

負の指数から始まる無限多項式全体によって作られる体と商体は同型だろうか?

ゆっくり考えようっと。
積分定数
2012/03/26 16:10
有理数体Qの多項式環Q[x]の濃度はω。商体もω

負の指数から始まる無限多項式全体の濃度は、
ω^ω>ω

ってことは、同型でない。


でも、一般的な体で、同型でないことを示すことは出来るのだろうか?

実数体だと上の論法は使えない。濃度に頼らないで考えるには、負の指数から始まる無限多項式で
有限多項式/有限多項式の形で表せないものを提示するしかない。どうすればいいのか?
積分定数
2012/03/26 16:28
長方形の面積は縦×横じゃないと駄目というアホ教師、最初はレアケースかと思っていたけど、意外と多いんじゃない?しかも、意味不明だが理論武装もしている。



http://mimizun.com/log/2ch/edu/1125127489/
>213 :実習生さん:2005/09/19(月) 14:45:28 ID:uX4sBZWG

以下を読むと頭が痛くなる。
積分定数
2012/03/26 18:39
>意外と多いんじゃない?

「順序主義の教典に書いてないので、この件
 に関するかぎり順序主義のせいではない」
と思いますが、“レア”ではないでしょうね。

>http://q.hatena.ne.jp/1197768804

この例では、アホな事を自信満々で語る世界
には行ってしまわなかったけれども、
「200円×4人 とは別で、面積はどっちでも
 いい」
と自分で判断することは出来なかったのです
から。
ゴルゴ・サーディーン
2012/03/26 22:39
私は数学をいつも奇妙に感じています。
奇妙というのは、現実とのズレているというか・・・暗号があって、暗号を解読すると幻想的な世界に引き込まれる感じがするのです。
SFとか『不思議の国のアリス』のような感じがするのです。
教師の人達は、数学をどう感じているのか興味あります。
おおくぼ
2012/03/26 23:36
私たちがいま当たり前のように使っている「密度」や「濃度」という考え方は,一般の日本人は明治以降に洋算の輸入で知ったのでした。というようなことは,今度の『受験算数』で調べて書きました。「てんびん算」のところです。ヨーロッパでは,中世から使っていました。その違いがなぜ生じたのかを,貨幣制度の違いと推測しています。
メタメタ
2012/03/27 00:29
http://www.keiryou-keisoku.co.jp/aisatu-essay/essay/2011-essay/kikou-30.htm

>まず「密度・比重の概念」の歴史を研究しているとき、中国における度量衡の変遷と日本における度量衡の変遷の歴史を調査する必要がありました。
>そして、その研究から派生して「江戸時代の小判の改鋳の歴史(日本銀行金融研究所・貨幣博物館資料)」と「人口の変遷(『日本長期統計総覧)」を調査した結果、思わぬ発見がありました。
>「密度・比重の概念」は原子論的な物質観であり、江戸時代の前期(17世紀)には、その概念が生活に密着して存在していました。
>ところが、江戸時代の中期(18世紀)以降には、その概念が停滞・退歩してしまいました。
>儒学が国学として導入され、連続的な物質観が常識化したためです。
>日本の人口は、江戸時代前期(1600〜1700年)には約1000万人から3000万人へと増加しましたが、江戸中期以降(1700〜1870年)には約3000万人のまま停滞し、変化していません。
>また、江戸時代における小判の改鋳の歴史をみると、江戸時代初期の慶長小判(金の含有量15〜15・5g)から度重なる改鋳によって暫時金の含有量は減少しました。
>しかし、享保小判では金の含有量を一端回復させました。しかし、それによってデフレ現象が生じ、物作り職人や農民の生活が圧迫されましたので、再び金の含有量を減らしながら改鋳を繰り返し、幕末の万延小判では金の含有量が1・9gとなっています。
おおくぼ
2012/03/27 01:43
 おおくぼさん,どうも。
 『かけ算』の続編というわけではありませんが,再び,科学ライブラリーで『受験算数』を出しました。
 転載された中村邦光さんの本は2冊参照しました。江戸期の密度概念の研究は,中村さんの研究の右に出るものはないと思います。江戸期の和算書にある金銀銅など「諸物軽重の値」(現在の密度にあたる)の不正確なことは中村さんの本で知りました。したがって異なる割合の合金を混合して混合後の割合を問うというような,今の小中学生が食塩水の濃度の問題でやるような問題は和算にはなかった,というようなことも書きました。
メタメタ
2012/03/27 02:11
江戸時代には、味噌汁の塩辛さや味は問題にならなかったんでしょうか?
落語の長屋の花見では、水っぽい酒が出てきますが。
zorori
2012/03/27 06:18
http://www.inter-edu.com/forum/read.php?903,2367077,page=3

子どもがバツを付けられて親が「なんだこれは?」と疑問に思いネットで質問する。

何度も繰り返されたことではあるが、いつまで続くのやら。
積分定数
2012/03/27 09:42
zororiさん

濃さを「濃度」として数値化することがなかったということです。
金の含有率(金位)は,44匁の純金と混ぜた銀の重さの合計で示しました(金座銀座では,それから金と銀の割合を計算していますが)から,酒や味噌汁の濃さは,混ぜた水の量との合計で考えるという方法があったのかもしれません。この方法は4千年前のエジプトの方法と同じ,というようなことも書きました。
メタメタ
2012/03/27 10:49
>自分で判断することは出来なかったのです
から。

聞いた先輩は・・・

私のマイミクでも子どもが長方形でバツという例があるし、かけ算コミュでは子どもが平行四辺形の面積を高さ×底辺でバツというのもあった。

 そういう先生にあたる確率は、宝くじに当たるよりも確率は高そう。

>先輩に聞いてみたのですが、確実なことはわかりませんでした。
ただ、先輩は「式は逆にすべきではない」という見解でした。
理由は以下の通り。
 「例えば、3cm×4cmの長方形の場合、公式の学習の段階では、1cm×1cmの正方形が、縦に3つ並び、その列がさらに横に4つ並んでいる、と見なす。
つまり、縦の“3個”の列を基準として、その4倍である、“たて×横”の公式は、“縦3個が4列”という視点でできているのだから、この場合にも順序に意味があると見なされる。
従って、面積の学習の段階では、公式通り“たて×横”であるべき」

質問主はブログでは、順序に批判的ですね。
http://d.hatena.ne.jp/filinion/20111224/1324684685

両方のページとも認識はしていたけど、同じ人だとは気がつかなかった。
積分定数
2012/03/27 18:50
薬の調合やら酒・醤油の醸造やら建築やら日本でもやっていたし、紙のB版は日本由来らしいけど、1:ルート2になっているし、

「濃度」「密度」「速度」というように「1単位当たりどれだけ」ということに特別な名称を付けたり、特別意識したりということはなかったというだけの事じゃないかと思うのだけどどうなんだろうか?

これだけの水にこれだけの塩を入れた場合と
これだけの水にこれだけの塩を入れた場合で、
どちらがしょっぱいか?

というのは、計算して判断することは出来たと思う。

ただそれを、水1升に対する塩何匁で濃度を表すとかはしていない、と思うけど・・・

逆に言えば、「単位当たり量」というのを特別に導入しなくても、醸造や建築は出来たということ。
積分定数
2012/03/27 18:59
http://modernworldsystem.blog134.fc2.com/page-10.html
>§11、世界史教育への提言
>かつて数学教育の分野で、遠山啓氏が水道方式という数学教育の方法を考案し、現場の先生方と協力してその普及に努めた。このような民間教育運動を世界史でも始めるべきだろう。世界史教育の問題は個々の教師の努力で解決できることではないと思う。と言うのは、歴史の研究者の間でも共通の世界史像が形成されていないからである。
積分定数
2012/03/27 19:31
こう言うのを見ると、水道方式や数教協の危うさを感じてしまう。

要するに、算数・数学をどう教えようか、というだけのことである。そこで、色んな方法が提唱され、価値観や意見が対立したり、共鳴したりして、様々な潮流が生まれるのは理解できる。タイルを使うとか掛割図とか、内包量・外延量とか、もそうだし、TOSSのさくらんぼ計算とか単位のサンドイッチとか、あるいは「みはじ」もそうだろう。わが大場数理学院Wの「教えない教え方」というのもそのひとつ。

 で、「あいつらより俺らの方法の方が素晴らしい」とかそういう類の話で収まっているのならまあいいのだけど、

民間教育運動などと称して、世界観や階級闘争や左翼的イデオロギーとも絡んで、なんだか壮大なことになると、眉に唾を付けたくなる。

 民間教育運動が手放しで称賛されるようなものではないことは、全生研の実践を描いた「滝山コミューン」を読むと分かる。「ひと」に全生研批判の文章が載ったらしいから、これを持って「数教協もろくでもない」と言うことは出来ないが、

 たかだか算数・数学の教え方について、どうすべきかという話に収まらない雰囲気に、恐ろしいものを感じる。
積分定数
2012/03/27 19:33
 はっきり言えば、水道方式・数教協は一部で実態以上に過大評価されていると思う。

 この世界史について書いている人は、水道方式が具体的にどのような教え方なのか知っているのだろうか?

 私もよくは知らないが、この間のかけ算の順序論争の中で、あんまり評価できるものではないな、と感じるようになった。 
積分定数
2012/03/27 19:38
江戸時代までの日本になくて,明治時代になってから初めて知ったのは,ある濃度aと別の濃度bのものを混合してcの濃度のものをd量つくりたいとき,それぞれ何量を混ぜればよいか(答えは,d量をb:aで比例配分ですが)というような問題とその解法です。いまの受験算数で「てんびん算」と言われている問題です。明治までは「濃度」を自立した量として考えることも数値化することもなかったからこのタイプの問題が生まれなかった。ところが,中世以降のヨーロッパでは,混合算として商業算術の必須項目だった,その始まりはフィボナッチ数列のフィボナッチですが,ではフィボナッチはそれをどこで学んだのか,というようなことを調べて書いたのです。
メタメタ
2012/03/27 19:53
あ,前の発言,算数的に間違いがありました。
d量をb:aで比例配分ではなく,(b−c):(a−c)で比例配分です。b>aの場合として。
メタメタ
2012/03/27 20:03
メタメタさん、説明有難うございます。

濃さを「濃度」として数値化することがなかったのは歴史的事実だとして、その原因が貨幣制度にあるとまで言うのは、難しそうだなという印象です。本を読めば、そのあたりを論証してあるのかもしれませんので、時間があれば読んでみます。
zorori
2012/03/27 21:38
>質問主はブログでは、順序に批判的ですね。
>http://d.hatena.ne.jp/filinion/20111224/1324684685

>両方のページとも認識はしていたけど、同
>じ人だとは気がつかなかった。

 私も、昨日の書き込みのあとで気づきまし
た。
「掛順こだわり教育の現状に対する最も厳し
 い批判をしている現場教師」
なのですね。
その人が2007年の時点で 200円×4 について
どう考えていたかは判りませんが、長方形の
面積に関してはむしろ確信を持って「可換で
いいはず」と考えていることが見てとれます。

>>>>>>>>>>>>> 以下、別件 <<<<<<<<<<<<<<<

>https://www.nichinoken.co.jp/np5/portal/discovery/joho/kosodate/21/04.html

 これの Q1 と Q2 もひどいですね。
 まず思ったのは、中学以降の学習ことが頭
に染みついた身としては、あの解答はありえ
ないということ。
 さらにもうちょっと考えて、小学生むけの
題材でもあの解説では行き詰る場面が出てく
ると気付きました。

 あの説明では
 「違うものを = で結ぶことが出来る」
ということになってしまいます。

 まあ日能研は、次元の違う量の「○○倍」
という物がアリな世界ですから…
 http://yfrog.com/msrqmqj
ゴルゴ・サーディーン
2012/03/27 22:14
多項式/多項式のことを有理式と呼んだりします。整数と多項式は似ている。有理数と有理式は似ている。実数などと形式ローラン級数は似ている。(負べきも許した収束を無視したべき級数を形式ローラン級数と呼びます。)

問題。色々な無理数と似ている形式ローラン級数の例を挙げよ。

数と函数に同じ形容詞を付けられることはとても印象的。
くろきげん
2012/03/29 16:58
>くろきげんさん

ありがとうございます。概念は分かっていても、名前を知らない場合が多いです。

>問題。色々な無理数と似ている形式ローラン級数の例を挙げよ。

「似ている」って、・・・、QとRのアナロジーで考えると、Rの元xが無理数とは、xがQの元でないこと。だから、形式ローラン級数であって、有理式で表せないもの、ってことかな?

う〜んと、ぱっとおもいつくのは、√(1+x)のテイラー展開

f(x)=Σ1/2Ck・x^k

{f(x)}^2=1+xのはず。
一般に、αCi・βCjに関して、i+j=mとなる非負整数iとj全てを代入して総和を取れば、(α+β)Cmとなる。αとβに関しては自然数でなければならないというような制約は特にない。これを使えばすぐに出ると思う。



有理式で2乗して1+xになるものが存在しないことを示せばいい。

P(x)とQ(x)を多項式として

{P(x)/Q(x)}^2=1+x とする。

{P(x)}^2={Q(x)}^2・(1+x)

左辺も右辺も多項式だから次数が確定しているはず。
左辺の次数は偶数 右辺の次数は奇数 よって矛盾。

こんな感じでいいのだろうか?あまり吟味していないので、穴があるかも知れない。

 そうすると、

可環体Kを係数とする有理式全体と形式ローラン級数全体では、後者の方が大きくて、後者の真部分集合が前者と同型になっている、

てことでいいのかな?
積分定数
2012/03/30 09:46
積分定数さん、言葉よりも前に概念を直接理解していることも含めてさすがです。

数と函数(関数)の両方に付けられる形容詞に「有理」「無理」「代数(的)」「超越(的)」などがあります。

有理数と有利函数(=有理式)の類似はあきらか。
そして「無理」=「有理でない」

代数的数と代数函数の定義は「体K上代数的な元」の特別な場合。形容詞「超越(的)」についても同様。

有理数 a に対する √a は代数的数の簡単な例。
有理函数 f(x) に対する √f(x) は代数函数の簡単な例。

超越数 e や π は超有名。
超越函数 exp(x) や sin(x) も超有名。

この先にはいっぱい楽しい話があります。

数に関するフェルマー予想の証明は超絶大変ですが、複素数係数の多項式に関する類似の結果であれば数学科の学部レベルの数学を使って証明できます。(本質的に閉曲面の位相幾何の話になる。)

素数がどれだけたくさんあるかに関するリーマン予想は未解決ですが、有限体係数の多項式環に既約多項式がどれだけたくさんあるかに関する類似の結果の証明は易しいです。
くろきげん
2012/03/30 21:59
黒木玄 Gen Kuroki ‏ @genkuroki

> 「4枚の皿にみかんが3つずつあるとき、みかんは全部で何個?」に仮に子どもが式の欄に「6×2=12」と書いたとしましょう。その式は「具体的場面を忠実に表現していない」というルールのもとでは確実にバツを付けられます。しかしぼくなんかは偶然に「6×2」という式が出て来ることはないので、この例では「ほぼ間違いなく何か正しい考え方をしている」と思います。たとえば2皿でみかん6個が2つ分と考えれば「一つ分×幾つ分」の流儀では「6×2」となる。

http://twitter.com/#!/genkuroki/status/180463768566890497
http://twitter.com/#!/genkuroki/status/180490550624002049

【4皿でみかん12個が1つ分と考えれば「一つ分×幾つ分」の流儀では「12×1」となる】

問:4枚の皿にみかんが3つずつあるとき、みかんは全部で何個?
式:12×1=12、答:12個。
クロッキーG
2012/03/31 10:35
>この先にはいっぱい楽しい話があります。

楽しそうですね。算数教育の現状に腹を立てるよりも、そういう方を勉強したい。

 ファン・デル・ヴェルデンも途中まで読んでそのままになってしまっている。時間と金に余裕があれば、晴耕雨数の生活をするのだが・・・

Kを係数に関する形式ローラン級数全体の体K’は、Kの性質をどの程度引き継いでいるのだろうか?

Kが完備なら完備だろうか?これは、Kの距離や位相がを利用して、K’に距離や位相を入れないとならない。
|Σak・x^k|=sup|ak|とでもすれば、完備性は継承されそうな感じ。
積分定数
2012/03/31 14:46
Kが代数的閉体なら、K’も代数的閉体であろうか?

K’のn+1個の元を
fi(x) (i=0,1,・・・,n)とする。

Σ[k=0〜n]fi(x)・{g(x)}=0

となるg(x)がK’が必ず存在するだろうか?

fi(x)は次数0から始まるとして構わない。負数から始まるとすると、

Σ[k=0〜n]fi(x)・{g(x)}=0

の両辺にx^mを掛ければ、全てのfi(x)が、0次から始まる場合に帰着できる。

そうした上で、g(x)=Σak・x^kとする。これも0次から始まるとしておく。

そうすると
Σ[k=0〜n]fi(x)・{g(x)}
も0次から始まる形式ローラン級数である。

0次の項に着目すると、a0のn次以下の式になっている。Kは閉体だから、この式が0になるa0が存在する。

次に1次の項の係数に注目する。これもa1に関するn次以下の式になっている。a0も絡んでいるがこれは既に決定済み。で、Kは閉体だから、このa1に関するn次以下の式が0になるようなa1が存在する。

以下同様に帰納的に下から積み上げていけば条件を満たすg(x)を構成することが出来る。

ここでややこしいが、○次というのが2つの意味に使われている。

以上よりKが代数的閉体なら、K’も代数的閉体となる。

ざっとやったけど、穴があるような気がして不安。
積分定数
2012/03/31 14:48
>両辺にx^mを掛ければ、全てのfi(x)が、0次から始まる場合に帰着できる。

ここがあやしいな。

Σ[k=0〜n]fi(x)・{g(x)}=0

適当なx^mを掛けると

Σ[k=0〜n]hi(x)・{g(x)}=0

各hi(x)は0次から始まる。g(x)がこれを満たしているとする。

両辺にx^(-m)を掛けると

Σ[k=0〜n]fi(x)・{g(x)}=0

大丈夫かな?
積分定数
2012/03/31 15:00
だめだ、穴があった。もう少し考えてみよう。
積分定数
2012/03/31 15:03
全然駄目だった。すぐに反例が出来た。

xに平方根は存在しない。

{g(x)}^2=xとする。g(x)で係数が0でない項の最小次数をmとする。

g(x)=amxm+・・・
{g(x)}^2=(am)^2・x^2m+・・・

係数が0でない項の最小次数は偶数だから{g(x)}^2=0となることはない。

よって、元の体が閉体であろうがなかろうが、形式ローラン級数全体の集合が閉体になることはない。
積分定数
2012/03/31 15:17
>言葉よりも前に

単純に記憶力がないというのもある。“形式ローラン級数”も数学セミナーか何かで「体になる」というのを読んで知ったが、名前は全く記憶になり。

 「かける数」だの「かけられる数」だの「ニコニコ割り算」だの、「1あたりが前、いくつ分が後ろ」などと覚えされられなくて良かった。

 数学の魅力は、正しいことは正しい、間違いは間違い、それを自分で検証できること。

 必然性のないものは覚えにくい。

「行」と「列」がそう。機械の操作もそう。アナログな機械なら仕組みが分かれば操作も分かるがデジタルは難しい。テレビ・ビデオの操作はそのつど連れ合いに教えてもらうので、あきれられる。リモコンが3つもあって、DVDだのHなんとかだのなんだの、分かるはずがない。

 化学や生物も教えられるようになりたいと思って勉強するが、化学は有機が苦手。生物も覚えることが多くて途中で投げ出してしまう。

 生徒が苦手な部分は、濃度の計算や反応速度、遺伝の計算など、むしろ私が得意な部分なので、都合がいいのだが、覚えるべき部分もしっかり覚えたい。

 英語は、自分自身が覚えるのが苦手なので、雑多に思える文法規則を、「なぜそうなるのか?」という具合に物理や数学をやるように研究することで、暗記の負担を軽減する方法が身についた。

 教える上では暗記力がないことが功を奏した。

 逆に、艱難辛苦の上に公式や解法を暗記して数学を克服した人が数学を教えると悲惨なことになると思う。

 三角関数の公式を暗記させる教師もいるらしい。

sin(90°+θ)という類のやつなんて、タンジェントまで入れたら、20個ぐらいになる。そんなのいちいち覚える必要はないのだが・・・。

 倍角の定理も半角の定理もその都度導いている。そうしないと、不安。
積分定数
2012/03/31 15:41
 高校化学で出てくる濃度は、体積・質量・物質量、溶媒・溶質・溶液のどの値を使うかで、いくつかある。

 「〜濃度」という場合に、定義が何だったのかすぐには出てこないので教科書を見直すことになる。

 小学生も同様ではないだろうか?

「3時間で12q歩く。時速は?」といわれて分からなくても、
「1時間ではどれだけ歩く?」なら分かるかも知れない。

「時速」は、1時間で動く距離
だからそれを求めるには・・・

とワンクッションおくよりも、距離÷時間というのを覚えさせた方が効率がいいと思っている人も多いと思う。

 後々のことを考えたら、モル計算などが理解できなくなってかえって効率が悪いのだが、それが露呈するのは大分先なので、このことが見逃される。

 親の意見と冷や酒と「みはじ」は後になって効いてくる。

ただし「みはじ」は悪い方の効果。
積分定数
2012/03/31 15:52
4枚の皿にみかんが3つずつある。「(一つ分)×(幾つ)=(総数)」という形の式を書きなさい

という問題は(「3×4=12」を正解として)成立する。「6×2=12」は不正解。



そのことと、こういう問題を繰り返し解かせるようなことが良いか、どうかは別の話だ。

黒木玄 Gen Kuroki ‏ @genkuroki
> 「4枚の皿にみかんが3つずつあるとき、みかんは全部で何個?」に仮に子どもが式の欄に「6×2=12」と書いたとしましょう。その式は「具体的場面を忠実に表現していない」というルールのもとでは確実にバツを付けられます。しかしぼくなんかは偶然に「6×2」という式が出て来ることはないので、この例では「ほぼ間違いなく何か正しい考え方をしている」と思います。たとえば2皿でみかん6個が2つ分と考えれば「一つ分×幾つ分」の流儀では「6×2」となる。
http://twitter.com/#!/genkuroki/status/180463768566890497
http://twitter.com/#!/genkuroki/status/180490550624002049
bakachan
2012/03/31 22:46
http://math.artet.net/?eid=1421772

 私の最近の問題意識とちかい。教える側が熱心に準備すればするほど、教わる側は受け身にならないだろうか?

 間違え方まで含めて、全て教える側の手のひらの上、というのは、どうなんだろうね?
積分定数
2012/03/31 23:33
そこのサイトからたどれる掲示板で、こんな
のを見つけました。
http://www.kangaeru.org/yybbs222/keijiban.cgi?page=20&bl=0

>私は、答えに 天の子午線 と書いたので
>すが、×でした。正解は 子午線でした。
>先生に聞きに行きましたが、○にするか悩
>んでいるといわれました。
 (そのあと、資料を示してマルにしてもら
  ったという話が続きます。)

 悩んでいるなら、まだマトモな先生ですね。
 「模範解答はあくまで、ただの“子午線”だ」
などと言いそうな人も、世間にはたくさんい
そうです。
ゴルゴ・サーディーン
2012/04/01 01:14
4675879809639×94765876876=?

これは問題として成立している。そのこととと

こんな問題を繰り返し解かせることが良いか、どうかは別。
bakachan
2012/04/01 01:39
4枚の皿にみかんが3つずつある。「(一つ分)×(幾つ)=(総数)」という形の式を書きなさい

という問題は(「3×4=12」を正解として)成立する。「6×2=12」、「12×1=12」、「4×3=12」は不正解。そのことと

こんな問題を繰り返し解かせることが良いか、どうかは別。
bakachan
2012/04/01 01:41
「毎食後(朝、昼、晩)2錠を服用する薬、1週間分では全部で何錠。」という問題の立式の仕方について、順序派の先生方の間で、延々と議論がなされているのは事情通の間では有名な話です。

2×3×7派と2×7×3派で熾烈な争いがあり、前者は「時の流れ」を、後者は「時間帯における薬の効果の違い」を重視するとのこと。当然ながら、3×7×2派は存在しません。

ところが、最近「10人の人に2個ずつミカンを配りました」というなんと言うこともない問題の解釈が上記論争に絡んでややこしいことになっているそうです。先ず、10人がいて、次に2個ずつ配るのだから、10×2とすべきだと「時の流れ」重視派が主張し始めたようで、今後の動向から目が離せません。

zorori
2012/04/01 07:58
 文部科学大臣から突然電話があってビックリした。たまたまここを読んだらしくて、「是非助言をして欲しい」と言われた。
積分定数
2012/04/01 08:13
 あまり詳しくは言えないのですが、電話によると、民主党内部でもこの問題に関心を持っている議員が多いらしくて、近々、「順序廃止議員連盟」が設立されるようです。順序禁止法の制定などを目指しているらしいのですが、支持母体である日教組(順序派)との関係もあるし、難しそうですね。
積分定数
2012/04/01 08:53
文部科学大臣がでてくるとは…

4月1日ではありますが…

こんな当たり前のことで論争になっている状況を考えると、笑えないですね。

鰹節猫吉
2012/04/01 10:11
『政策論争のデタラメ』 (新潮新書・市川眞一:著)の文科省批判は鋭いと思う。
文部科学大臣はこの本を読んだことあるのだろうか?
未読だったら是非読んで欲しい。
おおくぼ
2012/04/01 11:50
>先ず、10人がいて、次に2個ずつ配るのだから、10×2とすべきだと「時の流れ」重視派が主張し始めたようで、

これに関して、順序派も「2×10のみが正しい」派と闘うためには、「10×2のみが正しい」派との共闘が必要という潮流と、「一方のみが正しいとしている点で、同じ穴の狢である。『敵の敵は味方』とは限らない」という潮流の対立が激化しています。

 共闘派は「『敵の敵の、、、』で『敵』の数が偶数なら味方、奇数なら敵というのは、数学が分かっている人間なら認めるはずだ」とか、ややこしい話になっています。

 反順序派が分裂して一部が暴走する危険があるとして、公安当局も警戒しています。



 例えば、「長方形の面積を横×縦だとバツにする教師がいる」なんて、4月1日でなくても、「それは嘘だろ」というレベルの話。それが、ちょくちょくあるのだから、恐ろしい。
積分定数
2012/04/01 12:24
でも本当に「掛け算の正しい順序」論争は、文部科学大臣の鶴の一声で終止符がうてると思うんだけど。
おおくぼ
2012/04/01 13:26
 この件の何が問題なのかを、官僚や政治家が理解するのは難しいような気がする。

安易に考えたら、かけ算に順序はないと思うが、
深く考えても、やっぱり順序はない。

中途半端に考えると「順序がある」と思ってしまいがち。で順序派は「順序がないというのは安易な考えだ」と思い込んでいる。だから、「これこれこういう理由で順序があるとした方がいいのです」と言うことで、反論した気になっている。反順序派はことごとくそれを論破しているのだが、そこが分かっていない。

 算数教育業界に深く根を張る順序派に言いくるめられないように官僚や政治家を説得する自信は私にはない。

 橋本徹も、国歌ではなくてこれを問題にするなら、私も応援するのだが。私が応援するのは迷惑だろうが。
積分定数
2012/04/01 18:59
http://www.math.tohoku.ac.jp/~kuroki/LaTeX/20120328QuantumTau.pdf

さっぱりわからん。小学校算数から大学1・2年レベルの数学までは地続きだと思うが、そこから先には越えられない川が流れている気がする。
積分定数
2012/04/01 19:08
「自然な順序がある」のと「順序を付ける」のとは違う。

自然ではないが、順序を付けている、というだけの話だ。
勘違いは、いい加減にしなさい。
2012/04/01 23:22
1、2、3の目が出る確率がそれぞれ0であり、4、5、6の目が出る確率がそれぞれ1/3であるサイコロの出る目の期待値は

という問題設定(確率の設定)は不自然だが、これは問題として成立している。正解は5。

「サイコロなんだから期待値は3.5である。3.5は正解である」というような理屈は認められないよ。
勘違いは、いい加減にしなさい。
2012/04/01 23:31
> 「サイコロなんだから期待値は3.5である。3.5は正解である」というような理屈

順序が指定されている状況で

「掛け算に自然な順序はないのだから、逆順も正解だ」

などという理屈は認められない。もちろん、指定がなければ正解だが、君達が念頭に置いている状況では授業で順序の指定がされているのだろう。
勘違いは、いい加減にしなさい。
2012/04/01 23:37
初出だよね。

http://blogs.yahoo.co.jp/mio_miq3039/52411748.html
>これは算数の指導法として教育効果があるから使われているわけです。そこを間違ってはいけません。

「教育効果」が本当にあるのだろうか?
積分定数
2012/04/02 07:22
自由派の主張は,
(1)かけ算の「1つ分」と「いくつ分」の順序は自由だ
(2)仮に順序を指定しても,どちらを「1つ分」と解するかは自由だ
 
の2段構えになっていることを勘違いされませんように。
メタメタ
2012/04/02 11:34
> どちらを「1つ分」と解するかは自由だ

それは(ある場合には)間違いだけどね。
バカですね。
2012/04/02 11:48
「トランプ配り」は、例えば

「4が3つ」の総数と「3が4つ」の総数が同じ

であることを説明(証明)している。もしも

「4が3つ」と「3が4つ」は同じことだ

と解釈してまうと、「トランプ配り」の話は

ナンセンスということになってしまうね〜。
バカですね。
2012/04/02 11:53
>(1)かけ算の「1つ分」と「いくつ分」の順序は自由だ

指定があれば自由ではない。
バカですね。
2012/04/02 11:53
> どちらを「1つ分」と解するかは自由だ

1本5リットルの瓶が6本あります。
(1つ分)?
(いくつ)?
(総量=)?

正解:
(1つ分)5リットル
(いくつ)6
(総量=)30リットル

不正解:
(1つ分)6リットル
(いくつ)5
不正解:
(1つ分)10リットル
(いくつ)3

黒木玄 Gen Kuroki ‏ @genkuroki
> 2皿でみかん6個が2つ分と考えれば「一つ分×幾つ分」の流儀では「6×2」となる。
バカですね。
2012/04/02 12:01
順序派も反順序派も、本当にバカだね〜。
バカですね。
2012/04/02 12:07
反順序派のバカ主張:(順序を指定して)逆順を不正解とすることは常に不可能である。

順序派のバカ主張:順序を指定し続けると教育効果が上がる。
バカですね。
2012/04/02 12:11
既に紹介済みだが、私のコメントに対してうざいレスがあった。面倒くさいから無視する。


http://www.inter-edu.com/forum/read.php?903,2367077,page=4
問題 5年1組の男子16人が先月図書室から借りた本の1人平均の冊数は11冊です。
   男子が借りた本の合計は、何冊になりますか?
答え  16×11=176  176冊

小学校で式が違うと指摘を受けました。
子どもがなぜ違うのかも理解できずに、大変混乱しているので、
お話を伺ってみました。
積分定数
2012/04/02 13:14
> どちらを「1つ分」と解するかは自由だ。

連続量の場合も,1単位を考えれば「トランプ配り」は可能であり,以下のような「単位」を考えれば「1あたり量」と「いくら分」の交換は可能ということは議論済みです。

1本5リットルの瓶が6本あります。
正解:
(1つ分)5リットル/本
(いくつ)6本
(総量=)30リットル

正解:
(1つ分)6リットル/(リットル/本)
(いくつ)5リットル/本
(総量=)30リットル
メタメタ
2012/04/02 18:12
正解:
(1つ分)6リットル/(リットル/本)
(いくつ)5リットル/本
(総量=)30リットル

はい、間違い。「いくつ」は単位のない量です。
バカだね
2012/04/02 18:53
メタメタと積分定数は「いくつ」に勝手な(拡大)解釈をしているね

「いくつ」は単位のない量なんだけどね。本当にどうしようもない連中だよ。あんたらは
バカだね
2012/04/02 18:56
時速5kmで、5時間。全部で何kmか?

正解:
(一つ分)5km
(いくつ)5

不正解:
(一つ分)5km/h
(いくつ)5h
バカだね
2012/04/02 18:59
(いくつ)は(全体)に対する「分割数」であって、単位はないんだよ

1本5リットルの瓶が6本あります。全部で何リットル?

この場合は、問題によって与えられた「分割数」は6だよ
バカだね
2012/04/02 19:04
順序派もどうしようもないが、反順序派も本当にどうしようもないな。
バカだね
2012/04/02 19:06
1本5リットルの瓶が6本あります。全部で何リットル?

問題によって与えられた「分割数」を無視して、勝手に他の分割数にして良いなら、分割数を1にして、

(一つ分)30リットル
(いくつ)1

でも良いことになってしまうなあ〜。
バカだね
2012/04/02 19:09
「(いくつ)=?」という問いは、

全体が(いくつ)に分割されているか?

という問いなんだよ。勝手なバカ解釈をするな
バカだね
2012/04/02 19:21
バカどもへ:

「(いくつ)=?」という問いはね、

問題:全体が(いくつ)に分割されているか?

という問いなんだよ。勝手なバカ解釈をするな
繰り返すよ。
2012/04/02 19:24
問:1本5リットルの瓶が6本あります。全部で何リットル?

不正解
(分割数):5リットル
(一つ分の量):6
(全体の量):30リットル

不正解
(分割数):6リットル
(一つ分の量):5
(全体の量):30リットル

正解
(分割数):6
(一つ分の量):5リットル
(全体の量):30リットル
baka
2012/04/02 19:40
追加

不正解
(分割数):1
(一つ分の量):30リットル
(全体の量):30リットル

不正解
(分割数):30
(一つ分の量):1リットル
(全体の量):30リットル
baka
2012/04/02 19:42
http://www.math.tohoku.ac.jp/~kuroki/LaTeX/20120328QuantumTau.pdf

あ、これ、ぜんぜんわからなくても仕方がないです。おそらく数学者の9割以上、もしかすると数学者の99%以上が全然理解できない内容だと思います。

内容は「掛算の順序を勝手に交換してはいけない場合の話」です。以前、どこかで、ぼくは掛算の交換法則が成立しない場合の数学の専門家だと述べていたと思いますが、まさにそういう話。ちょっとした計算でもあまりにも計算が大変過ぎて簡単に即死できます。ぼくにとっての頼みの綱は表現論の周辺の数学なのですが、そこに繋げるためにはやっぱり色々計算が必要になる。

よく「行列の積は非可換だ」と言いますが、普通の行列は成分が数であり、数の積は可換です。だからそんなに計算は大変にならない。ぼくがやっている計算は行列の成分もまた非可換代数の元になり、しかも非可換な場合の分数も扱う必要があります。

この非可換な場合の分数の計算が涙が出るほど大変なんです。やはり分数の計算は大変です。非可換な分数に対応している数式処理ソフトはまだないんですね(ぼくが知る限りにおいて)。
くろきげん
2012/04/02 19:59
何についての「1あたり」を考えた方が良いかは状況や目的によりますよね。

たとえば移動に使える時間の長さがT時間と決まっていて、移動の速さだけを変えることができる状況を考えましょう。移動に使える時間の長さのT時間は「移動の速さを時速1キロメートル増やすごとにどれだけ移動できる距離が増えるか」を表わしているとみなせます。

状況や目的によって動かせる変数は違っていて動かせる変数ごとに「1あたりの量」が定義されるというのは少なくとも理系では常識ではないかな。微分および偏微分でも同様で、速さで微分すると速さに関する1あたりの量が得られます。速さを意味する変数で微分しちゃいけないなんて人はやはり常識外れ。

話をわかりやすくするために微分の話まで持ち出してしまいましたが、算数レベルでも同じように考えることができます。同じように考えることができない人は算数を理解していないということ。
くろきげん
2012/04/02 20:24
問:1本5リットルの瓶が6本あります。全部で何リットル?

上の問題で「設定」されている分割数は(いくつ)か?、答えなさい

当然、正解は6だよな

まさか、設定されている分割数が1だとか、2だとか、3だとか、30だとかはないよな
はははは
2012/04/02 21:09
積分変数やメタメタの理屈は、

問い:f(x、y)=3xyをxで偏微分しなさい。

という問題で、yに関する偏微分もあるのだから、yの偏微分の式を答えても正解だ

と言ってるのと同じなんだが
クロッキーG
2012/04/02 21:12
問い:3x+y=0が定める陰関数y=f(x)を微分しなさい

という問題で

陰関数x=g(y)の微分を答えても正解だ

とでも言いたいのかな?まさかね〜。
クロッキーG
2012/04/02 21:18
積分定数やメタメタの主張は、

問題で「設定」されている分割とは、別の分割を考えて、その分割数を答えても正解である

って理屈なんだが。そんなの通用するわけがないわな〜。
はははは
2012/04/02 21:27
>「教育効果」が本当にあるのだろうか?

効果どころか,弊害があるという反語ですね。

少なくとも,「偶数は太字で書く」と教えることで,偶数とは何かを理解できるはずがない。そのようなルールは,子どもに理解させる効果はなく,理解していることを先生が判断する手段でしかないのにね。
判断するためなら,「偶数はどれか?」,「一皿当たり何個ですか?」と問えばよく,わざわざ,ローカルルールを教えて,ローカルルール通りに書いたかで判断するというのは,馬鹿馬鹿しいほど回りくどい。それだけでなく,ローカルルールを覚えていないのか,理解していないのか分からないという致命的欠陥がある。×を付けられて納得できな子どもやクレームを付ける親は,「一皿当たり」が何かは理解しており,ローカルルールに異議を唱えているのにね。
理解させるため便法と言いながら、理解している子供にも、便法ルールに反しているとして×にする本末転倒は何故なのか。
それはつまり、順序ルールは便法なのではないと確信しているということだとしか考えられないし、実際、便法ではないと主張している。みおみくさんのような人は、教育の実態を知らないだけだろう。(続く)
zorori
2012/04/02 22:50
(続き)
みおみくさんのブログより
>結局、この論争の根底には、間違ってもいない解答にバツをつけられてムカついた、というような、
>感情的な問題が多分にあるんだと思います。

確かに,先生にも間違いはあるし,単なるミスにいちいちクレームを付けるのは大人げない。しかし,掛け算順序はそのような個人的ミスではない。正しい算数のルール,あるいは効果のある教育法と確信しているのだ。しかも,先生個人の問題ではなく,指導書出版業界や,一部算数教育団体が組織的に行っている。「一つ当たり量」という概念を理解している子どもを一律に×にしてしまうという機械的,画一的採点によって,先生や教育への不信感を招いていることに,この人は気づいていない。機械的に単なる数の操作だけで答えを書く子どもへの教育の為と言いながら,機械的採点だけで,子どもを評価しているのは,順序先生なのにね。

みおみくさんのような見解が世間常識と言うものだとつくづく思う。ところが、教育実体は世間常識のはるか斜め上の独自の世界を形成しているということなのにお気づきない。
 
zorori
2012/04/02 22:52
順序を(一律に?)指定し続けることで教育効果が上がるというのは、順序派のバカな妄言だから

そこを反順序派が否定するのは正しい。
はははは
2012/04/02 23:34
反順序派の妄言は、「分割の設定がされている問題」に対して

「設定されている分割」とは異なる分割を考えて、その分割数を分割数の解答としても正解である

という理屈だけどな〜。本当にバカですか
はははは
2012/04/02 23:41
「トランプ配り」ってのは要するに、問題が設定している分割とは異なる(ある特定の総数を保つ)分割を導入する訳だが、「設定されている分割とは違う分割」の分割数を答えても、「分割数の正解」には(一般には)ならないんだよ
はははは
2012/04/02 23:58
まっ、掲示板もデタラメだったけどな
クロッキーG
2012/04/03 00:00
要するに,自由派の2段構えの主張のうち,1段目はおかしくないが,2段目がおかしいと言うているのですね。
メタメタ
2012/04/03 00:51
http://blogs.yahoo.co.jp/mio_miq3039/52411748.html

記事が消されていました。
http://blogs.yahoo.co.jp/mio_miq3039/MYBLOG/comment.html
>どなたか知りませんが、いきなりやってき
>てソースを教えろとか、不躾も甚だしい。
>今後も交流のない人にわざわざ対応するつ
>もりはないので。

だそうです。
このブログ主、どっち側だったのでしょう?

ところで、私も宣伝活動してきました。
http://annanonikki.ti-da.net/e3813028.html
完全に“あっち側”になってしまったわけ
ではないので簡単でした。
( アロマテラピー とかそっち系のサイト
  なので拒否反応がある人もいると思い
  ますが、だからと言って、行って暴れない
  でくださいね。 )
ゴルゴ・サーディーン
2012/04/03 01:06
小学生向けに「やわらかい表現」が使われているが、(全体の量)に対して
「(いくつ)か?」というのは「全体は(何分割分)であるのか?」という
こと。「(一つ分)は?」というのは「(1分割あたりの量)は?」という
こと。こういう問題が成立する条件は、問題が分割を設定していることだ。

例えば

A:時速2km、全部で4時間歩いた。
B:時速2km、全部で8km歩いた。

どちらも

(1分割あたりの時間):1時間
(1分割あたりの距離):2km
(全体の時間):4時間
(全体の距離):8km
(分割数):4
bakachan
2012/04/03 02:04
「変数」を変えたところで、「分割数」は変わらないってことだ。「分割」を変えれば、「分割数」が変わることもあるね。

(分割数)=(全体の時間)/(1分割あたりの時間)=(全体の距離)/(1分割あたりの距離)
クロッキーG
2012/04/03 02:23
座標を変えたところで、微分は変わらないよね〜。
でもねえ〜、座標が指定されていたら、その座標で答えるのが筋じゃないのかね?
クロッキーG
2012/04/03 02:28
「指定された座標」とは違う座標で答えても正解だって?

笑わせんな。
クロッキーG
2012/04/03 02:30
黒木玄 Gen Kuroki ‏ @genkuroki
> 間違った考え方とは、例えば平行四辺形の面積で言えば「底辺×高さでも高さ×底辺でもどちらでも正しく平行四辺形の面積を計算できることは認めるが、正式の公式である片方を覚えておかなければいけない」というような考え方です。
http://twitter.com/#!/genkuroki/status/186843473008275456

正しく計算できるってことなら、

((底辺)+1)×((底辺)÷(π+2))×((底辺)−1+(高さ)+2−(底辺)−1)×(π+2)÷((底辺)+1)

でも正しく計算できるけどな〜。
「平行四辺形の面積の公式」とは何か?
2012/04/03 07:45
問い:(底辺)が2、(高さ)が2の平行四辺形の面積は?

解答:
(式):(2+1)×(2÷(π+2))×(2−1+2+2−2−1)×(π+2)÷(2+1)=4、
(答):4
bakachan
2012/04/03 07:51
数学は論理の整合性を重視する。
帰納法、背理法。
有限集合の交換法則を否定するなら、論理的に整合性のある理論が必要になる。
日本の習慣とか、現実ではとか、意味では
・・・みたいなのは数学の理論にはならない。
おおくぼ
2012/04/03 14:16
>くろきげんさん
>あ、これ、ぜんぜんわからなくても仕方がないです。おそらく数学者の9割以上、もしかすると数学者の99%以上が全然理解できない内容だと思います。

それを聞いて少し安心しました。くろきさんは、「かけ算に順序がある」世界を研究しているのですね。

 行列の成分が非可換だなんて、想像するだけで面倒くさそうですね。

順序派は「非可換な積もあるから、そのときに備えて・・・」などという。


http://ts.way-nifty.com/makura/2009/07/post-4df6.html
>かけ算の順序に拘ることが、将来的に桎梏にまでなるでしょうか???交換法則が成り立たない行列のようなものもあるから、順序に拘ることが必ずしも弊害を生むとは思えません。(瀬戸智子氏)

 私も小学校時代にかけ算の順序をきちんと教わっていれば、非可換な代数が苦もなく理解できたのに、・・・

なんて訳がない。非可換で苦しむというのは、それだけ可換という性質が有効でありがたいと言うこと。

 せっかく可換という有り難い性質が成り立っているのに、何が悲しくて非可換と見なさないとならないのか!?
積分定数
2012/04/03 14:18
 非可換な代数がらみで、

 可換な整域から商体を作るのはさほど難しくない。非可換な整域から斜体を作る一般的な方法はあるのだろうか?と考えたことがあったが、途中で断念した。ファン・デル・ヴェルデンの本には、参照論文だけが書かれていた。きっと難しいのだろうな。

 成分が行列であるような「行列」を考えたことがある。

行列AとBの直積A*Bを以下のように定義する。
A*Bは行列を成分とする「行列」で、
ij成分は、(Aのij成分)×Bという行列。

AとBが可換だとする

det(A*B−B*A)は0行列になる。
特にA=Bの場合はケーリーハミルトン

ということで、一応、ケーリーハミルトンの一般化ではあるが、それから先何か発展性があるのか?といわれると、返答に困ってしまう。
積分定数
2012/04/03 14:43
 斜体を係数とする連立1次方程式の解の存在に関して、昔やった記憶があると思って探したら、アルティン「ガロア理論」の最初の方に出ていた。

 未知数の数が方程式の数よりも多い場合に同次線型連立方程式は非自明解を持つ。

 可換体なら当たり前だけど、さてどうするか?方程式の数が2〜3ぐらいでちょっと考えたら分かった。当時は証明を追うだけで精一杯で何をしているのか分からなかった。各未知数がaxb(エーエックスビー、aかけるbではない)という具合に、左右から既知元で挟まれている形でも成り立つことも分かった。

 自分で苦労して考えないと身につかない。

 小学校算数から高校数学に至るまで、ここがもっと重視されていいと思う。

 タイルだのさくらんぼだの3本耳の兎だの、潮流は異なるがいずれも教える側が手を変え品を変え、一生懸命に考えて工夫している。

 しかし、一生懸命考えて工夫しなくてはならないのは、教える側ではなく教わる側。

 そこを忘れてしまうと、単なるマニュアルの伝達になってしまう。
積分定数
2012/04/03 14:44
こっちに非難したようです。念のため全文晒しておきます。

http://webcache.googleusercontent.com/search?sourceid=chrome&ie=UTF-8&q=cache%3Ablogs.yahoo.co.jp%2Fmio_miq3039%2F52411748.html

「掛け算の順序」論争について .傑作(1)
2012/1/1(日) 午前 6:18【闇鍋の巻】練習用 Yahoo!ブックマークに登録 .新年あけましておめでとうございます。

さて。さっそくですが、タイトルの件に関して。
「掛け算に順序があるのか」というのが論争になっているそうですね。

論争になるきっかけというのが、

「6人に4個ずつミカンを配るとミカンは何個必要でしょうか?」という算数の問題に、
6×4=24 と式を解答したらバツをつけられた子どもの保護者が、
「なんでバツやねん!?」と抗議してきたことだったそうで。

その抗議に、学校の先生がうまく説明できなかったんでしょうね。

そもそも、小学校低学年段階の算数で教える掛け算に、順序など存在しません。
だから、4×6=24 でも 6×4=24 でも正解でしょう。後者をバツにするなどあり得ません。

では、何故その先生はバツをつけたのか。そしてその理由をうまく説明できなかったのか。
・その先生は、指導法としてではなく「掛け算には順序がある」と本当に信じ込んでいた。
・その先生は、教科用指導書を斜め読みして教材研究を怠り、指導のプロセスを明確化していなかった。
上記2点のいずれか、あるいはその両方だったのだろうと予想しています。
積分定数
2012/04/03 14:50


「6人に4個ずつミカンを配るとミカンは何個必要でしょうか?」という問題の解答に対する評価は、
文章をきちんと理解し、具体的なイメージを描くことができているか、という点だと思います。

理解の仕方は、子どもによって違うだろうと思います。

「6人の人がテーブルについていて、それぞれの前に1枚ずつお皿が並んでいる。そこに4つずつミカンを配る」
「大きな袋にミカンが入っている。その中から6人の人が順番に4つずつ取っていく」
などが考えられますが(私が今考えた例なので、他の発想もあると思います)、どちらでもいいですよね。

ただ、それは、理解できる子どもはそうだろうということです。
理解できない(あるいはしない)子どもは、実はとても多いんです。
そういう子は、想像することを面倒くさがって、単なる数の操作だけで解答を導き出そうとするんです。
「これはかけざんの問題だから、6と4をかけて答えを出せばいいんじゃね?」と。
で、解答には適当に単位をつけようとするから「24人」と書いたりします。それは当然、バツです。

だから、文章の理解を促し、単位への認識を深めさせるために、式の順序をいう方便が導入されたのです。

これは、共通語と方言(地方語)の関係と似ています。
子どもの理解の仕方は方言の範疇です。その子の育った環境などで、それぞれ違ったものになるでしょう。
違っていて当たり前ですし、どっちが正しくてどっちが間違いなどとするべきではありません。
一方、式の順序という方便は、共通語のようなものです。
それが至高のものというわけでは決してなく、お互いが認識を一にするためのツールです。
積分定数
2012/04/03 14:51


式の順序という方便は、ツールなわけですから、学術的な俎上にあげて議論するのは的外れだと思います。
また、これは算数の指導法として教育効果があるから使われているわけです。そこを間違ってはいけません。
仮に、文科省に「掛け算に順序はあるか」と問い合わせても、「あるわけない」と答えられるだけでしょう。
そして、もし他に、さらに有効な指導法があれば、そちらに改められていくことでしょう。

だいたい、算数の授業では「3×4と4×3は一緒だね」ということを九九を学習する段階で教えるんです。
でも、実際に掛け算を使う時は順序が大事になることもあるから、一応約束事を作ろうね、と。
それで混乱する子もいるんじゃないかという意見もあるようですが、私はそんな子を見たことはありません。
Dは「ディ」だけど、BやCと聞き間違うこともあるから、会議では「デー」と発音しようというのと同じだと思います。

そういう約束事などナンセンスだと否定する人がいるなら、新たな指導法を提示してほしいものです。
そんなことは専門家の仕事だろうというなら、それこそ無責任ではないかと思います。

あと、この指導法は日本人のみに有効なものです。
学習指導要領は、日本に生まれ育った子どもを教育するために編纂されたものですから、当然です。
帰国子女や外国人など、特殊なケースには現場で個別に対応するのが妥当だと思われます。
積分定数
2012/04/03 14:52
国際的には英語などの文法がメジャーなのだから、そっちに合わせる方が良いという意見もあります。
ですが、その理屈でいけば、日本語を教える必要はなくなります。
日本語は捨てて、英語をみんなでしゃべろうというのか、と。

よく、言語学の議論で、西洋の言語の方が合理的だという意見を耳にしますが、私はそうは思いません。
相手の存在を第一義に考えて話す日本語の方が、西洋の言語より優れた言語体系だと思っています。

と、こういうことを書けば、
「じゃあ掛け算の順序って国語の問題であって、算数の問題じゃないじゃん?」なんて言う人もいるでしょう。
それも認識不足です。教科とは、各々が別個に成り立っているわけではありません。
特に、小学校段階では各教科が密接に結びつき、連携し合っているものです。
国語は国語、算数は算数ではありません。国語の中に算数があれば、算数の中に国語があるものです。


長々と書きましたが、
・小学校低学年の掛け算に順序は存在しない。よって、件の問題でバツをつけた先生は間違い。
・掛け算の順序とは算数の指導法(指導上の方便、約束事)であり、学術上の議論は的外れ。
・その指導法は、日本語を話す日本人のみに有効。外国語を話す子どもの指導には使えない。
というのが、私が知り得ることから導いた、私の主張の骨子です。
積分定数
2012/04/03 14:53
なお、蛇足ですが・・・
式の順序が逆でバツをもらったからといって学校に抗議するような保護者というのは、何なのでしょう。
私ならそんなことはしませんけどね。算数の問題で1つバツをもらったからって、どうでもいいです。
それで、人間性まで否定されたわけでもないでしょう。

結局、この論争の根底には、間違ってもいない解答にバツをつけられてムカついた、というような、
感情的な問題が多分にあるんだと思います。数学とは、とかいうのは、後からついてきた理屈でしょう。
子どもは、そういうことにはあまり拘らないものです。拘ってあれこれ言いたがるのは、いつも大人です。.
積分定数
2012/04/03 14:53
削除された私のコメント


初めまして。かけ算の順序について調べている積分定数と申します。

>これは算数の指導法として教育効果があるから使われているわけです

とのことですが、私が調べた範囲では「効果」を示すデータはありません。「教育効果がある」ということですと、これは掛け算順序議論において重大な発見です。是非ソースを教えて下さい。


http://blogs.yahoo.co.jp/mio_miq3039/MYBLOG/comment.html
>「掛け算の順序」論争について
>どなたか知りませんが、いきなりやってきてソースを教えろとか、不躾も甚だしい。今後も交流のない人にわざわざ対応するつもりはないので。



根拠もなくテキトーな事を書き散らして、それを世界中に公開しながら、この言い草。
積分定数
2012/04/03 14:59
ここまで、「順序はない」「バツを付けた教師は間違っている」と書きつつ、なおかつ順序派という、順序派内反順序派は例がないと思ったけど、そうでもないな。

ポイントは A教育的効果、と Bバツになったからといって騒ぐな、ということだけど、

Aとしては、数教協系の物理学者や数学者と同様だと思う。物理学者や数学者は、なんだかしらないけど、「意味があるから順序がある」とか言っていて、このブログ主よりも順序派ではあるが。

「バツを付けるのには疑問」などと保険を掛けている場合が多いが、「だからバツを付けないように世の中を動かそう」とはしないで、むしろそのような人を批判している。

 これは奇妙だよね。「増税には反対です」と言いながら、増税に反対している人に対して、「何故増税が必要なのか」を一生懸命説明するようなもの。例えだから、増税の是非とはおいておく。


Bに関しては、
私の書き込みが原因で閉鎖された西三数学サークルのコメントも同様。
「バツを付けられてけしからんという類の話で、かけ算の理解とは無関係」というようなコメントだった。


掛け算順序議論の発端である、「バツを付けられた」という部分だけを取り出して、順序議論を「○か×か」という話に矮小化した上で、「○か×かという矮小な話」と一刀両断に切ってしまう。

人の話をちゃんと聞け!と言いたい。


安易に考えると、かけ算に順序はないと思いがちだが、
深く考えても、やっぱり順序はない。

その間の陥穽にはまった人が、順序議論は前者だけだと思い込み、「それは安易な考えだ。俺は深く考えている」と安易に思い込んでいる。
積分定数
2012/04/03 15:01
>それで混乱する子もいるんじゃないかという意見もあるようですが、私はそんな子を見たことはありません。

>あと、この指導法は日本人のみに有効なものです。

>子どもは、そういうことにはあまり拘らないものです。拘ってあれこれ言いたがるのは、いつも大人です。

そうなのか〜?
おおくぼ
2012/04/03 15:38
追記

>あと、この指導法は日本人のみに有効なものです。
>学習指導要領は、日本に生まれ育った子どもを教育するために編纂されたものですから、当然です。

学習指導要領に、「掛け算の正しい順序」はないんだけど。
日本人向けに作られたから日本人限定・・・とはならないと思う。
おおくぼ
2012/04/03 15:45
問題によっては、「分割が設定されていない」ことがあったり、「2つ以上の分割が設定されていること」があったりするだろう

前者については「分割数(=いくつ)」を問うことはナンセンス

後者については「どの分割」の分割数を問うているのか、を指示する必要が発生する。どの分割でも分割数が同じならば、必要はないのかもしれない。
bakachan
2012/04/03 16:16
>念のため全文晒しておきます。

なるほど。書き出しから
「というのが論争になっているそうですね」
となっていながら、いったい何と何が争って
いるのか調べずに自分の意見を決めてしまっ
ていたのですね。

 >結局、この論争の根底には、間違っても
 >いない解答にバツをつけられてムカつい
 >た、というような、感情的な問題が多分
 >にあるんだと思います。数学とは、とか
 >いうのは、後からついてきた理屈でしょう。

 私の場合、感情があることは否定しないけ
れども、
 「勉強の内容は、“本当であること”にせよ」
という主張が根幹にあることは当然です。
 こういう場合に論敵の側に悪意があると思
い込むのは、人間が陥りやすい思考の罠です。

 私がいつも
 「論敵の心に悪意があると考えるべきでない」
と言うのは、これなのです。
ゴルゴ・サーディーン
2012/04/03 21:56
内包量・外延量・等分除・包含除・米のとぎ汁乳酸菌
http://okrchicagob.blog4.fc2.com/blog-entry-159.html
http://okrchicagob.blog4.fc2.com/blog-entry-160.html
積分定数
2012/04/03 22:24
 伊藤若冲は中国の有名な絵師の絵の模倣をしていたが、「これではその絵を越えることが出来ない」と悟り、鶏を飼育してつぶさに観察して絵を描いたと、以前NHKの番組でやっていた。

何年か前のセンター試験でも似たような話があった。
http://www.dnc.ac.jp/modules/cfile/index.php?page=visit&cid=51&lid=512


4人に3個ずつ蜜柑を配ったら、12個。これは動かしがたい事実。子ども自身が自分で検証できる。

かける数だのかけられる数だの、等分除だの包含除だの、内包量だの外延量だの、は、子ども自身ではなく、他人が考えた事である。

 他人が考えたことを模倣する必要はない。4人に3個ずつ蜜柑を配ったら、蜜柑はいくつか?それだけを純粋に素直に考えればいい。それだけのこと。
積分定数
2012/04/04 00:03
>何年か前のセンター試験でも似たような話があった。

リンク先の国語の第4問 漢文の話
積分定数
2012/04/04 00:05
漢文、訳もあった。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835006&tid=bcafld&sid=1835006&mid=1537

2008年センター試験問題

隋田楊与鄭法士倶以能画名。法士自知芸不如楊也。乃従楊求画、楊不告之。
一日引法士至朝堂、指以宮闕衣冠人馬車乗、曰、「此吾画本也。子知之乎。」
由是法士悟而芸進。
唐韓幹以貌馬召入供奉。明皇詔令従陳コウ受画法。幹因奏、
「臣自有師。陛下内厩飛黄照夜五方之乗、皆臣師也。」帝然之。其後幹画遂果踰コウ。
若楊韓二子、可謂能求其真者也。彼以似求似者、則益遠矣。
今之学者、雖曰求聖人之経、固已非其真。乃舎経而専求訓詁、
則又求似其似之者矣。不尤遠乎。
(胡直『衡廬精舎蔵稿』による)
積分定数
2012/04/04 00:20
隋の田、楊と鄭法士と倶に画を能(よ)くするを以て名あり。
法士自ら芸の楊に如(し)かざるを知るなり。
乃(すなは)ち楊に従ひて画本を求むるに、楊これに告げず。
一日、法士を引きて朝堂に至り、指さすに宮闕(きゅうくゑつ)、衣冠、人馬、
車乗を以てして、曰く、「此れ吾が画本なり。子(し)これを知るか」と。
是に由りて法士悟りて芸進めり。

唐の韓幹、馬を貌(かたど)るを以て召され入りて供奉たり。
明皇、詔(みことのり)して陳コウに従ひて画法を受けしめんとす。
幹、因(よ)りて奏すらく、「臣自ら師有り。陛下の内厩の、飛黄、照夜、
五方之乗、皆臣の師なり」帝これを然(しか)りとす。
その後、幹の画、遂に果たしてコウを踰(こ)ゆ。

楊、韓の二子の若きは、能(よ)く其の真を求むる者と謂ふ可きなり。
彼の似を以て似を求むる者は、則ち益々遠し。

今の学者、聖人の経(けい)を求むと曰ふと雖も、固より已に其の真に非ず。
乃ち経を舎(す)てて専ら訓詁を求むるは、則ち又た其のこれに似たるに
似るを求むる者なり。尤(もっと)も遠からざるか。
積分定数
2012/04/04 00:21
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
〔解釈〕
隋の田僧亮と楊契丹とは、鄭法士とともに絵画に秀でていることで有名であった。
鄭法士はみずから自分の絵画の才能が楊契丹に及ばないことを知っていた。
そこで楊について画の手本を求めたが、楊は鄭法士に教えなかった。
ある日のこと、楊は法士を引きつれて朝堂(朝廷)に行き、宮殿、衣冠、人馬、
車乗を指さしてこのように言った。
「これがわたしの画の手本である。あなたにそれがわかるか
(あなたはこのことを知っているか)」と。
このことがあって鄭法士は悟り、芸は進歩したのである。

唐代の画家である韓幹は、馬の絵を描くために召されて宮中に入り、
つとめることとなった。
玄宗皇帝は、詔(みことのり)して、画家である陳コウ(ちんこう)につかせて
画法を学ばせようとした。
韓幹は、そのことで皇帝に次のように奏上した。
「わたくしには、おのずから師があります。陛下の厩の中の、飛黄、照夜と
いう駿馬、各地から集められた馬が、皆わたくしの師であります」と。
玄宗皇帝はこれを正しいと思った。
その後、韓幹の描いた画は、遂に果たして陳コウのレベルを越えたのである。

楊契丹、韓幹の二人は、よく真実を求めることのできる者と謂う可きである。

かの似(にせもの)によって似(にせもの)を求める者は、
つまりは益々真実から遠ざかっているのである。

今の学者は、聖人(孔子)の経書を求めていると言ってはいるが、
それはもとよりすでに真実ではない。
すなわち、経書を捨てて専ら訓詁(経の字句の解釈)を求むるという行為は、
つまりはまた、経書に似ているにせものを求めているのである。
もっとも真実からは遠いのではあるまいか。
積分定数
2012/04/04 00:22
結論部分も教訓的。遠山啓の・・・
積分定数
2012/04/04 00:23
「総量」だけを問うているのではなく、「いくつ(分割数)」と「一つ分(1分割あたりの量)」も

(一つ分)×(いくつ)=(総量)

という書式を指定して問うているのだろう。こんな書式を持ち出すことは、あまり賛成はしかねるが
バカだね
2012/04/04 01:00
>蜜柑はいくつか?それだけを純粋に素直に考えればいい

ふーん。式や説明などは要求せずに、「答えだけ」を要求すべきということだな。ま、そういう立場はあり得るとは思うが。
は〜
2012/04/04 01:04
ぼくの印象では遠山啓さんの発言の大部分は現代の理系の教養を持つ人であれば誰でも言いそうなことだと思います。しかし独自の考え方も明確に述べていて、それが現代に教条主義的に伝わることによって悪さをしている感じ。

「水道方式」の基本は「一般的な場合を先に説明して特殊な場合を後で説明すること」です。

たとえば「253×106」のような0が入った特殊な場合よりも「253×176」のような一般的な場合(generic case)を先に説明するべきでしょう。このような意味では「一般から特殊へ」というスローガンには説得力がある。

しかし、掛算の導入にも「一般から特殊へ」の流儀を教条主義的に適用して「1あたりの量」の概念で最初から最後まえ押し通そうとすることには問題があります。

算数では(実は数学一般では)次々に新しい見方・考え方が現われます。新しい見方・考え方が導入されるごとにそれまでの見方・考え方は改められバージョンアップして行く。

掛算についても当然そうでなければいけません。掛算の概念も算数をやっているあいだに次々にバージョンアップされて行かなければいけません。これを否定するのはとてもまずい。最初の導入時の流儀で最後まで押し通そうとすることはとても有害だと思います。

あと「内包量」「外延量」という言葉を広めてしまったことも遠山さんが残した負の遺産だと思う。

理系の教養を持つ人であれば誰でも言いそうなことを算数教育の世界の普及させようとしたことは素晴しいと思います。

しかし、独自の部分が奇妙に強調されることによって「算数は数学とは異なる」という間違った考え方を広めてしまうことになり、大変な弊害が生じてしまっていると思います。
くろきげん
2012/04/04 09:46
この件に関わってよくわかったことの一つは「算数には数学とは異なる独自の理論があって、数学的には正しいことであっても算数では誤りになることがある」と信じている人が結構いること。

もちろん数学とは異なる算数独自の理論を作って「数学的には正しいが、算数としては誤り」とすることも論理的には可能ですが、そのようなしろものを小学校のあいだずっと子どもたちに教え続けることは明確に禁止されるべきだと思います。

ぼくは大学で高度に抽象的な数学を教えていますが、高度に抽象的であるがゆえに、小学校算数では繰り返し行なわれる具体的なイメージと抽象的な概念を結び付ける作業の重要さを実感しています。

たとえば群論を習っている学生が群の概念を実感を持って「わかった」と感じられるところまで理解を深めるためには、算数でやっていたようなことを大学でも繰り返す必要があります。

ただし小学校では先生が手取り足取り指示してくれていたことを大学では学生自身が自分の意志で実行しなければいけない。

群論でも算数でやったような「計算ドリル」も当然必要になるし、目で見たり手で触れるような具体的な操作と群の抽象的な演算の関係も理解する必要があるし、算数でよくやるように簡単な模式図を群について描く工夫も必要になるでしょう。

そして「わかった」と実感するためにはこれらの作業が必要だということを理解しておくことは数学に限らずあらゆる場面で役に立つ!この意味で算数は大変な普遍性を持っているのです。

算数の世界は大学・大学院・研究レベルの数学から見ても素晴しい内容をたくさん含んでいます。しかし算数独自の理論を作って「数学的には正しいが、算数的には誤り」とするのは止めてもらいたい。
くろきげん
2012/04/04 10:23
 「一般から特殊へ」ってのもケースバイケースで、2行2列行列のn乗を求める場合、最初に対角行列をやってもらいます。そのあと、固有値が2つある場合をやって、では特性多項式が重解になる場合は、・・・という具合。対角という特殊→一般→重解という特殊、という順。

 この手のことは教える側がいろいろ試行錯誤しながら色々やればいいと思う。数学への取り組みと同じ。

 「こう教えるといいというのが通説になっているけど、じつはそうではなくて・・・」という程度の話で収まっていればいいのだけど、大げさな「体系」や「理論」にしてしまったのが失敗だと思います。

 「内包量・外延量」にしても、当初は数教協内部からも疑問の声があったらしく、遠山啓は「異論は大いに結構、どんどん議論しよう」と言っていたのに、

http://okwave.jp/qa/q7196103_5.html#answer
>数教協には内包量・単位あたり量・1あたり量の違いを含め、基本的な確固たる考え方があります。いろいろな考え方でよいにせよ、基本的に譲れない部分があります。だから、(場面にもよりますが)「2×5」と「5×2」は相容れる状態ではありません。

 となってしまっているようだ。


 あと、遠山啓の人格を称賛する文章をよく見る。それはそれでいいとしても、立派な人が間違ったことを言うことはあり得る、ということを忘れている人もいるようである。

 科学や数学は本来、教条主義とは相容れないと思うのだが。
積分定数
2012/04/04 13:29
>内包量・外延量・等分除・包含除・米のとぎ汁乳酸菌

への補足。

「米のとぎ汁乳酸菌」の胡散臭さは↓を参照のこと

あやしい放射能対策 片瀬久美子
http://synodos.livedoor.biz/archives/1796844.html

私も、「エア御用」などといわれるのだろうか?

http://okrchicagob.blog4.fc2.com/blog-entry-279.html
>「ニセ科学批判」クラスタと最近よく耳にする「エア御用」クラスタとはメンバーが重複しています。どちらも頭領は菊池誠氏。この記事の末尾に「エア御用な人々」へのリンクを載せておきます。

「順序批判」クラスタ、「内包量・外延量批判」クラスタ、なども一緒にされたりしてw
積分定数
2012/04/04 13:36
http://okrchicagob.blog4.fc2.com/blog-entry-159.html

この数式をタイルで表すメリットが分からない。

足し算、引き算ならまだ分かるが、かけ算、割り算をタイルでやるのは違和感がある。数字をタイルに置き換えただけな気がする。

 包含除の方は分からなくもないが、等分除の方は変な気がする。私はそもそも両者に区別はないという立場だが、

6個のおはじきを2等分するって、

●●●●●● →  ●●● ●●●

というイメージでいいと思う。

■■■■■■ ÷ ■■

としても、左右で■の意味が異なるのだから、

両者の■の意味が同じだとすると等分除になる。

ここで、「ほら等分除も包含除もおなじことだよ」というならともかく、そうでもないらしい。

 縦と横で区別しているようだ。わかりにくい。

もしかしたら長方形の面積にも順序に拘ったりして。


 「タイルを駆使する方法」それ自体が目的になってしまっていないだろうか?
積分定数
2012/04/04 13:50
かけ算もわかりにくい。

4人に3個ずつ蜜柑を配る場合



■   ×  ■■■■  =


■■■■
■■■■
■■■■

となっている。






■   × 4

= 

■ ■ ■ ■
■+■+■+■
■ ■ ■ ■



■■■■
■■■■
■■■■

の方がわかりやすいように思うが。数字をタイルに置き換えないとならないということだろうか?
積分定数
2012/04/04 13:57
http://www.amazon.co.jp/%E3%82%AA%E3%83%88%E3%83%8A%E3%81%AE%E3%81%9F%E3%82%81%E3%81%AE%E7%AE%97%E6%95%B0%E3%83%BB%E6%95%B0%E5%AD%A6%E3%82%84%E3%82%8A%E3%81%AA%E3%81%8A%E3%81%97%E3%83%89%E3%83%AA%E3%83%AB-%E6%A1%9C%E4%BA%95-%E9%80%B2/dp/479666002X/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1333510304&sr=1-1
オトナのための算数・数学やりなおしドリル [単行本]
桜井 進 (著)


本屋でちょっと見てみたら、かけ算の説明で、3×2と2×3は意味が違うと書いてあった。3人掛けの椅子が2つと、2人掛けの椅子が3つでは違うという例の説明。

そうすると、3/6と1/2も違うことになる。「6等分した3つ分には切れ目が入っている」とか。
長方形だって、横長と縦長では、前者の方が安定しているから、「3p×5pと5p×3pは異なる」とも言える。

A 人が3人います。
B 人が3人います。

両者は同じか? 美人3人と、むさいおっさん3人では全く違うと言える。

でもそういうのを捨象して、「3人」と抽象化すれば同じ。

 抽象化の度合いによって「同じ」と見なしたり「違う」と見なしたりしているということ。

 それを恣意的にかけ算のときだけ抽象度を下げて、「違う」という意味が分からない。
積分定数
2012/04/04 14:10


(a×b)×c と a×(b×c)

−(1/2)、(−1)/2 、 1/(−2)

これらをいちいち区別すべきだというのだろうか?

x+1/2=0の解
−1に2の逆数をかけたもの
1に−2の逆数をかけたもの

だから「意味が違う」とか言うのかな?
「という具合にもとの意味は違うが、実は同じになるので、同じと見なしましょう」ということで先に進んじゃ駄目なんだろうか?
積分定数
2012/04/04 14:11
> (a×b)×c と a×(b×c)
> −(1/2)、(−1)/2 、 1/(−2)
> これらをいちいち区別すべきだというのだろうか?


logical氏の論法だと、「群の公理に結合法則はあるが交換法則は無い。メタメタさんは代数を分かっていない…」とかいうことらしいが…

logical理論は分からん…
鰹節猫吉
2012/04/04 17:46
・順序はない
・バツを付けた教師は間違っている
・順序には教育的効果がある
・バツになったからといって騒ぐな

順序に教育効果があるとは思えませんが,教育効果のある例もあります。

・逆上がりとは補助具を使うものではない。
・実技テストで,補助具不使用を不合格にする教師は間違い。
・補助具には技術習得効果がある。
・実技テストで不合格になってからといって騒ぐな。

教育効果があっても,最後の主張は納得できませんね。
ましてや,補助具無しで出来る子どもに補助具使用を強いたり,補助具を使うのが逆上がりだと思い込ませたまま,小学校を卒業させてはいけません。逆上がりは,小学校以外で行うことはあまりないから,まあいいか。でも,掛け算は困るよね。
zorori
2012/04/04 21:30
http://jukugi.mext.go.jp/jukugi?jukugi_id=7&p=32#5929

>掛け算の順序交換について、
「数学では許されても、算数では駄目なのです。」と言った算数教育の人がいて、
驚いたことがあります。

>これは今、聞いて私も驚きました。小学生にどうして方程式を教えてはいけないのかすら、私にはわからないのに、上記のことは、信じがたいことです算数の苦手な私は、方程式に助けられ、算数より、数学、微分、積分の方が点がよい傾向がありました。なぜ、そんな固定的な考えかたをするのか私の理解を超えています。

>数学だけではありません。うちの子供の中学校では、すぐに
「中学ではこれが正解。高校、大学、その上の研究では正しくても
中学としてはバツです」と理科や英語でも、教員は言っています。
積分定数
2012/04/04 21:33
http://jukugi.mext.go.jp/jukugi?jukugi_id=7&p=33

>掛け算の順序交換に限らず数学の演算を実際へ適用する場合は、気を付ける必要があります。
面積のように、長さの次元をもつ量を掛ける合わせる場合は無条件に交換してもよいですが、例えば速さ掛ける時間のように次元が違う量の掛け算は、初学者には次元を意識させるために順序を適切に教える必要がありますね。そもそも、数学の演算は身の回りの数の演算に使えるとは限りません。1度の水に1度の水を加えても1度のままですが、1度の室温を1度上げる場合は和の演算が使えます。この場合、和は温度を上げるという操作を含んでいます。少なくとも算数ではきちんと次元(単位)の使い方を教えることが大切だと思います。
話題にされた例が、この文脈のものでしたら、私には納得がいきます。
ところで、私は大学で物理を教えていますが、超エリート校出身の学生さん達でも次元を正しく理解できていない者が少なからずいます。中高でも、もう少し丁寧な指導を望みたいです。
積分定数
2012/04/04 21:34
>「という具合にもとの意味は違うが、実は同じになるので、同じと見なしましょう」ということで先に進んじゃ駄目なんだろうか?

kikulogにも書いたのですが,森の木の本数を数えるのに,ひもを千本用意して,木に1本ずつ結わえ,1000ー余った本数を木の数とするのは,間違いという冗談があります。理由は,ひもの本数と木の本数とは意味が違うから,結果が同じだからといって,ひもの本数を数えるのは間違い。

しかし,ひもの本数を木の本数と考えるのは,どのような場合でも,ひもの本数と木の本数は対応するという一般性が成り立つからであり,結果が同じになるというのは文字通り結果に過ぎませんね。掛け算の逆順が良いのは,交換法則という一般法則があるからですね。

結果が同じになるから良いと言うのなら,一皿3個が4皿では何個という問題に,2×6=12個と立式しても良いのかというウザイ詭弁は,たまたま結果が同じになっているだけで,結果が同じになる「一般的方法」というものが説明されていませんね。あえて「一般的方法」を説明するとすれば,a×b=a×2/3×b×3/2とでもなり、ばかげていて、こんな方法を使う意味はないけど、間違いではない。
zorori
2012/04/04 21:35
 買い物するときに、800円の代金を1万円と300円で払って、9500円のお釣りをもらう、やることがあると思う。式で書けば結構アクロバット的な計算じゃないかと思う。

 「ウザイ詭弁」はウザイんだけど、その子がどう考えたのか、それは分からないわけで、答えがあっている以上無碍に減点は出来ないと思う。

 前にも書いたけど、100g98円の豚コマを200g買うのに、1gあたり98銭でそれを200倍して、なんて人はいない。

 「式まで含めて答えであり、正しい式はただ一つである」と思い込んでいる人は、日常生活をどう営んでいるのだろうか?

 


初出だよね?
http://twitpic.com/85xxew
家の子もバツ貰ってきた。掛け算の掛ける数、掛けられる数の順序のやつ。
積分定数
2012/04/04 22:07
底が10で真数が2と3の近似値が書かれていて、6^10を求めよ、という類の問題が高校で出されて、6を10回掛けて求める生徒が続出し、教師が「次のテストではバツにするから」と宣言したという。

 気持ちは分かるが、6^100とかにすればいいだけのこと。

 6の10乗を計算するなんて面倒なことをする方もする方だとは思うが。
積分定数
2012/04/04 22:11
>両者は同じか? 美人3人と、むさいおっ
>さん3人では全く違うと言える。
>でもそういうのを捨象して、「3人」と抽
>象化すれば同じ。

同じことを私は、日能研の
https://www.nichinoken.co.jp/np5/portal/discovery/joho/kosodate/21/04.html
を読んだときに思いました。

 リンゴとミカンに対しては「同じ果物」と
いう抽象化をしたのに、バットとボールを
「同じスポーツ用具」として抽象化したとは
見なさないって何なんだよ、と。


>正しい式はただ一つである」と思い込んで
>いる人は、日常生活をどう営んでいるのだ
>ろうか?

 掛け算の順序をうるさく言うのは掛け算の
単元のときだけで、
 つるかめ算、
 順列の計算、
 ドル・円の換算、
 ガソリン代金の計算、
などの時には気にしていないのです。きっと。
ゴルゴ・サーディーン
2012/04/04 23:28
「特定保健指導」という物があります。
http://www.pref.ehime.jp/040hokenhukushi/030healthpro/kenkou/kenjou/tokuteikenshin/gijutsuzenki_program2.pdf
( 6ページ )

>(4)目標達成までに減らさなければならない
>エネルギー量は?
> 3cm × 7000kcal = 21000kcal
> 21000kcal ÷ 3か月 ÷ 30日 = 233kcal

 順序主義の人は、1番目の式が小学校低学
年の目に触れるときは『正しい順序』に直す
のでしょうね。

 2番目の式は、上記の形になる前に
 21000kcal ÷ ( 3か月 × 30日 )
だったのだから、3か月×30日 は順序主義で
は当然アウトですよね!
ゴルゴ・サーディーン
2012/04/04 23:36
>リンゴとミカンに対しては「同じ果物」と
いう抽象化をしたのに、バットとボールを
「同じスポーツ用具」として抽象化したとは
見なさないって何なんだよ、と。

これはもう、人間の認識や文化に依存する話ですよね。
魚同士なら足し算できるというなら、

巨大クロマグロ3匹とメダカ5匹で、魚が8匹

はどうか?何か違和感がある。出題する側が、出目金3匹と琉金5匹という具合に、同じカテゴリーになることに違和感がないような問題を出そうというのは分かるが、子どもに「鮪とメダカは足せるか?」と問うのはナンセンス。等分除や包含除やかける数やかけられる数の区別を強要するのはこれに近いと言えるが。

> 3cm × 7000kcal = 21000kcal

順序主義者から見たら、21000pですね。

内包量・外延量主義者から見たら、1pあたり7000kclだから、7000が内包量?

なんてこといちいち考えてられねーよ。

積分定数
2012/04/05 08:11
http://www.fukui-c.ed.jp/~fec/siraberu/siraberu/kiyou/h23kiyou/ozaki.pdf
順序が理解に役立っているのかいないのか、よく分からない資料
積分定数
2012/04/06 13:33
テストで正解を得る方法としてはサンドイッチ理論が役に立っていると思う。
でもサンドイッチ理論は、文章題を理解しなくても正解を得ることができる方法だから、順序派の欠陥という気もする。

順序派の理屈としては・・「掛け算導入時から交換法則を適用すると、迷う子供がいる」。
それではサンドイッチ理論は?
おおくぼ
2012/04/06 14:33
根上生也氏(偽者?)の理論だと、サンドイッチ理論はベクトルのスカラー倍になるんじゃないですか?

なんだかサッパリ分かりませんが…

鰹節猫吉
2012/04/06 15:07
zorori 2012/04/04 21:35
> 結果が同じになるから良いと言うのなら,一皿3個が4皿では何個という問題に,2×6=12個と立式しても良い
> 「一般的方法」を説明するとすれば,a×b=a×2/3×b×3/2

黒木玄 Gen Kuroki ‏ @genkuroki
>「4枚の皿にみかんが3つずつあるとき、みかんは全部で何個?」に仮に子どもが式の欄に「6×2=12」と書いたとしましょう。その式は「具体的場面を忠実に表現していない」というルールのもとでは確実にバツを付けられます。しかしぼくなんかは偶然に「6×2」という式が出て来ることはないので、この例では「ほぼ間違いなく何か正しい考え方をしている」と思います。たとえば2皿でみかん6個が2つ分と考えれば「一つ分×幾つ分」の流儀では「6×2」となる。
http://twitter.com/#!/genkuroki/status/180463768566890497
http://twitter.com/#!/genkuroki/status/180490550624002049
ついーと
2012/04/07 02:49
リフレ論壇だよ
掲示板っぽいね

> とっくの昔に「群れる」「『リフレ』『経済成長』を言い訳にみんなで互いにスノッブなアカデミネタ・サブカルネタのダベリを続ける」それ自体が目的になっている
http://d.hatena.ne.jp/HALTAN/20120406/p1
クロッキーG
2012/04/07 14:19
掲示板は デ タ ラ メ でした。
クロッキーG
2012/04/07 14:20
zorori
2012/04/04 21:35
>こんな方法を使う意味はないけど、間違いではない。

積分定数さん
2012/04/04 22:07
>「ウザイ詭弁」はウザイんだけど、その子がどう考えたのか、それは分からないわけで、答えがあっている以上無碍に減点は出来ないと思う。

くろきげんさん
http://twitter.com/#!/genkuroki/status/180490550624002049
>たとえば2皿でみかん6個が2つ分と考えれば「一つ分×幾つ分」の流儀では「6×2」となる。

「意味がない」とは言いすぎだったかも。「実用的意味はあまりない」と言う程度のことです。

くろきさんや、積分定数さんの言うとおり。
考え方を知りたいなら、文章で書いてもらうしかない。
数式はいろんな解釈が可能ということ。
文章だって、解釈の余地はあるけど、数式はもっと一般的。
zorori
2012/04/08 07:27
低学年だと「本質的にわかってはいるんだけど、文章ではうまく表現できない」というようなことが続出しそう。でも高学年では文章でも説明できて欲しいと思います。

採点のし易さも考慮すると、単純なテキストパターンマッチングで解けない問題を解かせて理解度を測るという選択肢は有力だと思います。答に関係しない数字を混ぜるとか、すでに色々提案されてますよね。

ツイッターの方では以下のようなことがあるのではないかということが話題になっています。

(1) 子どもが学校で掛算の順序が逆なだけえバツをくらう。
(2) 親はびっくりして、誰かに相談する。
(3) 「答が○○個の形なら個のついた数を掛算では先に書く」と覚えておくと良いことを誰かに教わる。(「2×8ならタコ2本足」とか「2×8なら答がタコの匹数になってしまう」のような教え方もその仲間。いわゆるサンドイッチ式。)
(4) 親はそのルールを子どもに教え込む。
(5) そのおかげで子どもは掛順でバツをくらうことが無くなる。
(6) 「よかった、よかった」と子どもも親も感じる。
(7) このような経験が(3)のような悪しきテキストパターンマッチング的な思考が良い考え方だと勘違いするきっかけになる。
(8) かくして、要領の悪い子どもは算数を苦手になりやすい方向に誘導されてしまう。

「一つ分(一つあたり)×幾つ分の順序で書く」というルールのもとであっても掛算の順序を一意に決定できないこと(トランプのように配るという例の話の拡張)から、どうしても単位のサンドイッチ式のようなルール(これは単純なテキストパターンマッチングなルール)が必要になってしまいます。
くろきげん
2012/04/08 09:41
>「一つ分(一つあたり)×幾つ分の順序で書く」というルールのもとであっても掛算の順序を一意に決定できない

分割が一意に設定されていれば、一意に決定できるが…。
ばかだね
2012/04/08 11:59
「トランプ配り」云々ってのは「設定された分割」から、それとは別の(双対的な?)分割を導入するってことだな
ばかだね
2012/04/08 12:02
たとえば「皿が3枚あって、各皿にリンゴが4つずつ」という状況であっても考え方によっては3つのリンゴをひとかたまりだと考えることができる。この事実を理解していない人は算数のかけ算の概念を理解していない。

問題:「「皿が3枚あって、各皿にリンゴが4つずつ」という状況でどのように考えれば3つのリンゴをひとかたまりだとみなせるかを答えよ。

九九を教わりながら長方形型にモノを並べて掛算の交換法則が成立する理由も教わるようになっている教科書もある。そのときに、「同じ数のモノを含むかたまりが複数ある状況」(一つ分と幾つ分という考え方が適用できる状況)だけではなく、「長方形型にモノを並べた模式図が描けるような状況」であっても掛算を適用できることに気付いてしまえば、一つ分と幾つ分という考え方にこだわる必要さえなくなるのだ。

問題:上の段落の内容を図を描きながら自分の言葉で説明せよ。

てなことをみんなで繰り返し述べ続けて来たわけですが、例のトランプ配りとその拡張については(続く)
くろきげん
2012/04/08 15:35
例のトランプ配りとその拡張については
http://komachi.yomiuri.co.jp/t/2011/1210/467390.htm?o=0&p=1
のトピ主の発言がとても参考になりました。

正直に言ってぼくはそのトピ主の報告を読むまで「トランプ配りのような考え方をする子どもは算数がよくできる子どもである確率が高いだろう」と誤解していました。その点についてぼくは掛順こだわり擁護派に騙されていた。

ぼく自身はそれが誤解であることを今では十分に認識しているんだけど、教育関係者の中には現在でも誤解している人は多いんじゃないかな。

算数において要領がよくない子どもが色々教わっているうちに普段の生活習慣から来る発想でトランプ配り的な考え方をするようになって全問掛順を「逆順」に書いてしまうことがあるんですね。全問「逆順」ということは何らかの「正しい」考え方をしていることはほぼ確実です。

そしてトピ主の報告を読むと、マンツーマンで教えていない学校では要領が必ずしもよくない子どもがトランプ配りのような考え方をするようになっても、教師はそのことに気付けないだろうなと思いました。

掛算の順序にこだわる教え方に関する議論で事情が少しずつ明らかになるにつれて掛順こだわり派の考え方はことごとく間違っていることがわかって来た感じ。
くろきげん
2012/04/08 15:48
>「皿が3枚あって、各皿にリンゴが4つずつ」という状況であっても考え方によっては3つのリンゴをひとかたまり「皿が3枚あって、各皿にリンゴが4つずつ」という状況であっても考え方によっては3つのリンゴをひとかたまりだと考えることができる。



だからさ〜、考え方によっては

1つのリンゴをひとかたまり
かたまりが12

だと考えることだってできるよね〜。
本当にバカだね
2012/04/08 21:37
あるいは

>「皿が3枚あって、各皿にリンゴが4つずつ」という状況であっても考え方によっては3つのリンゴをひとかたまりだと考えることができる

だからさ〜、考え方によっては

12個のリンゴをひとかたまり
かたまりが1つ、

だと考えることだってできるよね〜。
本当にバカだね
2012/04/08 21:39
「1つのリンゴ」+「11個のリンゴ」

と考えることもできるよね〜。
あるいは
2012/04/08 21:41
その問題で設定されているのは

4つのリンゴでひとかたまり、かたまりが3つ

なんだよ。もちろん、問題に設定された塊とは別の塊、例えば、

「1つのリンゴ」+「11個のリンゴ」

という塊を考えることもできるよなあ。
だけどね
2012/04/08 21:46
> この事実を理解していない人は算数のかけ算の概念を理解していない

この発言で、「順序派」と同じレベルにまで落ちたねえ。本当にどうしようもないね

掛け算が「一つ分」と「いくつ」であることを理解していない人はかけ算の概念を理解してないという順序派と変わらねーな。どうしようもないぜ
掲示板も デ タ ラ メ だったしな
2012/04/08 21:53
「そういう見方もできる」ということであって、そういう見方ができなければ理解してない、というのはクズどもの発言。

順序派と同じようにやっぱり ク ズ でしたねえ
あほ
2012/04/08 21:57
>「皿が3枚あって、各皿にリンゴが4つずつ」という状況
ある同じ皿に載っているりんごが同種であって、異なる皿に載っているりんご同士は異なるとしたときに、同種のものを集めて認識すると4つがひとかたまりのグループとして見えてきます。しかし、たとえば皿の上で、いちばん左、2番目、3番目、一番右、と並びを眺めたときに、各皿のうえでそれぞれ一番左のりんごを同種とすれば、その3つが同じグループ、つまりひとかたまりと考えることができる。ひとかたまりの認識方法はアプリオリに決まっているものではなく、人の見方によって決まるもので、「解釈」または「抽象化の手順」に依存するものです。
M
2012/04/08 22:34
設定されたものと違う解釈でいいのなら、

12個のリンゴをひとかたまり
かたまりが1つ、

だと考えることだってできるだろが、下らない連中だな
だから。
2012/04/09 00:54
12個のリンゴをひとかたまり、
かたまりが1つ

という解釈もできる。だから、

(一つ分)12
(いくつ)1

という解答でもよい。そういうことですか?

あえて「トランプ配り」と比べるのなら、こっちの方が自然な解釈だと思うがな。
本当に下らないよ、君らは。
2012/04/09 01:03
[★★★][★★★][★★★][★★★]

(一つ分)4
(いくつ)3

が正解だというなら

(一つ分)12
(いくつ)1

は不正解なのか?、あるいは

(一つ分)1
(いくつ)12
掲示板って…
2012/04/09 01:10
掛け算の交換法則

A×B=B×A

だから、

「(一つ分)A、(いくつ)B、(総数)C」が正解であるときは、
「(一つ分)B、(いくつ)A、(総数)C」も正解だ

という主張は認めると。ふーん、それなら
ご都合主義もいい加減にしたら
2012/04/09 01:42
1は掛け算の単位元

C=1×C=C×1

だから、

「(一つ分)A、(いくつ)B、(総数)C」が正解であるときは、
「(一つ分)1、(いくつ)C、(総数)C」や「(一つ分)C、(いくつ)1、(総数)C」も正解だ

という主張は認めないのかな?
ご都合主義もいい加減にしたら
2012/04/09 01:42
 教えていると、正しい答えに行き着いているけど、その子がどう考えたのかが分からない、ということがしばしばあります。「どうやったの?」と質問してもうまく答えられないがでも答えはちゃんと合っている。

 中学、高校あたりでは、証明など、考え方を示すこと自体を学ぶことになっているし、それはそれで必要なのですが、考えている内容に言語力が追いつかないと言う場合が多々あります。

 そのときに、あまり他人に考えを説明することを求めすぎると、角を矯めて牛を殺すことになりかねないという思いがあります。

「10本のうち3本が当たりのクジがある。1本ずつ引いた場合に、2本目が当たる確率」

 確率を理解してしまうと直感的に3/10と分かるが、“きちんと説明せよ”となると、面倒くさい。「どのクジを引くかは無作為であるから・・・」と説明しても、「一本目を既に引いたあとではそうはいかない」などと難癖を付けられると厄介。

 そうすると、「1本目の当たる確率が3/10で、その場合2本目が・・・」という具合に、「説明しやすいありきたりの考え、授業で説明された方法の方が無難」となりかねない。

 こういうのは数学の取り組み方として、つまらないと思う。
積分定数
2012/04/09 05:25
 だから私は、説明をさせるというのも程々にした方がいいと思うし、特に小学校低学年に関しては、無理じゃないかと思う。まして教える側がカード配りを理解していない状況では、「逆順にして、子どもがそれをきちんと説明して教師が納得する」など不可能。

 教える側が色々工夫して、その子が理解しているかどうかを判断するしかないと思う。判断方法が「かけ算の順序」というのはあまりにお粗末。

 教える側の経験則から、「正しい順序に書ける子はちゃんと理解している場合が多い」と判断しても、「順序を指導したから理解した」とは限らない。漢字のテストの点数とかけ算の理解も相関関係があるかも知れない。「偶数と奇数を掛けるときは偶数が先」というナンセンスなルールでも、同様かも知れない。「授業をしっかり聞いて自宅でもしっかり勉強する子」は、漢字もかけ算も出来るだろう。

 改めて小学校の教科書を見ると、1年生では、「たしざん」の後に足し算の文章題、引き算の後に「ひきざん」の文章題、そのあと、「たすのかな ひくのかな」とあって、双方が混ざって出題されている。

 これだと、文章題に対して式があてはまり、「これ何算で解くの?」と子どもが質問するのも無理はないと思った。高校生が順列組み合わせの問題で「これ、Pで解くの?Cで解くの?」と質問する萌芽がここにあると感じた。

「最初3人で遊んでいて、あとから人が来て5人になった。後から来たのは何人?」

3+2=5 こたえ2人

と書く子もいるかも知れない。全く正しい考えだし、方程式へとつながる考え方であるが、「これは引き算で解く問題」などと言われたら、パターンを覚えるという方向に行きかねない。

 最初の段階では、式を書くことを要求しなくてもいいように思う。
積分定数
2012/04/09 05:46
 微分の計算は出来るが意味が分かっていない高校生に、微分を説明して、√xの微分を求めてもらった。

(√x−√a)/(x−a)

分子・分母に√x+√aを掛けて分子を有理化して・・・

というのが定番かと思っていたら、その生徒は、
分母をx−a=(√x+√a)(√x−√a)と変形して解いた。

 教えないで自分で考えさせると、時々こちらが発想しなかった解法に出会える。
積分定数
2012/04/09 05:54
> 「数学的に正しい式なら何を書いてもいい」などというナンセンスな話はしていません。数学的に正しい式だけを並べて「数秘学」を行うことはいつでも可能ですが、それはナンセンスです
http://www.cp.cmc.osaka-u.ac.jp/~kikuchi/weblog/index.php?UID=1311344507

掲示板はデタラメでした。
キクッチーM
2012/04/09 21:18
三角形の面積=底辺×高さ÷2 という公式では,底辺や高さとはどういうものかを理解していることが最低限必要です。例えば,3辺が3,4,5cmの三角形の面積を4×5÷2と計算すれば,問題に出てきた数字を適当に公式に当てはめただけで、理解していないと推測出来ます。

理解していれば、底辺と高さの組み合わせは3通りあり、どれでも良いということも分かるはず。

一方、
・底辺×高さの順序に式を書く
・底辺は図の一番下にあるものとする
などというルールは,理解の助けどころか、邪魔になっている。
zorori
2012/04/09 21:29
灘中学校の入試問題(理科)
問題
http://www.yotsuyaotsuka.com/kaitou-sokuhou/asahi/2012_nada1_science_q.pdf
解答
http://www.yotsuyaotsuka.com/kaitou-sokuhou/asahi/2012_nada1_science_a.pdf
3ページの大問6、問2。
答えを見て「えーーーーー?」と言いたくな
る問題です。
と言いますか、問題文を読んだ段階で
「えーーーーー?」なわけですが。
ゴルゴ・サーディーン
2012/04/09 22:46
「分母をx−a=(√x+√a)(√x−√a)と変形」して f(x) = √x の導関数を求めることはもしかしたら「王道」かも。 f(x) = x^2 の導函数を求める方法と比較して分子分母の立場がひっくりかえっていることに気付いてそれを一般化すれば逆函数の導函数の公式が一般的に得られますから。その生徒さん、素晴しいと思います。

数学を教えていると自分に見えている数学の世界の風景全体を一挙に見せたくなるのですが、数学の世界はそう簡単に見えないので困る。そういう気持ちになってしゃべり出すと必ず滅茶苦茶なしゃべり方になってしまう。気持ちだけでも伝わるとうれしいのですが。
くろきげん
2012/04/10 19:42
>問題文を読んだ段階で
>「えーーーーー?」なわけですが。

問題文にいわく:
>電磁石の強さは(筒の長さ1cmあたりの導
>線の巻かれた数)×(導線を流れる電流)
>となるものとして

もしそれが本当なら、
 長さ10cmで1000回巻きの電磁石も
 長さ 5cmで 500回巻きの電磁石も
 長さ 1cmで 100回巻きの電磁石も
 長さ 1mmで 10回巻きの電磁石も
 長さ 0.2mmで 2回巻きの電磁石も
同じということになってしまいます。

まあ、物には限度というものがあるから、1cm
未満の部分は「屁理屈かな?」とも思います
が問題文で言っている条件は実際と違います。

こういう問題をまにうけて、子どもに教えて
しまう教師もきっと現れるでしょう。
ゴルゴ・サーディーン
2012/04/10 22:26
>「分母をx−a=(√x+√a)(√x−√a)と変形」して f(x) = √x の導関数を求めることはもしかしたら「王道」かも。

x^nで、nが分数の場合の微分を、分子の有理化とその生徒が開発した分子の変形、両方の方法でやってもらったのですが、自分で開発した後者の方がやりやすいといっていました。

√(x^3+5x^2+7x+4)の微分をやってもらったら、この場合は、分子の有理化で解いていた。


結局、どちらのやり方でも良いが、片方しか使えない場合があるので、両方知っていた方がよいと教えた。

「両方を覚える必要はない。その場その場で白紙状態に戻って考えるようにすれば、やがて色んな方法が瞬時にわかるようになり、さらに、最適な方法が瞬時にわかるようになる。結果的にそうなるのであって、それを目指しては駄目である。あくまで白紙状態でその都度考えるように」

と言っておいた。


>数学を教えていると自分に見えている数学の世界の風景全体を一挙に見せたくなるのですが

 私もそういう思いを抑えて教えています。苦労して山道を登ってこその絶景。しかし、こちらはその先に絶景があることが分かっているけど、生徒はいつまでこんな混沌としたことを続けるのか、という思いでやることになる。適度に綺麗な景色が見えるようにしないと、面白くない。そのあたりの加減が難しい。

>ゴルゴ・サーディーンさん

 やっと主旨が分かりました。つまり、単位長さあたりの巻き数に比例するというのは、コイルが無限に長い場合であって、コイルがある程度の長さなら無限と言うことで近似しようという話なのに、とても近似が通用しない極端に短い場合にまで当てはめていると言うことですね。確かに問題として疑問ですね。

 極端に細い線が1巻きだと、すごく強力な磁石になってしまいますね。
積分定数
2012/04/10 23:45
>「両方を覚える必要はない。その場その場で白紙状態に戻って考えるようにすれば、やがて色んな方法が瞬時にわかるようになり、さらに、最適な方法が瞬時にわかるようになる。結果的にそうなるのであって、それを目指しては駄目である。あくまで白紙状態でその都度考えるように」

 これはもちろん、基本的な定理や公式、基本問題の話。入試レベルでは、その場で試行錯誤することが珍しくない。

 ところで、以前東大入試で円周率の近似値を求めさせる問題が出て、話題になったことがあるが、私はあまり良問だとは思わない。

 というのは、正多角形の辺の長さで求める程度のことは誰でも気づく。では正n角形のnをいくつにするのか?nが小さいと精度が悪くなるが、nが大きくなると計算が煩雑になる。どの辺が妥当かは、やってみないと分からない。で、たまたまうまいnを最初から見つけた人が有理。そうしなかった受験生は途中までやって引き返すことになる。

 時間制限がないならそれでもいいが、制約があるなかでは、この問題は偶発的要因が大きいように思える。だから、一見良問に思えるかも知れないが、受験生の数学力(理解力や発想力、試行錯誤する能力など)と点数が比例しない可能性があるので、疑問である。 
積分定数
2012/04/11 00:14
> 逆函数の導函数の公式が一般的に得られますから。その生徒さん、素晴しいと思います。

 かん数の かん の字が 函 …

 中学のときの数学の先生が 函数 と書いて ファンスー と読んでいました。

 1,2,3、… は、 イー、アル、サン、スー、ウー、リー、チー、パー、…

「鶴亀算は本当は鶴亀算ではない。中国では 雉 である。」とおっしゃってました。

 先生は中国人ではなくて、日本の人です。
鰹節猫吉
2012/04/11 00:27
先日、国立遺伝学研究所http://www.nig.ac.jp/の公開日だったので行ってきた。各研究室が研究成果を展示するのだが、個人的にはトゲウオの話が面白かった。http://www.nig.ac.jp/section/kitano/kitano-j.html?searched=%E3%83%88%E3%82%B2%E3%82%A6%E3%82%AA&advsearch=oneword&highlight=ajaxSearch_highlight+ajaxSearch_highlight1

 私のような素人の質問にも研究生が丁寧に答えてくれた。

 研究者が研究成果を世間に披露するというのは、大変だろうけど、すごく大切なことだと思う。

 ところで、数学教育・算数教育の専門家・研究者というのも世の中にはいるはずである。「かけ算の順序」議論の中でその人たちの存在感がないのはどうしたことだろうか?

「素人がくだらないことをしゃべっている」と思っているのだろうか?そうならそうで、我々素人の疑問に答えて欲しいのだが、どこに聞けばいいのか未だに分からない。

 思いつく限りの機関・個人に問い合わせたのだが、結局なんだかよく分からない。

 たまに、専門家らしき人が「かけ算の順序」に言及することはあるが、我々の疑問点に答える代物ではない。

 小学校教育現場の実情に関しては、我々の方が詳しいのではないか、という思いすら抱くことがある。
積分定数
2012/04/11 00:29
>1,2,3、… は、 イー、アル、サン、スー、ウー、リー、チー、パー、…

単に麻雀好きな先生では?

「函数」ってfunctionの音も表しているんですよね。「函」が当用漢字に入らなかったので「関数」にしたと何かで読みました。

 inplicit function = 陰伏関数 というのもある。
積分定数
2012/04/11 00:39
>単位長さあたりの巻き数に比例するという
>のは、コイルが無限に長い場合であって、

 そうです。
 その入試問題の場合、中学の図形の問題で
言うように
 「図は説明のための補助にすぎない。
  問題文がすべてだ。」
という考え方を採るならば、
 「円筒の直径と長さの比が図の通りだと
 は一言も言っていない。
 むしろ、コイルが無限に長い場合の近似
 と言えるぐらい直径が小さいというのが
 題意だ。」
という解釈も成り立ちます。
 と考えると、世間(受験生と塾業界)に誤
解を与える側が悪いのか、引っ掛かる側が
悪いのか、なんとも言えないということに
なります。

  ○  ○  ○

>かけ算の順序」議論の中でその人たちの存
>在感がないのはどうしたことだろうか?

「専門家」が、こちらの批判を知って反応し
ている所を見つけました:
http://www.sed.tohoku.ac.jp/lab/kyoshin/mokuyonokai/mokuyo120126.pdf

>1.「かけ算の順序」をめぐる議論について

>かけ算の順序性について、手続きと概念的
>理解とは別である。
>中国などではひたすら計算をさせるが、日
>本では意味理解を重視し…

 「ひたすら計算をさせる」としか理解でき
ないのでしょうか?
 「順序は虚構である」という主張のもとに
おこなっているとは考えないのでしょうか?

>たし算の場合も順序性がある(小学校でも教
>えている)

公的なテキストとして、「小学校で足し算に
順序がある」となっているのでしょうかねえ?
日能研はそれを見逃しているのでしょうか?
ゴルゴ・サーディーン
2012/04/11 01:15
ゴルゴ・サーデイーンさん

「専門家」ではなくて,例の東北大学院生のグループですね。
 ちょっとひどすぎる理解ですね。
メタメタ
2012/04/11 01:42
あ,誤解はないと思いますが,「ひどすぎる理解」というのは,院生たちの算数に対する理解のことで,ゴルゴさんの院生を「専門家」と呼んだ理解のことではありません。為念。
メタメタ
2012/04/11 01:44
>中国などではひたすら計算をさせるが、日
>本では意味理解を重視し…

日本でも、「みはじ」などを叩き込んでひたすら計算させる例が少なくない。「意味理解」の内実は、「3×4と4×3は違います」

 専門家の問題点は2つ有って、

1つ目は、本当に酷い教え方の事例が多数報告されていてそれに対する批判が噴出しているのに、見えていない。実情を知らないで結果的にそのような酷い教え方を擁護してしまう。

「かけ算の順序」の有効性をきちんと示していない。「順序批判派だって、順序のデメリットを客観的データで示していない」というかもしれないが、嘘出鱈目である「順序」を教えることが有効であるというのだから、有効性を示す立証責任は順序派にあるはず。


「そんなことはない」というなら堂々と出てきて見解を表明すればいいと思うが、ほとんどなされてない。「素人の戯言につき合う必要はない」ということだろうか?
積分定数
2012/04/11 16:31
ゴルゴ・サーディーン さん

>もしそれが本当なら、
> 長さ10cmで1000回巻きの電磁石も
> 長さ 5cmで 500回巻きの電磁石も
> 長さ 1cmで 100回巻きの電磁石も
> 長さ 1mmで 10回巻きの電磁石も
> 長さ 0.2mmで 2回巻きの電磁石も
>同じということになってしまいます。

少し意外な感じがしますが,多分,同じで良いのだと思います。
永久磁石を直列につないでも,単位面積当たりの磁束(磁束密度)は変わらないので,磁石の強さは変わりません。
長さ当たりの巻き数を変えずに電磁石を長くするのも,同様ではないかと思います。ただし,磁束の分布する空間は大きくなっていますが。

積分定数さん

>極端に細い線が1巻きだと、すごく強力な磁石になってしまいますね。

線が細いと,抵抗が増えて電流が小さくなり,それほど強力にはならないのでは。同じ電流を流すためには大きな電圧が必要になると思います。
zorori
2012/04/11 21:36
>有効性を示す立証責任は順序派にあるはず。

仮に,一部の順序派が言うように,算数に順序ルールがあるとするならば,事実を教えているだけであり,有効性云々は関係ありませんね。

ルールは無いけど,教育法として導入していると言うのなら,その有効性を示す必要があると言うことになります。

順序派は,この二つの立場の間で、都合良く揺れているような印象があります。
zorori
2012/04/11 21:45
> 出鱈目である「順序」を教えることが有効である

ローカルルールというだけで出鱈目ではありませんね
有効であるか、どうかはともかく。この点については
あなた方が デ タ ラ メ です >クロッキーG
何を言ってるの?
2012/04/11 21:58
メタメタさん
>ゴルゴさんの院生を「専門家」と呼んだ理
>解のことではありません。為念。

はい、了解しております。

zororiさん
>> 長さ 0.2mmで 2回巻きの電磁石も
>>同じということになってしまいます。
>少し意外な感じがしますが,多分,同じで
>良いのだと思います。

いえ、違います。
こういう問題は、まず1回巻きのコイルが
作り出す磁界の式を持ってきて、これをコ
イルのピッチずつずらして、巻き数のぶん
だけ Σ する、という形で解きます。
その場所が空気 (or真空) なら、磁界は飽
和せず、累積されて行きます。

>線が細いと,抵抗が増えて電流が小さくな
>り,それほど強力にはならないのでは。同
>じ電流を流すためには大きな電圧が必要に
>なると思います。

件の問題文では
>電磁石の強さは(筒の長さ1cmあたりの導
>線の巻かれた数)×(導線を流れる電流)
となっています。
ゴルゴ・サーディーン
2012/04/11 22:45
積分定数 2012/04/11 16:31
> 嘘出鱈目である「順序」を教えることが有効であるという

順序はローカルルールです。
嘘出鱈目ではありませんよ。
効果があるのか、どうかは。
ともかくとして。

この点についてはあなた方が

 デ タ ラ メ 

ですね。
何を言ってるの?
2012/04/12 01:03
ゴルゴ・サーディーンさん

>こういう問題は、まず1回巻きのコイルが
>作り出す磁界の式を持ってきて、これをコ
>イルのピッチずつずらして、巻き数のぶん
>だけ Σ する、という形で解きます。
>その場所が空気 (or真空) なら、磁界は飽
>和せず、累積されて行きます。

ちょっと、意味をつかみかねますが、それは、同じ場所で巻いていて、長さ当たりの巻数を増やしているのでは?

>件の問題文では
>>電磁石の強さは(筒の長さ1cmあたりの導
>>線の巻かれた数)×(導線を流れる電流)
>となっています。

すみません、問題文の「電磁石の強さ」と積分定数さんの「すごく強力な磁石」が同じ意味だとしたら(そう考えるべきですね)すごく強力な磁石になると思います。積分定数さんは反語として言われていると思いますが。
zorori
2012/04/12 06:19
ローカルルールと明示しているなら、算数(数学)としては問題ありませんね。
ただし、ローカルルールを導入する有効性も示さなければいけませんね。これは、教育の問題。
zorori
2012/04/12 06:23
「極端に細い」ということで抵抗が大きくなってしまうと言うことで有れば、普通の太さでも構いません。

簡単のために直径1mmとする。

1巻きだと、1pあたりの巻数は10巻/cm
2pに10巻きだと、1pあたりの巻数は5巻/cm

つまり前者の方が2倍の強さになる。これはおかしいと思います。

電磁石の強さが巻き数の密度に比例するのは、コイルが無限の長さだとした場合です。これを近似として利用するには、コイルの直径が長さにくらべて非常に小さくて場合で、コイルの軸方向と導線がほぼ垂直な場合で、さらに問題とする磁界がコイルの端付近ということです。

 同じ強さと大きさの永久磁石を2個つなげたら、強くなると思います。ただし2倍ではない。磁石の強さは内包量!

 ビオサバールの法則を使ってざっと計算してみました。寝起きなのでミスがあるかも知れませんが

数直線上のx=a〜bまでの間に、コイルがあるとする。0≦a<b。単位長さあたりの巻き数は一定。恋いるの直径はr。このとき原点での磁界の大きさは

√{b^2/(r^2+b^2)}
−√{a^2/(r^2+a^2)}

に比例する。a、bが負の場合も出来るけど、絶対値の処理などが面倒なのではしょる。

コイルの長さがLで、コイルの端からaの距離の磁界の強さは、上の式にb=a+Lを代入すればいい。

磁界の強さはLに関して単調増加。ただし、L→∞で極限値を持つ。

長さに依存しないのではなくて、依存するけど極端に長い場合は一定値になると見なす、

ということ。

永久磁石の詳しいメカニズムは知らないが、電磁石と同様に計算していいと思う。
積分定数
2012/04/12 08:38
>ローカルルールと明示しているなら、算数(数学)としては問題ありませんね。
ただし、ローカルルールを導入する有効性も示さなければいけませんね。これは、教育の問題。

 ローカルルールで(1あたり)×(いくつ分)としても、カード配りで逆順も可能という話はおいておくとしても、この手の議論で「あらかじめ指示が有ればバツでも構わない」という意見が出ますよね。

 ローカルルールとして設定するというなら、「習っていない漢字は使ってはいけない」「奇数と偶数を掛ける場合は奇数×偶数の順序、足し算はこの逆」などはどうか?

 当然、そのようなローカルルールを設定する意味は何かが問われるべきなのに、そこになかなか行き着かない。


「悪法もまた法。法律は守るべき」という話と、
「法律を改正すべきか否か」という話は別なのに。
積分定数
2012/04/12 08:50
ローカルルールを指示するときに、「ローカルルールです」と常に断りを入れますか?
わざわざ指示するのは、それがそもそもローカルルールだから、という解釈することもできないのですか?
マークシートの書式(ローカルルール)を指定するとき、その教育効果を示さなければならないのですか?
ご都合主義もいい加減にしたら。
2012/04/12 08:52
こんな教育方法は、「むしろ悪影響なんで止めるべき」というのは、別にいいんだよ。

「穴埋め問題ばかり出題するのは止めるべき」だとしても「穴埋め問題は嘘出鱈目だ」なんて話にはならないよな。
ご都合主義もいい加減にしたら。
2012/04/12 09:00
 磁石の件、別のアプローチ

 磁石は電気と異なり単磁荷というのがないが、絶対値が同じ正負の電荷の対のアナロジーと考えることが出来る。電界は電荷からの距離の2乗に反比例するが、磁界も同様に考えることが出来る。ビオサバールをがちゃがちゃやると出てくる。

 長さLの磁石(双極子と見なせるように太さは極端に細いとしておく)を数直線上におく。x=a〜a+Lに横たわっている状態とする。原点での磁界の強さは比例定数に

1/a^2−1/(a+L)^2

を掛けた値である。同じ磁石を同じ向きに、
x=a+L〜a+2Lにおいたら、2つ目の磁石は原点に対して

1/(a+L)^2−1/(a+2L)^2

の効果を及ぼすことになる。

両者を足せば、

1/a^2−1/(a+2L)^2

一般に、n個の磁石を繋いだ場合

1/a^2−1/(a+nL)^2

nについて単調増加関数。n→∞で1/a^2になる。
積分定数
2012/04/12 09:17
>磁石の強さは内包量!

細い棒磁石を横に束ねた場合は、磁石の強さは箇々の磁石の強さの総和になるから外延量。

太い磁石でも、長さが短かった場合は、これを縦に重ねれば同様のことになる。

つまり、太さと長さの加減と横に束ねるのか縦に重ねるのかで、内包量だったり外延量だったり、・・・

 箇々の磁石によって生じる磁界を重ね合わせれば、つまりベクトルとして足し算すれば、全部の磁石による磁界が出てくるからそういう意味では外延量だが、そもそも「強さ」って内包量じゃなかったけ?
積分定数
2012/04/12 09:48
>「悪法もまた法。法律は守るべき」という話と、
「法律を改正すべきか否か」という話は別なのに。

さらに、自然法則や数学の定理と法律は全く別物。
積分定数
2012/04/12 09:50
数学の「記号の使用法」は人為的なルールに過ぎません。
は〜
2012/04/12 11:11
通常とは違う「記号の使用法」(書式)を指示することが、嘘出鱈目なんて、そんなバカな話はありえないよ。
は〜
2012/04/12 11:14
技術開発者 ― April 12, 2012 @10:47:42
> 大正時代の大審院の判例通りです。
> これですっきりとおわかりになったと思います。
http://www.cp.cmc.osaka-u.ac.jp/~kikuchi/weblog/index.php?UID=1326449238#CID1334195262
論点、すり替え。酷いね〜
2012/04/12 11:16
積分定数さん、

>つまり前者の方が2倍の強さになる。これはおかしいと思います。

巻き数10回程度では、2倍にはならないでしょうが、1cmに100回と2cmに100回ではほぼ2倍となるようです。長さに依存しない長さとみなしてよいのは、巻き数100回あたりからのようです。下記には実験値も示してあり、100回を超えれば、長くなっても磁場の強さは変わらなくなっています。
http://www.osaka-c.ed.jp/kak/web/kenkyuu16/pdf/b01/2.pdf#search='電磁石 強さ'

ひょっとして、巻数が少ない場合は、長さに依存するということだったのでしょうか?そういえば、ゴルゴ・サーディーンさんも巻き数2回のような場合を例示していて、確かにそのような場合は二つつなげば、磁場の強さは多少増えます。しかし、件の問題では、1000回、2000回となっていますから、非常識な問題とは言えないと思います。
zorori
2012/04/12 20:45
(続き)
電磁石は,直線導線に流れる電流に比例してその周りに同心円状の磁場が発生するというアンペールの法則の応用と考えられます。

アンペールの法則は、無限長さの導線の場合ですが、考える磁場の位置から導線までの距離が導線長さに比べて十分短ければ、無限長さとみなせます。その場合、1mの導線でも2mの導線でも、その位置の磁場の強さは変わりません。

次に、電磁石を縦に切断した断面を見ると、導線を何本も並列に並べたものとみなせます。1本では円形だった磁束線がつながって、長円になります。(電磁石の説明図によくある)本数を増やせば、長円も長く伸びていきますが、特定の箇所、たとえば鉄心端部の磁場の強さは変わりません。

永久磁石(十分長い棒磁石)の場合の感覚的な説明が下記にありました。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1311043058
そういえば、棒磁石を半分にしたらどうなるかという問題を思い出しました。
zorori
2012/04/12 20:46
> zorori さん

 単位長さあたりの巻き数で磁場の強さが決まるというのは、

@ 導線が蜜に巻きつけてあり、円筒面を面電流が流れているとみなせる。
A コイルの太さに比べてコイルの長さがじゅうぶんに長い

というような場合、コイルの中にほとんど一様な磁場ができているとみなせる。そのような場合です。


> 電磁石は,直線導線に流れる電流に比例してその周りに同心円状の磁場が発生するというアンペールの法則の応用と考えられます。アンペールの法則は、無限長さの導線の場合ですが …

 これは誤解。アンペールの法則は、直線電流でなくても無限長さでなくても成り立ちます。

 理論的には、ビオ・サバールの法則はアンペールの法則から導かれます。
鰹節猫吉
2012/04/12 21:22
 電磁気学の教科書で、

@ ビオ・サバールの法則からアンペールの法則を導く

 → これは、本来理屈としては逆なんだけど、歴史的には実験でビオ・サバールの法則が見出されたという経緯があるのですよね。


A 「磁力線が動く」 という説明がなされている。

 → これは初心者向けの説明のための方便。当然のことだけど、本来、磁力線は動かない。

鰹節猫吉
2012/04/12 21:31
鰹節猫吉さん、

>コイルの中にほとんど一様な磁場ができているとみなせる。そのような場合です。

そうだと思いますが、件の試験問題はそのような場合と考えて、特に不都合があるとは思えないのですが。
ゴルゴ・サーディーンさんの問題意識が分かりません?
zorori
2012/04/12 21:56
鰹節猫吉さん、

>これは誤解。アンペールの法則は、直線電流でなくても無限長さでなくても成り立ちます。

あ、私がアンペールの法則だと思っていた次の式は、アンペールの法則ではなくて、アンペールの法則から導かれた一具体例なのですね。

H=I/2πr
zorori
2012/04/12 22:03
>ちょっと、意味をつかみかねますが、そ
>れは、同じ場所で巻いていて、長さ当た
>りの巻数を増やしているのでは?

違います。
「コイルのピッチずつずらして」
と書いてあります。
ピッチとは、
「コイルを1回巻くごとに、円筒の"軸"
 にそった方向にずれていく、その寸法」
のことです。


>そうだと思いますが、件の試験問題はそ
>のような場合と考えて、特に不都合があ
>るとは思えないのですが。
>ゴルゴ・サーディーンさんの問題意識が
>分かりません?

私の問題意識は、まさに鰹節猫吉さんが
挙げた
>Aコイルの太さに比べてコイルの長さが
>じゅうぶんに長い
についてです。
件の入試問題ではこのAが満たされていま
せん。

ここに、実験した例があります。
http://www.osaka-c.ed.jp/kak/web/kenkyuu16/pdf/b01/2.pdf

直径9mmの円筒に導線を巻いていくと、長
さ5cmのあたりから無限と見なせるように
なるとしています。
先の入試問題の図のように直径6cmなら、
長33cmからとなります。
長さ10cmとか20cmでは、そこの論文の
「巻き数-磁場」のグラフで言うと、まだ
頭打ちになっていない領域にあたります。
ゴルゴ・サーディーン
2012/04/12 22:51
永久磁石の実例がここにあります。
http://www.magfine.co.jp/magnetjapan/user_data/ferrite_maru.php

同じ直径で、長さが違う物では、長い物
ほど磁束密度が大きくなるという傾向は
あります。
単純に比例してはいませんが。
 (それと、単位体積あたりを取り出し
  た時、同じように磁化されているか
  という保証はありませんが。)
ゴルゴ・サーディーン
2012/04/12 22:58
まあ純粋に算数の問題として、(単位長さあたりの巻き数)×(電流)に比例する、を公理見たくとらえたら答えられるけど、理科の問題としていかがなものか?こう言うことを疑問を持たずに受け入れられる方が点数を取れるというのはどうなんだ?という疑問は有りますね。

 以前新聞で見た似た例。

 卵を水に入れて塩を入れていくと塩水の比重が大きくなってやがて卵が浮いてくる。卵の体積と質量と水の体積・質量が示してあって、塩を何グラム入れたら浮き上がるかという問題で、塩を入れても食塩水の体積は変わらないとして求めさせる問題。

 実験してみると、正解の値よりもずっと沢山の塩が必要。もちろん、実際には体積が変化するのが原因。

 これが理科の問題として適切なのか?というのがあった。

 この場合、浮き上がったときの塩水の体積を示して、「塩を何グラム入れたか?」とか、入れた塩の質量を示して「水の体積の増加は?」というのでもいいと思ったが、体積の増加は微々たるもので、問題にするのは難しいのかも知れない。
積分定数
2012/04/12 23:38
「悪問だらけの大学入試」丹羽健夫著
http://shinshomap.info/book/408720071X.html

には、こんな例もあります。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

−−−−−−−
国立大学理学部(前期)98年度入試問題

「nを2より大きい自然数とするときx^n+y^n=z^nを満たす整数解x,y,z(xyz≠0)は存在しない」というのはフェルマーの最終定理として有名である。しかし多くの数学者の努力にも関わらず一般に証明されていなかった。ところが1995年この定理の証明がワイルスの100ページを越える大論文と、テイラーとの共著論文により与えられた。当然、x^3+y^3=z^3を満たす整数解x,y,z(xyz≠0)は存在しない。
 さて、ここではフェルマーの定理を知らない物として、次を証明せよ。
 x,y,zを0でない整数とし、もしも等式x^3+y^3=z^3が成立しているならば、x,y,zのうちの少なくとも一つは3の倍数である。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

積分定数
2012/04/13 00:20
>まあ純粋に算数の問題として、(単位
>長さあたりの巻き数)×(電流)に比
>例する、を公理見たくとらえたら答え
>られるけど、理科の問題としていかが
>なものか?
>こう言うことを疑問を持たずに受け入
>れられる方が点数を取れるというのは
>どうなんだ?という疑問は有りますね。

いや、そもそもあの問題は
 理 科 な ん で す け ど
ゴルゴ・サーディーン
2012/04/13 00:59
>  私がアンペールの法則だと思っていた次の式は、
> アンペールの法則ではなくて、アンペールの法則
> から導かれた一具体例なのですね。
>
> H=I/2πr

そうです。
鰹節猫吉
2012/04/13 01:06
理科としては、その値のあたりでそれなりにもっともらしいシンプルなモデルで計算してみることには意義があるでしょう。

「正しい」モデルを知っていることに価値があるんじゃなくて、いろんなモデルを仮定してそこからどういう予想がされるべきかを導き出すのはいいことでしょう。
TN
2012/04/13 06:18
ゴルゴ・サーディーンさん、

やっと、何を気にされていたかわかりましたが、気にしすぎではないでしょうか?
そこまで言い出したら、理科の問題は殆ど近似値に過ぎず、算数の問題しか出せなくなると思います。
例えば、3番のばねの問題も、弾性域であると問題に書いてありませんから、ダメだとなりませんかね。
弾性域でも、近似にすぎませんし。
zorori
2012/04/13 06:18
>いや、そもそもあの問題は
 理 科 な ん で す け ど

それは分かった上で、だから疑問はあるということです。大学入試の物理の問題だと「十分長い」とか、「滑らか」=摩擦なし、「糸の質量は無視する」とか書いてあるから、この問題も、コイルの直径は長さにくらべて十分小さいとか、両端付近の磁界の強さだとか、「単位長さあたりの巻き数」というのが意味を持ちうる程度には巻き数が多いとかのことわりがあっても良かったと思います。

 最後のは結構重要で、密度とかの単位あたり量が意味を持つには、連続量、もしくは、不連続量であっても十分数が多くて連続量に性質が近いというのが必要。

 一回巻いただけで、強力な磁石は出来ない。

1打数1安打の10割打者、みたいなもの。

 
積分定数
2012/04/13 07:46
>ばねの問題も

これは小学校のときに疑問に思った。のびの長さと重さが比例するなんて、話がうますぎると思った。伸ばしすぎたら元に戻らないし、伸ばしたまますごく時間が経過したら、元に戻りにくくなるような気がした。

 高校の物理をやって、「バネの変位は力に比例する」とか、「摩擦力が垂直抗力に比例する」という類のことは、さしたる根拠もなくて、「そういうものとしておく」というものだと悟った。伸ばしたまま長時間経過したら、というような、バネを構成する原子構造の変化は物理ではとりあえず気にしないということにしてあるというお約束も理解した。

 そのうち数学で微積分をやって、「どんな関数も局所的に見たらほぼ1次式。だから、バネの伸びが力に比例するとなるんだ」と納得した。

 もちろん「どんな関数も」というのは正確でないが、高校生が発想する滑らかな関数程度で有れば、ということ。

 物理をやっていて胡散臭いと思ったのは他に、抵抗や反発係数。

 電圧と電流が比例するだとか、衝突前後の相対速度の比が速度によらず一定なんて、「話がうますぎる」と思った。

 そのうち、「これはさほどの必然性はなくて、『そういうことにしておく』、あるいは、実験結果からそうしておいてもさほど問題はない、ということなんだ」と思うようになって気にならなくなった。


 そのうち、相対論やら量子力学やらを知って、F=maも実は近似だと知って、物理全体が胡散臭く思えてきて、数学の純粋さに惹かれるようになったのは、物理科入学後の話。

 当時の私はそう感じたと言うことであって、物理を批判する意図はありません。

 それで中退、色々仕事して、30歳で数学科に入学。受験のために英語などを勉強し直したことで塾で教えられるようにもなったのでそれはそれで良かった。
積分定数
2012/04/13 08:08
 高校時代分からなかったのが浸透圧。「どんな関数も局所的には・・・」ということで濃度と浸透圧が比例するのはいいとしても、「何故そこで気体定数?」、と思った。これは未だに分からない。「実験した結果、偶然にも比例定数が気体定数と一致した」ってことはないだろうから何か理由があるのだろう。何かに書いてあるのかも知れないが、適切なモデルを考えれば自分でも出来るかも知れないので、後の楽しみに取ってある。
積分定数
2012/04/13 08:23
積分定数さん:
>それは分かった上で、だから疑問はあ
>るということです。

了解しました。

>とかのことわりがあっても良かったと
>思います。

そこは、
 「あっても良かった」ではなくて
 「あってしかるべき」という問題なの
です。

 高校物理ではずっと、「十分長い」
「滑らか」という問題をやって来て、大
学入試でもそれをそのまんまやるわけで
す。
 いちいち言わなくても判っていること
をそれでも律儀に断り書きを入れていま
す。

 一方この問題では、普通の(中学受験
しない)小学生がやるのは有限なコイル
の場合なのに、そこで何の断りもなく入
試で無限のコイルの話をしているのが理
不尽だと思うのです。
 いや、試験の場でそれを出した、とい
うことが問題なのではなくて、この問題
が受験塾で不用意に扱われることで、普
通の授業では
 「強い電磁石にするにはコイルを多数
  回まくべし」
と教わっていることと食い違ってしまう
から問題だと言っているのです。
ゴルゴ・サーディーン
2012/04/13 22:42
zororiさん:
>やっと、何を気にされていたかわかりま
>したが、気にしすぎではないでしょうか?
>そこまで言い出したら、理科の問題は殆
>ど近似値に過ぎず、算数の問題しか出せ
>なくなると思います。

 と ん で も な い !

 私は、細かい話をしているのではありま
せん。
 うんと基本的なことを言っているのです。

 小学生が電磁石について知るべき第一の
ことは
 「強い電磁石にするにはコイルを多数
  回まくべし」
ということです。

 それなのに「これは無限長のコイルの話だ」
という但し書きのないままあの問題を見せ
られた小学生は

 > 長さ10cmで1000回巻きの電磁石も
 > 長さ 5cmで 500回巻きの電磁石も
 > 長さ 1cmで 100回巻きの電磁石も
 > 長さ 1mmで 10回巻きの電磁石も
 > 長さ 0.2mmで 2回巻きの電磁石も
 >同じ

で良いと思ってしまうでしょう。
 現に大人である zororiさん が、そう思
ってしまったのですから。
ゴルゴ・サーディーン
2012/04/13 22:43
> 浸透圧

その式の導出は、熱力学のテキストを調べれば出てきますが、楽しみにとっておくということで、深入りはやめときます。


> コイル

悪問ですね。

鰹節猫吉
2012/04/14 00:06
> 但し書きのないままあの問題を見せられた
> > 長さ 0.2mmで 2回巻きの電磁石も

出たよ。問題文にあるのは、1000回、2000回なんだが…。
は〜
2012/04/14 01:20
https://aspara.asahi.com/blog/science/entry/4XGfFvd8h2
◇生物の教科書が「現代化」
「もはやメンデルから語らなくても、遺伝はDNAで説明がつく」と教科書会社啓林館の担当者は力説する。同社は、今春から主に1年生で使われている「生物基礎」、来春から使われる2、3年用の「生物」の内容を大幅に見直した。


 私自身は高校時代に生物をやっていないので、中身については詳しくないですが、教える内容や教科書は、時代に合わせて速やかに変化する訳ではないし、永久に変わらないわけでもないということなんでしょうね。
積分定数
2012/04/14 09:52
ゴルゴ・サーディーンさん、

私には、あの問題が非常識とは思えなかったのですが、私の感覚が狂っていたかもしれません。しかし、ゴルゴ・サーディンさんの説明もすっきりしません。

「電流と長さ当たりの巻数に比例する」という説明が、適用範囲を外れた極端な場合にも成り立つという誤解を与えるからいけないと言われていますが、そうだとすると、「滑らかとする。(摩擦が無いとする)」というような説明も誤解を与えることになります。いや、「・・・とする」は架空の仮定条件ということがはっきりしているが、あの問題の説明は仮定条件ではなく事実として書いてあるからいけないと言われるかもしれません。では、「・・・比例するとする。」なら良いのかというと、それでも駄目だと言われるのではないでしょうか?積分定数さんも、仮定条件だとしても事実ではないものは(フェルマーの定理が成り立たないとするような。)悪問だとお考えですし、私も、同意見です。「滑らかとする。」と書いてあっても、設問の具体的状況が明らかに摩擦を考慮しなければならないものであれば、悪問と言えると思います。
つまり、設問の状況と違う場合でも成り立つという誤解を与えるからダメなのではなく、設問状況自体が適用範囲を外れていて非常識だということではないかと。そして、事実そのとおりなら、あの設問状況は適用範囲内という私の感覚が狂っていたということですっきりします。
zorori
2012/04/14 10:41
(1)設問の状況と違う場合でも成り立つと
 いう誤解を与えるからダメ
(2)設問状況自体が適用範囲を外れていて
 非常識

私の意見は、↑の両方です。
強いて言うなら、(2) が主ですが、(1)に
ついても「その通り」と思います。
と言いますか、その2つを区別する必要性
を感じないから、混ざったまま話をしてい
るということになります。

 あの問題を見た瞬間に「非常識」と思う
かどうかは、その問題への関心の温度差の
問題です。
 たとえば、戦国大名の誰々がキリシタン
を容認したか禁止したか、という事につい
て間違った記述があったとして、関係の無
い人にとってはあくまで教科書上の事でし
ょうけれど、地元で先祖代々キリスト教徒
という人から見たら
 「とんでもない」
という事になるでしょう。
ゴルゴ・サーディーン
2012/04/14 14:05
=== メタメタ氏 受験算数本 発売記念企画 ===

 メタメタ氏が最近発表した 受験算数 にフィボナッチ数列が出ていたので、フィボナッチ数列に関連するゲームプログラムを作成してみました。

 これは昔から知られているゲームで、私が考えたものではないんですが、以下の URL からダウンロードできるようにしてあります。

 firestrage の無料サービスを利用したので1週間で消えてしまいます。

 追加配布のご要望があれば(たぶん無いけど)、再度アップロードします。

http://firestorage.jp/download/2b7a20f2dcb6ace0fc7a49f12717ff48a113d59b


* これはジョークプログラムの類です。ジョークプログラムとしてお楽しみください。
鰹節猫吉
2012/04/14 14:17
↑ の URL から ksg.html をダウンロードしてください。

保存して ksg.html のアイコンをダブルクリックすると起動します。
鰹節猫吉
2012/04/14 14:19
ゴルゴ・サーディーンさん、

>(1)についても「その通り」と思います。

厳しいですね。
すると、「摩擦は無いものとする。」もダメですか。

あの問題もそうだと思うのですが、まだ授業では生徒に教えていない内容を情報として記載して、その条件の元に解かせる問題はよくあります。この情報として与える内容は算数の問題でもない限り、必ず適用範囲があり、どんな場合でも成り立つというものは有りません。こういう形式の問題は全滅になります。

私は、そこまで心配しなくても良いと思いまけど。(2)の場合は拙いと思いますが。
zorori
2012/04/14 18:58
>すると、「摩擦は無いものとする。」も
>ダメですか。

いいえ。
エアーホッケーのような台の上で実験すれ
ば、摩擦のせいで起きる減速の影響が非常
に小さく、測定結果のズレが検出限界以下
ということはあり得ます。

>あの問題もそうだと思うのですが、まだ
>授業では生徒に教えていない内容を情報
>として記載して、その条件の元に解かせ
>る問題はよくあります。

(単位長さあたりの巻き数)×(電流)で
決まる、という理論の話をするときは、コ
イルの図が「無限」であるように描いてあ
るべきです。
あからさまに有限な絵が描いてあって、無
限の場合の理論を言っているからけしから
ん、ということです。
ゴルゴ・サーディーン
2012/04/14 20:45
言葉足らずだったのでもう1回。

あの問題に関し私は「実際と違う」と言っ
ていますが、これは、誤差とかそういう話
ではありません。

「その理論は、そういうふうに使うもの
 ではない。」
ということなのです。
ゴルゴ・サーディーン
2012/04/14 21:08
向山型算数教え方教室No.155 2012 5 
“教科書3割増”教えの教え残しをふせぐ授業システム

p14〜15 単元を通した教材研究が、教え残しを防ぐ

>つまり、割り算の計算が出来ることに加えて、割り算の意味まで理解させることが求められる。

>「クッキーが12こあります。3人で同じ数ずつ分けると、1人分は何こになりますか。」
この問題は等分除である。ここで図が書けたのは20人のうち3人だけだった。
(中略)
>ほぼ全員の子たちが「ひと目でわかる図」をかいてもってくるようになった。

>「パイが12こあります。1人に3こずつ分けると、何人にわけられますか。」
この問題は包含除である、しかし等分除に慣れた子たちは、等分除の図をかいて持ってくる。ここで「落とす」。それでも、前の成功体験があるので、何度も挑戦してくる。ここで教えたくなるが、教えては宝をドブに捨てるようなものだ。次の写真(※)のような子が出てくる。
1人が突破すると、クラス全体に波及する。
次々とできるようになる。「教えない」で、等分除と包含除の違いを子どもたちに体感させることができる。
>子どもたちはスムーズに等分除と包含除の考え方の違いをつかむことができた。

(※)↓みたいな図 □がパイの絵 ○が顔の絵

|3|3|3|3|
|□|□|□|□|
|□|□|□|□|
|□|□|□|□|
|○|○|○|○|







割り算の意味が理解できたら、等分除とか包含除という区別がまやかしだと分かるのだが・・・
積分定数
2012/04/14 21:18
http://www.edu-ctr.pref.okayama.jp/chousa/study/kiyoPDF06/kusu.pdf
P6
教科書では、同数累加で計算できるものをかけ算と定義している。したがって、この場合、子どもが「5×3」と答えたとしても、「3の5つ分」と理解しているなら、これは正しい解答である。大切なことは、「3×5」と「5×3」のいずれが正しいということではなく「3の5つ分」ということが理解できているかどうかを教師が子どもに確認することだ。 引用終 乗数と被乗数が確定できればその順序は問わない立場。

P22 「2種類のわり算」

等分除と包含所を区別して意識させるのって、算数教育では定番なのだろうか?
積分定数
2012/04/14 22:51
ツイッター経由。初出だよね?既出かな?

http://www4.airnet.ne.jp/tmt/mathfaq/times_ej.pdf
◆乗数・被乗数の常識・非常識◆
「1 あたり量」というものがあります。もちろん、掛け算をするときに用いる考えです。3 個入りのキャラメ
ル箱では1 あたり量は3 個、8m2 の花壇に20 本の花が咲いていれば1 あたり量は2.5 本、となるわけです。
すると、いまのキャラメル箱を例にとれば、同じ箱が5 つあるときは
積分定数
2012/04/14 23:21
検索で見つけたが、どういう人が書いてあるのか不明

http://homepage3.nifty.com/kkam12/san-sidouyouryou.pdf

p3
>「意味」について
ある教育講演会で、「÷分数の計算では、分数の分母と分子を反対にしてかければよいという操作だ
け覚えて、その意味が分かっていない場合が多い。」という例が、子供が学習から落ちこぼれたり、学
習の成果が定着しない理由として示されました。この話を聞いていた私は、講師は、「意味」という言
葉をどのように考えているのだろうか?と疑問に感じました。「割る」というのは「逆数をかける」こ
とに他ならないからです。
積分定数
2012/04/14 23:32
p4
>「乗法の意味」
特に「乗法の意味」には解明されねばならない課題が多々あります。
「8人の子どもにリンゴを3つずつ与えるとすると、リンゴは全部で何個必要ですか という問題の
立式は、 3×8 で 8×3 は間違いです。」
という指導が、現在でもされていることを知ってびっくりしました。というのも、この問題はずいぶ
ん昔から、議論され決着の付いた問題だと思っていたからです。
これは、間違いだとされた子どもが、つぎのように考えたと抗議し、新聞紙上で取り上げられたも
のでした。
「まず、リンゴを8人に1つずつ配るとリンゴは8個必要です。これを3回繰り返せば各人に3個
ずつわたります。だから 8×3 です。」
解説は、乗法は「一つ分の大きさが決まっているときに、その幾つ分かに当たる大きさを求める場
合に用いられる。つまり、同じ数を何回も加える加法、すなわち累加の簡潔な表現として用いられる。」
としています。この一つ分の大きさの強調が上のような問題の原因ではと思われます。
しかも、乗数が小数や分数になると乗法の意味を拡張して
(基準の大きさ)×(割合)=(割合に当たる大きさ)
と説明するのです。ところが、「割合」は何処でも指導されることになっていないのです。
積分定数
2012/04/14 23:33
> ◆乗数・被乗数の常識・非常識◆
> 「1 あたり量」というものがあります。
> もちろん、かけ算をするときに用いる考えです。

 「もちろん、かけ算をするときに」 って、そうなのか?
 かけ算 = 1あたり量 × …うんぬん とは思わないが …

 反順序主義思想の人にも 1あたり思想 が広まっている感がありますね。

 「かけ算はたし算とは全く異なる演算です。累加と捉えるのはまちがいなのです。負の数や分数になったら破綻します。1あたり×云々が唯一将来にわたって破綻しない『正しい意味』なのです!!」 ← こういうのはすごく困った考え方。

 理系の人だったら 「負の数になっても分数になっても、たし算とかけ算は分配法則でつながっていますから、全く異なる演算ということはありません。」ぐらいのことは言ってほしい。

 たし算とかけ算を分配法則で関係づけるというのは、累加の素直な拡張だと思うのですが… m(n+1)=mn+m もしくは (m+1)n=mn+n で m と n が自然数の場合って、まさに累加なのですが…

鰹節猫吉
2012/04/15 00:10
> 「2 を繰り返し 10 回足す」プログラムを書く場合
>
> for(i = 1; i <= 10; i++) p += 2;
>
> のような書き方をしますが、見てわかるように「始めに回数ありき」の記述になっているからです。


 いつもプログラムを書くときにこんな順序なんか気にもして無かったですよ…

 上述のフィボナッチ数列プログラムでも for(i=0; i<n; i++) みたいなのはやっているが、かけ算の順序なんか全く気にしていなかった。

 実は、フィボナッチ数列プログラムを作成した意図は、これをやった人が教えなくても自然に「数学的帰納法」に気づくかな? という意図で作りました。

 最初の石の数が 1, 2, 3 のときは先手必敗はあきらか。

 最初の石の数が 5 のときにコンピュータは 3個残して相手に手をわたすようにしてくるのに気づくはず(これが可能なのは 5-3=2個 の石を取るときは必ず自分が最後の石を取れることが分かっているから)

 最初の石が 8個のときは 5個残して相手に手をわたすようにしてくる、それが可能な理由は…

 そんなことを意図してプログラムした次第。
鰹節猫吉
2012/04/15 00:11
>(単位長さあたりの巻き数)×(電流)で
決まる、という理論の話をするときは、コ
イルの図が「無限」であるように描いてあ
るべきです。

わたしは、全然そうは思いませんけどね。
授業と試験を混同されているのではないでしょうか。授業ではそのような説明図が良いでしょうが、試験問題では、理想状態の理論を近似的に現実の状況に適用させる場合が普通です。現実には無限長の電磁石はありません。どの程度のプロポーションと巻数なら無限長の式を適用して差し支えないと判断出来ることこそ重要だと思います。(私には、その感覚が無かったようですが。)でないと、理論は現実には使えない頭の中だけのものになってしまいます。

試験問題は、教えられた知識を覚えているのか、理解しているのかを測るためのもので、新しい知識を得るためのものではないと思います。それをするのは、授業です。試験問題では、解くために必要な情報(たまに、不要なダミー情報をいれることもあるが)しか与えられません。試験問題から、完全な知識を得られるはずがないし、与えようとする必用もないと思うのですけどね。
zorori
2012/04/15 10:35
>「空想主義的」教育改革がもたらしたもの──大学生数学基本調査の結果から
>新井紀子 (国立情報学研究所)、尾崎幸謙 (統計数理研究所)

http://www.iwanami.co.jp/sekai/
おおくぼ
2012/04/15 18:46
zororiさん、
そもそも大人の zororiさんが、一度、

>> 長さ 0.2mmで 2回巻きの電磁石も
>>同じということになってしまいます。
>少し意外な感じがしますが,多分,同
>じで良いのだと思います。

と思ってしまったのです。
それなのに、この問題が困ったものでは
ないなんて、全く別世界の話のようです。
ゴルゴ・サーディーン
2012/04/15 19:01
小学校算数ではなくて中学理科の事例

理科3年第1分野。
台車に紙テープをくっつけて60分の1秒ごとに記録タイマーで点をつけ、運動の様子を記録する。
点の間隔が段々狭くなっている様子が紙テープに記録されていて
問い 台車の速さは時間がたつにつれ、どうなっているか

答え 段々遅くなっている

問いの続き また、その理由を書きなさい。

「摩擦や空気の抵抗で遅くなった」 という答案が不正解
正解は「点の間隔が次第に狭くなっているから」

出題する側が「そう答えた根拠」を質問したつもりでも、「その理由を書きなさい。」という問いで、生徒が「そのような結果になった原因」を聞かれていると思ったとしても無理はない。普通に考えたら正解だろうが。

 こういう機械的に模範解答と異なると言うだけでバツをつけるなら、「理由を述べよ」などという問題など出さないで、答えだけを簡潔に問えばいいのに。

 「考え方を大切にするため・理解度を見るため」と称して、「かけ算の順序」などというアホなことになっているのと似ている。
積分定数
2012/04/15 22:09
補足

小学校で数学嫌いになったまま大学生になると、どうなるか?・・・という調査です。
『月刊 世界』の本屋に置いてある号です。
是非、立ち読みして下さい。
おおくぼ
2012/04/15 22:20
>「摩擦や空気の抵抗で遅くなった」
>という答案が不正解
>正解は「点の間隔が次第に狭くなって
>いるから」

 恐ろしいですね。

 私が常々思うのは、
 「児童生徒が学ぶべき理屈を駆使し
  て答えるよりも、空気を読むこと
  を要求する問題は悪問。」
ということですが、その問題はもはや、
空気を読んでもムリ。
ゴルゴ・サーディーン
2012/04/15 22:27
その問題、昔出題されたことあります。

「紙テープが台車の動きを妨げているのも一因である。」

と回答して

「確かにそれも一因である。正解!」

ということでした。

田舎の公立学校だったけど、まともな教師だったんですね。

よそはそんなにすごいとは知らなかった。

鰹節猫吉
2012/04/15 22:42
「世界」は近くの本屋にはなかったような気がする。岩波って本屋の買い取りだったよね。田舎の書店は敬遠するように思う。
積分定数
2012/04/15 23:47
http://d.hatena.ne.jp/mickmack/20111230/1325210380
 このとき、「3 × 5 ≠ 5 × 3」なのか! と声を荒げて東京書籍に電凸するのは、構文論(syntax)と意味論(semantics)を混同している人だけです。確かに、構文論的に見れば、乗法には可換性があるため、a × b は常に b × a に入れ替えることができますが、しかし両者の式は意味論のレベルでは異なる解釈が適用されます。
 この構文論と意味論の区別は、私の記憶する限り義務教育では教わりません。この言葉自体、大学で情報系の講義にでも出ないと目にしない。義務教育の間は、生徒は数式の変換規則を学ぶことで構文論を、その数式を現実に適用することで意味論を、あくまで暗黙に学ぶだけです。
 本当は中学生ぐらいで十分理解できる構文論と意味論の区別を知らないまま大人になってしまった人たちの混乱した頭が、親切にも小学生の時点から意味論を意識して教えようとした東京書籍によって刺激されてしまった、というのが今回の論争の構造であるように見えます。
積分定数
2012/04/16 15:30
 反順序派の意見は聞く必要はない。なぜなら当たり前の常識的なことが書いてあるだけだから、と言うようなことを聞いたことがある。概ね同意する。

 順序派の意見は、聞く価値がある。

 思い込みで人は牽強付会な屁理屈をこね回すことができるのだということを認識できる。トンデモな主張をさももっともらしく言う輩が世の中には沢山いるのだと言うことが分かる。

 
 順序派は、「算数と数学は違う」と言ってみたり、、行列や四元数や順序数を動員して「せきはいっぱんにはかかんではない、高度な数学では・・・」というのから、「トランクスとズボン」まで持ち出したり、・・・


 で今回は、「構文論と意味論」だそうです。


次は何が出てくるのかな?
積分定数
2012/04/16 15:31
ゴルゴ・サーディーンさん、

>、全く別世界の話のようです。

言い訳すると,確かに別世界に私はいたけど,「極端な場合でも成り立つ」と誤解していたわけでは有りません。全く別のことを考えていました。
当初,ゴルゴ・サーディーンさんが,「極端な場合でも成り立つと誤解させるからいけない」という意図だとは思いませんでした。次の様に書かれていましたから。

>まあ、物には限度というものがあるから、1cm未満の部分は「屁理屈かな?」とも思います

で、どういう意図と誤読したかというと,「2個,直列につなげば,強さは2倍近くになる」とお考えではと思ったのです。そんな失礼なことをなぜ思ったかというと,恥ずかしいことに,私自信,何となくそう思っていたので。少し調べてみて,そうではないと知り,ゴルゴ・サーディーンさんも,同様な誤解をされているのではないかと思い,それを指摘したつもりだったのです。なんとも低レベルの別世界ですが。

まあ,私が極端な場合でも成り立つと誤解したとしても,それは勝手に適用範囲を拡張した私が悪いのであって,問題の責任を問うのは厳しすぎるというのが,前のコメントの趣旨です。
「摩擦は無いものとする」という問題でも,いかなる場合も摩擦がないと誤解するのは,誤解する側の問題で,そこまで面倒は見られないと思います。
zorori
2012/04/16 21:32
>ゴルゴ・サーディーンさんも,同様な
>誤解をされているのではないかと思い,
>それを指摘したつもりだったのです。

 では、そこのところはご理解いただい
たということでよろしいのでしょうか?

>問題の責任を問うのは厳しすぎるとい
>うのが,前のコメントの趣旨です。

 そこで↑この件についてです。
 小学生(難関私立中を受けようという
小学生)が
 「長さ0.2mmで2回巻きの電磁石も同じ」
と思い込む可能性は低いでしょう。
 なぜなら、学校の普通の授業と他の私
立中の過去問で、強い電磁石にするには
多数回巻くべしという事をやるはずだか
らです。

 とすると、塾講師が適切に解説してく
れない限り、中学受験する小学生は
 「ある時は『コイルをたくさん巻け』
  と言い、またある時は
  『コイルをたくさん巻いても、長
  くなったら全く意味が無い』と言う。
  どういうこっちゃ!?」
と思うことになります。

これが憂えずにいられましょうか?
ゴルゴ・サーディーン
2012/04/16 23:26
意味論のミック氏

> □の中を埋めなさい。□個×□箱=□個

↑ 誰もこんな穴埋め問題の話はしてませんからね。

穴埋めが正解にできているかでなく、教師が勝手に正しいと思っている順序(これはスパロウ氏の言う文脈とやら、つまり世間で言われている空気とやらを読まないとわかるはずがない)と違うと意味を理解してない云々… というのが問題になっている。

これこそ藁人形攻撃である。

意味論のミック氏は他人がしゃべっている言葉の意味が理解できないようだ。意味論の勉強が足りないのではないか?

鰹節猫吉
2012/04/17 00:38
黒木玄 Gen Kuroki ‏ @genkuroki
> 式はあまりにも簡潔な表現なので文脈を明らかにしたり、補足の説明がないと意味がわからなくなってしまうのが普通。
http://twitter.com/#!/genkuroki/status/191873272655265792

まさか、「順序の指示がある状況」が普通の状況だとでも…?逆順は(掛算は理解していても)「順序の指示」を理解していないんだよ。
クロッキーG
2012/04/17 04:01
> □の中を埋めなさい。□個×□=□個

順序の指示によって「穴埋め問題とほぼ同じ状況下」になってる訳だけどな
まあ
2012/04/17 04:05
本人が登場していますね

http://twitter.com/#!/search/realtime/%23%E6%8E%9B%E7%AE%97
>その表現は私の意図とは異なります。正確には構文論と意味論を混同して語っていると思います

そこから本人のつぶやきをたどると

>「お菓子が3個入った箱が4箱あります。お菓子は合計12個です」という文と「お菓子が4個入った箱が3つあります。お菓子は全部で12個です」という文の意味が異なることを小学生に教えることに、なぜそれほど反対する理由があるのか、私には分からない。


3個入り4箱 と 4個入り3箱 の意味が違うことを教えるのに反対している人って誰?


>まあ掛け算の順序を固定するという一部現場で行われている教育法は荒っぽいので私も反対だけど。それさせるぐらいなら、立式のときに単位も一緒に書かせればいい。それなら、生徒が正しく意味を理解しているか測れるし、順序にこだわる必要もない。


出た!「私も反対」

「自分は順序固定に反対だが」と言って保険を掛けて、でも実際は順序に異論を唱えている人の方のみを批判している。


「自分は戦争には反対だ」と言いつつ、イラク戦争に賛成していた人を思い出した。
積分定数
2012/04/17 13:36
順序擁護派にありがちなパターン


■蒟蒻問答 
 指導書に書いてあるからそう教えているに過ぎない場合が多いのに、「順序には深い意味があるのだよ。だから教師は順序を教えているのだよ」と勝手に過大に評価して、「それを批判する反順序派はその深い意味を理解できていない」という。

 あなたが勝手に作り上げた「深い意味」を理解する必要はない!


■藁人形叩き
>このとき、「3 × 5 ≠ 5 × 3」なのか! と声を荒げて東京書籍に電凸するのは、構文論(syntax)と意味論(semantics)を混同している人だけです。
>本当は中学生ぐらいで十分理解できる構文論と意味論の区別を知らないまま大人になってしまった人たち

誰が混同・混乱しているの?あなたが混同・混乱しているのは分かるけど・・・


■保険を掛ける
「私はバツにするのは反対だが」「順序の指導をいいと言っているわけではない」・・・

はいはい、だったら、あなたが反対する順序授業が行われている現状に対してあなたは何をしているのですか?
積分定数
2012/04/17 13:38
 「世界」注文した。くろきさんのツイッターでのコメントによると、国語が得意と数学が得意に負の相関関係があるという話が出ているのですね。データの信頼性とかいろいろ検証すべき事はあるのかも知れないが、不思議はないと思う。

 私自身国語が苦手だった。共通一次では200点満点で100点弱。古文・漢文は勉強しなかったから得点できなかったのは分かるが、現国はどう勉強していいのか分からなかった。

 小学校時代からそうだったけど、国語って、「わかった」、とか「全然分からない」、とかいう感じがしなくて、「ふ〜ん」という思いで授業を聞いていた。

 大学中退後、再度大学受験のために勉強しようとしたが、相変わらず国語の勉強法が分からなかった。

 そんなとき新聞広告で「国語入試問題必勝法」という本のタイトルを見て、「これだ!」と思って早速注文したら、小説だったので愕然とした。でも面白くて、以来清水義範を色々読むことになった。主人公は自分そっくりだった。

 「国語が大切だ」という数学者は多いのでしょうかね。以前話題に出した品格の数学者を真っ先に思い起こすけど。
積分定数
2012/04/17 14:01
 やり直し受験ではセンター試験の現国の点数は良かった。今でも毎年センター試験を受けているが、現国はコンスタントに高得点を維持している。

 特に勉強した訳ではない。自然に取れるようになった。本や新聞を読んだり、「空気を読めるようになった」結果だと思う。

 「4人に3個ずつ蜜柑を配るには、蜜柑は何個必要か?」

「2個」と答えても構わない、と思う子どもだった。

「何個あればいいか?」

なら、「100万個あればいい」

どうせ「屁理屈」と言われるだろうから黙っていた。

正方形が長方形であることも、三角形が四角形であることも分かっていた。

「いつでもお越し下さい」なら、理論的には夜中の2時でもいいと思っていた。


 行間を読む・空気を読む



 数学的に読む

は、相反する面があるのかも知れない。
積分定数
2012/04/17 14:10
 説明するのって、難しいと思う。相手がどの程度理解しているのかによって説明の仕方が変わってくる。

 反順序派は、順序派を説得することに成功していない。

 子どもが順序を頑なに信じている教師を説得するなど不可能。


 私の塾に来ている生徒で、優秀な中学生がいるのだが説明がうまくできない。でもちゃんと理解していることは分かる。説明することを求めすぎてその子がのびのび考えることを阻害しないようにしたい。

 y=x^3上の点(a,a^3)の接線の傾きは?

3a^2

と正しく答える。他のグラフでも同様。でもどうやって求めたのかうまく説明できない。

 「y=x^3の場合について、どうして3a^2になるのか、説明する方法を考えてみて」

と言ったところ

その中学生はしばらく考えて、

「(a,a^3)と{a+b,(a+b)^3}の2点を通る直線の傾きが・・・」

と説明した。


つまり、教わらないで自分自身で微分を発見したということ。


微分のことは微分でしましょう

という脱力数学駄洒落が光り輝いて見えた。
積分定数
2012/04/17 14:22
日本の国語教育は道徳教育なので、問題は隠されたルール(道徳)を理解しないと高得点の獲得が難しいのです。
詳しくは石原千秋さんの本を読んで下さい。

http://www.amazon.co.jp/s/ref=nb_sb_noss_1/375-5576807-6193723?__mk_ja_JP=%83J%83%5E%83J%83i&url=search-alias%3Dstripbooks&field-keywords=%90%CE%8C%B4%90%E7%8FH&x=0&y=0

それでは、どうすれば子供達は「論理的に理解できる能力」を身につけることができるのか?
おおくぼ
2012/04/17 15:22
数学は理解をしていたのだとしても、数学の試験でマークシートの指示を理解ができなくて不正解になったとして、それが何か…?

それとも、指示に従っていない解答を正解にしろとでも?
バカ
2012/04/17 19:25
麻布中学校の入試問題
http://www.inter-edu.com/nyushi/2012/azabu/sci/

>4−8
>問8 ある物体中の放射性物質の量を測定
>したところ、はじめの量の16分の1でした。
>測定した放射性物質の半減期を5700年と
>すると、この物体ができたのは何年前で
>すか。答えなさい。

 「物体」などと言ってしまっていいんで
すかね?
 「粘土板」とか。

( この問題の前段では「マグマが冷えて
 固まって鉱物ができた時」と、ちゃんと
 言っているのですが…)
ゴルゴ・サーディーン
2012/04/17 22:15
http://www17.ocn.ne.jp/~ymatuki/suugakuzaturon.htm
    自然数を拡張して・・・

「自然数は神様が作り給うた。その他の数はすべて人間が作り出した。」

 これは19世紀の数学者クロネッカーの言葉です。長い歴史の中で人類は分数、小数、負の数、無理数、虚数などを考え出し、数の世界を拡げてきました。数が拡張されると計算の意味も変わってきます。たとえば、2×3は2を3回足すという意味だったのが、

0.4×2/3となると説明がつきません。(0.4を2/3回足す?)

実は量には足すことのできる量(個数や長さなど、外延量という)と足すことのできない量があります。たとえば、2%の食塩水と3%の食塩水を足しても5%にはなりませんね。温度や密度なども足せません。このような量を内包量と言います。かけ算は「繰り返し足す」という意味ではなく、もっと本来的な意味があるのです。





「かけ算は累加ではない」と主張する人の多くは、「累加とすると子どもがつまずく」という教える上でのことだけじゃなくて、本当に「累加ではなくて深い意味がある」と思っているようですね。

 じゃあ、べき乗も累乗でない、としないと理屈に合わない。ある概念も、それが拡張する可能性があると迂闊に定義できなくなってしまわないのだろうか?
積分定数
2012/04/17 22:17
(順序の指示がある場合に)逆順を正解にせよ、という主張は、マークシートの書式の指示に従っていない解答を正解にせよ、という主張と同様の無茶苦茶な話だ。
反順序派って
2012/04/17 23:58
順序をしつこく(例えば、1年間を通して)指定するようなことは止めるべきである、という主張は結構だが、(順序の指示がある場合でも)逆順を正解にせよ、という主張は認められるものではない
黒木掲示板って…
2012/04/18 00:04
指示に従っていない解答が不正解なのは、当然のことだ。
理解さえしていれば何でも正解である、などという理屈は認められない
当たり前
2012/04/18 00:09
黒木玄 Gen Kuroki ‏ @genkuroki
> 助数詞は無次元量を表わす単位もどきに過ぎないのでその取り扱いには注意が必要です。たとえば教える側は「全部で何個ですか?」というタイプの問題に子どもが「5つです」と答えても何の問題もないことを知っておかなければいけません。
http://twitter.com/#!/genkuroki/status/192406847406350338

「1kmは何mですか?」には「1kmです」は不正解だが、「1ダースは何個ですか?」には「1ダースです」は正解だとでも。笑わせるな
掲示板はデタラメでした。
2012/04/18 09:28
ちょっと余談。

大学入試の数学の筆記試験で大問3の答を大問4の問題用紙に書いてしまった受験生の大問3の点数はルール違反を犯した罪で零点になってしまうかどうか。

ぼくが知っている事例ではそうなっていません。ぼくが知っている事例では、解答用紙の選択ミスのようなくだらない失敗は大目に見て、ペナルティは当然のごとく無しということになりました。(もちろんぼくの知らないケースでどうなっているかについては知らない。)

まあ普通に考えればこれは当然の措置でしょう。大学側は実力のある人に入学して来てもらいたいと考えています。ぼくも当然そうです。単なる解答用紙の選択ミスだけで零点にしてしまうと、優れた才能の持ち主に入学してもらえなくなってしまうかもしれません。これは大学側にとって損失になります。様々なチェックを行なう事務方も採点担当の教員側も当然そのように考えているので、解答用紙の選択ミスを発見したときにはそれを大目に見るために結構な手間をかけることになります。

それではそのような救済が現実的に不可能なマークシート式の試験について大学側はどのように考えているか。まず入試の業務が軽くなることについては本音でありがたいと思っている人が多いと思います。しかし、解答欄が一つずれただけで点数が一点ももらえなくなるマークシート式の試験の特徴が優れた受験生に合格してもらいたいと考えている大学側にとってありがたいことかと問われれば全員が「否」と答えると思います。(マークシート式の試験には他にも弊害が多い!)

現実の世の中は「指示に従っているか否か」という基準で機械的に判断をくだすようにはなっていないんだよね。大学側にとってはより優れた受験生に合格してもらうことの方が重要。
くろきげん
2012/04/18 09:56
自明な訂正があります。

訂正前「大問3の答を大問4の問題用紙に書いてしまった受験生」
訂正後「大問3の答を大問4の解答用紙に書いてしまった受験生」

問題用紙は回収しないので問題用紙に答を書いた受験生はさすがに救済できません(笑)。
くろきげん
2012/04/18 09:58
>現実の世の中は「指示に従っているか否か」という基準で機械的に判断をくだすようにはなっていない

まあ、そういう場合もあるよね。だけど、そうでない場合も当然あって、解答者が不正解にされたことで文句を言う筋合いではないわな〜。

それに、採点した答案を返却する場合(つまり、自分の解答が正解として扱われた、どうかを知り得る場合)は客観的公正さを担保するために機械的に採点する傾向が強くなるだろうね。
ああ
2012/04/18 21:02
(「不正解にすべき」ということではなく)「不正解にすること」は当然にしてありうべき採点基準の一つであり、そのことに文句をつけるのは全くの筋違いである、ということも分からないのかな?
いい
2012/04/18 21:11
もう一つ。同一の選抜試験で同一の問題を「複数の者」で採点を行う場合にも、機械的な採点が行われる傾向が強くなるだろうね。これも公平性を担保する要請からだよね。
おっと。
2012/04/18 21:20
>救済が現実的に不可能なマークシート式の試験

嘘は止めてね。マークシートであっても救済することは、もちろん可能。但し、「採点は機械的に行われる」ので、そのような場合には、救済しない採点基準を採用するのが普通ということだろうね。
うう
2012/04/18 21:25
要するに、掲示板は デ タ ラ メ だった、ってことだね〜〜〜
まあ
2012/04/18 21:27
「理解している」ことと「試験で正解となる」ことは別のことだ。もちろん、理解していれば「正解になり易いように出題を工夫する」ことは、ありうる。

だからと言って、解答者が理解していれば、採点者は彼の解答を正解にしなければならない、などという文句は全くの筋違いである。
これも言っておこうか。
2012/04/18 23:51
> 学校的お勉強はできる先生が「つくづく簿記って面白くないなあ」と感じる一方で、学校的お勉強が全然できない生徒たちがその先生より簿記ができるようになっちゃったというあたりが、前者のタイプばかりが教育を論じてる教育論ってものをよく浮き彫りにしている
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2012/04/post-72a1.html
あんたのはね、哲学者による教育論なんだよ
2012/04/19 00:00
当然、哲学者ってのは「学校的お勉強はできる」人とか、「簿記って面白くない」と感じる人とかの比喩だけどね。
あっ
2012/04/19 00:03
哲学にしか僕は興味がないので、具体的成果なんてものは出さない、ってか?www
掲示板運営者
2012/04/19 00:08
 マークシートでは機械的に判断することになっちゃいますね。私自身毎年センターを受けているのですが、マークする場所がずれたことがあって、途中で気づいて書き直したことがあります。

 数年前は、数1Aを受けていて、途中で、「あれ、何で俺が得意な確率の問題がないんだ?しまっった!これ、1Aじゃなくて、数1じゃん」となって愕然とした。当然点数はかなり悪かった。

 以来受験生には「数1Aを受けるときは確率から解くとこういうミスを防げます」と指導している。

 √の中には、1,4,8,9は入らないだとか、

そういうこまごまとした“テクニック”がいろいろある。

 途中でミスすると、そこから先の答案が芋蔓式に違ってくる。
積分定数
2012/04/19 07:54
 「こんなのじゃ、数学の力そのもののをちゃんと測れないじゃないか」と高校時代から思っていた。

 「センター試験を受ける人がみんな数学者を目指すわけではない。センター数学は数学の力を見ているわけではない。ちゃんとミスしないように物事を遂行できるか、というのが大事な分野もある。だからあのような出題形式にも意味があるんだ。」

 と何とか割り切るようにしているが、釈然としない。


 生徒には、

「センター数学は水物だから、実力の8割しか得点できないなんてざら。そういうものだと思った方がいい。そうなっても大丈夫なように、国・英・社でもある程度点数を取れるようにしておくように。理系だと最初から古文・漢文を捨ててる人がいるが、ちょっと努力すれば8割程度は取れるから、数学でのミスを0にするよりも費用対効果が大きい」

と言っている。本当は数学そのものを教えたいんだけどね。


センター試験って今更廃止って訳にはいかないのだろうか?
共通一次導入以前に戻すと、何か問題が生じるのだろうか?
積分定数
2012/04/19 08:06
マーク・シート方式は大量の受験者を扱いやすく、採点が簡単で早いという利点があります。
だから足切り用の一次選抜試験に向いているでしょう。
足切り試験は、教科ごとの問題数を少なくして、見直しの時間を確保できることが望ましい。

センター試験は年一回ではなく、毎月実施して受験者の成績の一番良かった回で能力を判断すればいいのでは?
おおくぼ
2012/04/19 09:31
意味論のミック氏が追記

http://d.hatena.ne.jp/mickmack/20111230/1325210380
2012/04/18追記:

 最近、Twitterなどでこのエントリに対する批判らしきものを見たので、少し補足しておきます(「らしき」というのは、結局間違いについての具体的な指摘を見つけられなかったからです)。

 まず「意味論という語をどういう意味で使っているのかわからない」という意見がありました。これは「変数に対して値を割り当てる局面」という意味で使っています。算数ではこの行為を「立式」と呼んでいるようです。

 乗算について、可換性を持つことを否定する人はいません。つまり、構文論に閉じる限り、この問題はそもそも生じません。掛け算の順序が問題になるのは、立式のとき、意味論に足を踏み込んだときです。つまり、この問題は、意味論側の問題だ、というのが私の理解です。従って、可換性という構文論の原理(少なくともそれだけでは)で批判するのは、論拠として適当ではない。これが私の主張です。

 なお、一点、もしかすると勘違いした人がいるかもしれないのでここで明らかにしておきたいのですが、私は別に掛け算の順序を固定する教育法に賛成しているわけではありません。というのも、もしこういう教え方をしてしまうと、「掛け算には可換性がない」と誤解する生徒が出てしまうかもしれないからです。それはそれで弊害が大きい。
積分定数
2012/04/19 09:56


 それでも、立式の際に変数の順序を入れ替えると文の意味が異なる ―― 3個の箱が4つあるのと、4個の箱が3つあるのは違う ―― ことを教える必要はあるので、私としては、立式の際に、単位もあわせて書かせるようするにするのがよいと考えています。それなら、小学生が式の意味を理解しているかどうかもチェックできるし、順序にこだわる必要もありません。

 以上が私の言いたかったことの全てですが、この主張のどこかに「トンデモ」なところがあるならば、私も自分の間違いを知りたいので、教えていただきたい。






>本当は中学生ぐらいで十分理解できる構文論と意味論の区別を知らないまま大人になってしまった人たちの混乱した頭が、親切にも小学生の時点から意味論を意識して教えようとした東京書籍によって刺激されてしまった、


こういう藁人形叩きがトンデモだといっているのだが。


「4人に3個ずつ蜜柑を配る」と「3人に4個ずつ蜜柑を配る」が状況が違うなんてことを理解していない人は、私が知る限り1人もいない。

ミック氏が考えているレベルよりも遙かに深いレベルで議論が行われていることに気づいていない。
積分定数
2012/04/19 09:58
センター試験も足切りの1次選抜にすればいいのに。

先日、大学入試センターから試験結果が郵送されてきた。

物理は72/100 去年は満点。1年間で物理の力が3割落ちた、のではなくて、ケアレスミス。

数学1A 89/100
数学2B 69/100

何年か前は、数学2Bで平均点を下回ったことがあるW
塾の文系の生徒よりも点数が悪くて「先生、何やってんの〜」とバカにされた。

センターって計算が面倒くさいんだよね。特にベクトルと積分。
積分定数
2012/04/19 12:05
http://gokutsubushi-bassist.cocolog-nifty.com/blog/2011/12/post-d87f.html?cid=70453099#comment-70453099
>いやいや。そんな約束はあるんです、残念ながら。少なくとも私は、その約束は学校で習ったぞ。
>これを無視しちゃうとなると、文字の書き順だってどうでもよくなってしまうし、車のブレーキを左足で操作することだってオールOKになってしまう。
積分定数
2012/04/19 16:04
「理科の試験」と「数学の試験」だと、「理科の試験」の方が難しいという場合もあると思う。
「数学の試験」が得意な人でも、「理科の試験」に悩む場合があると思う。
例えば「理科の試験」は前提条件が不明確な場合が多いから、問題作成者の隠された意図を読まなければいけない。
だから「国語の試験」と共通点がある。
おおくぼ
2012/04/19 16:27
http://d.hatena.ne.jp/mickmack/20111230/1325210380 の追記の件

さすがにこの類をマジメに相手をするのはつらい。半可通の知ったかぶりによる藁人形論法。ツイッターでも以下のような指摘がありました。

実質的に半可通の知ったかぶりという指摘→ http://bit.ly/InUwWm
実質的に藁人形論法に過ぎないという指摘→ http://bit.ly/InUJJ1

結構、この議論では理系出身者による半可通の知ったかぶりな発言が目立ちますよね。
くろきげん
2012/04/19 17:21
 理系の順序擁護の特徴は、

「無条件にバツを付けるのは反対」と言いつつ、なんだか“高尚な”理屈で蒟蒻問答的に順序を擁護して、「順序がないと言っている人はそこが分かっていない」と悦にいる、

というのが一般的なパターンですね。数教協系の人でもこういう人がいる。

 反順序派が何を主張しているのか、そこをまず見てから持論を述べて欲しい。
積分定数
2012/04/19 21:39
>問題作成者の隠された意図を読まなければいけない。

1,2,3,□,5,6,・・・

□に入る数字は何か?

なんてのは、意図を読まないとならないんでしょうね。どんな数字でも、数が並んでいれば数列だとか言っちゃいけないんだろうな、何てことを考える。
積分定数
2012/04/19 21:47
>>問8 ある物体中の放射性物質の量を測定
>>したところ、

>「物体」などと言ってしまっていいんで
>すかね?

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%94%BE%E5%B0%84%E5%B9%B4%E4%BB%A3
には、
 「炭素なら、生物が死んだ時点」
 「鉱物なら結晶化した時点」
と書いてあります。

前段では「岩石や地層」と言っているので
「物体」というのもそれらを指したつもり
なのでしょうけれど、問8だけ取り出して
伝えられたら…。
それともこういうのも
 「そこまで面倒見られん」
ということでしょうか。

>「粘土板」とか。

「八岐之大蛇の逆襲」という映画(?) の中
で、放射性炭素で粘土板の年代測定をした
と言っていましてね。
 まああの時代、(しかもアマチュアの作品)
で放射性物質による年代測定という事を言
っただけで十分SFマインドがあると見な
されたのでしょうけど。
ゴルゴ・サーディーン
2012/04/19 22:27
http://blog.goo.ne.jp/kei_matsuura2007/e/68f11072e30f67ee4b697649641c9817

>西林克彦,あなたの勉強法はどこがいけないのか?ちくまプリマー新書105 (2009).

>著者は例として小学校の割り算と掛け算についてもページを割いて解説している。
「1あたりの量」という統一的な視点に基づけば,割り算と掛け算を統一的に理解でき,具体的な文章題で割り算を使うのか,掛け算を使うのかを見分ける有効な視点も身につけられるということを力説するのである。
小学校でなぜ掛け算の順序についてうるさく言うのかについての著者の見解も述べられている(95ページ)。僕はその説は説得力があると感じている。

これは僕の見解であるが,文章を簡略化したのが数式だという観点に立つと,数式の意味する内容を文章に起こせなければならない。
その際,日本語の構造と相性の良い「語順」ならぬ「記号順」が生じるのは自然なことではないだろうか。
それは,どことなく「右利き」と「左利き」と同じようなものであって,順番の決め方に必然性があるというものではなく,文化によって決まる「好み」のような型である。
数式の意味,ないしは解釈もこみで掛け算は導入しなければ実際の生活で役に立てられないのであるから,掛け算の式にもおのずと文章による解釈がつきまとう。その際,読み方を何らかの形で固定しておかなければ初学者は混乱してしまうのではないだろうか。
積分定数
2012/04/19 22:59
これも理系の順序派 途中から読むのが面倒になった。
http://shinmetry.tumblr.com/
積分定数
2012/04/19 23:17
>おそらく、前出の人たちは
「掛け算とはなにか」
という一番基本的な部分を忘れてしまっているからあのようなことが
言えてしまうのではないかと思います
つまり、掛け算とは何かをはっきり知らずにただ使っている状態です
これによって問題がでるようなことをやってる人も少ないでしょうが
論理の根っこが欠落した状態
これでいいんでしょうかねぇ
少なくともベターではないと思います
まず、掛け算の定義をしっかりたたきこんでもらってから
あとから計算の技として交換法則、結合法則などをつかっていく
定義や法則を知った後は、それを使ってどのような発想をしても自由
それが数学であり、算数だと思います
これに関しては、今の学校教育は間違っていないと思いますが
いかがなもんでしょうか
別に画一的な教育ではなく、単に数学的ってだけにしか
僕には見えませんが



かけ算の概念をしっかり理解したら、前後の意味の違いなど幻影だと分かるはずだが・・・・
積分定数
2012/04/19 23:23
http://shinmetry.tumblr.com/ も典型的な半可通。

論理的能力に自信がないことが原因で証明に必死になり過ぎて、掛算の可換性の背景や本質に思いをはせることができなくなっている。

実は算数のレベルの掛算の可換性はものすごく普遍的な話。

(a+b)+c=(a+b)+c (これを使って足算に関する括弧を略す),
1×1=1,
(a+b)×c=a×c+b×c, a×(b+c)=a×b+a×c (分配法則)

という条件を仮定すると(掛算の可換性も結合律も仮定しない)、1+1+…+1 たちの掛算は可換になり、結合律も満たします。

たとえ掛算が可換性も結合律もみたしてなくても、分配法則さえあれば、1+1+…+1 たちに制限された掛算は可換性と結合律が自然に満たしてしまうわけです。

この事実は掛算をどんなに拡張しても算数レベルでの掛算の交換法則と結合法則は保たれ続けることを意味しています。(まあ、あたりまえのことです。)

ぼくが数学を教えるときには「証明ができた程度でわかったつもりになってはいけない」と常に強調しています。算数レベルの掛算の可換性に関する論理を重視するならば、掛算の可換性をどのような数学的仕組みが支えているかについて理解していなければ駄目。

そもそも算数教育にいて論理的な厳密性にこだわるのは間違った考え方だと思う。教える側が教養として優れた論理的能力を持っていることはとても好ましいことだと思いますが、子ども相手にいきなり論理的厳密性を要求するのは馬鹿げている。直観的に数学的な本質が伝わるような教え方をするべきだと思う。
くろきげん
2012/04/20 09:36
相手に論理性を要求することと、相手が混乱しないように論理的に教えることは、別の話だからね〜。

そして、少しくらいは要求する場面があって良い。
ただね〜
2012/04/20 09:51
一つ前に 1+1+…+1 たちの掛算の可換性と結合律の普遍性について説明しましたが、その話を適切に拡張すると実数の掛算の可換性と結合律の普遍性の話まで簡単に拡張できます。

整数や有理数の掛算の可換性と結合律は自然数の掛算の可換性と結合律の帰結です。そして有理数の極限で表わせる数の掛算の可換性と結合律は有理数の掛算の可換性と結合律の極限として証明されます。

実は「有理数の極限で表わせる数」の定義・構成の仕方は一通りではありません。普通に「差の絶対値が小さいほど近い」という考え方で極限を定義すれば実数が得られる。各素数 p ごとに、「差が素数 p でたくさん割り切れれば割り切れるほど近い」という考え方で極限を定義すれば p 進数が得られます。

というわけで、自然数の段階で成立する様々な法則は、負の数を導入した整数、分数を導入した有理数、さらに「有理数の極限で表わされる数」たち(すなわち実数と p 進数)まで次々に遺伝して行くわけです。
くろきげん
2012/04/20 09:52
証明できたというのは、「正しいことが分かった」ということだけどね
おっと。
2012/04/20 09:57
 かけ算を理解してしまうと、交換法則だの結合法則だの分配法則だのは殊更意識しないで当たり前のこととして使いますよね。

↓こういう、法律の条文を覚えるように「きまり」を意識させる問題は疑問である。


とある問題集から


つぎの計算はア、イ、ウのどのきまりを使っていますか。記号で答えましょう。

ア 2つの数を入れかえて計算しても答えは同じ
イ 順に計算してもまとめて計算しても答えは同じ
ウ まとめてかけても、別々にかけて計算しても答えは同じ

(1)3.8+4.3=4.3+3.8
(2)7.5+2.1+0.9=7.5+(2.1+0.9)
以下略


イなんか言っている意味が分からない。
積分定数
2012/04/20 11:53
内包量・外延量などというナンセンスな概念を子どもに教えることで弊害があるのでは?と思っているが、あながち的はずれではないようだ。

宮城教育大学紀要 第44巻 2009
http://www.lib.miyakyo-u.ac.jp/library/Outline/Publication/kiyou/44kiyopdf/44_237-250.pdf

>教師は「センチ分のグラム」などと単位をつけて考え
ているけれど、……子どもは、単に「グラム」としか
考えていな。つまり、1(センチ)のときの「重さ(グ
ラム)」というふうに考えているのが実際である。
 子どもの論理はどういう論理であるか。たとえば、
6と12、6センチのときに12グラムだとする。そのと
きに教師は12グラム÷6センチとして、だから2グ
ラム/センチ(=1センチあたり2グラム)と考えさ
せたがる。これは、昔から数学教育研究協議会(数教
協)が金科玉条に「割り算というのは1あたり量を出
す演算」なのだ、単位で割るのだ、しかも量と量との
計算だということを、くりかえし言い続けてきてい

>何度も言うように、日本の数学教
育・算数教育は、AとBとでやりたがる。「異なる量」
でやりたがる。そして「新しい量」だ、「内包量」だ、
とやりたがる。それで何人もの子どもたちがわからな
くなる。わからない子どもは頭が弱いとされる。考え
る力がたりないとされる。
積分定数
2012/04/20 12:25
数学の問題でも「問題作成者の隠された意図」を読む必要があります。
でも国語と違って、「問題作成者の隠された意図」を読み違ったから「答え」が違うということはほとんど無いと思う。
数学は公理主義が主流なので、公理と推論規則を共有していれば、「答え」は固定される。
数学の場合は、前提条件と推論規則が明確です。
だから数学は、国語よりも普遍性があるのです。
国語のルールが地域の習慣に強く依存するのに対して、数学のルールは国際的です。
だから「掛け算の正しい順序」の根拠に、「日本の習慣」を持ち出すのは無理なわけです。

「現実」を根拠にする人は、「数学と科学の違い」を意識していないと思う。

「意味」を根拠にする人は、掛け算を理解していないだけだと思う。
初歩的な誤りだと思うのだけれど、数学に詳しい人でも「意味」を根拠に「掛け算の正しい順序」を主張する人が目立つので、驚いた。
おおくぼ
2012/04/20 14:26
>1,2,3,□,5,6,・・・
>□に入る数字は何か?

『クリプキ―ことばは意味をもてるか (シリーズ・哲学のエッセンス)』(NHK出版)飯田隆:著
・・・を連想してしまった。
おおくぼ
2012/04/20 14:30
http://www5b.biglobe.ne.jp/~nabe2051/chitekiseikatsu/titekiseikatu.htm

>【02月25日 土曜日】
 地区協委員会に参加してきました。2010.6.20に委員長を退任してから、本当に久しぶりの出席です。参加の目的は、例の「かけ算の順序・・・」のやりとりの経過報告と、地区協組織への謝罪のためでした。不本意ながらも組織へ迷惑をかける結果になったのは事実ですからね。まあみなさん、相手(対応)にしない態度に徹して見えますが、名指しで批判・中傷された私は、そうはいきません。教育者として、子どもたちに“高いレベルの科学をやさしく教える”という課題にどう取り組んでいくべきかを論点に、しつこく質問していこうと思います。 私からの質問を待ち望んでみえるはずですから、早くしないといけませんが、教育という学びの場に立って、論議していけるかどうかの確認がとれなくなってしまっていますから困るのです。何も生み出さない不毛な論議をしているほど、暇ではありませんからね。

>だから、外野から見ていて、「あれは教条主義だ」「順序派だ」とレッテルはりをして、喚いているだけじゃあ、進歩がありません。自己満足や趣味の域を脱しないとねえ。 私は、こうしたレッテル貼りの好きな人たちは、きっと科学は唯一絶対的なものととらえ、科学の進化を受け入れない人たちだなあと思うのです。
積分定数
2012/04/20 14:52
メタメタさんの最新記事がよくわからない。

> 数学論派の主張では,数学とは,定義,公理の記述から始まるものであり,おはじきなどの数学の外にあるものを使ったら数学ではないということになるのでしょう。

そうなの?

> そして,現在の公理主義的数学観では,数学は,数学の記述の中にしかないというのが主流であり,したがって,記号列で指示された通りにしか・しない・できない・コンピュータと同じように,教科書の記述通りにしか・しない・できない・子どもにすることが,算数数学の教育だと思っている人もいる。

公理主義を誤解している気がする。
おおくぼ
2012/04/20 15:31
おおくぼさん

議論していただきたいところなのですが,mixiには登場しない方針でしょうか。

公理主義で,ヒルベルトの「点,直線,平面というかわりに,テーブル,椅子,・・・」の発言を念頭に置いています。
メタメタ
2012/04/20 15:43
 ここで議論でもいいと思うけど。
積分定数
2012/04/20 17:34
ミクシィというシステムを高く評価していますが、私は公開制でないと議論するつもりはありません。
メタメタさんが「ミクシィでないと議論できない」という立場なら、尊重します。
無理に議論することはないと思います。
私の批判は重箱の隅つつきなので、無視しても構いません。
メタメタさんの主張の大筋は変わらないとはずです。

私の主張は、
1 おはじきや道具を使っても数学であることには変りない。

2 公理主義だからと言って、「自分で証明をしないといけない」ということはない。
他人が証明したことは、自明として使ってもいい。

3 公理主義だからと言って、「教科書の記述通りにしなければいけない」ということはない。
教科書の記述に間違いがあれば、自分で訂正しても構わない。
あるいは教科書に書いていない理論を発見しても構わない。
おおくぼ
2012/04/20 17:55
 あ,私はmixiの方が公開度が高くて,ここは個人のブログだから,閉鎖性が強いと思っていました。あやうくmixiに書けないボヤキグチを書こうと思っていたのですが,書かなくてよかった(苦笑)。
 ここは技術的にレッドカードはできないんですね。
メタメタ
2012/04/20 18:21
ボヤキや愚痴にはツイッターが向いていると思います。
ツイッターは思いつきを書くのに便利です。
使い分けをするといいでしょう。
おおくぼ
2012/04/20 19:04
http://ameblo.jp/metameta7/entry-11228167818.html

ぼくも「現在の公理主義的数学観では,数学は,数学の記述の中にしかないというのが主流」という言い方は止めた方が良いと思いました。

たぶんぼく以外にも多くの数学者が言っていることだと思いますが、「数学をわかっていること」と「純粋に論理的な証明によって正しいことを確認できること」は全然違います。

しかし、多くの場合に証明は結構面倒で場合によってはつらい作業になるので、証明を理解したときには相当な達成感が得られる場合が少なくありません。

だからこそ、高等数学の教師は生徒に「証明を理解できてもわかったつもりになるな」と言わなければいけなくなるのです。変に論理的厳密性のみにきまじめな生徒ほどこの警告は重要になると思います。

続く

くろきげん
2012/04/20 20:09
続き

「単に証明が正しいかどうかは純粋に記号論理の問題に過ぎない」という事実自体は大したことではありません。

しかし、もしもその事実を理由に数学は決められた定義から出発して許された推論規則だけを使って結論を証明して行くことだのように思っている人がいるとしたら、それは単なる半可通のひどい誤解に過ぎません。

他にも「出発点で採用した定義を忠実に守り続けなければ論理的な考え方にはならない」のような考え方もみかけます。これもまた数学知らずの半可通の考え方。

さらに「自然数の掛算の可換性の証明はこんなに大変なんだから、掛算の可換性が自明であるかのように教えてはいけない」というように考える人もいるようですね。これも屑同然の考え方。

おそらくメタメタさんもこの手の屑をなんとかしたいと思って最近のブログ記事を書いたのだと思います。そこはよくわかるんだけど、数学について「○○主義」という言葉は使わない方が良いと思う。屑は屑であることがわかる名前を付けるべきだと思う。
くろきげん
2012/04/20 20:10
>「証明が正しいかどうかは純粋に記号論理の問題に過ぎない」

よくある誤解だな。まず、認識しなければならないのは、

「(通常の意味での)証明」と「(証明論で言うところの)形式的証明」は別物である

ということ。「証明」は数学的実体に対するものであって、したがって、完全に厳密ということもありえない。
掲示板って…
2012/04/20 21:14
私は大学で数学をやらなかったので,屑に対してコンプレックスがあるのだと思います。
屑を屑と捨て去ることに躊躇が残っている。屑とつきあうと何の実りもない議論に巻き込まれるだけ,というのは,この数年,痛感しましたが。
メタメタ
2012/04/20 22:01
http://www.titech.ac.jp/file/press_20120419.pdf

>最近、リーマン予想(注3)、位相幾何学(注4)、八元数(注5)、など自然科学とは一見何の関係もない純粋数学が実は密接に自然科学と関係することがわかりつつあり、現代数学と自然科学の新たな展開が始まっています。
本研究成果の今後の展開として、電子状態以外に図1の物質系の光学物性・熱物性・電子伝導物性など、理論予測されているリーマン幾何学的効果の実証を行うことにより、現代幾何学と物質科学の新たな学問体系(物理量と幾何学数量との相関関係)を世界に先駆けて構築することが期待できます。
M
2012/04/20 22:23
ツイッターからの拾い物
参考になります。

http://www.bunkyo.ac.jp/faculty/kyouken/bull/Bull11/hasegawa.pdf
小学校算数の教科書の現状と課題 長谷川雅枝(文教大学教育学部)
積分定数
2012/04/21 09:03
既出の↓なんか典型例

http://shinmetry.tumblr.com/
なぜ、こんな証明を書いたかというとm×n=n×mが成り立つというには、これだけの証明が必要だということを示したかったからです
これを小学生に「当たり前だからいいのよ」というのは無理があると思います
まず、上記の証明にも使っていますが
m×n=m+m+・・・・・・+m (mのn個の和)
ということをまずしっかり学ばなくてはなりません
逆に言うと、これを知らないと基本が欠落している故に
将来的に上記の証明ができない小学生の出来上がりですね
あくまで積の定義は(少なくとも学校で一番最初に教わる定義は)
m×n=m+m+・・・・・・+m (mのn個の和)
です

ネットでかけ算の順序について読んだのなら当然カード式について知っていると思うし、知らなくても格子状に並べれば可換であることぐらい分かりそうだけど、

この人の、積の可換性の認識は、「自分がやった範囲では可換」「そう教わったから」、そして“証明”して納得した

ということだろうか?
積分定数
2012/04/21 09:15
長谷川雅枝氏は反順序派のようです。数教協批判もあります。
http://www.bunkyo.ac.jp/faculty/kyouken/bull/Bull11/hasegawa.pdf
積分定数
2012/04/21 20:42
かけ算をどう教えようとある意味かまわないと思うんですが、教えた以外のやりかたを、たとえ正しいことであってもバツにするのが最大の問題じゃないかな。解釈の多様性を許容しない。何が正しいのか正しくないのかの基準が間違っているのも問題。
M
2012/04/21 21:34
http://citizen.nobody.jp/html/201202/20120207.html
「8×6=48」は間違いです。
かけ算の式には順序があります。
かけ算の式自体に意味があるのです。
この問題の場合、「8×6」では意味を成さないのです。
かける順番を入れ替えても同じなのは「数値計算」の部分のみです。
数値計算はどの順番からかけていっても同じ数字になりますが、
かけ算の式には意味があり、「かけられる数」と「かける数」にはそれぞれ深い意味があります。
ネット上には非常に多くの記事で「かけ算には順序はない」とか「×の前後を入れ替えても正解だ」
といったことが書かれていますが、それらは全て間違いです。
これは数論とか大学で習うような小難しい高等数学の話ではなく、本当に基本的なそもそもの「かけ算の意味」の話です。
「a×b」はあくまで「aをb倍する」という意味です。「bをa倍する」では決してありません。
文章問題の内容によって、「a×b」が正しいのか「b×a」が正しいのかを正確に理解しないといけません。
上の問題で言えば、「6×8=48」と「8×6=48」は完全に異なる意味だということを理解しなければなりません。
積分定数
2012/04/21 21:57
>何が正しいのか正しくないのかの基準が間違っているのも問題。

「答えさえ合えば何でもいい」というようにして欲しいです。

「算数・数学は答えが出ればいいのではありません。過程が大切です」

というけど、答えが合っていれば過程が正しかった蓋然性が高い。「正しい式」でも、「みはじ」に当てはめているだけかも知れない。

0.5mで200gの棒は1mで何g?

これを、200×2 だとバツで 200÷0.5だと○

だなんて、教えている側が理解していないとしか思えない。
積分定数
2012/04/21 22:02
小学校で文字式をやることになったというが、これでは中学校で困ることにならないのだろうか?
http://twitpic.com/9ce02e
積分定数
2012/04/21 22:14
中学で3x-80という式が出てきたら
「せんせーそれはバツだって小学校で習いました」
「小学校と中学校は違います」
と理不尽に理不尽が積み重なっていくんだろうか…
M
2012/04/21 22:53
>長谷川雅枝氏は反順序派のようです。数教協批判もあります。
http://www.bunkyo.ac.jp/faculty/kyouken/bull/Bull11/hasegawa.pdf

このコメントは勘違いです。無視して下さい。
積分定数
2012/04/21 23:07
>「せんせーそれはバツだって小学校で習い
>ました」

 これが中学校教師の知るところとなれば、
さすがに
 「小学校ではそう教えてるだと?
  けしからん!」
という話になると思うのですが。


 1970年代ぐらいに、小学校では 3項以上
の足し算でとんでもない事をやっていました。
 その教え方:
  A+B+C = A+B
        = D+C = E
 ( ただし、D とは (A+B) の結果です。)

 つまり、「 A+B だけ先に処理する」とい
う段階で C を書かないのです。
 現在ではこういう事をしないようになっ
ているようです。これは中学校から批判が
巻き起こったために違いないと思っている
のですが、確証が得られていません。
ゴルゴ・サーディーン
2012/04/21 23:30
メタメタさんのブログ最新記事で紹介している『小学校算数指導資料T 数と計算の指導T』1961年の主張がかなり変。

http://ameblo.jp/metameta7/image-11228643963-11927161389.html
おおくぼ
2012/04/22 00:28
 この61年『数と計算の指導T』の文書の文部省側の担当者は中島健三さん一人なので,たぶん中島さんが書かれたのではないでしょうか。なんかいろいろ勉強したが,それがまとまっていないという印象があります。
 58頁には,「乗法には交換法則が成立するから(被乗数と乗数との区別はしないから),乗法の逆算として除算を考えた場合には,その意味は一つである。しかし,自然数の範囲では,この除法がいつでも可能であるとはいえない。たとえば,7÷3は,7=3×χとなる自然数χを求めることであるが,これに該当する自然数は存在しない。すなわち,自然数の範囲では,7÷3は不可能であり,これを乗法の逆算として解決することができないのである。しかし,実際には,7÷3も除法であるとし,その商は2,余りは1であるとしている。これは,除法には乗法の単なる逆算としてのほかにも意味があることを示すものといえよう。この意味を明らかにするには,抽象化された自然数ではなく,その母体である順序や集合に立ち返って調べなければならない。」

 何か一生懸命考えて勉強して独自な説を展開しているような感想を持ってしまう。こんな独自理論が算数指導の資料として価値があったのだろうか。
 でも,交換法則が成立するということは,被乗数と乗数との区別をしないということだ,と言っているのは,おお文部省がそこまで言ってくれるのなら,当然かけ算の順序の意味はなくなりますよね,と突っ込むところとなる。
メタメタ
2012/04/22 01:40
中島健三さんは数直線を使った小数の乗法の指導で有名ですね。
ググッたらこんなのがありました。

http://www.pref.shimane.lg.jp/matsue_kyoiku/kyoikutenbo_46/kyoikutenbo_46.data/sansu_46.pdf

中島健三さんの文章ではありませんが引用します。

>(2) 立式の根拠を確かめる学習を繰り返し取り入れる。
>第1学年から第6学年まで,四則計算の導入や,小数や分数の乗除法の単元だけでなく,四則計算の逆を学習する小単元,問題文に書かれている数の順が,式に表すときの順と異なる問題を学習する時間などにおいても,計算の意味について丁寧に指導する必要がある。
>このような単元や時間には,児童一人一人に立式の根拠を考えさせ,互いに検討し合う活動などを通して,言葉や図などの立式の手立てを指導することが大切である。
>たとえ筆算の学習など主に計算の仕方を指導する単元であっても,問題文を読んで立式をする際,その根拠を確かめる必要がある。
>「どうしてかけ算を用いるのか」「なぜ4×5としたのか」などと問い,「4の5個分だから」「4の5倍だから」などの言葉と,線分図などを根拠にして,二桁や三桁の数に広がった場合もこれまでと同じようにかけ算を用いることができることを確かめることが大切である。
>このような場合,時には教師がそれらの根拠を示し確認することも考えられる。
おおくぼ
2012/04/22 04:09
>ゴルゴ・サーディーンさん
>1970年代ぐらいに、小学校では 3項以上
の足し算でとんでもない事をやっていました。
 その教え方:

これは、一部の教師が“私的工夫”として、こうしていたということでしょうか?
積分定数
2012/04/22 07:18
中島健三さんの著作は共著を含め、かなりあるみたいですね。
『新しい算数と集合』 明治図書出版 (1969年)という本もあります。



小数の割り算・掛け算の意識調査

http://math2.ed.niigata-u.ac.jp/~jour/vol.43/%93c%92%86%97R%94%FC%8Cb2.pdf

こういう調査を読むと、乗数と被乗数を分けて交換法則は無かったことにした方が、教師としてはラクなのかな〜?と思ったりします。
おおくぼ
2012/04/22 12:01
補足

http://www.edu.yamanashi.ac.jp/graduate/research/11%E9%88%B4%E6%9C%A8.pdf

この調査を読むと、数直線を使った「文章題の立式」は、数直線を使わない場合よりも難しくしている気がする。
おおくぼ
2012/04/22 12:07
> 「モノを長方形型に並べる」といういつものあのやり方
http://twitter.com/#!/genkuroki/status/193964468928122881

これは、交換法則の証明だがな。「トランプ配り」も交換法則の証明。
交換法則を教える前に、「順序はどちらでもよい」とすると混乱する。
あほ
2012/04/22 18:16
>これは、一部の教師が“私的工夫”として、
>こうしていたということでしょうか?

すみません。
これは n=2 だけの話です。
(私自身がそう教わったのと、私がバイトで
 教えた中学生がやはりそう教わっていた、
 というだけです。)
ゴルゴ・サーディーン
2012/04/22 21:22
http://ameblo.jp/metameta7/entry-11228167818.html における
「現在の公理主義的数学観では,数学は,数学の記述の中にしかないというのが主流であり、〜」と
「算数数学の教科書の外に算数数学の世界が広がっていて,教科書はその入口の一つに過ぎないと考えている人もいるし,私もそう考えます。」
という対比の仕方はやはり相当にまずいと思います。ものすごくまずい。

完全に仕切り直して以下で少し詳しく説明したいと思います。以下長くなります。

ぼくが書いたものでよく強調されていることは「掛算などの数学的仕組みの解釈の多様性を認めること」です。最近ではツイッターで「見方が広がるごとに掛算などの数学的仕組みのとらえ方もどんどん変わって行くこと」の重要性も強調しています。

さて、「同じ個数を含むかたまりが複数個あるとき全体の個数をかけ算で計算できる」という流儀で掛算を導入したとしましょう。ついでに掛算の順序を「一つのかたまりに含まれる個数×かたまりの数」ということにしましょうか。

そして実際にこの方法で教える場合には具体的な場面を用意して日常で出会う可能性があるモノの個数を求める問題にしてしまいます。メタメタさんの意味で「数学の外」の話を利用しているわけです。

続く
くろきげん
2012/04/22 21:52
続き

しかし、そのように便宜的に利用した具体的場面たちと「掛算の意味」を同一視し、さらにその意味付けを動かせないものとしてしまうと大変困ったことになるわけです。

なぜならば、数学的仕組みは様々な場面しかも物理的にも心理的にもまったく異なる場面であっても共通して成立している性質を抽象化したものです。算数で教える数学的仕組みはすべてそういうものです。

もともとそういうものなのに、それを特定の具体的場面たちと掛算を強く結び付けたままで最後まで押し通そうとすると、あちこちで不合理な考え方を子どもたちに強いることになります。この点についてはここではこれ以上詳しく説明しません。

さてここで問題です。「物理的にも心理的にもまったく異なる場面であっても共通して成立している性質」をどのようにとらえて「抽象化」すればよいでしょうか?その一つの答が現代の数学のスタイルなのです。

現代の数学のスタイルではどのような数学的な対象やアイデアであってもそれを導入した動機から完全に離れた全然別の場面に応用することができます。

そして具体的な応用場面を忘れても数学内部でその仕組みの正しさを確認できるという事実はすぐ上で述べた数学的自由を支える重要な支柱の一つになっているとぼくは考えています。

続く
くろきげん
2012/04/22 21:53
続き

以上のような理由で、数学内部でその仕組みの正しさを確認できるという類の話と具体的応用先を思い浮かべながら数学的仕組みについて学ぶことが互いに敵対するかのように考えるのは誤りです。

数学では、学ぶための便宜として具体的応用先の一つを利用して概念やアイデアを理解してしまえば、便宜的に利用した具体的応用先とは物理的にも心理的にも完全に異なる場面にもその概念やアイデアを応用する権利を手に入れられるのです。

ぼくが「掛算の意味」という言い方を止めて「掛算の解釈」という言い方を広めて、解釈の多様性を強調するようにしようと呼びかけた背景には以上のような考え方がありました。

「数学は,数学の記述の中にしかない」のように考えている人は単なる半可通だとみなして問題ありません。

物理的実在であろうがデジタルワールドのバーチャルな存在であろうが、何であろうが、ひとたびうまく行く数学的仕組みを発見できてしまえば、潜在的にそれはあらゆる場所に応用可能になるのです。

多くの数学者は「数学はどこにでも存在する」と言ってもらった方が喜ぶと思います。

続く
くろきげん
2012/04/22 21:53
続き

そもそも「現在の公理主義的数学観では,数学は,数学の記述の中にしかないというのが主流であり、〜」とメタメタさんは述べていますが、そのような考え方は「主流」でしょうか?「現在の公理主義的数学観」の中に限定すれば「主流」という意味でしょうが、その「現在の公理主義的数学観」を信じている人はどこにいるのでしょうか?

上に述べたように、実際にいるとしてもそれは単なる半可通のわからんちんに過ぎません。半可通のわからんちんの考え方であるならばそうであることがわかる名前を付けて批判するべきだと思いました。

「現在の公理主義的数学観では〜」のような言い方だとまるでそのような考え方がまともであるかのように通用している分野があるかのような響きを持ってしまうと思う。

現在の高度に抽象化された数学の姿と動機になった応用先を離れた場所への応用が自由にできることは密接に関係があると思います。数学的概念とアイデアの解釈もしくは応用先の選択の自由の認識は算数の段階でさえとても重要だと思います。

1、2、3、…のような最初に習う数の概念の段階でまさにそういう話になっていると思います。
くろきげん
2012/04/22 21:58
> > 「モノを長方形型に並べる」といういつものあのやり方
> これは、交換法則の証明だがな。「トランプ配り」も交換法則の証明。

「小学校では、そもそも証明をしません」などとバカ発言する奴を、どうにかしないとね〜♪www
掲示板は デ タ ラ メ でした
2012/04/22 23:05
「反順序派、かつ、お友達」のバカ発言を咎めないのかな?

>「数学的に正しい式なら何を書いてもいい」などというナンセンスな話はしていません。数学的に正しい式だけを並べて「数秘学」を行うことはいつでも可能ですが、それはナンセンスです

順序派の人達は「秘数学」にならないように、わざわざ書式を指定している訳だけどな。それとも、小学校の低学年に、(題意を満たすことを)普通に証明することを求めろ、とでも?
あほ
2012/04/22 23:18
メタメタさんの記事は「公理主義的数学観」という言葉を使わなければ納得できます。
「公理主義的数学観」という言葉の代わりに「硬直した数学教育」とか「柔軟な思考を拒否した数学教育」とでも言えばいいと思う。
「硬直した数学教育」を批判した本で連想したのは佐伯胖さんの『子どもが熱くなるもう一つの教室―塾と予備校の学びの実態 (今ここに生きる子ども)』(岩波書店 1997年)です。
絶版ですが、アマゾンで見たら中古で144円からありました。
ちなみに掛け算の正しい順序に少し触れている箇所があります。

最近読んだ数学の啓蒙書だと『とんでもなく役に立つ数学』(西成活裕:著)が良かったです。
西成活裕さんは「渋滞学」で有名な先生です。

おおくぼ
2012/04/22 23:57
メタメタさんが紹介している『小学校算数指導資料T 数と計算の指導T』(1961年)は、桜井進さんの『感動する!数学』と似ている。
桜井進さんは「順序数」や「抽象化」という言葉を使っていないけど。
「順序数」や「抽象化」と言えば正しくなる訳でもないのだけれど。
小難しいことを言っても間違いは間違い。
おおくぼ
2012/04/23 00:14
>「乗法には交換法則が成立するから(被乗数と乗数との区別はしないから),乗法の逆算として除算を考えた場合には,その意味は一つである。
>しかし,自然数の範囲では,この除法がいつでも可能であるとはいえない。
>たとえば,7÷3は,7=3×χとなる自然数χを求めることであるが,これに該当する自然数は存在しない。
すなわち,自然数の範囲では,7÷3は不可能であり,これを乗法の逆算として解決することができないのである。
>しかし,実際には,7÷3も除法であるとし,その商は2,余りは1であるとしている。
>これは,除法には乗法の単なる逆算としてのほかにも意味があることを示すものといえよう。
>この意味を明らかにするには,抽象化された自然数ではなく,その母体である順序や集合に立ち返って調べなければならない。

これって・・・
1÷3=0.33333無限に続く
1/3 × 3=1
と同じ話かな?
「掛け算の正しい順序」とは関係ないと思う。
おおくぼ
2012/04/23 00:32
>ゴルゴ・サーディーンさん

了解しました。状況は分からないのですが、複数の事例があるということは、そういう教え方が一部であったのかもしれですね。

 私自身も、小学校の時に「0は奇数でも偶数でもない」と習った記憶があります。6,4,2と偶数なんだから、その並びで言ったら0も偶数じゃないのかと腑に落ちなかったのですが。ただそのことで混乱すると言うこともなく、中学では「0は偶数」と教わり、「やっぱりそうか」と思いました。

 ゴルゴ・サーディーンさんの挙げた事例だとか、「みはじ」だとか、「問題に対して、唯一の解き方のみが正しい」というのは、後々まずい影響を与えると思いますが。
積分定数
2012/04/23 07:15
「授業構成再考」全国算数授業研究会 東洋館出版社
p112 3年「わり算」 違うけど同じだよ 対立する意見を大切にする授業構成

 わり算には包含除と等分除がある。前回の授業、包含除の問題でわり算を導入。で、今回、包含除の問題に取り組む。「わり算の学習だからわり算」と考えてしまう子もいるが、・・・。

 というような流れで

12個の団子を4枚の袋に入れるときに何個ずつか、が3個ずつとなった段階で

4×3=12 3×4=12 どちらでもいい?

と質問して、挙手する子はいない。

>2年生のときに、「1つ分」×「いくつ分」=「全体」という言葉の式を使って、この順番や役割をじっくり学習したので、どちらかが正しい、という記憶が鮮明にあるようだ。また、前時にも「わり算は、4×□=12の□を求める計算」と位置づけた。これが身についていれば、正しく判断するはずである。
「意見を言いたい人はいますか」
「3個のものが4袋だから、3×4の順だと思う」
「1つ分は3だから、3×4だと思う」
「問題の最初に4枚と書いてあったので、その順番にしてしまいました」
間違いを自分から認める、という態度は、素晴らしいと誉める。

で、今回は□×4=12の□を求めることになるが、これも「わり算」としていいのか?という話になり、

カード配りを考えたら、12−4−4−4=0で累減だから、わり算だとなる

>等分除は、個のように包含除のやり方でも説明できる。だから、「わり算」として、操作の仕方でも統合できた
積分定数
2012/04/23 12:18
私は、これは納得行かない。だって、「等分除も包含除とは同じ事になるから同じ『わり算』だ」というなら、なぜ、かけ算でその考えを適用しないのだろうか?


>これが身についていれば、正しく判断するはずである。
>間違いを自分から認める、という態度は、素晴らしいと誉める。

という文言からこの人がかけ算には順序があるという立場なのだろう。


カード式で、「1つあたり」と「いくつ分」を逆転するにも関わず、あくまでかけ算に順序があるとしながら、わり算に関しては、どちらも同じとなってしまう。

ダブルスタンダードに思えるのだが・・・・

私のブログより
http://suugaku.at.webry.info/201102/article_17.html
>かけ算の順序に拘る人は、等分除と包含除の区別に関しては、意外に無頓着である印象を受ける。
>なお私が言いたいのは、
「かけ算の順序に拘るのなら、割り算の等分除・包含除にもっと拘っていいはずだが、割り算の方はあまり拘っていない。ということは、かけ算の順序に拘る意味も最初からなかったんじゃないの?」ということであって、「割り算もかけ算同様に拘れ」ということではない。
積分定数
2012/04/23 12:26
くろきげんさん

教育の利便性(疑問ですが)からかけ算の順序にこだわる「教育論的順序派」を,ペアノの公理系だとか,群だとか,4元数だとかを持ち出して擁護する半可通の立場のネーミングとしては,「数学病的順序派」というのを考えましたが,私自身が数学四分之一可通なので,数学という学問の根拠については,さらに考えたいと思います。
 私の疑問の1つに,藤沢利喜太郎の1895年(1902年訂正版)の『算術條目及教授法』の次の一節があります。
「けだし,不尽数の自然的,数学的なる解釈を得て,量と云う観念を純粋なる数学より排除することは数学者多年の希望なりしなり。デデキンド,ベルトラン,カントル,タンネリー,ジニー,ハイネー,ワイアシトラス,クロネツケル,リプシツツ等諸氏のこの事に関する尽力の功は空しからず。今日は最早,外物の補助を借らずして,純粋の数学的道行きにより不尽数を整数分数より導き来ることを得るようになれり。算術,代数,整数論,微積分等の数を論ずる数学諸科をして,数以外の観念より純粋にせんとする数学社会多年の希望は満足せられたり。」

 1,2,3,・・・は,歴史的には,物の多少の量に命名することから始まったはずですが,この「外物の補助」を排除することを,純粋数学は希望していたのでしょうか。
メタメタ
2012/04/23 14:50
おお、メタメタさん、19世紀の終わりに書かれた数学の本の紹介ですか!19世紀のヨーロッパは大数学者の世紀です(スーパースター多過ぎ!)。19世紀の終わりにその辺の事情を日本に紹介する本が書かれていたんですね。

>1,2,3,・・・は,歴史的には,物の多少の量に命名することから始まったはずですが,この「外物の補助」を排除することを,純粋数学は希望していたのでしょうか。

希望していたのは「排除」ではなく、「依存」だと思っておけば間違いないと思います。

1,2,3,...のような数を物理的な量から切り離して*も*扱えるようにすることにすることは数学の発展のためには必要なことでした。

数学の応用においてもそのような切り離しは必要です。現在では数に関する数学を物理的な量とは無関係の分野にも自由に応用できるようなっています。

たとえば暗号や符号に関する理論はその典型例です。それらはデジタル化された携帯電話を使っている人は毎日お世話になっている技術。

抽象度を上げれば上げるほど潜在的に意外な応用先も増えるという仕組みになっています。

「数の概念を数学の外部の何かと結び付けたままにし続けようとすること」「そのような依存を解除しようとすること」の組は、「掛算を一つ分×幾つ分という考え方を適用しやすい具体的場面と結び付け続けること」「それに反対すること」の組に似ています。
くろきげん
2012/04/24 13:01
大昔には、虚数の数学的存在を疑う人だとか、非ユークリッド幾何の正当性を否定する人がいたわけです。頭の堅い奴らが偉そうにしていると数学の自由は無くなってしまいます。幸運なことに現在ではその手の誤解は撲滅されています。

これは結構大事なことだと思う。
くろきげん
2012/04/24 13:14
「「外部」に依存せずに数学的概念を自立させることが大事」と言っている人に「数の概念は量とは無関係なのか」とトンチンカンなクレームを付ける人は、「掛算の順序にこだわり続ける教え方は止めようね」と言っている人に「掛算の意味は大事じゃないのか」とトンチンカンなクレームを付ける人に似ていると思います。

様々な状況で複数の考え方をすることによって掛算の概念を抽象化して行くことは、決して様々な状況や複数の考え方と掛算の概念を切り離すことではありません。

むしろ話はまったく逆。ある特定の状況や考え方に掛算の概念を結び付け続けるのを止めて、複数の状況と複数の考え方に同一の掛算の概念を結び付けることになって、応用の幅はどんどん広がる。

たとえば、「同じ大きさのかたまりが複数」という場面を使って掛算を導入し、九九を習っている最中に帰納的に交換法則について気付かせ、その理由を「長方形型にモノを並べること」によって納得してもらったとしましょう。

そのことに成功すれば掛算の概念は「同じ大きさのかたまりが複数という状況」だけではなく、「長方形型にモノを並べることができる場合」にも結び付くことになるわけです。同じ掛算が複数の直観と結び付く。そしてこれで終わりになるわけではなく、その後も掛算に関する見方はどんどん広がって行くことになるわけです。
くろきげん
2012/04/24 13:32
足立恒雄さんの『数とは何か』(共立出版 2011年)は、数学における「量」を数学史を通して説明しています。
第一章が「数と量」です。
藤沢利喜太郎は出てきませんが、日本人では高木貞治を詳しく紹介しています。
「序文」では数学と時代や地域との依存関係を語っていて、メタメタさんの著書『和算で数に強くなる!』のテーマと共通しています。
おおくぼ
2012/04/24 13:46
続き
以下『数とは何か』(共立出版 2011年)の51頁から引用。

> 外的存在に依存している量という概念を前提に据えていては数学の真の厳密性は確保できず、自立性を確立できない。
単純化して言えば、量概念を基礎にしている限り、数学は自然科学から未分化である。
そういう意味で、19世紀後半において数概念が確立したということは数学が独立した、別の言葉で言えば、純粋数学というカテゴリーが成立した、ということと同義であると言えるだろう。
それまで純粋数学とか純正数学というような言葉は存在しなかったのである。
そういう観点から見るとき、数の体系を自立させることと自然数の体系を実数の体系の中に取り込むことが数学史の重要な部分を占めているのは当然のことであると言えよう。
おおくぼ
2012/04/24 13:47
訂正。日本語が変でした。

訂正前>希望していたのは「排除」ではなく、「依存」だと思っておけば間違いないと思います。

訂正後>希望していたのは「排除」ではなく、「依存の解消」だと思っておけば間違いないと思います。
くろきげん
2012/04/24 19:19
http://d.hatena.ne.jp/mickmack/20111230/1325210380#c

>>「長方形の面積を横×縦だとバツになるなんてナンセンスだ」と憤る人は、「本当は中学生ぐらいで十分理解できる構文論と意味論の区別を知らない」のですか?

>「知らない」か、あるいは「区別に無頓着」という可能性もあると思います。
長方形の面積の例に即して言えば、ここでの掛け算は積分(区分求積)の簡略形だと思いますが、この場合においても、「3cm × 4cm」 と 「4cm × 3cm」はそれぞれ文の意味として異なる解釈を許しますし、その違いを生徒が理解していることを先生がチェックしたいと考えるのは、当然のことだと思います。

>もう少し補足を。次の質問をさせてください。
タテ3cm、ヨコ4cmの長方形の面積を求めることを考えるとき、
タテ:積分の対象となる曲線(この場合たまたま直線だけど)を与える関数
ヨコ:閉区間の長さ
を意味します。この二つが意味的に互換可能だと思われますか?


高が算数の長方形の面積の話に、何で積分まで持ち出さないとならないのやら・・・
積分定数
2012/04/25 00:17
小島寛之さんの最新ブログ記事<小野善康『成熟社会の経済学』の紹介その3>が相変わらず酷い。

http://d.hatena.ne.jp/hiroyukikojima/20120422

小野善康&小島寛之の統計無視は酷すぎ。
現実無視の机上の空論。
おおくぼ
2012/04/25 00:44
積分定数さん、

>高が算数の長方形の面積の話に、何で積分まで持ち出さないとならないのやら・・・

3+3+3+3 と 4+4+4 は意味が違うということを大層に表現したわけですね。
一つ当たり量は「縦」というルールだと。
zorori
2012/04/25 06:23
(おおくぼさんが紹介された『数とは何か』(足立恒雄,2011年)は,一度読み,今また手元に置いて,以下を書いているのですが……)
 数0,1,2,3,・・・は,集合数としては,物を1対1対応でグループ分けしたグループに付けられたラベルということになるのでしょう。順序数としては,空集合を0として,空集合から順次に構成していくものになるのでしょう。
 集合数において,1対1対応する「物」は,数以前に存在するものでした。したがって,数を外物に依存せずに定義するという立場からは,順序数として数を定義することになるのでしょう。
 しかし,ペアノ(1891年)にしろ,ツェルメロ(1908年),ノイマン(1923年)にしろ,現代数学の立場からの数の構成には,物の個数の多少という量に付けられた名称としての数という人類史における発展や学校教育での認識発展と切れていて,どうしても違和感がある。それは,理系と文系の違い(足立,20ページ)というだけではなく,ヘブライズム(一神教)の土壌からのヨーロッパ数学と,中国・日本の土壌からの数理感覚との違いのようにも感ずる。
メタメタ
2012/04/25 17:22
(つづき)
 そもそも中国・日本には序数詞がなかった。中国では,序数を表すには,「第一」とか「一番」というように基数に「第」「番」を付けて表した。日本では,「巻第一」という漢語を「マキノツイデヒトマキニアタルマキ」と訓んだという(『日本書紀』上,岩波書店,日本古典文学大系,577頁)。
 順次に継起するものとして先ず思い浮かぶのは「時間」だろうが,中国では,分節された年月日時は,数字ではなく十干十二支で命名された。年月日時は,十干十二支によって60ごとに巡回することになる。ヘブライズムでは,天地が創造され光と闇が分けられた“the first day”,大空と大水が分けられた“the second day”と始まり,最後の審判の日まで,時間は一直線に連続し,日にちも年数も序数で数値化されていく。この時間観の違いが東西の数感覚にも反映されているように思える。
 負の数については,17世紀のヨーロッパで,「私は,0から4を引いて0が残るということを理解できない人たちがいるのを知っている」とパスカルが記した(『パンセ』)ことを私たちは知っているが,あのパスカルでさえ負の数の引き算を理解できなかったということは驚きである。中国では,その千数百年前の紀元1世紀の『九章算術』で,「正を無入(ゼロ)から引いたのは負とする」などの正負術が確立していたのだから。
 パスカルがなぜ負数を理解しなかったかが疑問だったのだが,無(0)から天地が創造され,1,2,3,…と数列が続くことになる時間観=数感覚では,天地創造以前の数列は無意味だったということではなかろうか。
メタメタ
2012/04/25 17:23
(つづき)
ここで,パスカルの時代に紀元前の年数をどうカウントしていたのだろうかと疑問になったが,薮内清『歴史はいつ始まったか』(中公新書,1980年)171頁によると,「キリスト紀元以前の年を数えるには,かつてはいくつかの古い紀元を用いる習慣が長いあいだ残っていた。しかし18世紀以降にはキリスト以前を意味するante Christum(略号A.C.)が用いられ,イギリスではそれを英語で示したbefore Christ(B.C.)が使用されるようになった。」とあり,ヨーロッパでの負数の概念の普及の進度が納得できた。
 
 ともあれ,0から始めて順序数として数を定義する(「創造」する)現代数学のやり方は,無から天地を創造したというヘブライズムの発想とどこかで通じていないかと疑ってしまう。
メタメタ
2012/04/25 17:24
ぼくは足立さんの本を見たことがないのですが、メタメタさんは

0、0の次、0の次の次、…

というスタイルで自然数全体を構成する話を読んだのかな?その流儀では負の数は別に導入することになります。

ツイッターの #CGoT タグでしつこくつぶやいた Conway の On Numbers and Games という本のやり方を使えば、正の数と負の数が対等にかつ同時に構成されることになります。
http://twilog.org/tweets.cgi?id=genkuroki&word=%23CGoT

そうなる理由はコンウェイは二人で遊ぶゲームを考えたからです。囲碁を思い浮かべるのが良いです。コミなしの碁では黒3目勝ちとか白5目勝ちとか持碁(引き分け)のような言い方でどちらがどれだけ勝っているかを述べます。仮に黒が勝ちの方が正の数に対応しているとすれば、白が勝ちの場合は負の数に対応しているとみなせます。このように二人ゲームを考えれば正と負の数が同時に導入されることになるわけです。

囲碁がわからない人はオセロを考えてください。

コンウェイのやり方の面白いところは二人ゲームに関する自然な直観と若干のトリッキーなアイデアを駆使しているところです。それによってすべての順序数(無限も含む)とすべての実数を含む数の体系(実閉体になる)を構成しています。

コンウェイの本は1976年出版なので歴史の話にはできないかもしれませんが、無視すると思想的に抜け落ちる話をかなり含んでいると思います。
くろきげん
2012/04/25 18:28
補足。コンウェイの数とゲームの理論は少なくとも二通りの方法で集合論を含んでいます。

1. コンウェイのゲームの理論は二人で遊ぶ組合せゲームに関する理論なのですが、プレイヤーの片方が何もできない実質的に一人でしか遊べない組合せゲーム全体と集合全体を同一視することができる。

2. 二人のプレーヤーにとって可能な着手の集合が等しい組合せゲーム(たとえば石取りゲームの類)の全体と集合全体を同一視することもできる。

その辺の話もツイッターでしました。
http://twilog.org/genkuroki/date-120211

自由を獲得してしまった数学の世界では次々に新しい考え方が導入されまくるという状況になっているので、歴史的にこういう考え方で数を導入することになったという話をいくら知っていても、「でも、それだけではないですよね。実際には別の自然な考え方もありますよね」と言われてしまうことになります。

上の話意外にも色々面白い話があります。たとえば、通常は足算を前提に掛算を導入するのですが、掛算を前提に足算を導入する話も十分な理由があって考えられています。
http://d.hatena.ne.jp/m-hiyama/20100629/1277774676
http://d.hatena.ne.jp/m-hiyama/20100630/1277865895
http://d.hatena.ne.jp/m-hiyama/20100702/1278044435
くろきげん
2012/04/25 18:44
http://d.hatena.ne.jp/mickmack/20111230/1325210380
の人って、色々知ったかぶりをしようとがんばっていて微笑ましい(でも半可通まるだしでみっともない)のですが、単に掛算の意味と掛算の順序を混同しているだけの人なんじゃないですかね?

たとえば斜めに描かれていない長方形の縦と横は掛算の順序とは完全に無関係の概念ですよね。
くろきげん
2012/04/25 18:48
人間以外の動物は、そんなに数を数えられないみたいですが(10ぐらいまでなら数えられる場合が多いみたい)、普通に生活しています。
一対一対応で覚えるから、数えられなくても困ることが少ないのかもしれません。
おおくぼ
2012/04/26 12:41
保江邦夫さんの『数の論理 』(講談社ブルーバックス)は、空集合からマイナスの数を作る話や割り算の余りを出さない(分数で処理する)話などを説明しています。
数学史の話はほとんどありませんけど。
おおくぼ
2012/04/26 12:45
反順序派の最大の問題は

(良問、悪問を問わず)正解、不正解は解答がその問題の「題意に従っているかどうか」で判断される

ということを無視して、

(順序派が出題している問題は)悪問だから、仮に題意に従っていなくても、正解とすべき

と無茶苦茶な理屈を通そうとすることである。
クロッキーG
2012/04/26 13:04
何か(特殊な?)書式が指定されているなら、その指定に従って解答することも、題意に含まれる訳だ。
クロッキーG
2012/04/26 13:09
ミック氏って、本も出しているようですね。

 ミック氏が主張しているようなことは、順序論争の中では特に目新しいものでもないのだけど、そのあたりが分かっていないようだ。

 長方形の面積に積分を持ち出す視点は、確かに「目新しい」。順序派含めてそんな馬鹿げたことはほとんど誰も考えなかった。

 斜めに置いた長方形の面積の場合は、直交する2直線の間を途中まで積分して、・・・

 面倒くさいから、辺がx軸とy軸に平行な特殊な場合で求めてから、回転を表す行列による変換のヤコビアンが1であることを示して・・

 算数とは関係ない話だね。
積分定数
2012/04/26 13:25
ミック氏は、自分の主張が順序議論の中で取り立てて目新しいものでも本質をついているものでもないという事が分かっていないようだ。

 意味論なんとかとか、長方形の面積を積分でどうたら、というのは確かに「目新しい。順序派含めてそんなアホらしいこと考えもしなかった。
積分定数
2012/04/26 13:28
最初の書き込みがうまく書き込めなかったと思って書き直したが、書き込みされていた。内容がダブってしまったがご容赦。削除するのは面倒なのでそのままにする。
積分定数
2012/04/26 13:31
数式の意味を考えることは大事だと思う。
意味を無視すれば、ただの記号だ。
でも数式に反する意味を見出すのはナンセンスだろう。
例えば、「1+1=2、これは数式では足し算だけど、意味論では引き算である。」なんて主張する人がいたらどうだろう?
おおくぼ
2012/04/26 13:39
補足

数式は解釈が大事だけど、みんな違う解釈すれば困る。
「赤信号は止まれ!青信号は進め!」だけど、これを逆に解釈すれば大変なことになる。
おおくぼ
2012/04/26 13:45
>mickmack 2012/04/25 22:46
>3個の箱が4つあるのと、4個の箱が3つある状況の違いが区別ができない子どもなんているんでしょうか?
>私も小学生に算数を教えたことがあるので分かるのですが、掛け算を教えていると「3個×4箱」と「4個×3箱」の区別を説明できない子はいます。
>数として多いのかは、私も本職の教師ではないので分かりません。

http://d.hatena.ne.jp/mickmack/20111230/1325210380

桜井進さんの『感動する! 数学』と同じ勘違い。
おおくぼ
2012/04/26 13:53
順序派の発言でよく分からないのが、「4人に3個ずつ蜜柑を配る」と「3人に4個ずつ蜜柑を配る」は「異なる」という話。

 子どもも含めて、状況が異なると認識しない人は少ないと思う。

それとかけ算の順序の話が混乱している。

 私が書き込んだ、「右足から靴を履くのは天動説を信じている」というようなもの。

 異なる状況でも、異なる式にしないとならないことはない。

4人に3個ずつ蜜柑を配る
4人に3個ずつ林檎を配る

状況は違うが式は同じ。

状況が違うのだから違う式に表すべき。そうだ、蜜柑の数はアラビア数字、林檎の数は漢数字を使おう。

3×4 三×4 これで区別できる。

あほらしい・・・・
積分定数
2012/04/26 17:24
> 蜜柑の数はアラビア数字、林檎の数は漢数字を使おう。

もちろん、(そういう指定があるのなら)指定に従ってない解答は不正解ですよ。
反順序派が何を喚こうが、出題者の指示に従ってない解答は不正解です。
あほ
2012/04/26 19:57
「This is pen.」を日本語に訳せ

という問題は数学の問題としては悪問だが、英語の問題としては悪問でないかもしれない
あほ
2012/04/26 20:05
出題者が解答者に対して、ある種の順序を指定すると、悪問になるか、そうでないかは、問題が出題された状況にも依存する

「This is a pen.」を日本語に訳せという問題は数学の問題としては悪問だが、英語の問題としては悪問でないかもしれない
あほ
2012/04/26 20:07
コンウェイのOn Numbers and Gamesの話の続き。その本の数の構成でも、空ゲーム(ふたりのプーレヤーのどちらも可能な着手を持たないゲーム、どちらも何もできないゲーム)を0とみなすことから出発して、正の数と負の数が同時にかつ対等に順番に「創造」されて行きます。実際には分母が2のベキの分数も同時に「創造」されて行きます。そのおかげで無限順序数と同時に実数も「創造」されます。まさに数学的な天地創造という感じ。すべての順序数だけではなくすべての実数も同じ方法で「創造」されるところがうれしい。その話はクヌースによって『超現実数』のタイトル数学小説化されています。

こういう話を知っていると、宗教文化や思想の影響で負の数が出て来ないスタイルで数を「創造」したと言われてもとても納得できません。

単に数学的なアイデアが欠けていただけなのではないかどぼくなんかは感じてしまいます。
くろきげん
2012/04/26 22:53
「タイトルで」の「で」がぬけた。コンウェイの本でも、クヌースの本でも、「天地創造」がネタに使われていたと思います。
くろきげん
2012/04/26 22:59
宗教や文化もアイデアだと思う。
どうして宗教や文化を人間が作ったのか?
よくわからない。
人間以外の動物に宗教や文化があるのか?

江戸時代の和算も謎が多い。
江戸時代まで、どうして発展しなかったのか?
あるいは、どうして江戸時代になってから急速に発展したのか?
おおくぼ
2012/04/26 23:04
迷惑な行為をしておいて逃げ隠れされる方が教育についいて何事かを語ることがまかり通るというこの国の現状を憂慮しています。
Sparrowhawk
2012/04/27 00:05
追記

和算と言えば、関孝和(1640年頃〜1708年)が有名です。
同時代には渋川春海(1639年〜1715年)がいます。
少し前にベスト・セラー『塵劫記』で有名な吉田光由(1598〜1672)がいます。
この三人の中で和算家として一番高く評価されているのは、関孝和です。
その理由は、数学者としての独創性です。
それでは、関孝和の数学的なアイデアは何処から来たのか?
謎です。
おおくぼ
2012/04/27 00:08
http://twitter.com/#!/copinemickmack
ミック ‏ @copinemickmack
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長方形の面積の公式は、区分求積の発想で導かれていたことを知らなかった。算数の中にこっそり積分への助走が仕込まれていたんだな。 http://www.gifu-net.ed.jp/kyoka/sugaku/0210/menseki4.pdf

何を感心しているのだろうか?

積分定数
2012/04/27 08:54
足立恒雄さんのツイッターを読んでいた消費税についてのツイートがあった。

http://twitter.com/#!/q_n_adachi

>オバマ大統領の所得税率が20%だって! 日本の税制はおかしい。
>消費税を高くし、所得税を下げるべきだ。
>不正な手段、あるいは不正な税制で収入があるかもしれないが、消費の方はごまかしようがないからだ。

足立さんは税金の統計を見たことはないのかな?
おおくぼ
2012/04/27 22:13
>おおくぼさん

すみません、私は、そっち方面は疎いのですが、わかりやすく解説していただけますか?
積分定数
2012/04/28 09:21
http://www.asahigakuen.com/seikatsu_teacher_05.html
>更に、教える立場・教わる立場から日本の算数・数学教育の良さも実感しています。小2で掛け算の立式を学ぶときに、日本の算数ではその順番に論理的な意味のあることを強調して教えます。その数の持つ単位を意識した、この掛け算の順番へのこだわりは、割り算で生じる、割る数と割られる数との混乱を解決するときに役立ちました。
積分定数
2012/04/28 09:22
『消費税が日本をダメにする』(新日本出版社)という共産党系の本を見ますと・・・
消費税の滞納率は約4%で所得税の滞納率は約1.3%なので、消費税の滞納率の方が多いのです。

日本の所得税は累進課税制度ですが優遇制度があり、グラフを見ると一億円当たりの所得が山となり(税率26.5%)、百億円当たりでは税率14.2%まで下がります。

また日本の消費税は一律に加算されるので、税収全体における消費税収入の割合は小さくありません。
ドイツ 32.8%
フランス 26.6%
スウェーデン 27.4%
デンマーク 21.5%
日本 16.2%
おおくぼ
2012/04/28 16:26
追記

足立さんの話が変なのは、税収全体を増やさければいけないという話なのに、税収は一定と仮定して、所得税税収を減らして、その分だけ消費税税収を増やせばいいという考えているところ。
おおくぼ
2012/04/28 17:09
どうも有り難うございます。

よく、法人税を上げたり累進性を強めると会社や金持ちが日本からいなくなって、税収が減るという話があるのですが、あれってどうなんでしょうね?

君が代どうたらより、そういう人たちの方が「愛国心」がないようにも思えるのだけど。
積分定数
2012/04/28 17:39
法人税は複雑です。
実効税率だけ見れば、日本はアメリカと同じぐらい高いです。
しかし社会保障の法人負担分を考慮に入れると、それほど高いわけではありません。
また日本は優遇制度が多いです。
だから実際には、国際的に高いわけではありません。

日本の企業が海外に行く場合は、円高によって日本の人件費が国際比較で高くなるため、安い人件費を求めて海外に行きます。
また日本はデフレ不況が二十年も続いているので、企業が利益を得にくいので、新しい市場を求めて海外に出て行く場合があります。
だから法人税率は関係ないと思います。

http://www.mof.go.jp/tax_policy/tax_reform/outline/fy2010/zei001e.htm

所得税のグラフは真ん中で、法人税のグラフはその下で、その下は相続税です。
おおくぼ
2012/04/28 18:59
>よく、法人税を上げたり累進性を強めると会社や金持ちが日本からいなくなって、税収が減るという話があるのですが、あれってどうなんでしょうね?

重税国の北欧などは実際に金持ちが海外に移住していますが、財政難になったという話を聞きません。
日本人の場合は、日本語しかできない人が多いし、移住先で満足できる生活できない気がします。
中華系の人達は、世界中に中華街があり、移住者を受け入れてくれるコミュニティがあります。
日本人が中華系のように移住するのは難しいと思う。

おおくぼ
2012/04/28 20:37
どうもありがとうございます。

「かけ算の意味をしっかり司会するために順序は大切です」などという主張は、すぐに偽慢性が分かるのですが、専門外のことに関してはよく分からないので黙っているのが得策と思ってしまいます。

 原発にしても、私自身は反対ではあるのですが、賛成派・反対派、どちらの側も自信を持って自説を展開するので、自分の出る幕じゃないな、と思ってしまいます。

 掛け算順序論争も外部からはそう見られているかも。
積分定数
2012/04/29 02:51
「君が代」にしても、感情や価値観レベルので賛否であれば、何が議論されているかは分かる。「教員がルールを破るのはけしからん」だとか、「侵略戦争と密接に結びついた歌を強要するべきでない」だとかは、言っている意味は分かる。

 しかし、

 学校で「君が代」を強要することで、愛国心が高まり、社会を大切にしようと言う気持ちが育まれ、凶悪犯罪が○%減少し、廃棄物の不法投棄が○%減少することが予想される。

だとか、

 「君が代」を強要することで、排外主義が煽られて、在日外国人への犯罪が○%増加する。日本が戦争を引き起こす可能性が○%増加することが予想される。

 というようにはならない。実際そんな予想は無理だろう。

 橋下徹あたりが、ああいう口調で自信を持って断言すると、「君が代拒否する教員はけしからん。電力会社は原発維持のために嘘を言っている、信用できん」とついつい思ってしまう人も多いかも知れない。

 彼が、「かけ算の順序だなんて、なんて馬鹿げたことを教えているんだ。教育を根底から変革する必要がある」とでも言えば、一気に解決できそうに思うし、

「かけ算の意味をしっかり理解させる、そのためには順序をちゃんと教える、これは現場でしっかりと指導してもらわないと、いい加減な態度で教えられては困る」と言えば、覆すのは難しくなりそう。

 よく分からないことは、自信を持って断言している人についつい全てを託したくなってしまう。 
積分定数
2012/04/29 03:14
京都市総合教育センターから

http://www.edu.city.kyoto.jp/sogokyoiku/kenkyu/outlines/h19/pdf/519.pdf
算数・数学科における,筋道を立てて考えたり,
自分の考えを表現したりする力を育成するための
具体的な指導の在り方
− 小中9年間の系統性をふまえた文章題の指導を通して −

p24
Bかける数とかけられる数に気をつけて指導する
小学校第2学年で学習するかけ算の問題を,小
学校第5学年で復習した。そのときの問題は,「え
んぴつをくばります。子ども5人に6本ずつくばる
と,何本いりますか」というものであった。小数
のかけ算の文章題に向けて,ウォーミングアップ
のつもりで行った。しかし,式を書かせてみると,
かける数とかけられる数を間違えて「5×6」と書
いている児童が多数見受けられた。
かける数とかけられる数について理解すること
は,具体的な場面で乗法の演算決定をするために
必要な力であろう。「6×5」と「5×6」は,どちら
も答えは30であるが,意味はまったく異なる。か
ける数とかけられる数が間違っていると,小数や
分数の場面でさらにつまずくものと思われる。そ
のため,小学校第2学年の学習から継続して,「○
○のいくつ分」「○○の何倍」という見方でかける
数とかけられる数をきちんと認識させておきたい
ものである。
積分定数
2012/04/29 04:41
p32
Bかける数とかけられる数に気をつけて指導する
図4-25は,「(1)10円硬貨a枚と1円硬貨b枚をあ
わせた金額」と「(2)1冊x円のノート3冊と1本y円
のボールペン5本を買ったときの代金」を式で表す
という問題を解説する場面である。
中学校では10
円硬貨a枚の金額
を表すとき,乗法
の記号「×」を省
略して「10a」と
表現することに
なる。したがっ
て,10×aと考え
ても,a×10と考
えても,表現とし
ては同じになるため,その考え方の違いが指導者
に意識されにくいときがある。小中9年間をつなぐ
ためには,小学校で学習したように,かける数と
かけられる数を単位に注目して考えさせながら理
解させるように指導していくとよいと考える。
積分定数
2012/04/29 04:44
>小中9年間をつなぐ
ためには,小学校で学習したように,かける数と
かけられる数を単位に注目して考えさせながら理
解させるように指導していくとよいと考える。

小中9年間をつなぐためには、小学校で、かける数・かけられる数、などという虚構の概念を追放すればいい。
積分定数
2012/04/29 04:45
算数は経済論争に役立つと思うのです。
国会答弁などで、数字の計算が重要だったりします。
経済制作は法律が絡むので複雑ですが、計算自体は小学校レベルだったりします。
有名中学校の入試の方が何倍も難しいです。
だから政治家には、算数をもう一度勉強して欲しいです。
経済論争は算数の応用問題に適していると思うのです。
おおくぼ
2012/04/29 11:44
訂正

経済制作 → 経済政策
おおくぼ
2012/04/29 11:45
http://d.hatena.ne.jp/mickmack/20111230

コメントを書き込んだけど、無視されている。
ρ(-.-、)
おおくぼ
2012/04/29 13:13
私なんかコメント書き込んだけど掲載されていません。

しかし、あれほどお粗末な認識でよく、あれほど大見得切ったな、と思ってしまう。
積分定数
2012/04/29 14:21
京都市総合教育センターの文章だけど、こう言うのを見ると算数教育の専門家って、アホしかいないのか!?と思ってしまう。

理解しているかどうかと、5×6か、6×5か、に相関関係があると思い込んでいるあたりが滑稽。

「正しい順序」の子はサンドイッチにしているだけかも知れない。

http://d.hatena.ne.jp/mickmack/20111230/1325210380#cでのコメントをここにも書いておく。

「4人に3個ずつ蜜柑を配った。蜜柑の数は?」これを、4×3とした子は、「3人に4個ずつ配った」と認識しているのでしょうか?
そんなはずはないですよね。つまり、順序と問題文の理解には何の相関関係もないのです。

わかりやすいように極端な例えをします。「天動説が正しいと思う人は朝で掛けるときに右足から先に靴を履く。地動説が正しいと思う人は左足に」と決めたとします。で、少なからずの人が右足から靴を履く。天動説が正しいと思っているわけではないが、そんなルール覚えちゃいないし覚えていても右足だか左足だかまでは覚えていない。あるいは、そんなの意識するのが面倒だから無視している。

で、こういう状況に対して「多くの人が天動説を信じている。理科教育はどうなっているんだ!嘆かわしい」と言っているような物です。

実はこの例は、掛け算順序の例えとしては不適切です。なぜなら、(1つあたり)×(いくつ分)という順序が固定されていると仮定しても、「4人に3個ずつ蜜柑を・・・」で、4を(1つあたり)、3を(いくつ分)とすることもできます。だから、「4×3では問題を理解していない」という主張は、「右足から先に靴を履いた人は天動説を信じている」という主張よりも根拠のないとも言えるのです。
積分定数
2012/04/29 14:31
http://d.hatena.ne.jp/mickmack/20111230#c

>2012/04/30追記:
>コメント欄での議論を通じて、自分の考えに様々な不備があることが分かりました。この問題については、一度考えを白紙に戻し、考え直したいと思います。
>議論の相手になっていただいた皆様に、感謝いたします。
おおくぼ
2012/04/30 11:17
黒木玄 Gen Kuroki ‏ @genkuroki
> どちらの数が一つ分で幾つ分なのかは場面だけではなく、考え方にも依存する
http://twitter.com/#!/genkuroki/status/196790191741079554

だからさ〜、君が言っている「考え方」をも、出題者は(多くの場合に)指定しているでしょうが。
実際に、どちらの考えを指定しているのか、が分かるでしょう?そこが嘘吐きで全くダメなんだよ。>君達
クロッキーG
2012/04/30 12:28
 4月28日に数学教育実践研究会の学習講座に行ってきました。
 拙著『かけ算には順序があるのか』を批判的に取り上げるというお誘いがあったのです。http://members3.jcom.home.ne.jp/sjk1962/kenkyu.htm
 参加すると返事してから気が付いたのですが,数実研は,50年前に当時数教協の副委員長だった横地清氏が13名の会員と共に脱退して作った組織でした。半世紀前のことですから,最近のメンバーには関係ない話ですが。

 出席者は20数名で,ほとんどは小学校の先生。中学校の先生や塾の先生,元先生が合わせて数名。内容は,前半が「理論」で「かけ算の指導について」。ここで拙著も取り上げられました。後半が「実践報告」3本で,小学5年6年,中学1年の授業の報告。これが,どれも個性的かつ魅力的で,学校の先生は頑張っているなぁと感動したのですが,かけ算とは関係ないので割愛。
メタメタ
2012/04/30 14:35
 前半の講師は,森川幾太郎さん(3月まで福島大学)。
 http://homepage3.nifty.com/ooiooi/morikawa.htm
 明治時代からのかけ算指導の歴史と森川幾太郎・みや子さんが1972年頃から提案し,80年の学校図書の教科書に採用された「ずつの数」による導入の紹介など。
 拙著への批判点は以下の3点。
 ただし,拙著の「学校の先生(の一部)が、「1つ分の数×いくつ分」の順序は、数学的にも算数的にも正しい順序である、と子どもたちに教え、自らもそのように信じているとしたら、それは、改めるべき間違いです」という結論には全面的に同意の上の批判点ということでした。
 第1は,拙著が,かけ算の導入が「倍」から「○つぶん」に変わったのは,東京書籍の83年版からとしていて,学校図書の80年版を無視しているということ。
 第2は,国定教科書以前の明治初期の議論や,1920年代の議論に触れていないこと。
 第3は,民族数学という観点からは,「なんこのいくつ分」という言い方の語順は尊重されても良い,ということ。森川さんの民族数学についての考えは,
http://repo.lib.yamagata-u.ac.jp/archive/kiyou/kiyoued/kiyoued-12-4-013to045.pdf
メタメタ
2012/04/30 14:37
(つづき)
 第1については,まったくその通りで,私の調査不足・勉強不足だったので,増刷の際には訂正したい旨答えました。
 第2は,頁数の関係で触れなかったのだろうという森川さんの推測通りで,かけ算の順序とは直接関係がなかったので,触れなかった。ただ,1920〜40年代の佐藤武らの,数の導入における「直観主義vs数え主義」の議論については,森川さんの今回の指摘で教えられ,基数と序数の関係など数の概念の起源とも絡む議論であり,これから大いに勉強したいと思った。
 第3の民族数学という観点からの問題提起については,私は,算数という普遍的なものを教える上で,民族数学的な土壌・先入見を子どもが持っていることは十分に配慮すべきことであっても拝跪すべきことではないと思っている。数教協の分数の導入・教え方について納得したときに一度考えたことではあるが,再考したいと考えてはいる。
メタメタ
2012/04/30 14:39
(つづき)
 さて,かけ算の順序問題への対応について。
 森川さんは,かけ算の1つ分・いくつ分の順序はどちらでも良いと明言されたが,出席された小学校の先生の中には,式には意味があるから順序はある,という意見の方もいた。
 これで,私は,直接間接に,3つの算数教育の研究会のかけ算の順序についての意見を知ることになったわけですが,3つの組織とも,指導的立場の大学の先生には,かけ算の順序はない,という意見の方がいるが,同じ組織でも小学校の先生(の大半)は,かけ算の順序はある,と色分けされるようです。小学校の先生の考え方は,個々ニュアンスの差はあり(すでに,ネットでは既知ですが),子どもが割り算や小数・分数を学ぶ際に,かけ算の順序で,1つ分・いくつ分を意識させておくことが有効だ,という教育上の便宜論から,日本語の語順尊重論(民族数学派?),式には意味がある論(黒木玄さんが諄々と反論されていますが),そして,教科書指導書上の約束という小学校特殊文化論など。しかし,さすがに「数学病的」順序論は,現実に子どもという現実と接している先生の中にはいないようです。
メタメタ
2012/04/30 14:40
(つづき)
 森川さんは,先に触れたように,当日のレジメで,拙著『かけ算には順序があるのか』の結論,「学校の先生(の一部)が、「1つ分の数×いくつ分」の順序は、数学的にも算数的にも正しい順序である、と子どもたちに教え、自らもそのように信じているとしたら、それは、改めるべき間違いです」について,「全面的に同意する」と記された後に,次のように続けています。
「ただ,かけ算指導を開始する小2では,かけ算は何を求める計算で,どういう場面で使えるかに関わる学習のまとめとして,その式表現を,現在多くの教科書が採用している,「(ずつの数)×(いくつ(分))」のみに限定する指導法はありうる,と考える。そのこともあって,拙監修『ぐんぐんできる算数練習帳』(きょういくネット,2011)でも,その2年版p.96で「式の読み」に関わる問いを用意した。」
 私はこの文章を,かけ算導入時に「1つ分×いくつ分」の式のみを教えることはあり得るな,と読みすごしてしまったのですが,当日買い求めた本で該当頁を確認すると次のようなものでした。

九九の学習が,2の段,3の段と進んできた4の段の九九の後の頁です。東京書籍平成13年版では,ボールを4列3行に並べた写真で1つ分の解釈が交換可能であることを教えるところで,逆に式の数値を固定的に解釈させているわけです。(東京書籍現行平成23年版では,これが九九の表の最後のまとめの頁まで後退してしまっているのですが。)
画像は,http://ameblo.jp/metameta7/entry-11237495210.html にあります,
メタメタ
2012/04/30 14:42
(つづき 最後)
つまり,森川さんと数実研の考え方では,小2でかけ算の式を,「1つ分×いくつ分」の順序で固定して教えた後,小学校の間はこれを修正することなく通して,中学校で,順序にこだわらなくて良いと教える,ということのようです。
しかし,これでは,かけ算の式の順序には意味があるから順序を守るべきだと考える人が出てくるし,実際,数実研の小学校の先生(の一部)には出てきていた。指導者の森川さんが,<「1つ分の数×いくつ分」の順序は、数学的にも算数的にも正しい順序である、と子どもたちに教え、自らもそのように信じているとしたら、それは、改めるべき間違いだ>ということに「全面的に同意する」と言われても,そうはなっていないわけで,このことについて議論すべきであったと,後知恵で思ったわけです。

ただ,当日,懇親会も含めて小学校の先生方と話してみて,教科書や指導書に(立場上も,教え方・考え方の上でも)縛られざるをえない実状が理解できたので,社会と数学の常識と学校の常識が一致するような教科書を作ることが,やはりカギだと再確認しました。

(積分定数さんのリクエストで,mixiに書いたものの改訂版をアップしましたが,長文で申しわけありません。)

メタメタ
2012/04/30 14:44
> 民族数学という観点からは,「なんこのいくつ分」という言い方の語順は尊重されても良い


率直に言って、森川氏は全然駄目ですね。

「〇個ずつ☆人に配る。」も「☆人に〇個ずつ配る。」も正しい語順ですからね。それだからこそ ひっかけ問題 を作れるわけですからね。

確信犯的詭弁なのか、ただ愚劣なだけなのか、頭は正常だけで勘違いをしているのか、はたまた私には想像できないような思考をする人なのか…

いずれにせよ全然駄目ですね。


民族数学なるものを作るのは勝手ですが、こんなお粗末なことをやる前に、勉強するのが先決でしょう。

鰹節猫吉
2012/04/30 15:42
「民族数学」というのがよく分からないので検索してみた。

http://home.hiroshima-u.ac.jp/babasemi/ethnomathematics.htm
「民族数学(Ethnomathematics)」という言葉は、1984年、ブラジルの数学教育学者 D'Ambrosio(ダンブロシオ)によって造語されたものです。現在、我々が学校で学んでいる数学が唯一のものと考えがちですが、世界の各民族には独自の数学を持っているものが少なくありません。ものの数え方、はかり方、計算の仕方などには様々なものがあります。もちろん日本でも独自の数学として和算がありました。数学が社会と密接に関係があるからこそ、これほど多種多様な数学が存在するのです。しかし、これほど多様な数学が存在するにもかかわらず、学校数学が西洋で、近代に整えられ、各国はそれをそのまま採用しているため、その内容はどこの国でもほぼ同じものです。そのため、数学が子どもたちの置かれている社会からは、懸け離れた物となってしまい、そのことが数学嫌いを生み出す1つの原因になっているとも考えられています。
 数学の授業に民族数学的なものを取り入れることで、子どもの数学観に働きかけ、数学がより身近なものであると感じることができるような数学教材の開発を目的として研究しています。



>そのため、数学が子どもたちの置かれている社会からは、懸け離れた物となってしまい、そのことが数学嫌いを生み出す1つの原因になっているとも考えられています。
>数学の授業に民族数学的なものを取り入れることで、子どもの数学観に働きかけ、数学がより身近なものであると感じることができるような数学教材の開発を目的として研究しています。
積分定数
2012/05/01 00:14
そお?

例えば、和算を取り入れたところで、やっぱり子どもたちのおかれている社会からはかけ離れたものになってしまうと思う。

「内包量・外延量」という言葉を初めて知ったときも思ったけど、そういう概念や言葉を持ち出すことで、すべてがパーと分かってしまう錯覚があるように思えてしまう。

 もしかしたら、私の考えが間違っているのかも知れないが、ピント庫内というのが素朴な印象。

 エピソード的に和算などを扱うこと自体は別に構わないが、それで数学嫌いが減るとは思えない。

 数学嫌いの原因は、「やり方を覚える」という勉強になってしまっているからだと思っている。もちろんこれだけが原因ではないだろうし、どうしたって数学が嫌いな生徒はいるだろう。思想信条の自由があるし、全科目を好きにならなければならない義務は生徒にはない。数学が嫌いな生徒がある程度いるのはやむを得ないし当たり前だというぐらいに思っている。私自身も、音楽と体育が大嫌いだった。そういうものだと思う。

 その上で、本来なら数学が好きになってもおかしくない生徒も嫌いになっているとしたら、教え方に工夫が必要だと思う。

 生徒自身に考えさせることなく、教える側が、「分数のかけ算はこうやればできます」と説明してしまい、何問も何問も何問も何問も分数のかけ算の問題を出し続ける。

 これじゃあ面白くない。

 多くの算数好き・数学好きな人は、自分であれこれ考えることを面白いと思っていると思う。

 民族数学がどうのという以前に、こういうごくごく平凡な当たり前のことをもう少し考えた方が良いと思う。
積分定数
2012/05/01 00:15
> 「分数のかけ算はこうやればできます」と説明してしまい、何問も何問も何問も何問も分数のかけ算の問題を出し続ける。
> これじゃあ面白くない

それはそうかもしれないが、だからと言って、出題者が「考え方」を指定している場合に、「指定されたのとは異なる考え方」で解答をしても正解である、という理屈は通らないよ。
クロッキーG
2012/05/01 00:31
ゴースト暗算というのが話題らしい。

http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20120425-00000001-president-bus_all
おおくぼ
2012/05/01 00:41
http://satsuki.ex.osaka-kyoiku.ac.jp/~k083111/arimura.pdf
「学部生の専門数学と算数・数学教育についての
実態と捉え方に関する一考察」
〜学部生へのアンケートから〜

(2)算数・数学教育の代数分野の実態
@割り算の二つの意味・・・・・・・・・・・・・・26

>また、この二つを区別しないと、割り算の計算には本来意味があるはずなのに、計算技術だけを学んでしまうことになり、その後の算数の学びが進みにくくなるのではないだろうか。


包含除と等分除は区別できないし区別する必要もない。


>@)の二つきちんと答えられた人は3回生でさえ19人である。約半分だ。1年後に は教師になり教えることになるかもしれない人たちがいる中で、数学専攻でありながら、算数の基礎の部分さえ理解できていないとは、大丈夫なのであろうか。そういう私もこれを知ったのは4回生になってからだが。

現に、この様に、「小学校から高校まで、数学だけは得意科目としての地位を逃したことはなかった。」といっている著者自身が、等分除と包含除について大学4年で初めて知ったといっている。

わり算に等分除と包含除という2つの意味があり、それが算数の基礎部分であり、それを区別しないと計算技術だけを学んでしまうことになる、

という認識の人が教師になることの方が問題だと思う。
積分定数
2012/05/01 01:06
以前紹介した、米のとぎ汁乳酸菌実験している人が追記
http://okrchicagob.blog4.fc2.com/blog-entry-159.html
〔2012年4月6日 追記〕 かけ算の順序に関して 最近、ネット上を賑わしている小学校算数の文章題とかけ算の順序についての議論の中で当記事のタイル図が取り上げられて、それをもとに的外れな非難をしている方が見うけられる。当記事ではかけ算の順序については何も言及していないが、文章題の答案におけるかけ算の順序には意味があると私は考えている。
積分定数
2012/05/01 14:32
メタメタさん、長文のレポート、どうもありがとうございます。これはかなり参考になりました。

著者に直接、「学校の先生(の一部)が、「1つ分の数×いくつ分」の順序は、数学的にも算数的にも正しい順序である、と子どもたちに教え、自らもそのように信じているとしたら、それは、改めるべき間違いです」という結論には全面的に同意することを伝えておきながら、実際には掛算の「正しい」順序を子どもに教え込むための教材の著者になっていて何も反省していないんですね。

算数教育業界関係者のそういう傾向にはかなり前から気付いていましたが、これもかなりひどい話だと思いました。

http://ameblo.jp/metameta7/entry-11237495210.html
で紹介されている問題はかなりひどいですよね。

4×2という「しきにあう絵はどちらですか」に
「2枚の皿にナシが4個ずつ」の絵と
「4枚の皿にナシが2個ずつ」の絵の片方を選択させる。

この手の問題を解かせることが批判されていることを森川氏は認識しているのでしょうかね。認識しているならば、相当に反省してもらわないとまずいと思います。どれだけたくさんの子どもたちとその保護者たちを無駄に苦しめていることか。
くろきげん
2012/05/01 16:44
>4×2という「しきにあう絵はどちらですか」に

確かにほとんど意味がない問いだと思うが。では

(一つ分)4、
(いくつ)2、
(全部で)8個
にあう絵はどちらですか

ならば、どうだろうね?
反順序派に問う。
2012/05/01 22:26
「順序固定憎し」で、余計な否定は止しなさいな。
反順序派に問う。
2012/05/01 22:28
http://www.ice.or.jp/~i-gaku/qa/sansu/warizan.pdf
Q:等分除と包含除の違いについてわかりやすく説明するにはどうした
らよいでしょうか。【3年】
A:わり算の計算手順の理解だけでなく,意味付けについてしっかりお
さえるために,わり算には2種類の考え方があるということを,児童
が発見するようにしたいものです。

子どもが「等分除だの包含除だのは欺瞞だ。そんな区別はない」と真実を発見したらどうするのだろうか?

「かけ算の順序はどちらでもいい」という算数教育の専門家も、「等分除・包含除の区別はない」とはなかなか言わないような気がする。
積分定数
2012/05/01 23:15
>参加すると返事してから気が付いたのですが,数実研は,50年前に当時数教協の副委員長だった横地清氏が13名の会員と共に脱退して作った組織でした。

「横地清」で検索したら、こんなのが見つかった。

http://www.soc.hit-u.ac.jp/research/archives/doctor/?choice=exam&thesisID=220

>論文題目:1950,60年代の民間教育研究運動の成果と課題に関する学校知識論的考察−数学教育協議会の事例に即して-

論文のタイトルと目次だけなんですが・・。

>第2節 和田義信「割合分数」との論争

>第6節 横地による日生連批判と応答

>第1節 数教協が内部に抱え込んだ矛盾と横地清退会問題

>第2節 量をめぐる論争の過熱――現代化一貫プランづくりをめぐって
おおくぼ
2012/05/01 23:37
等分除か包含除か分かりやすいもの。どちらともいえそうなもの。そう言う分類がなじまないもの。

・50人の生徒を同じ人数の赤組と白組に分けたら,それぞれ何人?
・50人の生徒を赤さんと白さんの2人組のペアに分けたら,何組できる?
・50人の生徒を赤さんと白さんの2人組のペアに分けたら,白さんは何人?
(前問と本質的に同じだけど、答えの数助詞が「人」なので等分除ぽくなる)
・50人日の仕事量を,2日(2人)で行うには,何人(何日)必要?
・50uの長方形の土地のタテの長さは2m。ヨコの長さは?

一つ当たりの量といくつ分の選択は恣意的なもので、感覚的に分かりやすいかどうかだけのこと。それは人の感覚で違ってきますね。特に、子供の感覚は大人と違うかもしれません。
おはぎは,餅米の回りにあんこを付けたものか,あんこに中に餅米を入れたものか?
zorori
2012/05/02 07:17
業務連絡

6代目作りましたので、移動お願いします。

http://suugaku.at.webry.info/201205/article_1.html
積分定数
2012/05/02 09:17
>くろきげんさん
> http://bit.ly/JzJq2j は 「等分除と包含除の違いについてわかりやすく説明するにはどうしたらよいでしょうか」という質問。はい、出ました、等分除と包含除という要注意キーワードが!この等分除と包含除の違いを教えるのはとても有害です


リンク先が違っているようです。↓です。
http://www.ice.or.jp/~i-gaku/qa/sansu/warizan.pdf

くろきげんさんのおかげで、千葉県総合教育センター というところの文章であることが判明
http://www.ice.or.jp/~i-gaku/qa/qatop.html
積分定数
2012/05/02 09:23
>0.6で割った余りは0以上0.6未満にするというルールらしい。そういう余りを出す割算なのに2.2÷0.6を22÷6と筆算すると余りで間違うのは当然ではないかとぼくは思った。小数で割った余りの話を子どもに教える必要ってあるのかなと素朴に疑問に思った。

私自身、小数のわり算であまりを出すというわり算を習った記憶がなかったのですが、昔小学生を教えていたらそういうのが出てきて驚いた記憶があります。私が忘れてしまっただけなのか定かではありません。

 2.2mのリボンを0.6mずつ切ると、0.6mは何本できて、何mあまるか?

 という文章題としての出題なら理解できるが、それなしで「あまりのある小数のわり算」というのが唐突にあって、一旦小数をキャンセルして筆算する、などというやり方が指定されているとしたら大いに疑問。

 リボンの問題でいえば、

2.2=0.6×□+△ □は自然数、△は0.6より小さい非負実数 としてまず□をもとめるには、・・・

と考えて、□に具体的数を入れているうちに、その子自身が筆算にした方が楽だと思ったら筆算を使えばいい。この過程があれば、あまりの処理で混乱する可能性も低くなると思う。

 それ抜きで、「こうすれば解けます」というマニュアルを提示するから混乱することになるのだと思う。


ということで、関連する話を6代目http://suugaku.at.webry.info/201205/article_1.htmlで書く予定。
積分定数
2012/05/02 09:40

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