算数「かけ算の順序」を中心に数学教育を考える

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<<   作成日時 : 2012/07/13 08:29  

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内 容 ニックネーム/日時
>「テントウムシが7匹います。テントウムシには足が6本あります。全部で足は何本あるでしょう

テントウムシには,右前足,右中足,右後ろ足,左前足,左中足,左後ろ足の6種類の足があります。7匹いるので,1種類あたり7本の足があります。全部で足は何本あるでしょう。

正解は,7本×6種類=42 です。 
6×7では,7種類の足を持つテントウムシがいることになってしまいます。

順序は、「意味の違い」を表す重要なもの?
いや、「問題文の表現の違い」を表すだけのつまらないものに過ぎない。
zorori
2012/07/13 22:14
花まる先生を見ると、「数学によって現実を精確に描写できる」と考えているのかな?と思ったりします。
具体的な例を使って数学を教えるのは難しい?
抽象化は難しい?
おおくぼ
2012/07/13 23:08
中央大学理工学部物理学科教授のツイートが酷い。

http://twitter.com/Yh_Taguchi

>文章題が正しく理解できているのに掛算の順序が逆の生徒は「自分が文章題で理解したことを正しく式に表現出来ていない」可能性があるのにそれをだれも問題にしないのは僕には理解不能な論理展開です。

>だって、30円のケーキを2個なら30円が2個で60円としか考えないでしょう。小学生が何も教えられずに2×30=60と書いたら、それは天才か、分かってないかのどっちかでしょう。RT @kmic67: NO,NO,NO,YES でありながら順序固定教育を擁護する??? ‪

>何度も同じこといいますけど、30円×2個=60円なのだから30×2=60が正解と「最初に」教えることは自然だと思います。「最初は」文章題の答えの場合2×30=60を☓とするのは教育上は自然な配慮だと。問題は、それを教条的に信じ込んでいる誤った教師の存在の方です。
おおくぼ
2012/07/13 23:15
>テントウムシには,右前足,右中足,右後ろ足,左前足,左中足,左後ろ足の6種類

蛸の脚もそれぞれ名前が付いているらしいのだが、ヒトデは?

で、ウニの一部は前後があるのがいるのだけど、そもそも前後がないようなウニも肛門の位置がど真ん中ではなくて、実は前後があるらしい。となると同じ棘皮動物のヒトデも前後がある可能性があり、腕に名前を付けることは可能。

って、そんなことするまでもなく順序はどうでもいい。
積分定数
2012/07/14 00:07
 かけ算の順序その他、算数・数学教育に関して疑問点があったので市教委と話し合ったのが数年前。

 会う前は勝手に相手を敵視していたが、実際膝をつき合わせ見たら、算数教育を少しでも良くしたいという思いは共通であるとわかり、自分自身の偏見を深く反省した


という自体とは全く逆だった。

それまでは、「教育委員会の隠蔽体質」などとマスコミで報道されていても、「まあどちらの言い分が正しいのかは分からないよな」と思っていた。

 しかし、市教委との話し合いで、「隠蔽体質・事なかれ主義」は教育委員会という組織に染みついていると確信した。

 今回のいじめ自殺をめぐっても、教育委員会がもみ消しを謀っていることは容易に推測できる。

 そういうことを教えくれたという意味で、三島市教委指導主事には感謝している。(もちろん、皮肉)
積分定数
2012/07/14 00:31
もしかしたら必要になるかも知れない、
「運動量を mv ではなく vm と書く」
という、もうひとつの順序主義。
http://www005.upp.so-net.ne.jp/rainbow-room/physicsE2.htm
ゴルゴ・サーディーン
2012/07/14 02:14
中央大学理工学部物理学科教授のツイートの続き

>結局、小学校の数学の文章題で何を教えるべきか、理解させるべきかということが数学者と僕のような物理学者じゃ違うんだと思います。物理では運動量をmvとは書いてもvmとはまず書かない。順序に意味があります。それは「質量がまずあってそれが速度を持つ」という因果関係があるから。

>同じような意味で、小学校の文章題は「現実の問題を解いている」のだから30円×2個=60円と考えるのは別に悪くない、2個×30円=60円とは(日本人は頭の中では)考えないのだから、と思う。でも、算数の延長上にある数学者はそういう「価値」を掛算という抽象演算に(続く)

>(承前)持ち込むことが許せないのだと思います。つまりイデオロギー論争になっているように思えます。でも、順序固定を絶対否定したい人はきっとそうじゃなくて順序固定が子供に害悪をもたらすという論理にしたいんでしょうね。

>僕は数学者じゃないからそもそも、掛算に固定した順序を持ち込むことに抵抗がない。というより、順序に意味があるような(因果関係を反映しているような)世界で生きていてその延長で小学校の算数をみています。そこの部分が数学者の人と相容れない部分だと思います。

>敢えていいますが小学校の算数は将来純粋数学を学ぶ人のためだけにあるわけじゃない。理論物理をやる人になる子供も学びます。その場合、掛算の順序には意味がある。そういう算数の教え方を絶対悪だとかテキストパターンマッチングだとか言われてもぴんと来ないです。
おおくぼ
2012/07/14 03:55
 この人は算数教育の現状をどの程度調べたのだろうか?勿論、私も全てが分かっているわけではないが、調べる努力はした。

 現実に、「正しいかけ算の順序」が方便ではなく目的になってしまって、そのために多大なむだな努力がなされている、そういう事実を知っているのだろうか?

>同じような意味で、小学校の文章題は「現実の問題を解いている」のだから30円×2個=60円と考えるのは別に悪くない、2個×30円=60円とは(日本人は頭の中では)考えないのだから、と思う。

2個買った。単価は30円

だったら私はごく自然に、2×30とする。


300gの7%

式に書けといわれたら、300×0.07
頭の中での計算は、7×3

とする。ごく自然にそうする。これは私の場合であって、こうしなければならないわけではない。

>理論物理をやる人になる子供も学びます。その場合、掛算の順序には意味がある。

この人自身は、順序を教わったのだろうか?それが物理の理解に訳だったのだろうか?


 とにかく、現実を見て欲しい。
積分定数
2012/07/14 05:44
http://twitter.com/Yh_Taguchi

>しっかり教えていればそうならないのでは。掛算固定が絶対悪いという論拠が解らないです。RT @genkuroki: ‪#掛算‬ 要するに掛算の順序を子どもたちに徹底する教え方は現場の負担が重く、結果的に「単位のサンドイッチ」方式に堕落する可能性が高い。

「掛算固定」を「いじめ」と置き換えると・・・。

しっかり教えていればそうならないのでは。いじめが絶対悪いという論拠が解らないです。

あと、「しっかり教える」の基準がわからない。
意識してないだけで、循環論法な気がする。
おおくぼ
2012/07/14 08:21
しっかり教えていれば、「順序はどうでもいい」という指導でも、将来物理を学ぶときに、mvやvtという慣習に馴染むことが出来るだろう

って、「1あたり×いくつ分」に拘るからおかしくなるわけで、どっちでもいいから、その場の慣習に従うことが出来るのだが・・・


原発もちゃんと運転していれば安全
拳銃も適切に扱うなら犯罪は起きない。だから日本でも銃を解禁しよう
みんなが良心・自制心・公衆道徳をわきまえるなら法律も警察も要らないから、そうしましょう。
積分定数
2012/07/14 08:30
>だったら私はごく自然に、2×30とする。

私も2×30にします。

>2個×30円=60円とは(日本人は頭の中では)考えないのだから、と思う。

これは日本の算数・数学は固有の順序があるという事ですよね。
他の書き込みも総合して考えると、理論物理も日本固有の順序があると受け止められます。
こうなると日本でいくら勉強しても、世界的には通用しなくなってしまいます。
こういう人達は、英語で論文を書く時にはどうするんですかね?
TaKu
2012/07/14 11:15
民族物理学!
積分定数
2012/07/14 11:50
積分定数さんの
>中央大学理工学部物理学科教授のツイートが酷い。
読みました。

>「掛算固定」を「いじめ」と置き換えると・・・。
→おかしいですよね。
順序は何でもいいと御考えだから、こんなこと出来るのかもしれませんが^^;

順序の考えも必要なのでは?
関数を使って解く、というように。

田口さんは全否定ではなくて、それも大切だと、
そういう立場で考えるにはどうすればよいかを提案なさっていると思うのですが。

TwitterのTL、人を馬鹿にするような失礼な発言も多くて議論の筋から外れていますよ。

あと人の身分を明かして批判するのは最低だと思います。
Ron
2012/07/14 15:06
ツイートのは「おおくぼ」さんでした。(積分定数さん失礼致しました。)

訂正をします。
Ron
2012/07/14 15:10
いじめ に置き換えたのは おおくぼさん ですし、


田口教授は自ら実名で発言されました。


事実を確認のうえ、ご意見を発表されるよう、お願い致します。

鰹節猫吉
2012/07/14 15:15
田口教授のツイートをひととおり見てみましたが、とてつもないなぁという感想。

>物理では運動量をmvとは書いてもvmとはまず書かない。順序に意味があります。それは「質量がまずあってそれが速度を持つ」という因果関係があるから。
>順序に意味があるような(因果関係を反映しているような)世界で生きていてその延長で小学校の算数をみています。
>小学校の算数は将来純粋数学を学ぶ人のためだけにあるわけじゃない。理論物理をやる人になる子供も学びます。その場合、掛算の順序には意味がある。

これっていったいなに物理なんだろう。物理と数学の違いがそんなところにあるなんていう話は生まれて初めて目にしました。

中央大の物理ではそんなことを教えているのかと疑って講義内容を見てみたんですが、数理モデルも教えているんですね。
http://www.phys.chuo-u.ac.jp/public/tag/kougi/2003/suurikaiseki/presen1/siframes.html
こういうスキームに、掛け算の順序の話を正しくあてはめれば間違っていることくらいわかるだろうと思うのですが。自分では矛盾に気付けないのかな。
M
2012/07/14 16:20
私の考え方も書いておこうと思いますが、数学と物理の違いは実験事実と合わせる必要があるかどうかだけだと思っています。数学は自分で矛盾がなければどんな理論つくってもOKですが、物理は実験と合わなければ理論を修正するか捨てるか拡張するかする必要がある。
M
2012/07/14 16:27
「最初期はかけ算に順序を導入して教えてもよいが、小学校を卒業するまでには誤解を解くべきである」というのは私はちょっと遅すぎる気がします。九九を教えてしまえば気がつく子は自分で気が付くだろうし、その時に交換法則も教えることになっています。そこで矛盾と悟られないように(?)文章題だと交換しないとか言い出すんでしょうが、更に矛盾を導入して泥沼に進んでいくことになるんでしょうね。
M
2012/07/14 16:34
実名云々に関して私の考えを書きます。

 当人が実名で出ている以上、仕方ないと思います。ハンドルネームがあればそれでもかまわないのですが、たまたまその人を表現する記号がHNではなく、実名だったというだけだと思います。本当に実名なのかどうかは知りませんが。疑っているのではなくて、確認していないから断言できない、確認するのは面倒くさいというだけのこと。

 実名を出しながら、「言及するときはこのHNを使ってね」、ということが提示されているならまだしも、そうでもなさそうだし、「某氏」というのも誰を指すのか曖昧だから、仕方ないと思いますよ。

 Ronさんが何か提案があるならともかく、現状では仕方ないのではないでしょうか?

 また実名で発言する方が重みがあるとか言うのは分かるのですが、NNで発言する人が実名を公表している人を批判してはならない

ということだと、

我々はHNで、

野田も小沢一郎も、池田大作もビンラディンもブッシュも批判できなくなります。

そんなのは馬鹿げていると思います。

 私は「積分定数」ですが、勿論本名ではありません。実名はこのブログのどこかに書いてあるし、リンクを追えば住所も電話番号も分かります。

 隠すほどの者でもないから言います。私の名前は西沢宏明です。

 私の意見に反論するのであれば、Ronさんも実名を言って下さい。
積分定数
2012/07/14 22:07
Ronさん

>TwitterのTL、人を馬鹿にするような失礼な発言も多くて議論の筋から外れていますよ。

TwitterのTLをここで批判するのは構いません。しかし、「議論の筋から外れていますよ。」とここに苦言を述べられても、江戸の敵を長崎で討つようなものです。

 「議論の筋から外れています。」なら、「なるほど、そうですか。そういうことがあるという話は承りました。」となるのですが、「外れていますよ。」といわれてもねえ。

 幸か不幸か「かけ算の順序反対同盟」とかの確固たる一枚岩の統一的意思を持った組織があるわけでもないし、ここがその組織の広報部でもありません。

 ここの常連さんにしても、直接会ったことがあるのはメタメタさんだけで、他の方とはネット上でのやりとりしかしていないし、全く素性は知りません。くろきげんさんに関しては、ご本人が公開しているので分かっていますが。
積分定数
2012/07/14 22:19
>ここの常連さんにしても、直接会ったことがあるのはメタメタさんだけで、他の方とはネット上でのやりとりしかしていないし

これは厳密には分からないですね。たまたまコンビニで買い物したときの店員がこの中の常連さんである可能性も0ではないのだから。

 正確には、ここの常連さんでそのことを明らかにした上で、「あなたが○○さんですか?」というようにしてリアルに会った人はメタメタさんだけという意味です。

 別口のオフ会では、「あなたが○○さんですか?」ってのはあります。互いにHNで呼び合うとか、飲み会の会場予約までHNというのは何とか慣れたのですが、周りに関係のない群衆がいる中でHNで呼びかけている姿はかなり気恥ずかしい。
積分定数
2012/07/14 22:24
Ronさんのコメントは・・・

>あと人の身分を明かして批判するのは最低だと思います。

田口教授の「身分」は、ツイッターに公開してあります。
だから野田佳彦を「日本国首相」と書く感じで、書きました。
おおくぼ
2012/07/14 23:03
> 物理では運動量をmvとは書いてもvmとはまず書かない。順序に意味があります。それは「質量がまずあってそれが速度を持つ」という因果関係があるから。

 田口教授にもコレ ↓
http://www005.upp.so-net.ne.jp/rainbow-room/physicsE2.htm
を見ていただければ、現場教師にヘンなことを吹き込んでいる勢力があることを知ってもらえると思うのですが…

 ただ、質量は速度の原因というわけではないから、因果関係というのはまずいでしょうね。

 質量がまずあって、その速度が…で p=mv と思うと頭にすんなり入る気がするという 「気分の問題」 で 「単なる慣習」 と言ってよいでしょう。

 ただ、田口教授の場合は、社会的地位のある人が(たぶん批判は承知の上で)実名で発言されているので、礼節は重んじてやっていきたいと思います。

 ツイッターはほとんどやらないので、ツイッターの流儀が分からないので、困ってます。字数制限もあることだし簡潔に書かないといけないけれど、面識のない方にあんまりぶっきらぼうに話しかけるのも気がひけます。
鰹節猫吉
2012/07/14 23:18
 どうも、メタメタさんとは家が割合近くらしい…

 ひょっとしたら、ひょっとするかもしれません。
鰹節猫吉
2012/07/14 23:23
鰹節猫吉さんへ

ツイッターで議論するのは無理だと思います。
できるのは簡単な質問ぐらいです。
あと情報提供ぐらいです。
「#掛算」でツイート検索すれば、田口教授のツイートへの批判ツイートがいろいろ見つかります。
ちなみに私は田口教授に2回質問し、返事をもらいました。
おおくぼ
2012/07/14 23:35
ツイッターの流儀はぼくも理解するまで半年くらいかかりました。

早めに認識しておかないと迷惑をかけてしまうのが「メンション」についてです。別名「ナルト」w。 @username を付けてツイートすると username の人のクライアントの Mentions のような欄にその発言が表示されるようになります。無用もしくは邪魔なメンションを飛ばされるとツイッタークラインアントの性質のせいで迷惑になることが結構多いんですね。

メンションを飛ばさずにかつどの発言に対するコメントであるかを明確であるようなツイートをするのは結構手間がかかります。ぼくがときどきやっているのは

http://〈コメントを付けたい発言の短縮URL〉 から引用「〈引用文〉」。〈コメント文〉

のような形式でのツイートです。ツイッターにおける各発言単独のURLは https://twitter.com/ の各発言の右上の「○○秒(分、時間)」をクリックすればわかります。その発言が一つだけ表示されるページにジャンプします。

あと、ぼくは最初から自分の素性を公開して発言した方が安全だと思っているのでプロフィールにおけるリンクによって素性を公開しています。しかし、正直な話として、ツイッターでまで「黒木先生」と呼ばれるのは苦痛。別に「先生」の立場で発言しているわけでもなんでもない。もちろん興味の範囲が職業と密接に関係していることは認めますが。
くろきげん
2012/07/14 23:45
>Ronさん
>私の意見に反論するのであれば、Ronさんも実名を言って下さい。

 これは冗談ですので、私の意見に反論があれば、実名をのべる事なくここで大いに批判を書いてくれて結構です。
積分定数
2012/07/15 02:07
>Ronさん
>あと人の身分を明かして批判するのは最低だと思います。

 よくよく見たら、実名の事ではなくて身分のことを言っているのですね。これは当人が公開しているのだから「明かして」という批判は的はずれだと思います。
積分定数
2012/07/15 03:58
http://twitter.com/#!/search/%23%E6%8E%9B%E7%AE%97?q=%23%E6%8E%9B%E7%AE%97
>田口善弘氏
>結局のところ、数学的に同値な式はみな正解という方向に走り始めたら、途中にどんな式が書いてあっても最後が60なら正解になってしまうのではないか。これでは教育などできないのではないか。だから、掛算順序固定を絶対に禁止すべきだという主張には論理的な根拠は無いのだと僕は思う。

これはやっぱり酷い発言だと思いますよ。

これまで散々繰り返されてきた反・反順序派のくだらない屁理屈。逐一反論するのも面倒くさい。

まあ批判対象の主張を勝手に敷延して、それを批判するというのはよくありがちではあるのだけどね。

かけ算の順序論争は詭弁・屁理屈・我田引水・牽強付会の見本市。

積分定数
2012/07/15 04:07
戯れに、反順序への詭弁的反論を書いてみる。

「テストでバツにするのは酷い」ということなら、「どんな答案にも全部○をつけろ」となってしまうではないか!
 それじゃテストの意味はない。
だから、順序に拘ってバツを付けるなという主張に論理的根拠はない


「どんな答案にも全部○をつけろ」なんて誰も言っていないのだが・・・
積分定数
2012/07/15 04:11
割り算の話。

田口善弘さんのツイート

>基本的には賛成ですが、一応。3×5≠5×3の教育には意味があることも言っておきます。「10キロを移動するのに時速30キロで何時間かかりますか?」という問いに30÷10=3時間と答えてしまう小学生は結構多いんです。割りやすい方でやってしまうんでしね(続)。

>これを防ぐには5×3≠3×5を認識させるのって結構大事なんですよ。順序を入れ替えちゃう小学生は交換則を理解してやってるんじゃなくてただ闇雲にやっていることは多いんです。

keithtokさんの反論ツイート ↓

http://twitter.com/keithtok

>「でたらめに式を立てて計算する子がいるからまずは順序固定を暗記」という主張には普通の親は説得されてしまうかも知れないし,実際順序固定方式の方が教育効果(クラス全員が正答するようになるまでの平均時間の逆数)は高いかも知れない.でも,それと「逆をペケにする」のは別の話

>うちの娘も昔デタラメに立式してた.でもよく話を聞いてみると,むしろ彼女の中には立式に関する間違った「固定」観念(割り算の時は「大きい数が先」みたいな)があって,それに常にすがって間違った式を「理路整然と」書いていたのだった.「固定」規則は少ないに越したことはないと思った
おおくぼ
2012/07/15 09:16
>これを防ぐには5×3≠3×5を認識させるのって結構大事なんですよ。

割り算とどう関係するのでしょうか?
私の中では、掛け算の順序と割り算の理解は何一つ繋がりません。
TaKu
2012/07/15 10:34
>順序を入れ替えちゃう小学生は交換則を理解してやってるんじゃなくてただ闇雲にやっていることは多いんです。

この根拠は何だろうか?小学生に教えた経験があるのだろうか?

>これを防ぐには5×3≠3×5を認識させるのって結構大事なんですよ。

実際に効果があるというデータがあるのだろうか?

物理学者だろうから単に思いつきをいっているわけではないと思うけど。
積分定数
2012/07/15 13:33
田口善弘さんの新しいツイートから抜粋。

>小学校の現場で僕が言っているのは全然違う意味で(例:学習指導要領に書かれているから、そもそも掛け算には順序があるべきだ、など)掛け算順序固定教育が行われてそれが実害を呼んでいるのは知っています。しかし、だからといって全部の掛け算順序固定を(続)

>(承前)否定するのは、むちゃくちゃだと僕は思います。問題なのは、掛け算の順序固定教育をうまく使いこなせない教師の存在で順序固定教育そのものが元凶なわけではありません。掛け算順序固定教育全否定運動は角をためて牛を殺す可能性が高いと考えています。

「例:学習指導要領に書かれているから、そもそも掛け算には順序があるべきだ、など」

本当???

「問題なのは、掛け算の順序固定教育をうまく使いこなせない教師の存在で・・・」

現場の教師はこの主張を知ったら、どう思うのだろう?
おおくぼ
2012/07/15 21:04
割り算論争は、掛け算論争より酷い状況な気がするのですが・・・。

「人力検索はてな 」より
>掛け算は交換法則を満たし割り算は交換法則を満たさないのであれば掛け算と割り算は違うものであり、掛け算を割り算にしたり、割り算を掛け算にしてはいけないということになりませんか?

http://q.hatena.ne.jp/1304857863

かなり難しい論争になっています。

私は「÷」という記号の扱いが難しいのであって、割り算は簡単だと思うのです。
「÷」を分数に変えれば、「×分数」です。

例) 8÷4÷2=  
「÷」を分数に変えると  8×1/4×1/2=1

8÷4÷2=  の場合、「4÷2」を先に計算すると答えが変わります。
だから「÷」の記号は、分数よりも扱いが難しいと思うのです。
おおくぼ
2012/07/15 21:25
追記

「割り算に順序があるから、掛け算にも順序あるべき!」という主張が出てくる気がするのです。

掛け算の順序派には何パターンかあります。

1 足し算に順序がある。だから掛け算にも順序があるべき。

2 割り算に順序がある。だから掛け算にも順序があるべき。

3 その他(サンドイッチ方式、日本の習慣)。

サンドイッチ方式は、1番や2番とも絡んでくるので厄介です。
また1番と2番の両方を主張する人もいます。
おおくぼ
2012/07/15 21:36
原発に色々問題があるのは知っています。だからといって、原発を含めて一切の文明を拒否するのは、僕は無茶苦茶だと思います。
積分定数
2012/07/15 22:03
>例:学習指導要領に書かれているから、そもそも掛け算には順序があるべきだ、など

基本的な事実関係すら調べないで、脳内かけ算の順序・脳内反順序論に基づいて思いつきを書いているように思える。

 ちゃんと調べてくれよ・・・

 その上で、自分の考えを述べればいいと思うのだが・・・
積分定数
2012/07/15 22:28
我々が抽象化を目指すべきと言っているのがイデオロギーの押し付けと捉えられているようでした。

そうは言っても「立式」するところで捨てられる情報があるんですから、算数をやるならば抽象化をやらないわけにいきません。

そのあたりを世間一般に分かりやすく説明していかないと、彼のような反応をする人がまた出てくるように思いました。

鰹節猫吉
2012/07/15 23:01
>基本的には賛成ですが、一応。3×5≠5×3の教育には意味があることも言っておきます。「10キロを移動するのに時速30キロで何時間かかりますか?」という問いに30÷10=3時間と答えてしまう小学生は結構多いんです。割りやすい方でやってしまうんでしね(続)。


小学生は、方程式を知らないということが重要だと思う。
だから中学生には簡単だと思える文章題が意外にも難しかったりする。
keithtokさんのツイート↓は、小学生のことがよくわかっていると思う。


>うちの娘も昔デタラメに立式してた.でもよく話を聞いてみると,むしろ彼女の中には立式に関する間違った「固定」観念(割り算の時は「大きい数が先」みたいな)があって,それに常にすがって間違った式を「理路整然と」書いていたのだった.「固定」規則は少ないに越したことはないと思った

おおくぼ
2012/07/15 23:17
義務教育である中学生の数学では、抽象化した概念で数式を取り扱うと思っています。
抽象化は全国民が身に付けるべき技能ですよね。
TaKu
2012/07/15 23:20
小学校も義務教育ですが・・・。
中学や高校の数学は、抽象化された形式を暗記させている気がします。
だから人間をコンピュター化するみたいな感じがします。

「抽象化するプロセス」を重視した教育になればいいと思います。
銀林浩さんの本はいいとは思えませんが、遠山啓さんの本を読むと、「抽象化するプロセス」を重視している気がするのです。
おおくぼ
2012/07/16 00:05
追記

教師から見た場合、小学校の数学(算数)は中学校より難しいのではないでしょうか?
その理由は、中学では使える方程式などの強力な武器を使って教えることが禁じられているからです。
同じ理屈で、中学の数学は高校の数学より難しく、高校の数学は大学の数学より難しい。

これはあくまで任意の一つの視点からの評価であって、別の視点から見れば違います。
おおくぼ
2012/07/16 00:11
算数が難しいのは、抽象化ということばを使わずに抽象化の方法論を理解させなければいけないことです。

まず、数えるということ…難しいです。
真面目に考えると、数えるためには、
1)共通点があること
2)お互いに見分けられること
を同時に満たしていることが必要です。
M
2012/07/16 00:50
田口教授、本気で考えているようには思えない。大学のセンセイであろうとも、いつでも全力で考えるというわけではないのでしょう。とはいえいかに手を抜いていても、#掛算の一連の発言はお粗末すぎるとおもいますけど。
M
2012/07/16 00:56
> おおくぼさん
> ツイッターで議論するのは無理だと思います。

確かにそうですね。


> くろきげんさん
> 早めに認識しておかないと迷惑をかけてしまうのが「メンション」についてです。別名「ナルト」w

ということは、むやみやたらに 「返信」 というのをやるのはまずいことなんですね。

鰹節猫吉
2012/07/16 01:00
https://twitter.com/tototoshi/status/224502153560076288
>敢えていいますが小学校の算数は将来純粋数学を学ぶ人のためだけにあるわけじゃない。腐女子になる子供も学びます。その場合、掛算の順序には意味がある。そういう算数の教え方を絶対悪だとかテキストパターンマッチングだとか言われてもぴんと来ないです。

冗談としては笑えました。
M
2012/07/16 01:04
おおくぼさん、ぼくも小学校の数学を教えるのが一番難しいという意見に賛成です。

実は極端な意見だと感じる人は多いと思いますが、小学校5年生あたりまでの理解のスタイルが正しい人はかなり容易に数学科の大学院レベルの数学まで理解できるようになると思います。

以前にもどこかで述べたと思いますが、大学で数学を教えていると、小学校のときに本当にどれだけ大事なことを教わったことか(もしくは自分で勝手に身に付けたか)と思わずにはいられません。

新しい計算規則を習ったら、様々な応用例でイメージをつかむ努力をし、計算ドリルによって自動的に働く回路を頭の中に作り、常に図やグラフを描きながら物事を考え、そして何よりも大事な試行錯誤を忘れずに、などなど、全部小学校のときに学校で習ったり身に付けたりすることばかりです。特に新しい概念をどのようにして身に付けるかについては小学校での経験が重要だと思います。

小学校のときにできていたことを大学レベルの数学でサボると確実に分からなくなる。本当にあらゆることがわからなくなる。
くろきげん
2012/07/16 01:05
 高校生に教えいてると、小学校の算数が如何に重要かが分かる。算数レベルのことをちゃんと理解しているかどうかと同時に、試行錯誤や虱潰しに抵抗がないか、それとも手軽に答えが出るマニュアルを欲してしまうか、というのがある。

 割合・比率・単位あたり量、このあたりをきちんと理解している子は恐ろしいぐらいに低い。

 半径の比が1:2の球が2つある。表面積比と体積比は?
 これにすぐに1:4 1:8 と答えられる子は希。

 私はこのあたりのことは、色々考えるうちに自然に身についた。内向的で自分の世界に没頭するタイプだったから、あれこれ勝手に考えたのだと思う。

 勝手に考えても正しい結論に行き着くのは、算数・数学において「正しいこと」というのは誰か偉い人が恣意的に決めたことではなくて、正しい推論を続けていけば正しい結論に行き着く、そういうものだから。(ゲーテルがどうの、新直観主義がどうのとか、そういう話はとりあえずおいておく。普通の算数・数学レベルの話)
積分定数
2012/07/16 03:50
 割合・比率・単位あたり量は教える側にとっても鬼門のようだ。「みはじ」「はじき」「くもわ」などというのも、何とかしようとして出してきた苦肉の策だろう。

 くだらないとは思うが、無碍に否定もできない。教える際は、「苦肉の策なんだ」という認識は持って欲しい。当たり前のように堂々と教えたりしないでほしい。「みはじ」を使うのが正式な方法などとは思うのは言語道断。
積分定数
2012/07/16 03:55
「みはじ」に批判的であると思われる人が、別の道具を提示することもある。

 しかし「それも1つの道具に過ぎない」、という自覚は持って欲しい。

 瀬戸智子氏とのやりとりで唖然としたが、どうも、「こう考えるのが正しい」という思い込みを持っている人が多いようだ。

 引き算には球残と求補と求差がある

などという、抽象化してしまえば消え去るような概念にあそこまで拘る意図が分からない。

再度言う。

勝手に考えても正しい結論に行き着くのは、算数・数学において「正しいこと」というのは誰か偉い人が恣意的に決めたことではなくて、正しい推論を続けていけば正しい結論に行き着く、そういうものだから。


ここに、偉い人が考えた恣意的な概念を紛れ込ませたらどうなるのだろうか?

恣意的な概念は、各自が勝手に考えても獲得されるとは限らない。

むしろ混乱を招きかねない。

そういうことに恐ろしさを感じないのだろうか?
積分定数
2012/07/16 04:03
足し算には合併・添加・増加があります
引き算には求残・求補・求差があります
かけ算には倍と積があります
割り算には等分除と包含除があります
割合分数・量分数
内包量・外延量
割合の三用法
・・・・


くだらない×∞


 そんなこと全く知らなくても、算数・数学・物理を理解できた。余計なことを教えられたら混乱したかも知れない。

 3秒で6m動くなら1秒では2m

そんなの当たり前。ちょっと考えれば分かる。内包量だの外延量だのといった虚構の概念を持ち込む必要は全くない。


しかし、むだ毛が多すぎる。オッカムの剃刀では間に合わない。鎌か鉈でぶった切りにしてしまいたい。
積分定数
2012/07/16 04:13
 以前も文句を言ったが、数式の変形が示されていて、「どのきまりをつかったか?」などと問うのは最低。分配法則や結合法則や交換法則が、やさしい(?)言葉で表現されていて、そこから選択するという問題。

 数に慣れ親しんでいれば、「きまり」など意識しないでごく自然に使いこなせると思うし、その方が望ましい。
8が5個、8が2個と3個 これが同じになるなんて、分配法則を意識しなくても自然に理解できると思う。というかこの自然な理解を敢えて法則として仰々しい名前を付けたのが分配法則。

積分定数
2012/07/16 04:35
>物理学者だろうから単に思いつきをいっているわけではないと思うけど。

田口善弘さんのツイートを読むと、物理学者として発言しているとは到底思えない。
科学は仮説を提示して、事実の裏付けを取らなければいけない。
事実の裏付けを取るのは大変だったりするけど、でもそうしなければ科学として認められないのだから仕方ない。
そして事実の裏付けだけでは決着が付きにくい場合がある。

ニュートリノの実験は測定ミスということが判明したけど、測定ミスだとわかるまで大変な苦労があったと思う。
実験するのも大変で、実験の結果が正しいかを判断するのも大変。
数学には数学独自の大変さがあるけど、数学の正しさを証明するのに実験は要らない。
おおくぼ
2012/07/16 04:37
 トンデモなことを平然と言う人もいて、見ようによっては面白いが、なんだか混沌としてしまってはまずい。

■「かけ算の順序」の本質は、算数教育業界に蔓延る抽象化の否定
■抽象化の否定は、「子どもにとってはいきなり抽象的な概念は難しいから、具象の段階から丁寧に教えることが必要」という真っ当な主張の「具象の段階から丁寧に教えることが必要」の部分が異常に肥大化してしまったことが原因。

大雑把には、これが「かけ算の順序」問題の本質だと思う。

それとは別に

■「みはじ」「くもわ」など、解法を提示してそれを覚え込ませる算数・数学教育の風潮

というのがある。この件と「かけ算の順序」は、密接に関係している面もあれば異なる面もある。
積分定数
2012/07/16 04:44
>科学は仮説を提示して、事実の裏付けを取らなければいけない。

せめて仮説や推論ならその旨書いて欲しい。私も気をつけたいが、「〜だと思う」というような書き方を心がけている。事実を検証できたことしか言えないのであれば何も言えなくなるが、かといって断言もできないからこういう曖昧な言い方になるのだがそれは仕方ない。

>数学には数学独自の大変さがあるけど、数学の正しさを証明するのに実験は要らない。

私は生徒に教える際には「実験」をすることを薦めている。

1からnの和の公式を導いたら、nに小さい数を入れて確認するとか。

そうすると、公式に代入して求めてよしとする子がいる。

このあたり、算数教育からの弊害を感じる。

■nに具体的数を代入してそのときの総和を求める
■nに具体的数を当てはめて、1+2+・・+nを計算した数値と公式に当てはめた数値が合致することを確認する

この違いが分からない子がいる。逐一説明しないとならない。

具体的な場合にあてはめて検証する、というのは自然に身につくものだと思っていたが、意識的に教えないとならないと分かった。
積分定数
2012/07/16 04:53
今生徒に取り組んでもらっているのは

■2次式を作ってそのグラフを書いて頂点の座標を求める。その作業を何度もやっていろいろな2次式の頂点の座標をもとめて、2次式と頂点の座標の関係を探る。

ある種の“実験”


■数列の総和Snをnの式として与えて対応する数列anを求める。沢山のSnを自分で設定してanを見つける。
an=n^2となるSnを求める。

Snを勝手に設定して対応するanを求める、という“実験”を繰り返すうちに、どうすればan=n^2になるのかが見えてくる。


例えば、3x+5=18 これをまずxに片っ端から整数値を入れて18前後になる値に絞り込んで、さらに分数や小数を入れて絞り込むのに似ている。

 方程式でいきなり移項とか習うよりも、この様な経験を一度した方が、上記のような数列の問題で対応しやすくなると思う。

 でこういうことは、みそ汁の味加減の調整とか、ゴミ箱にゴミをうまく投げ入れるように力を加減するとか、

 日常生活でやっていることと同じ。
積分定数
2012/07/16 05:04
くろきげんさんのツイートに

>フォーゼが8月に終わってしまうことはとても残念だ。

・・・とありましたが、「ネット版 仮面ライダーフォーゼ みんなで授業キターッ!」というのがあります。

http://www.animate.tv/anime/details.php?id=112&d=1

私はフォーゼ、オーズ、ダブル、ディケイドと、最近の仮面ライダー・シリーズは全話観ています。
最近の仮面ライダー・シリーズはギャグが溢れていて好きです。
おおくぼ
2012/07/16 05:06
>私は「÷」という記号の扱いが難しいのであって、割り算は簡単だと思うのです。
>「÷」を分数に変えれば、「×分数」です。

分数の中に「/」という記号が移っただけで難しさは同じでしょう。
分数を導入すれば、計算は掛け算だけで済みますが、分数を理解しなければなりませんから。
負の数を導入すれば、足し算だけで済みますが、負の数を理解しなければならないのと同じようなものでしょう。
zorori
2012/07/16 06:57
÷ についてですが…

「一般に可換でなくと云々」と言っている「計算のきまり」を大事にしている人たちは 「10÷2÷5 というのはホントは駄目。÷に結合法則は成り立ちません。(10÷2)÷5 と書くべき」 と言わないのだ?

彼らの論理だと、そうなるはずだと思うのですが。

鰹節猫吉
2012/07/16 07:21
> 分数を導入すれば、計算は掛け算だけで済みますが

余りのあるわり算について説明するために、あえて

5÷3 = 1 … 2

のような書き方をしているのかなとは思うのですが、分かりません。

5 = 1×3+2
5 = 3×1+2

のようなのだと、「正しい順序問題」も発生することですし…

鰹節猫吉
2012/07/16 07:48
>余りのあるわり算について説明するために、あえて

なるほど。
余りに着目すると、剰余系へ、あくまで割り算に着目すると分数へ。
算数(÷)には、将来の数学(/)、(mod)の元がいろいろ詰まっている。
zorori
2012/07/16 09:03
かけ算は本質的に交換するので順序固定するのは誤りである。つねにどの順番で書いても正しい。

というのが私の考えです。教育のためなら固定して教える(のもかまわない・ほうがよい)というのは、便宜のためなら嘘を教えてもかまわないということにつながります。
M
2012/07/16 10:57
https://twitter.com/Yh_Taguchi/status/224681669397983233

>まあ、それはそうでしょうね。だから、そこは子供に納得させられるかの教師の力量でしょう。交換則がどうとかとは関係ないと僕は思います。RT @alltbl: バッテン、とかつけるからじゃないの? 掛け算の順序でなんで?ってのがどうにも腑に落ちないから。

嘘を教えるのも教師の裁量の範囲だ、というよくある順序派の主張に落とし込んだようですね。
M
2012/07/16 11:02
>数えるためには、
>1)共通点があること
>2)お互いに見分けられること
>を同時に満たしていることが必要です。

たし算を適用する場面では、1種類の数え方だけが可能であればたし算を実施することが可能です。ところが、かけ算を適用する場面では、実は同じ対象に対して(最大)3種類の別々の数え方が登場することになる。抽象化のしかたを変えなくてはならない。そこがたし算からの飛躍であり難しいところであると思います。
M
2012/07/16 11:10
>便宜のためなら嘘を教えてもかまわないということにつながります。

もっと問題なのは、数学の理論構造を否定していてかつそれに気付かないということでしょう。なにが正しくてなにが正しくないかの根拠を否定してしまっている。
M
2012/07/16 11:19
zororiさんへ

>分数の中に「/」という記号が移っただけで難しさは同じでしょう。
>分数を導入すれば、計算は掛け算だけで済みますが、分数を理解しなければなりませんから。

小学生にとって分数が簡単とは言えないかもしれません。
でも「÷」を分数に置き換えれば、謎が解決できるということが重要だと思うのですが・・・。

また分数は小学生には必須です。
だから分数を利用することによって、「÷」が引き起こす謎を解消できればいいと思うのです。
おおくぼ
2012/07/16 18:21
>例えば、3x+5=18 これをまずxに片っ端から整数値を入れて18前後になる値に絞り込んで、さらに分数や小数を入れて絞り込むのに似ている。
>方程式でいきなり移項とか習うよりも、この様な経験を一度した方が、上記のような数列の問題で対応しやすくなると思う。

数学の世界にリアリティを感じるというか、身近に感じる方法で、「現場の数学」という気がします。
暗記詰め込み主義の対極にある方法でしょうか。

『数に強くなる 』(岩波新書:畑村洋太郎:著)もそんな感じがしました。
おおくぼ
2012/07/16 18:34
>便宜のためなら嘘を教えてもかまわないということにつながります。

「水からの伝言」で問題になりましたが、嘘を教える事に抵抗がない教育者が多数いるようです。
順序を教える側は、嘘だと分かっている人、正しいと思っている人、正しいかどうか気にしない人が混在しているのが問題だと思います。
「嘘を教えるな」と言っても、「だから何?」と考える人が結構いそうです。
TaKu
2012/07/16 20:17
B層どころか、「高学歴高所得のエリートやインテリ」のどの程度までリフレ派なのか知りませんけど、リフレに理解がない人たちをすぐバカバカ言ってたら、そりゃあ支持は得られないんじゃないですか。
それにあえて言えば、限られた「エリートやインテリ」の理解さえ広まっていれば、もっと言えば専門家の多数さえとっておけばよかったわけですよ。B層なんて無視して。
・・・ま、しかしこのTweetで表わされているような素人の政局遊び、半端な政治家気分がリフレ派の現状を生んでしまったというのだけは間違いないですね。これで自分は問題ないと信じてるんだから信じられないよ、ホント。
http://d.hatena.ne.jp/jura03/20120717/p1

とにかく俺たちが説くリフレは正しい、その正しいリフレが分からない、実行しない財務省や日銀の官僚どもはアホなんだ、理由があるとすればそれはいろいろ利害があるからなんだ云々。
それがもうアイデンティティのよりどころになっていて、そのためだったら本も買います飲み会にも行きますという、そういう雰囲気になっている。
ああなると、在特会とかと同じで、理屈じゃないんです。で、実際理屈じゃなくなっています。
http://d.hatena.ne.jp/jura03/20120716/p1

掲示板は デ タ ラ メ でした
掲示板君達へ
2012/07/16 20:23
>「一般に可換でなくと云々」と言っている「計算のきまり」を大事にしている人たちは 「10÷2÷5 というのはホントは駄目。÷に結合法則は成り立ちません。(10÷2)÷5 と書くべき」 と言わないのだ?

これで、問題は解消しますね。

>なるほど。
>余りに着目すると、剰余系へ、あくまで割り算に着目すると分数へ。
>算数(÷)には、将来の数学(/)、(mod)の元がいろいろ詰まっている。

だから「÷」は難しいと思うのですが・・・。

あと小数は難しいと思うのです。
分数は理屈を理解できると、すごく便利です。
おおくぼ
2012/07/16 23:27
まっ。そろそろ、おとなしくするんだね。>黒木くんよ

> とにかく俺たちが説くリフレは正しい、その正しいリフレが分からない、実行しない財務省や日銀の官僚どもはアホなんだ、理由があるとすればそれはいろいろ利害があるからなんだ云々。

> それにあえて言えば、限られた「エリートやインテリ」の理解さえ広まっていれば、もっと言えば専門家の多数さえとっておけばよかったわけですよ。B層なんて無視して。
黒木くん
2012/07/16 23:55
>暗記詰め込み主義の対極にある方法でしょうか。

たとえば、
方程式ax+3=8 の解はx=5 である。aを求めよ。

こういう問題で、「これはx=5を代入してaに付いて解けばいいよ」と説明する。

教える方は、やり方を逐一覚えているわけではなくて、「条件を満たす未知数を探せばいいのだから、方程式で、・・」というつもりでも、

教わる側は、「なるほど、このパターンの問題はこうやるのか」となってしまいがち。

 教える側は「暗記・詰め込みなんかしていない。ちゃんと理解を促すように説明している」と思っているでしょう。

 ここで、そもそも方程式の段階から「xに片っ端から数値を入れる」という経験をして、「さすがにこれは大変だ、もう少し効率的に解を探せないだろうか」ということで、等式の変形というのに至ったなら

方程式ax+3=8 の解はx=5 である。aを求めよ。

においても、aに片っ端から数値を入れて、解を求めて5になるのを探す、というのをやって、「あれ、これって方程式でやったのと同じ事じゃん」と気づけば、しめた物。

最近はこういう、教えない教え方、を模索しています。
「かけ算の順序」論争に関わる中で得た物の1つです。
積分定数
2012/07/17 00:03
田口善弘さんの新しいツイートについて。

前野[いろもの物理学者]昌弘さんと議論になっているのですが、田口善弘さんの主張がブレまくっている気がする。

http://twitter.com/irobutsu

気になった田口善弘さんのツイートだけ抜粋してみます。

>ダメですね。それじゃあ、「固定しても実害無くやっている先生」が犠牲になっちゃうでしょう? 教育の現場の自由は保証されるべき。理想論だといわれればそうでしょう。RT @irobutsu: 実際に弊害が出ているから「それダメじゃね?」と言うのもダメですか。

>僕は単に「証拠もないのに固定教育の方が悪いからやめろ」というのは良くないよ、と言っているだけです。そんなに絶対悪いという自信があるなら現場で比較研究すればいいような気が。

>それはそういう先生を無くすほうが大事で。目的と手段が転倒していると僕は感じています。RT @irobutsu: 学習指導要領に書いてあるわけでもないのに順序固定で教える先生がたくさんいるという現状なので。

>それは知っているけど、実際に順序固定をやめて教育してみてその方が掛算の理解が高まるっていう研究をするのは容易なのでは、RT @irobutsu: 順序間違える生徒も掛算の意味はちゃんと理解してた』という調査結果がありますよ。



おおくぼ
2012/07/17 00:06
続き

>多分、現場の先生で受身じゃなくて順序固定で教えている人は長年の経験でそれがいいと知っているからやっているのだと思います。それがすべて妄想で誤解だというのは小学校の先生を馬鹿にしすぎ。

>掛算の固定をしなくても解る、ということと「固定しても教育効果があがらない」は別のことです。そこにひどい論理のトビがある。真面目に考えて順序固定をしている先生型を侮辱していると思います。彼らにはその自覚さえないみたい。そこだけは本当に頭に来た。

>誤解があるんでしょうけど、物理としては順序固定に意味はないけど、教育上は意味がある。だからこそ(mvでもvmでもいいけど)順序が固定されている、と言う意味。RT @irobutsu: 一つ前のツイートでした「物理屋はvmとは書かん」とかいらんことを付け加えている点です。

>それは「順序固定には意味がない」というから「意味がある」という反論で述べたまでです。RT @irobutsu: それが言いたかったのなら、「物理屋はvmとは書かん」とか「掛算固定反対するのは数学者の流儀」だとか、いらんことを付け加えなければよかったんですよ。
おおくぼ
2012/07/17 00:07
前野[いろもの物理学者]昌弘さんのおかけで、田口善弘さんの主張がわかってきました。

1 順序固定が悪いのは、一部の教条的な先生だけ。
教条的な教育の基準が不明ですが・・・。

2 順序固定で教えている人は、長年の経験で順序固定教育がいいと知っているから教えている。だから順序固定教育を尊重せよ。

3 掛算順序固定するかどうかは現場の教育方法の問題だから、現場に任せるべき。
おおくぼ
2012/07/17 00:16
y=x^2+ax+b の頂点の座標を求める問題。

a、bに具体的数値を入れてグラフを書くことで、x座標が−a/2となることは分かったのだが、y座標に苦労している。x=−a/2を代入すればいいように思うのだが、行き詰まっているようだ。x座標の方は、様々な具体的数値についてしらべるなかで法則を見つけたのだが、それをy座標でもやろうとしてしまっているのかも知れない。もう少し様子を見よう。

 この問題をやる場合も、最初はグラフを丁寧に書かせていた。でも、頂点の場所さえ分かればいいのだから、勘所さえ押さえれば、グラフの全体が分からなくても構わないと言うのは、経験的に分かってくる。

 仕事でもそうで、経験豊富になれば、手抜きとは違うが、抑えるべき勘所とそうでないところが分かってくる。

 ここで重要なのは、最初は逐一丁寧に馬鹿正直にやってみると言うこと。そういう経験をする中で、不必要な情報と必要な情報を取捨選択出来る能力が身につく。

 今の数学の教え方の主流は、最初から「効率的なやり方」を注入するので、「なぜそのやり方なのか?」という必然性が見えず、教わる側にとっては「とにかく覚えておくべきこと」となってしまう。

方程式を勉強した後に、0.3x+0.4xを7xと計算してしまうのもこの様なことが原因だと思う。

「方程式を解く場合、小数があるときは全体に10などを描けて小数を消す」というのが、各自が試行錯誤して見つけたなら上記のような誤りは減ると思う。それを、「そういうように解く」と唐突に外部注入されるので、形の類似性だけから、0.3x+0.4x=7xとしてしまう。
積分定数
2012/07/17 00:20
>ここで、そもそも方程式の段階から「xに片っ端から数値を入れる」という経験をして、「さすがにこれは大変だ、もう少し効率的に解を探せないだろうか」ということで、等式の変形というのに至ったなら

『コマ大数学科特別集中講座 』(ビートたけし&竹内薫:著)にも、そういう話がいろいろ書いてありました。
テレビ番組なんですが、『たけしのコマ大数学科 』が現在DVDで第12期まで出ています。
全部揃えると高いなあ〜。
おおくぼ
2012/07/17 00:25
訂正

>1 順序固定が悪いのは、一部の教条的な先生だけ。
教条的な教育の基準が不明ですが・・・。

教条的な教育 → 教条的な先生

田口善弘さんの主張はあくまで一部の先生に原因があるという主張なので、教育の原因は不問にしています。
おおくぼ
2012/07/17 00:31
田口善弘氏のコメント、反論する気力も失せた。

>多分、現場の先生で受身じゃなくて順序固定で教えている人は長年の経験でそれがいいと知っているからやっているのだと思います。それがすべて妄想で誤解だというのは小学校の先生を馬鹿にしすぎ。

指導書の話だとか私の教育委員会の話、個人的には疑問に思っていても採点では減点しなくてはならないという現職教師のブログ、など、田口善弘氏の推論を否定する状況証拠が多々あるのに。

 田口善弘氏が擁護する教師は実在するのか?

 自分の主体的意思で、順序を教えた方が優れていると検証してそれを実践している教師

 私はそのような存在を知らない。

 「かけ算に順序がある」は誤りである。誤りを教える必要があるなら、その必要性を説明する責任は誤りを教える側にある。

反順序派に「順序指導なしでもかけ算の指導が出来る。順序指導は有害である。」という主張の証明を求めるよりも、

順序派に「順序指導なしではかけ算の指導が出来ない。順序指導は無害で有益」という主張の証明を求めるべきだと思う。

反順序派は「順序指導なしでもかけ算の指導が出来る。順序指導は有害である。」については、その論拠を出しているのだが。
積分定数
2012/07/17 09:04
田口善弘氏もそうだけど、

算数教育業界全般が抽象化否定の方向に行ってしまっている


このことを認識した上で、ではそのような方向は正しいのかどうか、という議論にしないと重箱の隅の話になってしまう。
積分定数
2012/07/17 09:07
方程式に関しての話の続き

私は小学校算数から大学数学まで地続きだと思っている。

今でも数学を考えるときは、具体的数を入れてみたり、虱潰しに書き出したり、ひっくり返したり切り刻んだり、分からないからふてくされてビール飲んだり、というときにふとひらめいて、「これならうまくいくはずだ!」と確認したら全然違って意気消沈、などとやっているうちに光明が見えた気がしたり、しなかったり、・・・

 こう言うことをやっていると、「問題ごとに正しい解法がある」などというのは馬鹿げていると思えるのだが、

 小学生/中学生/高校生に教えるには高度な数学の理解は必要ない

というようなことで、「こういう問題はこうやって解く」という教え込みがなされてしまうのだと思う。

実につまらない「お勉強」

教える上で「高度な数学の理解」そのものは必要ないかも知れないが、試行錯誤して奮闘して道が開けたときの快感、そういう経験は必要だと思う。

 私が小学生に教えることがあったら、○を△個足したのと、△を○個足したのが同じになるなどという大発見をした子は大いに褒め称えたい。

 もちろん、「かけ算の順序」などというど〜でもいいむだ毛など綺麗に剃ってしまう。
積分定数
2012/07/17 09:18
http://www005.upp.so-net.ne.jp/rainbow-room/physicsE2.htm
>運動量を、「量の体系」で表すと、外延量=内包量×外延量 (度の第2用法) となり、右上の式となります。

この理屈って、流れが分からないと意味不明。

4人に3個ずつ蜜柑を配る。3のカタマリが4つだから、3×4としないとならない。

1人あたりの数×人数

1人あたりの数は、単位あたり量、へと発展する。

秒速4mで5秒だと?

蜜柑の問題に準ずれば、4×5が正しい順序

秒速4mは、内包量
時間は外延量

つまりより一般的には、内包量×外延量 という順序が正しい。


質量は外延量  速度は内包量

だから運動量は速度×質量 とすべき。



つっこいどころ満載。

順序派の土俵に載って彼らの側に転向しても、この理屈は理解不能。

1人あたりの数×人数  →  単位時間あたりの距離×時間

というのはまでは、同意しないがまあそういう考えがあるということで理解はしよう。

これを、内包量×外延量 とするのは?

単位体積の質量×体積  単位体積の質量は密度でそれは内包量、というようなことで、

1あたり量×いくつ分 の発展ということだろうか?

質量1あたりの運動量がv だから vm というならまだ話は分かる。勿論同意はしない。

しかし、vが内包量だというのは、単位時間あたりの距離、という話からだと思うのだが・・・

4人に3個ずつ蜜柑を配る。3×4としないとならない。

という前提がそもそも間違いだが、これが正しいとしても

運動量はvm というようにはならない。


批判対象が訳がわからんから、反論するこちらも何言いたいんだか分からなくなってきた。
積分定数
2012/07/17 09:54
要するに私が、「かけ算に順序がある」「内包量・外延量がある」という立場に転向しても

p=vm という順序が正しい というのは納得できないと言うこと。

以下は、「順序と内包量・外延量を受け入れた、転向した積分定数」の意見。

速度×時間 密度×体積 圧力×面積 ・・・

1あたり×いくつ分 の書き方を踏襲すると、この様な順序が正しい。

これは、

内包量×外延量になっている。

しかし、ここから 内包量×外延量 の順序になっているということを結論づけて、vmの順序が正しいとするのは誤り。

 内包量×外延量 は あくまで「1あたり」×「いくつ分」の発展である、「単位あたり量」×「いくつ分」からそうなるというもの。

内包量×外延量 という普遍的な法則があるわけではない。
積分定数@転向者
2012/07/17 10:03
 しかし、こんな反論もアホらしい。くだらない。

実際にそのような教え方で効果を上げているのだろうか?
積分定数
2012/07/17 10:06
前回、私が引用した田口善弘さんのツイートを対話形式に変えて、感想を書きます。

irobutsu: 実際に弊害が出ているから「それダメじゃね?」と言うのもダメですか。
>ダメですね。それじゃあ、「固定しても実害無くやっている先生」が犠牲になっちゃうでしょう? 教育の現場の自由は保証されるべき。理想論だといわれればそうでしょう。

感想:「固定しても実害無くやっている先生」の基準が不明。

>僕は単に「証拠もないのに固定教育の方が悪いからやめろ」というのは良くないよ、と言っているだけです。そんなに絶対悪いという自信があるなら現場で比較研究すればいいような気が。

感想:証拠はあるんだけど・・・。

irobutsu: 学習指導要領に書いてあるわけでもないのに順序固定で教える先生がたくさんいるという現状なので。
>それはそういう先生を無くすほうが大事で。目的と手段が転倒していると僕は感じています。

感想:このツイートを読むと、田口善弘さんは順序固定教育に批判的だと思えるのだけど。
では、どうやったら「そういう先生を無くす」ことができるのか?
おおくぼ
2012/07/17 10:34
続き

irobutsu: 順序間違える生徒も掛算の意味はちゃんと理解してた』という調査結果がありますよ。
>それは知っているけど、実際に順序固定をやめて教育してみてその方が掛算の理解が高まるっていう研究をするのは容易なのでは、

感想:本当に調査結果を読んでいるのか?
前野[いろもの物理学者]昌弘さんが言う「調査結果」は、「実際に順序固定をやめて教育してみてその方が掛算の理解が高まるっていう研究」を指していないと思うんだけど。
もし田口善弘さんが「実際に順序固定をやめて教育してみてその方が掛算の理解が高まるっていう研究」を本当に読んだとして、この調査結果を受け入れない理由がおかしい。
自分の主張を否定する調査結果が出たら、「都合のいいデータだけ集めた偏った調査に違いない」という邪推ではマズいでしょう。反証データを持ってこないと。

irobutsu: 一つ前のツイートでした「物理屋はvmとは書かん」とかいらんことを付け加えている点です。
>誤解があるんでしょうけど、物理としては順序固定に意味はないけど、教育上は意味がある。だからこそ(mvでもvmでもいいけど)順序が固定されている、と言う意味。

感想: 「物理としては順序固定に意味はないけど、教育上は意味がある」というのは、物理学者としての立場からの発言だろうか?これは現場の先生(想像?)を代弁しているのではないだろうか?

irobutsu: それが言いたかったのなら、「物理屋はvmとは書かん」とか「掛算固定反対するのは数学者の流儀」だとか、いらんことを付け加えなければよかったんですよ。
>それは「順序固定には意味がない」というから「意味がある」という反論で述べたまでです。

感想:子供の口喧嘩?
おおくぼ
2012/07/17 10:36
>「どんな理由があろうと小学校の授業で掛算の順序の違いで☓つけるのは一切ダメ」

このような主張の人っているのかな?

私は「こちらが納得する理由を提示するなら納得する」という立場だけど。

そういう意味では、原発も改憲も核武装も他国への武力行使も、「私が納得する理由があるなら納得する」という立場だけど。

思いつく限りのあらゆる理由を想定して、それでも納得できないという確信があれば「絶対反対」と言って良いのだろうけど、そこまでの自信はない。

 まあ、戦術的に「絶対反対」と主張することはあるかもしれないが。


水伝だって
「1+1≠2」だって、

それが正しいと私が納得する理由を提示されたら納得するよ。

トートロジーだけどね。

いずれにしても私は

「どんな理由があろうと小学校の授業で掛算の順序の違いで☓つけるのは一切ダメ」

という立場ではないから、納得させる理由を提示して欲しい。
積分定数
2012/07/17 12:35
例えば、「小学校3年ではかけ算と足し算の記号を逆転させて、×で足す、+で掛ける、とする。4年で通常の記法に戻し、5年でさらに逆転、6年で通常通り」という授業が行われていたとする。

 それを批判したときに、

「そのような記号の転換という教え方でうまくやっている教師もいるのだから、絶対反対というのは間違っている」「そのような指導がなされているというのは、それなりに理由があるのだろう。弊害があるとしたら、記号変換指導を使いこなせないここの教師の問題であり、そこを改善すれば済むはなし。なぜ記号変換指導そのものをなくせ、というのは行きすぎ」

と反論する。田口善弘氏の意見だと、こうなりそう。

これは田口善弘氏がつかう、「相手の意見を極論化してそれを批判する」という論法ではない。

田口善弘氏の論法を敷延することなく、そのままの程度で「かけ算の順序」を「加法と乗法の記号変換指導」に置き換えたときに主張されるはずのことを推論してみた。

「加法と乗法の記号変換指導」の理由としては、

例えば「人間が導入した記号は恣意的な物であり必然性はない」ということを認識させるため

てな具合。
積分定数
2012/07/17 13:29
>なぜ記号変換指導そのものをなくせ、というのは行きすぎ

「なぜ」を削除
積分定数
2012/07/17 13:31
mixiで、数学的帰納法に関して議論

私の数学的帰納法の理解は間違っているらしいのだが、あそこまで大見得切ってしまって、どうする気だろうか?

http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=70485838&comm_id=788787&page=all
積分定数
2012/07/17 15:02
おつむが気の毒なひとをあまりいじめても…>数学帰納法
M
2012/07/17 19:59
田口教授も自分で言っていることがわからない気の毒な方なんでしょうか。

>物理では運動量をmvとは書いてもvmとはまず書かない。順序に意味があります。それは「質量がまずあってそれが速度を持つ」という因果関係があるから。
>物理としては順序固定に意味はないけど、教育上は意味がある。だからこそ(mvでもvmでもいいけど)順序が固定されている、と言う意味。
>それは「順序固定には意味がない」というから「意味がある」という反論で述べたまでです。
M
2012/07/17 20:07
最近、意味ということばが嫌いになってきました。
M
2012/07/17 20:09
私なりに考えを纏めてみました。
メモみたいなものですがご容赦を。

順序派は「教える側」が手を抜く為に順序がある事にしたいようだ。
生徒が掛け算を理解しているか判断するのは難しいが、順序が合っていれば理解している事にすれば、教える内容も採点する基準も明確になるので楽になる。
問題は大きく分けて3つある。
・順序では生徒が理解しているか判断出来ない。
・掛け算に順序があるという誤りを教える事になる。
・自由な(正しい)考えを否定する事になり、抽象化する考えを出来ないようにしている。
TaKu
2012/07/17 21:04
>順序派は「教える側」が手を抜く為に順序がある事にしたいようだ。

本気でよかれと思って順序が「かけ算の意味」と思い込んで教えている先生たちがいるみたいです。

手を抜くためにやっているひとがいるのかいないのかわかりませんが、もし手を抜くためにやっていたとしても決して認めないでしょうから、データとしてはあがってきません。
M
2012/07/17 22:41
私は例の通り
「無能で説明のつく時に、悪意のせいと
 思うべきでない」
ですね。
内包量・外延量でぐぐると
「学問として美しく面白い」
なって言っている例がみつかって、ああ、目
に鱗が貼り付いちゃったのね…、と思います。
ゴルゴ・サーディーン
2012/07/17 23:30
久しぶりにこちらにも書きます。

田口さんのは典型的な藁人形論法から出発して、ちょっと飛ばし過ぎたために本人引っ込みがつかなくなって、墓穴を掘ってるパターンだと思います。

発端が「順序否定派は、順序を固定する教え方すべてを否定している」と思いこんでしまっていることからなので(実際は、そんな人はほとんどいなくて、「順序の固定にこだわりすぎる」ことが否定されているのですが)、田口さんは、「固定でもこういう意義がある、それなりに役だっている」と主張することで、「すべて」否定するのはおかしいと言いたいのでしょう。ところが本人も「すべて」を忘れてしまって、一部でも否定されたらおかしいみたいに主張がぶれてきて支離滅裂になっているように感じます。

要は、過去の議論のほとんどをチェックせずに、単に「順序固定否定」という字面だけに反応したしょーもない議論だと思います。まあ、それにしても vmとは書かないには開いた口がふさがらないけど。

げお
2012/07/18 00:09
>Mさん
>おつむが気の毒なひとをあまりいじめても…>数学帰納法

「名古屋の大手予備校の数学講師」だそうですよw
ここに報告するのもアホらしいくらいくだらない結末だったwまだ終わっていないけど


>順序派は「教える側」が手を抜く為に順序がある事にしたいようだ。

そうは思っていないようです。実際、順序を教えるために苦労していて手抜きにもなっていない。

理解しているかどうかを判断するには、総合的な観察が必要だが、それを放棄して順序という安易な機械的方法になってしまっている

ということを称して「手抜き」という指摘は妥当だろうけど、教える側は「手抜き」じゃなくて「本気」、つまり、「正しい順序で書ける=理解している」「逆順にする=理解していない」と思い込んでいると思います。
積分定数
2012/07/18 01:25
>内包量・外延量でぐぐると「学問として美しく面白い」

これに触発されて「内包量・外延量・美しい」で検索した。
http://rev-comm.blogspot.jp/2010/08/blog-post_3637.htmlが出てきた。読んでないから論評はなし。


>田口さんのは典型的な藁人形論法から出発して、ちょっと飛ばし過ぎたために本人引っ込みがつかなくなって、墓穴を掘ってるパターンだと思います。


去年私と喧嘩になった物理学者も支離滅裂だった。

負の数を導入して、だから足し算に順序がある、ということだったのでそれに反論したら、なぜ負の数?小学校の算数の話では?などと「反論」されてあきれてしまった。

 物理学者や数学者だからと言って論理的とは限らない。うかつに議論は出来ない。
積分定数
2012/07/18 01:51
 やるお先生、すごいですね。
鰹節猫吉
2012/07/18 02:26
>「名古屋の大手予備校の数学講師」だそうですよw

河合塾かな?

やるお先生は離散数学が得意なのだろうか?
私は離散数学をほとんど知らないのですが、数学的帰納法の使い方が他の数学と違うのでしょうか?
おおくぼ
2012/07/18 09:44
追記

「やるお@医師の卵の卵」という人は、本当に理科系の大学に通っているのだろうか?
プロフィールには職業は「大学生・院生(どっちだ?)」で、所属は「N大理学部 微生物薬学研究科 受験屋」となっている。
自己紹介欄は・・
>現在 予備校講師とライターを兼職に理学部在学中
>早稲田大学 教育学部 国文 (不動産のベンチャーを立ち上げるが三ヶ月で失敗、汚い大人に騙され金を搾取さろ辟易し、東大を再受験することを決意
>現在に至る (教え子が医学部へいく姿を見て 自分も医学部への憧れを抱いています)」

あと本当に予備校の講師なのだろうか?

>@私自身大学生ですし、時給が五桁貰えるからやってるだけのこの仕事を未来永劫やっていくつもりはございませんので

時給が五桁???
おおくぼ
2012/07/18 15:42
続き

「やるお@医師の卵の卵」という人の数学に関する発言も不思議なものばかり。
以下引用

>離散と連続の違いがわかるならば数学的帰納法はどういった時に使うかわかるでしょ?という意です
>また数学的帰納法はよく『ドミノ倒し』で表現されますが
その『ドミノ倒し』のどの部分に着目するのが数学的帰納法かわかってますか?と言えばわかっていただけるでしょうか?
>理解されてるなら n=0のときに成り立つなんて示したりはしないはずです
(98番目の発言)

>起点を履き違えてらっしゃる
>起点とはドミノがどのように倒れるか示すものです
(100番目の発言)

>12分の1公式を答案に書いてはいけないのは
>根本的にいうと有名中高一貫や有名中学を除いて直線と直線を連立すると点が現れると教わるからです
>この理解なのか別の理解かによってかなり幾何的考察が変わるはずです
>最後に大風呂敷を広げますが数学的帰納法しかり図形といい
>点の取れる生徒というのは応用力のある認識パターンを持ってるというわけで
>ここでほざいてる零細自称予備校講師の方々がほざいてる数学は論理的に正しければ点が貰えるなどという文言は信じてはいけない
(117番目の発言)
おおくぼ
2012/07/18 15:44
 この人の他者(私以外にも)を侮辱する態度に関しては、あきれ果てて、とやかく言うつもりはない。

 数学的帰納法に関して、一体何を言いたいのだろうか、それは知りたい。単に釣られているだけかなw
積分定数
2012/07/18 18:27
N大理学部 微生物薬学研究科ってなんだろう。
薬学研究科は薬学部の大学院ってことだが、微生物?
N大理学部生物学科微生物なんちゃらと薬学研究科?
それと理学部卒で薬学研究科なのか?
最近は薬学部は6年制になったので、薬学の院生というと後期課程になっちゃうと思うのですが。

予備校講師で時給5桁って大手で超ベテラン講師クラスで学生のバイトじゃもらえんでしょう。自分の所属もよく理解していないみたいだし、脳内履歴なんじゃ…やっぱり気の毒な方ですね。
M
2012/07/18 19:34
>数学的帰納法に関して、一体何を言いたいのだろうか、それは知りたい。単に釣られているだけかなw

「やるお@医師の卵の卵」は数学的帰納法を誤解しているだけだと思うのですが。
また数学的帰納法をよく理解していないので、数学的帰納法を説明できないのでしょう。

>離散と連続の違いがわかるならば数学的帰納法はどういった時に使うかわかるでしょ?という意です

どうして離散数学が出てきたのか気になります。
推測すると、イプシロン-デルタ論法が原因だと思うのです。
「やるお@医師の卵の卵」さんは、イプシロン-デルタ論法を勉強して挫折したのではないでしょうか?
おおくぼ
2012/07/18 19:35
数学的帰納法の初期値をいくつに取ろうと、m=n+n0とでも置いてシフトすれば同じことだと思うのですが。変数変換すらできないのかしら。
M
2012/07/18 19:51
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=70485838&comm_id=788787&page=all

ツイッターでも話題に。「名古屋の大手予備校」って、K塾だけ?「消防署の方から〜」の類だったりしてw
K塾だったらそれはそれで笑えるけど・・・

 数学で飯食っている人が集うあそこで、みんなから「お前が間違っている」と言われても怯まないあの態度、爪の垢でももらいたいw
積分定数
2012/07/18 21:15
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=70485838&comm_id=788787&page=all

拡散してさらし者にしようw
積分定数
2012/07/18 21:18
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=70485838&comm_id=788787&page=all

>命題が0以上の整数全てについて成り立つことを証明するために、
0について成り立つことを示して、kで成り立つことを仮定したらk+1で成り立つことを示して、数学的帰納法で全ての0以上の整数で成り立つ
としたら、「高校でやる数学的帰納法は『1のときに成り立つことを示して、・・・』だから、減点」などというのは馬鹿げている。

この私のコメントに

>個人的見解ですが
積分定数さんの数学的帰納法の考え方は考え方そのものが間違ってるかと笑
あえて詳細には述べませんが
積分定数
2012/07/18 21:48
散々引っ張って出してきたのが↓

▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽
(1)n=1のときPが成り立つ。
(2)n=k(k=1,2,3…)のときPが成り立つと仮定すると、n=k+1のときにもPが成り立つ。
(もちろん∀∈N )
ドミノ倒しの例を使わせてもらうと
(1)によってドミノがどう倒れるかわかり
(2)によって証明される

わけだが
(1)n=0のときPが成り立つ。
(2)n=k(k=1,2,3…)のときPが成り立つと仮定すると、n=k+1のときにもPが成り立つ。 ???
n=k+1の1がどこから出てきたのか意味不明
(1)で示したのは初項だと思ってるんだろうか
起点≠初項である
△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△
積分定数
2012/07/18 21:53
>kで成り立つことを仮定したらk+1で成り立つことを示して

これが、「任意の非負整数kに関して、kで成り立つことを仮定したらk+1で成り立つことを示して」の意味であることはほぼ自明だが、こんな重箱の隅にもなり得ないことを問題にしたのだろうか?

 根本的に勘違いしているような気もする。
積分定数
2012/07/18 21:56
▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽
(1)n=1のときPが成り立つ。
(2)n=k(k=1,2,3…)のときPが成り立つと仮定すると、n=k+1のときにもPが成り立つ。
(もちろん∀∈N )
ドミノ倒しの例を使わせてもらうと
(1)によってドミノがどう倒れるかわかり
(2)によって証明される

わけだが
△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

これが突っ込みどころ満載。


>(もちろん∀∈N )

∀って自然数?「もちろん」って、いつからそんな常識があるの?知らなかったw

>n=k(k=1,2,3…)のときPが成り立つと仮定すると、n=k+1のときにもPが成り立つ。


[∀k∈N:P(k)] → P(k+1) だと論理式として意味をなさない

[∀k∈N:P(k)] →[∀k∈N:P(k+1)] と解釈することはほぼ不可能だし、仮にこの解釈だとしても、恒真となってしまう。

∀k∈N[P(k) → P(k+1)] という解釈は絶対に不可能。
積分定数
2012/07/18 21:59
>(1)によってドミノがどう倒れるかわかり

n=1を代入して確認するだけのことだと思うが・・・

>n=k+1の1がどこから出てきたのか意味不明
(1)で示したのは初項だと思ってるんだろうか
起点≠初項である

意味不明なのはこのコメントの方。数列の話なんかどこから出てきたの?
積分定数
2012/07/18 22:01
▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽
数学的帰納法の2段仮定では
簡素に言うと(1)n=1、n=2を示し
(2)n=kと仮定して
n=k+1、n=k+2で成り立つことを確認しQ.E.Dでした
積分定数氏の理解からだと
(1) n=0、n=1を示し
(2) n=kと仮定すると
n=k 、n=k+1で成り立つことを確認してQ.e.d? ?? ?

(1)で示すのは起点です
(1)で最初に倒れるドミノを示したのでない

n=0を代入して成り立つ数学的帰納法もありますがそれは易しい問題です
あたかも一般論を装おって発言することではない
△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

牽強付会に重箱の隅を無理矢理ほじくって、「任意の非負整数kに関して」という文言がないことに因縁付けただけにしては、発言があまりにおかしい。

 何か根本的に考え違いをしているような気がする。
積分定数
2012/07/18 22:05
mixi は見てないのであれですが、確かに根本的にわかってない気がします。いわずもがなですが、ドミノのたとえを使うなら
1) 始まりが倒れることを確認する。
2) 後ろが倒れたら、前も倒れることを示す
じゃないですかね。初項うんぬんは、数列(の和とか)の証明に帰納法を使うことがままあるので、好意的に見ればそことの勘違いといえなくもないですが、まあそういう勘違いをしている時点でなんというか。

ちなみにペアノの公理でNを自然数、S(n)をsuccessorとして
M⊂N, [1∈N かつ[k∈M⇒S(k)∈M]]⇒[M=N]
が、数学的帰納法と同値だというのは最初の頃なかなか納得できなかった記憶があります。M={k|P(k)}みたいに考えればいいのかと気がついたのはしばらくしてから
げお
2012/07/19 00:08
おっとミスが。
1∈N は 1∈M のまちがいです。
げお
2012/07/19 00:21
>12分の1公式を答案に書いてはいけないのは
>根本的にいうと有名中高一貫や有名中学を除いて直線と直線を連立すると点が現れると教わるからです
>この理解なのか別の理解かによってかなり幾何的考察が変わるはずです
>最後に大風呂敷を広げますが数学的帰納法しかり図形といい
>点の取れる生徒というのは応用力のある認識パターンを持ってるというわけで
>ここでほざいてる零細自称予備校講師の方々がほざいてる数学は論理的に正しければ点が貰えるなどという文言は信じてはいけない
(「やるお@医師の卵の卵」さんの117番目の発言)

私には理解できないけど、なんか凄い発言だなあ〜。
おおくぼ
2012/07/19 01:49
>意味不明なのはこのコメントの方。数列の話なんかどこから出てきたの?

「やるお@医師の卵の卵」さんは、いろんな数学がゴチャ混ぜになっているのでは・・・。
数学用語の使い方も独自な気がする。
おおくぼ
2012/07/19 02:10
>M={k|P(k)}みたいに考えればいいのかと気がついたのはしばらくしてから

私の場合、今の感覚からするとむしろ、P(n)を経由しない方が分かり易いです。

P(1)∧[∀k∈N:P(k)→P(k+1)]

∀n∈N:P(n)

これは、Nの性質に関する定理なんだろうか?そうであれば、nに関する任意の命題関数、などという大げさな物を持ち出す必要があるのだろうか?

と思ってしまう。

集合論を勉強したことで、超越的な考え(ここでは、任意の命題関数)を回避する癖が付いた。
積分定数
2012/07/19 06:59
>12分の1公式を答案に書いてはいけないのは
>根本的にいうと有名中高一貫や有名中学を除いて直線と直線を連立すると点が現れると教わるからです

ここもよく分からないので、普通のやりとりであれば、もう少し詳しく説明してくれ、というところだが、そもそも全体が支離滅裂だから、不問にしている。
積分定数
2012/07/19 07:04
こんなのがあります。

「やる夫で学ぶイプシロンデルタ論法」

http://yaruomatome.blog10.fc2.com/blog-entry-404.html
おおくぼ
2012/07/19 12:38
追記

注:「やる夫で学ぶイプシロンデルタ論法」の作者と、「やるお@医師の卵の卵」さんは別人だと思います。
でも、「やるお@医師の卵の卵」さんが「やる夫で学ぶブログ」に影響を受けた可能性はあります。
おおくぼ
2012/07/19 13:39
ちょっとひとやすみ

くろきげんさんのツイート
https://twitter.com/genkuroki/status/225875813667590145
>‪#掛算‬ 「単位のサンドイッチ」をGoogleで検索してみたら、屑のような考え方をしているこの件では有名な某氏による「SEO対策」のための「本当な単位のサンドイッチはくだらなくない」という内容のページがトップでヒットした。(^_^;) 世の中には色んな人がいます。

ぐぐってみたら本当に屑なページでした。やれやれ。
M
2012/07/19 21:00
「やるお@医師の卵の卵」のひとの件は、いじるのは楽しいかもしれませんが、誰から見ても発言に影響力がないのがわかるので、どーでもいいことです。

もっと問題は、大学教授(それも理系の)が非論理的な根拠でかけ算の順序を支持する発言をすることですね。上の屑なページの某氏しかり、中大の田口教授しかり。森とか銀林とか…
なんで立派な経歴の方々がいい加減なこと言って算数教育を崩壊に導こうとするのか。わかりません。

まぁ、大学の教員になるのに資格はいりませんから、ダメなひとでもまちがってセンセイに成れてしまうのかもしれません…もちろん大学のほとんどの先生はそんなことはありませんが。
M
2012/07/19 21:11
>まぁ、大学の教員になるのに資格はいりませんから、ダメなひとでもまちがってセンセイに成れてしまうのかもしれません…もちろん大学のほとんどの先生はそんなことはありませんが。

教育系の大学の先生の意見を聞きたいですね。
あと文科省の役人の意見も。

筑波大学附属小学校算数研究部のようなところの意見ももっと聞きたいです。
おおくぼ
2012/07/19 21:49
>「やるお@医師の卵の卵」のひとの件は、いじるのは楽しいかもしれませんが、誰から見ても発言に影響力がないのがわかるので、どーでもいいことです。

「やるお@医師の卵の卵」さんは受験に失敗して、今の受験制度に恨みを持つ人なのかもしれません。
受験テクニックと罵詈雑言ばかりしか語っていないし。

おおくぼ
2012/07/19 21:54
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=70614005&comm_id=788787&page=all
の29以降を読んで、私はやるおさんのいうことを何も理解していなかったことに気付きました…そういうことがいいたかったのかorz
M
2012/07/19 23:00
「大手予備校」とか全部、出鱈目でしょうね。河合塾があんなの雇うはずがない。どこであんな勘違いをしてしまったのか、教える立場としては興味があります。
積分定数
2012/07/20 08:11
一番分かりやすいか書を挙げておく。


http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=70485838&comm_id=788787&page=all
170 2012年07月19日 13:24 やるお@医師の卵の卵  >命題が0以上の整数全てについて成り立つことを証明するために、
0について成り立つことを示して、kで成り立つことを仮定したらk+1で成り立つことを示して、数学的帰納法で全ての0以上の整数で成り立つ
@この文からはなぜ0について成り立つことを示したら、Kで成り立つことを仮定しK+1で成り立つなどと言えるのかがまったくわからない
数学的帰納法とは一般に方針としてはK+1で成り立つことを示しに行くのである(n=kは利用する)
それ故0ではなく1で成り立つことを示すのであればわかるのだが

Kの次がK+1であることを示すのはそれ故である
積分定数
2012/07/20 08:59
>どこであんな勘違いをしてしまったのか、教える立場としては興味があります。

「やるお@医師の卵の卵」さんは、数学的帰納法について語るつもりがなかったと思うのです。
勘違いで積分定数さんの数学的帰納法を批判してしまい、勢いで数学的帰納法についての議論に突入してしまったのでは?

本当は語りたかったことは、これじゃないのかな?

http://www.geisya.or.jp/~mwm48961/koukou/limsig01.htm
おおくぼ
2012/07/20 11:32
区分求積は関係ないと思いますが・・・

教科書の記述

>自然数nに関する事柄Pが、すべての自然数nについて成り立つことを数学的帰納法で証明するには、次の2つのことを示す。
(1)n=1のときPが成り立つ。
(2)n=kのときPが成り立つと仮定すると、n=k+1のときにもPが成り立つ。

なぜだか分からないし非常に不可解なことだけど、

「n=1のとき」の“1”と、「n=k+1のとき」の“1”が連動しちゃった。

だから、起点を0にすると、

(1)n=0のときPが成り立つ。
(2)n=kのときPが成り立つと仮定すると、n=k+0のときにもPが成り立つ。

となってしまうと思い込んだ。

未だに信じがたいのですが、これで不可解なコメントの意味も分かります。
積分定数
2012/07/20 12:21
 まあ、そもそも何でそんな勘違いをしたのか不可解なので、意味不明なコメントの不可解さは解消しても、不可解さの総量はむしろ増大した。

 身の回りで不可解なことが次々に起きた。
 宇宙人の仕業だと分かった。「なるほど、そういうことだったのか」と不可解な思いは解消する・・・はずがない。


 誤解されるといけないので、一応書いておくが、数学的帰納法を理解していないこと自体は恥ずかしいことではない。

 恥ずかしいのは、そこに気づかないで「俺だけが理解している」と思い込んで、数学で飯を食っている人たちに対して、「俺だけが理解している。理解していないお前らは馬鹿だ」という態度を取ったこと。

 自分の理解がトンデモの可能性があると気付よ!

 算数教育業界の例があるから、専門家がアホということが絶対にないとは言わないが、慎重になった方が良いし、自分が違っている可能性もあるから、保険を掛けた方が良い。余程に自信がない限り、後に引けない言い方はしない方が良い。
積分定数
2012/07/20 12:29
日記の転載


http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=70485838&comm_id=788787&page=all
↑に、信じがたい人物が登場した。

「おまえらは数学的帰納法を全く理解していない。生徒がかわいそうだ。」と散々偉そうなことを言っていながら、実は当人が全く理解していなかった、というオチ。



教科書の記述
>自然数nに関する事柄Pが、すべての自然数nについて成り立つことを数学的帰納法で証明するには、次の2つのことを示す。
(1)n=1のときPが成り立つ。
(2)n=kのときPが成り立つと仮定すると、n=k+1のときにもPが成り立つ。

1でなりたつので、その次の2でも成り立つ。ということは3でも成り立ち、・・・

というのが帰納法。

(1)n=1のときPが成り立つ。 を  (1)n=5のときPが成り立つ。

としたら、5で成り立つから、6で成り立ち、だから7で成り立ち、・・・となり、「5以上の自然数nで成り立つ」となる。


0以上の整数nに関する事柄Pが、
(1)n=0のときPが成り立つ。
(2)n=kのときPが成り立つと仮定すると、n=k+1のときにもPが成り立つ。

となれば、全ての0以上の整数nで成り立つ。



整数nに関する事柄Pが、
(1)n=−3のときPが成り立つ。
(2)n=kのときPが成り立つと仮定すると、n=k+1のときにもPが成り立つ。
であれば、−3以上の全ての整数で成り立つ。



別に難しい話ではない。
積分定数
2012/07/20 13:37
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=70485838&comm_id=788787&page=all
に登場した、「やるお@医師の卵の卵」とかいう輩は



>自然数nに関する事柄Pが、すべての自然数nについて成り立つことを数学的帰納法で証明するには、次の2つのことを示す。
(1)n=1のときPが成り立つ。
(2)n=kのときPが成り立つと仮定すると、n=k+1のときにもPが成り立つ。

この、「n=1のときPが成り立つ。」の“1”と、「n=k+1のときにもPが成り立つ。」の“1”をリンクさせてしまったようだ。


>0以上の整数nに関する事柄Pが、全ての0以上の整数nについて成り立つことを数学的帰納法で証明するには、次の2つのことを示す。
(1)n=0のときPが成り立つ。
(2)n=kのときPが成り立つと仮定すると、n=k+1のときにもPが成り立つ。

こうするのはインチキだ!起点を0にしたのだから、「n=k+0のときにもPが成り立つ。」としなくてはいけない、

どうもこう思い込んだようだ。


ここの理屈は理解できなくてもいいです。書いている私も、なんだか訳が分からないので。


まあとにかく、数学的帰納法をそうやって理解してしまった人がいたということ。

誤って理解してしまうこと自体は恥ずかしいことではない。「自分だけが理解していて、他の連中は理解していない。アホばかりだ。」などと言うのが恥ずかしい。



しかし、教える側はここから何らかの教訓を引き出さないとならない。

数学的帰納法をどう教えるべきか、考えてみた。
積分定数
2012/07/20 13:38
>自然数nに関する事柄Pが、すべての自然数nについて成り立つことを数学的帰納法で証明するには、次の2つのことを示す。
(1)n=1のときPが成り立つ。
(2)n=kのときPが成り立つと仮定すると、n=k+1のときにもPが成り立つ。

これ自体はそれほどむずかしくないが、発展形がある。

起点が1以外だったり、n=kで成り立つならn=k+2で成り立つで、偶数で成り立つとか、奇数で成り立つ、とか、

こんなのもある。

1,2,3で成り立つ
k、k+1、k+2で成り立つことを仮定すると、k+3で成り立つ。

これから全ての自然数で成り立つことがわかる

とか、色々複雑に出来る。

kより小さな自然数全てで成り立つなら、kで成り立つ。

これだと起点で成り立つことを示す必要もない。


このあたりになってくると、「成り立たない自然数の最小値をmとする」として、矛盾を導く背理法を直接使った方が良いかも知れない。
積分定数
2012/07/20 13:40
数学的帰納法を使って証明する場合、

数学的帰納法の構造を理解している
その問題で、kで成り立つならk+1で成り立つ、ということを証明する

の2つが必要。

中学数学で、図形の証明も、証明という論証の理解と、図形の理解という本来別個のことが一緒くたになってしまい、混乱してしまうことがある。

高校数学でもこれと同様のことが起こってしまう。

出来なかった場合に、論証というものが理解できていないのか、そこは分かっていて、取り組んでいる問題に関してうまくいかないのか、という2つの可能性があり、この2つは全く別次元のことである。

Aが成り立つならBが成り立つはず。Bは成り立たない。よってAは成り立たない。

こう言うことが理解できるかどうかと、

図形の問題で上手に補助線を引けるかどうか

は別の能力。


数学的帰納法に関しても、変則的な物に関しては、それ自体で独立して取り上げた方が良いかも知れない。
積分定数
2012/07/20 13:42
例えばオセロの駒を横一列に並べる。

「左隣りが黒ならその駒も黒」という条件を満たす並べ方を考える。

●●●●●●・・・・

というの以外にないだろうか?

○●●●●●・・・・

○○●●●●・・・・

○○○●●●・・・・

○○○○●●・・・・

○○○○○●・・・・

○○○○○○・・・・・

これらも、条件を満たすことが分かる。そうすると全部が黒であるためには、「左端が黒」という条件が必要なことが分かる。


こういう具合に、「成り立つ」「成り立たない」というのを、単純な白黒に置き換えて、どういう条件のときにどういう具合になるのか、を色々研究してみる。


というのを考えてみた。


今度授業で取り入れてみよう。


ということで、今回のトピで得られた物は、大爆笑以外にもあった。
積分定数
2012/07/20 13:42
黒木玄さんのツイッターから

>http://amzn.to/MN0WxY を見て、積分定数さんの塾はそれにかなり近い方針かなと思いました。y=ax^2のグラフしか知らない中学生にx^2+y^2=9のグラフを試行錯誤で描かせるなんてのはいかにも積分定数さんがやりそうなこと。


さすがにこれはやっていない。

昨日、逆のことをやった。原点中心の半径5の円の上半分の半円を表す式は?
y=xを含む式のパターンしかやっていないので、最初は半円。

戸惑っていたので、「x=0のときは?」という具合にやっていったら出来た。

下半分の円も出来た。

y=xの式 でなくても、 xとyが絡んだ何らかの等式でもグラフを表せることを理解して貰って、
x^2+y^2=25 と出来た。

半径がrでも出来た。

半径5,中心(2,1)

としたら、難しいようで今考え中。
積分定数
2012/07/20 14:08
実はこの生徒、物理を教えていた。等速直線運動の話が一段落して、加速度運動に行く前に、式とグラフの関係、できれば微積分あたりをちょっとかじろうと思って、簡単な数列、1+2+・・・+nを求めて貰うというのをやった。

1+2+・・・・+13 を実際に求めて貰ったら、案の定、1+9、2+8、・・・、とやって、すぐに一般化に気づいた。

で、数列は深入りしないで、数学のテスト範囲とも重なる2次関数に。

y=x^2+ax+bのグラフを、さまざまなa、bに関して書いて頂点を求めるというのをやった。次に逆に、(p,q)を頂点とする2次の項が1の2次式を求めて貰った。

 学校の授業を全然聞いていないから平方完成など知らなくて、素直に求めるので教えやすい。

 どうやって求めたのかは深く聞いていない。もしかしたら、回り道や無駄な作業をしているかも知れないが、それでも構わない。色々やるうちにバイパスが出来てくる。やり方を教わっていないのだから、答えが出たと言うこと自体が理解している証拠。

 次は、2次の項が一般の場合の頂点、と思ったが、

グラフ俊喜の関係の一般論をもう少し、とくに平行移動に関して、とおもい回り道。

中心が原点でない円の式が出来たらy=x^3のグラフを描いてもらい、それを平行移動したグラフの式を求めて貰う予定。

 そうしてから、y=ax^2+bx+cに戻って、それから接線の傾きでもやって、また物理に、・・・

と考えている。
積分定数
2012/07/20 14:18
今の数学教育は単元ごとに分断されてしまっている。だから、数列だと数列ばかり、かなりマニアックなことまでやる。

例えば、ある段階において、色んな分野の初歩的なことならちょっと頑張れば出来る。そういうことをちょっとずつやっていけば、各分野を改めて深くやるときも、敷居が低くなっている。(これは誤用)
積分定数
2012/07/20 14:21
四則演算を習う前に、数を数えられる段階で、簡単な文章題をやってみる、という算数勉強法を以前考えた。

3人いたところに2人来たら何人か?

足し算などという大げさな道具を使わなくても、指や○を描いて数えることが出来る。

7個の蜜柑を3個ずつ分けると、何人に分けられていくつ余るか

というのも、割り算を持ち出さなくても分かる。

そういうことを徐々にやりながら、数に関する感覚を身につけつつ、徐々に式を導入する

というのを考えた。

数が簡単だと、式をかくまえに答えが分かってしまう場合がある。そこで無理矢理式を書かせると、式が手段・道具ではなくなってしまい、「こういう場合にはこの式を使う」というパターンを覚えることになってしまう。

2人帰ったので今3人。最初は何人?

帰ったのが○○  今いるのが○○○ だから、最初は5人

最初に2人だと、2人帰ったから今0人
最初に3人だと、2人帰ったから今1人
・・・

とか、どう考えたって構わない。答えは5人で揺るぎない。
積分定数
2012/07/20 14:28
>区分求積は関係ないと思いますが・・・

やるお@さんは、数学的帰納法を語りたいのではなくて、「12分の1の公式についての自説」を語りたかったんだと思うのです。
そして「12分の1の公式についての自説」に数学的帰納法を絡めようとして、失敗したのだと推測するのですけど・・。

例えば・・・

>12分の1公式を答案に書いてはいけないのは
>根本的にいうと有名中高一貫や有名中学を除いて直線と直線を連立すると点が現れると教わるからです
>この理解なのか別の理解かによってかなり幾何的考察が変わるはずです

あと、やるお@さんは「初項」とか「収束」なんて用語を使っているし、ゼロに対するこだわりも変だし。
結論としては、やるお@さんのコメントは、私にはほとんど理解不能です。
だから、やるお@さんの断片的な言葉使いと話の流れからして、もしかすると・・という推測です。


おおくぼ
2012/07/20 14:34
メタメタさんのツイートから

>教科書157頁に「答え」が載っていて,「う」だけを載せています。近日中にこの教科書の『指導書』を見てきたいと思っています。現行『指導書』は一般人には買うこともできないし,コピーすることもできず,教科書図書館で閲覧できるだけです。

教師用指導書は、教育系の大学図書館にもあると思うのですが(貸し出し禁止、閲覧のみ)。

一般人は買うことはできませんが、学習塾関係者は買えるみたい。

http://rnavi.ndl.go.jp/research_guide/entry/post-330.php

>教師用指導書については、一般公衆や学習塾関係者等に渡ることによって学校教育における学力評価等において不都合が生じるなどの事態が懸念されるため、一括納入代行者に納入事務を委任した教科書発行者と教科書供給業者間の契約において教育関係者(塾関係者を除く)以外への販売を禁止しています。

おおくぼ
2012/07/20 15:21
追記

>教育関係者(塾関係者を除く)

塾関係者は買えない???
でも、こちらの教科書供給所のサイトには・・・

http://saikyou.co.jp/textbook/buy/

>教師用指導書は一般の方、家庭教師へのご販売は出来ません。
>代引での指導書のご販売は出来ません。
>学習塾の場合は、学習塾であることの証明が必要になります。
>教育実習の方も、教育実習を行なう証明が必要です。
おおくぼ
2012/07/20 15:28
>おおくぼさん

埼玉では塾関係者は買えるんですかね?
教科書図書館では,コピーもさせてもらえなかったんですが。

それはさておき,議論の段階から,行動(教科書出版社や文科省などへの申し入れ,記者会見)に向けた準備段階に入ってよいのでは,とツィートしました。
メタメタ
2012/07/20 18:32
私は塾関係者ではないので、試すことができないのですが、塾関係者は是非購入して欲しいです。
ところで、くろきげんさんのツイートに

>個人的には直接啓林館の教科書指導書に目を通したメタメタさん(高橋さん)に期待。実はぼくも図書館にある教科書の見本には目を通したのですが、情報量は少ない。教科書指導書(もしくはそのコピー)が手元にないというのは痛いですよね。

調べたら、仙台の宮城教育大学の図書館に教師用指導書があるみたいです。
啓林館の教師用指導書は置いていないみたいですが、数社の教師用指導書の蔵書があるみたいです。

http://www.lib.miyakyo-u.ac.jp/mylimedio/search/input-find.do;jsessionid=a3c5faba0bd7d95e2fbb83691a79?nqid=1&mode=comp&queryid=0
おおくぼ
2012/07/20 18:56
宮城教育大学は、教科書が充実しているみたいです。

http://library.miyakyo-u.ac.jp/Outline/Activity/Project/ExhiProj.html
おおくぼ
2012/07/20 18:59
メタメタさん

>それはさておき,議論の段階から,行動(教科書出版社や文科省などへの申し入れ,記者会見)に向けた準備段階に入ってよいのでは

そういうアクションもいると思いますが、おーそらいずされた場所で発表したり、ぱぶりっしゅしたりしないとWikipediaにさえ載せられないなと私は思いまして、どっか学会で発表しようか、出すならどこがいいのかと探し始めているところです。
M
2012/07/20 22:24
12分の1公式って知らなかったので、ぐぐったらなんだしょーもな。いかにも受験数学とやらででてきそうな代物ですね。
受験数学といえば、だいぶ前ある予備校関係者が、「受験の数学は記憶力が勝負だ」と言ってるのを聞いて唖然とした記憶があります。確かに、出題範囲は決まってるし、大抵の問題のパターンもそう多くはないので、うまく暗記すればそれなりの点は取れるのも事実ですが、こうも開き直られてしまうと。

げお
2012/07/20 23:00
Mさん

ぱぶりっしゅについては,岩波から本を出して,朝日の書評欄で取り上げられても,かけ算教育の実態に対する社会の認知は低いままですからね。
もっともっと百家争鳴のゲリラ戦が必要で,かつオーソライズされた陣地戦も必要でしょうね。
メタメタ
2012/07/20 23:58
この公式知らなくても、置換積分や図形的考察ですぐにでるしね。放物線に2本直線を引くのと、2つ放物線があって共通接線引くのと、両方に使える公式だけど、後者は2次の係数が同じ場合にしか使えない。ちゃんと理屈が分かっていれば、2つの放物線で2次の係数が異なっていた場合、どうすればいいのかも分かる。

 そもそも積分の意味が分かっていない状態でこんな公式を覚えても、使えないのだが、そういう方向に走ってしまう受験生や講師が多い。
積分定数
2012/07/21 00:02
 数学などでよく、リコーな子なら説明してもわかろうが、アホはシャーないから、結果だけ、あるいは公式だけ覚え解け、などという。この考えの基本的な誤りは、「アホ」にとっては、「わからんでもよいから覚えとく」なんてことはできないのだ。むしろ、そんな器用な真似をするのは、リコーの方である。

森毅 学校とテスト 朝日選書
積分定数
2012/07/21 00:11
 これだけ読めば正論だと思うが、ナイホーリョーだのガイエンリョーだの、キュザーンだのキューホだの、(という言葉自体を覚えるわけではないのは承知している)、人為的な概念を理解するのは、アホにもリコーにも困難だと思うが・・・

 それは分からないかな。少なくとも私にとっては、くだらない公式を覚えるのと同程度に苦痛なことであると思う。
積分定数
2012/07/21 00:14
今日はグラフの平行移動の初歩。

中心が原点以外の円の式、は苦労したけど出来た。

y=x^2のグラフを横に3、縦に2平行移動したグラフの式は?

幸か不幸か頂点が(3,2)となる2次式のことは忘れているようで苦労している。

ヒントに「xが10だとyは?」と出した。グラフ用紙にグラフを描いてあるけど、そこからはみ出すので計算で出すしかない。

そのときの計算方法が、求めるxの関数になることに気づいて正解。

くどくど説明は不用。

y=x^3のグラフの平行移動を宿題に出して今日は終了。
積分定数
2012/07/21 01:38
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=70485838&comm_id=788787&page=all
やるお@医師の卵の卵の発言↓

>安田亨氏は
バームクーヘン、万能部分積分、安田の定理、
ファクシミリの原理、ネーピア数の絡んだ瞬間部分積分etcとすごい発見をされてきたことには敬意を示そう

積分定数
2012/07/21 11:11
バームクーヘンは、おそらく回転体の体積の求め方だろう。
他は知らない。

帰納法に関して、2段仮説がどうたらとかも言っていた。

これも聞いたことがなかったが、どうやら

1,2,で成り立つ
k,k+1で成り立つ→k+3で成り立つ

という帰納法のことを言うらしい。


いずれにしてもそういう受験数学用語は色々知っているようだ。本質を理解しないで、受験テクニックに走った結果、妙竹林な理論を作ってしまったのかも知れない。


 あっ、分かっていると思うけど、この手の話の文脈では解くにことわりがなければ、「帰納法」というのは「数学的帰納法」の略記。

 数学的帰納法が帰納法ではなくて演繹法であることは知っているので、そこは突っ込まないでね。
積分定数
2012/07/21 11:18
>1,2,で成り立つ
>k,k+1で成り立つ→k+3で成り立つ

いらんツッコミですが、それだと3が成り立つことが
示せなくてとまってしまいます。

M
2012/07/21 15:00
みんなが気づくかなと思って、わざと間違えました。

と、よく教師が間違いをごまかす。

それは冗談にしても、ホワイトボードに式やグラフを書いて説明するときは、わざとグチャグチャわかりにくく書いて、すぐに消すようにしている。

 教える側が綺麗に正確に書くと、生徒はそれに頼っちゃうから。

 問題文は意図が伝わるように丁寧に書くようにしている。
積分定数
2012/07/21 17:28
 変則的帰納法はいろいろあって、入試問題に出るが、変則的な方法を使わせるために問題を作っている感がある。

 そうじゃない例を

自然数の部分集合Mが以下の条件を満たす。

Mは空集合ではない。
Mには最大値が存在しない。
k∈M → k-1∈M

このとき、M=Nである。

直感的には分かると思う。証明はやはり背理法だけど、ちょっと面倒くさい。


で、これを使うことで相加相乗が求められる。
積分定数
2012/07/21 17:35
n個の正の実数がある。

それらの相乗平均≦それらの相加平均

これが、n個の実数の選び方に関わらず、つねに成り立つ、そういう自然数nの集合をMとする。

まずn=2のとき成り立つ。これを繰り返し使うことで、nが2の自然数乗であれば、成り立つことが分かる。

つまりMには上限がない。

n=kで成り立っているとする。

k-1個の正の実数を任意に取り出す。
全部掛けた値をA 全部足した値をBとする。

このk-1個の実数と、A^(1/(k-1))でk個の実数が得られる。

[A・A^(1/(k-1))]^(1/k) 
≦ [B+A^(1/(k-1))]/k

これを変形することで、

A^(1/(k-1)) ≦ B/(k-1)

が得られる。

つまり、Mは空集合ではない。
Mには最大値が存在しない。
k∈M → k-1∈M
積分定数
2012/07/21 17:56
数年前にネットで知って驚いた。

私は、変形して多変量関数と見なして偏微分して、という具合に証明していた。

しかし、微分を使うのはなんだか悔しい。例えば、整数値しか取らなくても成り立つはずだから、なるべく極限操作は使いたくない。

 で考えたのが次の方法。
積分定数
2012/07/21 18:01
大学の数学の先生の立場としては、無用な受験テクニックの習得は必要最小限にしてもらえるとありがたいたいです。大学に入ってから、本質的なことのみにこだわることが大事であるという流儀に適応できなくて、結果的に放校処分になるのはまことによろしくないです。

そもそも妙な受験テクニックの習得は受験で合格するために得策ではないと思う。その得策でない方法で入学してしまって、その癖が抜けないと、入学後にめちゃくちゃ苦労する。

大学を卒業することは世間一般で信じられている感覚よりもずっと難しいと思う。
くろきげん
2012/07/22 01:44
東日本の大学付属図書館で、啓林館の教師用指導書を置いているところが少ないと思ったら、西日本の占有率が強い会社なんですね。
東日本では、千葉県と長野県だけ例外みたいです。

http://diccionario.sensagent.com/新興出版社啓林館/ja-ja/

>啓林館が発行する算数・数学及び理科の教科書は西日本の小学校・中学校を主体に(特に愛知、京都、兵庫、鳥取、島根、岡山、香川、徳島及び愛媛)90%以上の市町村で採択されている。
>他にも千葉、長野、宮崎では広く採択され(算数・数学で80%以上のシェアを持つ)、「理数系の啓林」として東京書籍とシェアを2分している。発行者番号61は、教科書会社としては後発といえる。しかし、伝説の算数教科書「緑表紙」を編纂した塩野直道をむかえ、後発ながら、理数教育に強い教科書としての信頼と地位を築いた。
>半面、北海道(理科は採択地域あり)、東北(算数は青森、山形で採択地域あり)や北関東(理科では栃木県で採択地域あり)では以前から東京書籍や大日本図書、教育出版の教科書が採択される傾向が強く、採択シェアは少ない。
おおくぼ
2012/07/22 05:12
>そもそも妙な受験テクニックの習得は受験で合格するために得策ではないと思う。

これ、私もそう思うんですよね。受験テクニックって、「こういう場合にこうする」というパターンが多いんだけど、「こういう場合とちょっと違う場合」とかになると、覚えているだけだともう対応できない。そうすると、「ちょっと違う場合」のパターンを思えないとならない。

 引き算が使えるパターンを「残りがいくつ」「あといくつ」「違いはいくつ」と覚えても、

3人来たので今8人。最初は何人?

とか出てくると、引き算リストに「もとはいくつ」を加えないとならない。

3人帰ったので今8人。最初は何人?

「もとはいくつ」だから、8−3 としないように注意しないとならない。
積分定数
2012/07/22 12:39
積分を理解したら、面積も曲線の長さも、回転体も出来る。バームクーヘン(私は、大根のかつらむきと名付けていた。通常の回転体の公式は大根の輪切り)も、理解できる。その理解を端折ってバームクーヘンなど意味がない。

 遠山啓は、単に解き方を覚えるだけなんだから鶴亀算なんか無意味、と言っていたがそれは違う。鶴亀算自体が無意味ではなくて、単に覚えるという方法が無意味。

 受験テクニックもそれを考えること自体は面白いし、理解が深まる。他人の見つけたテクニックを理屈抜きで覚えるというのがナンセンス。
積分定数
2012/07/22 12:46
 私が考えた受験テクニック その1

 3次式と接線によって囲まれる部分の面積

 変数変換で x^2(x+p)の-p〜0の定積分に帰着できるので計算が楽。多分、受験数学業界には既にあると思う。


私が考えた受験テクニック その2

期待値の求め方、教科書の定義式よりも、
http://daiba-suuri.at.webry.info/201010/article_1.html
の方が簡単に求まる場合がある。
積分定数
2012/07/22 12:59
私が考えた受験テクニック その3

x^4の係数がaの4次式と2箇所で接する直線がある。接点のx座標はα,β α<β

これらによって囲まれる図形の面積はa(β−α)^5/30

さっき思いついた。

aで考える。座標変換で(x^2−p^2)^2を0〜pまで定積分して2倍することに帰着できる。p=(β−α)/2

でこれを計算すれば出てくる。

1/12公式だとか、放物線を直線が横切るときの面積だとか、この類は、座標変換をちょっと工夫すればすぐに出てくる。丸暗記だと、1/12,1/6,1/30,・・???
と混乱してしまう。



積分定数
2012/07/22 15:13
 1/12公式なんて知りませんでしたが、平行移動して y=ax^2 について考えればよいというのはすぐ思いつきました。

 このパターンが頻出するから受験対策としてやっておく必要があるということだとしても、「公式として暗記」するような性質のものではない気がします。


 放物線の接線の方程式は、微分も使わず、重解をもつ云々も使わず、平行移動だけで求められそうですね。

・ 放物線 y = x^2 - 5x + 3 上の点 P(1, -1)における接線は?

 放物線 x軸方向に -1 だけ平行移動して (0, -1) での接線を求めて、それを x軸方向に 1 平行移動すればいい。

平行移動した放物線 : y = x^2 - 3x - 1

x^2 - 3x - 1 - (-3x - 1) = x^2 ≧ 0 (=0になるのはx=0のときだけ)でありますから、(0, -1)での接線は y = -3x - 1 であることは明白。

 これをまた x軸方向に 1だけ平行移動すれば、 y = -3x + 2

 わざわざこんなひねくれたことを考える人はいないでしょうけど…
鰹節猫吉
2012/07/23 00:53
東北大学の付属図書館の検索したら、『数学の力に基づく数学教科書・数学教科書教師用指導書の分析 』(中学校数学教科書研究会 [編])という本が見つかりました。

http://www.library.tohoku.ac.jp/opac/opac_details.cgi?lang=0&amode=11&place=&bibid=TT21662420&key=B134297421415781&start=1&srmode=0

著者の藤村和男さんは、財団法人・教科書研究センターの人みたいですね(サイトの情報は2008年なので現在はわかりません)。

http://researchmap.jp/read0190069/

他の著書には、『算数の力に基づく算数教科書・算数教科書教師用指導書の分析』( 小学校算数教科書研究会 [編])などの数学・算数教科書・教師用指導書の研究があるみたいです。
おおくぼ
2012/07/23 02:08
 多項式あたりなら、重解だけで接線の傾きは求められますね。(f(x)/g(x))^(n/m)あたりまで何とかいく。
合成関数の微分や積の微分などに該当するのも得られる。

三角関数や指数関数が絡むとさすがに無理。

うちの優秀な生徒がこの方法で接線の傾きを求めるようになったので、極限概念としての微分を教えるのに四苦八苦w

 苦肉の策が、連続関数f(x)があって、y軸とx=aとこのグラフの線で構成される面積が、a^4のとき、f(x)は?

という問題。

 でも、その前に数列にしてちょっとやっていたので、
1^2+2^3+・・・+n^3が4次式になり、n^4の係数が1/4事から逆算して・・・

 とやって正解になってしまうw

 仕方なく、a/(a+1)とかにして今取組中。

a=0のとき0の増加関数にしない隣らないので、結構面倒くさい。
積分定数
2012/07/23 06:58
 その子は、最初は重解と言うよりも、その付近で解が1つというようなことから求めた。

 重解で接線の傾きを求める方法。

 y=f(x)
  
(α、f(α))を通り、傾きmの直線は
y=m(x−α)+f(α)

連立すると

f(x)−f(α)−m(x−α)=0

左辺は(x−α)を因数に持つが、mをうまいこと調整して、(x−α)^2を因数に持つようにすればいい。

f(x)−f(α)=g(x)(x−α) と出来る。

f(x)−f(α)−m(x−α)
=(x−α)(g(x)−m)

さらにもう一つx−αが因数としてあるためには、
g(α)−m=0

ようするに、直感的には

m=[f(x)−f(α)]/(x−α) のxにαを入れたもの。直接入れることが出来ないので、因数として約分してからいてると言うのも。

 微分の場合は、x→αとして、直接入れることを回避している。

 接線の傾きを求める2つの方法、これは「全く異なる方法」なのか?、「実は同じ方法」なのか?、なんて事はどうでもいい。

 こうもできるし、ああもできる。見ようによっては、同じとも言える。

 どうやって求めようが、答えは1つ。
積分定数
2012/07/23 07:17
いじめだとか、色んな事に対応しないとならないから、教師は大変だと思う。

かけ算の順序が、負担を軽減するためのやむを得ない方法というなら、まだ納得しようがある。

 でも、「そもそもそう教えることとされている」(実際には、そう教えないとならない、という法的根拠はない。指導要領にも書かれていない)となってしまっていて、

 順序を教えること自体に苦労しているようで、むしろ負担を増しているように思える。

 世の中のいろいろな問題って、利害関係があったりする。戦争で武器産業が儲ける、みたいな。

 かけ算の順序って、それすら見あたらない。「順序はどっちでもいい」とすることで困る人がいるの?

 これまで「順序」を推奨してきた算数教育の専門家の面子が潰れる

 というのはありそう。
積分定数
2012/07/23 08:25
算数≠数学 は正しい。

算数には、物差しの使い方だとか、時計の見方など、純粋数学では扱わない物も扱う。

算数⊃数学

算数 = 小学校での数学+α

「算数は数学と違う」ということをかけ算の順序正当化の理由にする人がいるが、言葉の綾に囚われすぎ。

 そんなこと言ったら、「政教分離」なんて意味不明。

政治=まつりおさめる


言葉と内実がずれていることはありがち。
まして、内実を言葉に合わせる義理は、必ずしもない。
積分定数
2012/07/23 18:01
掛け算等が出来ない理由を考えてみました。

・問題文そのものが理解出来ない。
・問題文の内容を頭の中でイメージ出来ない。
・理解した内容を表現出来ない。
・理解した内容を式に出来ない。

順序を判断基準にしても、何が出来ていないのか分からないと思います。


>「順序はどっちでもいい」とすることで困る人がいるの?

順序という比較的明確な判断基準が無くなると、理解度をどう確認していいか分からなくなる教師が出てきて迷走しそうです。
TaKu
2012/07/23 21:46
>順序という比較的明確な判断基準が無くなると、理解度をどう確認していいか分からなくなる教師が出てきて迷走しそうです。

順序があると教師は迷走しなくなっても理解できない子供たちが迷走…
M
2012/07/23 22:27
掛け算の正しい順序は文章題からの立式に限定されていますが、九九の影響があると思います。
九九は総九九なので、片方の段を忘れても大丈夫です。
例えば7の段が苦手な生徒は、7×7以外は逆の段で補うことができます。
でも7の段が苦手な生徒はいます。

バラエティ番組「火曜曲」から

http://encra48.doorblog.jp/archives/7000689.html
おおくぼ
2012/07/23 23:28
佐伯胖:著『「わかる」ということの意味』(岩波書店:1983年)の131頁〜136頁から引用します。
以下引用


先生は、いわゆる机間巡視を行い、いきづまっている子どもの個別指導する、というものでした。
私が見ておりますと、ある子どもは、次のような問題を解いていました。
(1) 10×3=
(2) 10×8=
(3) 10×12=
・・・
はじめの二題は問題なく正答していました。
10×3=30、10×8=80・・・というように。
ところが、10×12=という問題になると、急にえんぴつを止めて考え込んでいました。

彼の答えはほとんど「走り書き」といった調子で書かれた次のようなものでした。
10×12=10×10×6=600

彼は、このプリントに対しては、目にも止まらぬような早さで、
(1) 6×10=60
(2) 8×10=80
(3) 12×10=120
(4) 5×100=500
・・・・
と答えているのでした。
私はそこでその子に次のように声をかけてみました。
「ねえ君、12×10=120という答えをすぐに書けるのに、どうしてさっきは10×12がわからなかったの?」
彼は突然話かけられてキョトンとしており、私の質問の意味が全くわからないようでした。
「さっきのプリントで君は10×12という問題にヘンな答えを書いてまちがえたね?忘れた? ほら、ここにさっきのプリントがあるよ。」と示すと、まるで生まれてはじめて見たような顔をして、「ほんとだ」とつぶやいていました。そこで
「10×12というのは12×10と同じじゃないかい?」
とたずねると、「ウン」とうなずきました。そこで、
「君は12×10ならあっという間に答えられるよね。」
といいますと、やはりキョトンとしています。
おおくぼ
2012/07/23 23:51
ヤフーの知恵袋に教師用指導書の購入のことが書いてありました。

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q108821355

>指導書は、一般的に書店を通さないと手に入りません。
>教科書関係は、立前を重視する世界ですから、
>学校関係者以外が入手するのを困難にしています。
>しかし、あくまでも立前。
>テキストを納入するために塾に出入りしている本屋さんがありますか。
>あれば、そこに注文するのが一番です。
>なければ、教科書を取り扱っている書店に頼むとほぼ確実です。
> 殆どの書店は取り寄せてくれるはずです。
>駄目だったら、書店を変更することになりますが。
おおくぼ
2012/07/24 00:19
大手の塾の出している問題集を見ると、教師用指導書の内容を前提にしていると思えるんだけど。
例えば、四谷大塚とか。
おおくぼ
2012/07/24 00:22
おおくぼさんの推理だと、闇ルートがある?

鰹節猫吉
2012/07/24 00:39
闇ルートというわけではないですが、大手の塾は購入していると思います。
小さい学習塾だと、購入が難しいかもしれません。
ちなみに河合塾と啓林館は提携しています。

http://www.kawaijuku.jp/news/shousai.php?uktk_no=000019186
おおくぼ
2012/07/24 01:12
>教師用指導書については、一般公衆や学習塾関係者等に渡ることによって学校教育における学力評価等において不都合が生じるなどの事態が懸念されるため、一括納入代行者に納入事務を委任した教科書発行者と教科書供給業者間の契約において教育関係者(塾関係者を除く)以外への販売を禁止しています。

大学の研究者は、どうなんどろう?
「教育関係者」にならないのかな?
教育系の大学の付属図書館に教師用指導書があるということは、小学校の教員を養成するには教師用指導書が必要だということだと思う。
でも大学生を教えるために算数の教師用指導書が必要という理屈も成り立つとは思うんだけど。


おおくぼ
2012/07/24 01:28
 指導書って、やけに閉鎖的ですね。これ以上首を突っ込むと、「G13型・・・」とか、・・・

>一括納入代行者に納入事務を委任した教科書発行者と教科書供給業者間の契約において

 教師まで行き渡ったら、その先間では管理しきれないように思う。ただ、私がこれを入手しても、塾で教える上での参考にはならないと思う。反面教師にはなりそう。

 中学や高校の教科書にも指導書ってあるのかな?
積分定数
2012/07/24 05:55
http://oshiete.goo.ne.jp/qa/1541044.html
だと、中学校での指導書もあるようだ。

 本題とそれるが、

>「先生用の特別な本なんだって」などとこどもに説明したら、
「先生って、そんなの見ないと教えられなくて 他の人には秘密にしてるんだ」と考える可能性が十分にあり、教諭の権威?をおとしめかねません。


>質問と関係なくて悪いですが、
あなたが先生にたいして思っている
不信感が子供に伝わってしまいますよ。
それは、子供と先生の関係を悪くする可能性がありますよ。
指導書を見ないとだめな先生に不信感を抱くのはわかりますが、そういうものが簡単に手に入るとまずいということがちょっと考えて理解できないですか?


 回答者の高飛車な態度がウザイ。
積分定数
2012/07/24 06:00
本気で教科書指導書を精査するためには全6社の教科書と教科書指導書を全部見たいということになるのだが、たとえ購入できたとしても予算的にそれをやるのは無理。少なくともぼくには無理。

コストの問題は現実の問題なので馬鹿にならないのだ。やはり全国の市民図書館などですべてが公開されていることが望ましいと思います。

どうしたものかね。
くろきげん
2012/07/24 08:58
やるお@医師の卵の卵さんの言っていた「離散と連続の違い」がわかりました。
わかるとバカバカしいというか、バカにされていた感じです。
離散数学と何の関係もないんですね。
「受験数学は論理的に考えるではなく、ヒラメキだ!」という話。

参考「離散的発想法と連続的思考法」

http://www.albert2005.co.jp/blog/archives/200710/03_191620.html

やるお@医師の卵の卵さんの発言 ↓


>数学は論理的に正しければ点が貰えるので
論理的に正しいことを書いて点を稼げというのはかなりうさんくさい方法論です
>東大や金沢大の採点方式も論理的に正しければ点が貰える方式であるという話を大学の助教授などからも聞くのですが本番の採点は1週間くらいで終わることから自明なように時間はあまりかけられないのです
>採点はまず答えの確認から入ります 答えがあってはじめて答案を眺めるわけです
>いくら論理展開が正しかろうと答えが違えば点は貰えないです。
> よく部分点が当たると言う人がいますがそれは模試バカになりすぎていて現実が見えない典型例でしょう
>受験数学というのは必ず答えがあります
その答えを導くヒントを問題文に隠してあるのです 論理的~と謳う人にかぎって自分の都合のいいようにしか解釈していなくその解法の本質が見えていない(つまり数学の勉強になっていない)のだと思います(98番目の発言)

>数学的帰納法しかり図形といい
>点の取れる生徒というのは応用力のある認識パターンを持ってるというわけで
>ここでほざいてる零細自称予備校講師の方々がほざいてる数学は論理的に正しければ点が貰えるなどという文言は信じてはいけない(117番目の発言)
おおくぼ
2012/07/24 09:12
>指導書を見ないとだめな先生に不信感を抱くのはわかりますが、そういうものが簡単に手に入るとまずいということがちょっと考えて理解できないですか?

生徒だけでなく、一般人にも入手できないとい状況はマズいと思う。
指導書は教科書会社が文科省と関係なく独自に出しているだから、一般人が購入しても問題はないと思うんだけど。
高校にも指導書があるみたいです(ググると出てきます)。

国会図書館の「複写」の欄に・・・
「現在は使用していない(検定等により改訂された古い)教科書の指導書
著作権の範囲内でどなたでも複写は可能です。」とある。

以下引用


>1.複写
●現在学校で使用している教科書の教師用指導書
国際子ども図書館資料利用規則第18条第1項に規定する「特別の取扱いを必要とする資料」に指定されており、以下の条件にしたがって複写を行います。
(1)当該指導書の適用対象となる小中高等学校の現役教師であること。
(2)身分証明書の提示(県によっては身分証明書を発行していないところもあるので、その場合には「学校長の在籍証明書」「辞令」でもよい。)
(3)国際子ども図書館資料利用規則第18条に定める特別複写手続きを行う。
*遠隔複写においてはAの本人確認が困難なため、来館複写のみ受付けています。

●現在は使用していない(検定等により改訂された古い)教科書の指導書
著作権の範囲内でどなたでも複写は可能です。

現在使用している教科書かどうかは、文部科学省ホームページ掲載の「教科書目録」(http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/kyoukasho/mokuroku.htm)[last access:2009.7.9]で確認できます。
おおくぼ
2012/07/24 09:27
宮城教育大学の教員に田端輝彦という人がいて、この人は算数教育の専門家みたいだ。

http://www.miyakyo-u.ac.jp/su/KyouinDB/DB.php?id=89
おおくぼ
2012/07/24 09:38
大抵の大学の数学の先生は「真の意味で数学をよくわかっている人に大学に入学して来てもらいたい」と思っていることは想像が付くでしょう。

さて、ここで問題です。最終的な答が合ってなければ途中の考え方が合っていても部分点を一点も出さないというような採点方法で「真の意味で数学をよくわかっている」合格者を増やすことができるでしょうか?

以上は誰にでも想像できる一般論に過ぎないと思います。大学の数学の先生は「極度に数学が好きだ」ということ以外は普通の人と同じ感情や感覚で動いています。

もしかしたら、数学が本当に好きな人たちがどのような考え方をしているかを知っておくことは、受験生を少し有利にするかもしれませんね。

入試の採点期間が短いということを気にするならば「入試の答案はきれいにわかりやすく書こうね」と教えると良いと思います。

美しく書く必要はありませんが、見易く書くことはとても大事。どのような場面であってもそうする癖を身に付けておくと一生のあいだ役に立つと思います。見易く書くことは普段から心掛けていないと身に付かない。

くろきげん
2012/07/24 18:14
>最終的な答が合ってなければ途中の考え方が合っていても部分点を一点も出さないというような採点方法で「真の意味で数学をよくわかっている」合格者を増やすことができるでしょうか?

当然、否、ですね。だから森毅もかけ算の順序で、あれ?

私もこの手の情報に振り回されていたことがありました。ロピタルは使っていいのかどうか、とか、

物理の入試に微積は使っていいのかどうか、

「数学1」という科目で「数学2B」を使っていいのかどうかとか、


 採点者に、「ちゃんと理解しているな」と思わせるように書けばいい

というのが今のところの結論です。

 数学の試験なんだから数学らしく明確に採点基準があるはずだから、それを教えてくれ

 と言われても無理だし、

 そんなことに逐一拘る暇があったら、数学自体を勉強すればいいと思う。
積分定数
2012/07/24 18:42
 やるお@医師の卵の卵氏は、「予備校で教えいてる」というのも含めて嘘だと思う。「嘘ではない。本当だ。嘘などというなら誹謗中傷だ」というなら、本当に予備校で教えていることになり、それはそれでもっと問題。

 別の大手予備校の講師に喧嘩売ったり(※)、罵詈雑言ほぼ宇宙証したり、・・・、

名古屋の大手予備校の人があんな書き込みするとは思えない。

 もし本当に予備校で教えているなら、医師の卵の卵の段階で、医者の不養生、どころじゃないわけだから。

(※)同業者同士が公の場で相互批判すること自体は大いに結構。単なる誹謗中傷、罵倒が馬鹿げていると言うこと。

 帰納法の理解が出鱈目な割には、受験事情やら受験数学について知っている風な書き方なのは気になる。帰納法での出鱈目が暴露されたから、それらの発言の信用性も胡散臭いとわかるが、それがなかったら信じてしまうかも。

 そもそもネット情報など当てにならないから、真偽を見抜く能力が試されるわけだけどね。

大津いじめ問題で、「加害者の親」として間違った情報が流されて、職場に電話が殺到したらしいが、事実を検証もしないで身勝手な正義感で行動してしまうのが怖い。

 病院だったらしいが業務にも差し支えたようだ。「いじめは許せない」とか言って、下手したら業務妨害・致死罪にもなりかねない。
積分定数
2012/07/24 18:56
私は受験数学には詳しくはないですが、少し考えれば試験問題を作る側と解く側の立場の違いがわかると思う。
大学入試の場合、高校教育の範囲を越えた問題を作れば受験者側から批判されてしまう。
でもその条件は、受験者が高校範囲を越えた知識を持っていて、その知識を使って試験問題を解いてはイケナイということを意味しない。
日本は飛び級が少ないので、「分相応でなければいけない」と思い込む人が多いのかもしれない。
積分定数さんがミクシィの論争で最初に紹介した『出題者心理から見た入試数学(初めて明かされる作問の背景と意図 )』(ブルーバックス新書/ 芳沢光雄:著)を、やるお@医師の卵の卵さんが読めば、勘違いがわかると思うんだけど。

またヒラメキが重要だとしても、論理の整合性を否定したら証明問題で点数は獲得できないんだけど。
おおくぼ
2012/07/24 20:32
>大抵の大学の数学の先生は「真の意味で数学をよくわかっている人に大学に入学して来てもらいたい」と思っていることは想像が付くでしょう。

中学や高校の数学の先生はどう考えているのでしょうか。
そもそも中学・高校の数学の先生は、順序を信じている人を「よくわかっていない人」と思っているのが多数派なのでしょうか。
中学・高校入試で順序を信じている考えを減点対象にするのが、順序問題解決の一番の近道だと思います。
TaKu
2012/07/24 21:48
>中学・高校入試で順序を信じている考えを減点対象にするのが、順序問題解決の一番の近道だと思います。

中学入試では、文章題からの立式において足し算&掛算の正しい順序を問う問題は、出題されているのだろうか?
おおくぼ
2012/07/24 22:02
>罵詈雑言ほぼ宇宙証したり、・・・、

罵詈雑言や誹謗中傷したり

積分定数
2012/07/24 22:04
Hiroyasu Kamoさんのツイートに飛び級について言及したのがあった。
http://twitter.com/kamo_hiroyasu
以下引用。

飛び級・飛び入学というのは、レベルが低すぎる授業を受けさせられる拷問をくらっている子どもに、年長者集団に放り込まれる苦行を代替として提示して、まだましと思うほうを選ばせる制度です。
特別支援教育の一種であって、エリート育成ではありません。

飛び級・飛び入学の対象者を「天才」と呼ぶのが、わかっていないことの現れです。
彼らは、早熟であって、天才かどうかはまだわかりません。
そして、天才でないことが後でわかっても、その時点で拷問から救い出すことができたなら、飛び級・飛び入学の目的は達成できるだけいます。
おおくぼ
2012/07/24 23:54
mixiでの騒動で得る物もあった。帰納法と関数に接する直線が、相加平均・相乗平均の証明について考えるきっかけとなった。

(1)f(x)=x^n−np^(n-1)x+(n−1)p^n

n:自然数  pとxは0以上 → f(x)は0以上

証明

微分してpで極小値になっていることが分かるので、グラフを描けばほぼ自明。

あえて微分を使わないと、

f(x)=x^n−p^n−np^(n-1)(x−p)
=(x−p)・{x^(n-1)+x^(n-2)p+x^(n-3)p^2+・・・+p^(n-1)−np^(n-1)}

{x^(n-1)+x^(n-2)p+x^(n-3)p^2+・・・+p^(n-1)−np^(n-1)}はxが0以上の範囲では明らかに増加関数。x=pのときに0。つまり、pより小さいと負、pより大きいと正。

(x−p)の正負も同様だから、

(x−p)・{x^(n-1)+x^(n-2)p+x^(n-3)p^2+・・・+p^(n-1)−np^(n-1)}は0以上。0になるのはx=0のみ。

 証明終わり。
積分定数
2012/07/25 16:28
{x^(n-1)+x^(n-2)p+x^(n-3)p^2+・・・+p^(n-1)−np^(n-1)}からさらに(x−p)を因数として括り出すという方法もある。比較的綺麗な形にはなる。

x^(n-1)+x^(n-2)p+x^(n-3)p^2+・・・+p^(n-1)−np^(n-1)

=x^(n-1)−p^(n-1)
+x^(n-2)・p−p^(n-1)
+x^(n-3)・p^2−p^(n-1)




+x・p^(n-2)−p^(n-1)

=(x−p)・
{ x^(n-2)+x^(n-3)・p+x^(n-4)・p^2+・・・+x・p^(n-3)+p^(n-2)
       x^(n-3)・p+x^(n-4)・p^2+・・・+x・p^(n-3)+p^(n-2)
              x^(n-4)・p^2+・・・+x・p^(n-3)+p^(n-2)
                             ・・・・・・・
                              ・・・・・・
                                 p^(n-2) }

=(x−p)・
{x^(n-2)+2x^(n-3)・p+3x^(n-4)・p^2+・・・(n-1)p^(n-2)}

f(x)=(x−p)^2・
{x^(n-2)+2x^(n-3)・p+3x^(n-4)・p^2+・・・(n-1)p^(n-2)}
積分定数
2012/07/25 16:30
(2)nより小さな自然数に関して、相加平均≧相乗平均が成り立っていると仮定する。

n−1個の0以上の実数の積をA 和をBとする。

A^(1/n-1)≦B/(n-1) が成り立っていると言うこと。
変形してA≦{B/(n-1)}^(n-1)

xを0以上の実数とするときに

(Ax)^(1/n)≦(B+x)/n を示せばいいが、

変形して、{(B+x)/n}^n−Axが0以上になることを示せばいい。

{(B+x)/n}^n−Ax≧{(B+x)/n}^n−{B/(n-1)}^(n-1)・x


t=(B+x)/nとすれば、

左辺=t^n−{B/(n-1)}^(n-1)・(nt−B)
=t^n−{B/(n-1)}^(n-1)・nt+B^n/(n-1)^(n-1)

B/(n-1)=pとおく

=t^n−np^(n-1)・t+(n-1)p^n

(1)より、これは0以上

                           証明終わり
積分定数
2012/07/25 16:31
私の考えた証明はエレガントさには欠けるが、個人的には気に入っている。

2^nで、相加平均≧相乗平均がなりたつこと(これはすぐに分かる)
次に、nで成り立つならn−1で成り立つことを示す

という方法をネットで知ったときは感動したが、「どうやってそれに気づいたのか?」が見えない。多分考えた人は色々試行錯誤して思いついたのだろうが、“完成品”である証明だとその試行錯誤が見えない。

 私の証明も、他の人が見たら、唐突に
f(x)=x^n−np^(n-1)x+(n−1)p^n
などというのが出てきて、「何だそれは?」と思うかも知れない。

 しかし、私自身の考えは極めてオーソドックスな物である。

(相加平均)^m−(相乗平均)^m を関数と見なしてその最小値を求める。
微分を利用して示した後で、表舞台から微分の痕跡を消し去り、建前的には微分を使っていないように見せる。

 ということをしただけである。



 教えることを生業にしていると、天の啓示のような唐突な補助線によるエレガントな方法よりも、これまでの自然な延長の泥臭い方法の方に魅力を感じることがある。
積分定数
2012/07/25 16:32
エレガントな証明を考えた人自身は、天の啓示があったのではなくて試行錯誤の泥臭い作業をいろいろやって得たのだとは思う。

ラマヌジャンはどうなんだ?というような突っ込みはなし。
積分定数
2012/07/25 16:33
指導書が閲覧できない人でも、教科書会社の掛算に関する考え方はわかります。

『小学校教科書ワーク』が市販されていて(本屋に置いてあります)、各社別の内容になっています。
あと各社別の「テスト」や「ガイド(4年〜6年のみ)」も出ています。
値段も「普通の値段」です。
おおくぼ
2012/07/25 20:16
http://www.twitlonger.com/show/ih5gn6
に6社の小学校1年生用の算数教科書から「0のたしざん」の説明の部分を引用しておきました。引用の目的はそれら全部がほとんどそっくりなことを示すためです。「1かいめ」「2かいめ」のような説明になっていて、「1回目の数+2回目の数」の順序で足算の式を書くように強く誘導する説明の仕方になっています。

おおくぼさん、ぼくも本屋で色々チェックしてみましたが、
http://d.hatena.ne.jp/filinion/20101118/1290094089
で紹介されているような「濃い説明」には出会うことはできませんでした。東京書籍の算数の教科書の教科書ガイドもチェックしてみましたが、大したことが書いてなくて落胆してしまいました。

しかし、教科書指導書以外に教科書会社自身による「濃い説明」を読めるのであればありがたいので、もっと具体的に本の名前とチェックするべきページを具体的に教えて下さい。

あと教科書指導書は実際に教師が使用している確率が高い文書なのでその内容のチェックは特に重要だと思います。
くろきげん
2012/07/25 23:13
相加相乗平均の不等式の話はぼくも新入生向けの微分積分学の講義でしました。

不等式はまさしく解析学の基礎。そして多くの不等式は「函数の凸性」と直接に関係しています。数学において「凸性」の概念はとても基本的で重要です。

実際、イェンセンの不等式を使えば相加相乗平均の不等式は log x が上に凸な函数であることからすぐに従います。それ以外にも多くの非自明な不等式が自明に凸な函数たちからただちに導かれる。

個人的に、高校までの数学のカリキュラムで弱いのは不等式の扱いだと思っています。だから、新入生向けにε-δ論法のような論理的に厳密な議論を説明しなくても、何らかの形で不等式を使った議論について講義で説明しておかなければ、数学的教養として大事な部分が抜け落ちてしまうのではないかと思っています。しかし、その辺の事については毎年悩んでいて、正直まだ何をどう説明しておくのが適切なのかがよくわからないのだ。
くろきげん
2012/07/25 23:23
くろきげんさんへ

今、手元にないので近日中に購入して、具体的な紹介をしたいと思います。
おおくぼ
2012/07/25 23:23
『教科書ワーク 算数2年 啓林館版』(発行:文理)と
『算数自由自在(小学1年2年)』(発行:受験研究社)を買いました。
内容は・・・・

1. (1つ分の数)×(いくつ分)と立式する。
2.  逆に書くと、式の意味が変わってしまう。
3.  掛算は足し算で答えを求めることができる。
例: 5×4=5+5+5+5=20
4. 九九について:「かけられる数」と「かける数」を入れ替えても答えは同じになる。
 
だからブログ『小学校笑いぐさ日記』と紹介している『指導書(指導編)」の内容と大差ないですね。
指導書には「指導編」と「研究編」があり、ブログ『小学校笑いぐさ日記』では「研究編」も紹介してあります。
だから濃い説明を求めるなら、指導書の「研究編」を読む必要があると思います。
おおくぼ
2012/07/26 20:04
国会図書館で検索すると啓林館から出ている『指導書小学校算数確かな学力のために : 「数と計算」「問題解決」領域』が表示された。
一般には販売されていないようだ。

http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000011215300-00
おおくぼ
2012/07/26 20:29
銀林浩さんの文章を引用したいと思います。
以下引用

「かけ算の導入」
現在はかけ算が2学年から導入されているが、それは九九の暗記能力の確保のためにほからなない。
しかし、どの検定教科書もとっているような「一あたり量×いくつ分」という意味を重視するなら、2学年では無理で、3学年に送ったほうがよいことは先生方が痛感されているところである。
これは九九の暗記か、意味の理解か、どちらを優先するかという政策選択の問題であるが、前述のように、計算力第一主義から脱却して意味を重視しようとするなら、九九は、惜しくとも犠牲にしかくてはならないだろう。
52頁〜53頁
『時代は動く! どうする算数・数学教育』(発行:国土社 1999年)
おおくぼ
2012/07/26 21:40
mixi にも書き込みましたが、こちらにも、、、

ここ最近の議論で、教科書や教師用アンチョコを重点的に監視していかなければならないと感じました。

 ↓ 最近の小学校では、このような活動が行なわれるようです。

http://homepage1.nifty.com/moritake/sansu/2/99fanta.htm


 筑波大附属小の教師用アンチョコ 「板書で見る 全単元・全時間の授業のすべて 2年下」 筑波大学附属小学校算数部編 細水保宏・大野桂監修 の場合ですと、1番上のところが10でなくて0になっています。

 で、筑波大附属小のアンチョコを読んでみるとかなり???な感じです。


・ 子どもに3の段を言わせる。
・ 3の段の1の位 3, 6, 9, 2, 5, 8, 1, 4, 7 を黒板に書く。
・ 1の位の数字を線で結ばせる。0から出発して最後は0にもどると約束する。
・ 他の段でも同様のことをするように誘導。
・ 4の段と6の段、3の段と7の段、のようにたして10になる段どうしで同じ模様(線を引く順番は逆)になることに気づかせる。

 というようになっております。

(続く)
鰹節猫吉
2012/07/27 01:48
(続き)


 このアンチョコ、まず、 「0から出発して、0にもどると約束」 というのが不自然ですね。
 素直に 「0の段から初めて、10の段までやってみよう」 にしないのだろうか?
 普通の九九表には1の段から9の段までしかないから 「0の段から出発して、0にもどると約束」 ということにしたのだろうか?

 かけ算を累加(同じ数の寄せ算)と考えれば、明快に説明できますね。 3を0個寄せる、 3を1つ寄せる、 3を2つ寄せる、、、、

 最後に0にもどるというのも10の段と考えれば、1の位が0になるのは当然ですから、このほうが素直です。

 なぜ10の段は1の位が0になるのか、「3を10個寄せ算するのも、10を3つ寄せ算するのも同じこと」と考えれば、「10を何個寄せても1の位は0に決まっている」ということで、「正しい順序の呪縛」から脱却する絶好のチャンスだと思うのですが、そうは考えないようです。

 なんでたして10になる段どうしで同じ模様になるのか? これも累加で考えたほうが分かりやすい。反時計回りに7目盛りずつ進む=時計回りに3目盛りずつ進むなわけですから。


 3と7、4と6、、、が「逆元」になっている! 繰り上がりを無視すればたし算でひき算ができるのだ! (電子計算機は、実際、この原理を使っている。たし算の回路があれば、この方法でひき算ができるので、ひき算の回路をつくらなくても済むのだ。)

(続く)
鰹節猫吉
2012/07/27 01:49
(続き)

 逆元があって、結合法則も成り立っているので、群になっている。
 10の段で必ず0にもどってくるというのも、 「有限群だから、位数のぶんだけ累乗すると単位元になる」という捉え方をしてもいい。
 これは、有限群だったら、どんなものでも成り立つ話。
 たとえば、なんでもいいから あみだくじ を1つ作る。 あみだくじのコピーを作って、同じパターンをいくつか連結する。何個か同じパターンを連結すると、どこを選んでも必ず真下にゴールするようなあみだくじになってしまう。

 小学生がここまで理解する必要はさらさらないが、小学校教師側が抽象思考の訓練をする題材として面白いと思う。

 現場教師を指導する 数学教育専門家 の方々には、このようなことも考えてほしいところです。
鰹節猫吉
2012/07/27 01:51
鰹節猫吉さん、いつも参考にしています。

日本文教出版『小学算数2年下』のp.58に「九九メダルをつくろう」という題のコラムがあります。文章だけを引用しましょう。読み易さを重視して、仮名を漢字に直して引用します。

>それぞれの段のメダルに九九の模様を描きましょう。0からはじめて九九の答えの一の位の数を順番に線で結んで最後にもう一度0に戻ります。
>2の段で作ったメダルは右のようになりました。
>残りのメダルをつくってみましょう。

これも「最後にもう一度0に戻ります」と不自然な構成になってますね。途中の1〜9の段階と最後の段階が同じルールで計算されているということがわかるような説明になっていた方が、ぼくも良いと思います。

上の引用はp.58からですが、すでにp.50の「かけ算九九のつづきをつくりましょう」で「4×10から4×12までつくりましょう」や「12のだんをつくりましょう」をやってあるので、「10をかけてはいけない」という理由で不自然な説明になっているわけでは無さそうです。
くろきげん
2012/07/27 21:30
>ぱぶりっしゅについては,岩波から本を出して,朝日の書評欄で取り上げられても,かけ算教育の実態に対する社会の認知は低いままですからね。

メタメタさんの『かけ算には順序があるのか』(岩波科学ライブラリー) の影響はまだまだ潜在的ですが、大きいと推測します。
筑波大学附属小学校算数研究部の『算数授業研究』が掛算特集を組んだ理由も、その影響の一つだと思います。
指導書の分析を中心とした『かけ算には順序があるのか』の続編を私は期待しているのですが・・・。
NHKで「掛算教育」が話題になれば、社会の認知度は急激にアップすると思います。
そのためには、岩波などの有名書店から「掛算教育」の研究書が出ている必要があります。
おおくぼ
2012/07/27 22:35
>イェンセンの不等式

この証明に手間取ってしまった。ウィキで知ったのだが、凸関数ってのは、下に凸なんですね。上に凸だと凹関数というのを初めて知った。う〜ん、逆なイメージがあるのだが、・・・・。
積分定数
2012/07/27 23:50
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%82%A7%E3%83%B3%E3%82%BC%E3%83%B3%E3%81%AE%E4%B8%8D%E7%AD%89%E5%BC%8F

最初はなんだか分からなかったけどやっていくうちに、グラフにいくつか点を打って、それによって作られる多角形の内点になるという当たり前のことだと分かった。でも証明はどうするのか考え込んでしまった。帰納法でやったらあっさり出来た。時間がかかって、あっさり出来るとなんだか悔しい。

 でもウィキによると、無限和なんだよね。直感的には有限で成り立つのだから無限でもなりたつだろうとは思うが・・・
積分定数
2012/07/27 23:55
an=f((P1x1+P2x2+・・・+Pnxn)/(P1+P2+・・・+Pn))

bn=[P1f(x1)+・・・+Pnf(xn)]/(P1+P2+・・・+Pn))

anとf(ΣPixi)のn→∞の極限が一致する。
bnと、ΣPif(xi)のn→∞の極限が一致する。

an≦bn がなりたつ。

ってことで、いいのかな?

ビール飲みながらだからよく分からない。しらふのときに検証しよう。
積分定数
2012/07/28 00:07
実はJensenの不等式は凸函数とその接線の位置関係(上に凸なら接線より下、下に凸なら接線より上)を言い換えただけの不等式です。これは、無限和版であろうが、積分版であろうが、どの場合でも同じ。

わかってしまえば、「凸性に関するたったこれだけのことが、こんなに面白い不等式の源泉になっているのか!」と感じるような話だと思います。

でも、いきなり抽象化されたバージョンのJensenの不等式の証明を講義でやるのは教育上好ましくないような感じがしたので、有限和版の帰納法による素朴な証明を講義では説明しました。両方の証明を紹介する時間があればうれしいのですが、時間の割り振りのバランス的にちょっと苦しい。

ぼくは、ひそかに、新入生向けの微積の講義は「あとで確率統計について勉強したときに役に立つことを説明すること」を目標にしています。

Jensenの不等式をやったり、そこから相加相乗平均の不等式をただちに導いたりするのもその一貫。 (Jensenの不等式から一般化平均の不等式を導くこともできます。)

http://en.wikipedia.org/wiki/Generalized_mean

あと、ガンマ函数とスターリングの公式。階乗 n! が n→∞ で

n! 〜 n^n e^{-n} sqrt(2πn)

と振る舞うという話。講義ではガンマ函数の積分表示に鞍点法を適用する方法で説明しました。厳密に証明はしてませんが、そこまでたどりつくまでにはガウス積分

∫_0^∞ e^{-x^2} = sqrt(π)/2

も示しています(ただし1変数の積分の順序交換可能性を証明抜きで使った)。これ知らないと正規分布が理解不能になる。多重積分の話をやるとガウス積分の計算が超簡単になることを後期にやる予定。
くろきげん
2012/07/28 11:31
あ、∫_0^∞ e^{-x^2} dx = sqrt(π)/2 の dx を書くのを忘れている。この公式は色々な証明があります。
くろきげん
2012/07/28 11:57
国際こども図書館に行って啓林館のわくわく算数指導書(2011)を見てみました。最新の資料はやはり複写不可でした。数ヶ所気になる場所のメモを取ってきました。旧版は複写可ですので、新版と見比べて変更を確認しながら旧版のコピーを取るのが最も効率の良い方法かと思います。(私は遅く行ったのでコピー受付時間外になって取れませんでした。)

詳説のほうは3部構成です。朱註:答を赤字で書いてある我々の知っているアンチョコ本。指導書:指導計画、板書例、説明内容などが書いてあり、これのとおりに進めれば授業ができてしまうという代物。コピー資料集:配布資料やテスト(の例?)と正解(例?)。これをコピーして配布すれば授業ができてしまうという代物。CDROM:指導集の付録。内容は開いて見なかったが、説明によると、評価用の集計表(例?)などを含む極めて実用的?なもの。

総説のほうは1〜6年あわせて1冊です。こちらには、算数教育の歴史、教科書のなりたち、思想、目的、解釈、改訂の履歴などが詳細に記されています。内容は、非常に興味ぶかいものでした。2005年の版でもいいのでぜひ全文に目を通されることをおすすめします。メモってきた箇所を紹介していきます。
M
2012/07/29 12:55
啓林館 わくわく算数指導書 第1部総説

1章 領域ごとの解説
3 数と計算の指導内容
(2)演算の意味
p147
◎抽象数として四則演算は二項演算と見られている
(略)小学校において計算の実際的な意味での指導では加法や乗法が適用される具体的事象をはっきりと認識させることが必要で、その場合は単純に二項演算と片付けるわけにはいかない。
◎実際の事象では四則には2通りずつの意味がある
 例えば
「ドーナツが左に5こ、右に3こあります。あわせて何こですか」
という問題では
(5,3)→8(一般に(a,b)→c)
の形の二項演算といえる。
ところが
「5人で遊んでいました。そこへ3人来ます。みんなで何人になりますか」
という問題になると、これは、はじめに5があって、それに3が作用して8になるということで
 3
5→8  [註:矢印の上に3]
       b
(一般に a→c) [註:矢印の上にb]
の形の演算、つまりaがcになる単項演算(unary operation)と見られる。
 実在する四則演算のいっさいを、単項演算か二項演算かだけで割り切るのは大ざっぱすぎるかもしれないが、とにかく、この両様が考えられ、具体的な意味付けをすると次のようになる。

     単項演算 二項演算
加法  ア増加   オ合併
減法  イ減(残り)カ差
乗法  ウ倍    キ積(いくつ分)
除法  エ等分除  ク包含除

[註:表]

計算指導の初期の段階で両者の具体例をいくつかずつ与えて演算の意味をしっかりと認識させることが重要である。
M
2012/07/29 12:57
おどろくなかれ、これは算数教科書の指導書です。
四則演算は同じ表記でも単項演算の意味を持つ場合と二項演算の意味を持つ場合があるとのことです。このような説明は私ははじめて見ましたが、市井に出ている本にこういう説明はあるのでしょうか。

コンピュータ言語のSmalltalkでは、1+1を、左の1というオブジェクトに+演算子をオペレートする、右の1は+演算子のパラメータである、という規則になっているのですがそれはあくまでコンピュータ言語だからです…
M
2012/07/29 13:08
もう2箇所ほどメモがあるのですが、のちほど。
M
2012/07/29 13:16
引用で、(略)の部分は、純粋な数の四則演算は二項演算である、というあたりまえのことが書いてありました。そこから上にあげた部分に続きます。
M
2012/07/29 13:21
> Mさん

それは数学教育協議会で言う 「モノとハタラキの区別」 というやつです。

何倍かするというような ハタラキ は いくつ分あるというような モノ に比べると抽象的であるから区別しないと子どもがつまずくので倍といくつ分は区別しないといけないらしいです。

根上生也氏(本物)や田中博史氏もそう言ってます。

根上氏によりますと、倍はベクトルのスカラー倍だから、積と区別します。

数学教育協議会によりますと、かけ算を累加で考えるのは、何個寄せ算するという ハタラキ が出てくるので抽象的で分かりにくく子どもがつまずくので、 1あたり×いくつ分 という モノ×モノ で導入するべきものとされます。ウサギ1羽あたり耳2本のように、はっきり具体的な形で1あたりといくつ分が見えるものを題材にして、2本/羽 × 何羽 とするわけです。


それにしても、指導書にまで堂々とこういうことが書いてあるというのは深刻ですね。

鰹節猫吉
2012/07/29 14:27
Mさん、どうもありがとうございます!

そうか、小1〜6まで一冊にまとまっている総説に濃い話が書いてあるんですね。6年分で1冊なのでぼくが調べに行く場合には後回しにしようと思っていました。これは重要な情報だと思います。

その啓林館算数の総説の著者はわかりますか?啓林館『わくわく算数6上』の編集委員の中に根上生也氏の名前があります。編集委員は全部で50人程度。
くろきげん
2012/07/29 16:40
啓林館『わくわく算数6上』のp.58には以下のような問題があります。

>☆1 1冊x円のノートを8冊買います。
>(ア) 代金をy円としてxとyの関係を式に表しましょう。
以下略

>☆2 同じ重さの荷物7個を1100gの箱に入れて送ります。
>(ア) 荷物1個の重さをxグラム、全体の重さをyグラムとして、
>xとyの関係を式に表しましょう。
以下略

>☆3 1個x円の弁当を3個まとめて買うと、80円安くなります。
>このときの代金を表している式は、次のどれですか。

>(あ) x×3 + 80
>(い) 3×x + 80
>(う) x×3 - 80
>(え) 3×x - 80

そしてp.157の答えは

>☆1(ア) x×8=y
>☆2(ア) x×7+1100=y
>☆3   (う)

☆3の正解が(う)だけというのが決定的におかしい。☆3の正解が(う)だけになっているということから、指導書を見なくても、☆1でも☆2でも掛算の順序を気にしないと正解にならないことが予想できます。メタメタさんによれば指導書では、実際に掛算が逆順だと誤りだということになっていて、さらに左辺と右辺の順序についても推奨される順序が決まっているということになっているらしい。たとえば「y=x×8 は好ましくない」という立場。中学校などでは「y=(xの式)」がスタイルが頻出するんですけどね。本当に理解不能な世界。

これはあまりにもひどいので6年生の算数の教科書を仙台市図書館ですぐにチェックしたのですが、ぼくがチェックした範囲内では啓林館だけが特にひどいという感じでした。ざっとしか見ていないので見逃している部分があるかもしれませんが。
くろきげん
2012/07/29 16:40
2012/07/29 12:57 に引用されている啓林館の算数教科書の総説の一節への感想。

見かけが異なっていたり、物理的に異なっていたり、考え方が異なる状況に、完全に同じ足算・引算・掛算・割算を適用できることを子どもたちが納得できない可能性を心配して、応用の場面を色々分類しておくことは悪いことではないと思います。

しかし、完全に同じ足算・引算・掛算・割算を適用できる(実際にみんなそうしている)ということを教えるのではなく、まったく逆に応用の場面ごとに異なる足算・引算・掛算・割算があると子どもたちに教え込むことを強調するというのはとてつもなくまずい。
くろきげん
2012/07/29 16:48
仙台市図書館で小1の算数の教科書の足算の導入部分もざっと見てみましたが、基本は「あわせていくつ」「ふえるといくつ」の二種類の足算があることを強調すること。

足算の式を書くときには「あわせていくつ」と「ふえるといくつ」を区別する必要がないことを明確に説明している教科書を見付けることはできませんでした。見逃していたら、どなたかご指摘お願い致します。暇ができたときに、ぼくも確認してみます。

式に直すことによって具体的場面や考え方に関する膨大な情報が失われるという真実を無視するのはとてもまずい。
くろきげん
2012/07/29 17:06
啓林館の指導書総説の著者は、巻末には船越俊介、清水静海のふたりの名前がありました。

>基本は「あわせていくつ」「ふえるといくつ」の二種類の足算があることを強調すること。

そのへんの背後になにか思想がありそうですね。時間がなくて啓林館以外は全く見られなかったのですが、指導書を読み比べるといろいろ発見できそうな気がします。
M
2012/07/29 17:18
小1算数教科書雑感の続き。

「あわせていくつ」と「ふえるといくつ」の足算を区別するためによく使われているのは以下のような図。

(1)  →■■■■ ■■■←
(2)   ■■■■ ■■■←

矢印の部分は手の絵になっていることも多い。

ここの読者には言うまでもないと思いますが、(1)が「あわせていくつ」の図で、(2)は「ふえるといくつ」の図です。

さらに教科書では見付けることができなかったのは次のような図。

(2)'  →■■■ ■■■■

増える分はなぜか右からやって来るルールになっているらしい。現実には増える分がどの方向からどのようにやって来るかは様々なのに。

6社すべての小1の算数の教科書をざっと眺めてみたときの感想。こだわるべき大事なことを教えずに、こだわるべきではないくだらないことを熱心に教えようとしている印象が強過ぎて、本当にがっかりしてしまいました。
くろきげん
2012/07/29 17:20
>「ドーナツが左に5こ、右に3こあります。あわせて何こですか」
>という問題では
>(5,3)→8(一般に(a,b)→c)
>の形の二項演算といえる。

mov eax, 5
mov ebx, 3
add eax, ebx


>「5人で遊んでいました。そこへ3人来ます。みんなで何人になりますか」
>という問題になると、これは、はじめに5があって、それに3が作用して8になるということで
> 3
>5→8  [註:矢印の上に3]
>       b
>(一般に a→c) [註:矢印の上にb]
>の形の演算、つまりaがcになる単項演算(unary operation)と見られる。

mov eax, 5
add eax, 3

こんな感じで違うといっているのでしょうか。
どうであれ単項演算という表現はおかしい気がします。
TaKu
2012/07/29 20:37
 単項演算・二項演算、倍と積がドータラに関しましては、メタメタさんが資料をまとめて発表されています。

http://ameblo.jp/metameta7/archive1-201201.html

「交換法則が成り立つかけ算」と「成り立たないかけ算」 その1〜3
数教協「かけわり図」vs筑波大附属小「4マス関係表」その1・2

です。

 田中氏・根上氏(ネット上で根上生也を名乗っているだけで本物かは不明ですが、本物の根上氏も、技術評論社の「計算しない数学・計算する数学」で似たような発言をされています。)の過去の発言が読めるほか、数学教育協議会の主張についても詳しい解説があります。

 この問題に関心をお持ちの方で、まだ読んでいない方は、一読の価値があります。
鰹節猫吉
2012/07/29 21:32
 4マス関係表が出てきましたけど、これって 「行列式が0の 2×2行列」 ですよね。

 高校数学から行列をなくすというのは、かなりの愚挙と思います。

2×2行列 A
a11 a12
a21 a22

det(A) = a11・a22 - a12・a21

 これって、 (内項の積) = (外項の積) そのもの。
 2×2の行列式というのは、2元連立1次方程式 A x↑ = c↑
 が、ただ1組の解をもつ(不定や不能ではない)かどうか判定するものだということで、 (内項の積)=(外項の積) になるのは当たり前。

 ベクトル積を使って、
det(A) e3 = (a11 e1 + a12 e2) × (a21 e1 + a22 e2)
(e1, e2, e3 は基本単位ベクトル)
としても良い。(そういうわけで、A の中身の2つの横ベクトルがつくる平行四辺形の面積という解釈もアリ。)


 以上のことをふまえれば、かなり簡単に話を3×3以上の行列に拡張できる。
 とにかく行列の中身のベクトルが1次独立じゃなくなったら0になるようなものを考えましょう、、、ということで、

(au + bv)∧w = a(u∧w) + b(v∧w)
u∧(av + bw) = a(u∧v) + b(u∧w)
u∧v = -(v∧u)
(a,bがスカラーで、u,v,wがベクトル)

ということで ∧ を導入しちゃう。ベクトル積を知っていれば、さほど奇異ではないはず。
u∧v = -(v∧u) だから、 u∧u = 0 は明白。
u∧v = 0 か u∧v≠0 かで1次独立かどうか判定できます、ということで、行列式の定義にはいる。

(続く)
鰹節猫吉
2012/07/29 22:51
啓林館 わくわく算数指導書 第1部総説

2章 問題解決と文章題
量と測定

p182

◎量の算数的取り扱いと代数的取り扱いの違い
 小学校で量を取り扱っていくときには、具体的な量をそのまま考えて量と量との関係を分析していく。したがって、加群的な構造を持った対象として取り扱うわけである。つまり加法、減法では5円+3円、5円−3円などができるが、乗法に関してはb)の計算5円×3はできても量同士の計算5円×3円などはできない。これに対して中学校の代数で方程式などを利用する場合には、量を数で置き換えて、加減乗除の計算がすべて自由にできる対象として取り扱っていく。
 こうしたところに量の算数的取り扱いと代数的取り扱いとの本質的な差があるのであって、それぞれに意義があり代数的な取り扱いができるようになったからといって算数的な取り扱いをカバーできる物ではない。ここに小学校算数におけるいわゆる「文章題」の必要性があるのである。
M
2012/07/29 22:56
これも読んでいて呆然としました。まさに出ましたという感じですが、小学校の算数は特別論です。文章題も特別なものらしいです。
>量同士の計算5円×3円などはできない。
と言い切るのも気になります。

M
2012/07/29 23:00
(続き) のつもりだったが…

……… 簡単な話から初めて素直な流れでいけるかと思ったが、…
どうにも、グダグダになってしまう…
失敗です。すいません。
鰹節猫吉
2012/07/30 00:55
なんぼでも「5円×3円」という計算が出て来る状況を作れますよね。

たとえば「x円支払うと3xメートルの直線を引いてもらえる。x円を2回、y円を2回支払って、横に3xメートル、縦に3yメートルのサイズの長方形を描いてもらった。その長方形の面積をxとyで表わせ」という問題の答えは「9xy平方メートル」なので「x円×y円」がもろに出て来る(9平方メートル/円^2×x円×y円)。この状況は算数の範囲内で十分に扱うことができる。

でも、こういうことを言うと、実際には「3xメートル×3yメートル」と考えているのであり、不可能な「x円×y円」を考えているのではない、のようなことを言い出す頭の堅い人が登場しそうだよな。

任意の次元を持つ量どうしの積を考えることができるとしておいた方が余計な非本質的なことを考えなくても良いということをきっと知らないのだろうね。

『啓林館 わくわく算数指導書 第1部総説』の著者には「5グラム×3グラムなどはできるんですか?」と聞いてみたい。「できない」と答えて来たら、「ニュートン、知ってる?」とさらに質問してみたい。

個人的な意見では、量の扱いについてはSI単位系における量の定義の流儀をそのまま使うのが標準的で好ましいと思っています。その流儀とは、量を(量の値)=(数と単位の積)と定義し、次元が等しい量どうしの和と差が定義されており、任意の量どうしの積が定義されているとする流儀のこと。
くろきげん
2012/07/30 01:00
『啓林館 わくわく算数指導書 第1部総説』は本当にひどいな。

中学校の代数でやるような ax^2+bx+c のような式が応用の場面では次元を持った量になるのはかなり普通のこと。ただしその場合には量 f の次元を [f] と書くとき、[a]=[c]/[x]^2、 [b]=[c]/[x] が成立していなければいけない。

まるで中学校でやる代数で量を扱えないかのように語るのはデタラメもいいところ。放物線を描いて飛ぶ質点の運動を扱うために中学校でやる二次式の代数が使えないとでも思っているのだろうか?

算数も数学もそれらの応用についてもなにもかも全然わかっていないことがまるわかりの説明だと思いました。
くろきげん
2012/07/30 01:01
> 量同士の計算5円×3円などはできない。
> と言い切るのも気になります。

 おそらく、5円×3円はできないけれど、 1m×1m = 1m^2 はできるから、

「現実の世界の仕組みが顔を出してくるのだよ、君たち、分かっていないね。」

とか言って、

「意味が大切なんですよ。意味が。」

という話にもっていきたいんでしょうね。

 それなりにスジが通っているようだが、

「算数の文章題は特別だから正しい順序があります。」

という結論にもっていくのはおかしいですね。

 私は、職場の近くの図書館に東京書籍の教科書があるのを発見しました。
 小学1年生の最初の段階から「たし算の正しい順序」が出てくるまで、こっそり写真で撮影してしまいました。

 すこしずつまとめているところです。

http://blogs.yahoo.co.jp/jdapgtwmjg/6583414.html

 法律関係は大の苦手なので、著作権法とかに抵触しないか不安です。詳しい方、アドバイスをお願い致します。
鰹節猫吉
2012/07/30 01:20
 続きです。

http://blogs.yahoo.co.jp/jdapgtwmjg/6587779.html
鰹節猫吉
2012/07/30 01:24
(あくまで、論理より「ピンと来る」という
 感覚の問題ですが、)
「5円×3円」よりも
「5グラム×3グラムなどはできるんですか?」
の方がピンと来ます。
ゴルゴ・サーディーン
2012/07/30 02:37
>イェンセンの不等式
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%82%A7%E3%83%B3%E3%82%BC%E3%83%B3%E3%81%AE%E4%B8%8D%E7%AD%89%E5%BC%8F

これの連続の方の証明に苦労していた。どうしていいのか分からなくて、仕方なく離散バージョンに帰着させて極限を取るという、積分の定義にまで立ち返って証明した。

>証明は、(中略)接線を g とおいて、常に g(x) が f(x) よりも小さいことを使えばよい。

とあって、やってみたら離散・連続ともあっさり証明できてしまった。くやしい・・・
積分定数
2012/07/30 07:10
>鰹節猫吉さん

私も素人ですがそれほど神経質になることはないと思います。

 入試問題とか論評のための引用は、著作権を持っている人の許諾は要らないと思います。引用も度が過ぎると引っかかるかもしれませんが、それほど気にすることはないと思います。

 また、著作権侵害を非親告罪にしようという動きがありますが、今のところ親告罪だから、著者が被害届を出さないと成立しません。

 非親告罪になったとしても、想定しているのが、音楽や映画の違法複製とかそういうことだと思います。
積分定数
2012/07/30 07:18
上に書いたのは、私の認識なので間違いがあるかも知れません。一応、自己責任でお願いします。

 でも、仮に鰹節猫吉さんが訴えられたらどうするのか?

 そしたら、この「かけ算順序問題」を世に知らしめる千載一遇のチャンスであり、むしろ歓迎すべき事態ですw

 それはさておき、引用される立場からしても、勝手に要約されたりするよりも、原文を引用して貰った方が論旨が正しく伝わるわけで、別に構わないと思います。

 小林よしのりの漫画を批判する本に、引用というか絵まで切り貼りしていて、小林よしのりが訴えたけど、「引用の範囲内」と判決が出て、「ふざけるな!」に書いてあった記憶がある。
積分定数
2012/07/30 07:29

     単項演算 二項演算
加法  ア増加   オ合併
減法  イ減(残り)カ差
乗法  ウ倍    キ積(いくつ分)
除法  エ等分除  ク包含除

二項演算の一方を定数と見なすことで単数演算となる、という単純な話をなぜこんなにややこしくする必要があるのかよく分からないが、

加法の場合で言えば、ある既知の数があって、あとから別の数が加わる、ってのと、2つの数が同時に出現するということで、増加が単項、合併が二項、ということを言いたいのだろうな。

 そんな区別に意味があるとは思えないけど、あえて向こうの土俵に乗れば、そのあたりは何とか分かる。

 除法で、  エ等分除  ク包含除 ってのは意味がわからん。

 かけ算の1あたりといくつ分の(やらなくていい)区別に対応したものだと思っていたが、なぜ等分除が単項で包含除が二項なの?

 サッパリ分からない。
積分定数
2012/07/30 09:37
 算数教育に熱心な人って、こういう愚にもつかないくだらない不毛なむだ毛理論を一生懸命勉強するのだろうか?実例が、瀬戸智子氏だったわけだが・・・。

 以前も書いたが、そんなことを勉強する労力があったら、算数それ自体・数学それ自体を勉強した方がずっと有用だと思う。

 20個の蜜柑を4個ずつ分けると5人分、4人で分けると1人5個

 なぜ数が一致するのか?そこを研究すれば、等分除・包含除などという区別は非本質的なものであると分かるはず。

 引き算の文章題を「のこりはいくつ問題」「ちがいはいくつ問題」などと名前を付けるアホらしい指導もなくなると思う。
積分定数
2012/07/30 09:48
「順序」に関して、「バツを付けられ他だけど大騒ぎして」というような、一部しか見ないで問題を矮小化する人もいるようだ。

 技術開発者氏なんか、「マスプロ授業が根本原因」と勝手に想定して(それが誤りであることは、ちょっと調べればすぐに分かる)、長方形の面積を横×縦で原点にすることに疑問を持つ人は、教育に税金を掛けることに強く強く反対しているんだ、という訳の分からないことを言い出す始末。

 普通なら「これこれこういう理由で自分はマスプロ授業が原因だと思います」と言って、他の人の意見を聞いて検証すると思うのだが、自分が思い込んだことは、客観的に正しいことと思っているようで、実に滑稽。原発などについても色々語っているが、どこまで本当やら・・・。


 いずれにしても、

■ 算数教育業界のドグマとして、抽象化否定というのがある。

■ やり方を教えて、その通りに手を動かすことが、「算数・数学を教える」となってしまっている。


「かけ算の順序」はこれが原因。後者に関してはマスプロも関係しているかも知れないが、数学教育の専門家も後者に関しては「何とかならないものか」と言っている。前者は専門家自身が抽象化を否定している。

 根上生也氏がやり方を教え込む授業を批判しつつ、かけ算には倍と積があり、あ〜だ、こ〜だ、とくだらないことを言っているのが典型的事例。
積分定数
2012/07/30 10:17
 ネットで色々検索すると、算数教育に熱心であろう教師が、求残と求差の区別だの、なんだのかんだのについてくどくど書いているようだ。

 数の概念がおぼつかない子どもに教えるのは大変だと思う。「どっちも引き算でいーじゃん」などというのは、外部からの無責任な雑音でしかないだろう。

 そこは分かる。しかし、

 一足飛びに抽象化は出来ないから、こういう手順でこうやって、というのがその部分が肥大化して、「理論」になってしまった結果、

 訳の分からない得体の知れない物になってしまっているように見える。

 算数教育業界に蔓延る抽象化否定のドグマがあって、それに基づいて指導書も教科書もつくられているから、訳のわからん理論の中に入ってしまえば、それはそれで整合性があるように思えてしまうのかも知れない。
積分定数
2012/07/30 11:36
>量同士の計算5円×3円などはできない。

あれ?、積によって新しい量がどんどん作られ、世界が拡がる、とか言っている人、いませんでしたっけ?
積分定数
2012/07/30 11:49
さすがに、m×mを例に挙げることは出来なかったのですね。

足し算は同じ単位のもの同士しか出来ないけど、引き算は異なる単位でも可能、8個の蜜柑を1個ずつ5人に配ると何個余る、みたいなのがある。

てな話も、「結果としてそういう事例がある」という話であるのに、どうもそれと、なにか「ルール」「きまり」を勘違いしていると思われる主張がある。

 円^2という単位はあまり見ないが、「5円×3円という計算をしてはいけない」というルールがあるわけではない。

 例えば、「夫婦それぞれの月収を掛けた値が、夫婦喧嘩の回数に反比例する」という仮説を立てた場合、円^2とか出てくるだろう。こんな仮説、成り立たないだろうし研究する人もいないだろうから、円^2は出てこない、というだけの話。


 高校生に「ラジアンってわかる?」と聞くと、「πが出てくる奴」と答える。あれと同じ。

 π度、だってあり得るし、sin2 だってあり得る。

 sinやcosが厳密に求められる、90°や30°、45°などとラジアン表記したらπが出てくる。

 三角関数の問題ではこの手の角度を扱う場合が多いから、「ラジアン表記にはπがつくことが多い」のだが、

 πがつくのがラジアン ではない。
積分定数
2012/07/30 12:00
「啓林館 わくわく算数指導書 第1部総説」
ですが、ネットをちょっと検索したら類似した文章を発見しました。
まずは、p147ですが、

わだいのたけひこさんが引用してくれている文章にそっくりなものがありました。
http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20120321/1332272930
の下の方、「後日,別の本を手に取ると,次のように説明されていました.」以下の囲みです。『新編算数科教育研究』pp.128-129と書いてあります。ごそっと引用してくれているので検索に引っかかってくれました。新編算数科教育研究はアマゾンで150円くらいであったので早速注文しておきました。わだいのたけひこさんもこういうところでは役に立ちますね。

「単項演算」と「二項演算」については、メタメタさんやくろきげんさんがすでに言及されて整理しておられました。
http://ameblo.jp/metameta7/entry-11137283290.html
筑波大の田中博史さんが言っているのですね。数学教育では一般的な話なのかな。私は今回はじめて出くわして、数学用語がねじ曲げられて使われているという印象だったのですが。


啓林館 わくわく算数指導書 第1部総説 p182ですが、
こちらはメタメタさんのblogの記事のコメントにそれらしいキーワードが貼ってあって
http://ameblo.jp/metameta7/entry-11160309392.html
一緒にあったURLを見てみると
http://www.lib.kobe-u.ac.jp/repository/81000293.pdf
のp163にありました。神戸大の船越俊介さんの文章です。

どっちもまるまるコピペですね。句読点やいいまわしまで一致しています…
M
2012/07/30 19:41
なお、私の啓林館指導書の引用は手書きメモの手入力なので,.を、。に変えてしまってあります。
M
2012/07/30 19:44
>法律関係は大の苦手なので、著作権法とかに抵触しないか不安です。詳しい方、アドバイスをお願い致します。

著作権法でいう、「引用」の要件に従えば、著作権者に無断で使用することができます。くわしくは、Wikipediaあたりをご参照ください。
M
2012/07/30 20:04
啓林館 わくわく算数指導書 第1部総説

1章 領域ごとの解説
3 数と計算の指導内容
(2)演算の意味

最初にあげたp147に続きます。

p148

◎整数の乗法と累加との関係
(略)
◎乗法の計算になる事象
(略)
◎九九を作っていく段階では累加によって求める
(略)
◎計算の対象になるもの、量
 計算の対象になる数は多くの場合、量(個数)、連続量、を表すものである。しかし、増、減、倍、等分など単項演算の場合
 b
a→c
と示したbは量とはいえない。これは「3人ふえる」「3倍する」といった操作を表している。このような操作を表すものをオペレーター(operator)または演算子、作用素という。割合などは乗法的なオペレーターと考えればわかりやすいと思われる。計算に関連してこのオペレーターの理解を深めておくと実際の問題解決などに大いに役立つものだが、これについてはまた、数量関係の章で説明することにする。(p216-7)
 計算の対象になる数には、このほか順序や位置(potential)を表す数も考えられる。しかし、これらは多く量でおきかえて計算される事が多い。



ここは、『量とはいえない』という言い回しに「異議あり!」です。操作だから量ではないというロジックには全く賛同できません。操作の中に量を含んでいるだけです。

省略して項目だけあげた所にも注目ください。乗法を具体的にもとめるのは累加と言っています。
M
2012/07/30 20:24
 東京書籍教科書調査

今日の追加分
http://blogs.yahoo.co.jp/jdapgtwmjg/6615393.html

昨日までの分
http://blogs.yahoo.co.jp/jdapgtwmjg/6583414.html
http://blogs.yahoo.co.jp/jdapgtwmjg/6587779.html
鰹節猫吉
2012/07/31 00:41
Mさん

「啓林館 わくわく算数指導書 第1部総説」の紹介・引用、ありがとうございます。

 私の啓林館の算数教科書への印象(先入観)は、80〜90年代に塾で教えていたときは、他社(特に東京書籍)に比べて使いにくい、難しい問題が多い、センスが古い、ということでした。編集責任者の塩野直道が数教協(遠山啓)と激烈に対立し、「量の体系」批判の急先鋒だったことを知ってからは、量の観点を拒否するから(といって、算数から量を排除することは藤沢利喜太郎も黒表紙でできなかったように無理なのですが)こういうセンスの古い使いにくい教科書になるんだよな、と思っていました。
 2000年代以降教材を作る側になって、久しぶりに啓林館を見たら、ずいぶん印象が変わって他社との違いが薄くなったように感じました。編集者も代替わりしただろうし、時代の流れに逆らえなかったんだろうな、と思っていましたが、「指導書 第1部総説」では、量の観点からの解説なんですね。あれほど、数教協の量の体系を批判していたのは、どうなってしまったのだろう、と興味津々です。『新編算数科教育研究』は、私も注文しました。
メタメタ
2012/07/31 00:48
 量の体系について、私の感想は次のようになります。(文献を再検証する手間を惜しんで記憶で書いているので、誤りがあるかもしれません。)

 数教協の「量の体系」は未完成です。銀林浩は、晩年の遠山が障害児教育に行ってしまって、量の体系を完成させなかったことを悔やんでいますが、遠山自身、完成させる気があったのか、そもそも完成させるべきものと思っていたか疑問だと思います。

 遠山は、数学の対象を、先ず大きく、「もの」と「はたらき」に二分します。(もちろん、単純に二分できるものでもなく、「もの」を「もの」として同定する「はたらき」が当然ありますし、「はたらき」は「もの」に対する「はたらき」だろうし、「はたらき」を「もの」としてとらえることもあります。「もの」と「はたらき」の上位概念を「元」と考えることもできるでしょう。こんなことは、代数学が専門だった遠山には当然の話だったでしょうし、私も、遠山の本で学んだことですが)
 そして、遠山は、高校の微積分までの学校数学は「もの」だけですむと考えたようです。「もの」の一側面が「量」であり、量を抽象化したのが「数」であり、小学校から高校までの算数・数学教育を「量」として体系化することを考えたようです。
 では、「はたらき」の方はどうなってしまうのか、という疑問が当然出てきます。遠山が「量の体系」を言い始めた50年代のいろいろの人の議論を読んだり、「量の体系」を信奉するのではなく、量の体系をいろいろ考えていくと、いろいろな疑問が出てきます。

  「もの」 → 「量」 →数(基数?)
  「はたらき」→「?」 →数(序数?)
 
 と図式化できるのか?
メタメタ
2012/07/31 00:49
 量を「もの」の一側面と考えるとき、密度を「もの」の一側面とするのは良いが、速度は「もの」の一側面としての「量」なのか、「もの」が動いている速さは、「はたらき」ではないのか。角度は「もの」の一側面としての量なのか、角度が回転の大きさなら、「はたらき」ではないのか、学校数学から「はたらき」を排除することは、量を排除することが無理なように無理なのではないか、等々。

 「啓林館 わくわく算数指導書 第1部総説」は、このような疑問に答えてくれるのではなく、遠山が図式化したものを、そのままおし進めてカリカチュアしているようにも感じます。遠山は言いだしっぺで、それまで誰も言っていなかったことを言いだしたわけですから、どこを四捨五入したかをわかっているし、四がもしかすると五だったら、違ってくることも当然自覚した物言いになっていますが、追随者は、四捨五入の結果だけしか目に入っていない。
メタメタ
2012/07/31 00:51
(これで終わりです)

 単項演算、二項演算などは、遠山は言っていない(はず)。四則演算を「もの」と「もの」の演算として教える(導入する)方が良いだろうと考えて、加減乗除の「被*数」と「*数」をともに「もの」として「目に見える物」とした。
「啓林館 わくわく算数指導書 第1部総説」の単項演算、二項演算の区分表は、
「被*数」と「*数」の両方を「もの」つまり「量」と考えると二項演算、
「被*数」を「もの」、「*数」を「はたらき」と考えると単項演算、
としているようですね。
 そして、遠山にならって、「はたらき」は「量」ではない、と言っているらしい。「量」は「もの」の一側面で、「はたらき」の一側面は「量」ではない、ということらしい。
 塩野直道と遠山啓の憎悪の関係を読み知っている者としては、啓林館がここまで言うか、とうたた感慨の思いにとらわれます、なんてことはどうでもいいことで、
等分除は、被除数である「もの」を除数に等分するという「はたらき」だから単項演算で、包含除は、被除数の「もの」の中に除数の「もの」がいくいつあるかだから二項演算、
という理解なのでしょう。
 個人的には面白い解釈だと思うし、1+1=2や6÷3=2 という単純な式を何通りにも解釈してみせることができる一例としても面白いが、こういう違いがあることを子どもに教えることではなく(いろいろな例を出すことは絶対に必要だが、その違いを意識させたりいわんや区別させるのではなく)、こういういろいろな場合のどれも抽象化すれば、加減乗除のどれかの式で答を求められることを教えるのが算数教育の本道でしょうね。
メタメタ
2012/07/31 00:52
> 計算に関連してこのオペレーターの理解を深めておくと実際の問題解決などに大いに役立つものだが、これについてはまた、数量関係の章で説明することにする。(p216-7)

 これは、「比例定数」のようなものをどう捉えるかという話ですね。いろいろな勢力がいろいろなことを言ってますね。

 数学教育協議会に言わせれば「内包量」として捉えるのが有効という話になるんでしょうね。

 田中博史氏は 「関数的な見方」 という言い方をしますね。田中博史氏によると、 「関数的な見方」 は高学年でやるものなんだから、それまでは具象にこだわったり、かけ算の順序が正しくない者に治療学習をしたりするのは当然という主張をしてますね。

 そのいっぽうで、「どこまでこだわるのかは現状では確かにあいまいだから、これで○になったり×になったりでは子どもがかわいそう」などと、まるで他人事みたいなコメントをしてみたりしてます。

 この問題が世間に知れわたってくれば、筑波大附属小算数部の面々は相当の打撃を受けることになるでしょうね。
鰹節猫吉
2012/07/31 01:01
「はたらき」ですが、「もの」との違いは、時刻のパラメータを含んでいるために、視覚的に並べて比較することができない、というだけなんじゃないでしょうか。もちろん小学生にとってはとてつもなく難しいことになりますが。十分抽象化してしまえば、「単にパラメータがtなだけ」に見えるのですが。
こういう本質的に単純なところを「違いがあるのが本質である」ととらえて分類して複雑化していくのが数学教育の大きな問題点に見えます。
M
2012/07/31 07:32
>等分除は、被除数である「もの」を除数に等分するという「はたらき」だから単項演算で、包含除は、被除数の「もの」の中に除数の「もの」がいくいつあるかだから二項演算、
という理解なのでしょう。

そういうことなんですか。なんだか納得行くような行かないような・・・


「量の体系」などと仰々しい名前を付けたのが間違いだったように思います。

 単に、「こういう問題は分かりやすいが、こういう問題だと分からない子が多いので、そういうときは、こうして・・・」というようなことじゃ駄目だったのかな?

 
 そこに深い理論があるかのように思い込んでしまって、ナイホーリョーがどーたら、ガイエンリョーがあーたら、とか訳のわからん世界に行ってしまったのが、瀬戸智子氏やどろんこ氏だと思う。
積分定数
2012/07/31 07:58
 抽象化した数学の視点からしたら、子どもたちが解ける問題と解けない問題があって、不可解だ、なぜだろう?

 と、子どもの視点に分け入って色々調べて、「そういうことだったんだ」という発見も色々あったのだろう。

 「抽象的視点を獲得した大人には分からないけど、子どもはこんな所で躓く」という指摘は、教える立場からしたら大いに参考になる。私も「数学の学び方・教え方」(遠山啓 岩波新書)は大いに参考になった。

 しかし、そこから緻密な体系を作るなんて、それは無理だと思う。子どもの理解だって一律ではないし。
積分定数
2012/07/31 08:04
遠山啓は、「はたらき」の例として関数をあげています。
ブラックボックスです。
おおくぼ
2012/07/31 08:05
「鉛筆が3本あって、さらに2本追加したら何本か?」
という問題は解けるのに

「蟻が3匹いて、さらに2匹やってきた。全部で何匹」
という問題は解けない子がいたとする。


どうも色々調べてみると、その子は状況をリアルに想像してしまうので、「蟻が動き回って数えられない」ということが分かったとする。


そうすると、

動き回るもの と そうでないもの で分類する必要が出てくる。


こうして、何か1つの体系が作られるのか、というえば、甚だ疑問である。


遠山啓は何で、「量の体系」などという発想をしたのだろうか?周りの人は誰も止めなかったのだろうか?内包量だの外延量だの、私から見たら虚構でしかない理論を何故多くの人が受け入れたのか?

 そのあたりが不思議。
積分定数
2012/07/31 08:13
遠山啓の「量の体系」は、数学と理科を総合した「数学&理科入門」だと思うのです。
小学校の段階で、数学と理科を分けて教えるのではなく、一緒に教えるという試みだと思います。
また入門レベルなので、使われる概念は厳密ではないのだと思います。
入門レベル用の「厳密でない概念」を厳密な概念だと勘違いされたことが不幸だったんだと思う。
おおくぼ
2012/07/31 08:38
http://moegikai.mabuchi.co.jp/slg/curriculum/math.html
>例えば、ひき算については、数が減る場面で利用しますが、他にも、2種類のものの数を比較する場面においても利用します。ちなみに、前者を「求残」後者を「求差」といいます。
これらの違いを理解することは、適切な立式ができることとほぼ同義だと考えられます。

「8人いて、3人帰った。残りは何人」を、「最初にいた人数と帰った人数の差」と認識してはいけないの?

http://it.u-gakugei.ac.jp/digicon/jissen/jugyou/D-8.html
>求差と求残のちがいを確認する。

なぜそんな無意味なことをするのか・・・


http://www.nier.go.jp/ecase/content/view/DID20_SID28_1.html
>求差と求残の概念のちがいについて、考えることができる。(思)
自分なりの、求差の引き算の問題をつくることができる。(表)


問題を作らせる、という授業が原因だろうか?
積分定数
2012/07/31 08:43
>小学校の段階で、数学と理科を分けて教えるのではなく、一緒に教えるという試みだと思います。

そういう試みは、あってもいいと思う。

でも、例えば、
「秒速3mとは、1秒に3mだから、5秒では・・・」
と考える子が
「密度3g/p^3とは、1p^3で3gだから、5p^3では、・・・」
と考えた場合に、

そこに共通の構造があることに気づこうが気づかまいが、どーでもいいと思う。気づかなくても同じ事をやっているわけだし、指摘されれば、「ああ、そういえばそうだね」というだけのこと。

 それを「単位あたり量」として意識的に顕在化する意味はあるのだろうか?

 「速さも密度も圧力も統一的に扱える」というかもしれないが、理解していればこれらを統一的に扱うことを意識しなくても、結果として統一的に扱うことになる。
積分定数
2012/07/31 08:53
「3時間で60q進む。時速は?」
時速の定義:1時間でどれだけ進むか、さえ分かっていれば、さほど難しい問題ではない。

「単位あたり量」としてあえて別立てで覚える必要もない。60個の飴玉を3人で分けるのと同じ事である。

単位あたり量×どれだけ分=全体量
というような統一的な形を覚えることは有効といえるだろうか?

まず、こんな形を意識しなくても出来る子には全く意味がない。そうでない子にはどうだろうか?

一辺が2mの正方形の板の質量が12sだった。一辺が3mの正方形の板の質量は?

予想通り、18sとする生徒が多かった。


パターンを覚え込むだけだと、いずれボロが出る。その都度その都度問題文を理解して、その場で考えればいい。そのうち頭の中にバイパス回路が出来て、速く出来るようになることはあってもいいが、そとからバイパス回路を埋め込んでもろくな事はない。


 そんなわけで、私は速さや密度を、「単位あたり量」として何か特別なもののように扱うことには懐疑的。
積分定数
2012/07/31 09:06
試しに、「単位あたり量」で検索してみる。

http://members2.jcom.home.ne.jp/sora-riku-umi/6nen/taniryou.htm
>では,2年生のかけ算の復習です。「5人の子ども達に,1人あたり8個ずつチョコレートを配りました。チョコレートはぜんぶでいくつあるでしょう。」という問題。さあ,式はどうなるでしょうか。
 答えは「5×8」でしょうか,「8×5」でしょうか。もちろん,どちらとも答えは同じです。「だったらどちらでもいいじゃん」という声が聞こえてきそうですが,これを理解しているかどうかで,単位量あたりの問題が理解できるのです。小学2年生の学習も6年生の問題につながっています。
 答は,「8×5」です。式はふたつに分解できます。「8」と「×5」です。こうやってかけ算の式を見るとわかりやすくなります。「8個のものを5倍(×5)する」。問題の意に沿います。答は「40個」。単位を入れてかけ算の式を見てみると,よりはっきりとします。「8個×5(倍)=40個」。逆にすると「5(倍)×8個=40個」で意味が通じません。
積分定数
2012/07/31 09:11
 ところで「量の体系」というのは、子どもの視点から見て、これとこれは同類だけど、これとこれは異なるというような分類なんだろうか?

 それとも、子どもの視点とは独立に分類しているのだろうか?

 その辺からしてよく分からない。

 前者なら、子どもはそうそう理論通りに躓いてはくれないと思うが。

 「添加と合併、大人には同じ足し算だけど子どもにとっては違うもの」のはずが、子どもにも違いが分からなくて、それを無理に違うものと教えて大混乱、という報告もある。

https://twitter.com/genkuroki/status/157748768769441792
>研究室卒業生が小学1年算数指導で苦労したのは,「あわせていくつ」「ふえるといくつ」を区別する文章題をつくらせる研究授業。どちらも同じ足し算だとふつうに理解できるのに,わざわざちがうものだと強いてしまうので子どもたち大混乱。無理に教えるのが無理

 瀬戸智子氏に教えてあげたいエピソードだ。


 後者なら、では何のためにそんな分類をするのだろうか?

 濃度2%と濃度3%の食塩水を合わせても5%にならないことは分かるが、それは濃度の定義を知っているから。これが、「内包量に分類できる」と知ったところで、何か新しい知見が得られるとも思えない。
積分定数
2012/07/31 12:07
銀林氏は 量と構造 で 「新しく内包的外延量という分類ができたことで、さらに理論が整備されて進歩した」 というような発言をしてますね。

鰹節猫吉
2012/07/31 12:34
具体的にどういう理論がどう整備されて、何がどう進歩したのか知りたい。
積分定数
2012/07/31 13:29
積分定数さんに紹介いただいたURL
http://members2.jcom.home.ne.jp/sora-riku-umi/6nen/taniryou.htm
ですが、書いてある例題の答がバッチリ間違っているんですがw

これは、くもわで型にはまった解き方は内容を理解できていないので使うべきではないという反面教師なんでしょうかw
M
2012/07/31 19:19
本当だ。私も間違いはするので人のことは言えないが・・・

>「200uの土地に50頭の牛がいます。1uあたり何頭の牛がいるでしょう。」
答えは4頭。もとになる量を求めていますから,答えは「1uあたり4頭」の方がていねいですね。

1頭 と 1u が混乱して、割り切れる方で計算してしまう、子どもが良くやる間違い。

ややこしいことするから間違える。

200uの土地に50頭の牛 100平米で25頭 10平米で2.5頭  1平米で0.25頭

その場で考えればいいだけのこと。
積分定数
2012/07/31 19:28
問題文を読んだ時にイメージは持たないんでしょうかね。私はその問題文を読んだ時に、200m2>50頭なので牛に対して土地が広く、牛の間隔があいてるなー、というイメージを持って読んでいったので、1m2に牛4頭という答を見てあれ、そんなに混雑してないよなと思ったのですが。
M
2012/07/31 19:41
銀林浩さんの『数の科学』(1975年)は私には難しくてよくわからないのですが、影響力が強いと思うのです。
足し算を4種類に分けています。
1と2 合併形を2種類(同種のものの合併、異種のものの合併)
3 添加型(基数の増加)
4 序数の加法
そして基数の増加は「厳密には交換法則が成り立たない」と書いてあります。
おおくぼ
2012/07/31 20:01
『数の科学』では掛算を・・・

1 (1あたりの量)×(土台量)
2 直積型
3 倍(倍写像型)

の3種類に分けています。
交換法則が「自由に」成り立つのは直積型と書いてあります。
おおくぼ
2012/07/31 20:07
> そして、遠山は、高校の微積分までの学校数学は「もの」だけですむと考えたようです。「もの」の一側面が「量」であり、量を抽象化したのが「数」であり、小学校から高校までの算数・数学教育を「量」として体系化することを考えたようです。

これって、ものすごくヤバイ考えじゃないでしょうか。
数学まで「数」を理解しないとは狂気の沙汰です。
算数でも「数」の考えを目指していないのは危機感を感じます。
TaKu
2012/07/31 21:13
私には遠山啓の言う「量」がよくわかりません。
集合論を重視した教育だろうとは思うんですけど。
おおくぼ
2012/07/31 21:30
>そして基数の増加は「厳密には交換法則が成り立たない」と書いてあります。

つまり、¬(∀x,y:x+y=y+x)
つまり、∃x,y:x+y≠y+x

ということを言っていることになるが、
具体的に x+y≠y+x となる事例を提示して欲しいものだ。

積分定数
2012/07/31 22:24
>ということを言っていることになるが、
具体的に x+y≠y+x となる事例を提示して欲しいものだ。

書いてないですね。
おおくぼ
2012/07/31 23:03
「x+y」を単項演算と考えると、「+y」という後置記法の単項演算子と、「x」というオペランドの組み合わせになると思われます。
「y+x」にしてしまうと「+y」演算子という考えが崩壊するので、やってはいけない事になります。
「+y」を演算子と見てはいけないと思いますが、単項演算を説明するとこんな感じではないでしょうか。
TaKu
2012/07/31 23:21
銀林浩は「成り立つ」とか「成り立たない」とかいう話と、「してはいけない」というようなルールを混同しているように思う。
積分定数
2012/07/31 23:28
例えば、x^y=y^xということが成り立つかどうか、
一般には成り立たない、というのは、2^3=3^2が成り立たないことから分かる。x、yの定義域がともに2のみなら、これは成り立つ。

3×÷2=8

これは成り立つか成り立たないかという以前に、意味をなしていない。式の表記のルールに反している。

3×2=8

これは式の表記のルールには適合する。そして成り立たない命題である。
積分定数
2012/07/31 23:34
Takuさん

私の書き方が誤解を与えたようです。
「数」は当然教えます。その数を「量」から抽象されたものとして教えるということです。
これ自体は、人類の数概念の獲得の歴史からも、個体の認識における数概念の発展の過程からも、問題のないものだと思います。少なくとも、数はペアノの公理系から教えなくては正しくない、という極論よりは。
メタメタ
2012/07/31 23:34
Mさん

「はたらき」は、遠山の『無限と連続』(岩波新書)の第2章「「もの」と「働き」」では、「ガロアの輝かしい功績は、この「働き」をきわめて明瞭な姿で数学のなかに持ち込み」(60頁)と書いているようなことを、遠山は考えていたようです。
メタメタ
2012/07/31 23:53
> 「数」は当然教えます。その数を「量」から抽象されたものとして教えるということです。

 そうは言っても、「量」というのがどんなものなのかは判然としません。銀林浩氏によれば「差の等置性」があるもので「等質化」をすると数になると言っています。

 こういうわけのわからん説明をされるより、実際に教科書を見たほうが分かりやすいでしょう。

↓ こういうふうに教えるということです。
http://blogs.yahoo.co.jp/jdapgtwmjg/6583414.html

↓ 差の等置性だの等質ドータラコータラというのは、コレ
http://blogs.yahoo.co.jp/jdapgtwmjg/6587779.html

 「長い鉛筆1本に長い鉛筆もう1本加える」のも「長い鉛筆1本に短い鉛筆1本を加える」のも 「1本増えた」 と考えるのが数の考え方。

 こういうふうに、簡単なことをわざわざ難しげな言葉で説明するのが好きらしいのですが、難解な理系用語を多用するくせに初歩的な間違いがものすごく多いのです。

 特に、初歩の物理学が全然できていなくてボロボロです。「運動量よりエネルギーのほうが普遍的に保存則が成り立つ」など滅茶苦茶なことを言っている。

 それはそれとして、この教科書の内容じたいは 「トンデモ」 な内容が含まれているわけでもなく、常識的な内容ではあります。
鰹節猫吉
2012/08/01 00:52
> 積分定数さん

>> 銀林氏は 量と構造 で 「新しく内包的外延量という分類ができたことで、さらに理論が整備されて進歩した」 というような発言をしてますね。
> 具体的にどういう理論がどう整備されて、何がどう進歩したのか知りたい。

 すいません、外延量的内包量をまちがえて内包的外延量と書いてしまいました。

 例の、いつものアレですよ。「累加でかけ算を導入すると、子どもがつまずく云々…」

 「外延量的内包量」の理論とは、

内包量 = 外延量/外延量

であるが、特に分母の外延量が離散量である場合、これを外延量的内包量という。

 ウサギの耳が1匹あたり2本というようなのが外延量的内包量。ふつうの内包量のように 2本/匹 と書くかわりに 2本 と書くことも許される。

「ウサギ3匹で耳は 2×3=6本」という問題をやっておけば、「1キロ走るのにガソリン3.12デシリットル、3.2キロ走るのにどれだけガソリンがいるか?」という問題が出ても、3.12×3.2と立式できる。
鰹節猫吉
2012/08/01 01:10
↑ というわけで、銀林浩氏は、

国土社 「量と構造」p148

 とくに、《外延量的内包量》という概念を導入して、乗除の演算の意味づけには内包量の3用法を使わなければならないが、一方で内包量の用法には小数・分数の乗除が必要であるという、循環論法堂々めぐりを外延量的内包量という概念の導入によって解決したのは、新しい問題の提起であり、理論の精緻化である。
鰹節猫吉
2012/08/01 01:15
↑ エラソーに言ってるけど、実質的には 「サンドイッチ先生」
 ですね。
鰹節猫吉
2012/08/01 01:19
>すいません、外延量的内包量をまちがえて内包的外延量と書いてしまいました。

どっちにしても訳わからないから気が付きませんでした。粗豪華品、なら、豪華粗品の誤りだって気づくのですが・・・

>とくに、・・・理論の精緻化である。

なんだかよく分からないけど、

かけ算の左右に1あたりとかいくつ分とかの意味づけをした。
内包量とか外延量とかの概念を導入した。

そしたらうまく説明できないことが出てきたので、外延量的内包量という概念を導入した。そしたらうまくいった。

ということかな?また矛盾が出てきたら、内包量的外延量的内包量、とか作るのかな?


積分定数
2012/08/01 06:50
かけ算の左右に1あたりとかいくつ分とかの意味づけをした。
内包量とか外延量とかの概念を導入した。

これがそもそもの間違い、

なんて事を言ったら身も蓋もないんでしょうね。
積分定数
2012/08/01 06:53
教育の目的が見失われているような気がします。<1あたりとか内包量とか。

正しい答が導けて、それがどうしてか説明する、ということをできるようにするのが数学教育の目的だと思うのですが、そもそも不正確な概念である1あたりや内包量を弁別し理解しようとすることが目的になってしまっているようです。
M
2012/08/01 08:20
数学教育と算数教育はついごっちゃになってしまいます。
M
2012/08/01 08:21
 内包量や外延量を評価する人もいるのだけど、具体的にこれらの概念を導入することで、算数の教え方がどう変わって、どのように改善されるのか、そこが全然見えないです。

 速さや濃度や割合は、躓く子が多い。だから丁寧に指導することが必要。

 ということなら、そんなことは分かりきっている話であって、速さや濃度や割合を内包量と名付けたところで、解決になるとも思えない。

 瀬戸智子氏の
http://homepage3.nifty.com/jikkenn-kyositu/sakusaku/1_3.htm
>「そうだね。100キロじゃないよね。
数字にはね、、、」
と私は、子どもたちに内包量、外延量の話、その考え方、答え方を教えます。

こんなのはろくな教え方じゃないと思う。

「内包量リスト」を頭の中に作って、「濃度は内包量。内包量だから足し算は出来ない。だから、・・・」などと考えるようにさせたいのだろうか?

私は自分の生徒に

 ナイホーリョーだのガイエンリョーだの知ったこっちゃない。濃度とは、100g取り出したらその中に塩が何gあるか?ということ。単純に足し算できないなんてあたり前田のクラッカー

と考えるようになって欲しいと思っている。
積分定数
2012/08/01 09:07
>それはそれとして、この教科書の内容じたいは 「トンデモ」 な内容が含まれているわけでもなく、常識的な内容ではあります。

 内容を見る限りそんな感じがしますね。ただ、若干気になるのは、算数というのは、科学に近いと思っているのですが、そういう立場からすると、動物を擬人化する必要はなかろうに、と思うのですが、

 数多ある問題点にくらべたら些細なことですね。
積分定数
2012/08/01 09:12
速さや濃さを自立した量として数値化すると、速さの変化から加速度という新しい量を認識するとか、異なる濃さのものを混合するとどういう濃さになるかという問題を扱えるようになります。というか、そういう問題を扱う必要性から、速さや濃さを自立した量として数値化する必要があったのでしょう。ヨーロッパの商業算術では、濃さ(銀貨の銀の含有量とか)の問題は13世紀初頭のフィボナッチからあります。速さの数値化から加速度の概念が生まれるのはガリレオからでしょうか。
 速さや濃さを自立した量として数値化することは、日本は洋算を知るまでなかった(皆無とは言えませんが)。
 濃度(密度)の概念の東西の歴史における違いを調べて書いたのが、『受験算数』第2章「金貨と食塩水の四千年」です。
メタメタ
2012/08/01 12:31
昔の話ですみません。「6÷2(1+2)は、9か1か」関連の
http://ameblo.jp/metameta7/entry-10883856196.html
などについて。

相当に混乱しているように見えました。

まず「これは単なる演算子適用の優先順位に関する約束事の問題に過ぎず、どちらかと言えばくだらない問題である」と認識しておかなければいけません。要するに約束を変えれば答も変わる。それだけの話。

(1) ab は a×b の単なる省略形に過ぎないという立場では小学校算数の慣習によって a÷bc は (a÷b)×c を意味することになります。

(2) ab は a×b の単なる省略形ではなく、÷などよりも優先順位の高い掛算を意味するという立場では a÷bc は a÷(b×c) を意味することになります。

メタメタさんによる「文字(数字も含む)のつながりは、乗法という演算の結果の値を表す「項」という理解」は(2)のように演算 (a,b)→ab の優先順位を高く設定するという立場と実質的に同じことです。 ab の見た目は a×b と違って a と b が完全にくっついていて一体化しているような感じなので、演算 (a,b)→ab の優先順位を高く設定することは十分にありだと思います。
くろきげん
2012/08/01 13:42
上の続き。


どちらも流儀にも利点と欠点があります。片方がもう一方よりもあらゆる面で優れているということはない。

「単に×の記号を省略しただけ」とする立場の利点はその単純さ。「演算 (a,b)→ab の優先順位は÷や / よりも高い」とする立場には 1/(ab) を括弧を省略して 1/ab と書けるようになるというような利点があります。 (割算を÷の記号で書くことは稀だし、世界的な標準でもないので、より普通に使われている / という記号の話にしてしまいました。)

ちなみに Perl5 では論理和(または)を表わす演算子に || と or の二種類あって、or の優先順位が低く設定されています。優先順位が低い or も使えるようになったのは確かに便利でした。

ただし、プログラミング言語の話ではなく、普通の言葉を使って説明するときには誤解が生じないようにしつこく繰返し説明を付ける習慣を身に付けておく方が良いです。式だけを書いて説明したつもりになるのはもってのほか。特に教える側が式だけを書いて十分説明したつもりになるのはまずいです。

というわけで
http://ameblo.jp/metameta7/entry-11200717257.html
の最後の段落に賛成です。
くろきげん
2012/08/01 13:43
>メタメタさん

その13世紀ごろから意識されるようになった量として、内包量という概念があるとしましょう。

 で、そのことで、算数指導が具体的にどう変わるのでしょうか?

 そこが全然見えないし、

「単純に足し算できる量と出来ない量がある」などと指導することは、徒に児童の暗記の負担を増すだけな気がします。
積分定数
2012/08/01 14:10
優先順位は時々分からなくなることがある。

sina・b とか logab・c とか

紛らわしいときは、括弧をつけたりしている。
積分定数
2012/08/01 14:13
一方で、a^(n/m)は、m√(a^n)か、(m√a)^nか、どちらだろうか?と悩むことはない。どっちでも同じだから。

「1あたり×いくつ分がかけ算の定義だから順序に意味がある」という人は、勿論こんないい加減な態度は取らないはず。

(m乗根a)のn乗
m乗根(aのn乗)

に明確な違いを読みとり、a^(n/m)はどちらか一方のみの意味である

としているに違いない。
積分定数
2012/08/01 14:20
>「6÷2(1+2)は、9か1か」
これは問題が悪いとするべきなのでは。
解釈がわかれるような式は禁止すべきだとおもいます。

普通、xを省略するような式では÷の代わりに分数を
使って、横棒を水平に書いてどこまでが分母に入るか間違わないようにしますし、括弧の前にx省略の積を書いたりしないようにして誤解を避けていると思います。
M
2012/08/01 19:45
(x,y)→xy の優先順位に関する慣習は結構ややこしいかもしれませんね。

sin ax は通常 sin(ax) を意味します。ax という積の優先順位は sin の適用よりも高い。

しかし、cos x sin y は通常 (cos x)(sin y) を意味しています。この場合は x sin y という積の優先順位は cos の適用よりも低い。
くろきげん
2012/08/01 19:46
メタメタさん

>遠山の『無限と連続』(岩波新書)の第2章「「もの」と「働き」」では、「ガロアの輝かしい功績は、この「働き」をきわめて明瞭な姿で数学のなかに持ち込み」

ガロアのどういう仕事のことですか?
M
2012/08/01 19:50
メタメタさん、もうひとつ

>速さや濃さを自立した量として数値化する

「自立した量」というのはどういう意味でしょうか。量と量との関係としてのみ存在するだけでなく、確固たる量がそこにあるという意味?

というのは、私の、量についての認識では、あらゆる量は自立していると考えるからです。
M
2012/08/01 19:53
もしかしたら、印刷物では微小な空白が優先順位を示唆しているというような習慣になっているのかな?

印刷物では sin ax の a と x のあいだは完全に詰まっています。そして、cos x sin y の x と cos のあいだには非常に小さな空白を入れる習慣になっています。

ちなみに伝統的に印刷物では ∫ f(x) dx の f(x) と dx のあいだにも微小な空白を入れる習慣になっています。

いずれにせよ、この手の話は数学の本質とは無関係。誤解されそうだったら、説明を付けるか、括弧を付けて誤解の余地を完全に無くしてしまうのが普通。

「6÷2(1+2)は、9か1か」という問題がくだらないのは、追加の説明を付けたり、括弧を追加したりしておけば誤解の余地が完全に無くなるし、実際そうするのが普通なのに、そうしてしないせいで誤解の余地が生じているだけの問題だから。

記号法の約束(convention)については、誤解が生じそうな場合には小まめに説明しておく。小まめに説明するのが面倒なら他の手段で(たとえば括弧を付けたりして)誤解の余地を無くそうとする。これが普通の習慣だと思います。算数教育でもこういう普通の真っ当な習慣を広めるようにしてもらいたいものです。
くろきげん
2012/08/01 19:59
>「外延量的内包量」の理論とは、
>内包量a = 外延量b/外延量c
>であるが、特に分母の外延量が離散量である場合、これを外延量的内包量という。

(説明のために記号をつけました)
分母の外延量cが離散量の場合、無次元ですから、内包量aと外延量bとは、たとえ名前や単位が変わっていても次元は同じになります。つまり性質が同じ量ということです。内包量が外延量と同じだとおかしいので「外延量的内包量」と名づけたってことですか。名前付けるだけ無駄ですね。(内包量や外延量も無駄なんですが)
M
2012/08/01 20:43
私の理解では、
「外延量」の定義は、量の定義と等価である。
「内包量」の定義は、 内包量a = 量b/量c
適当に量をえらべば、任意の量は内包量の定義にあてはまる。
したがって、任意の量は内包量であり外延量である。
M
2012/08/01 20:49
つまり、ある量が内包量か外延量であるかを弁別するのは無意味。
M
2012/08/01 20:52
積分定数さんの貼られた
http://members2.jcom.home.ne.jp/sora-riku-umi/6nen/taniryou.htm
ですが、変なとこに突っ込んだきり肝心なところを忘れていました。
>答は,「8×5」です。式はふたつに分解できます。「8」と「×5」です。(略)「8個×5(倍)=40個」。逆にすると「5(倍)×8個=40個」で意味が通じません。

せっかくふたつに分解できるとしたんですから、分解したものを逆にしないといけないのでは。×5(倍) 8(個)=40(個)と書いたらたしかに意味が通じないです。

>「5(倍)×8個=40個」で意味が通じません。
のどこが意味が通じないのか理解できない。
M
2012/08/01 20:59
 私の塾は化学を教えることがあるのですが、やっぱり教える以上は自分が学ばないとならない。ということで、エチルアルコールと二酸化炭素を含んだ液体を、胃袋に流し込んだらどうなるのか、今実験している最中です。

 ちなみに、エビスと発泡酒があったのですが、エビス→発泡酒、の順にしました。仕事が終わった後の最初の一杯は美味しい方にしたいので。

 これに関しては足し算に順序がある。
積分定数
2012/08/01 21:41
 それはさておき、三角関数の慣習は混乱していて、
sin^2xはsinxの2乗、sin^(-1)xはarcsinx、
sin^(-2)xという表記があるのかどうか分からないが、あったら、arcsin(arcsinx)といういみかな?

 単なる決めごと、クイタンありとか、先付けありとかと同様だけど、

 一貫性は持って欲しい。

f(x)×f(x)は(f(x))^2とすると思う。

f^(-1)(x)は、1/f(x)の意味ではなくて、f(x)の逆関数。

それでいけば、f^2(x)は、f(f(x))の意味として、sin^2xはsin(sinx)の意味で、
sinxの2乗は(sinx)^2とすべきだと思うが

 今更変えるわけにも行かないんだろうな。

sinaxの場合もそうだけど、生徒が自分で書いていて混乱してしまう場合があるので、括弧を使ったりして分かりやすく書くように指導している。

 あと最近は筆記体をやらないので、sinnθとかになるとわかりにくい。
積分定数
2012/08/01 21:55
logxの2乗をlog^2xとは書かないわけで、なぜ三角関数だけあのような表記になっているのか?誰が決めているんでしょうね?

 優先順位で迷ったのは、昔家庭教師で中1を教えたとき。帯分数が出てきた。私自身、帯分数なんて久しくやっていないのだけど、

−31/2 の解釈に迷った。

−3+1/2 or −(3+1/2)

正解は後者だった。

 慣習といえば、読み方もそうだけど、納得できないのが、dy/dxの読み方。私は「ディーエックス分のディーワイ」と読んでいたが、生徒によると「ディーワイディーエックス」と読むらしい。

 「微分は分数ではない」という理由らしいが、

「分数だろうが!」と突っ込みたい。

「ディーワイディーエックス」なら文字通りdydxになってしまう。

 読み方に関しては正式な取り決めはないと言うから、まさに慣習。

6C2 これを私は「シーノロクニイ」と教わったが「ロクシーニ」が主流らしい。それは妥協しよう。

 dy/dxを、「ディーワイディーエックス」などというのは納得行かない。

Δy/Δx ならどうするのか?無限小でないなら「デルタエックス分のデルタワイ」だろう?違うのかな?
積分定数
2012/08/01 22:10
>Mさん
>「自立した量」というのはどういう意味でしょうか。量と量との関係としてのみ存在するだけでなく、確固たる量がそこにあるという意味?

推測ですが、以下のようなことではないかと思います。

日本にも建築や醸造は有ったわけで、水がこれだけに対して塩がこれだけ必要だから、水の量がこうだと塩がどうの、ということはやっていたと思うのです。

 あるいは、飛脚が走る速さを比較するのに
3日で40里と、4日で50里、どちらが速いかとか

そういうことはあったかも知れないが、濃度例えば一升あたりの塩の質量とか、そういうような単一の数値で表すことはなかったというような意味だと思います。
積分定数
2012/08/01 22:24
 逆に言えば、濃度や速さの定義を知らなくても、2Lの水に3gの食塩と、3Lの水に4gの食塩、どちらがしょっぱいか、というのは求めることが出来る。

 濃度や速さの計算の前に、こう言うことを色々やればいいと思うのだが。
積分定数
2012/08/01 22:28
数教協は「量」という言葉をどう定義しているんですか?実はメタメタさんの意味での「量」の定義もよくわからないのだ。

国際単位系(SI単位系)の意味での「量」の概念を理解した上で、それとどこまで同じでどこがどう違うか説明してくれる人がいると助かります。

http://www.nmij.jp/library/units/si/

国際単位系の意味での「量」の概念は第8版SI文書の日本語訳「本文」のp.13で次のように簡潔に説明されています。

>量の値は一般に数字と単位の積として表される。単位とは単にその量の基準となる特別な例のことであり、数字は「単位」に対する「量の値」の比を表す。
くろきげん
2012/08/01 22:42
dy/dx を「ディーワイディーエックス」と読むことについて。積分定数さんの言う通りで、この呼び方にこだわるのはまことにくだらない。

ぼくは「dx 分の dy」と読んでも問題ないと思います。もしかしたら「通常の分数の記号法との混同を避けたいからそのように読んではいけない」のように思っている人がいるかもしれませんが、記号法的にはもろに分数そのものなので、言い方をちょっと変えた程度で混同を防げるとは思えないし、しかも意味的にも Δy/Δx の Δx→0 の極限のことなので、「分数」という理解が完全に間違っているわけでもない。

大事なことは読み方ではなく、内容をしっかり理解していること。読み方をちょこっと変えた程度のことで何かを教えたようなつもりになってもらっては困る。

Googleで試しに "dy over dx" を検索してみたら、
http://en.wikipedia.org/wiki/Derivative
に次のように書いてあることを発見できました。

>(The above expression [dy/dx] is read as "the derivative of y with respect to x", "d y by d x", or "d y over d x". The oral form "d y d x" is often used conversationally, although it may lead to confusion.)
くろきげん
2012/08/01 22:57
算数や数学におけるくだらない非本質的なことへの無用なこだわりを教育現場から排除するにはどうすればよいのか。

「くだらない考え方」と「ないがしろにできない考え方」を分離できない人たちが、「くだらない考え方」の排除に強烈に反対している。

我々が直面している問題はこのように一般化できると思います。

「くだらない考え方」と「ないがしろにできない考え方」を丁寧にきっちり分離して行くことが、きっと大事。
くろきげん
2012/08/01 23:07
>The oral form "d y d x" is often used conversationally, although it may lead to confusion.

ということは、誰かが気取って口語表現を日本語に持ち込んだのだろうか?

「混乱を招きかねない」って書いてあるのにね。

実はこの読み方、最近まで知らなくて、生徒が「ディーワイディーエックス」って言っていたので、「なにそれ?」と訊いたら、「学校で先生がそういっている」と言っていて驚いた。

http://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=63370&page=2&id=55185078
の36で質問したけど、ディーワイディーエックスと呼ぶのが普通と言われて驚いた。

 些細なことだけと私がこれに反発するのは、「かけ算は累加ではない」というのへの反発と同質のもの。

 微分といえども、小学校でやった分数や割り算の延長。

 そのつながりを断ち切って、「特別な物」にしてしまう事への反発。

 そうすると、積の微分や合成関数や逆関数の微分も“おまじない”になってしまう。

 合成関数の微分は、
dz/dx=dz/dy・dy/dx

3/5=3/7・7/5 と原理的には同じ。

逆関数の微分 
df^(-1)(x)/dx
=dy/df(y)
=1/(df/dy)

3/5=1/(5/3)と同じ事。

こういう共通性と見ることが出来ず、微分は微分、数列は数列、ベクトルはベクトル、と単元ごとに分断されてしまうことが、数学を実際以上に複雑で難しいものにしていると思う。
積分定数
2012/08/02 00:22
 明治5年に文部省が発行した『小学算術書巻之三』に、3の段のかけ算に次の問題があります。
「犬は、一時間に、三里走るといふ、然れば、八時間にて、幾里の路を走るや。」
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/827178
 小学3年で九九を習っているときの応用問題ですが、現在、教科書にこういう問題を載せようとしたら、速さは小学6年の単元だから不適と、検定で差し替えを指示されるでしょう。

 教科書は、小5で、「平均」「単位量あたりの大きさ(人口密度)」の単元を学習した次の段階として、「速さ」の単元を小6で学習するというカリキュラムです。
 受験算数では、単位量あたりの大きさとしては、食塩水の濃度や、定価の割引きの問題などもばんばん出てきますが、やはり中心は、速さ(旅人算、通過算、時計算、流水算など)の問題です。
 教科書で、速さの単元が独立して存在している理由は、速さの出てくる問題を解くことが目的ではなく、「単位量あたりの大きさ」という概念(「内包量」と言うと、数教協色が強くなるので、こういう用語にしたと憶測したくなりますが)を把握させるためであり、密度や濃度、割合などではなく、速さが中心になっているのは、将来学ぶ物理学の基礎として重視されているのでしょうし、受験算数で速さが中心になるのは、難問がいくらでも作れて差別選別に有効だからでしょう。(「きはじ」に頼るレベルではお話にならないのです。)
メタメタ
2012/08/02 01:19
 しかし、昔の算術の教科書では、速さは「単元」扱いはされていなかった。昔というのがいつかは手元に資料が無いので記憶でいうと、明治の黒表紙時代です。(黒表紙でも後期には単元としてあったかもしれない。)
 つまり、江戸から明治時代初めは、日本では速さの量としての概念は未熟だった。江戸時代は、日単位より下の「時(とき)」は日によって長さが違ったのだから、速さを数値化することは不完全だった。旅人算タイプの問題は、中国の紀元2世紀の『九章算術』にあるから、日本でも知られていたが、速さの問題というより、盈不足術などの解法で解く応用問題の一題としてであって、速さという量に注目したものではなかった。
 日本で、速さが量としてきちんと数値化されるようになったのは、明治時代以降でしょう。(参照『和算で数に強くなる!』第7章「千里馬はいったい何里走ったのか」)
メタメタ
2012/08/02 01:20
>江戸から明治時代初めは、日本では速さの量としての概念は未熟だった。

ふむ、速さという概念があらわには認識されていなくて、(距離、時間)というペアで認識されていた、とかそういうことでしょうか。明確に速さという認識はなかったけど、(1日、10里)と(2日、20里)とは何らかの「同じ」という概念はあった、と、そんな感じでしょうか。
M
2012/08/02 07:05
そういう、概念形成の変遷ということを理解するのは重要ですね。
M
2012/08/02 07:08
>教科書で、速さの単元が独立して存在している理由は、

時間の概念が、体積などよりも掴みにくくて難しいから、ということではないのでしょうか?

ただ、dy/dxが分数の延長、とか、かけ算は累加の延長、ってのと同様で、速さも、それまでの延長に過ぎない。

 割り切れる数値にしたら、割り算を学習した段階で出来ると思う。

3秒で15mすすむ。1秒ではどれだけ進む?

15個のクッキーを3人で分けるのと同じ構造。
(15個のクッキーを3個ずつ分けるのとも同じ構造だが、そこはまあおいておく)

 私自身、夏休み終わり頃になると、「宿題これだけたまっているけど、1日これだけやれば間に合う」とか、さらに切羽詰まると、「1時間にこれだけやれば、・・」とか計算していた。世の中計算通り行かないということも学んだ。

 日常で普通にやっていることが、「速さ」という単元で特別扱いすることで、何か“スイッチ”が入ってしまって、「みはじ」だのなんだと、となってしまう事になるように思える。
積分定数
2012/08/02 07:16
 私が、内包量という概念を持ち出すことが気に入らないのも、同様の理由。

 既知の概念の延長で十分理解できるのに、「別の物」とすることで、遮断されてしまう。

3秒で15mすすむ。1秒ではどれだけ進む?
15個のクッキーを3人で分けると1人いくつ?

この2つの共通の構造に気づかぬまま、速さは速さ、密度は密度、としてそれぞれ式を覚えている

という高校生は多い。多分、半分以上。私の実感だと8割以上。

 単元ごとの分断ではなくて、統一が必要。

 といっても、行列が非可換だから自然数のかけ算に順序があるとする、などという小手先のことではない。
積分定数
2012/08/02 07:24
>国際単位系(SI単位系)の意味での「量」の概念を理解した上で、それとどこまで同じでどこがどう違うか説明してくれる人がいると助かります。

私は、先にSIの量の考え方がインプットされちゃってて、それベースで内包量や外延量についてコメントしています。いまだに「量の体系」の全貌は把握できていない。

メタメタさんの書かれた
  「もの」 → 「量」 →数(基数?)
  「はたらき」→「?」 →数(序数?)
のスキームは量の体系とみていいんでしょうか?
はたらきは量ではない?
M
2012/08/02 07:32
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%82%B0%E3%83%8E%E3%83%BC%E3%83%99%E3%83%AB%E8%B3%9E%E5%8F%97%E8%B3%9E%E8%80%85%E3%81%AE%E4%B8%80%E8%A6%A7
↑イグノーベル賞には数学賞もあるらしい。

小学校算数の和や積が非可換であることを発見したという功績で、銀林浩氏を推薦したい。
積分定数
2012/08/02 07:49
>メタメタさん

 内包量という概念が、数学史的には意味を持ちうると言うのは何となく分かりました。

 算数・数学・物理学において意味のある概念か?
 算数教育において意味のある概念か?

前者に関しては、全く意味のない不必要で無駄な概念でしかないと思っています。

後者に関してどうなのか?そこがよく分からないのです。私は不必要な概念だと思うのですが、・・・
積分定数
2012/08/02 09:01
http://whs-math.net/report/takeda/takeda20100401.pdf
これを読んでも、内包量・外延量という概念を導入することの利点が分からない。

かといって、内包量や外延量は無駄で無意味な概念だ、とあからさまに言っている文章もネット上では見つからなかった。

 正面切って批判しているのはここぐらい?


 私自身、数年前までは「内包量や外延量などという概念は無駄で無意味」とは思っていなかった。

 内包量だの外延量だのというもの自体の存在を知らなかったのだから、当然。

 無駄とか無意味とか思うには、内包量や外延量という概念があるらしい、ということを知らないとならない。


 内包量や概念量などということを知らないで、数学や物理をちゃんと理解している人は大勢いると思う。

 そのこと自体がこの概念の無駄・無意味さを表していると思うのだが。
積分定数
2012/08/02 09:14
笑えた↓

http://math.artet.net/?eid=1421816
>ちなみに娘の話だと、小5の「単位量あたりの大きさ」の学習で、「こみぐあい」を勉強しているときに、「広さが同じである場合は人数が多いほうが混んでいる」という話になったときに、ある子どもが「人数が少ないほうがおすもうさんだったらどうなるんだ?」というツッコミを入れたそうです。そのときに先生は「関係ない」というような反応をしたそう。どちらかというと“茶々入れ系”な子どもだという印象がなきにしもあらずな男の子ですが、このツッコミはナイスだと思いました(直接見てはいないけれど・・・)。こういうツッコミをどれだけ面白いと思えるかが、教師のウツワであるように思います(^^)。何しろ小学校の題材は、具体性・リアリティをすごく重んじているのに、こういうところは無頓着で、スパンと切っちゃうんですよね。

積分定数
2012/08/02 09:49
遠山における「もの」と「働き」(『無限と連続』第2章59〜60頁)
 「群論が現われるまで数学者の考える対象は数か図形に限られていた。(略)ガロア以前の数学者は数でもなく図形でもない「働き」などというものが数学の研究題目になりうるとは夢にも考えなかったことだろう。(略)現代の数学でとくにいちじるしい対立をなしているのは「もの」の概念と「働き」の概念である。(略)ガロアの輝かしい功績は、この「働き」をきわめて明瞭な姿で数学のなかに持ち込み、それを数学全体の指導原理たらしめた点にあるといわねばならない。」

 「数か図形に限られていた」といったって、関数はどうなんだ、とおおくぼさんならずともツッコミを入れたいところです。遠山は、『関数を考える』(岩波科学の本)で、関数が出てきて数学がわからなくなった中学生に、目に見えない関数を、ブラック・ボックスという目に見える物にして教えることを提案しています。
 数教協以前は、かけ算は、被乗数×乗数という教え方で、乗数自体は目に見えないオペレーターであったのを、「いくら分」という目に見える物にして教えることを提案したのと同様なことをしたわけですね。
メタメタ
2012/08/02 12:15
 数学は一つ(普遍的)か、という議論がありました。
 私は、時代によって文明・民族によって数量観が違い、したがって数学も違うと思っています。ただし、いろいろ違う数学を人間理性は理解することができるという点で、理性は一つ(普遍的)と思っていました。人間誰にでも公平に分配されているというボン・サンスです。(こういう理性主義がひとつの傲慢であるという批判も承知していますが。)

 ところが、足立恒雄さんは、理性は一つ(普遍的)ということに対しても懐疑的なんですね。
「1種類の数学しかないのだということについては、とりわけぼくは言いたいことがあります。数学の絶対性ばかりではなく普遍性というのか、「絶対的な真理があり、われわれはそれを発掘して見つけるのである」と美しいことを言われるけれども、それのもつ人間中心主義のにおいを感じます。人間の基準が宇宙の基準になっています。文化的拘束や言語的拘束と言われましたが、頭脳の、人間としての大きな拘束があるなかで数学が存在しているはずだと思うのです。宇宙の真理みたいなことをいわれますが、ほかの認識の仕方をする知性体にとってみれば、意味も何も通じません。」(「数学セミナー」2012.06.45頁)

 正直、ここまで言うか、という印象は否めないのですが。
メタメタ
2012/08/02 12:18
 江戸時代までの日本人の数量観と現代の日本人の数量観は違います。どこが違うかは、鶴亀算とか植木算とかいわれる受験算数のうち、江戸時代からあったものと明治時代に西洋の数学を知ってから作られたものとを比べるとわかります。
 特殊算としての名称は違うが江戸時代からあったものは、次の通りです。
方陣算,和差算,分配算,年令算,鶴亀算,過不足算,差集め算,旅人算など。 
江戸時代になかったことがはっきりしているのは,
植木算,仕事算,通過算,時計算,流水算,てんびん算(濃度),ニュートン算など。

植木算がなかった(意外かもしれませんが)理由は、江戸時代にはゼロの概念がなく、連続量の概念がなかったからです(『和算で数に強くなる!』で力説しました。)
仕事算がなかったのは、分数を量として見ることがなかったから。
 通過算,時計算,流水算がなかったのは、速さが量として確立していなかったから。
 てんびん算がなかったのは、濃度が量として確立していなかったから(『受験算数 
難問の四千年をたどる』で力説しました。)
 ニュートン算がなかったのは、原形がそもそもニュートンが創ったものだから。

 つまり、江戸時代の数量観には、連続量や内包量(数教協の用語を使えば)という考え方がなかった。考え方がないから、そういうことを対象にした問題がなかった(速さや濃度の問題)か、同じ問題があっても、現代とは違う解き方をして、違う答になっていた(植木算)。
メタメタ
2012/08/02 12:22
数学教育協議会による量の定義というのは、なんだか分かりません。

組織全体としての統一的見解というのがあるのかどうか分かりませんが、銀林氏や遠山氏の著作を読むと、、、

量とはモノの一側面で、
・ 比較可能性
・ 差の相等化

があるものだそうで、

・ アルキメデスの公理

が成り立つなら数値化できるものだそうです。


スパロウ氏も、そういう書き込みをしてたような記憶がありますが…



後ほど該当部分を探して引用します。

鰹節猫吉
2012/08/02 12:50
>同じ問題があっても、現代とは違う解き方をして、違う答になっていた(植木算)。

それは同じ問題でも、問題文の解釈が異なる、とかそういう言葉の綾も話ではないのですか?


>植木算がなかった(意外かもしれませんが)理由は、江戸時代にはゼロの概念がなく、連続量の概念がなかったからです

仮にそうだとしても、今の我々はゼロや連続量の概念がある。それが逆戻りすることは考えにくい。

 完全な鎖国状態で数学がどう発展するのか
 地球外知的生命体がいたとして彼らの数学はどうなっているのか

を調べるわけには行かないので推測するしかないけど、ゼロや連続量の概念は必然的だったと思います。

 マイナス×マイナスはマイナス

だとか

分数の足し算は分母同士、分子同士をたす

というような規則を導入することは可能でも、自然数で成り立つ法則が成り立たなくなったり、well-difinedでなかったりで、

結局、マイナス×マイナス=プラス などとせざるを得ない。

必然だと思いますよ。


必然だからこそ、教え込まないで、子ども自身が自分で発見する可能性があると思うし、私はそこに拘りたい。
積分定数
2012/08/02 13:36
>遠山は、『関数を考える』(岩波科学の本)で、関数が出てきて数学がわからなくなった中学生に、目に見えない関数を、ブラック・ボックスという目に見える物にして教えることを提案しています。
 数教協以前は、かけ算は、被乗数×乗数という教え方で、乗数自体は目に見えないオペレーターであったのを、「いくら分」という目に見える物にして教えることを提案したのと同様なことをしたわけですね。

そのような工夫は一向に構わないのだけど、そこで緻密な論理を組み立てるってのは無理があると思うのです。

 私自身は数学が出来る子だったから、関数のどこが分からなくて、なぜブラックボックスだと分かるようになるのかが理解できないのですが、それで分かる子がいるというなら、そういう方法を使うのは構わないと思います。

 一方、普通に単純に素朴に考えて理解できる子も大勢いる。そういう子にとっては、ブラックボックスなど無用の長物

という程度の物だと思っているなら構わないのだけど、

瀬戸智子氏(ブラックボックスについては触れていないが)のブログを見ると、

 子どもを理解させるためのあれやこれやの道具立てが、算数理論に不可欠な物と思い込んでいる節があって、そのあたりがすごい違和感がある。
積分定数
2012/08/02 13:55
 子どもが、

足し算には合併と増加という全く異なる2つの意味があるだとか、割り算には等分除と包含除の全く異なる2つの意味がある

と思うことはいいとしよう。

本当はまずいと思うけど、まあその子がそう考えた方が理解しやすいならまあ仕方ない。

 でも瀬戸智子氏はそういう認識ではないのは、ブログを読むと分かる。

 教える上での、指導技術に関する理論と、算数・数学それ自体の理論、

この2つを峻別しなかったことが、

瀬戸智子氏や銀林浩や、算数教育界の混乱、
単純ですっきりしているはずの算数での、不毛なむだ毛の増殖

の原因だと思う。
積分定数
2012/08/02 13:56
算数それ自体、数学それ自体においては、

等分除だの包含除だの、内包量だの外延量だの、そんな概念は全く意味がない

ということが前提であって、


純粋に算数指導に関する概念としてということであれば、これらの概念があっても構わないと思う。

等分除の問題と包含除の問題、どちらからやるべきか?

とか

内包量は難しいから丁寧に導入すべきだ

とか、そういう研究は大いにやればいい。

これらの概念など知ったことではなく理解している子どもには全く不必要な概念

ということが自覚されているなら構わない。


でもどうもそうなっていないようで、そこが非常にいらつく。
積分定数
2012/08/02 14:03
>瀬戸智子氏はそういう認識ではないのは、ブログを読むと分かる。

瀬戸智子氏が、等分除だの包含除だの合併だの添加だの何だのかんだのが、教える上での便宜的概念に過ぎないという認識ではなくて、本当にこれらの概念が算数・数学において存在していて、それを理解しないとならないと思い込んでいる、

という意味。
積分定数
2012/08/02 14:08
ブラックボックス、なんだかややこしそう・・・

http://okwave.jp/qa/q6366987.html
積分定数
2012/08/02 14:16
ちなみに集合論だと、関数(写像)というのはものすごく単純な無味乾燥としたものになっている。そのように単純化することで扱いやすく、本質が見えやすくなる。

fがAからBへの写像とは、

f⊂A×B
∀x∈A:∃y∈B:(x,y)∈f
(x,y)∈f∧(x,z)∈f→y=z

という条件を満たす集合のこと。


A{a,b,c,d} B{イ、ロ、ハ、ニ、ホ}
仮にこんな集合を考える。

AからBへの写像fの例として

f={(a,ロ)、(b,イ)、(c,イ)、(d,ハ)}

fはAとBの直積の部分集合。
どのAの元も、どれかの左側にある。
2つ以上のAの元が出てきてはいない。

ベクトル解析とか偏微分だとか、何が変数で何が固定されているのかが判然としなくなって混沌としたときなどに、この定義に立ち返るとすっきりする。

 私にとっては、ブラックボックスだのはたらきだのよりも、この定義が一番すっきりしていて有用。

 もちろんそうでない人もいることは承知している。
積分定数
2012/08/02 14:36
交換法則も写像で考えた方がわかりやすいと思うんですけど。
「ベクトルのスカラー倍」で交換法則を考えるよりはわかりやすいと思う。
おおくぼ
2012/08/02 16:32
 数学は必然性があると思うが、算数教育は文化とか時代によって、あるいは人によって違うと思う。

 足し算に合併と添加の2種類があるだとか、
 量には内包量と外延量がある

なんてのは、何の必然性も普遍性もない。

それを普遍的なものだと勘違いしていて、算数教育に影響を与えているのが困りもの。
積分定数
2012/08/02 18:19
掛け算を「1あたり×いくつ分」で考える場合、問題を読んで、これが「1あたり」でこれが「いくつ分」だから掛け算になると考えるのだろうか。
それとも掛け算だと判断した後、こっちが「1あたり」でこっちが「いくつ分」だと考えるのだろうか。
TaKu
2012/08/02 21:52
> 掛け算を「1あたり×いくつ分」で考える場合、問題を読んで、これが「1あたり」でこれが「いくつ分」だから掛け算になると考えるのだろうか。
> それとも掛け算だと判断した後、こっちが「1あたり」でこっちが「いくつ分」だと考えるのだろうか。


 そもそも、

> 掛け算を「1あたり×いくつ分」で考える場合

という前提がおかしいですね。

(問) 1日は何分?

鈴木君:「1日の中に1分が何個入っているか」と考えた。1日は24時間だから、24分割してさらに60分割。

先生:鈴木君はおかしいと思います。それだと24のカタマリが60コあることになります。1時間は60分だから、1あたり量は60です。屁理屈を言って先生が教えたとおりにやろうとしていないか、「かけ算の意味」を理解していません。罰としてバツをつけて反省文を原稿用紙に1000枚提出です。

佐藤君:「1分が何個あつまると一日になるか」と考えた。

先生:1分が何個集まるとかいうのがそもそも「かけ算の意味」を理解していません。1あたり量が60分だから60がいくつと考えるのです。罰としてバツをつけて、反省文を原稿用紙に1000枚…
鰹節猫吉
2012/08/02 22:13
Wikipediaの関数の項を見ながらあれこれ考えている間に積分定数さんが

スパっと書いてしまったので後出しですが、私流の考えをまとめておき

ます。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%96%A2%E6%95%B0_(%E6%95%B0%E5%

AD%A6)
現代の、またはディリクレ流の関数の解釈では、関数は写像です。

(x,y)という数のペアそのもの、またはそのあいだの関連付けです。我

流の図式で書くと
(1) x―y (xとyを線でつないである)

一方、従来の、もしくはオイラー流の解釈では、関数は、入力 x に対し

て、出力 y の値を決定する規則であるとします。やはり図式で書くと、
(2)x→y (xがyになる)

ここでも言及されていますが、関数はブラックボックスであるという解

釈もあります。これも図式で書くと
(3)x→■→y (xがブラックボックスを経由するとyになる)

この3つはパッと見同じなのですが、というより私は同じだと思ってい

るのですが、算数的には違うもののようです。
(1)はxとyが「ひも」(関連づけの概念的なもの)でつながってい

て、両方同時に見えています。(3)は、xがブラックボックスに入っ

たあと、yがブラックボックスから出てきます。因果律が成り立つとす

るとそう考えざるをえない。つまり(3)ではxとyは同時には存在し

ておらず、xが消えてからyが出現するというイメージなのです。(2

)はやや微妙ですが、(3)に近いイメージだと思います。、

(1)が「モノ」(3)が「ハタラキ」に対応するのではないかと想像

します。

(続きます)
M
2012/08/02 22:24
(承前)


     単項演算 二項演算
加法  ア増加   オ合併
減法  イ減(残り)カ差
乗法  ウ倍    キ積(いくつ分)
除法  エ等分除  ク包含除

の、「二項演算」の加減乗除はxとyを同時に置いて見比べられるよう

なイメージです。(そう私には見える)ところが、「単項演算」のほう

はx
がyに変化するので、xとyは同時には存在しないというイメージです



しかし、これはイメージにすぎないので、(1)と(3)の関数が実は

同じであるのと同様に「単項演算」と「二項演算」も同じものです。

でも算数専門家は違うと主張しているのです。
M
2012/08/02 22:24
また粗相を…貼り付け失敗しました。
見苦しいので書き直します。可能でしたら上の2つは消してください。
M
2012/08/02 22:27
Wikipediaの関数の項を見ながらあれこれ考えている間に積分定数さんがスパっと書いてしまったので後出しですが、私流の考えをまとめておきます。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%96%A2%E6%95%B0_(%E6%95%B0%E5%AD%A6)
現代の、またはディリクレ流の関数の解釈では、関数は写像です。(x,y)という数のペアそのもの、またはそのあいだの関連付けです。我流の図式で書くと
(1) x―y (xとyを線でつないである)

一方、従来の、もしくはオイラー流の解釈では、関数は、入力 x に対して、出力 y の値を決定する規則であるとします。やはり図式で書くと、
(2)x→y (xがyになる)

ここでも言及されていますが、関数はブラックボックスであるという解釈もあります。これも図式で書くと
(3)x→■→y (xがブラックボックスを経由するとyになる)

この3つはパッと見同じなのですが、というより私は同じだと思っているのですが、算数的には違うもののようです。
(1)はxとyが「ひも」(関連づけの概念的なもの)でつながっていて、両方同時に見えています。(3)は、xがブラックボックスに入ったあと、yがブラックボックスから出てきます。因果律が成り立つとするとそう考えざるをえない。つまり(3)ではxとyは同時には存在しておらず、xが消えてからyが出現するというイメージなのです。(2)はやや微妙ですが、(3)に近いイメージだと思います。、

(1)が「モノ」(3)が「ハタラキ」に対応するのではないかと想像します。

(続きます)
M
2012/08/02 22:27
(承前)


     単項演算 二項演算
加法  ア増加   オ合併
減法  イ減(残り)カ差
乗法  ウ倍    キ積(いくつ分)
除法  エ等分除  ク包含除

の、「二項演算」の加減乗除はxとyを同時に置いて見比べられるようなイメージです。(そう私には見える)ところが、「単項演算」のほうはx
がyに変化するので、xとyは同時には存在しないというイメージです。

しかし、これはイメージにすぎないので、(1)と(3)の関数が実は同じであるのと同様に「単項演算」と「二項演算」も同じものです。

でも算数専門家は違うと主張しているのです。
M
2012/08/02 22:28
・ 数学教育協議会のいう量について

遠山啓・銀林浩 編 国土社 「量と構造」 より 銀林浩氏論文「量と数学教育」 で、量とはものの1側面であるとして、以下のように定義しています。

 量とはいったい何であろうか?物理学的に、また哲学的にはいろいろの解釈がありうる。物理学者では、ガリレオ、ヘルムホルツ、アインシュタインなど多くの学者が量の理論を提出しているし、哲学者では、アリストテレス、カント、ヘーゲルなどがその側からの理論を提出している。しかし、ここでは、数学教育との関連において、もっとも扱いやすい規定を考えれば十分である。
 そこで、量とはものの1側面であると考える。ものにはいろいろな側面があろう。質的(qualitive)な側面もあれば量的(quantitative)な側面もある。長さ・重さ・密度・価格などは、この量的な側面である。しかし、「美しい」とか「おこりっぽい」とかいうのは、少なくとも現在までのところ量的な側面とはいえない。それらは、質的な性質といわなくてはならない。

(続く)
鰹節猫吉
2012/08/02 22:33
(続き)

 時間ははたしてものの側面といえるか、というような疑問も生じるが、これもものの一様な運動に付随する経過量と考えれば、この規定に準じて扱うことができよう。じつは数学教育における時間概念のむずかしさは、ここに1つの原因があるといえる。
 数学的にいえば、もの、つまり集合Aにその側面 m(A)を対応させる写像を考えるわけである : m: A→m(A) 数学では、このような写像を集合関数(集合を変数とする関数)という。のちに述べるように、量が数値化されれば、関数値 m(A)は整数あるいは実数となる。この数値 m(A)が集合 Aの上に《乗っている》、あるいは《分布している》と考えれば、それは一様に分布していなければならない。だから、量は、集合の一様化(等質化)によって得られるといってもよい。
 しかし、これだけでは、まだ量を質から区別したことにならないから、不十分である。もう少し精密な規定が必要である。そのために2つの規準を設けよう。

(続く)
鰹節猫吉
2012/08/02 22:34
(続き)

[a] 比較可能性(comparability) すなわち、《ものの1側面》が単なる質ではなく量であるためには、相互に比較ができなくてはならない。すなわち、2つのもの A1, A2 をもってきたときに、m(A1) と m(A2) の間に、 m(A1)≦m(A2) のような関係が成り立ち(つまり直接比較の原理である)、値 m(A)について,
 (1) a≦a (反射律)
 (2) a≦b, b≦a なら a=b (反対称律)
 (3) a≦b, b≦c なら a≦c (推移律)
が成り立つ。いいかえれば、量 mは全順序集合を作る。
 ここから、いかなる場合にも(内包量においても)比較(大きい小さい、長い短い、広い、狭い、重い、軽い、速い、遅い、濃い、薄い、など)こそが量指導の第一歩でなければならないことがわかる。また、(3)の推移律が間接比較の論理にほかならない。

 しかし、比較ができるだけではまだ十分ではない。比較可能性だけでは、量mが単なる全順序集合をなすというだけで、数直線上に目盛れる、すなわち、実数の連続体(Rの部分集合)をなすことは保証されないからである。
 数直線をなすためには、一様につまり等間隔に量m(A)が配列されなければならない。そのために、

(続く)
鰹節猫吉
2012/08/02 22:35
(続き)

[b] 差異の相等化または差の等化、いいかえると、aとbをくらべたときの差 b-a と c と d をくらべたときの差 d-c を等置できる :
b-a = d-c …(1)
ということである。もっと標語的にいえば、差の比較可能性である。
 以上の2つの限定をつけた1側面 m(A)を量(quantity)とよぶことにする。

 差異の相等化を定式化した式(1)において、とくに a=0 とおくと(空集合のになう量 m(φ)=0 とする)
b=d-c …(2)
すなわち、
c+b=d …(3)
が得られる。いいかえれば、差異の相等化は加法の可能性(3)と減法の可能性(2)に導く。ただ、加法といっても、もともとの差異の相等化(1)が、差の等しいことを主張しているので、減法(2)は求差であり、加法(3)は添加を意味していることに注意しなければならない。
 ところで、(3)において、b=x+yであったとすると、図1-2から見てとれるように、(3)の関係は、
c + (x+y) = (c+x) + y …(4)
と書き直せる。すなわち、加法(3)は結合律をみたすことが導かれる。
鰹節猫吉
2012/08/02 22:36
(続き)

図1-2

−x→−y→ b

−−−−−−−−→ c
−−−−−−−−→−x→−y→ d

−−−−−−−−→−x→ c+x


 こうして量 m(A)は全順序集合をなすとともに、加減の可能性によって群をなすことになる。そこでつぎは、この群算法の添加が大小の順序関係と両立するかどうか、つまり
x<y なら、 a+x<a+y (添加の単調性)
がなりたつかどうかであるが、x<yなら、(3)によって、zなる量があって、x+z=y、
したがって a+(x+z) = a+y
結合律によって (a+x)+z = a + y
したがって、 a+x<a+y
で両立性はたしかに成り立つ。
 だから量 m(A)の全体Gは1つの全順序群をなす。
鰹節
2012/08/02 22:37
(続き)


 さて、2つの分量 a,b を間接比較する際(間接比較自身は、推移律の適用である)、第3の媒介項cがaとbの間にあれば、
a<c, c<b なら a<b
が導かれて比較は完了する。ところが、この第三者cがaやbより小さいときは、差の比較可能性によってcを取り除いた差 a-c と b-c を比較する。添加の単調性によって、a-cとb-cの比較からaとbの比較が従う(a-c<b-cなら、c+(a-c)<c+(b-c),すなわち a<b となる)。さらにcがこの2つの差よりまだ小さいときには、またcを取り除いたa-2cとb-2cを比較する。こうして、もし
a<nc, nc<b …(4)
なる自然数nが存在すれば、比較は完了する。このcが個別単位にほかならない。cを標準化すれば普遍単位となる。
 しかし、(4)が可能なためには、任意の量cをいくつか添加すれば(つなげれば)、与えられた量aをしのぐという、アルキメデスの公理:
[c] 与えられた2つの量 a,c に対して、 a<nc をみたす自然数nが存在することが前提となる。(「塵も積もれば山となる」の理)
 こうして、[a]比較可能性、[b]差異の相等化、[c]アルキメデスの公理を仮定すると、量 m(A)の全体 Gはアルキメデス的全順序群をなし、ブルバキの定理(ブルバキ 「位相3」 東京図書§3演習1 p18参照)によって、実数の加法群Rの部分群に同型になる。
 この同型によって、量 m(A)は数値化され、Gは離散群に同型になるか、あるいは実数Rの部分集合に同型になる。
鰹節猫吉
2012/08/02 22:38
↑ なんだかな? という感じです。

鰹節猫吉
2012/08/02 22:39
>可能でしたら上の2つは消してください。

可能だけど面倒なのでそのままでいいでしょう。

>この3つはパッと見同じなのですが、というより私は同じだと思っているのですが、算数的には違うもののようです。

実は定義域が無限集合だと、違いが出てくるのです。

{1,2}→{1,4} の写像fは、
f={(1,1)(2,4)}

これは、x^2とも、3x−2 と同じ事。

では、

自然数全体の集合から{0,1}への集合を考える。
この様な集合の濃度は?

(1) x―y (xとyを線でつないである)

という解釈だと、連続濃度、アレフ1

>入力 x に対して、出力 y の値を決定する規則であるとします。

という解釈だと、可算無限、アレフゼロ。「規則」は高々有限の記号を高々有限に並べるだけなので、その数は可算個。

数列も自然数を定義域とする関数

高校数学の数列でありがちな問題

1,2,3,□,5,6,・・・

□にはいるのは?

100万、とかいう面白い生徒はなかなかいなくてつまらない。

「等差数列」などという制約がなければ何でもいいのは言うまでもない。


積分定数
2012/08/02 22:46
 ちなみに今日のアルコール実験は人民の酒焼酎。岡林信康の歌を思い出す。
積分定数
2012/08/02 22:48
>量 m(A)は数値化され、Gは離散群に同型になるか、あるいは実数Rの部分集合に同型になる。

同型だったら交換法則は成り立たないといけないですが、銀林先生。
M
2012/08/02 22:57
数列は無限次元のベクトルとも言える。関数もそう。

数列の差分だとか総和に対応するのが微分だとか積分

いずれも線型写像になっている。ある種の行列とも言える。

差分という線型写像に対する固有ベクトルが等比数列
微分という線型写像に対する固有ベクトルが指数関数

an − 5an-1 +6an-2 =0 という漸化式を満たす数列を求めることと

d^2y/dx^2 − 5dy/dx + 6y =0 という微分方程式を解くことは

大変よく似ている。


関数をブラックボックスと見なしてはいけない、というのではない。

それはひとつの言葉の綾に過ぎない、ということ。

関数は数列の兄弟でありベクトルであり、直積の部分集合であり、・・・

 このようにその場に応じて自由に解釈できなくてはならない。

 どう解釈しようが、関数は関数でありそれ自体は何ら変わらない。
積分定数
2012/08/02 22:59
>> 掛け算を「1あたり×いくつ分」で考える場合
>
>という前提がおかしいですね。

その通りですね。
「1あたり」、「いくつ分」で掛け算を考える人は
に訂正します。
TaKu
2012/08/02 23:00
>鰹節猫吉さん

引用有り難うございます。しかし、人民の酒焼酎は安く手回りが速くて、なんだか頭が痛くなってきました。

しらふで読んでも頭が痛くなりそうです。

これを読んで、「なるほど、量とはそういうものなのか!」と膝を打つ人がいるのでしょうか?

>加減の可能性によって群をなすことになる。

群ですか!?半群ではなくて群?
長さとか質量って、普通は負の値は考えないですよね?
群にならないですよね?
私が読み間違っているのかな?


あと、酸とかアルカリのPH、星の等級、自信のマグニチュードなどの対数系はこうはいかないですよね?

 というか何のために量の定義をしているのだろうか?

 「量とは何なのかが分からない」と悩んでいる人がいるのだろうか?

 不確定性理論とかの話で、量はそもそも比とが測定する以前に存在するのか?という小難しい話ならともかく、

 小学校算数教育で扱う量をこんな小難しく解釈する必要があるのやら・・・
積分定数
2012/08/02 23:16
>掛け算を「1あたり×いくつ分」で考える場合、

子どもたちは「1あたり×いくつ分」で考えるのが普通なのだろうか?

普通なら、特にあえて、「1あたり×いくつ分」という事を意識させる必要はない。言われなくてもそう考えているのだから。

そう考えていないのなら、「1あたり×いくつ分」というのは子どもにとって不自然な考え方であり、そんなものを強要する意味はない。

 いずれの場合も、「1あたり×いくつ分」を押しつける意味がない。
積分定数
2012/08/02 23:42
> 数列の差分だとか総和に対応するのが微分だとか積分
> いずれも線型写像になっている。ある種の行列とも言える。
> 差分という線型写像に対する固有ベクトルが等比数列
> 微分という線型写像に対する固有ベクトルが指数関数
> an − 5an-1 +6an-2 =0 という漸化式を満たす数列を求めることと
> d^2y/dx^2 − 5dy/dx + 6y =0 という微分方程式を解くことは
> 大変よく似ている。

 大学受験対策で、高校生に特性方程式を教えちゃうことってありますよね。(大場数理学院ではどうしているか分からないけれど…)
 特性方程式を使う解法を丸暗記はつまらないけど、行列・ベクトルと結びつけば面白いですね。

 転置行列の要領で行ベクトルを90度まわして列ベクトルにしたのを (Fn Fn+1)^t のように書くことにして、、、
 行列 A を

0 1
1 1

とすると、たとえばフィボナッチ数列の漸化式は、

(Fn Fn+1)^t = A (Fn-1 Fn)

なので、一般項は、

(Fn Fn+1) = A^n (0 1)^t

と書ける。

A^n を求めるのは、たいへんだけど、

A u↑ = λ u↑ (λは定数)

になるようなベクトル u↑とλの組み合わせが2つ(1次独立なベクトル2つ)がみつかれば、とても計算が簡単になる。
(0 1)^t を2つのベクトルの和に分解しちゃえばいい。

(続く)
鰹節猫吉
2012/08/02 23:44
(続き)

 A u↑ = λ u↑ というのは、項を1つずつずらすと全体をλ倍したことになるということ、つまり u↑というベクトルは公比λの等比数列とみることができる。
 等比数列と指数関数を対比して考えてみれば、

d
-- exp(ax) = a・exp(ax)
dx

とそっくり!
鰹節猫吉
2012/08/02 23:45
http://ameblo.jp/metameta7/entry-10886013034.html
>文字(数字も含む)のつながりは、乗法という演算の結果の値を表す「項」という理解

https://twitter.com/siruesu/status/230283230123798529
>四則演算というものは計算の順番は優先度決まってるけど、”項”は計算結果だからそれに優先度無いんだよ。だからxyみたいな乗算項は計算式上では優先度以前にすでに計算された結果なのであることを理解してほしい。

この二つは非常に似ているのですが、どこかにこんなことが書いてあったりするのですか?単に後者が前者に影響されただけ?
くろきげん
2012/08/03 00:54
解釈が揺れるような表記は禁止すべきでしょう。交換法則を禁止するよりはるかに有意義だと思う。
M
2012/08/03 08:15
>大場数理学院ではどうしているか分からないけれど…

 進学校だと学校で教えちゃうんだよね。単に2次方程式に置き換えて、という本当につまらないテクニックになってしまっている。当然生徒は、何故そうなるかなんて理解していないし興味もない。

 見込みのある子には、隣接4項漸化式もやってもらって、解と係数の関係が絡んでくることに気づいて貰う。

 そのあたりになると、初期条件を満たす数列を求めるなどというのがウザくて、最初から一般解を求める方向を目指した方が状況が見えやすい。

 ベクトルとか線型変換の話につなげられたら面白いけど、そこまではなかなか出来ない。

 高校数学から行列が消えるので、当分は無理。
積分定数
2012/08/03 08:21
÷と、x省略の同時使用禁止だけでいいと思います。
M
2012/08/03 08:21
重解になるケースを出して、生徒を悩ませることはある。

an+2 − 2α・an+1 + α^2・an = 0

α^n が解になることはすぐに分かるが、もう一つないと一般解は作れない。気づくかどうか、って話で私は気づいたけど、・・・

 これを何とか必然性を持って見つける方法はないものか?

例えば、初項をx、第2項をyとして、3項、4項、・・・と求めて法則性を見つけようとする。

xやyがウザイと感じて、

初項が1、2項が0
初項が0、2項が1

の場合についてやればいいと気づき、実際にやることで法則性が見えてくる・・・

といったシナリオを考えている。

この問題は、重解をαとおくのがポイント。

an+2 − 6・an+1 + 9・an = 0

などと具体的数にすると法則性が見えにくい。

一般的だと分からない場合は具体的な場合で、というが、あまり具体的すぎると構造が見えにくい。そのあたりのさじ加減というのは、経験と試行錯誤で掴むしかないが、要は色々やってみることが重要。

 初項も具体的数でなくて。xとyという具合にした方が構造が見えやすい。

 重解でない隣接漸化式もそうかもしれない。

漸化式に従って粛々と計算を薦めると、途中で法則性に気づき・・・

 今度はそう教えてみよう。

積分定数
2012/08/03 08:45
メタメタさん曰く、
>「もの」の一側面が「量」であり、量を抽象化したのが「数」であり、小学校から高校までの算数・数学教育を「量」として体系化することを考えたようです。

という遠山のアイデアは、銀林では鰹節猫吉さんが「なんだかな? という感じです」と言っている引用文のようなことになってしまっているんですね。

鰹節猫吉さんによる引用文で銀林が言っていることは「量全体の集合にアルキメデス的全順序アーベル群の構造が入ると仮定する。そのとき、単位と呼ばれる量を任意に決めると、各量は実数と単位の積で一意に表わされる」と要約されます。

要するに「量の値は数字と単位の積で表わされる」という国際単位系でも採用されている標準的な流儀について述べているだけです。「アルキメデス的全順序アーベル群」の話を持ち出したのはぼくにはこけおどしに見える。

おそらく銀林がやりたかったことは「量の概念から出発して、理論を作り上げること」だと思うのですが、議論の出発点はかなり自由に選べることが多く、ある特定の概念の導入から始めることに強くこだわることは有害だと思います。

「量を抽象化したのが数である」のように考えることもできるというのであれば正しいし、そういう発想を教えるための便宜として教育の現場で使ってもよいでしょう。

しかし、「量を抽象化したものが数であるという考え方に強くこだわる必要がある」となると有害な考え方になってしまうと思います。
くろきげん
2012/08/03 09:32
ここは重くなってくるし投稿してもエラーが出るので、
河岸を変えてみます。

http://8254.teacup.com/kakezannojunjo/bbs?
積分定数
2012/08/03 09:42
銀林>量 m(A)は数値化され、Gは離散群に同型になるか、あるいは実数Rの部分集合に同型になる。

Mさん>同型だったら交換法則は成り立たないといけないですが、銀林先生。

銀林は量の掛算の話はしていないです。量と実数の掛算の話であれば実質的にしていると思って構いません。

しかし、銀林が鰹節猫吉さんによる引用文で「量=実数と単位の積」となることを導いています。この結論は国際単位系における「量の値=数字と単位の積」という話と本質的に同じだと考えられます。だから、量の掛算をいつものように定義すれば量の掛算でも当然可換性が成立することになります。

量の掛算のいつもの定義ってのは 7 m/s × 3 kg = 21 kg m/s というスタイルの定義のこと。
くろきげん
2012/08/03 09:54
ティーカップに移動ということで了解。
くろきげん
2012/08/03 09:55
いい加減、すっこんでろ。

あのさー、論証が不十分であれば(少なくとも完全には)認められない、というのが「君の言う科学のルール」じゃないのかね???

で、算数の授業、算数の教育にそのルールは適用されないのかな?

それなのに「小学生が彼の内心で正しい考えをしていたとしても、答案の論証が不十分であれば、減点対象とする」というルールが不適切なのかい?
黒木はダブスタ野郎。
2012/08/26 00:34
>鰹節猫吉さんによる引用文で銀林が言っていることは「量全体の集合にアルキメデス的全順序アーベル群の構造が入ると仮定する。そのとき、単位と呼ばれる量を任意に決めると、各量は実数と単位の積で一意に表わされる」と要約されます。

要するに「量の値は数字と単位の積で表わされる」という国際単位系でも採用されている標準的な流儀について述べているだけです。「アルキメデス的全順序アーベル群」の話を持ち出したのはぼくにはこけおどしに見える。

こけおどしでも正しければそっちが正しい。

ク口ちゃんは銀林の考えをちっとも否定できてないね。



団長
2014/07/22 08:39
おそらく銀林がやりたかったことは「量の概念から出発して、理論を作り上げること」だと思うのですが、議論の出発点はかなり自由に選べることが多く、ある特定の概念の導入から始めることに強くこだわることは有害だと思います。

「量を抽象化したのが数である」のように考えることもできるというのであれば正しいし、そういう発想を教えるための便宜として教育の現場で使ってもよいでしょう。

しかし、「量を抽象化したものが数であるという考え方に強くこだわる必要がある」となると有害な考え方になってしまうと思います。

はいゴクローサン。

やっぱり否定する根拠は「そう思います。」ってことな。笑


団長
2014/07/22 08:41
↑ なんだかな? という感じです。
鰹節猫吉
2012/08/02 22:39

意味内容が分からんのだろう。笑。
正直になれよ。

団長
2014/07/22 08:45
根上氏によりますと、倍はベクトルのスカラー倍だから、積と区別します。

当たり前のこと。キミたちこの意味分からないんだろ?
正直に言えよ。

団長
2014/07/22 08:53

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コメント欄 8代目 算数「かけ算の順序」を中心に数学教育を考える/BIGLOBEウェブリブログ
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