算数「かけ算の順序」を中心に数学教育を考える

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zoom RSS (1あたり)と(いくつ分)は、常に逆転できるのか?(6)

<<   作成日時 : 2011/03/03 09:54   >>

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遠山啓エッセンス3 量の理論 銀林浩・榊忠男・小沢健一 日本評論社 p87 
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 このような分離量と連続量の区別は、数学教育では必要であるが、これまでは、はっきりと意識されていなかった。
 この区別がなかったために、例えば除法の2つの意味をうまくとらえることができなかった。それは等分除(partition)と包含除(quotition)である。
 連続量では、この2つははっきりと区別できる。たとえば「6Lを3等分するといくらか」という問題は
6L÷3=2L
と書けて、答えは2Lとなる。ところが「6Lのなかに3Lはいくつあるか」というのは
6L÷3L=2
となり、答えは2となるが、2つの問題は意味がまるでちがっている。
「6コのリンゴを3人にわけると1人前は何コずつになるか」という等分除の問題は、
6÷3=2
となるが、これから答えを出すには、トランプを配る方法を使うと、まず1回配って3コ、2回目は3コで、結局3コが6コのなかにはいくつ含まれているか、を考えることになって包含除に転化する。したがって分離量では等分除と包含除はたがいに転化し合うものとなる。事実上そのように考えることができないと困るのである。
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 前半部分の、「連続量では等分除と包含除がはっきり区別できる」という主張は、これまで書いてきたように誤りである。

 かけ算の順序論争に限らず、教え方の議論では、実際にその人がどう認識しているのかという話と、教える際にはどう教えるのかという話が、ごちゃまぜになってしまうことがあるので、注意が必要である。「化学反応の前と後では質量の総和は変わりません」、「太陽は東から昇って西に沈みます」と教えたからと言って、その人が必ずしも相対論や地動説を知らないわけではない。

 遠山啓の主張も注意深く見る必要があるが、この記述を見る限り、「実際は区別はないのだが、教える際には区別して教えるべきだ」という主旨ではなく、「実際に区別される」と主張しているようだ。


 そもそも遠山啓は分離量と連続量の違いを強調する傾向がある。


 例えば、連続量:長さとか体積とか重さとか時間とか、そういうのには単位が必要だが、分離量には、単位は不要であるという。「人」とか「個」とか「枚」は単位ではなく助数詞であり、助数詞は算数には不要だというのである。

 遠山啓の助数詞廃止論に関してはhttp://blogs.yahoo.co.jp/satsuki_327/archive/2009/08/12に記述がある。

 助数詞廃止論に関しては、納得する部分も多い。
「20本の花がある。5本で1つの花たばをつくつと、花たばはいくつできますか?」という問題で、「5たば」と答えてバツにされたという例がある。「いくつ」と問題文にあるから、「5つ」が正解だという。小学校での実例である。助数詞廃止ならこういうアホな採点もなくなるわけである。



遠山啓エッセンス3 量の理論 銀林浩・榊忠男・小沢健一 日本評論社 p81
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 たとえば、2s+3sという計算をやらせると、大抵の子どもは、おそらく、2つのハジキと3つのハジキを思い浮かべて5という答えを出して、それにsという単位をつけて、5sとするだろう。
 それでともかくも答えは合っている。教える方でも丸をつけてつぎに進んでいく。それがこれまでの指導法であったし、誰もこれを疑う者がいなかった。
 しかし、はたしてそれで十分であろうか。そのような疑問から量の体系は出発する。2s+3sは2+3と完全に同じものであり、2+3がわかれば2s+3sは文句なしに理解できるものなのか。
 2s+3sという重さの加法をもたらした原因はいったい何なのか。そこまでさかのぼって考えてみなければ、2s+3sの本当の意味は決してわかったとは言えないはずである。
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 これらの主張そのものに対しては、ここでは特に積極的に賛同したり反論したりするつもりはない。ただ、長方形の面積を横×縦でバツにする教師が実際にいる。そのような現状と、遠山啓の問題意識とは、ずいぶん乖離があるように思える。「算数を教えることに関しては意識が高い」とでも思っている節の「遠山啓信者」(※)というのもいるようである。こういう文章を読んで、「2s+3s=5s」とした子どもに対して、「本当にそうなのか?」などと要らぬ問いかけをして子どもを混乱させる人がいないかと心配である。


(※)数学がわかっていない教条的遠山啓信者の典型は↓の「どろんこ」氏
http://www.inter-edu.com/forum/read.php?903,1013957,page=1


 それはともかく、教える際の方法は置いておくとして、実際のところ、分離量と連続量は根本的に異なるのだろうか?もちろん、根本的に異なる面もある。しかし、共通する面も多い。

 根本的に異なるなら、連続量を分離量で近似することはできないが、実際には頻繁にやっている。情報をデジタルで処理するというのもその類である。分離量といえども、小刻みな値を取るようにすれば連続量に近くなる。


 また、本当に水の質量は連続量だろうか?

 水分子1個の質量は18g÷(6.02×10^23)だから、この自然数倍の値しか取れない(※)分離量とも言える。この場合は、分離量が本当で、それを連続量として近似しているとも言える。
 大学の講義で整数論専門の教授が、素数の分布を連続関数で近似した式を示して、「連続が本物で不連続が代用品のように思っているかも知れないが、事実は逆だ」と言っていたのを思い出す。

 (※)相対論を考えると水の温度で質量が微妙に変わり、水分子1個分の質量程度は帳消しになるかも知れないとか、そういう話は、とりあえず無視する。


ともかくそういうわけで、分離量で言えることで、連続量で言えることも多々ある。「等分除と包含除に区別がない」というのも、分離量・連続量両方について言えることである。


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6L÷3=2L
と書けて、答えは2Lとなる。ところが「6Lのなかに3Lはいくつあるか」というのは
6L÷3L=2
となり、答えは2となるが、2つの問題は意味がまるでちがっている。
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「6コのリンゴを3人にわけると1人前は何コずつになるか」という等分除の問題は、
6÷3=2
となるが、これから答えを出すには、トランプを配る方法を使うと、まず1回配って3コ、2回目は3コで、結局3コが6コのなかにはいくつ含まれているか、を考えることになって包含除に転化する。
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 両者がどうちがうのか、私にはわからない。連続量の方は答えが、2L と 2 だから連続量は、等分除と包含除で「意味がまるでちがっている」ということだろうか?

 しかし、分離量であっても、6個の林檎を3人にわける場合は1人あたり2個だが、3個ずつわけると2人分である。
2個と2人で「意味がまるでちがう」とも言える。分離量は助数詞を付けないようにすれば両方とも2であり、同じとなるのかも知れないが、林檎と人間が全く違う物であることに変わりはない。

 「等分除と包含除は、分離量に関しては同じだが、連続量だと意味がまったくちがう」という遠山啓の主張は、「同じ」とか「ちがう」とかの判断基準が、分離量と連続量で異なっているように思える。つまりダブルスタンダードである。

 問題文で描かれている状況が異なるということであれば、分離量であっても、「2人に3個」と「3人に2個」だから、「意味が異なる」と言える。

 6÷3=2 の構造ということに関して言えば、連続量・分離量の等分除・包含除は「同じ」である。

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分離量ならこうやって格子状に並べた状態。連続量なら長方形を考えればいい。


14個の蜜柑を4人で分ける。1人あたり3個で、2個あまる。
14個の蜜柑を4個ずつ配る。3人に配って、2個あまる。

14Lの水を4人で分ける。 1人あたり3.5L
14Lの水を4Lずつ分ける。3人に配って、2Lあまる。

こうすると、連続量に関しては等分除と包含除で違いがあるように見える。これについては次回検証する。

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