算数「かけ算の順序」を中心に数学教育を考える

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<<   作成日時 : 2011/07/31 02:26   >>

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 3・11直後はショックで何も手が着かない状態だった。地震・津波・原発事故などに比較したら、かけ算の順序などあまりに小さな問題ではある。

 しかし、地震や津波対策、今後原発をどうしていくのか?などを考える上で、算数・数学は無縁ではない。算数・数学教育が少しでも良くなることで、回り回って、災害への備えや原発問題の解決の糸口が得られるかも知れない。

 と気を取り直して、また再開しようと思う。

 さてこの間、かけ算の順序をめぐって大きな動きがあった。

既に御存知の方も多いと思うが、私が管理人を勤めるミクシイコミュ算数「かけ算の順序」を考えるhttp://mixi.jp/view_community.pl?id=4341118の副管理人であり、「かけ算の順序」粉砕闘争の同志であるメタメタさんこと高橋誠氏が本を出版したことである。


かけ算には順序があるのか (岩波科学ライブラリー)高橋誠
http://www.amazon.co.jp/%E3%81%8B%E3%81%91%E7%AE%97%E3%81%AB%E3%81%AF%E9%A0%86%E5%BA%8F%E3%81%8C%E3%81%82%E3%82%8B%E3%81%AE%E3%81%8B-%E5%B2%A9%E6%B3%A2%E7%A7%91%E5%AD%A6%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%96%E3%83%A9%E3%83%AA%E3%83%BC-%E9%AB%98%E6%A9%8B-%E8%AA%A0/dp/4000295802

「積分定数」も登場する。はずかしいHNにしておかなくて良かった。

内容だが、物足りない面がある。かけ算以外の演算についても言及して欲しかった。

 足し算での合併・添加・増加、引き算での求残・求補・求差、これらの例と対比させれば、かけ算の順序に拘ることが足し算の順序に拘ることと同様に馬鹿げていることをより鮮明にすることが出来たと思う。
また、かけ算の裏返しである包含除・等分除にも言及して欲しかった。

 とはいえ、私が示した速さ・時間・距離に関しても、時間を「1あたり」、速さを「いくつ分」とする解釈があり得ることを明示してくれて、かけ算の順序に意味を持たせることが全くナンセンスであることを示せたのは非常に良かった。

 また、

>しかし、銀林さんが遠山を継いで会長を務めた数学教育協議会の中から、(教育上の一時的便宜、導入段階のルールを越えて)かけ算の式には正しい順序がある、と主張する者が出てきていることに対してはどう思われているのか、気にかかります

 と数教協および銀林浩氏に問いかけた意義は大きい。

 現在、数教協が算数・数学教育にどれほどの影響があるかは分からないが、「遠山啓」や「水道方式」というのは、今日も尊敬の念を持って語られることが多い。疑問点・批判点があればどんどんぶつけるというのは、本来なら当然あってしかるべきで、それが健全な姿だと思うが、水道方式や数教協に対して外部から問題提起がなされた例は多少はあるようであるが、それほどないようである。それを今回、メタメタさんが書籍で行った。

 数教協がこの問題提起を真摯に受け止め、何らかの反応をすることを期待する。

なおメタメタさんの調査によれば、数教協の「かけ算の順序」加担の事実はかなり濃厚
http://search.ameba.jp/search.html?q=%E6%95%B0%E6%95%99%E5%8D%94&aid=metameta7
東北大学の数学者・黒木玄氏も、数教協が「掛け算順序」の源流の1つではないかと推測している。

なお、この本は朝日新聞でも紹介された。 
http://book.asahi.com/review/TKY201107120276.html 
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評者]福岡伸一(青山学院大学教授・生物学)

[掲載]2011年7月10日
.著者:高橋 誠  出版社:岩波書店 価格:¥ 1,260

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■思想史的な問いかけ、なのだ

 今、小学校では、「6人に4個ずつミカンを配ると、ミカンは何個必要ですか」という問題に、6×4=という式を書くと、バツにされてしまうという。「教師用指導書」には、かけ算の式の順序を教えるように、と明記されているのだ。かけ算とは、「ひとつ分の数」×「いくつ分」によって「ぜんぶの数」を求める操作であり、順序の理解は、かけ算の導入期のルールとしてぜひ必要なのだという。つまり4×6が正解。

 著者は文学部卒。この考え方にひっかかりを感じ、算数教育の歴史をひもといてみた。議論は実に40年ほど前から繰り返されており、今もネットで父母、教師を巻き込んで継続中。古くは数学者、遠山啓、矢野健太郎、森毅なども活発に発言している。彼らは順序派。もし6×4と書くならば、それはトランプを配るときのように、一巡あたり6個ミカンがいり、それを4回繰り返すという意味になると。あの森先生ですら結構しんきくさいことを言っていたのですね。

 しかし、と著者は食い下がる。遡(さかのぼ)れば、エジプトの記述には人数が先にくるかけ算があり、そもそも人間の思考の始まりは6人×4個的なものだったのではないか。

 大げさにいうと本書は、人類が長い時間かけて獲得してきた知の紆余曲折(うよきょくせつ)を、教育という「便宜」がどこまで整理してよいか、あるいは教師たちはそのことにどれほど自覚的か、という思想史的な問いかけなのである。著者の「ひっかかり」は健全なる懐疑心の発露であり、そこに共感できるのが本書の持ち味。

 私はふと、広中平祐を思い出した。彼は「図形を3等分する」という問題で、みじん切りにして三つの山に盛ればよいといった。数学は自由でいいんですと。

 そんな自由さを獲得するためにこそ勉強するわけだが、最初からそうは見通せないのがつらいところ。

    ◇

 たかはし・まこと 48年生まれ。算数教育史家。『和算で数に強くなる!』など。
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>古くは数学者、遠山啓、矢野健太郎、森毅なども活発に発言している。彼らは順序派。もし6×4と書くならば、それはトランプを配るときのように、一巡あたり6個ミカンがいり、それを4回繰り返すという意味になると。あの森先生ですら結構しんきくさいことを言っていたのですね。

ここは大いに疑問がある。森毅が辛気くさいことを言っていたのは事実だが、遠山啓や矢野健太郎は、「だから6×4でも構わない」と主張している。「1あたり」×「いくつ分」という順序に拘っているという意味では「順序派」だが、結局はどちらも順序でも構わないと言っているので、私が言うところの「順序派」ではない。

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