算数「かけ算の順序」を中心に数学教育を考える

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zoom RSS コメント欄 4代目

<<   作成日時 : 2012/01/22 06:45   >>

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いっぱいで書き込めません。

コメント欄5代目http://suugaku.at.webry.info/201203/article_1.html

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内 容 ニックネーム/日時
http://www5b.biglobe.ne.jp/~nabe2051/chitekiseikatsu/titekiseikatu.htm
>特に、ネット上で、年明けから、私が名指しで 中傷されていることを正直に報告しました。みなさん、励ましやら慰め、今後のことについて、真剣に考えてくれました。やっぱり仲間はいいものです。私も少し落ち着きました。

http://9114.teacup.com/seisann/bbsでの私の書き込みが、中傷らしい。

発端は、コメント3代目の冒頭に転載した文章
http://suugaku.at.webry.info/201112/article_1.html

質問は批判と受け取り、批判は中傷となってしまうようである。
積分定数
2012/01/22 07:38
「等分除」と「商と余りを求める割算」の相性について

しつこくこだわります。ぼくは個人的に相性が悪いと思っていません。必ずしも「包含除」に転換して考える必要もない。

20個のおかしを6人に平等に配りたい場合には、トランプのように配る方法の他に以下のような方法もあります。

(1) 20個のおかしをざくっと6つに分ける。
(2) さらに6等分に近くなるように調整する。
(3) すると3個と4個のグループが出て来て不平等が生じる。
(4) 4個のグループが2つあるのでそこから1個ずつ取り去る。
(5) 6人に3個ずつ渡す。

ざくっとおおざっぱに6つに分けて等分に近くなるように調節する操作が「確実な計算」になっていないところが嫌な人もいるかもしれませんが、現実に生活では結構やることです。そして子どもがどのように育ったかによって何をイメージしやすいかは違うはず。

「確実な計算」が欲しいならば20個を6つに無理矢理等分した様子を正確にイメージできれば問題なし。そうできれば分数を習う前に3個と1/3個ずつに分割される様子が心に浮かぶはず。心にイメージするのが難しいならば実際に目で見えるもの・手でさわれるものを利用操作して納得しても良い。

包含除的なイメージでは

20を6で割った商と余り =  20−6nが0以上になる最大の整数nとそのときの20-6n.

そして実数 a に対して [a] で a 以下の最大の整数を表わせば

20を6で割った商と余り = [20/6] と 20-6×[20/6].

小学校を卒業するまでにどちらの考え方もできるようになっていることが望ましいと思います。

余りの出る半端な割算は「整数の範囲内での商と余り」だけではなく、「整数ではない数の世界」にも繋がる題材。
くろきげん
2012/01/22 09:04
>3用法だの、内包量だの外延量だの、そん
>なに知らなくて何も困らない。

 「除法の5分類」などという物もあるよう
です。
 http://www.edu.gunma-u.ac.jp/~nisitani/H14-14.pdf
の3ページ目:
 >(1)外延量÷外延量=内包量(1あたり量)
 >(2)外延量÷内包量(1あたり量)=外延量
 >(3)外延量÷外延量=外延量(直積型)
 >(4)外延量÷倍  =外延量(等分除)
 >(5)外延量÷外延量=倍  (包含除)

 最初にそれを言い出した人は、もしかした
ら「小学生にやらせる問題の範囲内では」と
いう但し書きをしていたかも知れませんが、
(もちろん、無かったかも知れません)その
但し書き無しでこういう理論を広めるという
のは有害としか言いようがありません。

 速度÷時間=加速度 は?
 (真空中の光速)÷(媒質中の光速) は?
 
 (さまざまな分野まで範囲を広げればも
  っと挙げることが出来ますが、高校理
  科の範囲にしておくべきでしょうね。)
ゴルゴ・サーディーン
2012/01/22 11:25
私の場合、20個のおかしを6人に平等に配る場合、包含除に変換しないなら、便宜的に20/6=3+1/3をイメージして、端数の1/3を取り除くイメージかな。

そうでもないかな。無意識にやっているので、よくわからない。

>余りの出る半端な割算は「整数の範囲内での商と余り」だけではなく、「整数ではない数の世界」にも繋がる題材。

高校のときに整式の割り算に出会い、「あまり」なんてなつかしいなと思った。あまりのある割り算は、中途半端で、割り切れない場合は分数で処理するという方法を学ぶまでの暫定的なものかと思っていたが、それが代数学やら体の拡大にまでつながると知って、感動しました。
積分定数
2012/01/22 11:27
「ジラースは×とな!」
http://twitpic.com/89xbz7

これは、
 1967年から    (これは確実)
 1972年ぐらいまで (こちらは“おおよそ”)
ですね。
ゴルゴ・サーディーン
2012/01/22 12:50
>(1)外延量÷外延量=内包量(1あたり量)
 >(2)外延量÷内包量(1あたり量)=外延量
 >(3)外延量÷外延量=外延量(直積型)
 >(4)外延量÷倍  =外延量(等分除)
 >(5)外延量÷外延量=倍  (包含除)

ややこしい・・・
子どもに区別をさせるわけではないことを願う。

>割合分数と量分数を区別して考えられるようになることが必要である。

これもよく聞くが、整数では「倍整数・量整数」という区別が必要ではないのか?

「〜の2/3倍」の意味で、「〜の2/3」という事がありがちなので、教える側は留意しようと言う話なら分かるが、この「2/3」と、「2/3m」の「2/3」は違うのだろうか?

後者は基準量1mの2/3倍ということで、前者は基準量が「〜」、

同じに見えるが・・・
積分定数
2012/01/22 13:03
「ジラースは×とな!」
http://twitpic.com/89xcqq/full

すげー年代物。マニア垂涎ものじゃないの?

学研の科学と学習はどんな具合だろうか?

「かけ算の順序」研究は、奥が深い。
積分定数
2012/01/22 13:17
 あまりのある割り算については、等分除と包含除はどっちが分かりやすいか 「気持ちの問題」 としかいいようがないところです。

(問)20個の菓子を6人で均等に分配する。各自が受け取る菓子の個数と、余った菓子の個数はいくらか?

 多数決をとれば 「各自1個ずつ配ると6個必要となるから…」
という人が多いでしょうが、分数を使って余りがでないようにきっちり分けろと言われたら 「おのおのの菓子を6等分する、6等分したものを各人に20個ずつ配る…」 という説明をする人と 「各自1個ずつ配ると6個必要になるから、6を何倍すると20になるか考える…」という人に分かれると思われます。(もっといろいろ出てくるかもしれない。)

鰹節猫吉
2012/01/22 14:36
字数制限にひっかかったので、↑のつづきです。


 20÷6 を 商は2, あまりは8 とやる人がいるかもしれないからといって「あまりというのは最小非負剰余である。」などと但し書きをつけることはしない。初等段階でこういうのをくどくどやるとかえってややこしいということだろうと思われます。

 ただ、小学校の段階でも、

(問) 長さ 320cm の布と 300cm の布がそれぞれ1枚ある。均等に切り分けてタオルを作ったところ、長さ 60cm の布が1枚余った。1枚の長さは何cmであるか? ただし、布はすべてセンチメートル単位で切り分けている。

(解)

(i) 320cm の布のほうに余りが出たと仮定する。 320-60=260 と 300 の公約数は、 2,4,5,10,20 である。これはすべて 60 より小さい。余りは 60cm なのであるから、これはあり得ない。

(ii) 300cm の布のほうに余りが出たと仮定する。 300-60=240 と 320 の公約数は、 2, 4, 5, 8, 10, 16, 20, 40, 80 であるが、余りは 60cm なのであるから…


… というのを考えて、問題に不備があることに気づきました。

小学生 「先生、布の幅は何センチですか?」
鰹節猫吉
2012/01/22 14:38
学研の科学は、少子化のため廃刊らしいです。

しかし、子どもの科学は健在で、ときどき本屋で立ち読みしますが、内容的にもしっかりしている感じです。
鰹節猫吉
2012/01/22 14:46
↑ 笑点の大喜利の時間にあわせて書き込もうと思った。苦心の作だが、穴は無いでしょうか?

 小学校算数の範囲で、余りと関係があって、最初が背理法ふうですごそうな感じで、最後に間抜けなオチがある…

 ちなみに私は昔、三遊亭円楽というHNでした。もちろん本物ではありません。根上生也氏も偽者だったらいいのですが…
鰹節猫吉
2012/01/22 14:57
 私はずっと「科学」だった。算数は「学習」の方だと思うが、過去の「学習」を調べてかけ算の順序についての扱いを調べるとか、

 自由研究で誰かやらないかな?

学研出版サイト
「3×2」と「2×3」のちがいは? 【算数】
http://hon.gakken.jp/reference/column/Q-A/article/100519.html


>ちなみに私は昔、三遊亭円楽というHNでした。

実在の人の名前をHNって、いいのかな?

そういえば昔、2チャンネルの管直人【かんちょくにん】を管直人だと思って、「ひろゆきって、管直人の息子かな」と言っている人がいた。

本当に勘違いする人もいるわけで・・・

まあ先代円楽がネットに書き込むとも思えないが。

どうでもいいけど、

造反有理数

というHN考えたけど、誰か使わない?
積分定数
2012/01/22 18:19
連続量であまりが出る割り算

例えば、
20Lの水を3Lずつ配ると何人に配ることが出来るか?

6人 2Lあまる。

こういうのの等分除的文章題は可能か?

結構厄介だった。
http://suugaku.at.webry.info/201103/article_8.html
積分定数
2012/01/22 18:30
小学校の掛け算の正しい順序教育は、いろんな原因がミックスしている気がします。

1 日本語の習慣。
2 掛け算の順序を変えると意味が変わるという誤解。
3 足し算と引き算の順序を変えると意味が変わるいう誤解。
4 苦手対策:文章題、割り算、分数、小数、逆数の理論を使った分数同士の割り算。

絵と文章題からの立式に注目すると、「足し算と引き算の順序教育」が「掛け算の順序教育」に深刻な影響を与えている気がします。

おおくぼ
2012/01/22 23:17
追記

http://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/micro_detail/__icsFiles/afieldfile/2009/06/16/1234931_004_2.pdf

文科省は、絵や文章題からの足し算や引き算の立式の時に、「逆の立式は間違い」とはしていません。
でも「足し算と引き算の立式の順序」に意味があるという立場だと思うのです。
あくまで絵や文章題からの立式に限定されますが。

おおくぼ
2012/01/22 23:27
携帯から。

算数独特の「立式」=「文章題の内容を忠実に式で表わさせること」という教え方はめちゃくちゃ有害だと思う。ぼくは個人的にこの問題は「掛算の順序にこだわる教え方」の問題を一部に含む大問題だと思っています。
くろきげん
2012/01/24 21:44
森毅さんの『数の現象学』は、田中博史さんの本と同じ傾向があると思う。
『数の現象学』の方が数学用語が散りばめてある分、深刻な気がする。

以下引用「足し算・引き算に潜む情念」から
しかし、この子は、あまりにも教科書に忠実であったのである。
その教科書の加法は、「数え足し」であって、3+2というのは、まず3数え、次に2数えたものを、最初から数えなおすことによって得られる5を「足し算」と呼んでいた。
たいていの子は要領がよいので、教科書や教師にそれほど忠実ではなく、適度に合併型のイメージを組み込んでいます。
この子の場合は、教えられたことを忠実に固守した。
「できない子」というのは、教師に忠実すぎることによって生み出されることもあるわけだ。
この加法は「順序数的加法」とでもいうべきもので、序列化された数系列の上を、まずa進み、それに続いてb進むことによって、a+b進む、いわば行為の<継起>に由来している。
ベクトルの加法は、その種の形態をとるので、「ベクトル型の加法」とでもいえるのかもしれない。
これほど洗練されない形で<添加>が加法の原形になることは多い。
しかし、この場合、時間的な継起であって、交換法則の
a+b=b+a
は、少しも自明ではない。
ペアノの自然数論のように順序数的にやると、その「証明」はそれほどやさしくない。
経験論者は、これは多くの事実から帰納しているのだ、というかもしれない。
しかし、234+323と323+234が同一になるといった種類の経験をいくら積み重ねたところで、それが自明になるわけではない。
それが<自明>なのは、合併型の加法があるからだ。
おおくぼ
2012/01/24 23:04
森毅さんの『数の現象学』の「次元を異にする3種の乗法」から
以下引用

最初の、
4個/人×6人=24個
に戻ろう。
これは、ベースの人に上に、ミカンが付随しているといった<構図>になる。
その意味では<2次元的>であるが、ベースになる量とそれに付随した量との関係は<対等>ではない。
一番ふつうの乗法は、この<ベース>とそれに<付随>するもの、といった関係から来ている。
この点で、ミカンの分配のように<付随>の任意的なものより、必然的なものからという考えもある。
たとえば、トンボの羽で、
4枚/匹×6匹=24枚
といった具合である。
いずれにしても、6人とか6匹とかいったベースの方がより<実体的>である。
最初の問題で、6人の方が先に来やすいのは、この理由による。
ただし、それを<倍>として1次元化して、
4個×6=24個
にすると、6回の方が操作になって、4個の方が実体化する。
この2つを共通の式に書こうとすると、「4の6倍」式に操作をあとから書く日本式が便利になる。
最近のコンピューター言語はこちらが便利だし、ヨーロッパ言語でヨコ書きを左から右に書いているときも、6×と逆行するよりも、×6と続ける方がやりやすい。
つまり、最初の問題は、その乗法の<意味>そのものを問題にして、そこでの<実体>性と習慣としてのヤクソクの関連に着目するのが正確だろうと思う。
おおくぼ
2012/01/24 23:38
森毅さんの『数の現象学』には「量」という言葉はたくさん出てきますが、「内包量」と「外延量」という言葉は出てきません。
銀林浩さんの本と似ていながら、違うところがあるみたいですね。
おおくぼ
2012/01/25 00:42
>算数独特の「立式」=「文章題の内容を忠実に式で表わさせること」

「意味の理解を重視する」というのが、なぜだかおかしな事になっていますね。

 前にも書いたけど、分母の有理化だの、文字式の項はアルファベット順だとかは、単純な場合は徹底することが不可能ではない。だから、初歩段階でその手のローカルルールが提示されることになりやすいが、それで貫き通すのは不可能。相対論の分母の√(1−v^2/c^2)なんて、有理化したら面倒。

 「立式」も、小学校算数だから、「こうしておきましょう」という指導で、「唯一の正しい式」の幻想を作ることが出来る。

http://blog.livedoor.jp/rve83253/archives/936115.html
>Bちゃん   2m34cm−2m13cm=21cm
Cちゃん   34cm−13cm=21cm
Dちゃん   234cm−213cm=21cm
>それにしても、今の日本の教育では、34cm−13cmでは、式としては×なのだろうね。
 わたしはこの授業を見ていて、○にしてやってもいいような気がしてきた。

この件にしても、2つの差を求めることが目的なのだから、Cちゃんのが最もすっきりしている。

 しかし、そこに「両方の長さ」という余計な情報を詰め込んだ方が正しいとされてしまう。
積分定数
2012/01/25 00:57
 バスの乗客問題で、5人乗った後に2人乗った場合に、「2+5」は駄目というのも同じ理屈。

 時間的経過という情報を入れた方が選りすぐれているという発想。

 他の人が、「だったら、1+5+2−1の方が、運転手が最初に乗って最後に降りたのが分かるから、詳しくていいではないか」とか、「入り口は狭いから、同時には乗れない。だから、1+1+1+1+1+1+1が正しい」とか言っていたが、私も同感である。

 乗降客がいなかったバス停もあるかも知れないから、
5+0+0+2+0+0、などとするのも一案。
積分定数
2012/01/25 00:57
>しかし、234+323と323+234が同一になるといった種類の経験をいくら積み重ねたところで、それが自明になるわけではない。
それが<自明>なのは、合併型の加法があるからだ。

そういうことで言ったら、かけ算に関して、結合法則や3つ以上のかけ算での順序を入れ替えていいというのは、小学校時代ちょっと不安だった記憶がある。でも、直方体に置き換えて考えたら当然そうなるはずと思っているうちに、不安はなくなった。

 一見自明でないことでも、自明なものへの置き換えによって納得できることがあるし、それでいいと思う。
積分定数
2012/01/25 01:02
 森毅の文章を読むと、順序数的捉え方、添加では、交換則が自明と感じられない子どもがいるという話しだと思うが、

 「添加と合併は全く違う」だのと曲解する人がいる。瀬戸智子さんが典型。

 啓蒙書・指南書書く人は、書き方にもっと配慮して欲しい。

 「かけ算には倍と積がある」という類の話も同様。
積分定数
2012/01/25 01:09
 「かけ算の順序」に代表される算数教育の問題点を私なりにまとめると、

 本来、抽象化により統合されるべき概念が、「教える際の配慮」として何種類にも分割されたまま、統合がなされないまま放置され、時として、子どもに区別を強要する教え方がなされるということ。

 本来であれば抽象化によってすっきりするはずのものが、添加・合併・等分除・包含除・求残・求補・求差・割合分数・量分数・内包量・外延量・かける数・かけられる数・・・などでごちゃごちゃしたままになってしまっている。
積分定数
2012/01/25 01:18
 今更こう言うことを言うのは何だけど、実は私自身は、式を見て正しく理解しているかどうかを判断することはある。

 答えはあっているが、式がすっきりしていなくて、よくよく聞いてみると勘違いしていたり、まわりくどい考え方をしている場合がある。もちろん、それでも間違いではないし、「こういう式にしなさい」とも指示しない。

 そんな指示をしたら「正しい式を立てる」ことを生徒が意識するので、正しく考えているかどうかを式から推測することが難しくなる。

1,2,3,4,5,6,7,8
これらを並べる。3番目が偶数となる並べ方は何通りか。

@ 左から2つ目までが2つとも偶数の場合
A 左から2つ目までが、偶数と奇数の場合
B 左から2つ目までが、2つとも奇数の場合

などと場合分けしてやってももちろん構わない。

でも、この様な答案を書く子は、「かけ算の順序と並び順を対応させないとならない」と思い込んでいる可能性があるので、その必要はないということを教えなくてはならない。
積分定数
2012/01/25 01:31
数列を教えた。
 1+2+・・・+nはすぐに出来た。教わっていたから知っていたようだ。こういう面白いことは教えちゃ駄目だよね。生徒に考えさせないと。

 で、これぐらいならいいけど、第n項をnの関数で表した場合、初項からn項までの和をnで表すのは方法を求めるのは一般的には大変なので、私の塾では逆をやらせる。

 つまり、Snをnの式で表したときに、anは?という具合。

Sn=n^5 として対応するanを求めたもらったら、
an=n^5−(n-1)^5 と正しく出した。

一般的に、an=Sn−Sn-1というのも自分で見つけ出した。立派!
積分定数
2012/01/25 01:37
次に、Sn=2^nでやってもらったら案の定混乱した。

an=Sn−Sn-1 に当てはめるなら、an=2^(n-1)である。1,2,4,8,・・・

S3=2^3=8となるはずなのに、
1+2+4=7となってしまう。

「式で表さなくてもいいから、初項から第5項まで、数字を具体的に書いて」と指示したが、混乱したまま。

 an=Sn−Sn-1に拘泥してしまったのである。

 自分自身が見つけた定理でも、こうなってしまう。
 まして、an=Sn−Sn-1 を最初から教わってしまうと、それが、数列を求めるための手段に過ぎないのか、そういうルールなのかが分からなくなり、もっと混乱しかねない。

 「通分は最小公倍数でなくてはならない」と思い込んでいた子が、1/a+1/bの通分が出来なくて立ち往生したのはこの類。
積分定数
2012/01/25 01:47
 ちなみに、Sn→anをやらせた後に、an=n^2に対応するSnを求めさせると、Snに色々当てはめて、うまい具合にan=n^2となるように微調整して完成する生徒は少なくない。

 an=n^2の和を (k+1)^3−k^3を計算して求めるなどいうのはなかなか気づけない。

 等比数列の和も、Sn−rSnなどというのは、なかなか気づけないが、Snを予想して、うまい具合になるように微調整するという方法だと、わりとうまくいく。

 ここから微積分へとスムーズにつなげたいが、なかなか思惑通りには行かない。
積分定数
2012/01/25 01:54
>この子の場合は、教えられたことを忠実に固守した。
「できない子」というのは、教師に忠実すぎることによって生み出されることもあるわけだ。

これは、順序固執派への批判になりうると思うのだが。

>最初の、
4個/人×6人=24個
(中略)
つまり、最初の問題は、その乗法の<意味>そのものを問題にして、そこでの<実体>性と習慣としてのヤクソクの関連に着目するのが正確だろうと思う。

なんだかよく分からないが、高がかけ算で何でこんなに理屈をこね回す必要があるのだろうか?
積分定数
2012/01/25 07:30
森毅さんの『数の現象学』は1978年に出た本で、現在は朝日選書版とちくま学芸文庫版の二種類で読むことができます。
私には屁理屈の塊としか思えない本なのですが、多くの人に悪影響を与えたのではないかと推測されます。

文科省は数教協の「量の体系」は採用していませんが、数教協の理論をいろいろ採用していると思います。
『数の現象学』で、「内包量」と「外延量」という用語を使っていないのは、文部省(当時)との関係があったのかな?と思ったりもします。
おおくぼ
2012/01/25 11:00
悪影響かどうかはともかく,今でも『数の現象学』は,私にとって,導きの糸です。

昔は不思議だったのですが,ある思想を受け付ける人と受け付けない人,あるいは思想そのものを受け付けないタイプの人がいるということがわかってきました。そして,どちらがエライとかエラクナイとかいうことはなく,どうも人間にはいろいろなタイプがあって,それはどうしようもない。話が通ずるところで話すしかない,と。
メタメタ
2012/01/25 11:32
私は、『数の現象学』は読んでいないが、他の森毅の本は、面白いなと思って読んだ。だから、その本も過去に読んでいれば、さほど違和感は感じなかったかも知れない。

 しかし、今だとちょっと警戒しながら読むことになると思う。

 最終的には形式で正誤が判断される数学にあって、感情や感覚に言及している部分に、「そうそう、そういうのってあるよね」と共感することがある。

 東海林さだおの食べ物エッセーみたいなもの。チューチューアイスは、ガチガチに凍った初期の段階では、最初に甘い汁が溶けて、やがて全体が溶けて非常に良い状況になるが、最後は白い氷だけになり甘みがなくなって、悲しくなる。などというどうでもいい話だが、「そうそう、そうなんだよな」と思ってしまう。

 そのあたりの切り口は森毅もうまいと思う。

 ただ、森毅の影響かどうか分からないが、数教協や水道方式支持者から瀬戸智子氏やどろんこ氏みたいな、強硬な順序論者が出現しているのは事実である。
積分定数
2012/01/25 12:03
西三数学サークル
http://9114.teacup.com/seisann/bbs

高校教師が多くてあまり算数教育のことは知らないようだから、どんな具合になっているかをぼちぼち書き込むつもり。放置されるだろ受けで、読んだ人が少しでも何かを考えてくれたらそれでいい。
積分定数
2012/01/25 12:11
私は森毅さんの対談本が好きです。
竹内啓さんとの対談本『数学の世界―それは現代人に何を意味するか 』(中公新書 ) は、テーマは『数の現象学』とかぶりますが、なるほどと思うことが多いです。
『森毅の学問のススメ』 (ちくま文庫 平凡社から出た『世話噺数理巷談―さろんのわだいにすうがくはいかが』の文庫化)や
安野光雅さんとの対談本『対談 数学大明神 』(ちくま学芸文庫 日本評論社から出た本が、新潮文庫、ちくま文庫、ちくま学芸文庫となった)も好きです。

屁理屈には屁理屈なりの楽しさがあります。
森毅さんは屁理屈の達人だと思います。
でも屁理屈を楽しむにはユーモアが必須です。
『数の現象学』を読んでも、ユーモアが働きにくいです。
おおくぼ
2012/01/25 12:20
追記

森毅さんの『数の現象学』は昔読んだのですが、内容は忘れていました。
再読のきっかけはkikulogです。
また銀林浩さんの本も翻訳モノしか読んだことありませんでした。
メタメタさんのブログや本での指摘に興味がでて、読んでみました。
遠山啓、矢野健太郎、銀林浩、森毅(敬称略)が掛け算の順序論争と関係あることを知ることができたのは、kikulogとメタメタさんのおかけです。
メタメタさんの本は歴史順に書いてあり、ミステリー小説のように謎解き構造なので、便利です(アマゾンに感想を投稿しました)。

東洋館出版社から出ている新算数教育研究会 の『リーディングス 新しい算数研究』シリーズは貴重な資料を多く探し出している労作ですが、歴史的な順序になっていないので、時代背景がわかりずらいのが難点です。
おおくぼ
2012/01/25 13:31
『数の現象学』で「外延量・内包量」という用語が出てこないことは,今回おおくぼさんの指摘で初めて気が付きました。そのお礼を書こうと思っていたら,「屁理屈」発言があったので,アレアレと思ったのでした。

そう言えば,ラッセルもヘーゲルの言っていることはたわごとだと,確か『哲学史』で書いていました。ラッセルならそう言うだろうと思ったのですが,そのラッセルが若い頃はヘーゲリアンだった時期もあったということがむしろヘェーでした。
メタメタ
2012/01/25 15:29
現代論理学の専門家でヘーゲルを評価する人は少ない気がします(勝手な推測ですけど)。
論理学の流れは、アリストテレス→フレーゲ→現代になっていて、ヘーゲルは無視されているのはないでしょうか?

http://www.utp.or.jp/series/godel.html

森毅さんの『異説 数学者列伝』 (ちくま学芸文庫) はラッセルの小伝も入っていて、おもしろいです。
遠山啓、矢野健太郎、銀林浩、森毅(敬称略)は、西洋数学史に詳しいという共通点があります。
数学教育史の専門家では小倉金之助さんが和算に詳しいですね。
おおくぼ
2012/01/25 16:12
 ラッセルはベトナム反戦のイメージがあったが、彼が日独伊への攻撃を支持していたと知って、ショックを受けた記憶がある。湾岸戦争のすぐ後ぐらいだった。そのころから、「ならず者国家への攻撃なら良いのか?」という疑問があって、日本軍やナチスの残虐行為によって、原爆投下やドレスデン無差別爆撃が相殺されてしまうかのような日本の左翼の一部の論調に疑問を持っていたが、ラッセルにも同様のものを感じた。

 ユーゴ空爆でも同様の状況となり、アフガン戦争でも、欧州の左派勢力やリベラル派の知識人の多くが戦争を支持した。チョムスキーは例外。
積分定数
2012/01/25 16:37
チョムスキーは欧州ではなくアメリカですけど。
アメリカのユダヤ系知識人がイスラエルを避難できない場合が多かったりします。
日本では鶴見俊輔さんがベトナム戦争反対したりしています。
鶴見俊輔さんは論理学で有名なクワインの弟子でもあります。
戦争と数学者の関係で有名なのはファン・ノイマンですね。

http://ja.wikipedia.org/wiki/ジョン・フォン・ノイマン
おおくぼ
2012/01/25 21:47
チョムスキーはラッセルを尊敬していて、部屋にラッセルの肖像写真を飾っていますね。

http://qph.cf.quoracdn.net/main-qimg-c84802bc64f638afceda20c5d389ec92
おおくぼ
2012/01/25 22:20
>チョムスキーは欧州ではなくアメリカですけど。

欧米のつもりで、「欧州」としてしまった。
ドイツの場合、ナチスの過去から左派・リベラル層がイスラエルを非難しにくいと言うのを聞いたことがあります。日本の左翼が、中国のチベット弾圧への批判が鈍いのと似ている。

>http://ja.wikipedia.org/wiki/ジョン・フォン・ノイマン

正則公理ってノイマンの提唱だと初めて知った。ラッセルのパラドックスはこれによって回避される。

ノイマンは、数学者なのに計算が得意

>チョムスキーはラッセルを尊敬していて、部屋にラッセルの肖像写真を飾っていますね。

あっ、本当だ。

ラッセルは確か、「3」を「濃度3の集合全部」という具合に定義した記憶がある。
積分定数
2012/01/25 23:28
数学とは関係ないですが、ユダヤ系映画監督のスピルバーグが『シンドラーのリスト』を作ったら、アカデミー賞を受賞して、イスラエルを批判した『ミュンヘン』を作ったら、ユダヤ系のアメリカ人から非難されました。
おおくぼ
2012/01/26 00:14
>正則公理ってノイマンの提唱だと初めて知った。ラッセルのパラドックスはこれによって回避される。

え???

参考

http://www.math.tohoku.ac.jp/~kuroki/keijiban/e0012.html

下から読んで下さい。
Mon Jul 30 13:17:23 2001のコメントぐらいから。

↓ ちなみに去年の12月の小島寛之さんのブログ記事。

http://d.hatena.ne.jp/hiroyukikojima/20111218/1324211232

>・・・の主が、(あの有名な)鴨浩靖さんだと今頃、気づいた。
>確かに書評のリンク先が、鴨さんのページだったので、若干頭をよぎったのだけど、まさか国立大学の偉い専門家さんが、自分の専門分野の内容について、非専門家に向かって、「こんなこともわからんのか」などというはずがない、という思い込みがあって、「単なる他人のページへのリンク」だと思っていた。
>その思い込みのせいで、なぜかプロフィールを読まなかった。
>これはぼくの単純な過失だ。すんません。
>上から目線なのは当たり前だね、だって「上」の人なんだから。笑い。
>「専門家っぽい人」だとか「専門家ぶりたい人」だとか、大変失礼な言葉を書いてしまって申し訳ない。
おおくぼ
2012/01/26 01:23
あれ?私はずっと勘違いしていたのだろうか?

正則公理で、A∋Aという集合が存在しないことになり、それでラッセルのパラドックスが回避されると思い込んでいました。もう少し考えてみます。
積分定数
2012/01/26 08:41
竹内外史さんの『新装版 集合とはなにか』 (ブルーバックス) の正則性公理の説明を読んだんですが・・・。
う〜ん、そうかな〜??という感じ。

公理的集合論は、そんなにしっかりしていないということだと思う。
集合の定義が曖昧なのに、「集合の集合」を禁じるというのは変だと思う。
正則性公理は「集合の集合」を禁じた公理ではないし。



小島寛之さんのブログ記事は正則性公理とは何の関係もありません。
鴨浩靖さんつながりで、引用しました。
おおくぼ
2012/01/26 12:51
竹内外史「現代集合論入門」p150の正則性公理の説明だと、「ノイマンの」と書いてありますね。で、そこから、a0∋a1∋a2∋a3∋a4・・・という無限列は存在しないことになって、ラッセルのパラドックスの「自分自身を現として含まない集合全体」は集合になり得ない、という理解だったのですが、もう少し考えてみます。

 集合論は昔はまって、塾の名前を「アレフ」にしていた。通りがかったイスラエル人が「来日して初めてFeブライ語のアルファベットを見た」と感動していた。少し話をしたら、兵役経験がありパレスチナで発砲したこともあると言っていた。それ以上は怖くて聞けなかった。

 2000年1月、ラムゼクラークらが関わる米国の反戦団体とイラクに行った。イラクからヨルダンに戻り、アンマンの空港の飛行機の中で新聞を読んでいたら、「日本のカルトがアレフに改名」という記事があってショックを受けた。

 一緒にイラクに行った元一水会の人に、「どうせなら、麻原の肖像でも大きく掲げたらどうだ」と言われた。

 たしかに、入信したら 「『オウムと関係している』と誤解される」という事態は避けられる。「誤解」ではなくなるのだから。

 「でも、向こうが、『お前見たいのは入れない』と言うだろうから」ということで没
積分定数
2012/01/26 14:39
 可算無限と不可算の間の飛躍が、何とも気持ち悪かった。

実数全体の数は、可算無限個より多い。直感的には分かる。無理数でも、√3とか、eとかπとか、そういうのもある。ではそういう、有限個の記号で表現できる実数はどれだけあるのかというと、高々可算無限だろう。

 有限個の記号で表現できない実数の方が圧倒的に多くある。

 「じゃあ、そういう有限個の記号で表現できない実数を1つ挙げてみて下さい、」

 といっても、それは無理な相談。表現できないのだから。

 
積分定数
2012/01/26 14:46
 これをもっとシンプルに表現する。

自然数全体の集合の部分集合全体の集合は、自然数全体の集合と1対1対応を付けることが出来ない。

というのは、集合論の解説書には必ずあるが、部分集合を

{x:N∋x,A(x)} A(x)は自然数xに関する命題

というものに限定してみる。A(x)も有限の記号列で表現できるものだけにする。

こうして制限した部分集合全体の集合は高々可算個しかない。

ところが、対角論法によって、やっぱり自然数全体の集合と1対1対応が出来ないことが証明できる。

 これが不思議で不思議で、かなり悩んだ。大分長い年月が経ってから、はたと気づいた。

1対1対応をさせる写像も集合である。だから、この写像も制限を受けることになる。だから、1対1対応をさせる写像は存在しないことになる。
積分定数
2012/01/26 15:01
ラッセルのパラドックス、集合全体の集合でいつも思い出すのは、森毅がどこかに書いてあった、図書目録の話。

図書館の図書目録には、所蔵する本が登録されていて、「図書目録」というのも登録されている、という話。

 看板屋の「看板」という看板の話もあった。

 森毅で役に立ったのは、0の0乗のこと。これは不定形だと思っていたが、集合論的には0の0乗は、空集合から空集合への写像全体の集合の濃度であり、これは1になることが示される。迂闊にも森毅の本を読むまで気づかなかった。
積分定数
2012/01/26 15:05
参考

http://d.hatena.ne.jp/kururu_goedel/20060608/1149748301

竹内外史さんの『新装版 集合とはなにか』 (ブルーバックス) は間違いではないらしいけど・・・。
誤解するような説明だな〜。
第5章やカントール小伝を読むと、なるほどと思う。

そういえば森毅さんも集合論の本を書いている。
おおくぼ
2012/01/26 16:59
 工場の流れ作業をしながら集合論を考えていた頃の感覚を思い出した。数学において、何かが「存在する」というのは、どういうことなのかと悩んだ。

〜を満たす○が存在する。 という場合に、

A 具体的にそれを示すことが出来る。
B 存在しないとすると矛盾する
C 存在するとしても矛盾しない

このようなレベルの違いがあると思った。Aは間違いなく「存在する」としていいが、Bあたりだと若干疑念を感じる。Cしか示されないなら、構成的に表現するのは無理と言うことだろう。選択公理とか、連続体仮説はその類だと理解した。

 そういうことを考えていると、不思議な感覚に襲われることがあった。宇宙や地球の歴史について考えて不思議な気分になるのと同じような感じ。

 こんな感じなので、世俗の数には興味が薄かった。「博士の愛した数式」で、博士が新しく来た家政婦に足のサイズを尋ねるシーンがあるが、かなり違和感を感じた。私の場合、他人の足のサイズどころか、自分の足のサイズも身長もよく知らない。体重はメタボ対策で気にするようになった。
積分定数
2012/01/27 09:29
 連れ合いとスーパーに買い物に行くと、連れ合いは単価を逐一計算(丼勘定だが)するのだが、私はそういうのが面倒で、そういう計算で時間・労力を費やすよも数学を考えていたい。

 私が何かを買い物かごに入れると、「それよりこっちの方が同じ量に換算したら安いから、こっちにしろ」とよく言われる。もちろんどう計算すれば比較できるかは知っているが、面倒くさい。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%95%B0%E5%AD%A6%E7%9A%84%E3%81%AA%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%BC%E3%82%AF
>数学者、技術者、化学者が学会に参加しており、ホテルで隣接した部屋に滞在している。ある夜、彼らは階下のバーにいる。最初に数学者がベッドに戻る。次に化学者、そして数分後に技術者がベッドに戻る。化学者は部屋の外の廊下でゴミ箱が燃えているのに気付く。近くには水が入ったバケツがひとつある。化学者は即席で消火器を作るために二酸化炭素の発生手段を考え始めたが、結論が出る前に到着し技術者が火に水をぶっ掛けて消し止めた。翌朝、化学者と技術者は昨晩の小火騒ぎの顛末を数学者に話すと、数学者は昨晩ゴミ箱から火が出ていたことに気づいていたという。化学者と技術者は数学者になぜ消火しなかったのか訊ねると、数学者は軽蔑するように「火が燃えていて、そばに水入りバケツがある。何をすればいいかは明らかなのに、いったい何の不満があるのかね」と答えたという。
積分定数
2012/01/27 09:30
 最近は集合論のように、深い淵に入るようなことよりも具体的なことを考えるようになった。

 西三数学サークルにあった、双六でスタート地点からn番目の場所に止まる確率、という話が以外と苦労している。

 漸化式は出来たし、それが線型になるので、行列での表記が可能となり、nの式そのものではないが、ある行列のn乗を計算すれば求められるところまでは出来た。

 n→∞ で極限値を持つことも証明できた。

 その極限値が分からない。

 サイコロの目の期待値は3.5、つまり、サイコロを1回振るごとに平均、3.5歩進む。だからスタート地点からすごく遠い地点では、ある場歩に止まる確率は、3.5の逆数となることは、直感的には分かる。

 これを、きちんと証明することが出来ない。

「直感的には自明だが、証明できない」という状態が、私にはどうにも我慢できない。

 これが出来れば、サイコロの目の数が6以外の場合とか、目の出方が不均等な場合などへの一般化もそれほど難しくないと思うが、・・・・

 分かった人は、「分かった」と書いていいけど、答えは書かないでね。
積分定数
2012/01/27 09:42
 黒木さんのツイッターでの数学教育に関するコメントは、共感する面が多い。試行錯誤しながら、間違えたり誤解したりして、自分でそれに気づき修正して、ということを経験していかないと数学は理解できないと思う。

 かけ算の順序も、「みはじ・くもわ」も、TOSSのさくらんぼ計算も、水道方式のタイルや掛割図も、「こうすれば答えが求まるよ」という手順の教え込みになりかねないのではないのか?という疑問がある。

 「それは出来る人の視点である。出来ない子にはそうやって手順を示さないとならない」

と言われそうだが、

必要な子に手順を提示するのはともかく、不必要な子にまで強要するのはどうか?

 こういうと、瀬戸智子さんのところでの技術開発者さんみたく、「出来る子は、待てばいい」などと頓珍漢なことを言う輩が出てくる。「不必要な子=出来る子」「必要な子=出来ない子」という単純な対応しか考えてないようである。

 「金魚が3匹いる水槽に、2匹追加した場合、2+3では間違い」と言われて混乱する「出来ない子」は皆無なのか?
積分定数
2012/01/27 09:53
 私自身、世間一般とは感覚が違い、世間一般にはわかりやすい説明が私にはわかりにくく、私にはわかりやすい説明が世間にはわかりにくいということはある。

 麻雀のルールを教わったときに、「この待ちでツモ上がりだと〜点で、ロンだと〜点で、・・・」「40符で5ハンの出上がりは、〜点で・・」とか言われて、訳が分からなかった。

 よくよく調べたら、構成要素に関して点数が決めれれていて、其れにも法則性がある。待ちの形にも点数がある。上がりにもツモなら2符、ロンなら0符、これらを足して、10の位に切り上げして、2の(ハン数)乗をして、・・・、という具合になっていると分かった。

 それに基づき自分で点数表を作って、既成の点数表と一致することを確認する。という作業を何回かやったら、点数表は全て暗記できた。1ハン上がるとほぼ2倍、親の上がりは子のほぼ2倍、などが分かっているから、それも暗記の手がかりになる。

 そうすると、九九の表も、「これを覚えろ」というよりも、児童に作らせた方が覚えやすいのではないだろうかとも思うのだが。そうすればかけ算というものの理解も深まると思うし、九九を忘れても求めることが出来る。

 逆に、この仕組みを知らないで覚える方が大変だと思うが、世間では理屈よりも覚えた方が楽だと考える人が多いのだろうか?
積分定数
2012/01/27 10:12
 英文法の本を読んでいても感じる。

There be 構文は、定冠詞がついた名詞の存在を言う場合には使えない。ただし、その名詞が関係代名詞などで修飾されていた場合には、使える。

などという説明を読んで、「数学と違って面倒なことだな」と思ったが、後で別の本で、

 英語は聞き手にとっての旧情報を先に出し、新情報を後に出すのが原則。There be 構文は、新情報が文頭に来る唐突さを避ける意識から生まれた。だから、旧情報をこの構文で使うことはない。

 というような説明を読んで納得した。定冠詞がつくのは旧情報が多い。関係代名詞で修飾が必要なのは新情報だから。定冠詞の有無がThere be 構文を取れるかどうかを決定しているわけではない。新情報であれば代名詞であっても、There be 構文を使える。

 だったら最初からそう説明してくれればいいのに、世間の多数派はそういう説明よりも、結果だけ教わる方が楽だと思っているのだろうか?
積分定数
2012/01/27 10:13
>親の上がりは子のほぼ2倍、などが分かっているから、それも暗記の手がかりになる

親の上がりは子のほぼ1.5倍
積分定数
2012/01/27 10:18
積分定数さんのコメントで野矢茂樹さんの『無限論の教室 』(講談社現代新書) を連想してしまった。

正則性公理とラッセルのパラドックスの関係は、よく分からないなあ〜。
分出公理はラッセルのパラドックスを避けるために作られた公理だったと思う。
ただ分出公理だと弱い(=扱える範囲が狭い)ので、置換公理が出来たはず。
おおくぼ
2012/01/27 10:42
 数学の苦手な子に高校数学の最初から教えている。「これまで習ったことは一切忘れるように」と言った後に、順列組み合わせの問題をやった。

ABCDの並べ替えは?ただし、左右をひっくり返して同じになるのは、同じとみなす。

6+4+2 とやっていた。答えは正しいが何かおかしい。

 「式が考え方を反映する」というのは、それはそれで正しい。順序派の誤りは、「こういう式を立てた子はこういう考えをしている可能性が高い」と判断して、その後の指導に生かすのではなく、「正しい考え方だとこういう式になるはずなので、その『正しい式』を立てさせるにはどう指導すればいいのか」となってしまっていることである。

 体温を測定して高熱だと、体の具合が悪いのではないかと判断できる、という話が、「体調が良ければ体温計の表示が高熱にならない。」→「体温計の表示が高熱にならないようにするには、脇にしっかり挟まない方が良い」というようなことで、それでは体調を正しく把握することは出来ない。

ABCDEでやらせると、24+18+12+6と式を立てた。

つまり、Aが左端になるのが24通り。次にBが左端になる場合だが、Aが右端になってはいけないので、それが18通り、・・・という具合にやっていた。

 私には、こんな面倒な方法は思いつきもしなかった。

 苦手な子は、全体を見渡して、というよりも、下から積み上げる方が考えやすいのかも知れない。

 私が、割り算は包含除の方が考えやすいのではないかと推測する根拠の1つがこれである。
積分定数
2012/01/27 10:53


 この子には、ABCDについて、並べ替え全部24通りと、左右ひっくり返したら同じとみなしたときの全てを描いてもらった。そうすると、24÷2で求まることが納得できたようだ。

 一方、6+4+2も、効率は悪いが間違いではない。

 これを発展させれば、1+2+3+・・・+nを求めることが出来ると指摘した。

 その場では分からなかったが翌日、正しい式を出して来た。

n文字の並べ方は何通りか?。ただし、左右をひっくり返して同じなら同じとみなす。

この生徒のやり方は
(n−1)!+(n−2)×(n−2)!+(n−3)×(n−2)!+・・・
=(n−2)!・{(n−1)+(n−2)
+(n−3)+(n−4)+・・・+3+2+1}

これが n!/2 と一致するはず。
そこから、

1+2+・・・+(n−2)+(n−1)
=n(n−1)/2

が求まる。

脇道にそれたことで、公式を1つ得られた。
積分定数
2012/01/27 10:53
江戸時代に算額という習慣があった。
詳しくは『聖なる数学:算額-世界が注目する江戸文化としての和算 』(森北出版)
深川英俊&トニー ・ロスマン:著

正直、理解に苦しむ習慣だ。
難問を考えて複雑な計算を喜ぶ人達が、江戸時代にはたくさんいた。
これは真理を探求する数学とは違う。
理屈よりも計算と直感と美が優先された。
明治になって和算が洋算に負けてしまった理由は、理屈を軽視したからだと思う。
おおくぼ
2012/01/27 10:55
 それはそれでいいと思うけど。ただ、抽象化一般化という方向には行かなくて、西洋数学に負けたような気はする。

 西洋の場合、数学が哲学と結びついていたのかな?

 和算は芸事?三味線や都々逸と同様だったのだろうか?
積分定数
2012/01/27 11:13
 それはそれでいいと思うけど。ただ、抽象化一般化という方向には行かなくて、西洋数学に負けたような気はする。

 西洋の場合、数学が哲学と結びついていたのかな?

 和算は芸事?三味線や都々逸と同様だったのだろうか?

 以前、算額のことをテレビでやっていた。

 球Aの内部に2つの球があり、3つの球は互いに接している。さらに、別の球を球Aの内部に、接するように入れていくと、ちょうど6個の球を入れることが出来る。

最初に入っている2つの球の中心を結ぶ直線が球Aの中心を通る場合については証明できた。それで完成と思ったら、上の定理はもっと一般的な場合についても成り立つと言うことだと指摘された。

 座標空間で処理するしかないと思うが、面倒くさそう。これを、座標空間なしでどうやって見つけたのだろうか?

 初等幾何学の空間版という世界もあるのだろうか?

 私は実は平面幾何も苦手。無理矢理座標平面に置き換えて解くこともある。
積分定数
2012/01/27 11:21
和算は実用と美学とに分かれていました。
渋川春海の暦作りや伊能忠敬の地図作成は、実用の方です。

算額の幾何学の多くは、頭の中で考えていたのではないでしょうか?
江戸時代の人達には西洋数学は面倒だと感じたみたいです。
直感力(想像力?)が高く、公理や推論規則みたいなのを嫌ったみたいです。
和算で記号を使った数学が発展しにくくかった理由も、特殊な記号を使わなくても直感力で補えたからではないでしょうか。
おおくぼ
2012/01/27 11:43
江戸時代で有名な関孝和にとって、和算とは趣味でした。
仕事は藩の会計係をしていました。
関孝和の和算の師匠はよくわかっていません。
関孝和が中国や朝鮮の数学書を研究したことはわかっています。
関孝和は、「数学の方法」を書籍という形では出していません。
天才肌というか、直感重視という気がします。
おおくぼ
2012/01/27 12:15
私が抽象的思考が苦手です。
数学の式を見てもピンと来ない場合が多いです。
だから具体的な状況をまず探します。

無限が難しいのは、具体的に考えにくいからだと思うのです。
おおくぼ
2012/01/27 13:07
小倉金之助さんの『日本の数学』 (岩波新書 赤版 (61)) が絶版になっているなあ〜。
おおくぼ
2012/01/27 21:57
小島寛之さんのブログ記事「週刊『エコノミスト』の数学特集」

http://d.hatena.ne.jp/hiroyukikojima/20120127

でも小島寛之さんのマクロ経済学理論はダメだと思う。
経済学は経験科学なので・・・。
おおくぼ
2012/01/27 22:55
1+2+3+… の公式は面白かったので mixi に転載させていただきました。

私は、




○○


○○
○○○


○○
○○○
○○○○

1 + 2 + 3 + … + (n-1) + n
= (n^2 の半分) + (n の半分)
= n^2/2 + n/2
= n(n+1)/2

で頭に入れてます。


幾何学的な方法でイメージで捉えるというのが好きなのですが、イメージを外部から注入することができるかというと難しいところがあります。
鰹節猫吉
2012/01/28 17:41
鰹節猫吉さんの方法が最初分からなかった。要するに、正方形に並べて、対角線部分を取り除いて半分にして、対角線部分を足すのですね。

1+2+・・・+nを、先頭を最後を足して、nを書ければ求める物の2倍だから・・・、というのは既に分かっている人の発想で、子どもが手探りでやれば、n×nの正方形から考えるのが普通かも知れない。n×(n+1)の長方形はなかなか発想できない。

 もちろんどちらでもいい。

1+2+3+4+5+6+7+8+9+10

珠算などやっていて計算が得意な子だと、頭からどんどん足してしまいがちだが、私のような怠け者は、「1と9で10、2と8で10、おっ、この調子でどんどん10を作れる」とかやる。もう公式間近。
積分定数
2012/01/29 09:38
生徒の方法は、私も最初は、えらく回り道しているなとは思った。とうか実際えらく回り道だった。

ABCDEFGから2個選ぶ方法

これも、Aを選んだら5通り、Bを選んでAを選ばない場合が4通り、などとして、5+4+3+2+1と出す生徒がいる。

良くもまあそういう面倒な方法が思いつけるな、と感心するが、3つ選ぶとか4つ選ぶとか発展させると、Σk^2やΣk^3へとつながる。

ABCDEFGHから、5文字選んで円上に並べる、などというのも、

Aを選択して、7・6・5・4。Aを選ばないでBを選択したら、6・5・4・3、などとして、

7・6・5・4+6・5・4・3+5・4・3・2+4・3・2・1 

などと面倒なことをやって求めた生徒がいた。これが8・7・6・5・4/5に一致するわけだから、数列の和の公式の一丁上がり。
積分定数
2012/01/29 09:39
 これらを見て分かるように、k^2やk^3の総和よりも、kP2やkP3あるいは、kC2やkC3の総和の方が扱いやすい。後者はパスカルの三角形へとつながる。

 しかし、数列を教えるときに、k^2の総和の場合、
kP2やkC2の総和を求めたら、などという誘導もしたくない。しかし、手探りで総和が求められるのは1からnの和ぐらい。

 だから、Snを与えた場合に対応するanを求めるというのをやってもらう。an=Sn−Sn-1となることはわりと見つける生徒が多い。そこから、求めるanになるように、Snを調節する方法で、k^2の総和や等比数列の総和を求めることが出来る。

 等比数列の総和も、Sn−rSnなどというのはなかなか思いつけない。

 以前は、x^n−1が剰余定理からx−1で割り切れることを示して、そこからやらせていたが、等比数列の和との対応が分からなかったようで、結局受動的勉強になってしまう。

 anからSnを求める方法は、一般論がなくて数列ごとの個別対応になってしまう。そうすると暗記が幅を利かせる。

 Snからanを求めることでそれを避けることが出来る。
積分定数
2012/01/29 10:04
この、差分と総和の関係は、微分と積分の話へと発展する。

だから、順列組み合わせ、数列、微積分、などと数学を分割してはならない。これらは密接につながっている。
積分定数
2012/01/29 10:05
 水道方式を提唱する人の一部が主張する「かけ算は累加ではなく、1あたり量×いくつ分」への疑問の1つもこのあたりになる。

 かけ算の意味は多様であり、解釈の1つ過ぎない「1あたり量×いくつ分」が強調されることで、「累加ではない」という誤った認識を持つ人が出てくる。

 文章題を解くときに、「どれが1あたり量かな?どれがいくつ分かな?」などと意識しないはずだし、意識しているようでは理解が足りない。100g110円の豚コマ、300g買う場合、1gあたりなどと考えずに無意識に110×3を計算するはず。「1あたり量×いくつ分」の強要は、子どもの自然な発想の足枷になりかねない。

 そして、「累加とは別の演算」とすることで、算数が分断される結果となる。

 単なる足し算の延長、とすれば、分からなくなったら足し算に戻ればいい。

 それを繰り返すうちに、かけ算という概念が習得できる。そしたら、そこから分数のかけ算などへ発展させればいい。

 「かけ算はこれまでの足し算、引き算とは全く違います」などと脅す必要もないと思う。

 しかし、実際に小学校低学年に教えたことはないのでもしかしたら、「累加だと0や分数のかけ算で躓く」という遠山啓の指摘が正しいのかも知れない。

 でも、かけ算を累加で導入する例もあると思うし、それでとてつもなく困ってしまうと言うことがあったのだろうか?

 0や分数のかけ算のところで躓く子が若干いるとう程度の話な気がする。解消不可能な躓きなのだろうか?
積分定数
2012/01/29 10:21
 Σk^2 の求め方については初めてのときはどうしたらよいか分からず、結局次のような まわり道回答 をひねり出しました。


S = Σk^2 とおく。

□□□□
▲▲▲□
○○▲□
●○▲□

図より、

1^2 = 1
2^2 = 1 + 3
3^2 = 1 + 3 + 5
…  … … …
n^2 = 1 + 3 + 5 + …

であるから、

S = n・n^2 - (1×0) - (3×1) - (5×2) - (7×3) - …
S = n^3 - Σ(2k-1)(k-1)
S = n^3 - Σ(2k^2 - 3k + 1)
S = n^3 - 2S + 3Σk - n
3S = n^3 + 3Σk - n
S = n(2n+1)(n+1)/6
鰹節猫吉
2012/01/29 23:26
 面白いですね。ただ、生徒がこの方法に気づけるかというと、別問題ですね。もちろん、こういう方法を編み出した生徒は大いに褒めたいですが。

Σk・r^k の求め方も、等比数列同様、S−rSにするのが定番だけど、

r+r^2+r^3+・・・・+r^n
  r^2+r^3+・・・・+r^n
     r^3+・・・・+r^n
         ・・・・
             r^n

として、それぞれを等比数列の和で求める。という方法を考えました。
積分定数
2012/01/30 08:02
0,1,2 の3種類の数字を使って作ることが出来る5桁の数は何通りか?

模範解答も教師も、1桁の場合、2桁の場合、・・・と求めたという。

生徒の1人は、3^5−1と求めたという。私もそう求めた。

つまり、3種類の文字を5個並べればいい。
20100 というのは201のこととみなせば良いだけ。00000だけが例外だから、これを取り除く。

 場合分けするのは、エレガントではない。エレガントでない解答と、エレガントな解答が存在した場合は公式が出来る、という定理通り、ここから等比数列の和が出てくる。

2+2×3+2×3^2+2×3^3+2×3^4=3^5−1

ここから、r^nの和に一般化することが出来る。厳密に言えば、rが自然数の自然数の場合になってしまう。

 数学好きが数学教えるときに陥りやすい罠は、これらの面白い事例を披露することが数学の面白さだと思ってしまうところ。

 むしろ、生徒が色々頭をひねって考えるように促すのが筋だと思う。
積分定数
2012/01/30 08:17
白川氏の記事で拝見してから、こちらも時々読ませていただいています。

すいません、最後の書き込みの「0, 1, 2の3つの数字で5桁の数は何通りか」ですが、「5桁未満の数」も入れて良いのですか?

細かいようですが、「201」が5桁の数であると言われると、あれ?と思ってしまいました。でも1ワードが5デジットのコンピューターとして考えるのかな?でもそうすると、3^5で、「-1」が合わないしな…と言う無駄思考までする始末です。あ、0は0桁で例外とする、なのでしょうか…。(←さらに無駄思考でした)

その伝で行くと、2x3x3x3x3が答えではないのかなと。(頭の桁は0禁止で2種類から一つ、他の桁は0含めて三種類から一つ、という考え方なんですが…。)

漸化式から等比数列の和を導き出す、という学習は楽しいのですが、ここだけほんのり違和感を感じてしまったので…。

ちなみに、双六の問題、楽しそうなので、エレガントな解き方を考えてみたいと思います。一般化すると「さいころをn回振った時に、m人が同じコマにいる確率はいくつか?」で良いのでしょうか?
Crypto
2012/01/31 02:03
>Cryptoさん

ご指摘有り難うございます。「5桁未満の自然数」の誤りです。

双六の問題は、スタート地点からn番目の場所に駒が止まる確率です。

n=1なら、1/6
n=2なら、1/6+1/36

という具合です。行列表記で一応解決しました。

n→∞での極限値が、7/2になることもほぼ解決しました。結構苦労しました。

目の出方が不均等な場合も行列表記は可能です。

この場合、不均等であっても、どの目の出る確率が0ではない場合は、n→∞で極限値が存在し、その値は出る目の期待値の逆数になるのですが、

 確率0の目がある場合の扱いが厄介で、それに取り組んでいる最中です。
積分定数
2012/01/31 07:09
>どの目の出る確率が0ではない場合

どの目の出る確率も0ではない。
積分定数
2012/01/31 07:10
n 回ふって n番目のマスに止まる確率ということでしょうか?
鰹節猫吉
2012/01/31 12:41
>「5桁未満の自然数」

また間違えた。5桁以下の自然数 です。

>n 回ふって n番目のマスに止まる確率ということでしょうか?

それなら、n回1の目が出る確率だから、(1/6)^nです。

そうじゃなくて、n番目の場所に止まる確率です。

n=3の場合、
1回目が3
1回目が1,2回目が3
1回目が2,2回目が1
1回目〜3回目、全て1

これらの確率の和になる。

というようなことです。
積分定数
2012/01/31 13:24
>1回目が1,2回目が3

1回目が1,2回目が2

に訂正。
積分定数
2012/01/31 14:04
おお、本質的にマルコフ連鎖の理論を自力で発見したということですね!さすが!

0,1,2,...,n,∞ と n+2 個の場所があって、出た目の数だけ進む。ただし、nに止ったらその後はずっとその場所にとどまり続け、nを超えたら∞にずっととどまり続ける。各目の出る確率に基いて遷移行列を書いて〜(以下略)

有限状態マルコフ連鎖の話は正方行列の積が自然に(嫌でも)出て来てしまう典型的な例になっていると思います。新しい学習指導要領では高校で行列をほぼ教えなくなってしまうことになるのでとても残念です。
くろきげん
2012/01/31 17:36
 マルコフなんとかって、名前は聞いたことあるし、書く立論に関係しているらしいことはさすがに知っていたけど、双六問題と関係しているとは知らなかった。

 wikiを見たが、やはり、「マルコフ系は物理学、とりわけ統計力学にしばしば現れる。」とある。

 私が10数年悩んでいる統計力学の問題と関わっているような気がしてきた。

 閉じられた空間に、粒子が多数あり衝突を繰り返している。速度分布f(v,t)が満たすべき条件は分かった。

 マクスウェル分布の場合、時間変化がなくなることも分かった。

 では、いかなる初期条件を与えても、十分長い時間が経てば、マクスウェル分布に近づくのだろうか?

 双六問題と似ているような気はするが、一筋縄ではいきそうにない。
積分定数
2012/01/31 21:12
 行列がなくなるのは残念ですね。ガウス平面が復活するのは嬉しいけど。

 ただどっちにしても、現状だと線型代数やガウス平面の面白い部分を学ぶと言うよりも、複雑な問題を多数こなすようになってしまうわけで、カリキュラムの内容もさることながら、数学とは何を学ぶものなのか?がもっと問われていいと思っています。

 数列の、線型の漸化式の問題を、意味も分からず教わった通りに特性多項式を解く生徒を見ていると、「そこの部分は単に数列を解く道具じゃなくて、無限次元空間における固有ベクトルという面白い話なんだけど・・・」と思ってしまう。

 確率、数列、順列組み合わせ、指数関数、複素平面、行列、微積分、・・・

 思いつくだけでも、これらは密接につながっている。高校数学でもこれらをネタに面白いことが出来ると思うのだが。
積分定数
2012/01/31 21:24
 双六問題、負にも進むとして、偶数なら+1歩、奇数なら−1歩とかにするとどうなるのだろうか?

 サイコロを振る回数が十分大きければ、任意の場所に止まる確率は多分1。どんな小さな確率でも、0でないなら、何度もやればいずれは起こる。人生あきらめてはいけない。ひょんな事でかけ算の順序が廃止される日が来るかも知れない。

 では、スタート地点からmの場所に止まるまでにサイコロを何回ふる必要があるか?

 普通のように出た目の数だけ進めるなら、mを初めて越えるのに必要な回数は、mを出る目の期待値で割った値にほぼ等しそう。大数の法則を使う。もちろん、mが十分大きい場合の丼勘定。

 偶数なら+1歩、奇数なら−1歩だと、出る目の期待値が0になってしまうが、おそらく√mのオーダーになりそう。

 宿題が沢山ある。ぼちぼち考えよう。
積分定数
2012/01/31 21:33
とにかく地雷が仕掛けてあるマスに止まるかどうか(サイコロをふる回数は問わない、ただし行き過ぎたら失格)ということでしたか。西三数学サークルの掲示板見てきました。地雷マスに止まると大損害なんですね。

間抜けなことを聞いてしまってすいません。

鰹節猫吉
2012/01/31 21:45
もともとの双六のルールとはとりあえず離れて、サイコロを振った場合にn番目に止まるという確率anを求めたいという話なんだけど、

an=(an-6+an-5+an-4+an-3+an-2+an-1)/6

という線型の漸化式になり、スタート地点をn=0を考え、便宜的にa0=1 nが負ならan=0 としておけば、この数列は一意的に決定できる。連続する6個を取り出して、6次元ベクトルとみなせば、この漸化式は行列で表記できる。この行列をジョルダン標準系に出来るなら、anを直接nの式で表すことが出来るかも知れないが、難しそうなので断念する。
積分定数
2012/02/01 12:24
n→∞でanが極限値を持つことを証明する。

第n項から第n+5項の中での最小値をαn,最大値をβnと置くと、αnは広義単調増加、βnは広義単調減少になることが示される。

これはan,βnがそれぞれ極限値を持つことを意味する。自明に思えるかも知れないが実数が完備だから言える性質。有理数だと極限値を持たない場合がある。

α≦β は自明だが、α<βとしてみる。

任意の正の実数εに関して、nが十分大きければ、
n項〜n+5項は全てα−εより大きく、かつ少なくとも1つはβ以上。
n+1項>(5α−5ε+β)/6
=α+(β−α−5ε)

ここで後出しじゃんけんみたいだが、εは任意だから、εとして、(β−α)/5としておけば、

n+1項>αとなる。

「後出しじゃんけん」件だけど、数学の本だと、最初に、εとして(β−α)/5が書いてあって、「何で唐突にそうなるんだ?」と思って読み進めると、後で帳尻が合うようになっていて、「なるほど」となる。

 でも思考の順序から言ったら、最初にεとしておいて後から調整している。

 もっと手抜きするには、「εは任意だから十分小さければ、n+1項>αとなる。」とする。読む方もそれで納得する。

 とにかくそうやってn+1項がαより大きくなることが示された。n+2項以降も同様。そうするとαn+6がαより大きくなり、αがsupであることと矛盾する。
積分定数
2012/02/01 12:52
 ではその極限値は?

 大雑把に言うと、サイコロの目の期待値は7/2。1回振る事に3.5歩進むことになる。だから、スタート地点から十分遠くて、anがあまり変動しなくなった場所では、どこでもほぼ1/3.5の確率になる。

 イメージとしてはこんな感じだが、これをきちんと証明するには技巧を要する。

 大数の法則が絡んでくるから。大数の法則というのは、試行の数が多ければ、平均値が期待値付近になる確率がほぼ1というもので、直感的には明かというか、そうでなかったら確率や期待値という概念が成り立たないのだが、これをちゃんと定量的に表現し証明するのは意外と難しい。

 コインを投げる場合を考える。100億回投げれば、全体を1としたときの表の頻度は0.5に極めて近くなるだろう。実験したことないけど、計算上はそうなるはず。これが大数の法則。

 ところが、表と裏、それぞれがピッタリ50億となる確率は、極めて低い。

 6回投げて、表と裏が3回ずつというのはさほど珍しくない。

 つまり、試行を繰り返すほど、相対頻度は1/2に近づくが、表になる回数そのものは、ピッタリ半分からずれることになる。

 私の理解が間違っていなければ、大雑把に言うと、ズレは√nのオーダーとなる。だからn→∞で大きくなるが、相対頻度の1/2からのズレは、√n/nで0に収束する。
積分定数
2012/02/01 13:07
ある確率変数に関して、期待値がE、分散がσ^2とする。Eからズレがε以上になる確率は、σ^2/ε^2以下であることが示される。

n回試行を繰り返す場合には、
σ^2→nσ^2
ε→nε
と修正することになる。期待値もnEと修正される。

nEからズレがnε以上になる確率は、
σ^2/nε^2以下

これは試行の回数が極端に多いと、平均値が期待値±εの間に収まる確率がどんどん1に近づくことを意味する。

 ここまでの準備をして、極限値が1/3.5となることを示したい。大ざっぱな流れは分かっているつもりだが、技巧的な話になりそうで意外と面倒くさい。
積分定数
2012/02/01 13:22
発展として、目の出方が不均等な場合が考えられる。どの目の出る確率も0より大きければ、上の話を少し修正するだけでいいと思う。

 確率0が絡むと厄介。例えば3が出る確率が1/2,6が出る確率が1/2なら、3の倍数にしか行かない。だから、確率が0でない目を取り出したときに、それらの最大公約数の倍数部分だけを考えればいい。

 だから最初から、確率が0でない目の最大公約数は1である場合に帰着できる。

3が出る確率が1/2,6が出る確率が1/2なら、
1が出る確率が1/2,2が出る確率が1/2の場合に帰着できる。

 問題は、4が出る確率は1/2 5が出る確率は1/2というような場合。

 極限値が存在し、nが十分大きければ、1/9.5付近になることが予想されるが、厄介そう。
積分定数
2012/02/01 13:30
すごろくの問題、計算機で数値計算してグラフにしてみました。

http://blogs.yahoo.co.jp/kindangawa/22149640.html

↑ (問) すごろくの n番目のマスに地雷を配置する。地雷マスに停止するか、または地雷マスを通り過ぎるまで繰り返しサイコロをふる。地雷マスに停止する確率は?

数値計算すると、 28.6% くらいになります。予想通りの結果になりますね。
鰹節猫吉
2012/02/02 00:47
素晴らしい!

数学は紙と鉛筆(私の場合は、ボールペン)でやるものばかりと思っていました。

 パソコンの操作とか私全然駄目で、このブログの解説も人文学部出身の連れ合いにやってもらいました。

 世間で言うところの「理系」のイメージと自分がかけ離れています。

 漸化式などの極限値を求める場合に、パソコンでシュミレーションしたら予測もしやすいのだろうなと思いつつ、どうも紙とボールペンになってしまいます。
積分定数
2012/02/02 07:53
>このブログの解説

このブログの開設

あと、「理系」のイメージの件だけど、世間というか書籍では、理系=パソコンオタク、見たいな捉え方のようで、私自身とは大きく違う。

 私の場合、テレビのチャンネル操作(これも昔みたくチャンネルを回して、調子が悪くなると叩けば良かった時代なら良かったのだけど、最近のはややこしくて・・)や携帯の操作など、覚えるのが苦痛で覚えない。

 「なんで、数学や物理の公式は覚えられるのか?」と言われるのだが、F=maと、仕事は力を位置ベクトルの内積、というのさえ分かっていれば、積分して1/2・mv^2と出るのだから、覚えなくてもいい。何度も求めていれば自然に覚える。

 一時期、公務員の事務職をやっていたが、会計法だと何十万以上は部長決裁が必要だとか何だとか、必然性のないルールが色々あって、「何でみんなこんな複雑怪奇なことを覚えられるのだろうか?」と不思議だった。

 かけ算の順序や、等分除だの包含除だのに関しても、それが人為的恣意的なルールである以上、受け付けない子がいるのではないだろうか?

 私がそういう教わりかたしたら、混乱して数学が嫌いになった可能性がある。
積分定数
2012/02/02 08:10
ツイッターでの #掛算 タグ仲間の @kmic67 さんが発掘してきた怖い話。ほとんどホラー。

http://www18.atwiki.jp/kakezan/pages/42.html

ここで紹介されている話は掛算の順序ネタではないですが、掛算の順序にこだわる教え方に反対する人が絶対に避けたい共通の悪夢の話になっていると思います。

http://blogs.yahoo.co.jp/kindangawa/22149640.html
も見ました。これは参考になります!今度家庭内すごろくを自作するときには6番目のマスに重要なイベントを書き込むことにしよう。

ぼくも紙とペンが大好きで、最近ではパソコンもタブレットPCで手書きしている時間が長くなった。でも、数学的おもちゃ(無料の数式処理ソフトやMatlabクローンやGNU Rとか)も大好きです。

携帯電話からも使える http://www.wolframalpha.com/ は凶悪で行列を対角化してくれたり、各種数式処理もしてくれます。

たとえば http://www.wolframalpha.com/input/?i=diagonalize+%7B%7B1%2C2%7D%2C%7B3%2C4%7D%7D
くろきげん
2012/02/03 20:55
 私もかれこれ20年ぐらい教えています。その本に書いてあるような事例に遭遇したことはないものの、あっても不思議はないなと思いました。

 その本だと、分かっていないのにテストが出来るというギャップが大きいということですが、「満点なのに理解していない」とまではいかないまでも、優等生的に真面目に覚えて何も理解してないというのは、よくありがちというか、同業者でまともに数学を教えようとしている人なら、みんな感じていると思います。

 年々その傾向が強まっている印象はあるけど、客観的にどうなのかは分かりません。でも、この本でも年々強まっていると書いてあるから、やっぱりそうなのか、という感じです。

 パターン覚え込みで勉強した人が塾や学校で教える側になって同じ勉強法を教え込んでいる、という拡大再生産になってしまっている印象です。

 「みはじ」というのを聞いたのが20年ぐらい前で、「どこぞの塾がくだらないことを教えて・・・」と思ったのですが、最近では公立小学校で当たり前のように教えているらしいです。教える人は何の疑問も持っていないようです。
積分定数
2012/02/04 01:14
 「かけ算の順序」も、追求していくと結局そういう面を射程に入れざるを得ない。そして残念なことに、高校数学まで含めて、そういうパターン暗記勉強が蔓延している。

 前に、行列が比例定数の拡張であることを書いたが、これまで教えた高校生で、そのことを理解していた子は1人もいない。

 y=x^2のx=4〜8の変化の割合は?

これを即座に4+8=12と出した中学生がいた。「学校で教わった」という。変化の割合とは何なのか、案の定理解していなかった。y=x^3だともう出来ない。

 でも中学校では、変化の割合を問われる関数は頂点が原点の2次関数と直線しかないので、丸暗記で対応できる。教える方も、それを教えておけばとりあえずは、正とが「出来る」ようになるので教えてしまうようである。
積分定数
2012/02/04 01:24
本当にあった「順序教」
http://ci.nii.ac.jp/naid/110008128363

「2倍の温度」
http://dil.bosai.go.jp/workshop/01kouza_kiso/reigai/f3.htm
http://www.toshiba.co.jp/about/press/2004_03/pr_j2901.htm
ゴルゴ・サーディーン
2012/02/04 23:27
「2倍の温度」、かなり違和感がある。絶対温度なら分かるが。

 理論上は、水の融点と同じ温度にしたときとのエネルギーの差に関して、こっちはそっちの2倍、とか無理矢理に作れないこともないが・・・・

 ただこれは、私が物理や数学をやる中で自然に身につけた感覚であって、

「『2倍の温度』という言い方はおかしい」と指導するという話ではない。

 外延量・内包量もそうだけど、

 ちゃんと理解したら2%濃度と3%濃度を併せて、5%にしないわけで、

 「5%にはならない。単純に足し算できない」と指導するのとは話が違う。

 ちゃんと理解するような指導を目指すべきで、「5%にしない」というのは、その結果である。
積分定数
2012/02/04 23:45
「郵便番号が2倍」とかも意味が無いですね。

・0に意味があって、和に意味がある(=量)
・0に意味が無い。差を比べると意味がある(摂氏、標高など、量にオフセットがかかっているもの)
・0に意味が無い。差にも意味が無い。大小関係だけ意味がある(モース硬度)
・0にも順番にも意味が無い(郵便番号とか)
M
2012/02/05 08:59
0に意味があるかどうかは、測定データのグラフを読み取るときなどに重要で、軸が Arb. unitsでも0が意味がある場合と、オフセットが乗っているなどで0に意味が無い場合とはきちんとみわけないといけません。でもあまり理解していないひとも多いようです。
M
2012/02/05 09:08
もちろん、分類することに価値があるわけではなく、それぞれの数値にどういう理解をするべきかを整理しているだけです。でも、分類することが教育なんだという勘違いが必ず出てくるんだよなぁ…
M
2012/02/05 09:11
あと、もうひとつ、地震のマグニチュードのように、量の関数形の表示がありますね。直接は和には意味が無いけど、量に関数でリンクしている数値。
M
2012/02/05 09:13
まだありました。
音の大きさデシベルのように、物理量の対数を取ると人間の感覚としては比例しているように感じられるものがあります。これも単純に足し算はできないですけど、感覚的には「2倍うるさい」というのはある。
M
2012/02/05 09:19
Mさん、

>・0に意味が無い。差にも意味が無い。大小関係だけ意味がある(モース硬度)

いわゆる差には意味が無い「相対評価」ですね。ところが、意味があるように勘違いしてしまう例があります。
車雑誌などで、乗り心地、デザイン、燃費、ハンドリングなどを点数評価して、合計点でランクを付けるようなことをしていますが、合計出来るものではありませんね。

これくらいなら罪も軽いですが、国交省を始め各自治体は公共工事の受注者選定に、総合評価落札方式というものを採用する場合があります。入札額だけでなく、他の要因も総合的に評価して決める方式です。その要因に「定性的評価項目」というのがあり、文字通り、定量的には評価出来ないものです。ですから、A,B,Cとか甲乙丙のような優劣記号であらわされるべきもので、当然、他の定量的項目と加算出来ません。しかし、10点、5点と点数を付け(根拠はない)、他の項目と加算して総合評価としています。
zorori
2012/02/05 09:29
 結局、数字にすることで客観性があるような装いを付けられるということなんでしょうね。

 ラーメンなら、スープが何点で、・・などとしなくても食べてうまけりゃうまい、まずけりゃまずい、で値段との兼ね合いで、個々人が判断すればいい。

 これは市場に任せればいいけど、

 建築だとか、医療は、専門でない一般の人にはその良し悪しがすぐには判断できない。

 だから、法律やら業界団体で、資格や認定がある。

 塾も、同様の理由で、業界団体が認証する動きがある。認定料とかかかるだろうし、それで金が動くことになれば利権になりかねない。法的義務はないから無視しているが。

 公共事業のように、税金が関係してくると、なおのこと「客観性」が求められるのでしょうね。
積分定数
2012/02/06 09:38
>でも、分類することが教育なんだという勘違いが必ず出てくるんだよなぁ…

これは本当に困ったことですね。

何度も書いたけど、私が、濃度が2%と3%の食塩水を混ぜても5%にならない、と分かるのは、

「加法性がなりたつ量」と「加法性が成り立たない量」の2つのカテゴリーがあって、濃度は後者だから、

と判断しているわけではない。速さや温度のアナロジーを考えているわけでもない。濃度の意味から当たり前、と思っているだけ。

「それは出来る人の視点。出来ない人はそうではない。」という反論をよく聞くが、量をあれこれ分類して覚えるという作業は、出来ない子には苦痛でないのか?それよりはそれぞれの量それ自体の意味を理解させた方がいいと思うが。「それが出来ないから、・・・」と言われそうだが、分類の方がやさしいとも思えない。
積分定数
2012/02/06 09:48
波長は長さだから外延量?

赤の波長と青の波長を足しても、紫の周波数には多分ならない。

 周波数は?1秒あたりの振動の回数だから内包量?

 周波数fとgの音を同時に鳴らしても、f+gの周波数の音にはならない。加法性が成り立たない。なるほど、内包量だ!

 あれ、うなりが聞こえる。

うなりの周波数は、|f−g|

減法性が成り立つという新しい量の概念が必要。
積分定数
2012/02/06 09:54
>「2倍の温度」

 私も、2倍の温度というものがあるとすれ
ば絶対温度で言う場合だけだと思います。

>「『2倍の温度』という言い方はおかしい」
>と指導するという話ではない。

 なるほど、それは新鮮な見方です。

 それと、dil.bosai.go.jp のサイトにあっ
た、摂氏での気温×日数 という物が考えさ
せられます。
 物理としては「ハァ?」な代物であると言
いそうになりましたが、私だって、1日や1
ヶ月の平均気温を求めるには一時的に温度を
足しますね。
足せるなら、日数を掛けることだって出来ま
すね。
ゴルゴ・サーディーン
2012/02/06 23:21
 「仮平均」みたいな考え方として、摂氏0度をとるというのは有りかな。あと、0をどこにするかというのはともかく、差に関してはエネルギーの差を意味するので、足したり、平均を出したりはありかな。相乗平均はあまり意味がなさそう。

 相乗平均が何らかの意味を持つことはあり得るが、その場合、ある温度との差の相乗平均となるはずで、その「ある温度」が摂氏0度になるのはかなり偶然。

 相加平均であれば、基準点がずれれば、それに応じて相加平均もずれる。


 酸性・アルカリ性を表すpHは、平均を出してもあまり意味がなさそうだが、定性的な大ざっぱな比較としなら、平均値をとるという操作も有りなのかな。
積分定数
2012/02/07 07:37
 森毅は、国語と英語と数学の点数を足すことは、長さと時間と面積を足すようなものだと書いてあった。

 そのときは、「なるほど!」と思ったが、そういうテストの矛盾を指摘するのと、かけ算の順序の話は関係ない。

 テスト自体がいい加減でナンセンスなものだからといって、「順序が逆でバツになる」などというの些末なことでどうでもいい、とはならない。

 「根元的根本的な主張」をする人は、往々にして日常の個別具体的な、個人的には切実な問題を、相対的に“小さな事”としてしまいがち。森を見て木を見ず。

でも、凡人にとっては重箱の隅の連続が日常。
積分定数
2012/02/07 07:46
 同系統の哺乳類は寒い地域ほど大きいという傾向があるらしい。

移入種である慶良間鹿<本州の日本鹿<北海道の蝦夷鹿

面積:体積 が大きいほど奪われる熱の相対量が減るかららしいが、子どものときにそういう説明を読んで、面積:体積 というのに違和感を持った。

 1平米と1立米が1:1 でも 平方センチと立方センチ で比較したら、1万:100万 = 1:1万になってしまう。

 この場合、比そのものに意味があるのではなくて、比と比の大小関係に意味があるのだから、基準量が統一してあればいいのだろうな。

 でも、異なる単位の比を無次元で表記するのは違和感がある。本来なら、1m^2:1m^3 とすべきだろうな。これを、1:1mという具合に、m^2で割っていいのかどうか、何となく違和感があるが、別に構わないんだろうな。
積分定数
2012/02/07 07:57
 高校時代の違和感。

線密度ρの電荷を帯びている無限に長い金属から距離aと距離b離れたところの電位差。

 距離xでの電界が1/xとなる。比例定数は省略。

電圧差はこれを積分すればいいのだが、logxという具合に、真数が長さの単位を伴ってしまうのが気になった。

最終的には定積分にするから、
loga−logb=loga/bとなり、真数は無次元となる。

また、xをLmとして、Lは無次元の数、mをメートルとすれば、

log(Lm)=logL+logm と出来る。logmの正体は不明だが、電圧は差をとらないと意味がないから、logmが何であれ、消え去る運命にある。

 そう思って、納得することにしたが違和感は残った。そのうち慣れて気にならなくなった。

 単位と単位を掛けたり割ったりというのも、今となっては当たり前だけど、最初は違和感があったかも知れない。
積分定数
2012/02/07 08:06
対数は 1/x を積分したものと考えればいいことですね。

dxをxで割れば無次元になるという、物理学科的なおおらかな考え。


定積分が既知のものとすれば、 e^x は Sdx/x の逆関数と定義もできる。

鰹節猫吉
2012/02/07 19:58
  e^x は Sdx/x の逆関数と定義もできる。

e^xやlogxの性質はそこから全部出せますね。昔、数学セミナーの「エレガントな解答」でそんなのがありました。
積分定数
2012/02/07 21:40
くろきさんのツイッターから
>「向き」(orientation)を考慮した面積や体積を考えれば面積や体積は自然に負にもなりえます。

ところが高校までの数学では、“面積・体積は正”が建前。だから、定積分で面積が求まることの説明もややこしくなってしまう。

 a≦x≦bで0≦f(x)となるグラフと
x軸とx=a、x=bで囲まれる面積がa〜bの定積分で求まることが説明してある。

 その後、a≦x≦bで、g(x)≦f(x)となる2つのグラフとx=a、x=bで囲まれる面積が
f(x)−g(x)をa〜bまで定積分すれば求められるとあるのだが、その証明は、

まず、f(x)とg(x)が常に正の場合についてなりたつこと(※)を証明してから、

負になる部分がある場合は、適当な正数kを用いて、
f(x)+k、g(x)+kとして、これが常に正になるようにして、f(x)+kとg(x)+kに関して、(※)を適用する。

 「負の面積」という概念を認めればこんなややこしいことは不要。aとbの大小関係を考慮する必要がない。

 定積分の向きが負の方向に進めば、面積が負として計上されると考えればすむ。「裏返しにしたら面積は負」という考え方で、場合分けは不要となり、簡潔に美しくなる。

 でも、「負の面積」というのはわかりにくい、という配慮なんだろうな。

 まあいいんだけど、

 「負の面積」というものを考えたら非常に合理的ですっきりする、と気づいた生徒に、「それは間違いだ」というような事は、まさかしないですよね?不安だ。

 受験数学の問題だと、「面積は正」ということになっているから、そのあたり、混乱しないようにしなくてはならないが、それを恐れるあまり、角を矯めて牛を殺すことにないようにしてほしい。
積分定数
2012/02/08 17:15
 面積の向きを付ける発想をさらに発展させれば、空間内の平面の領域の面積をベクトルとみなすことが出来る。ベクトルの向きは面に垂直な方向。

 この発想は応用範囲が広い。四平方の定理も、ヘロンの公式なしに直感的に理解できる。
http://daiba-suuri.at.webry.info/201011/article_1.html

空間内の線分もベクトルと見なせるし、面もベクトルと見なせるが、線分の場合は線分の方向、面の場合は面に垂直な方向をベクトルとすることになり、一貫性がない。

 方向ベクトルと法線ベクトルの違い。

 3次元空間だから1次元の線分と2次元の面しか考えられないが、一般的なn次元空間で一般論がどうなるのか、よく分からない。

 電磁気学を勉強したときに、ベクトル解析だとか、素トークスの定理とかすごく面白いと思って、物理そのものよりもそういう手法の方に関心が言ってしまった。

 発散の体積分が面積分になるのは、n次元にすぐに拡張できると思ったが、∇×ベクトル場 の面積分 と戦績分の対応はn次元に拡張できるのだろうか?そんなことを昔考えていたが、結局よく分からないまま。

 そんな中でいかのようなことに気づいた


 n次元空間でn本のベクトルが作る平行四辺形のn次元バージョンの測度(面積や体積を一般化したもの)はその行列式で表されるが、

n次元空間でm個の(n≧m)ベクトルが作る領域のm次元測度は?

例えば、空間ベクトルが2つ与えられた場合、それらが作る平行四辺形の面積は?

これは、m個のベクトルによって作られる、m行n列の行列とその転置行列を掛けたm次正方行列の行列式の1/2乗となる。
積分定数
2012/02/08 18:15
 それはともかく、「面積は正しかありえない」と生真面目に考えるのではなく、「負の面積」という概念を導入することで、すっきりとして、一般論が展開しやすくなる。

 内包量・外延量、等分除・包含除、求差・求残・求補、添加・増加、という概念はどうか?

 この概念によってすっきりするのだろうか?

 むしろ、算数・数学が見えにくくしているように思える。

 何度も言うが、算数を教える上では必要な概念であることまでは否定しない。肯定もしない。

 でも、算数・数学を理解する上では不必要な概念であることは断言できる。

 少なくとも私には不要な概念だった。
積分定数
2012/02/08 18:22
n次元ユークリッド空間内のm本のベクトルで張られる平行2m面体の体積はm本のベクトルの外積の(m次の外積空間での自然な計量に関する)ノルムに等しくなります。行列式の絶対値が平行2n面体の体積であることや、n=3でm=2のときベクトルのベクトル積のノルムが平行四辺形の面積になることは、これの特別な場合。こういうことをしっかり書いてある教科書を知らない。誰か書くべきだと思う。
くろきげん
2012/02/08 22:36
>何度も言うが、算数を教える上では必要な
>概念であることまでは否定しない。肯定も
>しない。

 ということは、内包量・外延量に関しては
私はもっと過激派ということですね。
 「ある量が内包量に見えたり外延量に見え
たりする場合がある」などという説明は生ぬ
るいのであって、
 「内包量・外延量は、掛け算を1回限り行
  う時にのみ意味をもち、ある計算の結果
  を内包量(or外延量) と呼んでもそれを他
  の数式に代入するときも内包量(or外延量)
  かどうかはさだかでない」
ということを明言すべきだと思います。

 私は「内包量・外延量」という言葉の価値
はラストエンペラーの威光のような物だと思
っています。
 映画「ラストエンペラー」の中で溥儀が臣
下から
 「あなたはこの紫禁城の中でだけ皇帝です」
と告げられる、それと同じような物だという
事です。
ゴルゴ・サーディーン
2012/02/08 22:40
>くろきげんさん

どうも有り難うございます。やはり、n次元の容れ物の中のm本のベクトルが張る領域の測度が求められるのですね。m=n−1でなくても、外積を定義できるのですね。

 そんなようなことが書いてあったかな、と思いつつ、ほとんど読んでいなくて、本棚の飾りと化している「線型代数」(佐武一郎・裳華房)
「ベクトル場と電磁場」(有馬哲・浅枝陽・東京図書)
あたりをぱらぱらぺくったら、このあたりのことを勉強したくなってきた。いつになることやら・・・
積分定数
2012/02/09 08:45
 行列式が、平行四辺形や平行6面体の体積になるなら、一般のn次元でもそうだろうと、最初の大学1年のときに思った。

 でもどうすればいいのか分からなかった。3次元の場合ですら、6面体を、xy平面に平行な平面で切り取った面積をzで積分するというのがかなり難しい。

 切り取る面が、三角形だったり六角形だったり、場合分けも面倒くさそう。ともて、n次元の一般化は無理。

 それから随分経ってから、一般的な領域について、線型変換を施した場合に、測度が行列式倍になることを示せばいいと分かったが、この証明がなかなか大変だった。

 線型変換ではなく、一般の連続関数ならヤコビアンが出てくるが、この証明も大変だった記憶がある。

 Δx、Δyをともに0に近づけるのだが、近づける速さを同程度にしないとうまくいかなかった記憶がある。

 最初に疑問に思ってから十数年が過ぎていた。
積分定数
2012/02/09 08:57
>ゴルゴ・サーディーンさん

 否定も肯定もしないというのは、戦術なんですよ。教育的効果があるとかないとかって、検証するのは難しいと思うのです。「教える上でも必要ない概念」と内心思っても、その根拠を提示することは出来ない。

 一方、全くナンセンスな概念であることを示すことはいくらでも出来る。

 「これだけナンセンスな概念が、教える上では必要な概念ということであれば、その論拠を示して下さい」
と言えるわけです。

 説明責任は向こう側にあるので、敢えてこちらが、向こう側の土俵にのることもないかな、と思ってのことです。

 例えば、引き算の求残と求差、算数を勉強する側には全く不要な区別だと思うけど、求算的文章題は理解しやすいが、求差的文章題は理解しにくいというのがあるらしいから、教える側には必要な概念かも知れない。それは認めてもいいと思うのです。「どっちも同じ引き算じゃないか」と言ってしまうと、「これだから、数学が出来て算数教育が分かっていない素人は困る」と言われかねない。

 内包量・外延量も、「外延量は理解しやすいが、内包量は躓きやすいので、丁寧に教える」という程度の話なら、それほど問題にすることもないと思うのです。

 しかし、教える側が、「求残と求差は全く別のこと、同じ引き算でも異なる意味がある」「内包量・外延量はwell-difined」などと思っていたり、その“区別”を子どもに強要するなら、話は別。
積分定数
2012/02/09 09:27
 割り算の等分除と包含除の区別だとか、かけ算の順序というのは、まさにこの様な区別を強要していると言えるのだけど、割り算の方は、表記法で区別されないから、あまり問題になっていない。かけ算の順序に拘る人が等分除・包含除の区別をうるさく言わないのはダブスタではあるのだが、それを憂う人もいる。

http://www.jtu-k.com/study/img/070328Taro10-03kyoukenisihara.pdf
>教科書のほとんどはわり算はかけ算の逆算で指導す
るようになっている。しかしこの方法からは等分除と包含除の操作の決定的な違いは認識できない。等分除と包含除はそれぞれに独自の操作から導かれる演算であるとして指導される必要がある。

 等分除と包含除、決定的に違わないって。「かけ算の逆算」でいいんだって。

 yはxに比例して比例定数は3、zはyに比例する。その結果、zはxに比例することになり、その比例定数は12である。zはyに比例するのだがその比例定数は?

 答えは4だが、12÷3は等分除?包含除?

z=□・3x これが 12xになるのだから、
□×3=12 となる□を求めることになる。かけ算の逆という理解で何の問題もない。□がいくつ分か、1あたり量かなんて考える必要はない。


しかし、この手の実践報告を見ると思うのだが、出来るようになった子が増えたのは、教える手法が有効だったからだろうか?

 教師が熱心だったのが要因かも知れない。

 対照実験しないと分からないような気がする。
積分定数
2012/02/09 09:30
 n次元空間の外積は、n−1本のベクトルでだけ定義されると思っていたが、そうでもないのかな。

 n個のベクトルを並べて行列式を作る。1つのベクトルに注目して、それだけを変数とみなせば、これは、n次元ベクトル空間からスカラーへの線型写像と見なせる。外積とはその線型写像のことだとすれば、

 2つのベクトルを変数とみなせば、2重線型写像が外積、という具合に拡張できそう。

 大きさは空間上で2本のベクトルが作る平行四辺形の面積、向きは面に対して垂直方向

 というイメージに囚われているとなかなかこうは発想できない。

 イメージは大切だがそれを捨てることも重要。

 遠山啓が、ベクトルを矢印で導入するとそこに囚われて応用できないから、矢印での導入をやめたらどうかと言っていたが、

 むしろ、最初に出会ったイメージを捨て去ることを学ばせた方がいいように思う。

「数学の学び方・教え方」(遠山啓・岩波新書)では 分数のかけ算を面積で導入するのはいいとしても、割り算に関しては、結構ややこしいことをやっている印象がある。初学者にわかりやすいとも思えない。

 単純にかけ算の逆として形式として、2/3に何を掛けたら、4/5になるのか?とした方がわかりやすいと思うのだが。

 イメージやアナロジーは、理解のための有用な道具ではあるが、それに振り回されると本末転倒である。
積分定数
2012/02/09 11:43
> むしろ、最初に出会ったイメージを捨て去ることを学ばせた方がいいように思う。


全く同感です。

関数がベクトルというのを知ったときはビックリでした。

鰹節猫吉
2012/02/09 18:40
私も驚きました。微分は線型変換で行列!?

空間ベクトルが3つ成分が並んだ物なら、無限個並べば数列、連続的に並べば関数、

いずれにしても、最初にどう導入したところで、新たな概念への脱皮は避けられない。であれば、その場その場でわかりやすい導入をすればいいと思う。

 かけ算を累加で導入してもいいと思うのだが、・・・
積分定数
2012/02/09 21:18
かけ算の順序の話ではないが

http://matsuo-tadasu.ptu.jp/essay__120128.html
 この授業の終わりの方で、利潤率計算の仕方を説明したとき、終わってから学生が質問に来ました。なぜあっちの場合は「n」を分子だけにかけるのに、こっちの場合は「n」を分子と分母にかけて、しかも答えが同じになるのかというようなことを言っています。「分子と分母にかける」ということの意味がよくとれなかったのですが、その日した例題は、違う設定なのにたまたま答えが同じだったので、とりあえずその旨答えて納得してもらいました。しかし釈然としてないような表情だったので、このことがずっと気になったのです。
 そしたら数日後、突然、雷に打たれたように、「分子と分母にかける」と言ったことの意味がわかりました。ボクが黒板に、
    分子の式
   ───── n
    分母の式
とうっかり書いたことが敗因だった! 分子と分母の間の線の真横にnを書いたから、分子と分母の両方にかけると思われたのだ。
 全国の教員のみなさんには、こういうこともあるのだということにご注意いただいて、今後の授業に活かしていただければ幸い。

 
  b
a・−
  c

ab
−−



−・b



どれも同じ事なのに、

「a、かける、c分のb」と「c分の、aかけるb」と「c分のa、かける、b」は答えは同じでも意味は全く違います、

などと教えた教師がいて、それが原因

なんて事はないですよね?
積分定数
2012/02/10 09:01
イメージについてですが、対数関数を複素数に拡張すると多価関数になってしまい、従来のイメージが壊れてしまう。1/zを積分したものなんだと考えてみると、複素平面で原点の周りを回るたびに 2πi 加算と考えて、また新しいイメージができる。


イメージを作ったり壊したりという過程を数学を勉強するときに経験するのが普通だと思います。



「ずつ」というキーワードを探して、「1あたり量」を見いだして立式なんてやるのは馬鹿げた話でイメージを作ったり壊したりの経験・試行錯誤のほうがよほど大事ではないかという気がします。

鰹節猫吉
2012/02/10 12:42
 概念の拡張の過程で、それまでのイメージではうまくいかないことがありますよね。で、そこを打破すると、これまでのイメージを特殊な場合として含むもっと一般的な物になっていたり。

 2の−1乗は、1/2というのも、指数法則からそうせざるを得ないと言う形式的理解、

1時間で2倍になるとすると、1時間前は1/2

とか、色々考えられる。

 2を−1回掛けるというのは、かけ算の逆操作である割り算を一回やる、とも解釈できる。

 どれが正しいとかではない。自分が納得できる物を採用すればいい。

 とにかく、2の−1乗は1/2とすることで全て丸く収まるという歴然たる事実がある。

 かけ算の順序派は、水道方式を標榜するサイトの文章を見ると、意味やイメージを固定的にとらえてしまっていて、「こう考えないとならない」という思い込みがあるようで底の浅さを感じる。

 「かけ算は累加ではない」などと断言するのは論外だし、「累加として導入すると分数や小数で躓く」というのも、本当に色々検証した結果なのか疑問に思える。

 躓く子もいるだろうけど、躓いては立ち上がりを繰り返しているうちに、少しばかりの擦り傷なら自然に治る。

 これに関しては私自身が小学生に算数を教えていないので説得力がないが、

「自分が実際に教えていて、累加で導入するよりも、1あたり量×いくつ分の方が躓かない」

という人がいたとしても、本当に客観的に検証したのか、感覚と先入観で言っているだけなのかわからない。

 現場で携わっているから正しく認識しているとは限らない。
積分定数
2012/02/10 14:28
>かけ算の順序派は、水道方式を標榜するサイトの文章を見ると、

かけ算の順序派や、水道方式を標榜するサイト
積分定数
2012/02/10 14:30
http://www.amazon.co.jp/dp/4491027811
「クチコミ」を書くことができるんだよね。楽しみ楽しみ・・・
積分定数
2012/02/10 14:31
>http://www.amazon.co.jp/dp/4491027811
表紙に出ている名前を、http://ci.nii.ac.jp/
で検索してみましたが、ほとんど有料の論文
ばかりでした。残念。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

話変わって、人間の理解力の限界について。
「鏡で左右が逆になるのに、上下が逆にな
 らあにのは何故」
という古典的(?)な問いへの答えに、こうい
うのがあります。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1438696294
http://www.jcss.gr.jp/symposium/2006.html

 前者はわずかなスペースで完璧な答えを
示しており、後者は、物理学者と心理学者
が3時間半も“シンポジウム”で語ってい
ます。
 まったく、人間の理解力とはなんだろう
と思わずにはいられません。
「プラトン以来議論されてきたが定説が無い」
って、それは「地平線ちかくの月が大きく
見えるのは何故」という件なんじゃないか
なあ…
ゴルゴ・サーディーン
2012/02/10 23:15
向きも考慮した体積の話の続き。

3×3の実行列式の絶対値は平行六面体の体積になるのでした。そして行列式の符号(正負)は平行六面体の向き(orientation)を表現していると解釈できる。つまり、3×3の行列式は向きも考慮した平行六面体の体積を表わしていると考えることができるわけです。

この意味での向き(orientation)とは右手系と左手系の区別のことです。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%B3%E6%89%8B%E7%B3%BB
のように行列式の正負で右手系と左手系の区別を導入しても良いのですが、それでおしまいにすると向き(orientation)の概念が位相幾何的(topological)な概念であることを納得できなくなってしまいます。

本当は右手系の基底全体の集合が連結であることも示しておかなければいけない。標準基底を連続的に変形してあらゆる右手系の基底(行列式が正の基底)を作れますが、これは非自明。

あたりまえのことですが、「鏡映変換は鏡に垂直な方向の向きを逆転させる」と「鏡映変換は右手系と左手系の区別の意味での向きを逆転させる」は数学的には別の主張になります。
くろきげん
2012/02/11 15:12
>数学的には別の主張になります

あ、そうなのですか。勉強になります。
ゴルゴ・サーディーン
2012/02/11 18:56
>ゴルゴ・サーディーンさん

 鏡の件は、私自身は疑問に思わなかったけど、質問されたらうまく答える自信はないです。子どももそうで、正しく理解しているけど言葉に出来ないことはあると思うのですが、そうすると「子どもが逆順とした理由をきちんと説明できたら○にする」という順序派の中の穏健派の主張も疑問に思えますね。一方の順序の方にのみ、負荷を掛けているわけで、そうすれば子どもはそれを回避するために、サンドイッチだろうが「ずつ」が先だろうがとにかく教師が求める順序を書くことを優先するわけでこれがかけ算の理解工場になるとは思えない。

 鏡の件は、鏡を地面に置いたら上下が逆。垂直に置いた場合、左右ではなく前後が逆。移った先に自分を置いて「左右が逆」と言っているに過ぎない。左右の定義が相対的だからそう思えるだけ。

という感じかな。

左右は見る視点によって逆転する。

野球で守備側から見ると右がレフト、左がライト。レフト、ライトはホーム側から見てのこと。

政治思想の左翼・右翼も、フランスの議会で議長席から見て左側にジャコバン派、右側にジロンド派が座ったから。議員の側から見たら逆になる。

 磁石のS極・N極はややこしくて、コンパスで北に向くの方がN極。ということは、地球は磁石としては北がS極。日本人の場合、単なるSとNを単なる記号とみなすだろうからあまりに気にならないが、Sがサウス、Nがノースの頭文字だと考えると、ややこしくなってしまう。
積分定数
2012/02/12 08:46
>くろきげんさん
>標準基底を連続的に変形してあらゆる右手系の基底(行列式が正の基底)を作れますが、これは非自明。

なるほど、言われてみればそうですね。直感的に当たり前だと思っていましたが、証明が必要ですね。

さてどう証明しようか。逆は自明なんだけど・・・
積分定数
2012/02/12 09:41
 何とか証明できた。

 もう少し厳しく、行列式が等しい行列同士は行列式の値を変えないで連続的に互いに変形できる。さらにこの変形は、パラメータtの1次式による変換を有限回行うことで出来る。(線型代数で、三角関数や指数関数などの超越的関数は、なるべく使いたくない。1次式で済むならそうしたい。)

■予想その1

 基底の変換だけではなく、一般的な座標変換に関しても同様のことが言えるか?

 つまり、R^n→R^nの全単射で滑らかな写像f、gがあり、ヤコビアンがともに正(またはともに負)のときに、パラメータt(0≦t≦1)を伴った写像h-tが存在し、t=0でf、t=1でg、写像h-tをtの関数とみなしたときに連続で、また任意のtにおいて、h-tは滑らかでヤコビアンは常に正(または常に負)となるh-tが存在する、

といえるのか?多分言えるのだろうけど、難しそう。

1次元ベクトル空間ならさほど難しくなさそうだが、2次元以上で既に難しそう。直感的にはほぼ自明だが・・・


■予想その2

 複素ベクトル空間の場合、右手系と左手系の区別は多分、なくなる。

10
01

この1-1成分に関して、
1−t+tiとして、tを0から1まで動かすとiになる。
(1−t)i−t としてtを0から1まで動かすと−1になる。

この過程で行列式は0になることはない。
積分定数
2012/02/12 17:14
n次の正則行列は、行列式の値を変えないで連続的に変形して、n-n成分以外が1である対角行列にする事が出来る。n-n成分は元の行列の行列式の値

 証明の概略

1-1成分が0の場合
第1行のすべてが0ということはない。もしそうなら行列式は0で正則ではなくなってしまう。
1-m成分が0でないとする。第1列+t第m列を改めて第1列とする。tの値によらず、行列式の値は不変。tを0から1に変化させることで、1-1成分が0でないように出来る。

 行列式を不変にして連続的に変化させることで、1-m成分以外の第1列の各成分と第1行の各成分を0にする事が出来る。

a00000
0■■■■■
0■■■■■
0■■■■■
0■■■■■
0■■■■■

こんな具合になる。

■■■■■
■■■■■
■■■■■
■■■■■
■■■■■

これに関しても同様の操作が出来る。それを繰り返すことで、行列式の値が不変な連続的な変形で、対角行列を作ることが出来る。

a0
0b

とあって、aが負だったとすると、これを行列式を不変にして連続的に変化させることで

−a  0
 0 −b

とすることで1-1成分を正に出来る。詳細は省略。

これを繰り返すことで、n-n成分は元の行列の行列式の値、それ以外の対角成分は1とする事が出来る。
積分定数
2012/02/12 18:12
まだ途中だった。

n-n成分以外の対角成分が全て正の対角行列という状態。

1-1成分をa(>0)、n-n成分をbとする。
1-1成分をta、n-n成分をb/tとして、tを1から1/aに連続的に変化させることで、行列式の値を変化させないで1-1成分を1に出来る。

2-2成分以下でも同様。

これで、n-n成分は元の行列の行列式の値、それ以外の対角成分は1とする事が出来る。

 最後は、n-n成分の値を連続的に変化させて、0をまたがないで+1または−1にする事が出来る。この段階では当然行列式の値は一般には変化するが、符合は維持される。
積分定数
2012/02/12 18:19
http://twitter.com/#!/search/realtime/%23%E6%8E%9B%E7%AE%97
>文科省はまだ橋本文法を真面目に受け取っているので、「は」は英語の主語と同等であると誤った指導をしてしまうる。

ちなみに、「像は鼻が長い」を書いた三上章は数学教師だった。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E8%AA%9E#.E4.B8.BB.E8.AA.9E.E5.BB.83.E6.AD.A2.E8.AB.96
ただし、三上の説に対する形で日本語の文に主語が必須であると主張する学説は、生成文法や鈴木重幸らの言語学研究会グループなど、主語に統語上の重要な役割を認める学派を除いて、少数派である。森重敏は、日本語の文においても主述関係が骨子であるとの立場をとるが、この場合の主語・述語も、一般に言われるものとはかなり様相を異にしている[47]。現在一般的に行われている学校教育における文法(学校文法)では、主語・述語を基本とした伝統的な文法用語を用いるのが普通だが、教科書によっては主語を特別扱いしないものもある[48]。

「かけ算の順序」に状況が似ている。
積分定数
2012/02/13 09:18
 英語を勉強しているときに、日本語の文法はどうなっているのだろうか?と気になった。無意識に使っているからかえって法則が見えにくい。日本語に「主語」って概念はないのではないかと思えた。

 そんなおり、金谷武洋という人の、「日本語に主語はいらない」「英語にも主語がなかった」という本を読んで、納得することが多かった。

 そのころ塾に勤めていて(今は自営)、中学生には5科目を教えることになっていて、日本語文法も勉強したのだが、納得できないことが色々でてきた。

「笑う」は自動詞だが、「〜を笑う」は他動詞だとか。

「日本語に主語はいらない」によれば、日本語の自動詞・他動詞の区別は、対になったときに生じる概念で、「笑う」それ自体は自動詞でも他動詞でもない。

「あける」は、「夜が明ける」「夜を明かす」という対比では自動詞。「あく」との対比では他動詞。

 ローマ字表記にしたときに、終止形の語尾が「aru」なら自動詞、「asu」なら他動詞。どちらかの一方の印を付ければ区別できる。

「うごかす」は「su」があるから他動詞だと分かるので、「うごく」の方は自動詞だと分かる。

「まがる」は「aru」だから自動詞。だから「まげる」は他動詞だとわかる。

「まわす」「まわる」のように両方印を付けるのが少数。

「割る」「割れる」は例外だが、これを含めて、上記の規則に当てはまらない同士についての考察も書いてある。

受け身−自動詞−他動詞−使役

という構造を提唱している。なかなか面白い。
積分定数
2012/02/13 09:33
ただし、「英語にも主語がなかった」は、英語のSVO構造や他動詞重視、発言者も含めて空から見下ろす視点というのが、アフガン・イラク戦争と絡めて語っている。

 英語を基準として普遍文法を提唱しているということで、チョムスキーをブッシュに例えている。

 このあたりは疑問だった。

 三和酒類株式会社の「季刊 iichiko」(焼酎メーカーがこういう雑誌を出していることを初めて知った)で「 金谷武洋の日本語論」という特集があって、その中で岡智之という人が、ナショナリズムになる危険性を指摘して、米国の政策を批判するならチョムスキーのように、言語論とは切り離してやるべきだといっている。「日本語」によって抑圧されてきた朝鮮・台湾・アジアの視点が欠けているとも指摘している。

 私が思う程度の疑問はやっぱりちゃんと指摘する人がいるわけで、この雑誌に当の金谷武洋自身も登場するわけで、そうやって批判したり疑問点を表明したりするのは、健全なことであると思った。
積分定数
2012/02/13 09:49
 色々書いたけど、私自身は言語学も国語も全くの素人で、専門家からすると「そこは違う」とか言われるかも知れない。

 中学校でやる日本語文法の参考書の記述には疑問点が多々あったが、金谷武洋の本の記述は合理的で明快であると感じた。あくまで素人の感覚だが、そう思えたということ。
積分定数
2012/02/13 10:01
チョムスキー理論は、機械翻訳に貢献していると思うのですが・。
国文法は外国人向けの日本語文法としては、評判が悪いみたいです。
(ケータイからコメント)
おおくぼ
2012/02/13 19:58
ぼくは言語学の一般向けの紹介としてはピンカー氏の本が楽しめました(ヒトが生まれ付き持っている言語習得の能力に関するチョムスキーの研究の紹介を含む)。

以下を順番に読むのがおすすめ。

『言語を生みだす本能』の上下巻
『人間の本性を考える〜心は「空白の石版」か』上中下巻
『思考する言語』上中下巻
どれもNHKブックス

個人的に教育関係者は必読(どれか一つで十分)だと思っています。なぜならば赤子も含む人間の子どもが何でも書き込める白板であるというような考え方を徹底的に破壊しているから。

科学的な情報はたまに更新しておかないと古臭い偏見に騙されて損をしてしまいます。

ピンカーさんが書いたものはかなり面白いです。よくもまあ、ここまで面白く書けるものだと感心してしまいます。
くろきげん
2012/02/13 21:06
あとツイッターでぼくがフォローしている方のブログ記事も紹介しておきます。

思索の海
金谷武洋『日本語に主語はいらない』批判記事一覧
http://d.hatena.ne.jp/dlit/20071216/1197757579
くろきげん
2012/02/13 21:16
日本語の文法の本で私が読んだのは、、「像は鼻が長い」の他に、「日本語はどんな言語か」小池清治、「日本語練習帳」大野晋などです。「は」が主語以外のものを示すと最初に述べたのは山田孝雄でなんと明治41年。「学校文法」は困ったことにそれ以前の状態と大差ないと嘆いています。
私が、知ったのも大人になってから随分後のことでした。

自己紹介で「私は山田です」と「私が山田です」では、全く意味合いが違うことは日本語のネイティブスピーカーなら、だれでも理解出来ますが、「学校文法」では区別できませんね。
zorori
2012/02/13 22:24
日本語にあるのは主語でなく主題ですね。
「わたしはうなぎだ」ってやつ。

いまだに教科書は主語述語で教えているようです。「学校文法」なんて言い方も(否定的ニュアンスで)されているようですね。改めなければいけないのは算数教育ばかりではないようです。
M
2012/02/14 09:02
 みなさん、色々情報有り難うございます。このあたりのことにも興味があるので、勉強していきたいと思います。

 くろきげんさんが紹介されているブログをざっと、ほんとうにざっとなんですが見た感じでは、金谷武洋の主張に問題有りという専門家もいるのですね。

 私自身は、どちらの主張が正しいのか現段階では判断できないので保留しますが、

 主語がないという主張は異端ではないようだし、金谷武洋への批判もそこがポイントではないように思えました。

http://d.hatena.ne.jp/dlit/20100818/1282130262
1') 日本語文法を分析する際に「主語」という概念を採用しない、という立場は、葬り去られた/忘れられた/過小評価されている、ようなものでも、少数派ですらありません。むしろ現在では主流の一つ、標準的な考え方といって良いでしょう。

しかしそうであるならば、なぜ学校文法では「主語」が教えられているのか?「主流の1つではあっても多数派ではないから」ということかもしれないが、それならそれで、「学校ではこう教えられているけどそれは間違いだ」と一般の人に知らせることはなされてきたのだろうか?という疑問が生じる。

A 「水伝」は一部の教師が持ち込んだ。
B 「かけ算の順序」は、指導要領にも検定済み教科書にもないが、なぜか教育現場では「常識」
C 「主語」は、教科書に公然と出ている。

内容として一番酷いのは「水伝」だろうけど、浸透度合いの程度が強いのはC。

 それに対しての批判や異論があまり聞こえないのは何でだろうか?
積分定数
2012/02/14 09:44
中学国語2年(学校図書)文法の学習
>主語のない文は、普段の会話でよく出てきます。話してと聞き手の間で、何のことかいっているか共通の理解があれば、主語は省略されます。
>共通の理解がないと、会話はぎくしゃくします。会話をスムーズにするためには、「花が/きれい。」「それが/きれい。」などのように主語をはっきりさせて、共通の理解を得る必要があります。

 「主語」だろうが他の修飾語句だろうが、何であれ、必要なら必要、不必要なら不必要というだけの話であって、何故殊更、主語についてだけ省略できるとか出来ないとかの話になるのか疑問。

 で、こういう疑問を持つ人が多いのかどうか知らないが、仮に専門家の世界で、「そういう疑問は尤もだ」という声が少なからずあるなら、そういう声が顕在化してもいいと思うが。

 金谷武洋の本を新聞広告でみて、「俺と同じことを考えている人がいる!」と初めて思ったわけだが・・・


 「かけ算の順序なんかナンセンスだ」と多くの人が言っていながら、メタメタさんが岩波から本を出すまでは、正面からこれを取り上げた本が(私の知る限り)なかったようなものだろうか?
積分定数
2012/02/14 10:02
 私自身の日本語文法の勉強との関わり

 小学校時代に動詞の活用とアイウエオが対応しているというのを教わって面白いなと思ったものの、中学ではなんだか面倒くさそうと思って勉強放棄。名詞とか形容詞とかは分かっていたがその程度。高校での古文も完全放棄。

 日本語文法は敢えて勉強しなくても、日本語の理解そのものとは関係ないと思っていたのがある。この考え杯までも変わらない。英語はそうはいかないから文法は真面目に勉強したが、その割には力が付かなかった。

 30近くになり再度の大学受験のために英語の勉強を再開。毎日英字新聞を読むうちに英語の力も付き、自分の高校時代の勉強が間違っていたことを悟った。

 塾をやる上で数学・物理以外も教えられる方がいいだろうと言うことで英語の勉強を続けるが、そうこうするうちに日本語の文法についても関心が行くようになって、英語の5文型に相当するのは何だろうか?と考えるようになり、主語という概念が甚だ胡散臭く思えてきた。

 また、中学国語の参考書を見ても、疑問点が次々と出てきた。

彼のように泳ぎなさい
魚のように泳ぐ

「ように」の用法が違うらしい。「見本」と「様態」だったかな?正確なことは覚えていないが、とにかく両者で「ように」が違うというのだが、私には分からなかった。
積分定数
2012/02/14 10:16
 日本語文法を勉強する面白さ、あるいは中学でそれを教える意味は、

 普段何不自由なく使いこなしている日本語も、実はルールがあるということを発見する喜びだと思う。意識しないのにちゃんとルールに従って運用している。

いる・ある・いく・くる・みる、などの補助動詞の直前は必ず「て」だと知って、「なるほど、意識しなかったけどそういえばそうだな」と思った。

 そういう法則性を見つける面白さがあると思う。

 ところが実際にはどういう問題が出るかというと、

「このように思われる」の「れる」は、自発か可能か受け身か尊敬か、どれですか?

というようなこと。自発か可能か受け身か曖昧で分からないということこそ、これらが同じ助動詞で表現される理由だと思うのだが、こういう問題が出るから、結局「正解」(がどれか私は知らないが)を覚えることになってしまう。ちなみに「ら抜き」は、私自身も使うが、可能と受け身を区別するという点では合理的。


 しかし、算数・数学ですらマニュアルを暗記させて再現させる授業が横行している状況では、無理もないことかも知れない。
積分定数
2012/02/14 10:28
「うなぎ」で思い出した。2ちゃんねるの言語学板の名無しは、「名無し象は鼻がウナギだ!」だから、「三上章が忘れ去れて無視されている」というのは、事実と異なるように思える。
積分定数
2012/02/14 10:49
悪評高い本としては、田中克彦・著『チョムスキー』(岩波現代文庫)があります。
チョムスキー理論を誤解した本として話題になりました。
(ケータイからコメント)
おおくぼ
2012/02/14 12:40
高校生のとき、私は現代文は得意分野で教師からも国文科をすすめられましたが、文法や古文漢文は大嫌いでした。

本多勝一の日本語の作文技術は面白かったです。学校文法よりよほど面白かった。
鰹節猫吉
2012/02/14 17:43
遠山啓さんや銀林浩さんは比較言語的な話をいろいろ書いています。
銀林浩さんは翻訳も多く手掛けています。
銀林浩さんは日本語が文法的に数学をするのに向いているということを主張しています。
だから銀林浩さんの正しい順序説は比較言語論でもあるわけです。
おおくぼ
2012/02/15 01:10
>日本語が文法的に数学をするのに向いているということを主張しています。

日本語がなになにに向いている、という言い方は時々見掛けるけど、どういうリクツで言っているんだろうか。すごく疑問。本当の意味を理解しないで自国語感覚で読み取って表面的な理解しかしない思考停止が増えるだけなんじゃないかと心配します。かけ算の順序の根っこもそれなのかな。
M
2012/02/15 03:43
 遠山啓が、数の数え方は日本語の方が合理的とか言っていた記憶があります。

 台じゃなくても台形?、みたく、言葉に惑わされる段階ではそういうのが左右するかも知れないけど、高等数学では関係ないような気がします。

言葉に拘るのは程々に
http://d.hatena.ne.jp/filinion/20120205/1328418461
積分定数
2012/02/15 08:07
>本多勝一の日本語の作文技術は面白かったです。学校文法よりよほど面白かった。

その本は人からもらってどこかにあるはずだが読んでいなかった。今度読もう。

 金谷武洋の本によると、本多勝一も三上章を肯定的に評価していて、自分の考えに近いと言っている。

 ところが週刊金曜日では、町田健と中村うさぎが対談している。

 で、町田健の「まちがいだらけのの本語文法」を見ると、

「花子が学校に行く」の「学校に」が「行く」を限定する修飾語であるなら、「花子が」も同様といえるのでは?と問題提起して、でも主語は他の連用修飾語とは違うと述べている。

>主語として選ばれている名詞が表すモノは、事柄そのものを決めるという、他のモノとは違った、もっと大切な働きをしているからなのです。

例として、「太郎」から「花子」に「花」が移動したという状況があったときに、

「太郎が」とすれば、「あげた」
「花子が」とすれば、「もらった」
「花が」とすれば、「渡った」

というように、「〜が」の「〜」が動詞の選択を決定するという事を言っているようなのですが、

「花子に」「あげる」
「太郎に」「もらう」

とすると、「〜に」が動詞を決定しているように見えて、あまり説得力を感じない。

「太郎は平泳ぎが上手だ」という文の主語は何か?も論じられていて、結局文脈次第という結論になっている。

このあたり、「割り算には包含除と等分除がある」と主張して、「面積20で横の辺の長さが5の長方形の縦の面積は?」について、どちらであるかを延々論じるのと似ているように思える。

 主語も等分除・包含除も内という立場からすると、「なぜ決めなくてはならないのか?」の一言で済んでしまう。
積分定数
2012/02/15 08:32
 ある概念が存在するかどうかというのは、その概念が便利かどうか、有効かどうか、という話で、

ツチノコが存在するかどうか
自然数の濃度よりも大きくて実数の濃度よりも小さい濃度を持つ集合は存在するかどうか

というのとは違うと思う。

「主語」「等分除・包含除」「内包量・外延量」が存在するかしないかは、そういう概念が有効かどうかということ。

そういう意味では、金谷武洋の本のタイトルが「主語がない」ではなくて「主語はいらない」というのは、適切といえる。
積分定数
2012/02/15 08:36
 昔物理を勉強していて、ふと疑問に思った。

力学に関しては、原則、ニュートンの3法則で全てが解ける。慣性の法則はF=0という特別な場合で、2法則で済むという話もあるらしいが、それはさておく。

 高さhから物体を落として、地面に達する直前の速さは、エネルギーという概念を導入しなくても求められる。

 力学段階なら、純粋な数学の問題として扱うことが可能。加速度は位置を時間で2階微分したもので、・・・という具合。そうすると、「等加速度の場合、移動距離を加速度に掛けた値の2倍は、速さの2乗の差に等しい」という定理は出てくるが、「エネルギー」という概念とは結びつかない。

 運動量やエネルギーという概念を導入するのは、「計算に便利だから」ということ以上の意味があるのだろうか?

 ところが色々やっていくうちに、運動量やエネルギーを実在のものととらえることに抵抗がなくなる。

 このあたりは慣れの問題かも知れない。

等分除・包含除、内包量・外延量、かけ算の順序、こういう物があるという前提で物事を見て解釈する、ということを長年続けていれば、「あるのが当然」となるのかも知れない。
積分定数
2012/02/15 08:49
>等分除・包含除、内包量・外延量、かけ算の順序、こういう物があるという前提で物事を見て解釈する、ということを長年続けていれば、「あるのが当然」となるのかも知れない。

それぞれに、運動量やエネルギーのように明確な定義が与えられていれば実在のものとしてとらえてもかまわないのかもしれませんが、明確な定義がありません。
M
2012/02/15 13:58
 客観的にはそうだろうけど、主観的には「そういう概念があるに違いない」と思い込んじゃうと、なかなか
それを相対化して見ることが出来ないような気がします。

 で、既に書いたように、概念があるかどうかは、ツチノコやある性質と持つ集合があるかどうかとは根本的に異なり、「こういう概念があるとすると便利だ」と言い張る人がいた場合、反証するのは難しいと思う。

 信仰と同じでその人自身の内部で収まっている分にはいいのかも知れないが・・・
積分定数
2012/02/16 09:24
運動量はニュートン力学ができる前から実験的に見いだされていたわけで、エネルギーについては古来から仕事の原理が知られていたわけでありまして、むしろ運動量とエネルギーの保存則が成り立つようにニュートン力学を作ったと言える。

計算の便宜のために作ったというわけでもないでしょう。。

しかし、ベクトルポテンシャルのように計算の便宜のために作ったものが、あとになって実験的に実在するものだと確認されたものもありますね。

鰹節猫吉
2012/02/16 21:13
 もちろん私も、エネルギーや運動量はそういうものがあると確信していますが、改めてその根拠を考えた場合、究極的には「便利な概念」という事ではないのかもしれない、ということです。

■電荷Qがあって、距離rの所に電荷qをおくと、kQq/r^2の力を受ける。

■電荷Qがあって、距離rの所の電界はkQ/r^2
ここに電荷qをおくと、kQq/r^2の力を受ける。

前者は2つの電荷があった場合に力を及ぼし合うということを言っているが、後者は、qの電荷をおかなくても、その場所がQによって変化して電界を生じている。そこにqをおくと、電界によって力を受ける。だから両者は違うことを言っている。

といえるのかどうか?そこに電界があるかどうかは電荷をおいて確認することになるのだから、同じことを違う言い方をしているだけじゃないのか?

 静止した電荷のことを考えているだけなら、2つの電荷が紐を引っ張り合うような感じなのか、電荷によって空間が変化して、その変化した空間によってもう一つの電荷に力が作用するというという感じなのか、単なるイメージの違いでしかないような気がする。

 電磁波のことを考えると、電界とか磁界というのは実態がありそうである。
積分定数
2012/02/16 23:43
>究極的には「便利な概念」という事ではないのかもしれない、

「ということでしかないのかもしれない」

 別にエネルギーや運動量の概念を疑っているわけではないです。

 ただ、順序派や内包量・外延量提唱者のあまりにも無邪気な、「こういう概念が存在します」という言い方に疑問を感じつつ、では私が信じている概念はどれほど確固たる物なのか、そういう概念を信じる根拠はあるのか、というのをたまには省みる必要があると思うのです。

 昔ある左翼系の掲示板で、内ゲバは何故おこるのか、という議論があって「スターリン主義に陥るのが原因」という主張する人がいた。「それって単に言葉を言い換えただけじゃないのか?」と疑問に思ったことがあります。でもなんとなく、「スターリン主義だからそうなってしまう」ということで何かが解明されたような気になってしまう。

 内包量・外延量がどうのというのを見たときに、そのことを思い出した。

「小学校高学年になって算数に躓く児童が多くなる。」

たしかにそうだと思う。

「それは、割合とか比率とか単位あたり量が出てくるから」

たしかにそうだ。それで分からないまま高校生になって化学のモル計算で四苦八苦する人が多数。

「それらが子どもにとって難しいのは、それらが内包量だからです」

言葉を言い換えただけじゃないの!?
積分定数
2012/02/17 00:13
 エネルギーや電界が行き当たりばったりの場当たり的な概念、単なる言葉の入れ替えではない事に関しては、未知のことに対して、実験前に予想することが出来て実際その通りになることが確認できることなどが、傍証になりうる。

 前述の電磁波とかがその例。

 科学における概念というのはそういうものだと思っている。あるいは未知のことではなくても、ある種の概念を導入すると、エレガントに多くのことが説明できるというのでもいい。定義の明確さも、エレガントの中にはいるだろう。

 そういう有用な概念であれば、生き残ることが出来る。

例えば、質量×速さの3乗 というのに何か名前を付けてそういう概念があるんだと提唱しても、すぐに淘汰されるだろう。
積分定数
2012/02/17 00:14
犬という概念は犬という実体と対応しているし、猫という実体とは対応していません。
でも内包量という概念は何と対応しているのか?
何と違うのかが曖昧。
おおくぼ
2012/02/17 13:04
コメントまではまだ確認してはいませんが、議論の流れを読ませてもらっています。
私も非順序派になると思います。

(一つ分の量)×(いくつ分)でなくてはいけないという話しの酷い例で
長方形は縦×横で書かないとダメと言う例がかかれていました。
(一つ分の量)と(いくつ分)が可変である事に関して納得しない上に縦横固定でなくてはいけないと固まった相手に
長方形の書かれた紙と、問題文の書かれた紙を用意し、問題文には「ながいほうがXセンチ みじかいほうがYセンチ ちょうほうけいのめんせきは?」と書いて問題を出したらどう考えるのだろうと思いました。
縦×横でなくてはいけないとあっても上記の場合、紙自体を回転させれば縦横が変わります。
この事例を凝り固まった教師に対して出し「×」評価をさせ「こんなのも解けないなんて大人失格だよね」とプライドを貶める系統の発言で挑発した場合。どのような反論をするのだろうと思っています。

相手の思考が全く分からないので、こんな感想になりました。
凄く試してみたい。
K'
2012/02/17 16:16
主語は日本語でも、英語でも該当します。
でも全ての日本語や英語の文章に、主語があるのか?という難点があります。
ウィトゲンシュタインの『哲学探求』に大工の「石板!」という対話の例があります。
「お前、石板を持って来い!」の省略形なのか?
おおくぼ
2012/02/17 16:34
 長方形が横×縦では駄目という教師の存在は、最初は「そんな教師がいたとしたら」という仮定の話でツチノコみたいなものだったのですが、

 いるらしいと言う話から、どのくらいいるのか?というレベルにまでなってきています。

 極希に聞く非常にレアなケース

というわけでもなさそうです。
積分定数
2012/02/17 19:09
「行為主体の事を主語という」と定義すれば、日本語にも主語があると思います。ただ、英語のように主語を特別扱いする必要性に関して、疑問があります。

 英語でも主語の省略はあります。Sounds nice とか。

 英語の場合、語順がVの前(例外有り)だとか、動詞の形を決定する(三単現のsだとか)などの顕著な特徴があるのにくらべて、日本語は、他の「名詞+助詞」と区別するべき理由がよく分からない。
積分定数
2012/02/17 19:21
>極希に聞く非常にレアなケース
>というわけでもなさそうです。

「何%いるのか」と言われると全くわかりませ
んが、ともかく“ゴロゴロ”居ますね。
http://www.inter-edu.com/forum/read.php?903,2045894,page=9
 >F=am とは書かんわなあ。

 ただ、一部の順序主義者の言う
 「公式に書いてある順序絶対主義は、末端
  の教師が道を誤っただけのことで順序主
  義テキストとしては存在が確認されてい
  ない」
という指摘だけは、一理あるように思います。

 つまり、公式の順序絶対主義は、掛け算の
順序主義とは症状が似ているが別物である、
とでも言いますか。
 あるいは、カゼとインフルエンザのような
関係。
ゴルゴ・サーディーン
2012/02/17 23:36
>テキストとしては存在が確認されてい
>ない

 ちょっと不明確だったので補足。
 ここで言う「テキスト」とは、紙媒体
で出版された物または論文・指導案など
を指し、ブログや掲示板での発言は含ま
ない、ということでです。
ゴルゴ・サーディーン
2012/02/18 02:40
 「世界の言語と日本語」(角田太作 くろしお出版)p183 
==============以下引用====================

学問での理論的構築物、即ち学者のでっちあげ

 学問の世界に理論的構築物というものがある。例えば、素人の推測するところ、物理学の世界では、万有引力などが多分その例であろう。
 理論的構築物は、何かの現象を説明しようとして、学者が考え出したものである。理論的構築物を考え出す際に問題になることは、実際にそんなものが有るか無いかではない。そういうものが有ると、仮に考えたら、便利であるかどうか、あるいはそんなものがあると考えても無駄であるかどうか、ということである。便利なものだったら、学問に採用する価値があるし、役立たないものだったら、学問に作用する価値はない。
 随分、難しそうなことを言ったが、実は、言った内容は簡単なことである。わかりやすい言葉で言えば次のようなことである。理論的構築物とは、何か物事の辻褄を合わせようとして学者先生が考え出したでっち上げである。でっち上げであるからには、どんなことをでっち上げようと自由である。しかし、でっち上げにも色々とあって、良いでっち上げ、悪いでっち上げ、普通のでっち上げとがある。悪いでっち上げは学問的公害である。有るとかえって、混乱を引き起こす。普通のでっち上げは害もなく、益もない。学問にとって大切なのは、良いでっち上げである。この様に考えると、万有引力という(敢えて言う)でっち上げは非常に良いでっち上げであるらしい。林檎の落下、潮の満干、惑星や彗星の軌道など、実に様々な現象を説明できるのだから。
積分定数
2012/02/18 09:48

 言語学の世界にもでっち上げがある。子音、母音、単語、名詞、動詞、文、など全て、言葉について説明するときに役立つように考え出されたでっち上げである。どれも、便利なでっち上げである。だから、非常によいでっち上げである。

  (中略)

 でっち上げであるからには、重要な問題はこれらの物が有るか、無いかではない。文法を研究するときに、教えるときに、あるいは、学習するときに、これらの物があると仮に考えたら、役に立つか、あるいは、有ると考えても、無駄であるかということである。便利なら採用すればよいし、役立たなければ採用しなければよい。

==========引用以上========================
積分定数
2012/02/18 09:48
 内包量・外延量は典型的な駄目なでっち上げだと思う。

 この概念を有用だと感じる人がいるのは、血液型性格判断や水伝を信じる人がいるのだから不思議はないが、

 数学教育を専門に研究しているはずの人が有用と感じているのは何故だろうか?

 実はすごく役に立つ概念なんだけど、そのことについての説明を私が読んでいないだけなんだろうか?
積分定数
2012/02/18 09:53
 役に立たなくて有害無益な概念なら忘れ去れて消えてしまうだろうから、辺に刺激するよりもほっといた方がいいのだろうか?

http://www.jtw.zaq.ne.jp/wasukyo/wasukyotushin201106.pdf
>2月の「倍の指導」についての学習会の中で、「率は内包量なのか?」ということで、認識が分かれる場面がありました。

ど〜でもいいじゃん

とかいうと怒られるのかな?
積分定数
2012/02/18 10:02
 役に立たなくて有害無益な概念なら忘れ去れて消えてしまうだろうから、辺に刺激するよりもほっといた方がいいのだろうか?

http://www.jtw.zaq.ne.jp/wasukyo/wasukyotushin201106.pdf
>2月の「倍の指導」についての学習会の中で、「率は内包量なのか?」ということで、認識が分かれる場面がありました。

ど〜でもいいじゃん

とかいうと怒られるのかな?
積分定数
2012/02/18 10:08
>つまり、公式の順序絶対主義は、掛け算の
順序主義とは症状が似ているが別物である、
とでも言いますか。

かなり融合していると思います。長方形の面積にまで拘るのはさすがにナンセンスと言っていた教委指導主事は、柱の体積を細長い柱を束ねることでも求まることを知りませんでした。

A 長方形の面積 直方体の体積 の順序に拘る
B 三角形、台形、その他の面積 の順序に拘る
C 蜜柑を配る問題       の順序に拘る
D 密度、速さ         の順序に拘る

CがAを批判するのは、目くそ鼻くそというか五十歩百歩というか、同じ穴の狢というか、・・・・

 長方形と蜜柑分配、何が違うかと言えば、前者の方が順序に拘ることがナンセンスであることがより明白、というだけのこと。

 本来はかけ算という物を理解してしまえば、A〜Dどれも同レベルでナンセンスなんだけど、Dは説明が面倒なの、とそもそもCレベルの人にいくら説明しても無駄。

 ということでCが主要な攻防の場になってしまっている。
積分定数
2012/02/18 10:24
> Cが主要な攻防の場になってしまっている。

低次元な攻防ですね。
鰹節猫吉
2012/02/18 12:17
そういう低次元な現状で我々が苦闘しているのを知ってか知らずか、

 数学や物理にやや詳しいらしき人が

積は一般に可換ではない だの
定義と定理は異なる だの

「高尚な話」を持ち出して混ぜっ返す。いい加減相手にするのがあほらしくなる。
積分定数
2012/02/18 13:14
>「倍の指導」についての学習会の中で、「率は内包量なのか?」ということで、認識が分かれる場面がありました。

そもそも内包量・外延量などという概念をナンセンスだと思っている立場からしたらどうでもいいのだが、敢えてこれを論じてみる。

「倍」は、基準量がいくつ分あるかということで、全体の大きさを表すから外延量ということになるだろう。

倍を求める割り算は包含除だというのもどこかのサイトに書いてあった。

百分率にしたところで話は同じ。単に1を100/100としているに過ぎない。

4%食塩水200gというのは、基準量200gに対して4/100ということ。

そうすると濃度は外延量になってしまう

あれ?


大方そんなところで混乱が生じたという話だろう。


内包量・外延量なんか最初からないと思えば、どうでもいいことだが、「有る」を前提にしてしまって自縄自縛に陥ることになるような気がする。

 バナナがおやつであるどうかは、遠足の際には重大問題かも知れないが、どっちであってもバナナそのものの味は変わらない。
積分定数
2012/02/18 13:25
4%の食塩水200gには8gの食塩が含まれている。

8gは、200gが0.04個分 ととらえたら外延量
食塩水1gあたり、食塩0.04g ととらえたら内包量


このことが示しているのは、

濃度は外延量と内包量という2つの性質を兼ね備えている

ということではなくて、

内包量・外延量という概念自体がナンセンスだということ。

まあでも、ものは言いようで、

学校の近くをA線とB線が通っていて、A線を利用して通学している生徒が10%、B線を利用して通っている生徒が15%のとき、電車通学者は25%

このような足し算が出来るのは、外延量として見ているから、

といえるかも知れない。


しかしそうなるとそもそも概念を設けて分類する意味が無くなってしまう。

「内ゲバはスターリン主義が原因」という話をしたが、左翼党派で「スターリン主義」を自分たちで掲げているところがある。でもそこは内ゲバをしていない。内ゲバをする党派は「反帝・反スタ」を掲げている。

 「自分たちがスターリン主義を掲げるか、反スタを掲げるかはということではない。例え反スタを掲げても、内ゲバをするならそれはスターリン主義である」と反論されるかも知れないが、

そうであるなら内ゲバをする党派を「スターリン主義」と言っているだけで、言葉の言い換え以上の物ではない。

 内包量・外延量によって足し算が出来たり出来なかったりが区別できるらしいが、

 ある量が、内包量か外延量かを足し算が出来るかどうかで判断するのであれば意味がない。
積分定数
2012/02/18 13:53
「昆虫」という概念がある。

ある未知の生物Xが発見されたとする。体に節があり、脚が6本、体が3つの部分に分かれている。

どうも、「昆虫」という範疇に入りそうである。

ここでこのXを、「昆虫」とすることで何か役立つのか?

Xが昆虫だとすると、体に節があり脚が6本で体が3つに分かれているに違いない。

と観察するとその通りだった。

でも、これじゃ意味がない。

 体に節があり、脚が6本、体が3つの部分に分かれているから昆虫だと判断したのだから、同義反復である。


 でも、「昆虫なら目は複眼に違いない」とか「呼吸は気門で行っているに違いない」と推測することが出来る。

 このことは昆虫という概念の有効性を物語っている。


 内包量・外延量にこのような有効性があるのだろうか?甚だ疑問である。
積分定数
2012/02/18 14:02
「昆虫」という概念がある。

ある未知の生物Xが発見されたとする。体に節があり、脚が6本、体が3つの部分に分かれている。

どうも、「昆虫」という範疇に入りそうである。

ここでこのXを、「昆虫」とすることで何か役立つのか?

Xが昆虫だとすると、体に節があり脚が6本で体が3つに分かれているに違いない。

と観察するとその通りだった。

でも、これじゃ意味がない。

 体に節があり、脚が6本、体が3つの部分に分かれているから昆虫だと判断したのだから、同義反復である。


 でも、「昆虫なら目は複眼に違いない」とか「呼吸は気門で行っているに違いない」と推測することが出来る。

 このことは昆虫という概念の有効性を物語っている。


 内包量・外延量にこのような有効性があるのだろうか?甚だ疑問である。
積分定数
2012/02/18 14:11
 このことを一般的に言うとこうなる。

何かを分類するときに、その分類が有効であるとは、

A 分類の判断基準が明確なのが望ましい。
B 判断基準の数は少ない方が望ましい。
C 同じカテゴリーに入った物には、そのカテゴリー特有の共通の性質が、沢山あるのが望ましい。

同一カテゴリー内での共通の性質の数/判断基準の数 

この値が大きいほど有効な概念といえる。

もちろん大ざっぱな目安の話であって、

同一カテゴリー内での共通の性質の数/判断基準の数

を「分類概念有効指数」などとして厳密に論じるつもりはない。
積分定数
2012/02/18 14:20
Aは、明確な必要がある、と修正して賛成ですが、B,Cは異議がありますね。分類の目的によって変わることです。「共通の性質」というのは意味がわかりませんが、判断基準以外の性質のことだとすれば、分類の目的に関係がないことなのでは。
M
2012/02/18 15:26
http://www.nankyudai.ac.jp/news/2012/02/02/20120131.pdf
数学リテラシー概念に基づく教員養成系数学
2012/02/18 17:14
例えば、考察対象が多数有って、これはこうで、あれはこうだ、とやっていたらきりがないので、分類して、例えば、ある項目(い)に関してAという性質を有していたらグループ甲、Bという性質を有していたらグループ乙とする。

 甲と乙は、ある項目(い)以外にも、多数の項目で甲同士、乙同士は同じ性質を有し、甲と乙では異なる性質を有する、ということであればこの分類は有効性が高い、ということです。

 内包量・外延量に関して簡単で明確な識別方法があり、ある項目に関して、全ての内包量は○だが、全ての外延量は△であるとする。そのような項目が多数あれば、分類として有効。ただし、識別方法から自明に導かれる項目は駄目。

 足し算できるどうかで分類して、

内包量と外延量は足し算の可否において異なり、内包量は全て足し算が可能だが外延量は不可能、

というのは同義反復だから意味がない。

内包量・外延量はそれすらあてはまらないのだけど。
積分定数
2012/02/18 20:10
概念を使って「起こったこと」をうまく説明できる。
「これから起こること」を予測できる。
ということがあります。
例えば地球の公転や自転の説明などです。
内包量という概念は、どんな現象を説明し、どんな予測できるのだろうか?
おおくぼ
2012/02/18 20:14
http://www.nankyudai.ac.jp/news/2012/02/02/20120131.pdf

>「掛け算の順序に関連して」
10:30〜10:55 丹羽雅彦(元滋賀大学)

もう終わっているじゃん。誰か参加した人いるかな?
積分定数
2012/02/18 20:15
>概念を使って「起こったこと」をうまく説明できる。
「これから起こること」を予測できる。
ということがあります。

そうそうそういうことも。考察の対象が多数で虱潰しに調べられなくても、分類によって、どうなるかが推測できる。世界最小のカメレオンの新種が発見されたらしいが他のカメレオンと共通するところが多いだろうから、解剖しなくても体のない部構造は推測できる。

 つまり新種であっても「カメレオン」という既知の概念に入ることが分かることで色々なことが推測できる。

 ある量が内包量だと分かって場合、それで何が言えるだろうか?

 躓く小学生が多いというのが分かる、とか?
積分定数
2012/02/18 20:22
銀林浩さんは内包量と外延量という特殊用語を使って「量の世界(どんな世界だ?)」では、交換法則が成立しないと主張しています。
おおくぼ
2012/02/18 20:27
日本棋院所属の専門棋士、光永淳造六段(東大数学科卒)の後援会「 光永会」が順序派だった。
http://6609.teacup.com/mitsunagakai/bbs/?page=8&
2011年11月22〜23日あたり
釈迦に説法
2012/02/19 21:59
新サンプル
http://nlogn.ath.cx/archives/001450.html
ただし内容の新規性はない。
TN
2012/02/19 22:13
光永会−交流の部屋に順序派な記述画あることは「光永会」が会として順序派であることを意味しないと思う。
TN
2012/02/19 22:14
>ただし内容の新規性はない。

いやいや、この例は
 ・小学校だけのローカルルールである
  と、はっきり述べてたうえで
 ・しかし「物理学で役に立つ」と主張
  する
という、ユニークなパターンだと思いま
すよ。
ゴルゴ・サーディーン
2012/02/19 23:23
おっと、これは私の誤読かも知れません。

先刻の解釈:
 「小学校だけのローカルルールである
  しかし物理学で役に立つ」

もうひとつの解釈:
 「小学校だけのローカルルールに意味
  があるのか、という人もいるだろう
  が、物理などでもこういうルールが
  ある。つまり、小学校だけのルール
  ではない。」
ゴルゴ・サーディーン
2012/02/20 00:07
http://nlogn.ath.cx/archives/001450.html

> 「順序」というと,数学の世界では特別な意味を持つので (順序数 - Wikipedia),ここではベタに「順番」という表現を使うことにする。「×」記号も,ベクトルの外積の意味で使われるのでちょっとアレだが,これはそのまま「かける」の意味で使うことにする。

↑ 出た出た、「ボクちゃん、順序数も知ってるもんねぇ〜、ベクトル積も知ってるんだもんねぇ〜、ボクちゃん、頭いいんだもん。」

「高尚なお話」が出てきている模様。 (笑)

> ■物理学で役に立つ積の順番
> さて,上では,小学生に対する教育的な面から,かけ算の順番が大切であることを述べてきた。しかし,これだけでは「小学校だけのローカルルールに意味があんのかよ」的な議論が起こる可能性がある。ところが,実は,教員や研究者までもかけ算の順番を守ることを強いられているのである。

役に立っているのではなくて、 「強いられている」 らしいですぞ。(笑)

だいたい、この人、SI単位で席の順序が決まっていると主張しようとして失敗している。
鰹節猫吉
2012/02/20 00:18
「強いられているんだ」は、あるアニメ
のセリフから来ている(場合がある)の
ですが、皆さんご存知?
http://www.google.co.jp/#sclient=psy-ab&hl=ja&source=hp&q=%22%E5%BC%B7%E3%81%84%E3%82%89%E3%82%8C%E3%81%A6%E3%81%84%E3%82%8B%E3%82%93%E3%81%A0%22&pbx=1&oq=%22%E5%BC%B7%E3%81%84%E3%82%89%E3%82%8C%E3%81%A6%E3%81%84%E3%82%8B%E3%82%93%E3%81%A0%22&aq=f&aqi=g-rJ1g3&aql=&gs_sm=3&gs_upl=2985l9174l0l9958l20l19l0l0l0l5l400l3185l0.15.2.1.1l19l0&bav=on.2,or.r_gc.r_pw.,cf.osb&fp=eefcc768ce4420ff&biw=962&bih=649

>SI単位で

 jωL などを知っている人がどうし
て、電流×電圧 と 電圧×電流 の表記
が半々であることに気付かないのだろう…

(ちなみに、物理の公式集などというサ
 イトではほぼ半々ですが、電力会社の
 サイトでは圧倒的に VI が多数です
 ね。)
ゴルゴ・サーディーン
2012/02/20 01:05
>↑ 出た出た、「ボクちゃん、順序数も知ってるもんねぇ〜、ベクトル積も知ってるんだもんねぇ〜、ボクちゃん、頭いいんだもん。」

この人は、食塩水の濃度の問題を論じるときも、集合論の濃度と混同しないように別の言葉を使うのでしょうねw

http://6609.teacup.com/mitsunagakai/bbs/?page=8&
>これは聞き捨てならない。強制しましょう。
例えばいい年したおっさんが、「青はアイーンより出でてアイーンより青し」と言ったとします。理由は面白いと思っているからか、アイと発音するときだけ息が抜けてしまって周りにはそう聞こえるだけなのか、それとも本当にそうだと信じているのか、誰も怖くて聞けないので分からない。で、たぶんその人はとがめられない。でも子供がそう言ったらどつきますでしょう?
kk氏の考えは理屈に基づくものかと思いますのでやや違いますが、こと教育の視点に立った話で、考え方の多様性を認めないと子供の個性が育たない、みたいな意見を目にして驚いたことがあります。ごんたの腹はなかなか個性的だったが、それも教育によって育まれた個性なのか、それともその後の自分のライフスタイルによって培われたものなのか、どっちかね?

しかし、よくこういうくだらない理由を思いつくなと思ってしまう。順序派の提示する例えって、例えになっていない。

「青はアイーンより出でてアイーンより青し」は出鱈目だから、「かけ算に順序がある」という主張の例えとしてはふさわしいかも知れないが。
積分定数
2012/02/20 07:43
これ、要約すると
「弱者が理解できないことを言うなら、踏み潰すべきだ」
「子供の多様性は認めない」
と言っているんですが…
M
2012/02/20 19:30
算数とはまったく関係ありませんが、あまり
にも笑撃的だったので。
http://togetter.com/li/260513
ゴルゴ・サーディーン
2012/02/20 22:43
http://nlogn.ath.cx/archives/001450.html

>例えば組立単位である N (ニュートン) は,基本単位を使って kg m/s2 で表現される。kg は質量の単位,m/s2 は加速度の単位だから,「ma」の順番と同じになるのである。しかし,もう一歩踏み込んで調べてみたところ,最新の SI 単位系では「m kg s-2」が正式ということになっている

どうしても順序があるって言いたくてしかたない気持ちがあふれていますね。リンク先の表2を見ると、MKSA順(表1の順)に並べてあるだけなんですが…
M
2012/02/20 23:00
矢吹樹って誰だろう。
http://matome.naver.jp/odai/2132970102681907801
M
2012/02/20 23:10
http://nlogn.ath.cx/archives/001450.html

>「ヤクソクごとがある→ヤクソクを守ることは大切 (たとえ強いられているとしても)」
という主張です。

「校則が厳しかったので、物理の勉強に役立ちました」ってのもあり?

F=ma なんて、語呂とか慣例と言うだけの話としか思えないが。元に当人がamでは行けない理由を提示できていない。小学校算数でのかけ算の順序と何の関係があるのやら。
積分定数
2012/02/21 09:18
くろきげんさんのツイートから
https://twitter.com/#!/genkuroki/status/171881720059133953

これは…
M
2012/02/21 20:25
高尚な話ですねw
積分定数
2012/02/21 22:15
特筆大書すべき優秀性と偉大性。
鰹節猫吉
2012/02/22 02:03
順序派の言論みていると、詭弁の見本市のような気がしてきます。
M
2012/02/22 07:51
https://twitter.com/#!/genkuroki/status/171882093821964288

続きを貼り忘れていたので貼っておきますが、前半だけでもおなかいっぱいです。
M
2012/02/22 07:55
理系の方が酷い発言をする、というのは、「かけ算に順序なんかある訳ない」という当たり前の常識に対して、

「いやいや、可換でない積もありますよ。常識や直感は当てにならないよ。正方形を埋め尽くす直線だとか、線分上の点と正方形内の点を1対1に対応させる写像もある。1+1が2だって、それをきちんと証明するのは難しくて・・・」

と、ちょっと常識を斜めに見てみるのがかっこいいとでも思っているのかな。

 小学校算数の常識はそうではないし、そんな「高尚な」レベルの話ではないのだが。

 「蒟蒻問答」なんですよね。

「1+1=2」ということを一生懸命教えようとしている人に、「1+1=2とは限らないです。数学においては公理がどうたらこうたら」などという話は、屁の役にも立たない。

 具体的に算数の授業でどのようなことが行われているのか、我々も正確には把握し切れていないが、この手の「高尚な意見」を述べる「理系」は、我々よりももっと把握していない。

 水伝とかホメオなんとかが蔓延することに危機感を持って色々やっている人に対して、

「これまでも科学的に正しいと思われてきたことが間違いだったり定説が覆された事がある。言葉が水の結晶に影響を与えないなんて、絶対に断言できるのか?ホメオ何とかが絶対に有害と言い切れるのか?」

などと茶々入れして、何か素晴らしい発言をしたかの如く悦にいるようなもの。
積分定数
2012/02/22 08:35
【訂正】

>正方形を埋め尽くす直線だとか、

それはさすがに存在しない。「埋め尽くす直線」です。
積分定数
2012/02/22 08:37
タイポ発見。「埋め尽くす直線」→「埋め尽くす曲線」

ペアノ曲線 (x(t),y(t)) を図で描くときには、函数 x(t), y(t) のグラフも示した方が教育的だと思うのですが、どこかに落ちてませんかね?

曲線について。ぼくが大学生によく出す問題「時刻 t の滑らかな函数 x(t), y(t) で (x(t),y(t)) の軌跡が直角に曲がるようなものを見付けよ」。ここで滑らかな函数とは任意有限回微分可能な函数(C^∞函数)のこと。要するに滑かな動きだけで直角に曲がれることを示せという問題。具体的な函数で作るのが面倒な人は滑らかな函数 x(t) と y(t) のグラフの概略を示すだけでも可。

もしくは3次元空間内の滑らかな曲線であってもある方向から見ると(ある方向に射影すると)とがって見えることもあることを説明せよと言っても大体同じ。これも実物を作った画像やビデオがあるなら見てみたい。
くろきげん
2012/02/22 10:08
一番簡単なものでは、ばねを横方向のちょっと斜めから眺めるととがって見えますよね。(電話のカールコードをひねくりつつ)
M
2012/02/22 10:50
>タイポ発見。「埋め尽くす直線」→「埋め尽くす曲線」

訂正したつもりが全然訂正になってないや・・・
こんなんだからセンター数学が得点できないんだろうな。

ペアノ曲線で見てみたいのは、パラメータtを0から1に動かしていくにしたがって、正方形が埋め尽くされる様子。多分、全体が段々黒くなって行くんだろうな。

高校時代の思い出

 xとyがパラメータtで表示されていたときのグラフを書けというような問題

x=sint
y=cos2t

例えばこのときに、y=1−2x^2となるのだけど、
-1≦x≦1という条件を忘れてはいけない。

理屈は分かっていた。問題も解けた。でも、
y=1−2x^2という滑らかなグラフが途中で切断されるのがどうにも感覚的に不思議だった。

 物理をやったりして、軌跡のグラフだけを見るのではなく、動点の動きも考えてみたら、グラフが突然途切れるのではなく、徐々にスピードを落として折り返し地点で速度0になる様子が浮かび上がり、納得した。
積分定数
2012/02/22 15:05
リサジュー図形ですね。オシロスコープで見ると一目瞭然です。xとyの位相を徐々にずらしていくと変化が面白いです。
M
2012/02/22 19:32
>ちょっと常識を斜めに見てみるのがか
>っこいいとでも思っているのかな。

 そこでまた「ハンロンの剃刀」ですよ。
 私は、彼等が単純に正しいことを言っ
ているつもりであると見ます。

 私の身近なところに数学科出身の人が
いまして、この掛け算の順序論争につい
て聞いてみたところ、その人は
 「確かに掛け算“一般”が可換でない
  という考え方は、ある。ただしそれ
  をスカラーの掛け算だけやっている
  所に持ち込む必要は全く無い。」
という意見でした。(この辺の事は、こ
の場には良くご存知の人も多いでしょう)

 ここで「スカラーの掛算だけやってい
る所には不要」という判断が働かなけれ
ば、当人としては、まったくシンプルに
正しいことを言っているつもりなのだと
私には思えます。

 ところで、理系でありながら順序主義
の人って、ほとんどが数学や情報科学を
学んでいる人なんですよね。物理・化学・
機械工学・電気工学…などの人は少ない
という印象です。そういう“現物”を扱
っている人なら、順序主義は正しいとか
正しくないとか以前に「邪魔物」という
判断が出来ますからね。
ゴルゴ・サーディーン
2012/02/22 22:28
小学校2年では足し算も非可換らしい。
http://komachi.yomiuri.co.jp/t/2011/0628/421596.htm
掛算だけの問題じゃないようですよ。
TN
2012/02/23 00:21
くろきげんさんの問題、結構苦労した。0度、つまりまっすぐ跳ね返るのはいくらでも可能だが、90度というのが難しい。

x=e^(-1/t^2)t/|t|
y=e^(-1/t^2)

t=0のときは、x=y=0

でいいのかな?

普通の、複素関数に拡張したら正則関数になるような、テイラー展開可能な関数だと無理な気がする。
積分定数
2012/02/23 11:41
>リサジュー図形ですね。

むかし、物理科に在籍中にオシロスコープで縦と横の周波数を色々変えてグラフが出てくるのがあったはずで、何というのかなと思っていたところでした。名前は初めて知りました。

>「確かに掛け算“一般”が可換でないという考え方は、ある。ただしそれをスカラーの掛け算だけやっている所に持ち込む必要は全く無い。」

全くその通りで、「一般には成り立たないから、成り立つことに関して懐疑的に扱う」ということになったら、三角形や四角形の性質も、多角形一般で成り立つとは限らないし、図形一般が面積や周の長さを持っている保証もないので、何も言えなくなってしまう。

 この手の主張をする人は、「小学校で順序に拘る教え方をする人は、どういう理由を挙げているのか」を見るべき。「将来、行列や四元数や外積や順序数をやるときのために」などという小学校教師や算数教育の専門家は、私の知る限りいない。
積分定数
2012/02/23 11:54
http://komachi.yomiuri.co.jp/t/2011/0628/421596.htm
=======================
小学校教員です そな 2011年6月28日 16:22
引き算のたしかめ算は入れ替えても問題ないようにみえますが、足し算のたしかめ算は主さんのやり方だとだめですよね。
公式として覚えると
○+□=△
たしかめ算
△−□=○
ということです。
算数で学んだことはその時だけではなくて、中学・高校の数学まで螺旋的に関連していきます。

公式を正確に使うことができること。
これも大切な能力です!

とはいえ、たしかめ算ってややこしいですよね(笑)
========================

「公式を正確に使うことができること。」

「長方形の面積は横×縦だと駄目」と言いだしそう
積分定数
2012/02/23 12:01
どうして小学校の算数に「スカラー」や「ベクトル」を持ち出すんだろう?
持ち出してもいいけど、ベクトルやスカラーは数学全体に使える普遍的な概念だろうか?
力学「帝国主義」を感じる。
おおくぼ
2012/02/23 13:23
http://www.inter-edu.com/forum/read.php?815,175932,page=1
=========================
【176268】 投稿者: 数学者です(ID:0Na6erS3KLY)投稿日時:05年 09月 22日 08:13
管理者通知をする 独断と偏見? さんへ:
-------------------------------------------------------
>           5円/個×3個=15円
>           3個×5円/個=15円 となります。

これ、後者は間違っています。

掛け算というのは、前にある方が掛けられる数で後ろにあるのが掛ける数です。
ですから、単位は掛けられる数のものをイコールの後に利用しなくてはなりません。物理学的に言うと、どちらでもいいのですが、数学的に言うと前者のみ正解です。

成長してどちらをつかってもいい(大学論文では絶対に間違っては使いません。)のかもしれませんが、小さい時ほど基本はきちんと教えて欲しいですね。
=========================

このコメント主が数学者でない方に10万円賭けます。
積分定数
2012/02/23 21:17
そこでまた「ハンロンの剃刀」ですよ。
>私は、彼等が単純に正しいことを言っ
ているつもりであると見ます。

そうなんだろうけど、順序派のくだらない意見を読むと、いい加減にして欲しいと思ってしまいます。

 例えば今、中学武道必修化が問題になっているけど、それを論じている文脈で、「人間はどうせいつか死ぬんです」とか言えば、事実であっても、とても真面目に論じているとは思えない訳です。それと同様で、小学校の算数の議論に非可換な積の話を持ち込んで、「交換法則は一般には成り立たない」などとしたり顔で言われても、「そんなことはお前に言われなくても分かっているよ」と言いたくなってしまいます。
積分定数
2012/02/23 21:21
「掛け算の順序は、一般社会では通用し
ないのが常識」という事をいくら言って
も彼等には通じないわけですが、私には
彼等の頭の中が想像できます。

 「順序主義は正しい」と思っている頭
では、非順序主義は
 「2次方程式なんか解けなくても人生
  には支障ない」
というのと同レベルの主張に見えるのに
違いありません。
ゴルゴ・サーディーン
2012/02/23 22:26
「交換法則が成り立たないからかけ算には順序がある」と主張する理系順序派?は、間違っていることを単純に示せばいいだけなので、むしろ与し易い相手ではないかと思います。(ただし、間違いを指摘して理解するようなら順序派はやっていないでしょうから、理解させるのは大変でしょう)

やっかいなのは、「交換法則は成り立つけど、順序はある」というひと。矛盾だと思っていない。もはや宗教なのでは。いくら間違っているといっても聞く耳を持たない。
M
2012/02/23 22:49
 積分定数さんが紹介してくれた『日本語に主語はいらない』(金谷武洋)を読んだ。超面白かった。
 昔中1に英語を教えたときに,主語―述語と言っても通ぜず,小学校の国語で文法をやらなかったのかと思ったが,そのとき(今もだが)私が理解していた学校文法は,英語の文法を模倣した橋本文法だったのだ。しかし,この本が主張するように,主語を必須としない文法というものを認めると,S-P構造に基づく論理学はどうなるのか,そして論理学に基づく数学はどうなるのか,と疑問と期待がふくらむ。
 西洋流の論理学への「疑念」は,中村元の遺著というべき『論理の構造』を拾い読みして知っているだけだし,ギリシアに発する「点」という概念に基づく数学への疑問はずっとあるが,それらを文法(ことば)を支点に考えなおす大きな力を与えられた。
メタメタ
2012/02/24 00:35
「日本語はどんな言語か」(小池清治著)も面白いですよ。
1897年の大槻文法から現代までの様々な文法の紹介と批判がされています。

面白いのは、三上章は「象は鼻が長い」の「鼻は」を部分主格としましたが、この本ではこれをミスとしています。

「花が美しい」を平坦に読むと、淡々と述べた叙述文で「花が」は主格ですが、「花が」にイントネーションをおいて読むと、「花は美しい」という題説構文の強調形になると。「象は鼻が長い」の「鼻が」も同様に解すべきと説明してあります。

書いた文字だけでなく、読み方も重要ということは、一語文がイントネーション次第で意味が変わると言うことからも理解出来ることですが、うっかりしますね。
zorori
2012/02/24 06:34
>積分定数さんが紹介してくれた『日本語に主語はいらない』(金谷武洋)を読んだ。超面白かった。

これは面白いですよね。もちろん批判もある。
くろきげんさん紹介のブログも再掲しておきます。
http://d.hatena.ne.jp/dlit/20071216/1197757579
金谷武洋『日本語に主語はいらない』批判記事一覧

同じ方が、掛け算順序ネタも書いています。
http://d.hatena.ne.jp/dlit/20120223/1329972884
掛け算の順序と自然言語の対応についてちょっとだけ

「英語にも主語はなかった」では、英文法とアフガン・イラク戦争とチョムスキーがまとめて批判されていて、それはどうかと思う人は私を含めて多いと思う。

 日本だって戦争したわけだし、井上ひさしの「夢の痂(かさぶた)」は、主語のない日本語と戦争責任を取り上げているらしい。(私は見ていないのでよく分からない)


少なくとも今の学校で教えられている日本語文法はかなりあやしいと言うことは言えると思います。
積分定数
2012/02/24 08:23
>書いた文字だけでなく、読み方も重要ということは、一語文がイントネーション次第で意味が変わると言うことからも理解出来ることですが、うっかりしますね。

 言われてみれば、たしかにそうですね。あまり意識しませんでした。文法を論じる本を読む場合、当然書かれた文字を読むことになるので、文字で書かれた文で考えがちで、文字で表現できない部分は無視しがちになりがちだけど。


 金谷武洋がローマ字表記による分析を提唱していて、例えば、「書く」の活用の語幹は「か」ではなくて、「kak」だと言っていて、確かにそう考えると、「○行五段活用」の「○行」という区別は不要になる。

 古文で、「得(う)」「寝(ぬ)」「経(ふ)」は「語幹がない」とされるが、ローマ字で考えたら、「寝(ぬ)」「経(ふ)」は、「n」と「h」が語幹とも考えられる。

 ひらがな表記かローマ字表記かとか、そういう分析手法で、研究対象そのものの性質が左右されることはないはずだけど、ついつい分析方法による制約を研究対象の性質と思い込んでしまうことがあるかも知れない。
積分定数
2012/02/24 08:46
繰り返しますが、ぼくは言語に関する考え方についてはピンカーを読んだ方が良いという意見。信用できない専門家(もどき)の本には影響されない方が良いと思う。
くろきげん
2012/02/24 09:50
酒井邦嘉・著『言語の脳科学』(中公新書)は定評があります。
おおくぼ
2012/02/24 14:03
論理学はいろんな種類がありますが、アリストテレスの作った論理学が便利だっということでしょう。
フレーゲの論理学が注目された理由は、アリストテレスの論理学では扱えない範囲を扱えたからでしょう。
アキレスと亀に代表される「点」に対する考察では、
『時間は実在するか』入不二基義・著や『新版タイムトラベルの哲学』青山拓央・著がありますね。

おおくぼ
2012/02/24 16:52
 放送大学の件について、世間では、名前を伏せ
た某大学の教授 vs 放送大学長という権威の問題
とか、経歴とかという話として受け止める向きが
多いんですね。
 私はもっぱら、
 「威勢のいい事を言うなら、その前に事実関係
  を確認すべき」
という教訓だと思っていたのですが。

>>>>>>>>>> ここから別件 <<<<<<<<<<

 最近ニュースになった、大学生の学力の件の元
がこれです。
http://mathsoc.jp/comm/kyoiku/chousa2011/
 >基本調査によって明らかとなった問題点を踏ま
 >え、日本数学会は以下の提言をいたします。

 「提言」とか言うなら、掛け算に順序があると
思っている教師をまずなんとかして欲しいですね。
ゴルゴ・サーディーン
2012/02/25 18:30
線分の三等分は、どんな回答を想定してたんでしょう?

平行線と三角形の重心、ほかに何か方法はあるのかな?

鰹節猫吉
2012/02/25 20:34
>線分の三等分

http://yosshy.sansu.org/3tobun.htm

かなりひねくれたのもありますが。
M
2012/02/25 21:01
>中等教育機関に対して:充実した数学教育を通じ論理性を育む。証明問題を解かせる等の方法により、論理の通った文章を書く訓練を行う。

論理性を無視した強要という意味では、かけ算の順序が問題になるはず。
M
2012/02/25 21:08
 くろきげんさんが薦めていたピンカーの「言語を生み出す本能」を読んでいるが、確かに面白いです。金谷武洋にしても、教条的に鵜呑みにしなければいいように思います。

 そういう意味では、遠山啓の本も、「そういう見方もあるのか」という点で、自分が発想しない視点を得られて良かったと思っています。ただし、教条的に読むと有害だと思う。
積分定数
2012/02/27 01:44
>放送大学の件について、

 仮に誰かかがここにやってきて、「かけ算に順序があるのが正しい」とか言って、みんなが「アホなこと言うな」と言って、その人が「私は数学教育の専門家だ」と言ってそれが事実だとしても、「しまった!釈迦に説法、ムハンマドにコーラン、マルクスに資本論、恥ずかしいことをしてしまった」などと言う人はいないだろうな。

 千載一遇のチャンスとばかりに、「これについてはどう考えているんだ」「こんなアホな教え方をしているのを知っているのか?」と、口調はもっと穏やかだろうけど、そんな具合になりそう。
積分定数
2012/02/27 01:53
「算数教育論究・かけ算を究める」届いた。以下、思いつくままに感想などを書いていく。

アメリカのかけ算指導の報告がある
 
p54「このような状況であるから、かけ算に関しても、日本では想像もつかないような指導がまかり通っている」 

どんな指導かというと、

>例えば、私が黒板に自転車が3台並んでいる絵を描いて、タイヤの数を求める式は、2×3か、それとも3×2か、と問うと、教員養成過程の学生ばかりでなく、現場で算数を教えている先生も、ほとんどが、どちらでもかまわないと言う。驚くなかれ、大学で数学教育を教えている人の中にもこのような人は少なくないのである。


他の点はともかく、この点に関しては、

アメリカ万歳!、日本はアメリカを見習え!
積分定数
2012/02/27 02:03
「驚くなかれ」と言われなくても驚かねーよ。

「日本では、想像もつかないような指導がまかり通っている」という具合に、一部を取り出して読点を打つと、正しい文になる。

日本では、2×8だと2本脚の蛸が8匹だの、長方形の面積は横×縦では減点だの、サンドイッチだの、確かに想像を絶する授業が罷り通っている。

「一眼国」という落語を連想してしまう。

積分定数
2012/02/27 02:11
p52-53「かけ算のイメージを育てたい」正木孝昌

「1mが120円のりぼん2.7mのねだんはいくらか」

この手の代金系の問題は、小数のかけ算のネタとしてどうなんだろうか?というのは、代金って店の人が決めるわけだから、恣意的とも言える。まとめ買いすると割安になることも頻繁にあるし、どうなんだろうか?ロープの重さなどの方がいいように思うのだが。

それはともかく、

>このかけ算を2.7×120と書く子どもがいたらどうしようか。「なぜ、そう書いたのか」と聞くことになるだろう。その子が「もし1mのねだんが1円なら、2.7mのねだんは2.7円でしょう。でも、1mが120円だから、その120倍になる」と答えたら、これは素晴らしい。幸か不幸かまだ、そういう子どもに出会ったことはない。

これに関して疑問。
積分定数
2012/02/27 02:20
 もちろん、そう答える子は素晴らしいと思うが、小学校低学年の子がそう理路整然と説明できるとは思えない。分かっているけど言葉に出来ないということも十分あり得る。その部分を考慮に入れているのだろうか?

 また、この文章を書いた人はもちろん、「ちゃんと説明が出来れば正しい」という立場だろうが、そのような人がどれほどいるのか?

 三島市教育委員会指導主事は、蜜柑を配る問題でカード分配を説明しても「問題文はそのような配り方ではないから誤答だ」と言い続けた。

 小学校教師も、「そういう考え方は今までしたことがなかったがそれだと単位がおかしくなってしまうから間違いだ」と言っていた。

 曲がりなりに数学科を卒業して数学を教えることを生業にしている大人の私が、蜜柑の個数で逆順にも正当性があると説得することが出来ない。

 まして、連続量である。それを小学校低学年の子が、教師を説得できるとは、とても思えない。
積分定数
2012/02/27 02:28
 「かけ算の順序」に言及している人は何人かいる。疑問点も多々ある。

 そこはおいておくとして、現実にとんでも無い授業があることをこの人たちはどれほど知っているのだろうか?

p2-3 かけ算を究める 盛山隆雄
>かけ算の順序についての問題が、最近再び話題になっている。かける数とかけられる数の順序についての本が出版されたり、ネット上のツイッターでかけ算の順序について論争が巻き起こったりしている。
 かつて、裁判にまでなったかけ算の順序についての問題は、やはり見過ごすわけにはいかない。この問題についても特集の中で論じていただいている。

「裁判」なんてあったの?

まあそれはともかく、明白に我々のネット上での発言やメタメタさんの本を意識している。

 こういう態度は非常に好感が持てるが、さて中身は?

 繰り返すのもうんざりするので列挙しないが、既に挙げたようなトンデモ事例が多数ある。それをどう考えるのかという視点が乏しいように思う。

 これに関しては数教協の瀬山氏もそうだった。「かけ算の順序が論争になっているらしい」という認識はあっても、何がどう論争になっているのかを見ないで、「いやいや順序は大切ですよ」と持論を展開してしまっている。
積分定数
2012/02/27 02:38
http://www9.nhk.or.jp/gatten/pdf/program/P20110713.pdf
>去年の夏、そして今年の夏と、連日報道されている熱中症対策。そんな中すっかり定着してきたのが、“塩分補給”の重要性。汗で塩分が失われるため、積極的に補給しようと心がける人が増えています。ところが!!
塩分補給の重要性を呼びかけてきた専門家の先生が、
今年になって突然、そんなちまたの風潮に対して、「マチガイだ!」と指摘し始めたのです。いったいなぜでしょうか?

>つまり、塩分補給をしっかり意識すべきなのは、「大量の汗をかく場合」。
ところが、私たち日本人は、塩分に関しては必要量をはるかに上回る量をふだんの食事で摂取しているため、日常生活でジワジワと汗をかく場合には、さらに意識して塩分を補給する必要はなかったのです。去年から今年、あふれる熱中症対策情報の中で、「塩分補給が大切」というフレーズだけが一人歩きして、「大量の汗をかくときは」という大事なひと言が抜けてしまっていたことが誤解の原因と思われます。


「汗を大量にかいて塩分が失われる状況では塩分補給が大切」と提唱した専門家がいた。

ところが、前提条件を度外視して「とにかく塩分補給」という風潮が蔓延していることに気づき、「自分の唱えた事が間違って流布している」と危機感を持ち、この番組に出てきて、「それは間違いです」と言っていた。
積分定数
2012/02/27 02:45
この専門家の誠実な態度と比較すると、「算数教育の専門家」の姿勢はどうなんだろうか?

 専門家の「順序は大切だ」という意見それ自体にも疑問点があるが、そこは棚上げにするとしても、トンデモ事例が多数報告されていてそれで論争になっているのに、それを知ってか知らずか、「順序は大切です」と言えば、結果的に、トンデモ授業を批判する人を背後から攻撃し、トンデモ授業にお墨付きを与えかねない。

 算数が大好きで算数教育の研究に熱心な人が、「自分が考えるに、かけ算の順序は大切です」と言っても、それがそのまま多くの小学校の授業で当てはまるとは限らない。
積分定数
2012/02/27 02:53
私自身、小学校低学年の子に算数を教えた経験は皆無に等しいが、「こう言うことがあるんじゃないか」と予想していたことが実際にあると言うことが分かった。

 2×1=2 2×2=4 2×3=6、・・・というのをどんどんやらせて、2×9で止めないで、2×10、2×11、と進める。

A 何の違和感もなく平然と続ける子
B 戸惑う子

がいるという。先取り学習で九九をやった子は、Bになりやすいようである。

さもありなん。
積分定数
2012/02/27 02:59
かけ算を同数累加として導入するか否か、というのも、論じられている。

 これに関しては、私は、基本的に同数累加でいいと思っている。なぜなら、既に分かっている足し算の延長とすることで、「分からなくなったら足し算に戻ればいい」という安心感があると思う。

 水道方式を標榜する人は、「小数や分数のかけ算で躓く」というが、それが致命的で回復不可能な躓きとは思えない。

 とはいえ、私自身は教えた経験はないので、断言は出来ないと思っていたが、同数累加で導入して、分数や小数になれば、拡張していくという私の考えと同様ものが掲載されていた。

p4-7 かけ算の意味 杉山吉茂
>私は、内包量の考えは、かけ算の前に割り算があるようであり、一皿分を内包量と見ることが不自然な気がする。同数累加のほうが自然な気がするのと同時に、きめていたことが不都合になったときには、それまでのことも含めて新しい自体に対応することを考えるという経験をすることも大切に思う。
積分定数
2012/02/27 03:11
p4-7 かけ算の意味 杉山吉茂
>たし算の意味は、自然数から有理数に拡張されても変わらないが、かけ算の場合は、自然数のときに同数累加をかけ算の定義とすると、有理数では適さないので、かけ算の意味の拡張をすることになる。それがうまく行われていないことが問題である。
 それに対応する道は2つある。1つは、かけ算の意味を変えないように、かけ算の定義を考えることである。もう一つは、かけ算の意味を自然数のときは同数累加として、有理数のと気のかけ算の意味をうまく拡張することである。歴史上、数学教育協議会は前者の立場にたち、文部科学省は後者の立場に立っている。私も、自然数のときは同数累加で定義をし、有理数のとき意味の拡張をする立場をとっている。


 私もこの人や文科省と基本的には同じ立場である。
積分定数
2012/02/27 03:16
 さらにこの人の書き方に好感が持てるのは、問題提起して、2つの立場を紹介して、その上で「十分はこちらを選択する」と述べている点。その上で、両者の長所短所を述べている。

 水道方式を提唱する人の文章は、「同数累加では駄目だ。分数や小数で躓く」と、遠山啓の言葉を鸚鵡返しに言うのが多くて、底の浅さを感じてしまう。

 既出だが改めて挙げておく。

http://plaza.rakuten.co.jp/nakamoto1236/diary/
>かけざんは、たしざんとは違うけいさんということで、2×3は2+2+2のことではなくて、
1当たり量のいくつ分で全体量を求めるけいさんのことだよということで、

何度も紹介しているが、導入方法として、「1当たり量のいくつ分で全体量を求めるけいさん」というのはまあいいとしても、「同数累加ではない」という認識はまずいだろうが。

http://www.inter-edu.com/forum/read.php?903,1013957,page=5
>どろんこ氏
>ところで、小学校での初めての掛け算は、足し算の延長線上として習います。
(家の子供の教科書はそうでした)
      ↑
 ここは微妙です。

典型的な遠山啓教条主義者なんだけど、遠山啓の「カード配りで逆順も正当化できる」という部分は何故かインプットされていなくて、「かけ算は同数累加ではない」というのは頭に入ってしまっている。
積分定数
2012/02/27 03:42


瀬戸智子氏
http://ts.way-nifty.com/makura/2009/07/post-4df6.html
>かけ算をたし算の延長のように教えているとしたら、それは問題では、、、と思いました。この教え方だと4×1、4×0、また分数や小数で子どもたちは戸惑ってしまいます

この人は以下のようにも言っている。

>面積の公式は「縦×横」、と教えますが、これは板書で書くとき縦の線を先に書くことが多いので、まず縦、次に横の線を書くので「×横」としますが、
横の線から先に書けば横×縦でも交換は可能です。
ただ、この順番にも拘る教師がいるとしたら、
その教師は子どもに「立体の名称」を定着させるために、拘っているのかもしれません。

 長方形の面積の式にまで順序に拘ることは不問にしてむしろ擁護して、同数累加で導入することの方を問題視する、

 こういうのを見ると、水道方式というのは訳の分からない宗教のようにさえ思えてしまう。
積分定数
2012/02/27 03:43
 累乗を定義するときに、「負数乗や分数乗で躓かないために」という理由で、「1時間で2倍の質量に増殖する細菌が3時間で何倍になるかというのを、2^3とする。こうしておけば、1/2乗なら30分後、−1乗なら1時間前を考えればいい」などということは普通はしない。

 「拡張するたびに定義を変更することを避ける」というのは難しい。おそらく人間の歴史も、個々人の認識も、自然数乗を理解して、「はてそれでは、−1乗は?」などと言う具合に発展すると思う。私もそうである。

 だから、「躓かないようにかけ算は累加ではなく・・・」というのを聞いたときに、上記のようなことが通用しない小学校低学年の特殊事情、(例えば、生姜肯定学年の段階では、最初に入った定義から離れられなくて、一旦累加で導入すると、小数や分数のかけ算を絶対に受け入れなくなってしまう子がいる、とか)があるのだろうか、と思っていた。

 しかし、「算数教育論究・かけ算を究める」に掲載された文章を読む限り、そのような記述はない。
積分定数
2012/02/27 03:58
瀬戸智子氏曰く、
http://ts.way-nifty.com/makura/2009/07/post-4df6.html
>なお、アメリカの算数の考え方について、私が述べたのは「たし算の延長にかけ算があるような捉え方には問題があるかな????」と言うことです。
3×4=4+4+4
とすることで、子どもたちはかけ算を倍分と理解しがちなのです。
かけ算には倍分の意味もありますが、
これはたし算の延長ではなくマッタク別の演算なのですよね。
小学生の子どもにたし算の延長として教えると、
先に書いたように「×1」「×0」「×分数」が混乱する子が多く出るのです。


問題はその「混乱」が致命的で回復不可能なものなのかどうなのか、と言うことである。後で修復できるなら、多少の混乱や躓きはむしろ必要だとさえ思う。

というか、瀬戸智子氏自身が、教える方法としての概念・分類と、算数それ自体の概念・分類の区別が付いていなくて、混乱しまくり。

 こういう人が、自分では「算数教育に詳しい」と思い込んで子どもに教えていると思うと憂鬱になる。
積分定数
2012/02/27 03:59
杉山吉茂さんは、分厚い数学教育の本を何冊も出しています。
丁寧な内容の本で、いいことがたくさん書いてあるのですが、要注意人物です。
おおくぼ
2012/02/27 12:36
要注意人物とは?

トンデモ発言でもしているのですか?

鰹節猫吉
2012/02/28 00:22
「式は情景を表す機能がある…これは教えるしかない」というくだりがオカルトみたいで気持ち悪い。

鰹節猫吉
2012/02/28 00:31
要注意人物とは
順序派である可能性が高い。
算数教育に大きな影響を与えた。
この二点を備えている人物だからです。
順序派だという決定的な証拠は、まだ発見していません。
おおくぼ
2012/02/28 06:38
そういう意味では銀林浩も要注意ですよね。

遠山啓は、順序派ということでもないが、カリスマ的存在であること自体が要注意。

 どんな考えの人であっても、それがカリスマ的存在になったら要注意。その人の責任ではなくて、信奉する側の問題ではあるが。
積分定数
2012/02/28 07:59
絵に描いたような順序派

主張それ自体は典型的な順序派だが、「なんだかしらないけどそうおしえるようになっているらしいから」という付和雷同型ではなくて、信念を持って「かけ算には順序がある」と言い切っているのが怖い



http://ameblo.jp/tarot-mei/entry-11141231648.html
>そういう先生方には、
即刻現場を離れて算数科教育の基礎から学び直していただくか、
それができないならどうか二度とお戻りにならないでいただきたい。
そう思っています。

http://ameblo.jp/tarot-mei/entry-11141231648.html
>「箱が4つ有ります。1つの箱にはボールが3個ずつ入っています。合わせていくつでしょう?」
という問題ならば、
「箱というひとまとまりの中にボールが幾つ『ずつ』あるか」×「そのまとまりである箱はいくつか」の順で3(個ずつ)×4(まとまり)=12 答え:12個ってのが本式です。
でも「3×4と4×3は同じだから逆でもいいじゃないか!」という主張が多いのも事実。
違うんです…4×3では「4個ずつ入った箱が3つ」になっちゃうんです…。
積分定数
2012/02/28 08:47
杉山吉茂さんは、和田義信さんや中島健三さんといった元文部省(当時)官僚の弟子です。
和田義信さんや中島健三さんは1951年の文部省の掛け算順序指示に参加しています。
彼らがどういう意図で作成したかは謎ですが。
おおくぼ
2012/02/28 09:42
>http://ameblo.jp/tarot-mei/entry-11141231648.html

http://twilog.org/Mei_R_/date-120228/norep
>2012年02月28日(火)
>【速報】アメブロ消しました
>posted at 09:38:47

 だそうです。

http://twilog.org/Mei_R_/date-120204/norep
>理系に行かないから理系知識いらない、は
>確かにおかしいと思ふ。.@IWKRterterさん
>の「大衆と理系知識」がかなり伸びてる!
>もうチェックした?見なきゃだめ!
>http://t.co/XwOYYGm3 http://t.co/BlEglvcm

 前世療法とか言ってる人が理科教育の不
振を憂えるとは、腹の皮がよじれるのを通
り越して腹の皮が張り裂けそうです。

前世療法に行った時の記述:
http://ameblo.jp/tarot-mei/entry-10919575765.html
ゴルゴ・サーディーン
2012/02/28 21:55
意味のないところに意味を見出す点で、
占いとかけ算の順序は似ているのだろうか?
M
2012/02/28 22:20
占いの人、愛知教育大学大学院 数学専攻 だそーですよ。

「分数ができない大学生」をはるかにこえる「かけ算ができない修士」誕生!

鰹節猫吉
2012/02/28 22:38
 格子状に並んだ物の個数や長方形の面積を求めるのに、凡人はどちらが1あたりか、どちらがいくつ分かなんて意識もしないけど、

 見える人には見えるのです。長方形を見つめていると、縦に筋が浮かび上がり、縦×横のみが正しいと分かるのです。

 テキトーに書いたら当たるも八卦、当たらぬも八卦。タロットなら、教師が望む正しい順序を占うことが出来るのです。
積分定数
2012/02/28 23:17
 まあ占いって、カウンセラーみたいな機能もあるから、一概にそういうのはナンセンスとしてしまっていいのかどうなのか分からない。

 葬式などの宗教儀礼にしても、社会的機能はあるわけでそこまでは否定しきれないかも知れない。

 葬式は遺族にやらざるを得ない義務を課すことで忙しくして、悲しみに打ちひしがれる暇をなくすという効果があると聞いたことがある。

 かけ算の順序も何か社会的機能があるのだろうか?
積分定数
2012/02/28 23:23
 昔テレビで、神岡龍太郎が占い師をいきなりひっぱたき、「占い師のくせに俺がこうすることもわからんかったのか!?」と言ったところ、占い師は「もちろん分かってました」と答えたらしい。

 神岡龍太郎もすごいが、「わかっていた」と言い張る占い師もすごい。

 タロット占いの方も、ここで話題になる事はお見通しだろうね。
積分定数
2012/02/28 23:27
>神岡龍太郎

上岡龍太郎でした。
積分定数
2012/02/28 23:32
>かけ算の順序も何か社会的機能があるのだ
>ろうか?

(1) それが正しいかどうかにかかわり無く、
  教えられた通りに出来る子を選別する
  という機能。
   参照: https://twitter.com/#!/konamih/statuses/32961878741229569

(2) 科学的正論を振りかざす空気読めない
  理系どもをとっちめる、という機能。
ゴルゴ・サーディーン
2012/02/28 23:47
歴史的には占星術と天文学の関係は深いです(昔は一緒だった)。
星の運行を調べれば、自分の運命がわかると信じた人が多ったですから(特に権力者や金持ち)。
人生が決まっていて変更不可能なら、運命を知ることも運命なんですけど。
ケプラーも占星術でしたね。当たらない真面目な占星術士だったみたいですけど。
おおくぼ
2012/02/29 08:59
電子辞書で「占い」と引いたら、

>占いは、ある現象と別の現象との間に何か因果関係があるとの想定に立っており、後の自然科学的思考の発生母体となったとも考えられる。

とあります。
積分定数
2012/02/29 11:30
もし星の運行や位置関係で、人間の運命が決定されるなら、例え運命を知っても人間の力では運命は変更不可能になります。
コペルニクスの地動説は、天文学上の変換であると同時に占星術の変換でした。
コペルニクス説を認めれば、従来の占星術のルールを変更しなければいけないからです。
おおくぼ
2012/02/29 14:00
東大入試問題文の解釈に迷った
http://220.213.237.148/sokuho/data/2012/0l/m02/m0l1225.html#mtop

第5問の(2)
AにB、B^(-1)のどちらかを次々に左からかけることにより、・・・

簡単な問題に書き換えてみる。

xが整数であれば、xに1か−1のどちらかを次々に足すことにより、0にする事が出来ることを示せ。

疑問点 「どちらかを次々に」というのは、どちらか一方のみを次々に」といことだろうか?
何の操作もしないというのもありか?

最初の疑問は、どうせ1と−1だから、どちらか一方のみと言う解釈でも支障はないと思った。

後の疑問が出てくるのは、x=0のとき。最初から求める形になっているのだから、何も手を加えなくもいいだろうと思った。

東進の解釈は違っていた。
http://220.213.237.148/sokuho/data/2012/0l/m02/m0l122501k0.html

つまり、x=0の場合は、まず−1を足してつぎに1を足して、0に出来る、ということ。

つまり、「どちらかを次々に」というのは、その都度どちらかを、とうことで同じ方をずっと、でなくてもいいが、「次々に」とあるから何も操作しないのはまずい

という解釈のようである。

う〜ん、いずれにしても問題文が曖昧だと思う。
積分定数
2012/02/29 14:15
 新聞に「今日の運勢」とか載っていて、カルト批判とかする割には灯台下暗しだなと思ったことがあるが、今でも載っているのかな?普段見ないからわからない。

 まあ私自身、天皇制に反対しながら結婚式は神式でやったし、初詣にも行くし、まあその辺はテキトーではあるのだが。
積分定数
2012/02/29 14:23
東進の解釈には結構うけました。B と B^{-1} を左からかけるというように書かないと減点される可能性があると思ったのかな?数学の常識がわかっている人が採点するなら減点するはずがない。行列 A がすでに対角行列ならば B と B^{-1} を何もかけなくてよいと書いておけば十分。

問題解釈の数学的センスまで問うなら「何もかけなくてよい」とする方が「B と B^{-1} を左からかける」とするよりも勝ります。

Bで生成される無限巡回群が左から作用していると解釈すれば「何もかけないこと」は単位元の作用になります。この解釈は B と B^{-1} の両方を混ぜて次々に作用させても同じことになるという話も自然に含んでいる。どう解釈されても困らない数学的構造になっています。
くろきげん
2012/02/29 20:06
天皇制を無責任体制と分析したのは丸山真男だったと思う。
そう意味では文科省も天皇制の1パターンと見なせる。
市販の小二用算数問題集の解答を見ると、全ての文章題からの掛け算立式問題は「正しい順序」になっている。
おおくぼ
2012/02/29 20:41
占星術 Astrology
天文学 Astronomy

錬金術 Alchemy
化学  Chemistry
M
2012/02/29 20:51
>B、B^(-1)のどちらかを次々に左からかける

行列の積で結合法則はなりたちますので、B、B^(-1)が混在した場合はその2つが並んだら1に置き換えてしまえば1,B^nまたはB^(-n)の3つの場合だけを考えればいいのではないかと。
M
2012/02/29 22:14
くろきげん さんの ツイート

>  大人のぼくのような人間だと 「9を1.5等分」 と考えても 「9 に 1.5 が幾つ含まれるか」 と考えてもどちらも同じくらい簡単に感じられます。


 もちろんそれは理解できます。

 9 を大きなかたまりと小さなかたまりに分割する、小さいほうが大きいほうの半分になるようにする。そうすれば、1.5等分するというのは 2/3 ということだなと分かる。

 1.5等分というのはなんだろう? → 1等分, 2等分, その間のところ? → こういうふうに考えれば、 「△等分」というのは「全体を△とみたときの1つ分」というのはすぐ分かる。

 1/3 で割る、というようなときでも、「全体を 1/3 とみたときの1つ分」=3倍 といった具合。

 ただ、多数派にわかりやすいように説明の便宜上、等分除とか包含除を分けているにすぎない。

 全体を1とみなくてはならないという決まりはないわけで、

・全体を10とみる(10割)
・全体を100とみる(100%)
・全体を360とみる(360°)
・全体を2πとみる(2π rad)


 例えば、こんな問題。小学校算数レベルだけど、「全体を1とみる」にこだわってしまうと、けっこう苦労するはず。


A.B.Cの3人のうち、
AとBですると24日、
BとCですると36日、
C1人ですると90日かかる仕事があります。
この仕事を3人で仕上げるまでに、Aは8日、Cは6日休みました。 この仕事を仕上げるのに、全部で何日かかりましたか?
鰹節猫吉
2012/03/01 01:21
>おおくぼさん
>天皇制を無責任体制と分析したのは丸山真男だったと思う。

戦争責任に関しては、天皇は名目上のトップで、それで責任が曖昧になってしまったと思います。

名目上形式上のトップと、実質上のそれがずれている例ってよくありがちですね。関ヶ原の東軍の大将は名目上は石田三成ではなくて、毛利輝元だったし。

 天皇制を批判する左翼も、「大衆」だの「労働者人民」だのを名目上のトップにしてしまって、責任を曖昧にしてしまう。

 「俺の個人的意思ではなくて、〜のためだ。私利私欲でやっているのではない」という具合。

 かけ算の順序は、名目上のトップさえ分からない。授業の採集責任者って誰なんだろうか?

 とこう言うことを言うと、橋本徹を後押ししかねないかな。

 昔神社に、「天皇制打倒」と書いて絵馬を奉納したことがあったが、効用はなかった。「掛け算順序廃絶」と書いて奉納しても効果はなさそう。
積分定数
2012/03/01 08:44
>関ヶ原の東軍の

「西軍」でした。
積分定数
2012/03/01 09:02
>くろきげんさん
>数学の常識がわかっている人が採点するなら減点するはずがない。

やっぱりそうですよね。最初、東進の解答を見たときに、「何をしているのだろうか?」と思ってしまいました。

 心配性の受験生なら、「次々」とあるから、1回では駄目だと考えて、1回で済む場合も、
B^(-1)・BBとかしたりして。

 結局、B^0=E、B^(-n)={B^(-1)}^n と行列のべき乗を整数乗に拡張すれば、非常に簡潔になるし、行列の勉強をしてるとこう言うのは当たり前に思える。

B^(-n)={B^(-1)}^n={B^n}^(-1)

Bの逆行列をn個掛けた
Bのn乗の逆行列

使い慣れていると、「意味の違い」など意識すらしない。かけ算の順序に拘る人は、逐一区別するのだろうか?

Mさん

考え方はそれでいいのだけど、「問題文に忠実に即した解答」ということで、東進と私で見解が違ったようです。
積分定数
2012/03/01 09:17
>鰹節猫吉さん例によって瀬戸智子氏は、その場合は、等分除でも包含除でもなく、倍を求める割り算だとか言っていますが、何故そう次々と概念を作り出さないとならないのか、よく分からない。

http://ts.way-nifty.com/makura/2009/07/post-4df6.html
====以下引用=================
等分除と包含除は明らかに違います。
それは何回も書いているように、かけ算の意味とリンクしているからです。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
等分除は「みかんが12個あります。4人に同じ数ずつわけると、1人分は何個になるでしょう」というもので、かけ算でいうならば「1あたりの数を求めるものです」

包含除は「みかんが12個あります。1人に4個ずつ配ると、何人に分けられるか」というもので、かけ算のいくつ分を求める演算です。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

===以下引用続く================
積分定数
2012/03/01 09:29
=============引用続き========
ただ、割り算は等分除と包含除だけでないことは、
エントリーにも書いています。
つまり「倍」を求める場合や、かけ算の逆の演算で有る場合などです。
「20は5の何倍か」と言う問題では等分除も包含除も無関係です。
「面積20、縦5なら横は(単位省く)」の問題も同様です。
等分除と包含除とは、
かけ算の「1つあたり」×「いくつ分」=全体のかずという公式が成り立つ問題で、「1つあたり」を求めるのか「いくつ分」を求めるのか、
と言うときの方法を言うものであって、割り算がみんな「等分除、包含除」と言うことではありません。
===以上引用==================
積分定数
2012/03/01 09:30
>鰹節猫吉さん例によって瀬戸智子氏は、

切り張りしたら意味が通らなくなってしまった。

長方形の面積と縦の長さが与えられていた場合に横の長さを求めるような問題なら、等分除とも包含除とも考えられるというのは容易に分かる。

というのに続いて、例外として瀬戸智子氏の見解を紹介しています。

>ただ、多数派にわかりやすいように説明の便宜上、等分除とか包含除を分けているにすぎない。

ここが分かっていない人が教えているケースが多すぎるように思います。


で、さすがに瀬戸智子氏のようなのは例外と信じたい。

また、速さや密度に関して、「密度を求めるのが等分除で体積を求めるのが包含除とするのが自然」というのも、逆の解釈も可能だけど、「どちらがより自然か?」と問われたらその通りかなと思う。

 割合などは厄介で、700円の3割は210円 と言う場合、

A 1あたりが700で、いくつ分が0.3
B 1あたりが(1割り分の)70円で、いくつ分が3

どちらも自然に解釈できるけど、長方形ほど「どちらの解釈も可能」というのが自明ではなくて、教える人がAの解釈をしたら「Aが自然な発想」、Bの解釈をしたら「Bが自然な発想」と思い込みかねない危険性がある。
積分定数
2012/03/01 09:40
文科省が、具体的にどのように無責任かは、『政策論争のデタラメ』(新潮新書2009年)市川真一・著に書いてあります。
日本全国の小学校や教科書会社や問題集を作っている出版社が、無責任な文科省の指示を絶対視してしまう不幸な構図を止めるには、王様(文科省)は裸(無責任)であることを、多くの人が認知する必要があるでしょう。
おおくぼ
2012/03/01 10:33
 文科省が「王様」なのかどうかが現状だと曖昧で、そのあたりが他の行政機関と違う。

 「首長が教育方針を立てて実施する」となれば、「かけ算の順序なんか押しつける首長は落選させよう」とでもなるのかな。
積分定数
2012/03/01 11:37
「数学の常識がわかっている人が採点する」のかどうか不安なケースが実はある。

 さすがに、国立大学ではそんなことはないのだろうが、こういう仕事をしていると、問題集や入試問題で、「????」と思うことがある。

平面上に点がいくつかあって、それらを結んでいくつ四角形が出来るかという問題。凹四角形も考えたら結構ややこしいと思って「解答」を見たら凸四角形だけの解答だった。

 この程度は、単なるうっかりだろうとは思うが、

パラメータaを含む2次方程式が与えられていて、
「0≦x≦5の範囲に解が存在するaの条件」と言う問題。こう言うのも「必要十分条件」とちゃんと書いて欲しいがまあそこはいいとする。

私は、「指定された範囲に少なくとも1つ存在する」という意味に解釈して解答したが、「解答」だと、「実数解が2つとも、(重解の場合は1つ)とも指定された存在する」という解釈だった。

これは甚だ疑問である。

2次式をf(x)とすれば、問題文は

∃x;0≦x≦5 ∧f(x)=0

と解釈するのが普通な気がするのがどうなんだろうか?

「解答」は、

(∃x∈R;0≦x≦5 ∧ f(x)=0)
∧(∀x∈R;f(x)=0→0≦x≦5)

という解釈になっている。


問題文が「全ての実数解が0≦x≦5に存在する条件」だとさらに悩ましい。

数学が分かっている人なら、「実数解を持たない」というのはこの条件を満たすと判断してくれると思うが、・・・

記述式だと、「この条件は、『指定された範囲以外に実数解は存在しない』というのと同値であり、方程式に実数解が存在しない場合は、自動的に条件を満たすことになると解釈できる」と一言書き込めばいいが、マーク式だと厄介。
積分定数
2012/03/01 12:01
確率や順列組み合わせでも、「問題な問題」が多い。

「3回表が出る確率」、少なくとも3回、or ちょうど3回、を明記して欲しい。大した手間ではないのだから。

モンキーホール問題で数学者が間違えた、と言う話も、問題文が曖昧だったからではないのかというのを数学セミナーで読んだ。

3つの箱があり、その中の1つがアタリ。残りがハズレ。1つを選ぶ。司会者が残りの2つのうちの1つの箱を開けるとハズレだった。最初に選んだ箱、選ばなかった2つのはこのうち司会者が開けなかった方の箱、それぞれのアタリの確率は?

 これだと問題文が曖昧。司会者が無作為に開けたのか、ハズレの箱を必ず開けることになっているのか、で確率が変わる。ここが問題の肝なんだけど、それが分かっていない人が問題文を考えると曖昧になってしまう。
積分定数
2012/03/01 12:11
>モンキーホール問題

「モンティーホール問題」でした。

http://www9.nhk.or.jp/gatten/archives/P20110706.html
>(司会者は、参加者が最初に選んだドアが当たっていても、ハズレていても、残ったドアのうちどちらか1つを開けて、2択にします。)

>残ったドアのうちどちらか1つ、必ず、ハズレを開けて

とした方が明確。
積分定数
2012/03/01 12:28
以下の話、ツイッターで話題になり、女性セブンの記事にもなったらしい。かけ算の順序も週刊誌ネタにならないかな。


http://twitter.com/#!/Kageyama_hideo/statuses/169977715670257665
陰山英男
‏ @Kageyama_hideo フォロー フォロー中
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キャンセル 最近、自分の名前であっても学校で習ってない漢字を使ってはならないと先生が指導するという。おかしい。だって名前の漢字はすべて学校で習うとは限らない。ならばいつまでも自分の名前は漢字で書けない。名前は親が指導し、学校では友達の名前を読めるように指導すべきと思う。

積分定数
2012/03/01 21:09
戸籍の漢字にこだわる習慣は弊害が大きいのでなくなって欲しい。
でも常用漢字だけが「正しい漢字」という考え方も弊害が大きい。
博物館で古い書を見れば、漢字一つとってもいろんな書き方があることがわかる。
できるだけ多くの漢字を判読できた方が便利。
そういう意味では中国の簡体字を学校で教えれば、日中友好に役立つと思う。
おおくぼ
2012/03/02 06:45
積分定数さんの、その例は、単に間違った解答が載っている問題集があるというだけのことでは?
TN
2012/03/02 08:45
問題集からのもありますが、入試問題の順列組み合わせの問題で、明確に多義性が生じる問題文がありました。見つけたらアップします。
積分定数
2012/03/02 11:44
2年前にミクシィに書いた日記

某医療系の大学入試問題 マークシート
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
5つのアルファベットi,r,y,o,uについて、1列に並べる方法は(アイウ)通りある。この並べ方の中で次の条件を満たす場合を考えよう。yはo,uどちらかの前におくことができる。rは、i,o,uの前におくことができ、またyの前にもおくことができる。それ以外は自由に並べられる。i,o,uを一列に並べる並べ方は(エ)通りあり、それぞれで条件を満たすyの置く場所は(オ)通りあり、rの置く場所は(カ)通りあるので条件を満たす並べ方は(キク)通りある。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
「おく」「置く」と一貫していない部分はご愛敬としても、悪文である。

「rの置く場所は」というのも、日本語として違和感がある。
「rを置く場所」「rが置ける場所」の方がしっくりくるがどうだろうか。

正解は アイウ=120 エ=6 オ=2 カ=3 キク=6

この正解から逆算すると、

「前におく」というのは、「直前におく」ということのようである。


「できる」の意味が最初分からなかった。

「この並べ方の中で次の条件を満たす場合を考えよう。yはo,uどちらかの前におくことができる。」

と突然言われても、

「それ以外においてはいけない」

とは解釈しにくい。

120通り全ての並べ方について、「yはo,uどちらかの前におくことができる。」しかし、「実際にyはo,uどちらかの前においた」場合もあれば、「おくことはできるけどおかなかった」場合もある。いずれにしても、「おくことはできる」から、「条件を満たす場合」の答えも120通りに思える。
積分定数
2012/03/02 12:37
正解から類推するに

「yはo,uどちらかの直前においてある。」

ということのようである。だったらそう書いて欲しい。
「泳いだ人」と「泳げる人」は同じではない。

 確率の問題で「ただし、サイコロのどの目の出方も同様に確からしいとする」という注釈があっても、言わずもがなでいちいち気にもしないが、こういうこと書かなくても「目の出方が均等かどうか分からないので解くことが出来ない」と文句言う人はいないだろうけど、誤解がないように出題者はそこまで配慮するのだなと思う。一方で、なんでこんなずさんな問題を出すのか!?と思うような問題に遭遇することがある。

 記述なら、「この出題はこのような意味に解釈したので、そのことを前提に解答する」とか書けるが、マークシートではそうもいかない。

対案
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
5つのアルファベットi,r,y,o,uについて、1列に並べる方法は(アイウ)通りある。この並べ方の中でyはo,uどちらかの直前にあり、かつ、rは、i,o,u,yのいずれかの直前にある場合の並べ方が何通りあるか求めてみる。i,o,uを一列に並べる並べ方は(エ)通りあり、それぞれで条件を満たすyの置く場所は(オ)通りあり、rを置く場所は(カ)通りあるので条件を満たす並べ方は(キク)通りある。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
積分定数
2012/03/02 12:38
つまりこの場合、

「yはo,uどちらかの前におくことができる。」

が、「それ以外の場所にはおけない」「前とは、直前のことである」というのが不明確。


それから、親切心なのか、ストレートに求めさせればいいのに、誘導になっているのもあまり好きではない。これは私の好みの問題。

 他に明確で簡潔な表現が可能なのだからそうすべき。
積分定数
2012/03/02 12:42
 あと、某旧帝大の物理の問題でどう考えても出題ミスというのがあった。赤本の出版社にも電話したが、「う〜ん、ミスでしょうね。後期試験だから受ける人も少ないから・・・」と私と同じ見解。

 東北大ではないです。
積分定数
2012/03/02 12:45
 難関大学目指していた生徒が、「この問題が出来ない」と件の物理の問題を持ってきた。

ぱっとみて、それほど難しくなさそう。「これぐらいは出来ないと困るよ」とかなんといいながらやり始めたら、「あれ?」。

 「この問題は、『出来ない』というのが正しい。これを何の疑問も持たず解けて、正解と一致したら、それは理解できていない証拠。ちゃんと理解しているようだね」

ということになった。
積分定数
2012/03/02 12:50
日本数学会で「掛け算の順序」が話題となっておりました。
黒木さんのお仲間で、ご存じの方はいないでしょうか。

数学会教育委員会報告
http://mathsoc.jp/publication/tushin/1604/kaiho164-kyoiku.pdf
>掛け算の順序等の具体的な問題に関しても,小学校,中学校,高校でそれぞれどう扱うべきで,数学者ならどう考えるかを,その理由も込めて学生に把握させることが重要.

数学者で教育的な立場から掛け算の順序を(やや)肯定されているケースがありました。

蟹江幸博(三重大学)
http://miuse.mie-u.ac.jp/bitstream/10076/10441/1/20A8069.pdf

http://miuse.mie-u.ac.jp/bitstream/10076/10438/1/20A8071.pdf

かけ算を倍と積で区別する例も書かれています。
釈迦に説法
2012/03/02 17:24
http://miuse.mie-u.ac.jp/bitstream/10076/10438/1/20A8071.pdf
の方だけを見てみました。

(1) まず、教育の便宜のために掛算の順序を使っているに過ぎないことを強調しています。実際「10円の鉛筆が5本」を「10円×5=50円」と計算させることについて

p.33より
> 小学校のこの段階では、掛け算という数学的技術を習得した上で、
>問題を解こうというのではなく、問題を解くことを通して数学的技術
>の存在と有効性を納得させようとしているのである。

> だから、5×10という計算をしてはいけないと強調し過ぎるのには
>問題がある。最初の段階から、5×10という計算も許容すると子供は
>却って混乱するだろうという点を考慮した、教育的配慮にすぎない。精
>神年齢の低い段階では、極端な自由よりも、一定程度の制約の元に技
>法の習熟を主眼にするという教育的措置は認められて良い。

と述べています。掛算の順序を教えるための便宜として使う場合には何をして良いわけではなく、後で解消される掛算の順序に関するルールを子どもたちに徹底することは好ましくないという意味のことをはっきり述べています。
くろきげん
2012/03/02 22:24
上の続き。


(2) 次に、掛算の順序についても必然性がないことも強調しています。

p.33より
> したがって、「10円の鉛筆が5本」という言葉の順序に従って、
>「10円×5=50円」と計算することを教えるのである。だから、この
>方が子供にとって理解しやすいとか、こうする必然性があるなどと議
>論しないほうがいい。現に英語では「5×10円=50円」と教え
>ている。これを知って、スカラーは前に書くべきものだからという議
>論もしない方がいい、単に英語では「five pencils of ten yens」と言う
>からに過ぎないのだから。
くろきげん
2012/03/02 22:25
(1)へのコメント

掛順の設定は教えるための便宜に過ぎず、目的は「問題を解くことを通して数学的技術の存在と有効性を納得させること」なので、掛順を逆にすると誤りになると強調し過ぎてはいけないとはっきり述べているところが素晴しいです。

しかし、「掛算の順序」について「極端な自由よりも一定程度の制約が必要」という類の主張について、ぼくは証拠が示されているのを見たことがありません。掛順を揃えることを教えた方が混乱が少なくなるのか、揃える必要がないことを認める方が混乱が少なくなるかは、理屈で考えても答が出る問題ではありません。

全国小学校36校の調査では、掛順問題の正答率は、小2では半分程度、小3では1/4にも満たない。学年が上がると下がる。子ども自身は掛順を「10円×5」の順序に揃えるつもりがないと考えざるを得ません。

さらに別の調査研究ではやはり小3のクラスの大部分が掛順を逆に書き、しかも掛順を逆に書いた子どものおそらく全員が文章題の内容を絵で正しく表わせるほど十分に理解していた。掛順にこだわらなくても文章題の意味を理解できるように教えることが可能であることが証明されてしまっているわけです。

しかも、現実には「2×8ならタコ2本足」だったり、「2×8だと2匹のタコの8つ分で答えがタコの匹数になってしまうよ」のような言い方でまさに強調してはいけないことを子どもたちの心に訴えかけるようなやり方で強調してしまっているわけですよ。

やってはいけない掛順の強調についてもっと明確に述べることが教育学部での教育では必要だと思います。その結果、教科書指導書の教え方は当然否定されることになるわけですが。
くろきげん
2012/03/02 22:25
つづき。


以上のようなことを蟹江さんが十分に考慮していたとは思えません。しかし、ぼくも上に挙げたようなことを考慮できるようになったことはかなり最近であり、それ以前であれば蟹江さんのような言い方をしたかもしれません。

(2)へのコメント

掛算の順序を「10円×5」にしても理解がし易くなるわけでもなく、必然性があるわけでもないとはっきり述べている点が良いと思いました。

しかし、言語に合わせて「10円×5」にしたという俗説に無批判のは好ましくないと思いました。実際、上で言及した全国36校の調査などで子どもたちは文章題に出て来た順序に数字をかけあわせることが多く(しかも文章題の内容を理解していた事例があり)、日本語の一つの表現法に過ぎない「10円の鉛筆が5本」の順序に揃えてくれることは期待できません。たとえば「鉛筆が5本あってそれぞれ10円」と書いてあれば「5×10円」の順序で書く可能性が高い。自然言語は柔軟であり、数字をどの順序で出すかは自由に変えられます。特定の言い方に合わせて掛順を決めても必然性がないということはもっと強調されてしかるべきことだと思います。

しかし、掛順が言語依存だという説が単なる俗説に過ぎず、根拠がないことを確信できるようになったのは最近であり、昔の自分であればやはり蟹江さんと同じようなことを書いたかもしれません。

算数教育の世界を信用しているかどうかもまた説明の仕方に影響すると思います。
くろきげん
2012/03/02 22:26
蟹江さんは直接よく知っています。
ちなみに次の日本数学会は東京理科大で今月の26-29日にあります。
くろきげん
2012/03/02 22:29
iryouの問題については、定義が厳密っぽくないことより、i,r,y,o,uを用いてかなのローマ字表記になる並びの数を検討するという意図のようなものが明示されていない空気読み問題なんですね。
 医療系だし、きっちり定式化できていない問題を適当に処理する能力を問うているのでしょう。

しかし、キク=36じゃないの?(正解は誰の情報?)
TN
2012/03/03 07:51
蟹江先生

> 2つの積は日本語では区別し難いので英語で書くと、Productとmultiplicationという2つの積です。
> Productの方は同じ種類のものの積で、集合論での直積集合を作るという操作と対応します。この対応を良く考えることによって、積についても、交換法則、結合法則、単位元の存在は全く同じ様に示せますし、さらに分配法則も示すことが出来ます。これは小学校算数以来の伝統“面積図"を考えるのに似ていますので、Productについても和と同様に出来ると言う僕の言葉を信じてくれてもいいし、集合の直積の定義を考えて自分で証明してくれてもいい(勿論この方が良いのだけれど)。
> multiplicationについて議論するのは少し難しいのです。時間の制約の為にというより概念が熟するのに時間が掛かるからと言った方が良いでしょう。
> 3+3=6を集合算の中で考えることは自然に出来ますが、3+3=2x3というmultiphcationを集合算の中だけで考えるのは難しいのです。この2は一旦抽象された概念としての自然数であって、3+3=6=2x3と理解したときの濃度(個数)2の集合に対応させた自然数の2とは抽象のレベルが異なっているのです。
鰹節猫吉
2012/03/03 12:16
(続き)

> 小学校の算数では応用問題を解く際、掛け算の順序が間題にされていたことを思い出して下さい。あれは実はこの差を問題にしていたとも言えるので、強ち間違った議論だと言うわけでもありません。数だけを扱っている場合には、外算法であるmultiplication内は算法であるProductを使って解釈を仕直すことが出来るので、この違いを余り強調しすぎることは却って教育的には害があるかも知れません。


 なんか、宮下教授 や 根上生也氏(本物?) みたいなことをおっしゃってますが、小学校算数でこういうことを言うのはまずいというふうに考えていらっしゃるようです。

<字数制限のため、コメントを分割いたしました。>
鰹節猫吉
2012/03/03 12:17
 難解な話だが、要約すると、

・同じものどおしの積 → おはじきを長方形に並べたものの総数を求めるような問題と同様に考えることができるもの。

・ベクトルのスカラー倍みたいなもの。

↑2つ考えられるけど、小学校算数でやるような普通のかけ算はどれも 「おはじきを長方形」 と同様に考えることができるものばかりでしょう? 余計なことにこだわらないほうがいいでしょう。


 そういうお話なのでは?

 これをもって「小学校算数のかけ算の順序を肯定的に評価している数学者がいる。」と捉えるのはまずいのでは?
鰹節猫吉
2012/03/03 12:35
鰹節猫吉様

>これをもって「小学校算数のかけ算の順序を肯定的に評価している数学者がいる。」と捉えるのはまずいのでは?

これをもってとは言っておりません。
鰹節猫吉さんが取り上げたのは1991年で、もう一つは1994年です。
1994年では「教育的配慮」として肯定されています。
消極的な肯定のようなので(やや)とつけました。

釈迦に説法で恐縮ですが、鰹節猫吉さんの指摘の部分でも、「数だけを扱っている場合には、」と書かれている点が気になります。量の場合だと違うようにも読めます。

黒木さんのお知り合いのようなので、直接尋ねて頂ければ分かると思います。
釈迦に説法
2012/03/03 14:34

鰹節猫吉さんが 2012/03/03 12:16 で引用した部分はぼくもひどいと思いました。学生にこういう言い方で何かを教えたつもりになるのはまずいでしょう。でもすでにかなり昔の話なんですね。

ところで釈迦に説法さんは例のドラゴンさんに似てますよね。もしもドラゴン氏と同様に算数教育関係者なら無責任な困った人物だと思います。算数教育関係者なら実名で議論に参加して、馬鹿なことを言ってしまった場合にはしっかり責任を取るべきですね。

ちなみにぼくもつい最近まで掛算の順序にこだわる教え方の問題を全然理解してなかった。実際に理解してなかった証拠は1990年代のfjのログとして残っています。ぼくは馬鹿なことを言ってしまった責任を恥をかくことによって取っていると思っています。
くろきげん
2012/03/03 22:46
すでに述べていることですが、ぼくのスタンスは以下の通りです。

(1) 小学校を卒業するまでには掛算の順序に関するルルールが不要であることをはっきり子どもたちに教えて欲しい。

(2) だから、教えるための便宜として掛算の順序に関するルールを利用する場合には後で解消されるルールに過ぎないことに十分に気を配って欲しい。たとえば掛順のルールを一度徹底してしまうと後で「そのルールにしたがう必要はありません」と教えると混乱を招くので好ましくないと思う。

すでに引用した蟹江さんの以下の意見は(2)にかなり近いと思いました。再度引用しておきます。蟹江さん曰く、

> 小学校のこの段階では、掛け算という数学的技術を習得した上で、問題を解こうというのではなく、問題を解くことを通して数学的技術の存在と有効性を納得させようとしているのである。

> だから、5×10という計算をしてはいけないと強調し過ぎるのには問題がある。最初の段階から、5×10という計算も許容すると子供は却って混乱するだろうという点を考慮した、教育的配慮にすぎない。(以下略)

教えるための便宜として掛算の順序を利用すること自体に反対している人はいないのでは?

しかし「5×10という計算をしてはいけないと強調し過ぎる」というような有害な教え方は当然否定されます。蟹江さんも否定している。
くろきげん
2012/03/03 22:47
>小学校を卒業するまでには掛算の順序に関
>するルルールが不要であることをはっきり
>子どもたちに教えて欲しい。

>教えるための便宜として掛算の順序を利用
>すること自体に反対している人はいないの
>では?

 そのあたりの事については、私はもっと過
激派ということになりますね。
 「小学校卒業までに種明かし」というのは
「数学と食い違う」という事から出てくるの
だと思いますが、私は、児童が自発的に算数
を使おうとすると場面によっては順序主義で
は行き詰まるからやめて欲しいと考えています。

 「小学校卒業までに」という要求は私にと
っては階段の踊り場のような物です。
 掛け算の授業が「1つぶん×いくつ」で始
まる事には反対しませんが、それを教えた直
後でさえ順序主義によるバツはやめて欲しい
と思っています。
ゴルゴ・サーディーン
2012/03/03 23:45
>TNさん
>しかし、キク=36じゃないの?(正解は誰の情報?)

私の転載ミスでした。ご指摘有り難うございます。
出典は赤本です。
積分定数
2012/03/04 09:58
無責任で困った人でも貴重な情報を提供していたたげるなら、いいと思うのです。
1951年の「正しい順序」導入から現在までの経緯は謎ばかりです。
パズルを完成させるためには、無責任で困った人達が持っている貴重な情報が欠かせないと思います。
おおくぼ
2012/03/04 17:19
>ゴルゴ・サーディーンさん

くろきげんさんは、最大限妥協した上で、「せめてこれだけは」という要望だと思います。

私の、最大限譲歩した上でのせめてもの願いは、

「逆順にしても構わないことを児童がちゃんと説明できたら正解にする」
「かけ算には順序がないことを教師自身が理解する。」
「順序はあくまで方便で目的ではないことを教師が理解する」

ということです。直感的に感覚的に理解していても、小学生低学年ではなかなかそれを言語化することは難しいのだから、「そのハードルを越えてきちんと説明したら」というのはかなり譲歩しての要望です。

 実際にはこれすら難しい。カード配りの方法(速さとか密度ではなく、蜜柑を配る問題で!)を大人の私が説明しても、市教委指導主事と現職教師は「それは間違い」と言っていた。絶望的な気持ちになる。
積分定数
2012/03/04 18:20
>かけ算の順序も何か社会的機能があるのだ
>くろきげんさんは、最大限妥協した上で、
>「せめてこれだけは」という要望だと思い
>ます。

 ええ、まあそれは分かった上で言っている
のです。
ゴルゴ・サーディーン
2012/03/05 00:11

>ゴルゴ・サーディーンさん

了解しました。



初出だよね?

http://togetter.com/li/234200
>.自分が無知なだけなのに自信満々に教師批判する痛い大人達2
..その後の理系教科学習につながる基本中の基本を学ばせることが目的であるのに、単なる記述順の問題に矮小化してどうでもいいと教師批判する大人達。
これをどうでもいいと教育されたり徹底されなかったりした結果が理系離れなのだろう。
この重要さを認識しない人間に化学のモル計算や物理の運動方程式など理解できるはずもなくその先には尚更つながらず。



どこからこの自信が湧いてくるのか?

私、順序のことなんか何も言われなかったけど、モル計算も運動方程式も理解しているし、それを教えることを仕事にしてますが、何か?


積分定数
2012/03/05 00:28
「順序教育を受けた理系」ってのは、やっかいかもしれない。

「順序を教わった」
「自分は正しい順序で解答できた」
「理数系科目が理解できた」

当人にとっては、これらは事実なんだろう。

ただ、因果関係があるかどうかは、ちゃんと検証した方がいい。「順序なんかどうでもいいと思っていて、理系科目をちゃんと理解している」と言う人も多数いる。
積分定数
2012/03/05 00:33
東北大学教育学研究科教育ネットワークセンター

http://www.sed.tohoku.ac.jp/lab/kyoshin/mokuyonokai/mokuyo120126.pdf
>宮田・蛯名・工藤(2011,教育ネットワークセンター年報)で報告した実践に対する批
判がネット上のサイトに出ていた。これと関連するブログでは,(1 あたり量)×(いくつ
分)というかけ算について,対象がかけ算構造になっているのを認識するのが肝でありど
ちらが「かけられる数」でどちらが「かける数」かという順序性は問題ではない,という
ことを主張していた。(このブログ主は『かけ算には順序があるのか』(岩波書店,2011)
の著者であることが判明。)
積分定数
2012/03/05 01:16
同(東北大教育)

>*かけ算の順序性について,手続きと概念的理解とは別である。中国などではひたすら計算をさせるが,日本では意味理解を重視し学校で(1 あたり量)×(いくつ分)として教える。筆者の,「大人に通用しない非常識でも,教育的指導としてはありうることはあるだろう」というのはそうだろう。

筆者とはメタメタさん(http://ameblo.jp/metameta7/entry-11130552407.html)です。

この他人事なコメントはなんだろう…自分の問題としてとらえておらず、ただ身の回りに風が吹いているとしか感じていないようである。
M
2012/03/05 07:56
*の部分は例会での報告に対する質疑事項なんですね。
メタメタさんのブログを輪読して発表者に対する意見として出てきたという感じなのかな。書き方からして少数意見ぽいですね。
M
2012/03/05 08:08
2.やまごや塾実践報告―小3 男児への割り算の指導について―(報告:蛯名・宮田)
演算(割り算:等分除,包含除)を図示することを様々な文脈を使って徹底させてはど
うかとの提案を受け,式と図とを対応づけて理解できるようになることを目標に援助活動
を行った。Y 君が立式して式に単位をつけたら,スタッフが式に合うように○を囲む手本を
見せる。それからY 君がそれをまねて囲む,という流れで行った。
*目的は?
→割り算には2 種類ある(1 人分はいくつか/何人に配れるか)ということを教えたかっ
た。
*どうやって教えるのか。直接教えるのか,結果的にわかるということなのか。(子どもに
とっては,割り算は同じ。)
*「囲む」というのは本当は包含除の操作。等分除のときは囲みが先にないといけないの
では?結果として表す分には同じであるが。
短いのでその続きも貼り付けますね。

>*たし算の場合も順序性がある(小学校でも教えている)。たし算の場合もどちらでもよい,
とするのだろうか。

>*Y 君が割り切れる割り算で余りを出してしまったときに(16÷2=6 図で囲むと4 つ余
る),余りを減らしていく活動はよかった。あまりは1 つだけではないことがわかる。

メタメタさんによる批判

「1あたり量」と「1つ分の大きさ」の違い。(付録:三国志)
http://ameblo.jp/metameta7/entry-11129702375.html#main

東北大学大学院の院生による小学2年生に対するかけ算の学習支援
http://ameblo.jp/metameta7/entry-11130552407.html
積分定数
2012/03/05 09:52
 あれ?なんか切り貼りがおかしくなってしまった。改めて貼り付けます。

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木曜会(2012/01/26)
記録:佐藤
1.「かけ算の順序」をめぐる議論について(報告:蛯名)
宮田・蛯名・工藤(2011,教育ネットワークセンター年報)で報告した実践に対する批
判がネット上のサイトに出ていた。これと関連するブログでは,(1 あたり量)×(いくつ
分)というかけ算について,対象がかけ算構造になっているのを認識するのが肝でありど
ちらが「かけられる数」でどちらが「かける数」かという順序性は問題ではない,という
ことを主張していた。(このブログ主は『かけ算には順序があるのか』(岩波書店,2011)
の著者であることが判明。)
*かけ算の順序性について,手続きと概念的理解とは別である。中国などではひたすら計
算をさせるが,日本では意味理解を重視し学校で(1 あたり量)×(いくつ分)として教
える。筆者の,「大人に通用しない非常識でも,教育的指導としてはありうることはある
だろう」というのはそうだろう。
*たし算の場合も順序性がある(小学校でも教えている)。たし算の場合もどちらでもよい,
とするのだろうか。
積分定数
2012/03/05 09:57
2.やまごや塾実践報告―小3 男児への割り算の指導について―(報告:蛯名・宮田)
演算(割り算:等分除,包含除)を図示することを様々な文脈を使って徹底させてはど
うかとの提案を受け,式と図とを対応づけて理解できるようになることを目標に援助活動
を行った。Y 君が立式して式に単位をつけたら,スタッフが式に合うように○を囲む手本を
見せる。それからY 君がそれをまねて囲む,という流れで行った。
*目的は?
→割り算には2 種類ある(1 人分はいくつか/何人に配れるか)ということを教えたかっ
た。
*どうやって教えるのか。直接教えるのか,結果的にわかるということなのか。(子どもに
とっては,割り算は同じ。)
*「囲む」というのは本当は包含除の操作。等分除のときは囲みが先にないといけないの
では?結果として表す分には同じであるが。
*Y 君が割り切れる割り算で余りを出してしまったときに(16÷2=6 図で囲むと4 つ余
る),余りを減らしていく活動はよかった。あまりは1 つだけではないことがわかる。
3.学級だよりの紹介(報告:高橋)
1 月から学級だよりを毎日発行することを目標にしている。小正月の行事,お正月の遊び,
冬さがし・氷作りなどの生活科や算数,国語の授業の様子をお便りにまとめている。
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積分定数
2012/03/05 09:58
 くろきげんさんも、ツイッターで書いているが、「包含除・等分除の2種類の割り算」は甚だ疑問。

 私自身、小学校のときに、「2種類ある」と自分で気づき、「かけ算の片方を求めるのだから、同じ事だ」と気づき、以来気にしたことはなかった。

 一回目の大学時代に、教育学部の数学専攻の人が、他の人と会話中に、なんとかとかんとか(今にして思えば等分除と包含除)がどうのと言うのを言っていて、言葉のイメージから、「それってこういうこと?」と質問したら、「そうだ」と言われて、「ふーん、名前が付いているんだ」と思ったことがある。

 6〜7年ぐらい前に、清水義範と西原理恵子の「いやでも楽しめる算数 」(講談社文庫)を読んでいて、「割り算には2種類ある」という記述に出会い、上記の2つのことを思い出した。

 そのあと、mixの教育関係コミュで、教育学部系学生とおぼしき人が、何かの制約がついた上での、等分除だか包含除だかの問題を作れと言われたがどうしよう、という質問を書き込んでいたのを見た。

 遠山啓の「算数の学び方・教え方」(岩波)を読んでいて、割り算の説明の箇所で等分除・包含除というのを見た。

 私が朝日新聞の投書で「かけ算の順序」の存在に衝撃を受ける以前に、等分除とか包含除を目にしたり、意識したのは、この5回だけである。
積分定数
2012/03/05 10:26
 「かけ算の順序」を研究する以前だったので、私自身は「2種類ある」などという意識はなかったが、さりとて「2種類ある」という言い方に、さほどの反発も感じなかった。「ふ〜ん」という感じだった。

 でも、違いを認識する必要は更々ないと思うが。「同じ割り算」と認識して何か不都合があるのだろうか?事実同じ割り算だし。

100個の蜜柑を2個ずつ配ったら、何人に配れる?

100÷2

この計算をするときには、100を2分割するイメージで、50と出す人が多いだろう。

100個の蜜柑を50人で分けると1人何個?

100÷50

この計算は、100の中に、50が2つあるイメージで答えを出す人が多いと思う。

元の問題が、包含除的か等分除的かなんて意識もしないから、計算は計算で都合良く解釈できる。

 区別するメリットって何?
積分定数
2012/03/05 10:27
ブログにも書いたが
http://suugaku.at.webry.info/201103/article_4.html
遠山啓エッセンス3 量の理論 銀林浩・榊忠男・小沢健一 日本評論社 p87 
▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽
 このような分離量と連続量の区別は、数学教育では必要であるが、これまでは、はっきりと意識されていなかった。
 この区別がなかったために、例えば除法の2つの意味をうまくとらえることができなかった。それは等分除(partition)と包含除(quotition)である。
 連続量では、この2つははっきりと区別できる。たとえば「6Lを3等分するといくらか」という問題は
6L÷3=2L
と書けて、答えは2Lとなる。ところが「6Lのなかに3Lはいくつあるか」というのは
6L÷3L=2
となり、答えは2となるが、2つの問題は意味がまるでちがっている。
「6コのリンゴを3人にわけると1人前は何コずつになるか」という等分除の問題は、
6÷3=2
となるが、これから答えを出すには、トランプを配る方法を使うと、まず1回配って3コ、2回目は3コで、結局3コが6コのなかにはいくつ含まれているか、を考えることになって包含除に転化する。したがって分離量では等分除と包含除はたがいに転化し合うものとなる。事実上そのように考えることができないと困るのである。
△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

この遠山啓の考えはおかしいと思う。
積分定数
2012/03/05 10:45
分離量と連続量が、根本的に異なるというのだろうか?

水だって分子レベルで考えたら分離量だし、米粒とかで考えてもいい。

「助数詞は単位ではない。単位が必要なのは、連続量」という主張の流れで混乱していると思う。

連続量は、1mや1sという基準量を提示する必要がある。分離量は、基準となる量を敢えて指定する必要はないから、助数詞をなくしても問題ないはず。

という話と、「分離量・連続量の性質の違い」は話が別だと思う。

分離量だって、「12本で1ダース」というようなこともある。6.02×10^23 で1モルというのも同様。そうなると、「○個で1モゲ」 というような新しい数量単位をでっち上げた場合、○の数値(自然数としておこう)大きいと連続量的、○が小さいと分離量的、特に○が1のときは、通常の分離量と一致する。

 そう考えたら、「包含除と等分除は、分離量では区別がないが連続量でははっきり区別できる」という主張は、疑問に思わざるを得ない。
積分定数
2012/03/05 10:46
瀬戸智子さんと議論したときからずっと思っているが、

算数・数学教育の世界に蔓延する、根本的に誤った思想があると思う。

 「大人にとっては同じことも、子どもには違って見えるのです」という配慮はいいとしよう。

 ところが、

 教える当人が「違った物」と認識してしまって、子どもにその区別を強要する。

http://ts.way-nifty.com/makura/2009/07/post-4df6.html
▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽
次に添加。
「えきに電車が5台あります。あとで3台きました。えきには何台電車がありますか。」
などの問題です。
これは、5+3ですが、3+5、とはなりません。
この考えは理科の実験で試薬を作るときも同様です。
試薬を添加する順番があるからです。
添加を教えるときは「順番」は大切なのです。
どちらでもいい、という教え方をすると子どもは混乱するのです。
△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

あほか!?

後からきた3台の方に視点を置けば、3に5が加わるとも言えるだろうが。

なぜあなたの頭の固さに、子どもがつき合わないとならないのか?
積分定数
2012/03/05 11:18
カード配りで1あたりといくつ分は逆転できるから、等分除と包含除も逆転できる。これは遠山啓の指摘したとおり。

連続量でも同様。

15Lの水を3人に分ける。水分子を1個ずつ分配するのはさすがに大変。

15L入りの容器に3つのホースを付けて、3つの容器に入れるようにする。3つのそれぞれの容器に1L入るごとに、3L減る。そうすると、15Lの中に3Lがいくつあるか、という問題に帰着する。

 帰着させて、等価だがより簡単な問題として考えるというのは、数学では大切。

 1〜100までの自然数の中から98個を選ぶ選び方は?

2個選ぶ選び方と等価だから、・・・

と考えたらすぐに出る。
積分定数
2012/03/05 12:10
http://www.sed.tohoku.ac.jp/lab/kyoshin/mokuyonokai/mokuyo111208.pdf
1.やまごや塾実践報告―割り算の意味理解の促進について―(報告:蛯名・宮田)
・ 対象は小学3年生Y 君である。12 月3日のやまごや塾では,割り算の等分除の式と具体的操
作あるいは図を対応させて理解できるようになることを目標に活動を行った。
・ まず,文章題の問題文を読んで立式し,式の中の数に単位をつけるよう求めた。次に,その
式が表していることを具体物あるいは図で表すように指示した。
・ Y 君は,「15 こ÷5人=3こ」のように式に正しく単位を付けることができたが,その意味を
具体物を使って表そうとすると,5こでできた塊を3つ作った。しかし,紙に描かれた○を
一人分ずつ囲む方法を教えられると正しく囲めるようになり,自分から○を描いてそれを囲
んだりもした。
→式に単位を付けられることは,式の意味がわかることの必要条件であって十分条件ではない。
「15 こ÷5人=3こ」と「15 こ÷5こ=3人」が区別できておらず,意味が分かっていると
は言えない。
→Y 君にとって,具体物は式の意味を考える際の助けになっていないのではないか。式と具体物
の間が開きすぎているのかもしれない。間に図を挟むことによって,ギャップが小さくなる。
立式したら,それを図示するということを徹底して,クッキー以外の文脈でもやらせてみては
どうか。
→スタッフがもっと教えたらいいのではないか。例えば,スタッフが初めにグルーピングして見
せてそれをまねさせたり,グルーピングができたら,全部分けられているか,全てに同じ数ず
つ分けられているか,囲みの数や囲みの中の物の数は何を表しているかをY 君と一緒に確認す
るなど。
積分定数
2012/03/05 12:23
こう言うのを見ると、遠山啓の助数詞廃止論に理があるように思える。
積分定数
2012/03/05 12:25
Mさんの引用している部分と引用の続き

>*かけ算の順序性について,手続きと概念的理解とは別である。
>中国などではひたすら計算をさせるが,日本では意味理解を重視し学校で(1 あたり量)×(いくつ分)として教
える。
>筆者の,「大人に通用しない非常識でも,教育的指導としてはありうることはあるだろう」というのはそうだろう。
>*たし算の場合も順序性がある(小学校でも教えてる)。たし算の場合もどちらでもよい,とするのだろうか。

たし算の「正しい順序!」

「手続きと概念的理解とは別である。」って何だ?
中国は概念的理解無視していて、日本は重視しているのか?
おおくぼ
2012/03/05 16:09
追記

足し算の順序は、積分定数さんが瀬戸智子さんの例をひいているけど、東北大学教育学部の人達は、児童心理学のことを考えているんだと思う。
小学校にまだ行っていない児童に足し算用の絵を見せると、「空間の左右」や「時間の前後」を気にすることを、研究者達は数学のルールと勘違いしているんだと思う。
おおくぼ
2012/03/05 16:22
追記 2

>「えきに電車が5台あります。あとで3台きました。えきには何台電車がありますか。」などの問題です。
>これは、5+3ですが、3+5、とはなりません。
>この考えは理科の実験で試薬を作るときも同様です。
>試薬を添加する順番があるからです。

数学の世界=現実の世界としているから、こんなことを平気で断言できるのだろう。
100次元の世界のように、現実にあるかどうかわからない世界も数学では扱える。
数学は現実をモデルにして作られていても、現実と違っていてもいい。
おおくぼ
2012/03/05 22:02
小学校を卒業するまでに子どもたち全員に掛算の順序はどちらでもよいことを納得させなければいけないことを認めたならば、その時点で掛算の順序が逆なだけでバツをつけて、しつこく掛算の順序を徹底することはできなくなると考えています。

小ニでしつこくバツをつけられてなんとかそれに対応した子どもがあとで「本当はどちらの順序でもマルというのが常識でした」と言われて納得するとは思えません。このことは誰にでもわかる。

「小学校卒業まで世間では非常識だとされているルールを信じさせておき、そのまま卒業させてよいと思っているのか?」という質問は掛け順こだわり派がどれだけ非常識であるかを周囲に印象付けるために効果的だと思います。
くろきげん
2012/03/05 22:12
「筆者の,「大人に通用しない非常識でも,教育的指導としてはありうることはあるだろう」というのはそうだろう。」
 という箇所は,あの本の中にそう書いてあるということのようだが,文字通りそう書いてある箇所がみつけられなかった。そういう風に書いた記憶もないが,やや自信がない。
 もし文字通りそのように書いてあったとしても,その前後の文章を見れば,筆者が言いたいのは,「ありうることはあるだろう」という後半ではなく,「大人に通用しない非常識」という前半にあることがわかるはずだと思うのだが。
メタメタ
2012/03/05 22:34
>その時点で………しつこく掛算の順序を徹
>底することはできなくなると考えています。

なるほど。
その手でしたか。
ゴルゴ・サーディーン
2012/03/05 23:40
http://www3.ocn.ne.jp/~popcorn/warriimitest.htm
▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽
<子どもがたのしいという>授業メモ

題材:  割り算の意味(一当たりといくつ分)

日時:  1998年6月16日

内容:  割り算の意味@とAの判別をする

@ 一当たりを求める

A いくつ分を求める

方法: 割り算の意味として、まず、@等分除をじっくり1ヶ月位学習していった。その後、割り算の二つ目の意味としてA包含除を導入した。さらに、@とAを文章題をみて判別する練習している。
△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△
積分定数
2012/03/06 10:09


教師も、もっと学ぼう 田中 博史
http://tsukuba-sansubu.cocolog-nifty.com/blog/2010/08/post-303a.html
▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽
1 若手教師の増加に現場はどう対応するか
 ある研究会での若い先生との会話。
私 「わり算の等分除と包含除の違いを海外では意識していないところもあるんだよ」
若手教師 「等分除と包含除って何ですか」
私 「え…。ほら、わり算で何人に分けるか、何個ずつ分けるかって子どもに教えるでしょ」
若手教師 「あー、「人分け」と「ずつ分け」のことですね」
私 「そんなふうに区別してるんですね」
若手教師 「そうですよ。答えが「人」だと「ずつ分け」で、「個」だと「人分け」です。反対になるんです」
私 「え、そんな区別で教えているんですか…」
若手教師 「だめですか。でもわかりやすいでしょ」
私 「じゃあ、12人を3人ずつのグループに分けます。何グループできますか。という問題にしたらどうなりますか」
若手教師 「……」
 笑えないが、本当の話である。
 子どもたちがなかなか区別できないから、ともかくすぐに見分けがつくようにと、こうした機械的な区別方法を生み出すことに躍起になっているという。
△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

等分除と包含除を区別すると何かいいことがあるのだろうか?

割り算をきちんと理解しているかどうかは分かるかも知れない。

「区別できません」と答える子は割り算をきちんと理解している。
積分定数
2012/03/06 10:10
>等分除と包含除を区別すると何かいいことがあるのだろうか?

逆数を理解するのに便利ということですね。
逆数を理解するために生み出された強引な理屈とも言えます。
等分除と包含除という小難しい用語を使わなくても、図で書くと簡単に理解できますけど。

また等分除と包含除を区別しても、割り算の順序は変わりません。
割り算の解釈は一つじゃないというだけです。
おおくぼ
2012/03/06 11:42
筑波大学って凄いですね。

まるで精神病患者が医者になって正常な人間を強制入院させて脳改造手術をして病気の仲間を大量生産しているようです。


旧東狂狂育大学とでも改名したほうが良さそうです。

鰹節猫吉
2012/03/06 12:33
等分除も包含除も、逆数をかけることになるから、結局同じだと思うけど。

どこも用に、等分除、包含除を、ニコニコ割り算、ドキドキ割り算などといって区別させる指導もあるらしい。どっちがどっちか忘れたが、何でそんなに区別をさせたいのだろうか?

 これが、合併と増加の区別とかなら、馬鹿らしさが鮮明(とは言っても、瀬戸智子氏のような例もある)なんだけど。

 一方で、かけ算の順序をうるさく言う人が、「それはどっちも同じ割り算だから、別にいいんじゃない?」とあっけらかんに言うのも、ダブスタ。

 だったらかけ算だってそうだろうが!?
積分定数
2012/03/06 13:07
>どこも用に

「子供用に」


例えば、10−8を計算するときに、「8にいくつ足したら10になるか?」と求めるのが求補。「10から8減ったらいくつ?」と求めるのが、求残。

と言う具合に、単なる計算方法に付いている便宜的な前だと考えたら、

10÷5を、5等分か、5がいくつあるか、どちらで求めるのか、程度の話になってしまうと思う。

 それを仰々しく名前を付けるから、おかしな事になってしまう。

 薔薇という名前がなくても、薔薇の香りに変化はない。
積分定数
2012/03/06 13:13
http://toukai.pro.tok2.com/news/news/No158.pdf
ドキドキが包分除、ニコニコが等分除、のようです。
積分定数
2012/03/06 13:42
既出だが再掲

http://questionbox.jp.msn.com/qa1979597.html
▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽加算(+)には、添加、合併、増加など、複数の意味があるようですが、
わたしはほとんどの場合、合併の意味で捉えていました。
(x + 1 → x[に]1を加える、ではなく、 x [と] 1 を足す、という具合に。)
http://members.jcom.home.ne.jp/sansakuro2/Htm/Trek_33.htm
上記によると、1 + 2 は1に2を加えること、2 + 1は2に1を加えること、と記されています。
http://m.iwa.hokkyodai.ac.jp/mathedu/subjects/nq/natural_num/sum/meaning/index_j.html
http://m.iwa.hokkyodai.ac.jp/mathedu/subjects/nq/natural_num/sum/law/index_j.html
こちらをみても、加算はアルゴリズム的には添加の意味のように思えます。
では、加算には本質的には合併の意味はない、
ということなのでしょうか?
また、単にx + 1という式があった場合、皆さんはどのような解釈(添加か合併か)で捉えているのでしょうか?
△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△
積分定数
2012/03/06 21:01

http://oshiete.goo.ne.jp/qa/3798455.html
▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽
5+4は(1)5に4を加える (2)5と4を加えると本に書いてあるのですが違いはあるのですか?+記号は数字と数字をくっつけるという意味だから5と4をどのようにくっつけるかの違いですか?わからないので誰か教えてください。
△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽
子どもに指導するとき、このことは明確に区別します。
加法(いわゆる足し算)は、
 (1)こっちの山にサルが3匹、あっちの山にサルが2匹いる。皆で何匹?という具体例で足し算を教えるとき、この状況を「合併」という。
 (2)こっちの山にサルが3匹、あっちの山からサルが2匹、遊びに来た。こっちの山のサルは何匹になった?という具体例で教えるとき、この状況は「増加」という。
 (3)こっちの山にサルが3匹、天界の神様が、サルを2匹作って、こっちのお山にお置きになられた。今サルは何匹になった?というような状況を考えるとこれは「添加」
 要するに、足し算という抽象概念を構成するのに、「合併」「増加」・・などの具体例から導いていく。最初、子どもに足し算を認識させるにはは、増加の状況で教えるのが理解がしやすいと言われています。
△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△
↑子どもたちに区別をさせるわけではないと思うが、もし子どもたちにこの区別をさせるとしたら、全くナンセンスである。

と本文には書いたが、それ以後、色々な事例を知ったので、区別をさせる教師が多数いるような気もする。
積分定数
2012/03/06 21:04
(4)こっちの山にウナギが3匹、あっちの山にウナギが2匹いる。皆で何匹?という具体例で足し算を教えるとき、この状況を「ウナギ合併」という。
 (5)こっちの山にウナギが3匹、あっちの山からウナギが2匹、遊びに来た。こっちの山のウナギは何匹になった?という具体例で教えるとき、この状況は「ウナギ増加」という。
 (6)こっちの山にウナギが3匹、天界の神様が、ウナギを2匹作って、こっちのお山にお置きになられた。今ウナギは何匹になった?というような状況を考えるとこれは「ウナギ添加」
(7)こっちのテーブルの客がウナギ丼3つ注文、更に2つ注文。これは「ウナギ追加」
(8)こっちの30匹のサル山とあっちの20匹のサル山が争い、こっちの山が勝ち、あっちのサル山を支配下に置いた。この状況を「サル併合」という。
・・・

きりがない。
zorori
2012/03/06 21:55
 余分な情報をそぎ落とし、抽象化することで簡潔で美しくなるのが、算数・数学の良さなのにね。

 等分除・包含除、添加・合併・増加、求差・求補・求残、内包量・外延量、

 などの算数教育用語で検索すると、「こういうのが等分除でこういうのが包含除」という説明はあっても、「本質的には同じ事であり、本来は区別できない。単なる便宜的な分類」という記述は皆無に等しい。

 これは、かけ算の順序について、「そんなのナンセンスだ」という声がネット上に溢れていることを考えると、一見奇妙に思われる。

 かけ算の順序がナンセンスなら、添加と合併の区別なども同様の理由でナンセンスとなるはず。
積分定数
2012/03/07 10:09
(等分除・包含除、添加・合併・増加、求差・求補・求残、内包量・外延量などの概念は大切だと思っている人)

÷

(等分除・包含除、添加・合併・増加、求差・求補・求残、内包量・外延量などの言葉を知っている人)

が1に近いように思える。これらの概念をどうでもいいと思っている人は、どうでもいいと思っているので、個のような言葉を知る必要はない。だから、そういう人は分母に計上されない。

 事実私自身、かけ算の順序研究に関わるまで、これらの言葉をほとんど知らなかった。

 等分除・包含除、添加・合併・増加、求差・求補・求残、内包量・外延量などの用語を知っていながら、「それらは便宜的な物にすぎず、さして重要な分類ではない」

と主張する人が、歴史上初めて登場し始めたとも言える。
積分定数
2012/03/07 10:15
何度も言うが、それらの概念が算数教育において全くナンセンスと言うつもりはない。

子どもは、求残的問題の方が求差的問題よりも理解しやすい

と言う意見は理解できるし、そのあたりを配慮して教える必要があるというのは理解できる。

 しかし、「求差と求残が全く異なる」などと言い出したらそれは間違い。求差か求補か求残か、というのは見方の違いに過ぎず本質的にはどれも同じ事。

算数教育用語をあれこれ知っている人は

 教える上での便宜的概念と算数・数学それ自体の概念は別、

ということを理解していないケースが多い。

瀬戸智子氏は典型。

「教える上ではさておき、あなた自身は等分除と包含所は全く別だと思っているのですか?」

と質問しているにもかかわらず、「子どもたちは・・・」と振り出しに戻ってしまう。

 本人は悪意もなくおそらく“いい人”なんだろうけど、あそこでのやりとりは今思い出してもイライラする。

 算数用語をあれこれ知っていることの弊害の見本を見せてもらった、という点では感謝している。
積分定数
2012/03/07 10:27
 そういう訳なので、かけ算の順序はナンセンスだと思う人は、同様のことがかけ算以外にもあるということ。算数教育業界におかしな思想が蔓延しているということを認識して欲しい。

 おかしな思想というのは、教える上での便宜的区別を本質的区別と認識してしまい、子どもにそれを区別させることが必要だという困った思想。

 「子どもは抽象的に考えることが出来ないはずだから、子どもは抽象的に考えてはいけない。」

という思想。典型例は瀬戸智子氏。あのブログを見れば、算数教育業界に如何にろくでもない思想が拡がっているのかがよく分かる。
積分定数
2012/03/07 11:33
ただし、ここで注意が必要。

「5人にて3人かえりました。今何人?」
「男の子が5人、女の子が3人いました。どちらが何人多いですか?」

と言う問題に対して、

「そんなの、どっちも5−3で同じじゃないか!求差だの求残だのと何、七面倒臭いこといっているんだ。くだらない。」

などと言ったら彼らの思うつぼ。

「これだから算数教育の素人は困る。大人にとっては同じでも子どもには違うのです。子どもの視点に寄り添うのが大切です」

と説教されるのが落ち。

 教える上で必要かもしれない概念であることは認めつつ、算数・数学それ自体の概念としてはどうでもいい分類で、こどもがこれらを区別する必要は全くないし、正しい認識に至れば区別できなくなる、と主張すべき。

 しかしこれまでの調査からすると、算数教育業界にどっぷり浸かっている人は、「区別があるという立場が正しい」と思い込んでいるようで、「教える上では必要な概念かも知れないが、本質的にはナンセンス」などと言っても、何を言っているのか理解できないだろうな。

 「教える上での・・・」と限定的な概念であることを理解していれば、「3×4と4×3は意味が全く違います」などと断定するはずがない。

 瀬戸智子氏みたいな人は、算数教育業界にごろごろいるような予感がする。

 そう思うと、憂鬱になる。
積分定数
2012/03/07 11:48
>「これだから算数教育の素人は困る。大人にとっては同じでも子どもには違うのです。子どもの視点に寄り添うのが大切です」

数学のルールよりもローカル・ルールを優先していることに気づいていないのでしょう。
銀林浩さんの「量の世界」も同じですね。
だから交換法則を平気で無視できるのでしょう。
おおくぼ
2012/03/07 20:07
>などの概念は大切だと思っている人

>などの言葉を知っている人
>が1に近いように思える。

 それらの概念のうち「内包量・外延量」
については、エーテルやフロギストンのよ
うな負の記録として広く知らしめるべきだ
と私は思います。
ゴルゴ・サーディーン
2012/03/07 21:32
ただ、難点は、我々の主張があまりにも常識的で当たり前で、面白みがないが故に、説得力に欠けること。

算数業界に入っていく人の多くも最初は、「割り算は割り算、引き算は引き算、かけ算や足し算に順序なんかない」と思っていると思う。

 ところが、

「そう思っている人が多いかも知れませんが、実はそうではないのです。20÷4には、20を4等分するという意味と、20の中に4がいくつあるのか?という意味があるのです」

などといわれて、「なるほど!」と目から鱗が落ちた気がして、実は目に鱗が貼り付いてしまっている。

「世間一般の人は勘違いしているが、加減乗除にはそれぞれ複数の意味がある。加法は合併・増加・添加で、・・・」などと認識するのが、算数教育業界に身を置く者の矜持だと思ってしまう。

 「等分除・包含除、添加・合併・増加、求差・求補・求残、内包量・外延量・・・」などの業界用語をよどみなく使いこなせるようになってしまう。

 この認識をもう一度ひっくり返さないとならないのだが、既に聞く耳を持たない。
積分定数
2012/03/08 08:52
>エーテルやフロギストンのような負の記録

 これらは結果的に間違った説ではあっても、科学が発展する過程で自然現象を説明しようとして試行錯誤した結果として理解できる。

 水面の波を見て、光が波なら水に相当するものがあるはず、と考えるのは当然だと思う。

 だから我々は、エーテルやフロギストンを間違った説だと言うことは出来ても、これらを提唱した人を笑うことは出来ない。

 しかし、内包量・外延量って、定義が曖昧以前に、何でそういう概念を導入しないとならないのかがサッパリ分からない。

 天動説は、人間の素朴な感覚・認識と合致する。「太陽が東から昇った」という具合に、日常会話では天動説に立っているかの如くの表現をする。

 だから私は天動説が誤りだと認識しているが、その説が全く荒唐無稽で不合理だとは思わない。便宜的にそう考えると都合がいいときもある。

 内包量・外延量はそれすらない。

 人間の自然な感覚から、「量には2種類ある」という認識には至らない。
 「外部注入」が必要だが、なんだかよく分からない。理論らしき物はあるようだがサッパリ分からない。どこかの宗教の教義を聞かされているような気分。

 で、苦労してこの概念を獲得したとしよう。

 それで何か得なことがあるのか?

 勝手にドグマをでっち上げて、「これを理解していない人は算数教育を理解していない」と言っているだけな気がする。

 我々は

 「内包量・外延量」という概念があることが言わずもがなの前提であるかの如く熱く語り、そのような概念を知らない人の存在を嘆く

 こういう人を笑っても構わない。
積分定数
2012/03/08 09:24
http://www.inter-edu.com/forum/read.php?903,1013957,page=4
▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽
「数」に交換法則は適用できますが,「量」には適用できません。
教員の方が知らないはずはないのですが,流派というものがあるようですので,
かならずしもこの教え方が採用されているとはかぎりません。
小学生向けに太郎次郎社が発行した「らくらく算数」シリーズの書籍にも載っています。
また,銀林浩 編著;どうしたら算数ができるようになるか 小学校編
の書籍をご覧になるとよいと思います。
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理工系大学生でこれを勉強していないことは本来ならありえません。
示量性変数と示強性変数,外延量と内包量,といった量の概念です。
△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△
積分定数
2012/03/08 09:36


http://www.inter-edu.com/forum/read.php?903,1013957,page=5
▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽
「異種の二つの量の割合としてとらえられる数量」を「内包量」と呼びます。
例えば,「速さ」,「密度」,「一皿に載せるリンゴの数」です。
内包量には加法性がありません。つまり,5%の食塩水と6%の食塩水を足して11%とはならない。
これに対し,長さ,重量,体積などの「量」は「外延量」と呼びます。
外延量には加法性があります。つまり,5kgの食塩水と6kgの食塩水を足せば11kgです。
「内包量」=「外延量」÷「外延量」であり,
小学校で登場する掛け算には,
「外延量」=「外延量」×「外延量」・・・例:面積=底辺の長さ×高さ・・・掛け算の順番を逆にすることもできる
「外延量」=「内包量」×「外延量」・・・例:距離=速度×時間・・・掛け算の順番を逆にすることはできない
の二つがあります。ただし,面積(外延量)がいつも「外延量」×「外延量」であるとはかぎりません。
明確な用語を用いてはいませんが,第6学年でこれらの「量に関する概念」を,学ぶわけです。
・・・・・
例えば,お酒を測るとき,四角い枡で5枡分あるから,5「合(ごう)」である。・・・として,「数値」の5が出てくる。
一合枡の大きさを「共通の尺度」として定めたので,お酒の体積を数字の5に対応させる定量化=数値化ができたわけです。
現代では,「共通の尺度」がmlと変わり,5合の量のお酒の表現が900mlとなって,数字が変わってしまった。
積分定数
2012/03/08 09:37
「量」は元になる「共通の尺度」の何倍であるかによって数値化され,数値は「共通の尺度」の選び方により異なります。
「共通の尺度」によらないように抽象化すると,「数」として扱うことになって,
それ以降は,AB=BAといった交換法則が成り立つ「数の世界」になるのです。
何人かの方が主張されたのは,この抽象化された「数の世界」で成り立つことであり,
小学校の文章問題で扱う「量の世界」では成り立ちません。
「距離=速さ×時間」は正しく,「距離=時間×速さ」は間違いです。
「外延量」=「内包量」×「外延量」であって,「外延量」=「外延量」×「内包量」は間違いなのです。
電力=電圧×電流,なのか?,電力=電流×電圧,なのか?・・・・これは大学で「正しい式とその理由」を学ぶでしょう。
・・・・・
△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

笑うと言うよりは、あまりにも荒唐無稽で、ぞっとする。よくもこういう出鱈目を、もっともらしい口調で言えるものだ。
積分定数
2012/03/08 09:38
 数学者や物理学者が「みはじ」や「はじき」を知らなかったとして、「数学者なのに、『みはじ』を知らないなんて・・・。小学校算数レベルも理解していないの?」などとバカにする人がいたとしたら、そういう人こそ嘲笑されるべき。

 「みはじ」などなくても速度の計算は出来るのだからそんなもの知らなくて当然。

 暗算が出来る人に、「指を使って計算する方法を知らないの?」と言うようなもの。

 内包量・外延量も実は同じ構造なんだけど、小難しい言葉にすることで、「そんな概念なくてもちゃんと理解している人」に対して「内包量・外延量という概念なしでは、本当の理解は不可能。理解しているような気がしているだけだ。」などと言うことが罷り通ってしまう。

 摩訶不思議
積分定数
2012/03/08 09:46
>「数」に交換法則は適用できますが,「量」には適用できません。

算数は数学ではないのだろうか?
数学のルールよりもローカル・ルールを優先する心理がわからない。
理科の授業で、「交換法則が成り立たない場合がある」というならわかるんだけど。
でも、「数学=現実ではない」というのは常識だと思う。
例えば、木に鳥が5羽止まっていて、1羽を撃ち落としました。
木に何羽止まっているでしょうか?
昔からあるジョークだけど。
おおくぼ
2012/03/08 12:34
 話をややこしくする意図が分からないですよね。

 「併せたのに足し算にならない」という事態が不思議で不思議でどうにも理解できなくて、「内包量だと併せても足し算にならない」としておいて、「これは内包量だからだ」と納得するために持ち出された概念だろうか?

 マントルの対流でプレートが動き、・・・

というのが理解できなくて、「地震は地震兵器によって引き起こされる」とすると納得するようなもの?
積分定数
2012/03/08 16:34
 私自身、かけ算の順序に関心を持つ前は、「20÷4には、20の中に4がいくつあるのか、20を4等分すると、という具合に2つの意味がある」というのを聞いてさほど違和感を持たなかった。

 「結果的に同じ事を、違う視点からみると、こうも見えるしああも見える、と常識的なことを言っている」と受け取っていた。

「9・11は米国自身が引き起こした事態である」と言う文言を見たときに、この発言をした人が常識的に物事を理解し、聞いた人も常識的に解釈するということを前提にしたら、

 冷戦時代に、ソ連のアフガン侵攻と闘うイスラム勢力を支援しただとか、ベトナム戦争や、パレスチナ問題に関してイスラエルを支援し続けたという外交政策だとか、

 そういうことを踏まえて、「米国自身が引き起こした」と言っているのだろうな、

 と理解するのが普通だが、

 文字通り「米国の自作自演だ」というつもりで言っていたり、あるいはそう受け取る人が少なからずいる現状では、

「それは比喩的な意味で言っているのですか?文字通りの意味で言っているのですか?」と確認する必要があるし、比喩で言っていた場合も、「これは比喩だから、これを読んだ人は、『俺もあやしいと思っていた。やっぱり自作自演か』などと思わないで欲しい」と注釈する必要がある。

 「5−3には、5個から3個取り除いた残り、とか、5mのロープは3mのロープよりどれだけ長いか、と言った意味がある」

という説明があった場合、「その2つは本質的には同じだということは分かっていますよね?」と逐一確認する必要がある。

 そんなことは言わずもがなだと思っていたが、算数教育業界の常識は想像を絶する世界である。
積分定数
2012/03/08 16:52
>文字通り「米国の自作自演だ」というつもりで言っていたり、あるいはそう受け取る人が少なからずいる現状では、

陰謀論というのは、世の中の複雑で自分が理解できないことを安易に理解しようとする単純思考だと思う。
「それは◯◯の陰謀だ!」と言えば、わかったつもりになる。
陰謀論の基本は実証で、自分の仮説に都合のいい事実だけを集める。
もちろん都合の悪い事実は無視。
あるいは「この事実は〇〇では説明不可能。だから陰謀に違いない」というような論理の飛躍も多い。 
説明不可能(と本人が思っている)ことが、自分の仮説が正しいことに繋がるかどうかはわからない。

フィリップ・K・ディックのSF小説のように、この世界が誰かの作り物で、自分を含め多くの人を騙していると妄想することもできる。
神様が世界を作って人間を操作しているという思想も、その一種ですね。
アメリカで9.11陰謀論が流行るのは、アメリカ政府に対する信頼の裏返しという気がする。
「宇宙人の存在をアメリカ政府は隠している」と同じ類だと思う。
おおくぼ
2012/03/08 20:16
>でも、「数学=現実ではない」というのは常識だと思う。
>例えば、木に鳥が5羽止まっていて、1羽を撃ち落としました。
>木に何羽止まっているでしょうか?
>昔からあるジョークだけど。


これは,単に,現実を正しく数学に翻訳していないというだけのことですね。
5羽いて,1羽打ち落として,4羽が逃げたのが現実なら,数学では,5-1-4=0とすれば良いだけ。

「5%食塩水と4%食塩水を混ぜたら何%」という問題も、この操作が足し算だけではなく,足し算と割り算の組み合わせの数式で表されるというだけのことであって,濃度という量が足し算出来ないわけではありませんね。外延量と言われる容積だって,アルコール1Lと水1Lを混ぜれば,正確には2Lにはなりませんが、現実を表現する数学は有るわけで。

「食塩水を加える」という言葉使いから、数学の足し算しか思いつかないのが悪いのであって、別に数学が現実を表現できないわけではないですね。

水1Lに火力○○カロリーを加えたら(日本語では加熱というのでそれほど変な表現ではないと思います。),蒸発して,0Lになったとか。
zorori
2012/03/08 22:22
>これは,単に,現実を正しく数学に翻訳していないというだけのことですね。

そうですね。
他の例だと、パンツを履いてからスボンを履く。
順番が逆だとおかしい。
長蛇の列で横入りされると腹が立つ、とか。
縦×横で、ビルを実際に横にしたら困るとか。
おおくぼ
2012/03/08 22:35
追記

>これは,単に,現実を正しく数学に翻訳していないというだけのことですね。

これは数学者が現実を無視していることへの皮肉だったりします。
清水義範&西原理恵子・著『いやでも楽しめる算数 (講談社文庫) の「文章題が嫌いだった」という話に、文章題が現実感覚無視の頓珍漢なのが多いことが紹介してあります。 

でも商売では、取らぬ狸の皮算用みたいにシミュレーションや、サバを読むとか丼勘定みたいな近似値も有効です。
おおくぼ
2012/03/08 22:45
追記 2

数学が現実を把握するのに使えるということと、数学=現実とは違います。
数学が物理学でどんなに大活躍しても、数学=現実とはなりません。
でも、「どうして物理学で数学が大活躍するのか?」というのは不思議です。
おおくぼ
2012/03/08 22:50
追記 3

ユークリッド幾何学の「点、線、面」という概念は現実を把握するのに大活躍しています。
でも厳密にはユークリッド幾何学の「点、線、面」は現実には存在しません。

あと「無限」は現実にあるのか?というのは難問だと思います。
おおくぼ
2012/03/08 23:21
>だから我々は、エーテルやフロギストンを間
>違った説だと言うことは出来ても、これらを
>提唱した人を笑うことは出来ない。

 ええ、たしかにその点で、内包量外延量と
エーテル等とは決定的に違います。
 ですが、「エーテル等のように」という言
葉で始めることで、「今では否定された物」
というストーリーのイメージが生まれ、
 >我々の主張があまりにも常識的で当たり前
 >で、面白みがない
という弱点を乗り越えられる、と思うのです。

○○○○○ 以下、別件 ○○○○○

■http://www14.ocn.ne.jp/~tokusan/paper_list/3.pdf
(14/19 ページ)
>エネルギー概念と力概念の混同が大学生や中、
>高校生の多くに見られるという指摘がなされ
>ている。筆者の調査でも、エネルギーとは何
>かを問われて大学生はおよそ40%がなんらかの
>力であると答え、…

(7/19 ページ)
>内包量とは実在するものそのものの量的な強
>度を示すもので、それぞれのものの強度・大
>きさは知れるがそれらの間の差がどれほどの
>大きさかを知る必要のないような量である。
>例えば熱、光、あるいは痛みなどの程度であ
>る。

 エネルギー と 力 を混同してはならないの
だとしたら、熱 と 温度の混同はどうなのでし
ょうか?
 普通、内包量の例として温度を挙げるところ
で「熱」を挙げていますが、熱は内包量でいい
のでしょうかねえ…

 まあ、熱が内包量外延量のどちらであるか、
私が関わりあう事ではないのですが。
ゴルゴ・サーディーン
2012/03/09 00:49
>「食塩水を加える」という言葉使いから、数学の足し算しか思いつかないのが悪いのであって、

壁に3枚の絵が掛かっています。さらに2枚掛けました。全部で何枚でしょうか?

3×2=6 6枚  えっ、違うの?「掛ける」だからかけ算かと思ったのに・・・

物体を3Nの力で2m引っ張りました。仕事は?
引っ張るから、3−2で、・・

皿が10枚ありました。2枚割れました。何枚になったでしょうか?
割れたのだから、10÷2で、・・・



アホらしいからこの辺にしておく。
積分定数
2012/03/09 01:37
>ですが、「エーテル等のように」という言
葉で始めることで、「今では否定された物」
というストーリーのイメージが生まれ、

 難点を言えば、エーテルやフロギストンという言葉を知っている人があまりいないと言うこと。天動説や創造説なら知っている人も多そう。米国の保守的な地域だと、「内包量や外延量は創造説同様に正しい」と逆にとらえられてしまうのが難点。

>まあ、熱が内包量外延量のどちらであるか、
私が関わりあう事ではないのですが。

 そもそも曖昧な概念だけど、彼らの土俵に載ったとして、「それはあなた方の基準からしたら、内包量じゃないの?」「外延量じゃないの?」と突っ込みたくなることがありますね。

 力は内包量で重さは外延量、って何じゃそりゃ?まあ、重さが内包量で質量が外延量となっていれば、それはそれで「何だそりゃ?」と突っ込むのだけどね。

 等分除、包含除もそう。面積20で横が5の長方形の縦は?この20÷5は何かと瀬戸智子氏に質問したら、それは倍を求める割り算で等分除でも包含除でもないという答え。20は5の何倍か?というのは、5がいくつあれば20か?ということであって、彼らの理屈からしたら、包含除だと思うが。そもそも厳密な分類は不可能で曖昧な概念ではあるが、そこは迷うところではないだろうが、と突っ込みたくなる。

 天皇制に反対する左翼の方が、右翼以上に天皇制に詳しい、みたいなもの。
積分定数
2012/03/09 01:49
割合分数・量分数という概念も胡散臭い。

http://homepage3.nifty.com/jikkenn-kyositu/sakusaku/1_3.htm
>「分数」には「量分数」と「割合分数」があります。
たとえば分かりやすく例をあげます。
「プールの水1/2リットルと、プールの水1/2」
この二つは両方とも1/2と表記されますが、後ろに名数があるか、ないかで意味は全く違います。
1/2リットルは0,5リットルのことです。プールにどれだけの水が入っていようと同じです。これは量分数と呼ばれます。
しかし、プールの水1/2となると、プール全体にどれだけの水がはいっているかで違ってきます。すなわち
プールの水を1とした時の割合を分数であらわしています。

東京ドーム10杯分、とかはどっちだろうね?整数仮分数かは本質的なことではない。東京ドーム2/3杯分、でも構わない。

 1合升と一升瓶とプールと東京ドーム、何か本質的に違うのか?

 そんなこと考えたこともなく、算数教育の指南書に「量分数・割合分数」とあるから、そう信じた、と言うだけな気がする。 

 ちなみに東京ドームの前は霞ヶ関ビルがよく使われていた。高さを表現するのに最近は東京タワーではなく、スカイツリーを使うようである。

 時代の流れだね。
積分定数
2012/03/09 01:59
陰謀論者には疑問があるが、彼ら的には合理的らしい。

「そんなに恐ろしい陰謀が渦巻く世界で、あなたが真相を暴露したら、G13型トラクターがどうたらとか広告に載って消されてしまうのでは?」と心配になるが、「陰謀集団もそこまで全てを支配しているわけではないから、とりあえず大丈夫」らしい。

 「そんな大がかりな陰謀を実行するには大勢の人が関わらないとならないが、そうすると発覚するのでは?」
「その通り。実は杜撰で、陰謀であることが見え見え。例えば、・・・」

「それでそんなに大がかりな陰謀を実行する動機は何?」
「保険金目当て」「原発事故を引き起こし石油相場を操作して一儲け・・・」

やることがすごい割りに、動機が世俗的でショボイ。

世界征服という、とてつもない野望のために、幼稚園児送迎バスを乗っ取る、というのとちょうど逆。

 そんな陰謀をおこす力があるなら、普通に合法的に金儲けできると思うが。
積分定数
2012/03/09 02:18
>神様が世界を作って人間を操作しているという思想も、

神が全知全能で完璧で、世界は神が作ったと仮定する。
そうすると、世界は完璧なはず。
日本の算数業界には、かけ算の順序だの内包量・外延量などというのが存在する。
神が完璧なら、このような曖昧でいい加減な概念の存在が罷り通るはずがない。これは矛盾である。
よって、背理法により、この世界は神が作った訳ではないことが証明された。
積分定数
2012/03/09 02:30
>神が全知全能で完璧で、世界は神が作ったと仮定する。
そうすると、世界は完璧なはず。

占いもそうですが、人間が努力する理由がなくなるはずです。
なぜなら全ては神が決定しているからです。
「曖昧でいい加減に見える部分」も、神の意図になるわけです。
そして「曖昧でいい加減に見える部分に苛立つこと」も神の意図になるわけです。
メタレベルの無限後退みたいな議論です。
おおくぼ
2012/03/09 10:50
>「保険金目当て」「原発事故を引き起こし石油相場を操作して一儲け・・・」

陰謀論のポイントは「全ては繋がっている」です。
世界中のあらゆることが、陰謀で繋がっているのです。
小遣いを巡る夫婦喧嘩も、車の渋滞も、花粉症の流行も、全て陰謀なのです(笑)。
おおくぼ
2012/03/09 10:55
陰謀の犯人は宇宙人や神様で、快楽犯罪だと考えれば、わかりやすいと思う。
ギリシャ神話とか旧約聖書を読むと、神様が人間にいろいろ悪戯をします。
ハリウッド映画やウルトラマンでは宇宙人が、人間にいろんなことをします。
おおくぼ
2012/03/09 11:00
 そうすると、私のような神も仏も信じない人間の存在も神の意志。「かけ算に順序はない」「神も仏も存在しない」と主張することは、神が私に与えてくれた天命ですね。天命じゃ逆らうわけにはいかない。これからも、反順序・無神論の主張をしていこう。

>アホらしいからこの辺にしておく。

くだらないことを思いついた。

水が3/4モルあります。分子の数はいくつでしょうか?

答え、3

もはや、なぞなぞレベル。
積分定数
2012/03/09 11:24
>「曖昧でいい加減に見える部分」も、神の意図になるわけです。

完璧でないが故に、手作り感があって味がある、とかいう類かな。それまで含めて計算ずく。

 塾をやっていると色んな郵送物が来るのだが、先日は「手書き風チラシを作る」という業者から来た。「今の時代は手書きの方があたたかく集客力があるとかなんとか」と活字で書いてあって、説得力がなかった。
積分定数
2012/03/09 11:33
>陰謀論

かけ算の順序教育には背後にある陰謀が存在するのではないかと疑っています。それは、教育を手抜きしたいという思想。もちろん、お互いに通じ合って謀っているわけではないのだろうが:p不文律として根底に流れている思想なのではないかと疑っています。
教えたパターンどおりに答えないと問答無用にバツにする。回答内で意味を説明させるなど採点がめんどくさいので問わない。かけ算は教えた順番どおりに書かないのは理解していないということにしておけば採点が楽だ…

まぁ、言ってみたところで決して認めるわけもないので言わないようにしているのですが、かけ算の順序は考えれば考えるほど理屈に合わない。なぜこんなものを導入したのかと思いつめると陰謀論になってしまうのだw
M
2012/03/10 13:32
掛け算の「正しい順序」は、憲法9条と同じで変更してはいけないと思っている人が多いのかもしれません。
自衛隊とか米軍基地とかの矛盾した状況があっても、気にならないみたいだし。
憲法9条と自衛隊はマッカーサー(神様)が作って、掛け算の「正しい順序」は文部省(神様)が作りました。
神様からもらったモノを大事にすればいいと思っているのでしょう。
おおくぼ
2012/03/10 14:16
> 教育を手抜きしたいという思想


正木教諭は手抜きどころか七転八倒してゼスチャーゲームをやってるみたいですが…

正木教諭が七転八倒しても駄目だったら、田中教諭が出てきて若手の前で治療学習の実演をするのかな?

鰹節猫吉
2012/03/10 14:21
>それは、教育を手抜きしたいという思想。

そこは私は「ハンロンの剃刀」ですね。
私は彼らが「良い事、算数が苦手な子の味方」
をしているつもりなのだと思います。
ゴルゴ・サーディーン
2012/03/10 17:12
みなさん、性善説なんだなぁ。

http://twitpic.com/8tjq24
これは性善説ではどう解釈すればいいでしょうか。

M
2012/03/10 20:36
>これは性善説ではどう解釈すればいいでしょうか。

先生が忙し過ぎて、機械化してしまったのでしょう。
ちなみに石頭でワンパターンしか判断できない機械です。
おおくぼ
2012/03/10 21:51
地獄へ続く道は、善意でできている。
おおくぼ
2012/03/10 23:13
>http://twitpic.com/8tjq24
これは性善説ではどう解釈すればいいでしょうか。

 これはアホな教師がアホな採点をしているということだと思います。

 そういう意味ではかけ算の順序が流布した結果、付和雷同でバツを付ける人はいるでしょうし、長方形にまで順序に拘る教師が出ていると言うことでしょう。

 ただ、そういう付和雷同ではなくて、主体的にかけ算の順序を進めている人は、わざわざ苦労しているわけで、手抜きしたいのではないと思います。

 善意は厄介。オウムも私利私欲で宗教を利用しているだけなら、まだましだったといえる。
積分定数
2012/03/11 01:21
 この採点は論外だけど、問題文にも違和感がある。「日光は光を発する」っていうかな?日光って光のことだよね?

 でもこの手の問題にあまり首を突っ込むのは身のためかな?以前も、教育委員会指導主事と話し合いをして後味悪かった。

 見ない・言わない・聞かないのが得策かな?

日光だから。
積分定数
2012/03/11 01:27
>見ない・言わない・聞かないのが得策かな?
>日光だから。

はっはっは。

>善意は厄介。オウムも私利私欲で宗教を利
>用しているだけなら、まだましだったとい
>える。

 私もそう思います。
 あちらこちらの掲示板に、順序派が現れて
彼等の言い分を書きつけていく、その精力の
源は
 「自分は正しい事を知っている。
  これを広めなければ。」
という使命感だとしか思えません。
 (つまり、気持ちのうえではこちら側と
  同じです。)

>これはアホな教師がアホな採点をしている
>ということだと思います。

 このテスト、末端の教師が自作した物なの
でしょうか?
 使われているフォントから、業者製の既製
品と思っていたのですが、もしかして、業者
製と同じような見た目で作れるDTPソフト
が学校現場には普及しているんでしょうか?
ゴルゴ・サーディーン
2012/03/11 01:51
>はっはっは。

分かってもらえて嬉しいけど、ミスに気づいた。「首を突っ込むのは」は、「首を突っ込まない方が」の誤り。

 この手のトンデモ採点は、もう結構ですね。

日光だから・・・

積分定数
2012/03/12 00:57
 どろんこ氏や瀬戸智子氏は、悪意は微塵もない。「楽したい」などという考えも毛頭ない。善意で、「順序が正義」だと思っている。

 瀬戸智子氏はさらに、順序指導をする教師の擁護にも一生懸命で実に滑稽だった。例えば「その教師は善意で教えているんだ」(それ自体も、根拠はなくて、『教師が教えたいのは順序ではなくかけ算の考え方だ』と勝手に解釈している)ということを言うことで擁護したことになると思っているらしい。

 客観的な評価と主観的思いが合致しないことなどいくらでもある。「主観的には善意だった」で正当化されるなら、体罰もセクハラもテロも戦争も、大抵正当化されることになる。

 アジアを侵略した日本兵も原爆投下した米兵も、オウムもアルカイダも、ガサを爆撃するイスラエル兵も、己の正義を信じての行為だろう。

 ああいう人が、科学教育がどうたらいうのが良くわらない。


>それが傍から見ていたら「順番のみ」に見えるかもしれませんが、
現場の教師は決してそうではありません。
意味を教えるために、段階として、「順番」を教えているだけです。


サンドイッチや警察と泥棒や長方形の面積を横×縦でバツなどの事例を出しているのに、「現場の教師は決してそうではありません。」などと言ってしまうのが痛い。

 瀬山士郎氏も最初は同様だったが、具体的に私が把握している事例を示すことで、人に気が誤っていたことを認めた。


 いずれにしても、付和雷同で順序を教えなくてはと思っている人と話をしても堂々巡りだが、確信犯的に順序に信念を持っている人も、ことごとく論点がずれてしまう。
積分定数
2012/03/12 01:30
ベネッセ美しい解法
http://tk.benesse.co.jp/kaihou/
東大入試で、確実に点をとるために。
大切なのは、問題を「美しく解く」こと。
つまり、問題の本質を瞬時に見抜いて、最短距離で解答をつかみとること。
そのためのチカラを、√Tは
「解釈→構築→発信」の解法メソッドで、徹底的に鍛え上げる。
どんな問題が来ても、焦らず、確実に対応できる
強さを手に入れるための勉強を、今こそ。


かけ算の順序に拘っては「美しい解法」は不可能W
http://benesse.jp/blog/20071120/p37.html

>進研ゼミ小学講座関連テーマ:[家庭学習].
小学校の算数では、式の意味を理解することが大切なので、このような約束があります。
あやふやな場合は、かけ算の文章題で「1つ分の数」がどれか、「いくつ分」の数はどれかをお子さまに説明させてみましょう。

例えば、

リボンを7本作ります。
1本を8cmにすると、リボンは全部で何cmいるでしょう。

このような問題だと、「1つ分の数」は「リボン1本分の長さ」なので「8(cm)」、「いくつ分」は、「リボンの本数」なので「7(本分)」となり、かけ算の式は「8×7=56」となります。

「7×8=56」でも「8×7=56」でも答えは「56」になりますが、文章題では式に意味があるので、どちらでもよいわけではありません。上の例で間違って「7×8=56」という式を書いてしまうと、答えは「56cm」ですが「1つ分の数」が「7(cm)」、「いくつ分」が「8(本分)」となり、式で表している状況が問題文とは変わってしまいます。

新しい計算を習いたての時期には、「8の7つ分」なので「8×7=56」というように式の意味を理解することが大切です。


積分定数
2012/03/12 01:37
http://www.photohighway.co.jp/Image.asp?pn=688.64262&pos=0&sz=0

 この手の問題を見ると、現在行われている算数教育というのが、数学の精神とほど遠いことが分かる。

 「計算して答えを出せればいい」というのにとどまっていればいいものを下手に「考え方が大切」などとなるので、数学的考え方とはほど遠い結果になる。

 市販の算数の問題集を見てもらえば分かるが、図形に関して「長方形は正方形ではない」という立場に立っている。

 問題を作成するのは現・元教師の場合が多い。

 数学をちゃんと理解していない人が問題を作るので頓珍漢な問題になってしまう。

 足し算やかけ算を十分理解した子は、交換法則だの結合法則だの分配法則だのと言う意識はない。「当たり前」として使いこなす。

 線型代数をやっていると、n個のn次元ベクトルが1次独立であることと、これらが作る行列が逆行列を持つこと、行列式が0でないこと、などが同値である、などとは意識もしない。同じ事として認識してしまう。

 もちろん、同値であることを証明するとか、成分が整数値だけだとかの制約がある場合には、これらの概念は別の物として扱う必要があるがそれはまた別の話。
積分定数
2012/03/12 16:53
 問題の解き方を覚えて再現する、というのが算数の勉強になってしまっている。「考え方重視」というのもこれに対してのアンチテーゼにはなり得ていなくて、むしろ訳の分からない問題が出現して、「こういう問題にはこう答える」という具合になりかねない。

 そういうのにそつなく答えられる子は、出来る子である可能性は高いが、「数学的考え方」を問う問題を解くことで数学的考え方が身についた結果、と言うよりも、ようするにそつなく答えられるから、何を求められているのかをそつなく判断できると言うだけかも知れない。

 試行錯誤して考えて、という過程を経ないで、教わったことをしっかり覚えて再現できる優等生が、高校の数学が分からなくなったという事例は山ほどある。

 小学校の算数あたりから間違った勉強法をしてきた結果であり、何とかならないものかと思ってしまうが、教える教師自身がこの手の優等生であるようで、なかなか難しい。
 
積分定数
2012/03/12 17:04
 瀬戸智子氏が典型だが、等分除だの包含除だの内包量だの外延量だの添加だの合併だの、そいう言葉を沢山知っていてよどみなく出てくる“優等生”というのは、困りものだと思う。

 “割合の三用法”などという言葉を得意げに使って説明している文章を見ると、

「何気取っているんだ、ばーか」

と思いっきり罵りたくなってしまう。

 「これが第1用法、これが第2用法、・・」などと覚えさせる教師もいそうで、恐ろしい。
積分定数
2012/03/12 17:15
http://buchiyamato.nomaki.jp/5jou9wariai.html
>ポイント@ 割合の文章問題を解くときに、何が『もとにする量』『比べる量」になるかを見抜く力が必要になります。その際、

 『〜の』というように『の』がつくものが『もとにする量』
 『〜は』というように『は』がつくものが『比べる量』
 『分数』『〜%』『〜割〜分〜厘』が『割合』

 となることが多くあります。ぜひ覚えておきましょう!




くだらね〜
積分定数
2012/03/12 17:20
サイエンスでごく普通にやる、抽出→モデル適用→解釈の手順ですが、分野名では「数理モデル」というようですが、かけ算の考え方にも適用できると考えられます。抽出のかわりに抽象化ということばを使って、抽象化→モデル適用→解釈と書いてもいい。ここでのモデルは代数系です。そう眺めると、算数とは、抽象化と解釈のフェーズをも含むので、数学よりも範囲の広い学問といえるかもしれません。このプロセスを基本として眺めると、等分除だの包含除だの内包量だの外延量だの添加だの合併というのはすべて数学の外側にある抽象化や解釈の方法論に帰属すべきものということが理解できるのです。これは認知科学の一部ともいえると私は考えます。
ところが、肝心の算数の専門家は、抽象化や解釈の方法論を学問として明確に理解し研究しているようには見えず、結果として混乱をきたしているように感じられます。かけ算の順序の根底には、そうした算数「学」の不十分さがあるのではないかとおもいます。
M
2012/03/12 22:20
抽象化の分類の一例を示すと、「かけ算はたし算より抽象化のレベルが高い」ということが言えます。

たし算、たとえばみかん3個とみかん4個を足すと何個か?という問題で、3+4と書くとすると、「3」も「4」もそれぞれ1個1個のみかんという対象物に具体的に対応させることができるので、みかん1個を1と認識するだけで十分で、1個1個区別して認識してもかまいません。

ところが、かけ算で、みかん1個が載った皿が3枚ある、といったとき、皿3枚ある上に載っているみかんはそれぞれ同等であり、お互いに区別しないで考えるという認識が必要となります。これはたし算のときと比べて、より抽象化レベルが高くなっていると考えることができます。

…というような話はだれかやってるんでしょうか。見たことがないので独学で考えてみているのですが。
M
2012/03/12 22:29
いちごが2つとりんごが3つ、あわせてくだものはいくつ、と言った時にも、いちご・りんごとくだものとは抽象化レベルが違うといえます。
M
2012/03/12 22:35
かけ算で交換法則を否定すると、モデルとして使える代数系が違ってくるので、自然数や実数じゃない何物かになってしまうという恐ろしいことがどこまで認識されているのでしょうか。
M
2012/03/12 22:43
>等分除だの包含除だの内包量だの外延量だの添加だの合併というのはすべて数学の外側にある抽象化や解釈の方法論に帰属すべきもの

…抽象化や解釈の方法論に帰属して考えると唾棄すべきものですねw
数学の外側といいたかっただけなのですが、語弊のある表現でした。
M
2012/03/12 23:14
Mさん
森毅さんが『数の現象学』で考えようとしたことが,問題意識は似ていると思います。
答え方はそれぞれになるのでしょうが。
メタメタ
2012/03/13 01:57
Mさん曰く「抽象化→モデル適用→解釈と書いてもいい。ここでのモデルは代数系です。そう眺めると、算数とは、抽象化と解釈のフェーズをも含むので、数学よりも範囲の広い学問といえるかもしれません。」

Mさん、「数学」と「算数」という言葉をどういう意味で使ってますか?

小学生に三角形の図を見せて「これを三角形と呼びます」と言うのと同じようなことを大学の数学科の数学の授業でもやっているし、数学科のオープンキャンパスで粘菌の実物を見せて、院生が「我々はこいつをこのようにモデル化しました」と説明することもあるし、専門家どうしのセミナーでも定義を聞いただけでは理解不可能な概念がどのような具体例のどの性質を抽象化したかの説明があるのも普通です。

「程度の違い」はもちろん大きいですが、「算数」と「数学」という言葉を区別して、算数では必要だったものが数学ではなくなるというような考え方(ぼくは誤りだと思う)を広めるのはよくないと思います。

ぼくは大学の数学の授業で学生が抽象概念の理解に苦しんでいるときには「算数で色々やったことを思い出して大学の数学にも適用しなさい」(内容はもっと具体的)とアドバイスしています。

くろきげん
2012/03/13 08:12
>数学科のオープンキャンパスで粘菌の実物を見せて、院生が「我々はこいつをこのようにモデル化しました」と説明することもあるし、

 物体の運動を微分方程式で表すように、粘菌の動きを微分で表すのだろうかと思って「粘菌 微分」で検索したら結構ヒットした。南方熊楠もビックリ。

 「算数」というのは、初等数学以外にも、物差しの使い方だとか時計の読み方などを含んでいるけど、根本的に違うとは思えない。

 算数から大学数学まで、連続したものだと思っている。同値類で商空間を作る場合には、「20個の蜜柑を4個ずつ分けると何人に分けられる?」というのと同様のイメージが浮かぶ。

 「高校までの数学は、解法を覚えて問題を解くというものだったが、大学の数学は全く違う」

などという人がいるが、「お前が高校までそうやって勉強してきて、大学で通用しなくなっただけだろうが」と言いたい。

 高校で微積分の直感的イメージがないところで、いきなりεδをやっても理解できないと思う。部分積分や置換積分を駆使して問題を解くことばかりに習熟していると訳が分からないかも知れない。

 小学校算数から大学数学まで地続きだと思っている。既知の概念の拡張・発展・厳密化、の繰り返しで、到達可能。

 水道方式の「かけ算は累加ではなく、加減とは全く異なる演算」という考えに抵抗を感じるのは、このような地続きを無理矢理ぶった切るように思えるからというのもある。

 内包量・外延量もそう。そんな概念を、唐突に持ってくる必要性は全くないように思える。
積分定数
2012/03/13 10:01
 私自身、今でも数学を勉強している。

 最近はまっているのは、サイコロ双六問題の派生で、確率について考え直すと言うこと。初等的に、2項分布の極限として正規分布が得られることが示された。多変数への拡張もできた。各事象に数値を割り当てることで1変数に変換できるが、指数が1/2σ^2になるかどうか、で苦しんでいる。これは2次形式に関する問題に帰着できる。確率をやっていたつもりが微積分になり、線型代数の話になってしまった。

 で、こういうことと、算数の話は無縁ではない。具体的事例でやってみて、法則性を見つけたり、全く違う場面で同じ物が出現したり、という面白さは、算数でも絶対にあると思う。

 20個の蜜柑を4個ずつ分ける。
 20個の蜜柑を4人で分ける。

これが、どちらも5になるというのは、すごい面白いと思う。

 「こっちが等分除、こっちが包含除」などと野暮な区別をすることよりも、「同じになる」という面に注目して、「不思議だな。他の数でもそうかな?何故だろう?」という方が大切。

 やっている内容のレベルこそ違うが、本質的には数学者と同じ事をしていると思う。
積分定数
2012/03/13 10:23
 算数から大学数学まで、内容の違いや教える対象の違いは当然あるが、本質的な部分は一貫していると思う。

 私自身は、高校生に教えているが、中学生に教えるのは苦手。小学生を教える技量は今のところない。

 それでも自分自身が数学をやったり高校生に教える経験から、「こういう教え方はおかしいんじゃないか」ということは言える。どう考えたって、教えた公式と少しでも違うとバツ、などというのは正当化できない。

 最近は、小学生にも教えたいと思うようになってきた。そうすれば、算数教育の専門家が言っていることは実際にはどうなのか、検証できるように思う。今後の課題である。
積分定数
2012/03/13 10:45
 算数教育の専門家は、数学が分かっていないのではないかという疑念を持ち始めている。

 微積分の計算が出来るとか出来ないとかそういう話ではなくて、「数学の心」が分かっていないと言うこと。

 どの当たりが、専門家というのかはともかく、私が会った市教委指導主事は、明確に分かっていなかった。

 数教協系の人も算数指導の指南書を書く人も、分かっていないのではないだろうか?

 もし分かっているなら、「等分除と包含除の区別など、原理的には不可能で、区別をする意味はない」といったことがもっと強調されていいはず。

 実際は逆で、不必要で曖昧な概念がてんこ盛りで、あろうことか子どもにその区別を強要することが奨励されている。

 算数教育を根底からひっくり返す必要があるように思う。
積分定数
2012/03/13 14:21
 正規分布問題、ついさっき解けた。数週間ずっとこの問題を考えていた。絶対に成り立つはずだが、証明できなくて苦しかった。具体的に計算しようとすると3変数当たり、とてつもなく煩雑になり、計算間違いもするし面倒くて途中で断念。複雑な計算が出てくる段階で何かが違うと思った。こんな綺麗な結果が、シンプルに証明できないはずはないと思い、あれこれ悩んだ。

 「これこれこういう条件のときに、こう言うことが言える」というのが、その条件が成り立たないとどうなるのか、もう少し一般化した表現だとどうなるのか、と思って、ふと考えて、「もしかしたら」と思ったら、一挙に綺麗な形の定理が出てきて、あっさり証明できた。

 自分が取り組んでいたのは、この定理の特殊な場合だったと後から分かった。特殊な故にかえって構造が分からなくて苦労した。

 特殊具象が一般抽象の理解に役立つこともあるし、一般抽象の方が理解し易いときもある。

 そのあたりの匙加減は色々やってみるしかない。
積分定数
2012/03/13 16:36


 等比数列の和は、公比が具体的数よりもrの方がわかりやすいように思える。

x^n−1=(x−1)(x^n-1+x^n-2+・・・+x^2+x+1)

nは最初は具体的数の方で探りを入れた方が理解しやすいかも知れないが、rに具体的数を入れるメリットはない。

 rに具体的数が入っていると、生徒はじゃかじゃか計算してしまう。

 化学の計算問題でも、途中でじゃかじゃか計算してしまう。一旦割っても、あとで同じ数で掛けるかも知れないし約分できるかも知れないから、とりあえず分数の形にしておけばいいのにとか思うのだが、筆算してしまう。しかも、約分することもなくそのままの数で。8mol/Lで750mLなども、筆算してしまう。3/4掛ける方が楽だと思うが。

 私は怠け者でずぼらで努力が嫌いで、面倒な計算をどうすれば端折るかを考えていた。計算問題の宿題で、100や0.1のかけ算や割り算があると、「ラッキー」と思った。

 今の子はこの手の‘美味しい問題’も筆算してしまう事が多い。

 これはこうすればいい、この場合はこうすればいい、などという方が面倒だと思っているようだ。
積分定数
2012/03/13 16:37
くろきさん

蟹江先生がそのような方とはまったく知りませんでした。
失礼しました。
鰹節猫吉さんに
>釈迦に説法 氏 提供の資料は面白いものが多いようですね。
とおっしゃっていただき調子に乗っておりました。

さて数学協会の講座を紹介します。
日本数学協会・国際教育学会共催
■『第9回 教師と大人のための算数・数学講座(2012)』■
● 日時: 2012年3月17日(土)14:00〜16:30
● 会場: 正進社 5階 会議室
● 講座内容  「わり算と分数」
   ・講座の中で、等分除・包含除についても触れます。
● 講師: 有田 八州穂 先生 ほか

有田先生は「数学文化」の最新号で、たし算の順序にこだわらない立式について述べられていますよ。
上野健爾先生や岡部先生と一緒に活動されているので、数学がわからない方ではないかと。
釈迦に説法
2012/03/13 18:50
> 「数学の心」が分かっていない
> 「等分除と包含除の区別など、原理的には不可能で、区別をする意味はない」といったことがもっと強調されていいはず。

 こういうのがありました。 ↓

http://www6.plala.or.jp/maeda-masahide/3warizan.html

> 「あめが6個あります」
> そう言ってから、
> +----------------------+
> | 6÷2を 図で 表そう |
> +----------------------+
> と板書して、画用紙を配った。
> 普段は、「問題文を読み、図をかいて考え、立式する」という活動がほとんどである。
> 子供たちは、「式から図をかく」という新鮮な活動に夢中になって取り組みだした。
> しばらく時間が経ったところで、
> 「書き終わった人から、友達のかいた図と比べてごらん。自分がかいた図を持って、教室を自由に散歩していいよ。」
> と指示した。
> 書き終わった子から順に、教室をまわり始めるのだが、そのうちに、おもしろい現象が起こる。あちこちでざわめきが起こり始めるのである。それは、自分がかいたのとは異なる図に出会うからである。


↑ 等分除・包含除 という同じ用語を使っているけれど、せとともこ氏とは大違い。ヘンな指南書の悪影響で「数学の心」をなくすことはなかったようです。

 それなりの見識のある教師ならばヘンな指南書を読んで頭がおかしくなることはないんだろうけれど…

 まともな先生がいても、学校の方針で「3年でクラス替えをするから、2年の算数は全ての教員が順序主義に従うこと。」とされてしまったら悲惨なことになりそうですね。
鰹節猫吉
2012/03/13 22:50
これもさきほどの 前田先生の実践例 ↓

http://www6.plala.or.jp/maeda-masahide/3kakezan.html

「かけ算の筆算のキモのところは分配法則」というのを自分で気づかせようという試み。

 手取り足取り教えるというのは余計なお世話になりかねない。
鰹節猫吉
2012/03/13 23:15
>まともな先生がいても、学校の方針で「3
>年でクラス替えをするから、2年の算数は
>全ての教員が順序主義に従うこと。」とさ
>れてしまったら

 それは、そうせざるを得ないでしょう。
 既製品のテスト問題が順序主義で出来てい
るとき、一学級だけ採点基準を無視して逆順
の答えもマルにしていたら、他学級の保護者
から
 「なんであっちのクラスだけ、その答え
  でマルなんですか!(怒)」
という声が出るに決まっています。
 たとえ私が小学校教師だったとして、一人
だけ信念を貫くのは無理です。

 kikulog で「理想論では現場は回らない」
と書いている人がいて、そのとき私は
 「非順序主義にしたら現場の負担が増す
  理由があるものか」
と思ったのですが、あとで、テストの既製品
のことに思い当たりました。
ゴルゴ・サーディーン
2012/03/13 23:26
 かけ算の授業は面白そうですね。割り算の方は、結局等分除と包含除が統一されると言うところまでは言っていないように見えるのですが。
積分定数
2012/03/13 23:43
>「かけ算の筆算のキモのところは分配法則」というのを自分で気づかせようという試み。

そういうのは出来る子だけに有効で出来ない子にはやり方を叩き込むしかない

という事を言う人もいるが、私自身筆算をやるときは、最初は「10のカタマリが〜」という具合に考えながらやってきた。そこの部分をすっ飛ばしたら習得できなかったかも知れない。

 出来ない子は、そういう部分をすっ飛ばしても習得できるのだろうか?

 なんか変な気がする。
積分定数
2012/03/13 23:47
釈迦に説法さん

数学協会の講座の案内,ありがとうございます。
たまたま今日国会図書館で「数学文化」の有田さんや上野健爾さんの「教師のための算数・数学講座」のコピーをしてきたところでした。
早速申し込みました。

鰹節猫吉さん

前田先生の実践例ありがとうございます。
清々しい,窓が開け放された感じですね。

ガラパゴスのよどんだ沼地を相手にするのは疲れます。



メタメタ
2012/03/14 00:44
以前紹介した、教科書のシュート成功率についての文科省の分析

http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/kyoukasho/seido/08073004/003/006.htm
考察
 割合とは、比例を前提とした比べ方の1つである。具体的には、もとにする量がそろっていないとき、それに対する比べる量の比率(商)で比較するアイデアである。教科書3社の導入場面で、もとにする量が揃っていない場合にどのように比べてよいのかを問題としているのはそのためである。この際に注意しなければいけないことは、もとにする量と比べる量が比例関係にあることを仮定して推論していることである。
 A社の導入場面で言えば、それぞれのチームの試合数に対する勝利の割合が一定、つまりは比例することを仮定するからこそ、それぞれのチームの試合数に対する勝利する割合で比較できるのである。これはB社もC社の場面も同様である。
 日常生活では、もとにする量がそろっていないときでも差で比較する場合はある。プロ野球のシーズン記録でいうならば、打率は割合で比較するが、打点やホームラン数は差(絶対量)で比較する。日常の事象を数理的に解決することを教えたい算数科の目標からすれば、差で比較する場合と割合で比較する場合の両方を考え、目的に応じて比べ方を選択していることに触れたい。そうすることによって、割合が比例を前提としていることを顕在化させたいと考える。前述した三社の教科書においてもこのことは十分に考慮されて構成されていると考えるが、差で比較した場合と倍で比較した場合の視点の違いがわかりづらいのではないかと考える。

積分定数
2012/03/14 10:51
比例、比率、割合を教える場合の素材は、均質で人為的に変更しにくいものがいいと思う。

1mが3sのロープが5mなら、15s

ならいいけど、1m300円のリボン5mが1500円かどうかは疑問に持つかも知れない。値段は人為的に決めるから、これは算数用のフィクションと思い込まないとならない。

 小学校6年のときの、電車の運賃表の表で、A駅からB駅に行くのと、B駅からA駅に行く場合の運賃が同じだから、表の対角線の上半分だけで事足りるというのは納得できたが、一部が空白でも埋められるというのには疑問を持った。つまりAからBが200円、BからCが150円であっても、AからCまでは350円とはならないだろう、途中下車できる方が割高になるのではないか、と思った。教師は「実際にはこういう計算にはならない」をフォローしていたが、

 リボンの代金などもそういうところで引っかかってしまう子がいるかもしれない。
積分定数
2012/03/14 11:01
 シュート成功率は、リボン単価の話よりもさらにまずいような気がする。1回当たりの成功した回数を出す必然性が全く見えない。

 それまで成功率5割りだった人が突然調子が悪くなって、全然入らなくなる、なんてこともある。

6回のうち3回成功
100回のうち50回成功

両者は何が等しいのか?
成功した回数/投げた回数の値がともに等しい
という同義反復以上の情報があるのだろうか?

大人がこの問題を見ると、「シュート成功率を計算させたいのだな」と空気を読めるが、そう思惑通り子どもが考えてくれるだろうか?

 文科省の分析で、ホームランとヒットの話が出ている。

100打数5ホームラン
200打数7ホームラン

「前者の方がホームランをよく打っている」と思うだろうか?

ヒットに関しては打率で比較
ホームランは絶対的本数で比較

ということに慣れていると、迷うところである。

ヒットに関しては、ヒットの数/打数 を出せばいいとすぐ思うだろうが、それは慣れや慣習であって、理論的に考えた結果ではないかも知れない。

 シュートの問題は、子どもたちにそれを出させようとしている。
積分定数
2012/03/14 11:26
 密度や速さは、必然的に出てくる。2つの速さをくらべる場合に、同じ時間でどれだけ進むか、あるいは同じ距離を進むのにどれだけかかるのかを比較するために計算することになる。そこで1時間での距離に特別な名前を付けようと言う具合。

 シュート成功率はその必然性が見えない。

正方形の板がいくつかあって、それぞれの質量を1辺の長さで割った値を考える。

これは定義も明確でそれぞれ求まるだろうが、必然性もないし、さして意味もない。

1辺の2乗で割れば、単位面積当たりの質量=面密度となり、意味を持ちうる。

 提示された数字をとにかく掛けるか割るかすれば、何かになる、と言うことでもない。

 この当たりに関しては、遠山啓の本は参考になった。

 内包量という話もこの当たりで言及されていて、基準量の何倍かというのがすぐに分かる量とは違い、何らかの手順で求めないとならないが、そこで速さ=距離/時間とアプリオリに提示すべきではないというようなこと。速さの計算を習う前から、子どもは、徒歩より自転車の方が速いことを知っている。「速さ」という概念は持っている。それをどうやって数量化するのか、という話。

 足し算できる・出来ない、という類の話は、「結果としてそうなる」という派生的なことであって、遠山啓が言おうとしたことの核心ではないような気がする。
積分定数
2012/03/14 11:28
 遠山啓の速さの導入の話は、「なるほどな〜」と結構納得して読んだ。同じような思いの人も多くて、それで調子に乗って暴走してしまって、内包量だの外延量だの、“豪華粗品”並みの、外延量的内包量だのという訳の分からない“体系”になってしまったのだろうか?
積分定数
2012/03/14 11:36
遠山啓さんの本は読んでいて、違和感をあまり感じ無い。
それに対して銀林浩さんの本は違和感をすごく感じる。
内包量や外延量という言葉に関しても、遠山啓さんの場合は、そんなに違和感を感じ無い。
銀林浩さんの場合は暴走しているような印象を受ける。

ところで日本には教育学部がたくさんあり、算数教育の専門家もかなりいると思う。
専門家なので、膨大な資料に目を通して現場のことも熟知していると思う。
専門家の方々が発言してくれると助かると思うんですが。
例えば、1980年代の中曽根内閣時代に算数教育は大きく変わったと思うのですが、具体的にどう変わったのか・・とか。
おおくぼ
2012/03/14 12:02
 専門家は、諸般の事情で発言しづらいとかあるのかな?

 新しい言葉を作るのは便利な面もあるが、言葉が一人歩きする危険もある。

 朝目覚めて調子がいいと、・・・・
 朝目覚めて調子が悪いと、・・・・

こういうことを何度も言う場合に、逐一「朝目覚めて調子がいいと・・」と言うのは面倒だから、「好調日」「不調日」と仮に名付ける。

「好調日は・・・・」という具合に表現が簡潔になる。

 ところが言葉は一人歩きして、「目覚めは良かったがその後調子が悪くなったらそれは好調日なのか?不調日なのか?」とか、「好調日には朝散歩に行くようだから、散歩に行ったかどうかで不調日と不調日を区別できる」などという具合になってしまう。

「内包量・外延量」の現状は、こんな感じだと思う。
積分定数
2012/03/14 12:39
>散歩に行ったかどうかで不調日と不調日を区別できる

散歩に行ったかどうかで好調日と不調日を区別できる
積分定数
2012/03/14 12:41
業者の作った教材でおかしいのがあるというのがあるのはその通りだと思います。いま、田中博史氏の算数授業の作り方という本を読んでます。田中氏が学校の先生に講義して、先生が田中氏の講義の感想を言うという内容。田中氏がカリスマになっちゃってるようで、批判的な感想はまず出ない。田中氏がかけ算の順序にこだわった教材を業者に作らせた話をしたときも批判的な意見は出ない。逆に田中氏がいいこと言ってるなというときでも、どういう点がいいとかいう話よりただただ田中氏は素晴らしいという雰囲気。

鰹節猫吉
2012/03/14 12:50
前田先生は、「等分除と包含除の区別にこだわるのはくだらない」というところまでふみこんではいないが、「1つの式にいろいろな解釈のしかたがある」という常識が通用しますから、トンデモさんに対する抑止力になっていると思います。

 すごすぎる人たちを見たあとに常識が通用する人を見ると地獄で仏という感じがします。

 シュート成功率の問題は非常によろしくない。
 相手チームによって戦術を変えるということがあり得ますからね。
鰹節猫吉
2012/03/15 01:57
>地獄で仏という感じがします。

「逆にした子には理由を聞く」とかいうだけで「立派な先生」と思ってしまいますよね。本当はそれもおかしいのだけど、・・・

 シュートの問題よりはむしろ、5本のうち2本が当たりと、10本のうち3本が当たりのくじ引き、1回引くのにどちらが当たりやすい?

と言う方がいいと思う。確率は難しいというかも知れないが、シュートの方は、もっと複雑だと思う。

 1回やって成功したら、成功率10割りで“成績がいい”のか?10割を維持するために、あとはボールに触らないようにしようとか、次に投げるときに入る確率はそれまでの割合に一致するのか?とか。それだと、1回目が成功だとずっと成功するし、失敗したらずっと失敗。あるいは成功率がコンスタントに5割の人は、今日は3回やって3回失敗しているから、この次は入りやすいのか?

結局、成功率が何を意味するのか不明。

積分定数
2012/03/15 10:08
運動方程式はam=Fでもいいのかとかいう話を読んでいて、大学時代のことを思い出した。

体Kのn次拡大体をL、Lのm次拡大体をMとすると、
MはKのnm次拡大体

「これって、対数の記号を流用したら、
logkL・logLM=logkM ってことで、高校でやった体の変換公式:logab・logbcだよね。」

と言ったら

「そんなの習っていない」と言われてしまった。

「俺が習ったのは、logab=logcb/logcaだった」という。

私「俺もそういう形で習ったよ・・・」

何が違うのか、と思った。
積分定数
2012/03/15 10:17
ab=cだろうが、ba=cだろうが、a=c/bだろうが同じ事だから好きにすればいい。

ただ経験的に、分数が絡んでない方が有用だとは思っている。分母が0になる場合なども気にしなくていい。また、ab=cが行列に拡張できることがたまにある。AとBが可換で、AB=Cというように出来ると言うこと。

a=c/b から A=C・A^-1 というのはなかなか見えない。可換な行列同士であれば、逆行列を右から掛けても左から掛けても区別がないから、分数の表記を流用してもその場では問題ないが、あまりやらない。だから、a=c/b から A=C・A^-1への拡張に思いが至らない。
積分定数
2012/03/15 10:26
底の変換公式も、logab=logcb/logcaがまさに底の変換でそれが役立つからこの形になっているのだろうが、logab・logbc=logacの方が証明しやすい。

 ただし以前は生徒に証明をやらせようとしたが、最近はlog816などをいきなりやってもらうようにしている。もちろん、変換公式を教えないで。

 この手の問題は変換公式なしでも対数の定義に立ち返れば出来る。それを一般化したのが変換公式。

 だからこの手の問題を何問かやってもらって、公式を自分で導いてもらい、感覚的にそれが成り立つことに納得できればそれでいいとしている。

 「証明」というのは、何を示して良いのか戸惑う場合があるので、それはそれで別に指導する必要がある。対数の理解では、指数の逆として定義してその定義に立ち返ってあれこれ法則性を見つければそれでよし。

 高校生でもこんな具合だから、小学生に「教えていない法則を使うならちゃんと説明すべき」などと要求するのは酷である。
積分定数
2012/03/15 10:34
今日は公立高校の合格発表。塾の宣伝のポケットティッシュ配りをしてきた。500個用意して、80個残った。何個配ったことになるのだろうか?

500−80=420

これって、求残でも求補でもなさそう。求差?確かに、元の数と残った数との差ではある。でもそれなら引き算は求差といえる。

 求残だの求差だの等分除だの包含除だの、添加だの合併だのに拘る人って、問題文のパターンごとにどれに当てはまるかの膨大なリストがあるのだろうか?

 ご苦労なことだが、その苦労を他人にまで強要するのはやめて欲しい。

 私がどれだけ配ったかを引き算で求められるのは、引き算が使えるパターンの膨大なリストを思えているからではなくて、引き算そのものを理解しているから。


 その関連で思い出したが、かけ算の順序に拘る人が等分除と包含除の区別に無頓着というのは、論理矛盾ではあるが実際そういう教師が少なからずいると言うことを本文に書いた。一方で、2つの割り算の区別に拘り生徒に区別を強要する人もいる。

 割り算に対する姿勢で、付和雷同型か、確信犯型かが分かりそうだ。割り算の区別に拘らないのは前者。拘るのは後者。

 順列組み合わせからすると、「かけ算の順序には拘らないが2つの割り算の区別にはうるさい」というのもありうるが実際はどうだろうか?「1つあたりといくつ分の区別には厳格だが、どちらを前に書くかは拘らない。」というのはいてもおかしくない。
積分定数
2012/03/15 16:38
>でもそれなら引き算は求差といえる。

 求残や求補との対比で求差という言葉を使っている場合、「異なる種類の2つを比較する」というのがポイントらしい。だからそうすると、ポケットティッシュの例は求差ではない。

 さて何でしょう?

 最初からそんな区別はナンセンスだと思っている私の立場からしたら、どうでもいいことではあるが、区別がナンセンスだという傍証ぐらいにはなるだろう。

 あるいは算数教育の専門家や瀬戸智子氏は、これも3つのうちのどれかに分類するのだろうか?
積分定数
2012/03/15 16:46
算数授業研究 VOL.80 特集 かけ算を究める 編集後記

>意味指導に関して、海外のかけ算指導の様子を高橋昭彦氏に紹介していただいた。アメリカでは最近になって割り算とかけ算の関係や意味について明確にしようとする動きがある。この点、日本の方が一歩先んじている。

 ガラパゴスで独自の進化を遂げた奇妙な動物が侵略的外来種として、「We are 99%」とか言いながら米国を席巻するのだろうか?

http://ameblo.jp/metameta7/entry-11193043924.html#main
>「日本の2年生担任の小学校教師の99%は,「式は4×6でなければならない」と答えるだろう
積分定数
2012/03/15 19:35
https://twitter.com/#!/zero_divisor/status/180136085907705856

100円の5%は、1円の5%が0.05円、それが100個分とも考えられる。

ただし100円の○%にまで式を書かせる指導はそもそも疑問。

300円の5%は、5円の3倍と考えるのが普通。

1当たりとして、300円、いくつ分が0.05 だけしか認めないのはナンセンスで、

1円当たりが0.05で、いくつ分が300というのもあり得る。

しかし、普通の感覚ではそんなことはそもそもしない。100円当たり5円と考える。

「1あたり」が何かを考えさせることは、子どもに“特別な手順”を強要する結果にならないだろうか?
積分定数
2012/03/15 19:56
以前、割合が分からない子に、割合だけの問題集を買ってきてやらせてみたが、

3割り→0.3 というような割合を少数の変換を散々やらせたりして、それはそれで機械的に出来るようになるのだが、20%と0.2%の違いが分からなくて混乱してしまっていた。

 感覚として掴まないで式を立てさせようとすると、数字の操作方法を覚えようとしてしまい失敗する。

 %は、「100につき、〜」というだけのこと。この原理に立ち返ればいいだけのことであって、無理に式を立てさせることはない。

300円の5%を大人は普通、5円の3倍と計算すると思う。

300×0.05、あるいは、300×(5/100)でも違和感がないのは、これらが5の3倍と同義だとすぐに分かるからである。

 順序はよく使う「子どもの視点」からしたら、同じではないかもしれない。

 「正しい式を立てること、考え方を式に反映させること」を要求しているのなら、かなりの回り道を強いていることになる。

800円の50%、

%を良く理解している子なら瞬時に400円と分かる。敢えて式にしたら、800÷2

しかしこれだと、バツになりそうな予感。
積分定数
2012/03/15 19:57
数教協系教師の実践報告に、子どもたちはかけ算になることは分かっても何が1あたりかが分からなくて困ってしまうので、どうすれば1あたりを見つけられるか、という授業が紹介されていた。

 本末転倒である。「これは何算で解くのか?」「かけ算になりそうである。では、1あたりは何で、いくつ分は何か?」などという手順で子どもたちが考えるとしたら、それは教え方の失敗である。

 ティッシュの配布個数をごく自然に引き算で出したように、本質を理解したら、ごく自然に式が立てられるはず。

なかなかそうはいかないという事情は分かるが、

何算で解くのか かけ算なら、1あたりといくつ分を探そう、

などというフローチャートを頭の中に作り挙げることを目的にすべきではない。

ではどうすればいいのか?

1つの提案は、余計なことをさせないで、問題そのものを素で考えさせればいいのである。

 ポケットティッシュ、5個あって2個あまったら、3個配布したことになるな。この構造は数が大きくなっても変わらないはず。で、元々あった数から残っている数を引けば配布した数が出るな、

もちろん、こんなややこしいこと考えないで瞬時に分かるが、初等段階では指やおはじきで考えればいい。

これを、

(最初にあった数)−(残った数)=配布した数

などと覚えさせようとしているのが、現在の算数教育の現状である。

割合の何とか用法などと言うのもこの類である。
積分定数
2012/03/15 20:10
http://twitter.com/#!/zero_divisor/status/180161446594883584

>私は試験で×にすべきでないと思うが、教える際には順序を意識させるべきだと考える。
>(1)小にとって割合の計算が一番の壁である
>(2)(もとにする量)×(割合)によって、整×整と整×有を統一して見ることができる
>(3)「前と同じ」ほうが、子どもは受け入れやすい

http://twitter.com/#!/zero_divisor/status/180217416964521984

>いえ、交換法則を教えないのはもちろんダメですよ。
>問題となるのは何を手がかりとして立式するかという点だけです。
>その後交換するかどうかは個人の趣味です。


立式する「手がかり」として「掛け算の順序」が必要なのか?
おおくぼ
2012/03/15 22:48
「意味を理解することが大切」「答えが出ればそれでいいのではない、過程が大切です」

というのが、「正しい式」の話になってしまっている。

800円の5割を800÷2と求めると「正しい式ではないから考え方が分かっていない」と見なされ、「くもわ」だの何だのを暗記して800×0.5で求めると「正しく理解している」と見なされる。

 この様な事例の存在は確認していないが、長方形や平行四辺形で公式通りの順序でないからバツにする教師がいるぐらいだから、絶対いると確信している。

 生徒(高校生)に教えていて思うが、「割合を理解している生徒の割り合い」は、極めて低い。

 化学の教師がまずモル計算を理解させることに一苦労するのは、高校の1学期の風物詩。

 教師の相当数も分かっていないのかも知れない。自分自身が理解していないから、「考え方が大切」というのがどういう状況なのかを理解できない。

 だから、「みはじ」や「くもわ」を当てはめる方法の方を高く評価する、という逆説的なことが平気で行われる。
積分定数
2012/03/15 23:05
ミクシィであった事例は、子どもが割合の問題を比例で解くのだが教師が公式を使わせようとするという話。

 別解を認めない教師というのもよく聞く。

 数学教育について知れば知るほど絶望的になる。
積分定数
2012/03/15 23:30
ミクシィの文章を読み返していたら、現役教師が、長方形の面積はどっちでもいいとやったら、教師間で統一がとれてなくて・・・というのがあった。

 私のマイミクでも、子どもがバツになったというのがあった。

 長方形を横×縦でバツ、というのは、おかしな教師が希にいるということでもなくて、結構いるのではないだろうか?
積分定数
2012/03/15 23:41
>モル計算

「高校の化学で、モルでつまづく」という事
が、算数・数学の話と受け取られているとす
れば、私は違和感があります。
 私は、
 「分子・原子という物をあらかじめ知って
  いても、分子・原子の個数が判っている
  というのはとても大きな衝撃なのに、懇
  切丁寧に説明しないで、わずか1分ほど
  の説明で済ませてしまうことが原因」
と想像しています。
ゴルゴ・サーディーン
2012/03/15 23:52
 原子・分子の特殊事情ではなくて、速さや密度など、その類の話は全部同様です。

子どものほとんどが、割合・比がわかっていないというのは、教えることに携わっている人は誰もが思っていることです。

 そこをどうクリアするかで、「みはじ・くもわ」だったり、内包量・外延量だったりというのが提唱されているのです。

 私はどちらも評価しませんが。
 
 そもそも教えている側が理解していないのではないかと思い始めている。自分が理解していないから、子どものやった方法がマニュアルと違うとバツにしてしまう。

 算数を教える人は、指導法を勉強する前に、まずは算数そのものを理解して欲しい。

 
積分定数
2012/03/16 00:44
うーん。
大多数の高校生にとってどうなのか、は判り
ませんが、私自身に関しては
 「えーっ?
  6×10^23 という数がそういう意味だと
  いう重大なことを、授業の中で言った
  っけ?」
という感じでしたね。
ゴルゴ・サーディーン
2012/03/16 01:14
 そこがきちんと説明されているかどうかは分かりませんが私は説明するし、普通はすると思います。多分。

 高校生が躓くポイントは、小学校高学年からの比・割合をきちんと理解していないと言うことに尽きると思います。
積分定数
2012/03/16 01:40
比・割合に関して…

「3×4は、3つずつのかたまりが4つぶんという意味である。それ以外あり得ない。」というのは全く馬鹿げた主張で、式というのはいくらでも解釈のしようがある。式だけでなく図だって、いろいろな見方がある。

 小学生のころ、「内項の積=外項の積」というのを教えられたのだけれど、「本当にこれはいつでも成り立つ法則なのかな?」と疑問に思っていろいろ考えた。分数の通分と同じことなんだろうとか考えたり、こんな図で考えたりした。 ↓

■■□□□□
□□□□□□
□□□□□□

1:3=2:6 もしくは 1:2=3:6 というふうにとらえると、

■■
□□ = ■■□□□□
□□

区切り方を変えて、

■■□□□□
□□■■■■
□□■■■■

1:2=2:4 ととらえることもできる。

□□
□□ = □□□□

こういう図を描いていると直感的に左上の黒長方形と右下の黒長方形が相似だというのが見える。
左上の黒長方形は大きな長方形(3×6)の 1/3倍、右下の黒長方形は大きな長方形の 2/3倍。
なぜなら、大長方形の辺を 1:2 で分割しているから。
どちらも大きな長方形と相似なんだから左上の黒長方形と右下の黒長方形も相似のはず…
「推移律」という言葉を知っていて気がついたなんてことはない。試行錯誤しているうちに見えるようになる。
鰹節猫吉
2012/03/16 02:16
(つづき)

大きくなってから、実は「通分」=「内項の積=外項の積」で有理数をつくるんだなと知った。
{1/2, 2/4, 3/6 …} のことを1つの数ってことにしてしまう。
マイナスの数をつくるのも同じ要領で {1-2, 2-3, 3-4, …} が -1 なんだということにしちゃう。

-×- = + というのになかなか納得できなかった。
マイナスの数でもいままでどおり分配法則とかが成り立つのだということになっていた。
それを認めると確かに -×- = + になる。
(-2)×(-3) = (-2)×(-3) + 2×{ 3 + (-3) } = 2×3 + (-2)×(-3) + 2×(-3) = 2×3 + { (-2) + 2 }×(-3) = 2×3
こういうのはやり方を教われば再現して見せることはできることなんだけど、負の数を導入したことと分配法則や結合法則や交換法則と矛盾が生じないのかという不安があった。

{1-2, 2-3, 3-4, …} を -1 なんだということにしちゃうというのは形式的で無味乾燥なんだけど、こうすることで「いままでやってきたことと矛盾しないように数の範囲を拡張したんだ。」ということが明確に分かる。


よくよく考えてみれば、分数というのは自然数の範囲で割算の答えがだせなくなっちゃったからつくったもので、負の数というのは引き算の答えが出せなくなっちゃったからつくったものだから同じようなものといえば同じようなものである。

私はいちおう理系のはしくれではあるが、体系的に数学を勉強したこともなく、あまり数学ができるほうではなかった。そういうわけで、私がこんなことを言うのはどうかと思うが、小学校の算数と数学は連続していて密接につながっているものだと思っている。
鰹節猫吉
2012/03/16 02:17
 概念の拡張に関していくつかの方法があると思います。

 2の−1乗や1/2乗で私が良く出すバクテリアの増殖は、実は後付け。教えるようになってから、どうすれば生徒が理解できるかを考えているうちに出てきたもの。

 自分自身は、指数法則から、これが負や分数でも成り立つなら、こうなるはず、とすぐに気づいた。

 かけ算の逆が割り算だから、−1回掛けるというのは、1回割る、などというのも、後から思いついたが、自分が最初からそう考えたわけではない。

 分数のかけ算・割り算は自分自身がどのように理解したのか覚えていないが、機械的に覚えたのではなくて、「確かにそう計算するのが合理的だ」と腑に落ちていた感覚がある。
積分定数
2012/03/16 09:33
 数学を専門的に勉強するようになって、2/3は1の半分よりもちょっと大きい、というようなことを考えないで、「3を掛けたら2になる」という性質とこれまでの整数で成り立つ法則が維持されると言う過程だけで、有理数の導入とその四則演算が全て出てくると知って、「ほ〜」と思った。

 分数のかけ算を長方形の面積で説明するのは、教えるようになってから思いついた。

 有理数体から代数的拡大体を作る場合も、√2は、x^2−2=0の解というだけ。iは、x^2+1=0の解というだけでそれらが満たすべき代数的性質はことごとく出てくると知った。

 高校で虚数iを2乗したら−1になる数として導入されたときに、「だったら、−iもそうじゃないのか?2つは区別できるのか?」と疑問だったが、iにしろ、√2にしろ、これを−iと、−√2にすっかり入れ替えても、代数的性質に関しては、問題ないことがわかった。

 「集合Aから集合Bへの関数とは、AとBの直積の部分集合である条件を満たすもの」という定義は目から鱗だった。

「xの変化に応じてyが変化して・・・」などというのを飛び越えて、非常にすっきりしている。
積分定数
2012/03/16 09:34
 何を言いたいかというと、小学校算数から大学の専門の数学まで、分数などは同じ物を扱っても、その見方は異なっている。

 最初はこう定義してそれを信じてきたけど、今度はこう定義する、なんてことは日常茶飯事。

 数列が必要性に応じて、自然数を定義域とする関数に見えたり、ベクトルに見えたりできないとならない。

 こうも見えるし、みようによってはこうも見える、というのは数学では大切。

 小学生の段階では混乱するから1つの見方だけ提示するというのは理解できるが、多様な見方を出来る児童に1つの見方しかだめだと強要すべきではない。

 まして教える人が1つの見方しかできないようでは困る。
積分定数
2012/03/16 09:50
>くよく考えてみれば、分数というのは自然数の範囲で割算の答えがだせなくなっちゃったからつくったもので、負の数というのは引き算の答えが出せなくなっちゃったからつくったものだから同じようなものといえば同じようなものである。

苦し紛れの方法が、数学の発展に繋がったわけです。
おおくぼ
2012/03/16 10:20
積分定数さんは、自分が分数の計算をどうやって理解したか覚えていないということですが、それは当然だろうと思います。

式で考えたほうが分かりやすいときと図で考えたほうが分かりやすいとき
がありますが、使い分けしながら理解に到達したんじゃないかと推測します。


私は、長方形を分割した図を見せられた記憶はありますが、やり方を覚えて計算できるように指導を受けたこともあります。

長方形を分割した図を見て、「分かりにくいな」と感じた記憶もあります。

1/3 × 1/2 なら長方形分割よりむしろ 1/6は 2 をかければ1/3 になると考えたほうが分かりやすい気がします。

1/3 + 1/2 = 5/6 を覚えた手順どおりやって、あと 1/6 あれば 1 になるなと思って雪印の6Pチーズを連想したり…

そういう経験を繰り返すうちに理解したように思います。

ですから、自分がどうやって分数を理解したか理路整然と手順を示せと言われてもできないです。


式で考えたり図で考えたり紆余曲折のすえに理解したということです。

まっすぐ整備されたレールの上を走ってゴールしたわけではありません。


まっすぐ整備されたレールを作ろう、教えよう、説明しよう、納得させよう、得心させよう… と熱心になられると、かえって余計な重圧感です。

鰹節猫吉
2012/03/16 12:33
人間の頭とは不思議なもので、他人の話を聞くときは簡潔な話のほうが分かりやすいが、自分が説明を考えるときは簡潔にすることは困難でまわりくどくなりがち。

図で説明するのは簡潔で分かりやすいという印象を与えるけど、説明を考えた人はすさまじく大量の試行錯誤をして図を作ったということが多い。


出来上がった綺麗な説明図をいきなり提示するのが教育的にいいかどうかは疑問です。

生徒自身が泥臭い計算地獄を体験したほうが逞しくなるということはある。

鰹節猫吉
2012/03/16 12:50
かけ算の順序、

理解しているかどうかの判断材料にはならないことは既出。
理解を促すのにも役立っていないようです。

http://www.kitakin.jp/other/otherblg/?p=1844
>案の定であった。。。
ほとんどが、その掛け算の順序で間違っている。。。
いくら正解を書いてもバツをつけられるので、本人は、既に混乱状態のようである。
積分定数
2012/03/16 20:57
>使い分けしながら理解に到達したんじゃないかと推測します。

1÷1/3は、1/3が3個分だから・・・

とかそんなことを考えてあれこれやっているうちに自然に身についたと思います。

>まっすぐ整備されたレールを作ろう、教えよう、説明しよう、納得させよう、得心させよう… と熱心になられると、かえって余計な重圧感です。

水道方式はこの罠にはまっているような気がします。
積分定数
2012/03/16 21:00
いま、行列を教えているが、x軸対象を表す行列とか反時計回りにθ回転させる行列を求めてもらった。

(1,0)と(0,1)がどこに移動するかが分かれば行列が決定できるが敢えてそれは触れない。
 
 試行錯誤して自分で気づけばいいし、気がつかなくても何とか求まる。

 下手にここで教えてしまうと、いついかなるときでもその方法を使おうとしてしまいかねない。

 通分は最小公倍数で
 方程式で小数・分数があるときは整数を掛けて小数・分数をなくしてから

こう教わった子は、1/a+1/bの通分やax+b=cをxについて解くことが出来なかった。

 行列の話に戻れば、例えば固有ベクトルに注目するとA^nを求めやすいが、そうすると、(1,0)と(0,1)だけに固執するのはまずい。臨機応変にその場その場で効率のいい方法を模索しなくてはならない。

 これを、「こういう場合にはこうで、ああいう場合にはああで」などと教えると、それはそれでややこしい。

 自転車に乗れるようになるには、まずは乗って転んで擦りむいたりを経験するしかない。
積分定数
2012/03/16 21:07
行列力学を作ったハイゼンベルグは実は行列を知らなかったのですよね。

表を作って規則性があることを発見して大学の先生に見せたら、「これは行列というものだ」ということで量子力学ができた。


ところで分数ですが…

1あたり云々だと 1/3 × 1/2 = 1/6 は 1/3 の 1/2 個ぶんという「意味」があるから… と言えばタイルを3分割してさらに半分に分割という操作をすればいいことになる。

用意周到に説明の台詞を作っておいて小道具も用意してある。

日頃激務で苦しんでいる先生には救いの手が伸びてきたように見えるのかもしれません。



桜井進氏はかけ算の正しい順序を主張されていますが、桜井氏によれば分数のわり算は単位あたりの量で理解できるそうであります。

1リットルで5平米塗れるペンキは、1平米塗るのに1/5 リットル使うペンキとも考えられるから 1 を 1/5 でわると 5 になるそうであります。

順序主義思想ではトランプ配りは屁理屈だからケシカランはずなんですが。

連続量は連続してるからいろいろな配りかたができるのでしょうか。「離散量は離散的であるから、トランプをトランプ配りしてはいけません。」という理論なのでしょうか。難解な理論です。

鰹節猫吉
2012/03/17 11:27
まだ授業などで学習していない(と想定される)命題を「記述式問題の解答」に証明せずに利用すれば減点対象です。
あなた方が議論していることは

「可換であること」を既に学習したと想定しているのか、まだ学習していないと想定しているのか、

の問題に過ぎません。
kawakami
2012/03/17 16:18
>あなた方が議論していることは

どこの議論のことを言っているのですか?

そういう話ではないと言うことは、ネット上の議論で何度も繰り返されているのですが、何度も何度もkawakami
さんのような主張が出てきます。

周回遅れの話に対して、逐一説明するのは面倒なので、ネット上で検索して、どういう議論がなされているのかざっと見て下さい。
積分定数
2012/03/17 16:42
kawakamiさんは、この間の議論をちゃんと読んでいないで

>「可換であること」を既に学習したと想定しているのか、まだ学習していないと想定しているのか、の問題に過ぎません。

などと結論づけているので、「そういう人はちゃんと調べてから出直して欲しい」と言えば済むのですが、

 事情が分かっていない人がたまたまここを目にすることもあるだろうし、そういう人にまでこれまでの議論を読むことを求めるつもりはありません。

 だから、そういう人に対して一言説明します。

「かけ算の順序」は小学校2年で交換法則を習うまでの話ではなく、高学年になっても順序が逆でバツになるれいがあります。現に、「小学校の間は“正しい順序”がある」と教育関係者が言っています。

 「習っていないからバツ」ということに異論はありますが、それ以前にそもそも「習った後もバツ」であり、kawakamiさんの主張が全くのピントはズレであることが分かると思います。

 
 かけ算の順序の議論に、この手のピントはずれの主張が佃煮にするほど湧いてくるのは、いつものことではあるのですが。
積分定数
2012/03/17 16:56
4人に3個ずつ蜜柑を配る

4を「1あたり」という解釈もできる、トランプ配りで、という話もこれまたかけ算の順序議論では定番。交換法則を習ってなくても、証明しなくても、(1あたり)×(いくつ分)の順序でなくてはならないとしても、4×3は正しい式。

トランプ配りは、すぐ前のコメントで鰹節猫吉さんも話題にしている。

「あなた方が議論していること」って、一体どこを読んでいるのでしょうかね。
積分定数
2012/03/17 17:04
>「可換であること」を既に学習したと想定しているのか、まだ学習していないと想定しているのか、

数学の知識のある人の方が、このような頓珍漢なことを言いやすいと思う。

文科省は、小学校の算数は「可換であること」を前提にしている。
小学生の算数に「可換であること」と「可換で無いこと」の違いを教えることはない。

>まだ授業などで学習していない(と想定される)命題を「記述式問題の解答」に証明せずに利用すれば減点対象です。

小学生に交換法則を証明させるという前提が非常識。

おおくぼ
2012/03/17 21:33
> 小学生に交換法則を証明させるという前提が非常識。

交換法則を使わずに解答すればいいだけの話ですが…。
kawakami
2012/03/17 21:45
交代テンソルって気持ち悪いですね。サイアク
クロッキーG
2012/03/17 21:59
スーパー小学生が、掛け算の交換法則を完璧に証明して、逆順にしたら、正解にするのだろうか。
それでも、不正解にする先生が多そうな気がする。

なぜなら、「逆順は意味が違う」とか、「小学校の算数では交換法則は成り立たない」と信じている先生が多そうだから。お教えていないことを使うのはダメ、とか言うのは、信じていることを説明出来なくなった時の開き直りのような気がします。

というか、小学校では、交換法則に限らず「証明」はしませんから、証明していないことを使ったら不正解とか言い出したら、総て不正解とするしかなくなってしまいますね。しかし、「証明」はせずとも、成り立つことは、事例を経験させて実感させるという教え方をしているわけで、掛け算の交換法則も、九九の時点で教えているんですけどね。
zorori
2012/03/17 22:20
小学校でも(教師は)証明してますよ。
証明という言葉は持ち出さないだけで。
kawakami
2012/03/17 22:25
> 小学校では、交換法則に限らず「証明」はしません

典型的な勘違いですね。まあ、別にあなたに限ったことではないんでね。
kawakami
2012/03/17 22:27
一応、念のために言っておくけど。証明しないこともあるけど。もちろん、証明をすることもある。「すべて証明をする」訳でもないし、「全く証明をしない」訳でもないんだよ。
kawakami
2012/03/17 22:32
kawakamiさん

周回遅れの話だから、もうコメントしなくていいです。
積分定数
2012/03/17 23:02
くろきげん 2012/01/24 21:44
> 文章題の内容を忠実に式で表わさせる

くろきげんさんは

題意にできるだけ忠実に答えた解答がよい

という価値観を否定なさるということですね。一般には(あくまで「一般には」ですが)題意にできるだけ忠実に答える解答方法というのは「文章題の内容を忠実に式で表わす」以外の方法もあり得ます。多くの教師はこの価値観を共有しており、「文章題の内容を忠実に式で表わす」方法が簡便な解答方法である場合にその方法を選択することを生徒に推奨している、と私は理解をしています。
bakachan
2012/03/17 23:14
kawakamiって、 バ カ だね〜〜〜。そもそも、小学校では

「交換法則を使って解く」ような問題

は(ほとんど)出題されていません。(個人的には出題したほうがよいと思っているが…)
かねごん
2012/03/17 23:34
交換法則と結合法則を使うと簡単に解ける問題の例:

293×1453×(1/293)
かねごん
2012/03/17 23:37
ちょっと訂正

(293×1453)÷293
かねごん
2012/03/17 23:40
非順序派は順序派を否定するばかりでなく、「交換法則を使って解くような問題」を出題することを要望すべきですね〜。
かねごん
2012/03/17 23:44
いやあ、「順序派とはこういうものだ」というイメージどおりの
流れですなあ。
ゴルゴ・サーディーン
2012/03/17 23:50
kawakami=「典型的なバカな順序派」。
どうしようもないですね〜、この人。
鮭缶
2012/03/17 23:53
http://trisector.blogspot.jp/2012/03/blog-post.html
>私は以下の立場でお話します。
1.小学校のテスト、掛け算の文章題で、式を書く欄に順序を入れ替えた式が書いてあった場合、
バツにはすべきでない。
2.通常授業の中で、掛け算の順序を固定し、そうでないものを訂正させる必要のある時期がある。

>ここで、「200円の5%はいくらか?」という割合の問題を考えてみます。どのように式を立てるでしょうか。
200×0.05と立てる人がほとんどではないでしょうか。実際にデータを取ったわけではありませんが、これがもし、「買ったものには5%の消費税がかかる。200円のものを買ったときの消費税分はいくらか?」と文中に逆に登場していても、やはり200×0.05が多いでしょう。大人が仕事であるいは飲み屋で電卓をたたくときも、割合は後ろのはずです。
積分定数
2012/03/18 07:24
突っ込みその1
こうした方がいい、こうした方が理解しやすい
というのはその人の主観であって、その子がどう考えるかはまた別。とはいえ、私も「こうした方が効率がいいよ」と推奨することはある。だから程度問題であることは否定しないが、かけ算の順序に関してはどちらの順序でもさして変わりはないし、本人がそれでいいというならそれを矯正する必要性は全く感じない。

突っ込み2
「200円の5%はいくらか?」私は、5円の2倍と考える。勝手に「こう考えるのが普通だ。こう考える方が効率がいい」という押しつけはやめて欲しい。
積分定数
2012/03/18 07:30
http://ts.way-nifty.com/makura/2009/07/post-4df6.html
技術開発者氏
▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽
なんていうか、せとさんもおっしゃっているけど、初学者に教える場合に或る程度、形を付けることは必要だと思っています。私は分析の初心者(もちろん大人)に分析手順を教えることがあります。「試料Aに試薬Bと試薬Cを加える」という手順において「どういう順番」と聞く人もいます。
本来、こう書いてある手順の時はどっちが先でもかまいません。順番に大きい意味があるときは「試料Aに試薬Bを加え、その後試薬Cを加える」と書くべきだからです。でも私は「書いてある順番に入れてください」と答えます。そういう癖をつけると、順番に意味がある手順を斜め読みした時でも間違えなくて済むからです。もちろん、そう教えて「どっちでも良いはずだ」という人がいたら、「癖をつけた方が順番がある時に間違えにくいから」という説明をします。なんていうか、薬品を加える事で起こる反応を良く知れば、当然順番に対して意味の無い場合と意味がある場合は自ずと分かるのですが、少なくとも私の教え方は「書いて有るとおりに入れれば良い」です。
△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

落ち武者氏の意見は、この意見と似ている。形を提示することを一般的に否定しているのではなくて、違う形を答えとした出した子を矯正させることを問題視しているのだが、・・・
積分定数
2012/03/18 07:52
 技術開発者氏の場合、偉そうなものの言い方をしながら、「かけ算の順序問題の本質はマスプロ授業にある。そこに目を向けないで順序を論じている人は、マスプロ授業が大好きな人。教育に金を掛けるのはけしからんと思っている人」などという訳の分からない主張も、キクログでしている。

現にブログ主の瀬戸智子氏はマスプロ授業云々とは関係なく一生懸命順序の必要性を訴えていた。

http://suugaku.at.webry.info/201102/article_2.html
>実際, 一つの学級に沢山の子供達がいるのであれば、一人一人にこのことを理解させるには、相当の時間を費やさねばなりません。

「このこと」というのは順序のこと、つまり、技術開発者氏が言っているのとは逆で、マスプロ授業だから順序を徹底して教えることが出来ないと教師が嘆いている。

 一を聞いて十を知った気になって、−10の理解をしている人が偉そうに、「お前らの議論はナンセンスだ」と一刀両断に切り捨てるのも、順序議論の風物詩。
積分定数
2012/03/18 07:53
通分は最小公倍数
方程式に分数や小数があったら整数倍してから、

こういうのを教わって1/a+1/bやax+b=cが出来なくなった例を出した。

「こうした方がいいよ」という助言のつもりがかえって理解を妨げることがあり得る。教師自身が、「こうした方がいいよ」という助言ではなく、「こうしないとならない」というルールとして教え込んだのではないか、という疑念があるが、そうでなくても、子どもは、堅いルールなのか単なる助言なのかを区別できないことがあるので、指導の仕方は注意すべきである。

A 恣意的だが一度そう決めたからあまり勝手に変更しない方がいいルール、「×」「÷」の記号の意味。

B 本来はどうでもいいが、答えの形として推奨されているルール、降べきの順だとか、既約分数にするとか分母の有理化

C 数学本来の法則 
a,bを正の数とすると√a・√b=√abだが、
√a+√b=√(a+b)ではない など。

D こういう手順でやるとやりやすいよ。

これら4つは全く異なるのだが、教える側がちゃんと区別できていないようである。だから当然、生徒も区別できていない。
積分定数
2012/03/18 08:13
Aは算数・数学を自分だけで考えるなら重要ではないが、共通の記号を使った方がいいから、やはりちゃんと覚える必要がある。

Bは程度問題。うるさい教師だと文字式のアルファベット順で減点したりするが疑問。

Cが一番大切だが、これは本来、教わって覚えるという性質のものではない。

落ち武者氏や技術開発者氏が言っているのは本来はD。それを、BやあるいはAと混同混乱している。

歩き方が分からない人に、「右足を出してから、次に左足を出して」と指導することを否定はしない。「左足からでは駄目ですか?」と質問する人に、「とにかく言ったとおりにして下さい」と言うのもまあいいとしよう。

 左足から先に出して普通に歩く人に、「右足から出すように」と指導する意味は全くない。
積分定数
2012/03/18 08:14
くろきげん 2012/01/24 21:44
> 文章題の内容を忠実に式で表わさせる

例えば
(問い)5リットルの瓶が3本。全部で何リットルか?
(答A)5+5+5=15。15リットル
(答B)3+3+3+3+3=15。15リットル

「題意にできるだけ忠実に答える解答がよい」という価値判断を適用すれば、(答B)は(答A)より不適切な解答である、という採点基準はもちろん、あり得ます。

念のため。一般には(あくまで「一般には」ですが)、題意にできるだけ忠実に答える解答というのは「文章題の内容を忠実に式で表わす」以外の解答もあり得ます。
bakachan
2012/03/18 10:09
> 題意にできるだけ忠実に答える解答というのは、「文章題の内容を忠実に式で表わす」以外の解答もあり得ます。

しかし、小学校では「それ以外の適切な解答」はあまり多くはないと思いますが。その結果として、

文章題の内容を忠実に式で表わさなければならない

という固定観念が植え付けられるという弊害が発生する恐れは充分に考えられるでしょう。その対処法としては

1:「それ以外の適切な解答方法」があるような問題の出題をする
2:記述式で解答させる出題を減らす

などが考えられますが。
bakachan
2012/03/18 10:26
>私は分析の初心者(もちろん大人)に分析手順を教えることがあります。「試料Aに試薬Bと試薬Cを加える」という手順において「どういう順番」と聞く人もいます。
>本来、こう書いてある手順の時はどっちが先でもかまいません。
>順番に大きい意味があるときは「試料Aに試薬Bを加え、その後試薬Cを加える」と書くべきだからです。
>でも私は「書いてある順番に入れてください」と答えます。
>そういう癖をつけると、順番に意味がある手順を斜め読みした時でも間違えなくて済むからです。
>もちろん、そう教えて「どっちでも良いはずだ」という人がいたら、「癖をつけた方が順番がある時に間違えにくいから」という説明をします。
>なんていうか、薬品を加える事で起こる反応を良く知れば、当然順番に対して意味の無い場合と意味がある場合は自ずと分かるのですが、少なくとも私の教え方は「書いて有るとおりに入れれば良い」です。

???
薬品を混ぜる時は、順番によって結果が変わる場合と変わらない場合があるというのは、わかります。
そして「試料Aに試薬Bと試薬Cを加える」という書き方の場合は、試薬Aに試薬Bと試薬Cを加える順番は、どちらが先でもいいということみたいですね。
でも「書いてある通りに入れる(意味不明)」ことで、薬品の化学反応の「組み合わせ」がわかるのだろうか?
おおくぼ
2012/03/18 12:12
追記

技術開発者さんの話は、掛け算の順序と全く関係ないと思う。
関係ない話を関係ありそうに思わせる(本人も関係あると信じている?)のが、技術開発者さんの話術なんだろうけど。
おおくぼ
2012/03/18 13:19
> 図形を式で表して
> 計算して解きます
ゲルファント先生の 学校に行かずにわかる数学 2  座標
http://www.iwanami.co.jp/.BOOKS/00/8/0067020.html

> 文章題の内容を忠実に式で表わさせる
くろきげん 2012/01/24 21:44

ワッハハハハ
クロッキーG
2012/03/18 21:25
> 文章題の内容を忠実に式で表わさせる
くろきげん 2012/01/24 21:44

一般的には、別の解答方法もあるよね〜。
で、今の場合に、例えば、どういう方法があるの???
クロッキーG
2012/03/18 21:28
「文章題の内容を忠実に式で表わさせる」という算数教育業界特有の立式ルールには問題ありすぎ。算数の教材では文章題が解答欄が「しき」と「こたえ」に分かれていることが多いのだが、解答欄の主流がこの形式になった歴史と「立式ルール」の歴史の関係を調べると面白いかも。

技術開発者さんと言えば http://bit.ly/FTCTt0 の「私は陽明学の徒でもあります」以降の発言も滑稽で面白いですよね。関係あるなし以前の問題。黙るべき人には黙ってもらわないと場が荒れます。
くろきげん
2012/03/18 21:56
積分定数さんも触れてますが、掛算の順序を子どもたちに徹底することが実は非常に大変だということはこの議論では結構大事なポイントですよね。

例の「2×8ならタコ2本足」な花まる先生の掛算の順序に関する授業は小学校3年向け。そんな授業が許される小学校であれば小2の段階でも掛算の順序について徹底して教えているはず。それにもかかわらず小3でも掛順徹底授業が1コマ必要になるらしい。

全国36校の調査でも小3での掛順立式の正答率は1/4を切ってましたね。
くろきげん
2012/03/18 22:01
「掛け算の順序」なんて言うローカル・ルールにあまり興味はない(マークシートの解答の様式のようなものに過ぎないのでね。)が、そんなことよりも

> 文章題の内容を忠実に式で表わさせる
くろきげん 2012/01/24 21:44

ということの是非に興味があるね。



一般的には、もちろん、別の解答法もある訳なのだが、今の場合に、例えば、どういう方法があるというのか?

(問い)4つの皿にみかんが4つずつ。全部でいくつ?
(答A)4+4+4+4=16、16個
(答B)8+8=16、16個

答Bを許容するというなら、いっそ、このような簡単な問題では記述式の解答を要求ぜずに、「答えのみを答えさせるべきだ」とまで言わなければ、整合性がない、と思うけどね〜〜〜
クロッキーG
2012/03/18 22:24
いま現れている人って、自分が言い返す余地の無い事を相手が言うと、
 「なんだか苦しいなあ」
で済ます人ですよね?
ゴルゴ・サーディーン
2012/03/18 22:26
問題があるとすれば

簡単に答えが求まる問題に、答え以上の説明(というよりも、途中過程の記述か?)を要求している

ということだろうね
クロッキーG
2012/03/18 22:31
コメント欄 5代目つくりました。
http://suugaku.at.webry.info/201203/article_1.html
積分定数
2012/03/19 07:27

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コメント欄 4代目 算数「かけ算の順序」を中心に数学教育を考える/BIGLOBEウェブリブログ
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